札幌西区オーケストラ 第27回定期演奏会

第1306回札幌市民劇場
 
 札幌西区オーケストラ 第27回定期演奏会

 札幌市には10の区がある。1986年に西区で6名の音楽愛好家から出来上がった音楽集団が現在では100名近くになって、年に一度の定期演奏会と秋にはファミリーコンサートを開催しているとのことである。メンバーの演奏レヴェルや音楽経験などは全く問わず、純粋に趣味の音楽を追求するスタイルを特徴としているというオーケストラ。
 札幌には高校レヴェルで札幌西高校にオーケストラの部活動があり、大学では北海道大学交響楽団が長い歴史を誇り、西高校OBオーケストラもある。西区オーケストラは他のアマチュア・オーケストラよりも地域に根差して活動していると言える。無料の定期演奏会には多くの人々が会場を埋める。

 札幌西区オーケストラの演奏会は私自身にとって09、10年に続いて3回目になる。オーケストラ代表は「素人の、素人による、素人のための演奏会」と謙遜して挨拶していたが、私のような素人が聴くと結構なレヴェルの演奏を展開する。
 09年はシベリウスの≪「カレリア」組曲≫、ラフマニノフの≪交響曲第2番≫を演奏。
 10年はドヴォルジャークの≪交響曲第7番≫、≪交響曲第9番≫を演奏。
私の印象では2曲とも満足という出来ではなかったが、1曲はアマチュアのレヴェルとして、しかも無料のコンサートとして感心したのである。
私が聴きに出かける切っ掛けになったのは、「ラフマニノフの2番」や「ドヴォルジャークの7番」に取り組む姿勢である。今迄にも「チャイコフスキーの5番」や「マーラーの5番」などの難曲にも取り組んでいる。楽しんで音楽に取り組む姿勢は素晴らしい。
 
 2013年は「第九」が演奏曲目になっていたので予定に入れていた。
今回はソリスト4名と合唱団の協力が必要なコンサート。
増田亮子(ソプラノ)、綿貫美香(メゾ・ソプラノ)、荏原孝弥(テノール)、下司貴大(バリトン)とアカデミー合唱団(約100名)。
指揮は鎌倉亮太(札幌西区オーケストラ常任指揮者、札幌アカデミー合唱団常任副指揮者)
 
 1曲目はワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より第1幕への前奏曲。 
10分ほどの曲であるが、70名の弦楽器奏者が完璧に揃って音を出すのは限られた練習時間では困難だったようである。中間部で音が乱れたようだった。
 
 本日のメインはベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」
日本では毎年12月に演奏され「第九」で知られる名曲だが、違う時期に聴いて新鮮な気分を味わいたいと思っていた曲。
新鮮に感じたのは女性奏者によるティンパニーの活躍が目立つ第2楽章。彼女はとても気持ち良さそうに演奏していて、見ている方も楽しかった。

第4楽章のバリトンの歌声が素晴らしかった。約100名のオーケストラの大音響に負けはしないかと心配したが、ホールに響き渡った。バリトンの下司は10年のPMFの歌劇上演でファビオ・ルイージに見い出されて「ラ・ボエーム」に主役で出演、12年のオペラ・プロジェクトでも高関指揮札響と「コジ・ファン・トゥッテ」で共演した。大学院を卒業して現在フリーランスとして活躍し始めたが、順調に伸びてほしい北海道出身のオペラ歌手。たまたま縁があって個人的に応援している。
  
指揮者の鎌倉亮太はKitaraのボランティア活動の折にピアニストとして来館者に07年当時ピアノ演奏を披露していた。プロフィールによると現在は室内楽奏者、合唱指揮者、オペラ指揮者として幅広い分野で活動している。今日の演奏でも堂々たる指揮ぶりで、経歴通りにオーケストラと合唱団を同時に掌握した見事な指揮は若さに似合わない豊富な経験を思わせる印象を受けた。北海道の音楽指導者として有望な人材としての印象を深めた。今後の活動に期待したい。

 今日の演奏会に、1階と2階のRB・LBが満席でRA・LAもかなりの客、3階のRC・LCに空きがある程度で1600人ぐらいの聴衆が集まったのではないか。無料のコンサートとは言え、これだけの客を集めるのは西区オーケストラの魅力か。合唱団の出演と「第九」の魅力もあったのかも。いずれにしても、このオーケストラの活躍はまだまだ続く。

      
スポンサーサイト

佐渡裕指揮 BBCフィルハーモニック 日本ツアー2013

Yutaka SADO & BBC Philharmonic & Nobuyuki Tsujii

 佐渡 裕は1961年京都生まれ。京都市立芸術大学フルート科卒業。87年アメリカのタングルウッド音楽祭で奨学生に選ばれ、レナード・バーンスタイン、小沢征爾らに師事。89年ブサンソン国際指揮者コンクールで優勝。90年第1回PMFに参加し、横浜の公演ではロンドン交響楽団とPMFオーケストラの合同演奏をバーンスタインの代役で指揮。PMFでは92~97年まで毎年レジデント・コンダクターを務めてPMFオーケストラの指導にあたった。札幌交響楽団との共演も多く、PMF会期中に札幌市内の小学校で音楽教室を開催し、熱意溢れる音楽教育活動を展開して札幌での音楽の発展に寄与した。94年、バーンスタインのミュージカル「キャンディ―ド」の日本初演も行った。
 現在、ヨーロッパの拠点をベルリンに置いて世界のメジャー・オーケストラへの客演を重ねている。11年5月、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会での客演は話題を集めた。(自分はライヴ・レコーディングされたショスタコーヴィチの交響曲第5番を含むCDを記念に買い求めた。)
国内では兵庫県立芸術文化センター芸術監督、シェナ・ウインド・オーケストラの首席指揮者を務める他、「佐渡裕ヤング・ピープルズ・コンサート」、「サントリー1万人の第九」を毎年指揮するなど、極めて広範囲な音楽活動を続けている。

 私は90年の第1回から毎年PMFのコンサートは欠かしたことは無いが、外国人によるコンサートを優先したため、佐渡裕指揮の札響を初めて聴いたのは98年であった。当日はピクニック・コンサートで札幌芸術の森・野外ステージが会場であった。当時、彼は日本人離れをした体躯を持つ俊英の指揮者として、PMFでの経験も積み重ねて堂々たる指揮を繰り広げた。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」(ピアノ:及川浩治)とシベリウスの交響曲第2番を演奏した。
 テレビで彼の活動を知ることはあったが、2回目に彼の演奏を札幌コンサートホールで聴いたのは11年11月佐渡裕=指揮ベルリン・ドイツ交響楽団日本ツアー2011だった。チケットは発売早々に売れ切れ、佐渡人気は凄いものであった。
 ベルリン・ドイツ交響楽団札幌公演はケント・ナガノ指揮での99年10月以来のことであった。ベルリンの名門オーケストラを率いての11年の日本ツアーは半月の期間で全国12公演のハード・スケジュールが組まれていた。佐渡の来札はベルリン・フィルでの注目された公演から半年も経たない時期とあって、まるで凱旋公演のようで聴衆の期待度も頂点に達していた。
 
 当日の札幌公演のプログラムは、
ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第3番
モーツァルト:「ピアノ協奏曲第23番」(ピアノ:エフゲニ・ボジャノフ)
チャイコフスキー:交響曲第5番

 ボジャノフは2010年のショパン国際ピアノコンクールで聴衆の人気が最も高くて優勝候補に挙がっていたが、彼の演奏スタイルが審査員の一致した評価を得られずに4位に終わり、11年の日本でのガラ・コンサートにも参加しなかったので、この時の演奏に期待した。しかし、比較的に地味な選曲で少々物足りなさを感じた。(ボジャノフは2009年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで辻井と共にファイナリストに残って優勝を争ったが、激戦で上位入賞はできなかった。)
 チャイコフスキーの「交響曲第5番」での佐渡指揮のダイナミックな演奏には満足感を覚えた。

佐渡 裕 指揮 BBCフィルハーモニック日本ツアー2013  ピアノ:辻井伸行
 
 札幌公演{2013年4月25日)の先行発売が半年前にあったが、電話が繋がらない状態が続いて2種類の安い座席は午前中にすでに完売していた。すべてのチケットが数日のうちに完売になったというから佐渡・辻井人気は想像以上のものがある。
 佐渡の札幌での90年代からの幅広い活動とクラシック音楽にとどまらない音楽への取り組みが相まって、ベルリン・フィルの定期演奏会への客演で一気に知名度を高めて、国民の佐渡への関心も最高潮に達しているのではないか。  

 イギリス放送協会(BBC)の専属オーケストラの代表格のBBC交響楽団は早くから一流オーケストラとなっていたが、マンチェスターを本拠地とするBBCフィルハーモニックは2002年からジャナンドレア・ノセダが首席指揮者に就任して世界のメジャーオーケストラの仲間入りを果たした、初来日は04年。08年の再来日では、ヒラリー・ハーンとシベリウスのヴァイオリン協奏曲を共演して名声を高めたと言われる。
 ステージ上には録音用のマイクが10本以上も配置され、いつもの録音風景とは違っていた。ヨーロッパ大陸の放送交響楽団とは明らかに違う雰囲気を感じ取った。イギリス国内のラジオ放送網を利用して中継するための準備だろうと予想できた。

本日の演奏曲目。
 メンデルスゾーン:序曲「真夏の夜の夢」
 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番(ピアノ:辻井伸行)
 ベルリオーズ:幻想交響曲                
 
 佐渡裕はステージに現れるとすぐマイクを取り、BBCフィルハーモニックとの共演で一行が日本ツアーの真っ最中の11年3月11日に横浜に向かうバスの中で遭遇した出来事について話し、公演の中止に追い込まれた様子と、2年後に公演中止となった都市を中心に公演再開の約束をして今日に至った様子を感極まりながら説明した。東日本大震災遺児育英資金への協力の呼びかけも公演各地で行い、その成果をユーモアを交えながら紹介した。
 プログラムの1曲目にエルガーの「エニグマ変奏曲」から“ニムロッド”が特別に演奏された。2年前に彼らが遭遇した東日本大震災の記憶を改めて胸に刻む想いのようであったが、美しい変奏曲で日本の聴衆への「友情」の印として用意したようである。指揮者から演奏前に、曲終了後の拍手はご遠慮くださいとの指示があった。

 シェクスピアの物語に魅せられて書いた夢の世界。序曲だけではチョット物足りなく、どうせならあの有名な「結婚行進曲」まで全曲聴けたら良いがプログラムの時間配分でやむを得なかった。
                                               
 辻井伸行の演奏を初めて聴いたのは世間の熱狂的な注目を浴びる前の08年2月のピアノ・リサイタル。2度目のリサイタル(09年10月)のチケットは先行予約発売で彼がヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝に輝く前に既に手に入れていた。12年1月のリサイタルの後は、12年12月の読売日響との共演でチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。それに続いての今日のラフマニノフの協奏曲第2番。丁度、09年のコンサートの折に妻が購入した佐渡裕指揮ベルリン・ドイツ交響楽団との辻井の共演のCDを聴き、同響との10分ばかりのレコーディング風景のDVDを観てから出かけた。いつものコンサートより興奮度の高まりを感じながらKitaraに向かった。        
 IMG_0700 (300x225) 

 辻井のリサイタルはこれまで3回、今日で協奏曲は2回目。辻井は09年コンクール優勝以後の国内外のコンサートでの聴衆の圧倒的な人気だけでなく、評論家や他の演奏家によると「その後の成長が著しい」と評価が高い。今日の演奏には圧倒された。こんな素晴らしい演奏を最初から最後まで華やかに演奏するラフマニノフは久しぶりというより初めてである。ラフマニノフ本人が弾く協奏曲を全曲所有していて、アシュケナージ、キーシン、ランランなど10名以上のピアニストのCDを聴いているし、実演での日本の横山や清水の演奏も印象に残っているが、とにかく今日の辻井の演奏はラフマニノフが描く雄大なロシアの大地、人々の強い精神などのイメージを雄弁に伝えてくれた。
 第1楽章が鐘の音で始まり印象的。ラフマニノフは鐘の音を効果的に使う。ピアノがロマンティックな旋律を奏で、力強い躍動的な調べとともに、抒情性に溢れる変化に富んだ豊かなファンタジー、オーケストラが辻井の流れるような演奏を支える。佐渡の指揮もどちらかと言えば控えめで、辻井の演奏の引き立て役に徹している印象。手が大きくないと弾くのが難しいと言われる難曲を弾きこなすピアニストは多いようだが、これだけの強い打鍵でドラマティックに弾き切り聴衆を魅了した辻井に感服。
 アンコール曲にヴェルディ/リスト編曲の≪「リゴレット」演奏会用パラフレーズ≫。疲れを知らない迫力ある演奏に驚嘆。感動した聴衆から万雷の拍手。果てしなく続きそうな拍手にコンサートマスターも残りのプログラムの時間を考えてタイミングを見計らって退場。

 幻想交響曲は5楽章から成る。Ⅰ夢~情熱 Ⅱ舞踏会 Ⅲ野の風景 Ⅳ断頭台への行進 Ⅴ魔女の夜宴の夢。
 「ある芸術家が美しい女優に恋をするが失恋して人生に失望し、アヘンで服毒自殺を図る。幸か不幸か致死量に至らずに、彼は悪夢の世界を彷徨う。そこには恋焦がれていた女性が不気味な姿になって現れる。」という夢を見る話。
 ベルリオーズのこの曲はシャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団のCDで十数年前から聴き始めたが、第2楽章が交響曲には珍しいワルツを取り上げていて親しみやすいと感じて興味を持つようになった。
 佐渡はこの曲を得意にしているらしい。べルリオーズの実体験に基づくストーリーをドラマティックに表現。オーケストラのサウンドを生かしながら、第2楽章ではタクトを使わず踊るような仕種も見せ、第3楽章でも手のひらや指を巧みに使っての指揮。第4楽章から、また指揮棒を使ってオーケストラ全体、特に木管・金管・打楽器の音を力強く引き出して様々なシーンを克明に描き切った。オーボエの奏でる旋律がいろいろな場面で目立った。
 アンコールにベルリオーズの「ラコッツィ行進曲」。 佐渡裕の全身全霊を傾けた2年がかりの公演も今日で終了。佐渡の人間味あふれる姿が良く出ていた今回の公演。かなり細身の身体になったが、体を大切にしての今後の活躍を祈りたい。
 
 今回の追加公演は4月11日の新潟、長野、山梨、浜松、兵庫、大阪(2公演)、東京(3公演)、名古屋、札幌。25日の札幌が最終公演地。約2週間の日程で12公演。厳しいスケジュールの中、指揮者、ソリスト、オーケストラの皆さんお疲れ様でした。ソリストが1人だけで、このような公演が行われるのは前代未聞。辻井伸行の今回の公演に寄せる想いと体力にも感激。若い体力と彼の並々ならぬ強い精神力に感服せざるを得ない。佐渡裕と辻井伸行の計り知れないエネルギーが伝わってくる演奏会であった。
 
追記:最新情報
  今年の7月16日、辻井伸行がイギリス最大の音楽祭“プロムス”にデビュー!
  BBCフィルハーモニックとラフマニノフ第2番を首席指揮者のファンホ・メナと共演

1960年の大リーグのチーム数は?

 2013年現在のアメリカの大リーグのチーム数は30である
ア・リーグ(American League) 15チームナ・リーグ(National League 15チーム
2リーグ共に東・中・西の3地区に分かれ、各地区は5チーム編成

 ナショナル・リーグは1876年に発足。アメリカン・リ-グの発足は1901年。
いろいろな歴史の変遷があったが、ここでは詳しいことは書かない。

 前回の野球に関するブログで書いたが、私が中学に入ったころ、投手では別所・藤本・杉下、野手では小鶴・山内・川上・青田などが活躍していて私は巨人ファンだった。当時の巨人は2番千葉、3番青田、4番川上の時代で監督は三原だった。高校時代では西鉄ライオンズの稲尾、中西、豊田の全盛時代で巨人と日本シリーズで争う頃にはもう巨人ファンではなくなっていた。ファンだった青田や三原が巨人から退団していたからである。

 大学3年の頃から英字新聞を読み始めて、日本の新聞とは違う報道に接した。報道姿勢の違う社説や記事に興味をもった。先ずスポーツ面では大リーグに関する記事は日本では一行も記事にはならなかった。取り敢えず、アメリカの大リーグの試合結果が報じられることが楽しみになった。

 現在の大リ-グの強豪チームであるサンフランシスコ・ジャイアンツ(San Francisco Giants)、ロサンゼルス・ドジャーズ(Los Angeles Dodgers)は、1957年まではそれぞれNew York Giants, Brooklyn Dodgers と言う名のチームでニューヨークが本拠地で、1958年から西海岸に本拠地を移したのです。
 当時のMajor League Baseball (MLB),大リーグのチーム数は各リーグ8チームの16チームでした。
1961年に2チームがア・リーグに加盟し、18チーム。(ダルビッシュの所属するTexas Rangersの加盟が1961年)
1962年に20チーム、1969年に24チームとなり、東西2地区に編成。その後、26、28チームに増えて、1993年に東・中・西3地区制になりました。 
1998年に2チームが加盟、計30チームに膨れ上がって現在に至っています。
 (ただし、昨年までナ・リ-グ西地区のHouston Astros がア・リーグ西地区に編成替えになった)

 先日、ダルビッシュが今シーズンの最初の登板でヒューストン・アストロズ相手に9回2死まで完全試合だったことを覚えている人は野球ファンでなくても数多くいると思います。同じテキサスを本拠地とするチームは別なリーグに属するのが普通でしょうが、各地区5チーム制にしてバランスをとることになったのだと思います。

 次回はONコンビの言葉の由来について書いてみることにします。

オーケストラHARUKA  第10回演奏会

第1304回札幌市民劇場
オーケストラHARUKA 第10回演奏会
  
 札幌に現在どのくらいのアマチュア・オーケストラがあるかは正確には解らないが、札幌コンサートホールで演奏会を開く団体が増えている。
 札幌市芸術文化財団の支援を受けて音楽の裾野が広がっていることは確かである。楽器を演奏できる人口が増えていることは喜ばしい。
 オーケストラHARUKAの演奏会を聴くのは初めてだが、ソリストの曲目が目当てで聴いてみることにした。指揮は三河正典。彼は国内外のオーケストラ、合唱団を指揮する他、現在東京芸大および東京音大の講師として後進の指導にもあたっている。

 PROGRAM   ブラームス:大学祝典序曲
        エルガー:チェロ協奏曲(チェロ:石川祐支)
        チャイコフスキー:交響曲第5番

 ブラームス自身は大学に籍を置いたことはなかったが、大学からの博士号を与えられた返礼に式典用の曲を作った。「大学祝典序曲」は学生たちの愛唱歌を綴った明るい管弦楽曲である。
最初からオーケストラが発する音が重くて、響きが良くなかった。10分ほどの曲だが、最後まで何となく、まとまりのない印象を受けてしまった。

 エルガーのチェロ協奏曲はジャクリーヌ・デュ・プレの弾いたCDを先日久し振りに聴いて、このチェロの名曲に浸った。札幌交響楽団首席奏者の石川の生演奏を聴いてみたいと思った。
 哀感の詩情あふれる曲を繊細で豊かな響きで紡いだ。最初の曲で気になったオーケストラの響きも音量が適度に小さくてチェロを支えることに徹していたので、さほど影響はなかった。チェロ独奏の独壇場で見せ場の多い曲で憂愁に満ちた美しいメロディが会場に響き渡った。
 アンコール曲として弾いたドヴォルジャークの「森の静けさ」は聴衆の心に響く名演奏となった。

 休憩後のチャイコフスキーの「第5番」は別のオーケストラかと思わせるほどの演奏でアマチュアの演奏としては上出来で好印象を残した。おそらくこの大曲の練習に多くの時間を使ったのではないかと思った。木管、金管も含めて各楽器の奏者はそれぞれ見事な演奏を展開した。
 ドヴォルジャークと同じく、チャイコフスキーはメロディ・メーカーと呼ばれるほど、彼の曲には美しい旋律が散りばめられている。LPレコードの時代では「第6番悲愴」が彼の代表曲になっていたが、今日では「第4番」「第5番」も傑作として人気があり、特に第5番は第3楽章にワルツが用いられて新機軸として知られている。最近KItaraで演奏されるチャイコフスキーの曲として「交響曲第5番」は頻度が高い。

 演奏終了後に指揮者はホルン奏者を、いの一番に称賛して自分が貰った花束をその女性ホルン奏者に手渡した。第2楽章でのホルンが奏でる美しい主題を含めて、オーケストラの他の奏者のハーモニーを引き出す大きな役目を果たした貢献度なのかなと想像した。細かなところまでは解らなかったが、指揮も若さに溢れていて合唱指揮の豊富な経験を思わせるようなところもあって最終的には指揮者の力も今日の演奏に多大な貢献をしたのだろうと思った。
約60名のオーケストラでメンバーの大半が20代、30代の若い人なので今後の更なる発展が期待できる。年に1度演奏会を開催し、第3回から毎年Kitaraで開催していてプロの演奏家とも共演しているようなので、今後の活躍を見守りたい。

 アンコールにチャイコフスキーのバレエ音楽≪白鳥の湖より「チャルダッシュ」≫

 追記:オーケストラHARUKAの定期演奏会は今回はじめて聴いたが、オーケストラの名称は何回かチラシを見て知っていた。何処かで聴いた記憶もあったが、手元に明確な資料がなくて曖昧であった。
たまたま今日、2011年12月の≪宮沢功行音楽活動40周年記念コンサート≫のチケットの半券がアルバムに貼ってあるのが目に入った。〈宮沢功行指揮によるオーケストラHARUKAとのピアノ協奏曲〉というプログラムが書かれていた。干野宜大がベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」を弾くので札幌市教育文化会館に聴きに行ったのを思い出した。他人には如何でもいいことだが何だか気になっていたので、幾分スッキリした気分になった。(May 14)



札幌交響楽団 第558回 定期演奏会

 チェコ指揮界の隠れた逸材であったラドミル・エリシュカ(Radomil Eliska)
2006年12月に札幌交響楽団に客演したのが縁で、彼は2008年4月から札幌交響楽団首席客演指揮者となった。以降、日本各地のオーケストラ客演も大成功を収めている。チェコ国内ではチェコ・ドヴォルジャーク協会の会長を務めており、これまで主としてチェコ音楽の紹介に努めてきた。

 08年4月 ~R.エリシュカ 首席客演指揮者 就任記念演奏会~
   ヤナーチェク:狂詩曲「タラス・ブーリバ」
   モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番(ピアノ:伊藤恵)
   ドヴォルジャーク:交響曲第6番
  09年4月 ~ラドミル・エリシュカ/チェコ音楽シリースvol.2~
   ヤナーチェク:「利口な女狐の物語」組曲(ターリッヒ編曲)
   モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番(ヴァイオリン:木嶋真優)
   ドヴォルジャーク:交響曲第7番
 
 2年目まではソリストと共演したプログラムであった。ドヴォルジャークの交響曲が演奏機会の少ない曲だったのでCDを購入して準備した。意外と聴きごたえのある良い曲。演奏会でも極めて新鮮な感じを受け、聴衆の反響も大きかった。ヤナーチェクの曲と共に大いに楽しめた。
 
  10年4月 ~ラドミル・エリシュカ/チェコ音楽シリーズvol.3~
   ドヴォルジャーク:序曲「謝肉祭」
   ヤナーチェク:シンフォニエッタ
   ドヴォルジャーク:交響曲第5番
  11年4月 ~ラドミル・エリシュカ/チェコ音楽シリーズvol.4~
   ドヴォルジャーク:スターバト・マーテル
  
 「スターバト・マーテル」は悲しみと痛みに満ちた宗教曲。4人のソリストと札響合唱団、札幌アカデミー合唱団、札幌放送合唱団と三つの合同合唱団での演奏会は3月の東日本大震災の犠牲者に捧げるコンサートとなった。キャンセルする外国人演奏家が相次いだ年だったが、エリシュカは日本人への深い想いをこの宗教曲を通して表現してくれた。

  12年4月 ~ラドミル・エリシュカ/チェコ音楽シリーズvol.5~
   ドヴォルジャーク:スケルツォ・カプリチオーソ
            交響詩「野鳩」
            交響曲第9番「新世界より」
 
 日本で最も親しまれている「交響曲第9番」と「交響曲第8番」を最後の2回のシリーズにプログラミングする感覚にプロデュ―スの巧みさを感じ取った。
 
 13年4月 ~ラドミル・エリシュカ/チェコ音楽シリーズvol.6
   ドヴォルジャーク:序曲「自然の王国で」
              交響詩「水の精」
              交響曲第8番
 チェコ音楽シリーズの最終回だったかもしれない今日の演奏会はオール・ドヴォルジャーク・プログラム

 この序曲はドヴォルジャークがアメリカへ行く前年の1891年に書き始められた作品で、序曲3部作《自然と人生と愛》の第1作。小澤征爾指揮ウィーン・フィルのCDを久しぶりに今日の演奏会に備えて何度か聴いたが、とても味わいのある印象深い曲。札響にとって今回が初演だそうである。ドヴォルジャークが愛してやまなかった自然への想いが描かれ、静かな安らぎのなかにも内面的な深い味わいを読み取れる感じがした。
 10年4月の《序曲「謝肉祭」》は第2作にあたる。

 交響詩「水の精」は今迄に聴いたことのない曲。札響演奏歴も1回だけで、1981年以来の演奏とのこと。
ドヴォルジャークはアメリカから帰った翌年の1896年に、チェコの国民的詩人であったエルベンの《花束》という詩集のなかのバラードにもとづいて、4曲の交響詩を作曲した。その第1作が「水の精」。
{水界の悪魔が1人の娘を誘惑して妻にする。悪魔から里帰りを許されて母親のもとに帰ったこの女が、自分のところへ戻ろうとしないのをみた悪魔は、女にはらませた子供を殺してしまう話}
 ドヴォルジャークはこの物語の筋を忠実にメロディに翻訳して、素晴らしい音で曲を色取っていく。ストーリーに合わせて様々な旋律が浮かび上がってくる。彼の創造性に改めて驚きを覚えた。悪魔というより曲の英語名“The Water Goblin ”から「いたずらっぽい水の小妖精」のイメージ。
 12年4月の≪交響詩「野鳩」≫は第4作にあたる。{夫を毒殺した女が罪の意識にさいなまれて自殺へと追い込まれる話}を曲にしたもので、この曲はしばしば演奏されている。
  
 「第8番」は今や名曲中の名曲。ドヴォルジャークは矛盾相克を含んだ様々な作品を書いた。ト長調の第8番は喜びに溢れた明るい曲。彼の家の庭、周りの野原、森のかおりが漂う田園風景が弦楽器でその様子が伝わる。暑い日差しを浴びながら農作業に携わる人々の表情も眼前に広がる。鳥のさえずりなど生き生きとした小動物の様子もフルートやオーボエの木管楽器の表情豊かな旋律で表現された。低音弦楽器の特徴とともに、金管楽器、打楽器の特徴も各楽章で伸びやかな旋律で大自然を歌い上げた。
 第1楽章が終った後にエリシュカが拍手をしていたが、オーケストラの演奏にとても満足した様子。今日の演奏は今迄聴いてきた「8番」で最も印象に残った。今シーズンから座席が2階後方の中央から1階前方やや右に変った。ホール全体を見渡すには2階後方が良かったが、より良い音響と緊迫感を得るために座席を変えた。違う角度から集中して音楽に没入できて久しぶりの充実感を味わえた。

 エリシュカは今年82歳になるが、年齢を感じさせない若々しい指揮ぶりであった。オーケストラとの呼吸もピッタリで相互の信頼関係の上に基づいた音楽が構築されていたように思う。ラファエル・クーベリック以来のチェコが誇る名匠と言えないだろうか。前半終了後の聴衆の拍手も凄かったが、8番が終った後の熱狂的な拍手は感動的であった。今日の演奏に対しての称賛に加えて、チェコ音楽シリーズが一区切りついたことに対する感謝の意の表現でもあったように思った。エリシュカは喜怒哀楽を大きく表さないが、最後にコンサートマスターや各楽器の首席・副首席奏者に丁寧に握手を求め、女性陣には欧米流に頬を寄せあって喜びを分かち合っていたのは微笑ましかった。今日の演奏のライヴ録音も実施され5番~9番まで全曲CD化されることになるが、発売されたら手に入れたい。

 エリシュカはこの後、27日には東京佼成ウインドオーケストラと共演して「新世界より」全曲と「シンフォニエッタ」などを演奏する予定。極めてユニークな演奏になるだろうが注目に値する。成功を祈りたい。
 
 ***エリシュカさんは奥さんを伴って毎回来札しているが、中島公園で遭遇した時の様子を記してみたい。昨年の12月2日(日)の午後1時頃、地下鉄の中島公園駅を降りた客の全員がKitaraへ向けて隙間もないくらいに道路を埋めて一斉に歩き出した。1時30分開演の五嶋龍ヴァイオリン・コンサートを聴く人の群れが切れ目なく続いていた。公園内の藤棚のあるあたりで、突然列が半分ほどになって反対側から来る人のために空間を作った。気が付くと背の高い外国人女性、その後方に男性が2人見えた。外国人女性のために広く道を空けた様子で、いつもの対応とは少し違っていた。すれ違う前に外国人の男性がエリシュカさんと判った。11月末に札響との名曲シーリーズに出演し、12月の初めに札響との「第九」特別演奏会が予定されていた。多分Kitaraからの帰り道で公園を通りかかったのではないかと推測した。日本人の欧米人に対する特別な反応だったが、エリシュカ夫妻はどんな印象を受けたのだろうか。

ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 札幌公演

 ロリン・マゼール指揮
 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 札幌公演
 
 ロリン・マゼールは1930年3月6日、ロシア系アメリカ人としてフランスで生まれた。幼い頃にアメリカのピッツバーグに移住して音楽の天才少年として育った。5歳の時からヴァイオリン・ピアノ・指揮法を学び、8歳でアイダホ州立大学オーケストラを指揮、シューベルト《未完成》を演奏。9歳でロスアンジェルス・フィルを指揮、11歳でトスカニーニのNBC交響楽団やニューヨーク・フィルを指揮して「神童」と言われた。17歳でピッツバーグ大学で哲学と語学を専攻、ピッツバーグ交響楽団のヴァイオリン奏者としても活動。49年から同楽団の副指揮者を務め、フルブライト留学試験に合格した後、イタリアに留学した。留学中の53年には代役でヨーロッパ指揮デビュー。(昨年N響との共演時にマゼール本人がN響アワーで“プロでない学生の身分なのに指揮の依頼があった”当時の話を語っていた。) 58年にはベルリン・フィルを指揮して初のレコーディングを行っている。
 
 60年にはバイロイト音楽祭に史上初の米国人指揮者および最年少指揮者としてデビュー。その後、一気に名声を高めて世界中のオーケストラでオペラやコンサートの指揮をしている。
 指揮者としての正式のポストは1964~75年ベルリン放送交響楽団(現ベルリン・ドイツ交響楽団)首席指揮者、1965~71年ベルリン・ドイツ・オペラ音楽監督、1972~82年クリーヴランド管弦楽団音楽監督、1976~88年フランス国立管弦楽団首席客演指揮者、1982~84年ウィ―ン国立歌劇場総監督、1988~90年フランス国立管弦楽団音楽監督、1988~96年ピッツバーグ交響楽団音楽監督、1993~2002年バイエルン放送交響楽団首席指揮者、2002~09年ニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督、06年~現在トスカニーニ交響楽団音楽監督。

 私は2000年までは主としてLPで音楽を聴いていたが、CDを集めるようになってマーラーやワーグナーなどの音楽も聴き始めた。マゼールの指揮するマーラー第1番やワーグナーの管弦楽名曲集にも親しむようになっていた。
 2003年マゼールがバイエルン放送交響楽団を率いて札幌公演を行うことを知って直ぐチケットを買った。バイエルン放送響は1992年のPMFで演奏会を開催していた。丁度いいタイミングでの期待のコンサートであった。
 
2003年のマゼール指揮バイエルン放送交響楽団の日本公演は4月1日の札幌から始まって、大阪、所沢、横浜、東京の5都市7公演。プログラムは≪ブラームス・チクルス≫。札幌でのプログラムは「ヴァイオリン協奏曲」と「交響曲第1番」。
 マゼールは初めてKitaraで指揮をしたが、会場に入った時のArtist Entranceが一般客の出入り口と思ったらしい。楽屋に入る前にエントランスやホアイエなどホールの中を全部見て歩いて、Kitaraの施設の素晴らしさに感動したエピソードが伝わっている。Kitara大ホールでの演奏の記念に、色紙にサインと共に次の文を書き残している。“The concert hall of Kitara is magnificent---it is one of the finest in the world.”
 バイエルン放送響は戦後1949年創立のオーケストラであるが、ヨッフム、クーベリック、コリン・デイヴィス、マゼールに次いで、2003年9月からマリス・ヤンソンスが首席指揮者を務めて現在に至っている。世界でトップテンに入るオーケストラになっている。

 マゼールはKitaraがお気に入りのホールらしく、05年10月と07年9月にも世界中から厳選された20代から40代までの名手によって編成されたオーケストラを率いて日本公演を行っている。05年はトスカニーニ・フィルハーモニー管弦楽団としての来日だったが、パルマでの活動拠点がミラノに移って07年にはトスカニーニ交響楽団と名称が変わった。トスカニーニ没後50年記念世界ツアーとしての開催、日本では日中国交正常化35周年記念、札幌ではKitara10周年記念としての開催。

 07年も日本公演は5都市7公演。東京、西宮、名古屋、横浜、札幌。
札幌公演プログラムはベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第3番、プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番(ピアノ:ユンディ・リ)、ブラームス:交響曲第1番

 このコンサートではユンディ・リがプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番に挑戦した理由が述べられていたが今でも印象に残っている。〈ホロヴィッツがラフマニノフの第3番を人気曲にしたように、自分もプロコフィエフの第2番を人気曲にしたい〉という想いで、小沢征爾指揮ベルリン・フィルとの共演でレコーディングもしていてCDを後で購入したのを思い出す。意欲的で、とても魅力的な演奏であった。

 マゼールが作り出す音楽の性格が1970年代から変わったと言われている。それまでの大胆でシャープな表現力が後退して、演奏が安定して角がとれて丸くなったというのである。演奏会で聴いた時には彼は70歳を過ぎていたから、確かにそれほど強いインパクトは感じなかった。偉大な指揮者がKitaraに来てくれるだけで嬉しい気分だった。
 10年12月31日のマゼール指揮岩城宏之メモリアル・オーケストラと一晩でのベートーヴェン交響曲全曲演奏会は物凄く感動的な演奏会であったらしい。彼は80年代にヨーロッパでこの試みを経験していたと聞く。聴衆は80歳の指揮者の作る素晴らしい音楽に感動し、特に3・5・7番は圧巻でウイーン・フィルにも負けない演奏との印象を受けた人も多かったと聞く。今までマゼールの音楽をあまり高く評価しない人々も先入観を捨てる機会になったようだ。報道によると昨年のN響での客演指揮も評判が良かった。ただ彼の演奏は出来・不出来が激しいという評もある。私自身は83歳になる指揮者をKitaraで目にすることだけでも満足である。

ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団は世界のメジャー・オーケストラでKitaraを訪れていない数少ないオーケストラの一つであった。半年以上前にチケットの先行発売が実施されて直ちに購入していた。長年に亘って本日の公演を待ち望んでいた。

今回の日本ツアーは名古屋・東京・札幌・大阪の4都市6公演。札幌公演はHTB開局45周年 札幌・ミュンヘン姉妹都市提携40周年記念として開催。

 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団は創立1893年で歴史は古いが、ミュンヘンでは1949年創立のバイエルン放送響の後塵を拝してきた。79年に芸術監督チェリビダッケの時代から評価が上がり、チェリビダッケ亡きあと、99年にアメリカからレヴァインを首席指揮者に迎え、04年からティ―レマンが音楽総監督を務めて更にメジャー・オーケストラとしての評価が固まったと言われている。12年からマゼールが首席指揮者となって活発な海外での演奏活動を展開し始めたと思われる。
 
 演奏曲目  レスピーギ:交響詩「ローマの噴水」
       パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番(ヴァイオリン:五嶋 龍)
       ベートーヴェン:交響曲第7番
 
 「ローマ3部作」はトスカニーニが得意にしていた作品。その第1作が≪ローマの噴水≫。 夜明け、朝、昼、黄昏の時間帯における4つの噴水に施された彫刻から広がるイメージを詩的に描いている。第3楽章のローマで最も有名な「トレヴィの噴水」からの幻想的なタッチが印象的だった。

 07年の札幌公演でのソリストはユンディ・リだったが、名古屋公演と東京2公演では五嶋龍がソリストでパガニーニの第1番を弾いた。その時の共演の強烈な印象を受けて、マゼールは今回の札幌公演では予めパガニーニの曲に決めていたようである。7歳の時のPMFでの演奏曲であったことは知らなかったかもしれない。
 長大な第1楽章は華やかな管弦楽のイタリア風の明るく軽快な旋律の合奏が5分ほども続いて、いよいよヴァイオリン独奏が始まった。ヴァイオリンが様々な技巧を駆使して美しい旋律を奏でながら曲が展開された。ヴァイオリン独特のカデンツァも見事だった。ただ、同じような旋律が何回も現れて少し冗長だったかなと感じる楽章であった。こんな印象を持ったのは今迄になかった。第2楽章はオペラ・アリア風。ヴァイオリン独奏のカンタービレで美しいメロディを紡いだ。第3楽章は躍動的なスタッカート奏法による軽快な調べ。独奏が思う存分に超絶技巧を披露した。五嶋龍のコンサートは3度目だが、今日は聴き方が悪かったのか残念ながら感動までには至らなかった。 アンコール曲にパガニーニの《「ネルコルピオ」変奏曲》を弾いたが、これは初めて聴く珍しい曲でとても興味深く聴けて素晴らしい印象を受けた。
五嶋龍ファンは今は姉のみどりより多く集客力は凄くて、昨年12月のコンサートは満席であった。今日も彼らは満足したに違いない。
 
 ベートーヴェンの「第7番」は今年Kitaraで聴くのが3度目。全楽章を通してリズム感が横溢して、生命感・躍動感あふれる曲に感動した。ヴィオラ、チェロ、コントラバスの低音域の楽器が奏でて始まる緩徐楽章の美しさも琴線に触れた。ティンパニーとホルンの響きがオーケストラが発する音をより豊かにしていて、この曲の壮大さを力強く印象づけていた。聴きどころは沢山あるが何と言っても最終楽章のダイナミックな演奏が圧巻。マゼールの渾身の力を振り絞った第4楽章の指揮ぶりは聴衆の心を一つにした。ベートーヴェンの曲の中でも舞踏的リズムは親しみやすく、若者も含めて親しまれる曲になっていることを改めて認識した。以前はベートーヴェンと言えば5番か6番を聴く機会が多かったが、最近は7番が随分と聴く機会が増えた。今年は7番初演の200年の記念年なので特に多い。今日のKitaraは満席状態でオーケストラへの歓迎ムードもあって会場の雰囲気も良かった。83歳とは思えない迫力ある指揮ぶりでミュンヘンフィルの底力を引き出したマゼールの凄さにほぼ満員の聴衆から割れんばかりの拍手が起こった。ベートーヴェンはやはり凄い。
 最後の曲、特に第4楽章では全力を振り絞ってマゼールは指揮に当ったので、さすがに疲れたようだったが、アンコールにベートーヴェンの「エグモント」序曲を演奏してくれた。聴衆はドイツのオーケストラが演奏するベートーヴェンの素晴らしさを満喫した。
 演奏終了後に演奏者と聴衆がお互いに感謝し合う場面は感動的であった。2011年に札幌交響楽団が創立50周年を記念してヨーロッパ公演を行い、ミュンヘンでも公演を開催した。今回のコンサートは姉妹都市の交流事業の一環でもあったが、ドイツ人と日本人が共に持ち合わせている心を感じ取る場面にもなった。

 

 
 




 
 

MET ライブビューイング 第10作 パルjジファル

MET Live Viewing ワーグナー≪パルジファル≫ 新演出

 今シーズンは第1、4、5、6作を鑑賞したが、第10作はワーグナーの作品である。オペラというより、オラトリオの色彩を持ち、神話を取り入れた宗教劇。ヴェルディとは対照的な作曲家。
 
 ワーグナーの歌劇・楽劇は「序曲」や「前奏曲」などを管弦楽名曲集で親しむことがあっても、演奏時間の長いオペラを鑑賞する機会は殆どない。2010年、Kitaraでトヨタコミュニティコンサートとして「ニーベルングの指輪」~4部作よりハイライト~が上演された。《北海道交響楽団 創立30周年記念演奏会》で演出は渋谷文孝、音楽監督は三枝成彰であった。壮大なプログラムでワーグナーのオペラに詳しくない自分にとって作品全体の複雑な構成を理解するのが難しかった。この時がワーグナーの楽劇を見る初めての機会だったと思う。
 
 今回の≪パルジファル≫はシーズンのプログラムが公表されてから鑑賞を計画していた。“PARSIFAL”については全く知識がなかったので検索を利用して《あらすじ》を調べ、作曲家の生涯について書かれた本を読んで鑑賞前に予備知識を蓄えておいた。

 ≪パルジファル≫はワーグナーの最後の作品であり、彼の晩年独特の宗教的理想を象徴的に表現した傑作と言われている。亡くなる前年の1882年にバイロイト祝祭劇場で初演されて好評を博し、16回にわたり上演されたそうである。バイロイト祝祭劇場では現在でも毎年ワーグナーのオペラが上演されていて、バイロイト音楽祭は世界中から音楽愛好者が集まる音楽祭として有名である。
 IMG_0830 (200x150) (6) (300x225) (約50年前の写真) 
 *バイロイトの町(左)とバイロイト音楽祭の開かれている祝祭劇場(右)
 
 この「舞台神聖祝典劇」と銘打たれた楽劇は10世紀ごろのスペインの城が舞台で、台本としては無知な若者パルジファルが奪われた聖槍(十字架上のキリストの脇腹を刺した槍)を取り戻すというだけの話であるが、登場人物が複雑な背景を持っていてストーリーが組み立てられている。聖槍を奪われた時に被った傷のために瀕死の状態に陥って苦悩している王を、成長して知を得たパルジファルが王の苦悩を共有して一人前の騎士になって聖槍を奪還し、聖杯(キリストが最後の晩餐でワインを飲んだ器。彼が十字架で傷を受けた時その血を受け入れたとされる。)守護の王となる話。

 今回のMETでの上演は新演出で近未来の場面設定でキリスト教の価値観も変えて描いている。現代における人間性の喪失にも焦点をあて、人の心や苦悩が共有することの大切さを表現していた。男性の服装は白いワイシャツと黒のズボンでまるで現代を思わせる。女性も薄い白いドレスが基本。 
 第2幕の舞台装置には驚いた。舞台には4500リットルもの水が使われ、一瞬血の海になるが水温40度で加熱パットも使用される装置がなされ、幕が下りた後の清掃や女性のシャワーの配慮などを考えると途方もない演出である。

 ワーグナーの生誕200年に合わせて彼の作品を見ようと思ったもう一つの理由は主役が、ヨナス・カウフマンだったからである。カウフマンは昨年グノーの「ファウスト」で観たが、今回のパルジファル役はイタリア歌劇を得意にした世界三大テノールとは違った素晴らしい歌唱力に胸が打たれるほど感動した。ヘルデンテノールという言葉は初めて目にしたが今回初めて納得がいった。ワーグナー作曲の歌劇・楽劇における英雄的な役どころを演じるのに適した声質を持つテノールのことを指すらしい。
 カウフマンの劇的で力強い歌唱力で歌う“パルジファル”は精神的な強さ、英雄的資質、霊的な力を発揮するので、“はまり役”と言えよう。ドイツのドラマティックなレパートリーを得意とするカウフマンに対する「世界最高のヘルデンテノール」の賛辞は相応しい。

 METで今回カウフマンの主役デビューを支えたのはK.ダライマン、R.パーペ、P.マッティら最強のワーグナー歌手たち。特に、聖杯守護の騎士団の長老役のパーペの説得力のある歌唱が見事で印象に残った。指揮はダニエーレ・ガッティ。計画から5年がかりでのMET公演。インタビューワーから暗譜での指揮を驚嘆されていたが、指揮者は肝心なのは「作品をどう解釈するか」であると強調していた。演出家のF.ジラールは現代の苦悩や誘惑との関連、キリスト教だけでなく仏教にも通じる解釈を求め、パルジファルの旅路、彼の悟りの道と人間の成長のドラマを描こうとしたのだろう。

 第1幕が115分、第2幕が70分、第3幕が89分。休憩2回を含めて、上映時間:5時間40分。


 

TOYOTA MASTER PLAYERS, WIEN

 トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィーンによるコンサートが
2000年4月トヨタ・ミレ二アム・コンサート(TOYOTA MILLENNIUM CONCERT)と銘打って日本国内8都市で10公演が行われた。

 ≪トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィ―ン≫はこのコンサートのために編成されたオーケストラ。ウィ―ン・フィルハーモニー管弦楽団の首席クラスのメンバーを中心に世界トップレべルの演奏家30名で編成された。
 札幌公演でのプログラムはモーツァルト:交響曲第29番、クラリネット協奏曲、交響曲第41番。
クラリネット独奏はペーター・シュミードル。
 Peter Schmidleは2011年までPMF(Pacific Music Festival)へは1991年から21回参加して、この音楽祭が世界三大教育音楽祭に数えられる過程でソリストとしても教育家としても活動し多大な貢献をしてきた。また、2000年からトヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィ―ンの芸術監督として今日まで活躍を続けている。札幌では顔馴染みの演奏家である。
 
 毎年のように札幌公演が開催されていると思うが、私が次に聴いたトヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィ―ンは05年3月。この年の公演は「愛・地球博」開幕記念コンサート。 札幌では「ウィ―ン・プレミアム・コンサート」として開催された。
 プログラムはモーツアルト:歌劇「皇帝ティートの慈悲」より序曲、同歌劇より“私は行くが、君は平和に”(ソプラノ:佐藤美枝子)、歌劇「魔笛」より序曲、同歌劇より“復讐の心は地獄のようにわが胸に燃え”(ソプラノ:佐藤美枝子)
J.シュトラウス:春の声、R.シュトラウス:歌劇「ナクソス島のアリアドネ」より“偉大なる王女様”(ソプラノ:佐藤美枝子)
 佐藤美枝子は1998年チャイコフスキー国際コンクール声楽部門で、日本人初の第1位を獲得。音楽界の話題をさらい国民の注目を集めた。

 その次が09年4月の「ウィ―ン・プレミアム・コンサート」だったと思う。
演奏曲目はハイドン:交響曲第94番「驚愕」
  ウェーバー:クラリネット協奏曲第2番(クラリネット:ペーター・シュミードル)
  メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調(ヴァイオリン:フォルクハルト・シュトイデ)
  ベートーヴェン:交響曲第1番        
Volkhard Steudeは99年からウィ―ン・フィルのコンサートマスターを務め、2000年よりトヨタ・マスター・プレーヤーズ,ウィ―ンのコンサートマスター。

 11年4月のコンサートは東日本大震災の影響により全公演中止。12年4月、「ウィ―ン・プレミアム・コンサート」として再開催。
プログラムはロッシーニ:歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
   モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第2番(ヴァイオリン:三浦文彰)
   シュターミッツ:クラリネットとファゴットのための協奏曲
   (クラリネット:ペーター・シュミードル、ファゴット:シュテパン・トゥルノフスキー)
   モーツァルト:交響曲第40番
 三浦文彰は前年度のソリストとして予定され期待していた。彼は09年、世界最難関とも言われるハノーファー国際コンクールにおいて、史上最年少の16歳で優勝して国際的に大きな話題となっていた若きヴァイオリニストである。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲は5曲あって、第3、第4、第5番に比べて演奏機会が多くない第2番を選曲したあたりに彼の並々ならぬ自信と挑戦を感じ取った。ヴァイオリンの名曲に多い二長調で書かれている。新鮮で生き生きとした明るい曲で、第1楽章のカデンツァを若々しい大胆さで朗々と弾いた。期待に違わぬ演奏であった。

 2013年は全国7都市7公演で、昨年に続き東北では仙台、盛岡の2公演があった。今年も仙台公演・盛岡公演では、東北復興支援チャリティとして、両公演のチケット売上げの全額が東北3県(岩手・宮城・福島)に寄付される。トヨタの東北復興支援活動の取り組みである。
 4月9日の札幌公演は今年度の最後の公演地であったが、毎年北海道での開催があるのは嬉しい。
PROGRAM
 ワーグナー:ジークフリート牧歌
 ブルッフ:クラリネットとヴィオラのための協奏曲
       (クラリネット:ペーター・シュミードル、ヴィオラ:清水直子)
 ベートーヴェン:ロマンス第1番(ヴァイオリン:フォルクハルト・シュトイデ)
         交響曲第7番
 
 2013年はワーグナーの生誕200年の記念年。ワーグナーは息子ジークフリートの誕生を喜んで、1870年に愛妻コージマの誕生日の12月25日、「ジークフリート牧歌」が彼女の誕生日とクリスマスのプレゼントとして初演された。コージマはリストの娘で、有名な指揮者ハンス・フォン・ビューローの妻であったが、ワーグナーは略奪結婚をしたのである。1870年はウイーン・フィルの本拠地、ウイーン楽友協会大ホールが完成した年でもある。今年のコンサートでの選曲の理由が判る。弦楽器の美しさが際立つ曲で管楽器は控えめに演奏されたが、ワーグナーの曲としては意外性のある安らかで平和な曲。
 
ブルッフはバイオリン協奏曲が良く知られている。彼はクラリネット奏者の息子と友人のために書いた協奏曲を名手シュミードルと清水直子が演奏。清水直子はベルリン・フィルのヴィオラ首席奏者。97年ミュンヘン国際音楽コンクール第1位受賞等、数々のコンクールで入賞し、2001年からベルリン・フィルに在籍。11年のPMF、東京クヮルテットとの共演ではその名演ぶりが話題となった。彼女が弦を弾いた途端に、ヴィオラの持つ美しい音が広がって聴衆を一気に彼女の世界に引き込んだ。シュミ―ドルは清水を支えながら卓越した技量を発揮して、この珍しい楽器の組み合わせの協奏曲を紹介してくれた。ヴィオラの美しい旋律を伝えるには室内オーケストラの音量がより適していると感じた。とにかく清水の演奏は見事であった。(トランペットとティンパニーによるファンファーレで始まる第3楽章もアクセントが付いて印象的であった。)

 シュトイデはウイーン・フィル(VPO)のコンサートマスター4名のうちの1人。VPOは外国人の楽団員は少なく、彼はドイツ出身であるが将来のウイーン・フィルを背負う逸材。ベートーヴェンは2曲の「ロマンス」を残しているが、≪ロマンス第1番≫はベートーヴェンの表現しようとした夢と憧れの世界を、シュトイデは爽やかな歌心ある演奏で聴衆を詩的リリシズムの世界に誘った。

 以上の3曲は指揮者を置かない演奏スタイルで何の違和感もなく、特に弦楽器のハーモニーの素晴らしさと管楽器の程よい調和がとられていた。

 21世紀に入ってからの「交響曲第7番」の人気度はうなぎ上りで今や大曲である。指揮者なしで、小編成のオーケストラでは満足度が足りなかったのが率直な印象であった。協奏曲と交響曲の第1楽章が終ったところで一部拍手をする人たちがいて、興がそがれたのも一因であった。特にこの交響曲はリズミカルな躍動感にあふれた作品であり、第1楽章のあと第2楽章に移る切り替えが、一部の聴衆の思わぬ拍手で演奏者や他の聴衆の迷惑になることが時々ある。PMFで顔なじみの奏者も何人か目にして懐かしい想いもして傾聴していたが、この瞬間に雑念が入って集中力が途切れてしまい個人的には心ゆくまで楽しめなかったのが残念であった。
 ワーグナーが誕生した1813年にベートーヴェンの「第7番」の初演が行われたので、今年はいつもの年より演奏会のプログラムに入る機会が増えるかもしれない。私が今年この曲を聴くのもサロネン指揮フィルハーモニア管についで2度目である。

 アンコールに応えて2曲。J.シュトラウス:歌劇「こうもり」より、チャルダッシュ「ふるさとの調べ」。 ブラームス:ハンガリー舞曲第5番。

今年の日本での公演もすべて終了。別れを惜しむ雰囲気も会場に流れ、オーケストラの団員もホッとした気持ちになったのではないか。ウィ―ンの香りを運んでくるオーケストラの札幌公演を来年度以降も期待したい。




 
                            
        



 
 

中丸三千繪 ソプラノ・リサイタル

 中丸三千繪のソプラノ・リサイタルを初めて聴いたのはKitaraが開館して1年目の1998年4月のことであった。

1987年単身イタリアに渡り、マリア・カラスと最も多く共演し世界最高のメゾ・ソプラノ歌手として名高かったジュリエット・シミオナートに直訴してレッスンを受けた。88年パヴァロッティ・コンクールに優勝して、「ラ・ボエーム」のミミ役でヨーロッパ・デビュー。89年世界三大テノールの一人パヴァロッティと「愛の妙薬」で共演し、アメリカ・デビュー。90年「マリア・カラス国際声楽コンクール」に優勝。イタリア人以外の外国人として初の快挙となり欧米の注目を浴びて出演依頼が殺到した。以来、世界各国の歌劇場でドミンゴを始め世界的な歌手と共演している。92年の日本では全国ツアー全公演完売を記録して追加公演するほどの人気ぶりであった。(近年の辻井伸行現象に当たる状況だったかも知れない。)
 94年の日本公演も完売となった。ロリン・マゼール指揮フィルハーモニア管によるベートーヴェンの「第九」のソリストとして出演。マゼール指揮フィルハーモニア管とは97年の日本公演でも共演した。(今月14日にマゼールはミュンヘン・フィルと札幌公演。)当時、彼女はイタリア、ニューヨーク、パリに在住して世界各地で活躍していた。

 98年の全国公演の際にコンサートでは見たことも無いようなプログラム(プロフィールや曲目解説のほかに数々の美しい写真が上質の紙に載せられ装丁もしっかりしていて、まるでアルバムと言ってもいいようなもの)が販売されていたのが下の画像である。当時よりも今回その良さを味わった気がする。(多分、今では高すぎて買わないと思うが、、、)

プログラムによると曲は素人の私にとって聴き慣れた曲ではなかったが、当時は会場の雰囲気と世界のディーバの歌声に満足したに違いない。

 08年6月、中丸三千繪が10年ぶりにKitaraのステージに姿を見せた。「池辺晋一郎&上杉春雄 ジョイントコンサート」に友人として特別出演した。ベートーヴェンや池辺作曲の歌曲、プッチーニやヴェルディの歌劇からアリアを歌ってくれた。「歌に生き、愛に生き」と アンコールに歌ってくれた「日本の歌」(北原白秋作詞ばかり数曲だったと思うが、、、)の印象は今でも記憶に残っている。

 この頃、彼女のマリア・カラス・コンクール優勝までの道程を綴った自叙伝を興味深く読んだ。いろいろなエピソ―ドは非常に面白かった。特にイタリアでは男性歌手に“Bravo”、女性歌手には“Brava”、複数の歌手には“Bravi”と拍手喝采するのが慣例の掛け声であると書かれていた。Kitaraのコンサートで“Bravi”と声が掛かった場面があったが、その時の様子は別な機会に紹介したい。

 近年は日本での活動も増え、2008年には三枝成彰作曲モノオペラ「悲嘆」を初演。2010年トルコやイタリアのミラノ大聖堂、ローマのバチカンでもコンサートを開催。2011年、モノオペラ「悲嘆」とプーランク作曲モノオペラ「人間の声」の2つのモノオペラ(奥田瑛二演出)を一晩で一人で演じTV放送された。
 
 2013年4月6日、Kitaraでの15年ぶりのリサイタル。 ピアノは菊池真美。
  Program
    シューベルト:≪アヴェ・マリア≫、 カッチー二:≪アヴェ・マリア≫、
    ヘンデル:歌劇「リナルド」より≪私を泣かせてください≫
    ヘンデル:歌劇セルセ」より≪オンブラ マイ フ≫
    ドヴォルザーク:≪わが母の教え給いし歌≫
    ドヴォルザーク:歌劇「ルサルカ」より≪月に寄せる歌≫
    ヴェルディ:歌劇「シチリア島の夕べの祈り」より≪有難う愛する友よ≫
    プッチーニ:歌劇「ジャン二・スキッキ」より≪私のお父さん≫
    ラフマニノフ:「12の歌」Op.14より≪春の洪水≫
   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    野口雨情作詞・本居長世作曲・三枝成彰編曲:≪赤いくつ≫
    竹久夢二作詞・多 忠亮作曲・三枝成彰編曲:≪宵待ち草≫
    石川啄木作詞・越谷達之助作曲:「一握の砂」より≪初恋≫
    モリコーネ:映画「ニュー・シネマ・パラダイス」より≪チネマ・パラディーゾ≫
    ヴェルディ:歌劇「椿姫」より≪さようなら過ぎ去った日よ≫
    プッチーニ:歌劇「トスカ」より≪歌に生き、愛に生き≫
    チレア:歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」より≪私は芸術の下僕≫
    べッリー二:歌劇「ノルマ」より≪清らかな女神よ≫

 中丸三千繪は真紅のロング・ドレスで登場。ピアニストの黒の衣装とピアノの黒と対照的な色合いで、まるでステージに花が咲いたようだった。

 ≪アヴェ・マリア≫は同名の曲が沢山あるが、英国の詩人ウォルター・スコットの詩に「歌曲王」と呼ばれるシューベルトが曲をつけたものが最も親しまれている。
 ≪私を泣かせてください≫は15年前のリサイタルでも歌ったイタリア古典歌曲。≪オンブラ マイ フ≫は「ヘンデルのラルゴ」として有名なイタリア古典歌曲で日本でも広く歌わている。Ombra mai fu はペルシャ王セルセが歌う「木陰への愛」。イタリア語歌詞 Ombra mai fu di vegetabile, cara ed amabile, soave piu.[かって木陰がこんなに親しく愛すべき甘美なものであったことはない]の歌い出しの部分から題名がとられている。いろいろな楽器にも編曲されて親しまれている曲。
 ドヴォルザークの声楽曲は殆ど聴く機会がないが、旋律が美しい。彼は人魚姫の物語を土台に「ルサルカ」というオペラを書いた。歌劇の名は聞いたことがあるだけで、意識して聴いたのは初めてだが、切ない想いが心に響く歌声で盛り上がった。

 ヴェルディの曲が始まるとステージの下手に移動、階段を下りて客席の間を周りながら歌うサーピス。「シチリア島の夕べの祈り」序曲は何回かコンサートで演奏され、この曲もCDを持っていて偶々耳にするが、実演で聴くと迫力が違う。≪ありがとう愛する友よ≫はボレロ調のアリア。
この曲を歌い終るとマイクを使って挨拶。階段が目に入ったので急に動き回る気持ちになったそうである。北海道が大好きで、いつか移住したい計画もあるとか。演奏家はいつも何らかのトレーニングをして身体を鍛えておく必要があると話していた。彼女はスポーツ好きのようである。話も淀みなくて心地よく響いた。
 ≪私のお父さん≫は数あるプッチーニの中でも特に広く親しまれていて、たびたび聴く機会のある名曲。
 前半のプログラム最後の曲≪春の洪水≫は長い冬が終って、春の始まりを告げる川のせせらぎのきらめく様子が目に浮かぶ。雪解け水が川に洪水のように流れ込む様子が激しいピアノで表現されるのも印象的。ラフマニノフはピアノ曲に次いで声楽曲の作品が多いらしい。彼女は前回のリサイタルでもこの曲を歌っている。

 後半には鮮やかなオレンジ色のドレスで登場。まだ雪で覆われている北海道に一足早く春が訪れた感じ。
 
 最初の3曲は日本の歌。越谷達之助(1909~85)は名ソプラノ三浦環の伴奏ピアニストとしても知られていた、1938年に歌曲集「啄木によせて歌える」の第1曲に収めた代表作が≪初恋≫で、歌曲の題名は作曲家が命名。この曲も15年前に歌われている。日本でのリサイタルでは日本語の歌を披露するように心がけているようである。作曲家の三枝が中丸のために編曲した曲を今回のリサイタルで披露した。子音と母音から成る日本語の特徴を生かした歌は美しくて抒情性にあふれている。
 ≪チネマ・パラディーゾ≫は1988年公開のイタリア映画のテーマ曲。
 
 一端ステージを下がって、再登場した時には衣装の早替り。宮廷での舞踏用の白いドレス姿で髪をアップにしてリボンをつけて、ステージに姿を現すと周囲からその見事な早業に溜息。別な歌い手が登場したように思えて、顔を見ると違う人物に見えるから不思議。最後のオペラのアリア4曲にあった舞台衣装。
 ヴェルディの≪さようなら過ぎ去った日よ≫は「椿姫」でヴィオレッタが幸せの日々を思い返して歌うアリア。
 
 ≪歌に生き、愛に生き≫は昨年のバーデン劇場の公演やMETビューイングでも鑑賞したので、極めて身近に感じてオペラの場面を思い浮かべながら聴けた。感情移入もできて、盛り上がったアリアは最高潮に達した。曲が終ったところで客席後方から“Bravo”の掛け声、1・2秒差で私も思わず“Brava”と叫んでいた。ステージ上の彼女の真正面で1階5列目の座席からの掛け声だったので彼女の耳に届いたはずである。人生で初めて、勿論Kitaraでの初めての経験であった。彼女の著書で知った単語を彼女のコンサートで発するのに少々の勇気は必要だったが躊躇しないで発音できたことに違和感は覚えなかった。グッド・タイミングだったと思う。

 一端ステージを下がって最後の2曲を歌った。
チレアは初めて聞く名前だったが、盛り上がりのある曲で楽しめた。
≪清らかな女神よ≫はマリア・カラスのCDで何度か聴いているので馴染みのある名曲中の名曲。べッリー二の壮大なメロディは歌手の特別な技巧を求めるが、それゆえに名歌手の聴かせどころでもある。聴衆を魅了する迫力ある歌声と演技力がうまく噛み合って感動的なフィナーレ。中丸三千繪は中高音が得意なのかと思った。

 今回はP席やステ―ジ両脇のRA,LA席は販売せずに(歌手本人の説明)歌声がきちんと明瞭に届くような座席の販売方法をとって全席指定5,000円。1階席は満席、2階席は8割ほどの入りで、全体で900名未満か。しかし、あちこちに客が散らばるよりも密度の濃い客の配置になったと思う。

 アンコール曲はラフマニノフの「美しい人よ、決して歌わないで」とマスカー二の「アヴェ・マリア」。
北海道の釧路でロシア人に教えてもらった曲で、北海道との縁があると話して歌ったのがラフマニノフの曲。推測すると90年代の公演で何回か北海道を訪れて札幌を含めて道内での公演が開催されていて、北海道との繋がりがある印象を受けた。
「アヴェ・マリア」で始まり「アヴェ・マリア」で終わったが、これもプログラミングの妙。

 15年前と比べて半額の価格で聴けたが安かった感じ。7月3日東京の紀尾井ホール(800席)では6000~10000円で今回と同様なリサイタルが開かれる。(会場でのチラシの情報による。)



 
 

 
 


 

ダルビッシュ完全試合達成を逃す

Darvish was almost successful in a perfect game. 
 
 日本のプロ野球に続いて海の向こうのメジャーリ-グも開幕した。今日はダルビッシュの登板とあって楽しみにしてテレビ観戦した。

 初回から安定したピッチングで三振も多くてカットボールが有効であったようだ。5回にあわやホームランかと思われる打球があっただけで、それ以外は外野にも球が飛ばず三振か内野ゴロで安心して見ていれた。8回は相手チームの4・5・6番を二者三振で抑え、ダルビッシュ自身の大リーグでの三振記録自己新となる14個を記録。

 最終回に入ったところで、ワクワクしながらダルビッシュ宛にtwitterの準備開始(昨年12月にtwitterの登録をした時に4人の音楽家と1人のスポーツ選手を偶々選んでいて最初にtweetしたのがダルビッシュ。それ以来のtweet)。完全試合まで1アウトだったが、、、残念! 9番打者にヒットを打たれて降板したが、今シーズンの初勝利。快刀乱麻の凄いピッチングだった。祝福したい。
 
 試合後のインタビューで少し残念そうだったが、ダルビッシュは表面的には落ち着いて平常心で対応していた。運も含めていろいろな要素が絡み合わないと完全試合やノーヒット・ノーランは困難だが、野茂英雄は2回ノーヒット・ノーランの偉大な記録を残している。ダルビッシュ・有はまだ2年目の大リーグである。今後の更なる活躍が期待される。楽しみである。

 今回ヒューストンで試合が行われたが、Houston Astrosの本拠地が1965年に建設された世界初のドーム球場であるアストロドームであった時を思い出す。テキサスは高音多湿の気候で蚊の発生などの問題に悩まされていたので、屋内型球場が建設されたのである。
 
 当時、日本でもヒューストン・アストロドームは有名な球場となっていた。私はたまたま奨学金を得て1966年フロリダの大学院に留学しており、67年南部旅行の際にヒューストンを訪れた。残念ながら、ドーム球場での試合がない日だったが、球場の周囲を車で案内されたことが懐かしい思い出になっている。

 ヒューストン・アストロズの現在の球場は2000年に開場したエンレン・フィールド(現ミニッツ・メイド・パーク)であるが、開閉式屋根付き球場である。今年からアストロズはナショナル・リーグからアメリカン・リーグに移り、レンジャーズとは同じ西地区なので対戦する試合も多くなる。

 私はクラシック音楽のコンサートの感想などを中心にブログを書いているが、スポーツ観戦も大きな趣味です。プロ野球は大下、川上、青田が活躍した時代からラジオで夢中になって聴いていて、巨人・南海の日本シリーズはスコアを付けながらよく聴いていた。

 大学時代の1960年頃メジャーリーグの報道は英字新聞を通してだけであった。今日のような日本選手の野手の打席の記録まで載せる過度な報道などは想像もできなかった。当時 The Japan Times を購読して大リ-グの情報を得ていた。

 これを機会に野球についても昔を思い出しながらブログを書いてみようと思う。興味がありましたら読んでみてください。
 
 




プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR