近藤嘉宏 ピアノ・リサイタル(ピアノ名曲ベスト2013)

近藤嘉宏 ピアノ・リサイタル 2013

 近藤嘉宏は1968年生まれ。1987年日本音楽コンクール第2位入賞。91年桐朋学園大学を首席で卒業後、ミュンヘン国立音楽大学に入学してゲルハルト・オピッツに師事。同年ミュンヘン国際音楽コンクールのセミ・ファイナリストになり聴衆の熱い支持を得て、92年ミュンヘン交響楽団と共演。95年国内デビュー。翌年CDデビュー。04年ニューヨークのカーネギーホールに、06年にウィ―ンのムジークフェラインにデビューを果たした。ショパン、リストのCDが多くリリースされているが、現在ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集録音進行中。
 
 近藤が札幌コンサートホールKitaraに初登場したのが98年9月。ショパン:ノクターン第8番と第13番、エチュード「別れの曲」、「黒鍵」、「革命」。ブラームス:ピアノ小品Op.118-1,3と119-4。ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ「月光」、「熱情」。 適切な解説を加えながら演奏して小ホールを埋めた満員の聴衆に鮮烈な印象を与えた。

 99年11月には大ホールでショパン没後150年を記念してオール・ショパン・プログラム。華麗なテクニックと溢れる歌心で聴衆の心を掴んだ。02、03年にはショパン、リスト、ドビュッシー、ベートーヴェンの親しまれている曲を演奏。04年には〈ベートーヴェン3大ソナタを弾く〉と銘打ってのリサイタル。この間、国内外のオーケストラと共演を数多く行なっている。

 その後、しばらく札幌でのリサイタル活動が無くて気にかかっていた。彼は一時期ピアノが弾けない状況に陥っていたらしい。09年5月にKitara大ホールに戻ってきてから毎年春にリサイタルを聴くのが恒例になった。ショパンの「幻想即興曲」、「バラード第1番」、「スケルツォ第2番」などの名曲の他に、ラフマニノフの前奏曲「鐘」、リストの「ピアノ・ソナタ ロ短調」などが新たに聴けた。

今回の演奏曲目:
 ◎ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」
   劇的な緊張と悲劇性、劇場性と苦悩の影に満ちた曲でベートーヴェン前期を代表する傑作。
 ◎ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女、 月の光       
   「亜麻色の髪の乙女」は≪前奏曲集第1集≫の第8曲。演奏機会が最も多く、その詩的で情緒に溢れたメロディは聴けば直ぐ判るほどの名曲。「月の光」は≪ぺルガマスク組曲≫の第3曲。柔らかく降り注ぐ月の光とその輝きを目にして沸き起こる心象が表現された優れた作品。2曲ともアンコール曲として演奏されることも多い。
 ◎ブラームス:パガニーニの主題による変奏曲 第2部
   パガニーニ作曲の無伴奏ヴァイオリン曲「24のカプリ―ス」の第24番を主題にして全28曲の変奏曲が作られた。14曲ずつ2巻に分けて出版されたが今日の演奏はその第2巻。超絶技巧が注ぎ込まれためくるめくる変奏が展開され、豊かな色彩感を湛えたエネルギッシュな最後の変奏でフィナーレ。ラフマニノフが第24番の主題を借用して書いた「パガニーニの主題による狂詩曲」もピアノ協奏曲として有名である。
   近藤がKitaraで初めて弾く曲であり、今まで殆ど聴く機会もなかったので2001年にガヴリリュクがリサイタルで弾いた曲を彼のCDで今朝久し振りに聴いてみた。
 ◎ショパン:ノクターン第20番、 バラード第1番
   「ノクターン第20番」は〈遺作〉の呼び名が付いているが実際は20歳頃の作品。ホロコーストを奇跡的に生き抜いたユダヤ人のピアニストの実話に基づく映画《戦場のピアニスト》で10年ほど前に一気に話題となった。映画の冒頭、放送局でピアニストが奏でるノクターン、逃亡中にドイツ将校と出会った時にピアニストの証明に弾いたのもこのノクターン。この美しい旋律が流れるたびに、映画の映像の場面がよみがえる。美しくも何とも言えない感情が伴って耳を傾ける。数あるノクターンの中でアンコール曲として演奏される回数も断然多い。自分にとって最も心が揺さぶられる曲になっている。
   「バラード第1番」は音楽と叙事詩を結びつけたピアノ曲として4曲のバラードを残しているが、実に美しい旋律で紡がれ日本人に最も人気のあるショパンの曲の一つである。この曲の演奏後に客席から“ブラボー”の歓声も上がり、この曲の人気度と演奏の感激が伝わった。今日の演奏曲で聴衆の反応が1番良かった。この曲も《戦場のピアニスト》の中で演奏された。
 ◎リスト:愛の夢第3番、ラ・カンパネラ、メフィスト・ワルツ第1番
   「愛の夢第3番」は≪ピアノ独奏曲集「愛の夢~3つのノクターン」≫の第3番で、ショパンのノクターンを思わせる美しい旋律を持つ作品。冒頭の夢見るような甘美なメロディが曲全体を通して流れて愛を賛美するこの第3番はとても人気があり、一般的に「愛の夢」と言えばこの曲を指す。「ラ・カンパネラ」は≪パガニーニによる大練習曲≫の第3曲。パガニーニ作曲のヴァイオリン協奏曲第2番終楽章《鐘のロンド》から採られた鐘の音を模した主題が美しく軽やかに変奏される。
   「メフィスト・ワルツ第1番」は失った青春を求めた学者ファウストが、若さの代償として魂を売り渡す約束をした悪魔メフィストフェレスとともに人々の憩う村の居酒屋にやってきた場面が描かれる10分あまりの曲。悪魔的で官能的な音楽。近藤が札幌で初めて披露したリストの曲。超絶技巧の演奏に万雷の拍手が送られた。

 アンコールに2曲。ショパンの「幻想即興曲」と「ポロネーズ 《英雄》」。

 十年前と違ってKitaraも毎年のように公演する演奏家のリサイタルが満席になることは少なくなった。P席と3階席が販売されなかったが、1階は満席で2階も8割程度の入りで幅広い年齢層の聴衆が客席を占め全体として約1200名でピアノ・リサイタルでは結構な客の入り。近藤の人気度の高さがうかがえた。

 近藤はデビューした当初、極めて個性的な演奏活動を繰り広げていたようだ。私自身はKitaraを通しての音楽しか知らないが、彼は映画音楽から井上陽水に至るまでの作品を取り上げていたらしい。大阪フェスティバルホールでの人気ぶりや若者のフアンが多いのはクラシックのイメージ、ピアノ音楽のイメージを幅広く捉えて演奏活動を行なっているからかなと最近気付いた。ショパン、リストをこよなく愛し、一般の人が広く楽しめるコンサートを目指しているように思われる。演奏会のコンセプトとして名曲を中心に据えるのも良いが、個人的には、もっと大曲にも挑戦してもらいたいし、持っているレパートリーの曲を披露してくれることを望みたい。(ピアニスト本人の意向だけでコンサートが成立しているとは考えていないが、、、)。 日本を拠点にして存在感を増しているオピッツに師事したピアニストとして、ベートーヴェンのソナタ全集のレコーディングが順調に進んでいるのは喜ばしいニュ―スである。今回で彼の演奏をリサイタルばかり10回聴いたことになるので、オーケストラとの共演も含めて新しい近藤嘉宏をKitaraで聴いてみたいと思う昨今である。
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安永徹&札響メンバー室内楽コンサート

 安永 徹は1951年福岡生まれ。71年に日本音楽コンクール・ヴァイオリン部門で第1位受賞。74年桐朋学園大学卒業。75年ベルリン藝術大学に入学。77年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に第1ヴァイオリン奏者として入団、83年~2009年まで同楽団の第1コンサートマスターを務めた。その間、ソリストやベルリン・フィル弦楽ゾリスデンなどの室内楽奏者としても活動した。

 彼の活躍は早くから承知していたが、初めて彼の活躍を目にしたのは2004年11月2日、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の札幌公演の時であった。ドビュッシーの交響詩「海」とラベルのバレー音楽「ダフニスとクロエ」《第2組曲》などが演奏された。このコンサートは42.000円の高額料金(30.000円の席もあったが売り切れ)の印象だけが強く残っていて、演奏会での感動は深いものではなかった。

 彼の演奏を身近に聴いたのはベルリン・フィルを退団した直後の公演、
2009年9月 ≪札響 with 安永徹&市野あゆみ ハイドン「協奏交響曲」。
 プログラムは3曲。 シューベルト:交響曲第5番、ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:市野あゆみ)、ハイドン:協奏交響曲。
 この演奏会は指揮者なしで、安永がコンサートマスターとしての役割を果たした。札響の楽団員もつい先頃まで世界のベルリン・フィルのコンマスであった人が自分たちの楽団を率いてくれるとあって熱が籠っていたように感じられ、聴衆の期待感と相まって充実した音楽会になった。この日は数日前より私自身の体調が悪く熱もあったが、無理して出かけた。具合が悪ければ休憩中に帰ることも考えて聴いていたが、音楽を聴いているうちに体調が良くなって最後まで鑑賞できた。音楽が薬になったようだった。今でも珍しい体験として記憶に残っている。

 2010年10月。Kitara主催の〈Kitaraワールドソリストシリーズ〉として≪安永徹&市野あゆみ デュオコンサート≫が小ホールで開かれた。プログラムはモーツァルト、ブラームス、シューマンの「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」の3曲。安永は市野との共演でヨーロッパや日本その他各地で多くの演奏を行っており、CDも多数リリースされている。息のあったコンビでごく自然体で音楽を紡ぐ。

 今回の公演は≪安永徹&市野あゆみ 室内楽シリーズ〈全4回〉≫の第3回として開催された。
安永徹&札響メンバー室内楽コンサート
プログラム:
 ウェーベルン:弦楽四重奏のための緩徐楽章(五重奏版)
 ブルックナー:弦楽五重奏曲「インテルメッツォ」(六重奏版)
 フランセ:八重奏曲
 チャイコフスキー:弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」(七重奏版)

 最初のウェーベルンの曲は予定のプログラムに無かったが幸運なことに追加されていた。昨年のPMFの東京クヮルテット演奏会でアンコールに演奏され、極めて印象深い曲として覚えていた。世界最高水準の演奏とは比ぶべくもないが思いがけない演奏が聴けて懐かしかった。ブラームスなどの後期ロマン派の音楽を思わせ、ロマンティシズムに満ちた美しい旋律の曲をあらためて味わえて良かった。コントラバスが加わったが少々違和感があった。
出演:安永徹、岡部亜希子(vn)、青木晃一(va)、猿渡輔(vc)、飯田啓典(cb)

 ブルックナーの室内楽曲は聴き慣れない曲だが、案外と素朴な親しみのある印象を受けた。ここでもコントラバスの低音域のサウンドが必ずしも心地良く響いている印象は受けなかった。
出演:安永徹、岡部亜希子(vn)、青木晃一、物部憲一(va)、廣狩理栄(vc)、飯田啓典(cb)

 フランセは聞いたことが無い作曲家。現代音楽なのだろうがお洒落で洗練されたパリのエスプリを思わせる曲。第2楽章でのスケルツォでの弦楽器のピッチカート奏法、木管・金管の洒脱な演奏が目立った。クラリネットはかなりな技巧が必要と思われる奏法だったが、ウィ―ン・フィルの名手たちで編成された八重奏団を念頭に置いた作品とあって、クラリネットの演奏はペーター・シュミ―ドルを思い起こさせた。ここでのコントラバスは本来の演奏形態にあり、木管・金管とは良く調和が取れていた。
出演:安永徹、岡部亜希子(vn)、青木晃一(va)、猿渡輔(vc)、飯田啓典(cb)、白子正樹(cl)、夏山朋子(fg)、橋本敦(hrn)

 チャイコフスキーにとってフィレンツェは忘れ難い思い出の地で、人生の節目に訪れる機会が多くて彼の人生に弾みをつける場所になったと言われている。この曲はフィレンツェ滞在中(1890年)に着想され、帰国して古都へのさまざまな思いを込めた作品として書き上げられた。「あまり苦労しないで楽しく熱中しながら書いた」とチャイコフスキーは述べている。
 第1楽章は生き生きとして歯切れが良い。第2楽章は第1ヴァイオリンの美しいロマンティツクな旋律と、伴奏が絡み合って展開する動きが面白い。第3楽章はロシア的な民謡風の間奏曲で軽快な感じ。第4楽章は民族舞踊風で躍動感にあふれ、華麗でスケールの大きなフィナーレ。コントラバスは控えめな演奏で、気にはならなかった。この曲はCDで何回も聴いて今日の演奏会に備えたので充分に堪能できた。2000年8月に訪れた芸術の都フィレンツェの街並みや美術館などを思い浮かべながら美しい曲に浸った。
出演:安永徹、岡部亜希子(vn)、青木晃一、物部憲一(va)、猿渡輔、廣狩理栄(vc)、飯田啓典(cb)

 本日の演奏会のチケットはsold outということで小ホール(453席)は久しぶりの満席で、最後の曲が終ると、あちこちから“ブラボー”の声が上がって会場が盛り上がった。聴衆もみんな満足した様子であった。

 最後に安永さんから、室内楽ではコントラバスが演奏されることは殆ど無いので今回は飯田さんにお願いして、演奏に加わってもらったとの事。楽譜も今回の演奏会のために特別に作ったそうです。
 
アンコールにハイドンの「6つの弦楽四重奏曲から 第35番ヘ短調 Op.25-5 第3楽章」

 札響の団員も室内楽のグループをそれぞれ作って活動しているが、世界の第一線で活躍した人と一緒に演奏する機会が得れることは掛け替えのない貴重な経験だと思う。札響のレヴェル・アップにも繋がることは間違いない。今後とも何らかの形でこのような室内楽演奏会で演奏技術の向上を図り、音楽フアンにもその姿を見せてほしいと願う。

 

札幌北高等学校合唱部 第32回定期演奏会

 札幌北高等学校合唱部の定期演奏会は毎年3月の春休み期間中に開催されている。この時期の開催は多くの卒業生との合同演奏が可能だからだと思う。同高校に在職中は3月末は何かと多忙で演奏会に出かけることはめったに無かった。Kitaraで開催されるようになって、同合唱部から演奏会の案内状とともに招待券が送られてくる好意もあって、最近は聴く機会が増えた。
 札幌北高合唱部はNHK全国学校音楽コンクールの北海道ブロックの代表校の実績があり、全日本合唱コンクールには2002、03、04、08、09、11年に北海道代表として全国大会に出場し、11年にはB部門で金賞を受賞している。近年は北海道のレヴェルが高くなって2012年の全日本合唱コンクール全国大会の高校部門で北海道代表校の帯広三条高校がA部門(人数32名以下)、札幌旭丘高校がB部門(人数33名以上)で金賞と文部科学大臣賞をそれぞれ受賞した(それぞれの高校の部門で全国1位を獲得したことになる)。

 北海道札幌北高等学校は2012年に創立110周年を迎えて10月3日 Kitara大ホールで記念式典・演奏会が行われた。記念演奏会では卒業生のプロの音楽家によるヴァイオリン独奏、ピアノ独奏、二重唱などが披露され、合唱部、吹奏楽部によるそれぞれの演奏に続き、吹奏楽部・合唱部の合同演奏が行われて最後に校歌斉唱で110周年を祝った。
 ここで特記したいのは、吹奏楽部・合唱部によるエルガーの≪威風堂々第1番≫とヘンデルの≪メサイア≫から“Hallelujah”の合同演奏であった。エルガーの「威風堂々」は第1番~第6番まである行進曲集で、なかでも第1番は有名である。札幌北高では入学式、卒業式の入場時に吹奏学部が演奏している。学校行事の際にこの曲を使っている学校も多いと思うが、「威風堂々第1番」の演奏会用行進曲のトリオ、つまり中間部の旋律はイギリス王室の戴冠式に使用され合唱作品としても改変されて英国では第2のイギリス国歌と呼ばれるようになっている。110周年の記念演奏会では合唱付きの「威風堂々第1番」が演奏されたのです。感動しました。私の在職時には吹奏楽部の演奏だけと記憶していたのです。何年前から合同演奏になったのかなと思っていましたが、Kitaraでの100周年記念式典でもこの曲が演奏され、当時は会場で聴いていたのですから自分の記憶も当てにならないと痛感しました。創立100周年記念式典・演奏会のCDが贈呈されていて手元にありました。今日の演奏会前に早速聴いてみましたが10年振りでしょうか。昨年の生の演奏の方が心に響いたのは言うまでもありません。時と場所と鑑賞時の気持ちの持ち方の違いで曲の味わい方も変わってくるのを改めて感じました。
いずれにしても入学式・卒業式が合唱付きの演奏の中で入場が行われるのは、格調が高くて入学生・卒業生はもちろん父母にとっても感激の度合いが高まるのではないかと思ったりします。

いろいろな行事で活動している合唱部の一年の集大成が定期演奏会でしょう。

第32回定期演奏会のプログラム:
 1st Stage:松下耕 無伴奏作品集
 2nd Stage(OBステージ):高田三郎 名曲集
 3rd Stage:伝えたいことがある~J-POPに想いをのせて~
 4th Stage(合同ステージ)混声合唱曲「季節へのまなざし」

 1年生~3年生(男19名、女36名)。 回を重ねると単調に陥りやすい演奏会をいろいろな工夫で乗り切っている様子が感じ取れた。ステージと客席の会場を使っての3群合唱の輪唱形式の曲。手拍子・足拍子を交えた合唱曲。無伴奏で歌うのは今日では当たり前だろうが難しさが伴うだろうと思った。

 OBステージ。過年度の卒業生が約100名(男女各50)。市内在住の他に東京などから駆け付ける人もいて練習に使う時間も十分でなくて大変と思うが、よくこれだけの結果が残せると思うくらいの出来。100名もの美しい声量でのフィナーレは圧巻。限られた時間でこれだけの成果を残せるのは現役時代に育んだ基礎がしっかりしていることと合唱に寄せる想いの強さではないだろうか。

 今まで何回かの演奏会では個人的に最も楽しめたStage。音楽を心から愛して、言葉を大切にして歌うことに喜びを見い出し、楽しく歌っている様子が文字通り“伝わって”きた。槙原敬之の「どんなときも」、坂本九・ウルフルズの「明日があるさ」、プリンセス・プリンセスの「Diamonds」、SMAPの「夜空のムコウ」、小田和正の「言葉にできない」。振付も衣装も含めて総合的に聴衆を楽しませてくれた。普段クラシック音楽ばかり聴いているが、偶にこんな音楽に出会うと違った楽しみ方ができて良かった。背の高い格好良い指揮者とピアノ伴奏者も大きな役割を果たしていた。

 在校生と卒業生合同の約150名が心を一つにして歌う姿は素晴らしかった。今年の北海道の冬は長くて春が遠い感じであるが、合唱曲「季節へのまなざし」を違った角度から鑑賞した。合唱部の卒業生が帰ってくる場所があることは掛け替えのない拠り所であると思う。合唱部を育ててきた先生のご苦労も偲ばれた。大きな指揮ぶりが完全に板について素晴らしい合唱部を作り上げている現在の顧問が化学の教科担当ということも興味深いことです。在校生と卒業生の合同演奏会が今後も続いて行くことを心から願っています。

 元在籍していた学校との繋がりを求める気持ちが増すようになった昨今、旧職員も含めて交流が持てるのは嬉しいことである。
 
 

 
 

マリア・ジョアン・ピリス&アントニオ・メネセス デュオ・リサイタル

マリア・ジョアン・ピリス &アントニオ・メネセス デュオ・リサイタル

 Kitara 5周年シリーズとして2002年4月 ≪マリア・ジョアン・ピリス ピアノの世界≫が大ホールで開かれた。2002年ピリスが出演する日本公演は全部で14公演あったが、「ピアノの世界」はテナーのルーフス・ミュラーとの共演で3公演。札幌のほか東京、福島でも開催された。
 CDで音楽を聴くようになった2000年に偶々ピリスが弾くモーツァルトのCDを購入した。そのピアニストがKitaraに来るとあって早速チケットを買ったのだが、チケットが「ピアノ・リサイタル」として販売されていたので、つい最近までソロでのコンサートだと記憶していた。
 プログラムはシューベルトとべートーヴェンの「ピアノ・ソナタと歌曲」。ピリスがシューベルトとベートーヴェンを弾く時、二つの世界を繋ぐのがミュラーの歌うリート。この演奏会は残念ながら殆ど印象に残っていない。当時、ピリスはヴァイオリニストのオーギュスタン・デュメイ(Augustin DUMAY)とコンビを組んで演奏会と録音の両面で活躍して、世界的に名声を博していた。2002年の日本公演でも4公演は彼らのベートーヴェン・プログラムがあって、そちらの方に魅力を感じていたことも当時の印象が薄れていた一因である。
 ただこの折にピリスがポルトガルの郊外に「芸術センター」を設立して、若い音楽家や芸術家を集めて共同生活をしながら全人的な教育を行っている活動のことは良く覚えている。

 Maria Joao PIRESは1944年、ポルトガル生まれの名ピアニスト。国際的には1970年のベートーヴェン生誕200年記念コンクールに優勝して注目された。これまでウイーン・フィル、ベルリン・フィルはじめ世界の一流オーケストラと共演。ソリストとしての活躍もさることながら、室内楽演奏にも情熱を注いでいる。1989年からのデュメイとのデュオ・コンサートはヨーロッパ各地だけでなく日本でも人気となっていた。

 2回目の札幌でのコンサートは2009年5月。この時も「ピアノ・リサイタル」として開催されたが、共演は24歳ロシアの若手チェリストのパヴェル・ゴムツィアコフ(Pavel GOMZIAKOV)。
 プログラムは後期のショパン作品。ショパン(1811~1849)の亡くなる前の3年間に作られた作品が演奏された。「ピアノ・ソナタ第3番 Op.58」、「2つのマズルカ Op.67-2, Op.67-4」、 「チェロとピアノのためのソナタ Op.65」、 そして最後の曲はショパンが最後に書いた「マズルカ Op.68-4」。

 魅力あるプログラムを集中度の高い演奏で聴衆の心に深く刻む演奏会であった。プログラムに「演奏者の強い希望により、曲間の拍手はご遠慮ください」とあり、館内放送でも「楽章間の拍手はご遠慮ください」と案内があったが、要請の意味が解らずに曲間、楽章間でも拍手が起こったのはいささか残念であった。休憩後の演奏ではお客さんも気が付いたようで終盤は会場の雰囲気も盛り上がって余韻を静かに楽しむ演奏会であったことを思い出す。2002年のプログラムを読んで気が付いたが、ピレスは演奏会の全体を一つのドラマとして構成・演出しているのではないだろうかと思った。2009年の演奏会を振り返ってそのことが何となく解った気がしたのである。

 今夜は文字通り≪ピリス&メネセス デュオ・リサイタル」
アントニオ・メネセス(Antonio Meneses)は1957年ブラジル生まれ。1977年ミュンヘン、1982年チャイコフスキーの両国際コンクールのチェロ部門で優勝。これまでベルリン・フィル、コンセルトへボウ管、ロンドン響、ニューヨーク・フィルなど世界のオーケストラと共演。
 
演奏曲目:
  シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ D.821
  ブラームス:3つの間奏曲 Op.117
  メンデルスゾーン:無言歌 二長調 Op.109                                                        ブラームス:ピアノとチェロのためのソナタ第1番 Op.38
 
 シューベルトの「アルぺジオーネ・ソナタ」は今までに聞いたこともない曲名。1823年に発明された楽器、アルぺジオーネ(ギターのように指板にフレットがついた6本の弦を弓で弾く楽器)のために作られたそうである。しかし、この楽器はウィ―ンで流行しないうちに姿を消し、この作品も今日では主にチェロによって演奏されるということである。
 チェロが優美で且つ憂いの漂うメロディを奏でるのだが、チェロの持つ本来の低音の美しい響きを思う存分に味った気はしなかった。アルペジオーネはチェロよりも音域が高いためのようだ。演奏者にとっては難曲らしいが、聴く者にとっては直ぐ感動できるものにはならなかった。

 ブラームスの「間奏曲」は子守歌のような韻律とリズムで奏でられるが荘重な曲でもある。ブラームスは1892年の30歳の時にピアノの作曲に別れを告げたが、その折に作品番号116~119まで20曲ほど作った。主に“Intermezzo”と呼ばれる間奏曲であった。先月27日に逝去したヴァン・クライバーン(1958年第1回チャイコフスキー国際コンクールの優勝者で、1962年からヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールを創設し、2009年辻井伸行が優勝したことで脚光を浴びた。)のレコーディングで私が唯一持っているCDを何回も予め聴いて出かけたのでかなり親しめる曲になった。

 メンデルスゾーンが「無言歌」“LIEDER OHNE WORTE”の呼び名で作曲した小品が50曲以上ある。「春の歌」、「狩の歌」などは誰でも耳にしたことのあるピアノ曲である。〈今夜はピアノのソロかな? Op.109は遺作かな?〉と疑問に思っていた。田部京子が弾く「無言歌集」にも載っていない曲だった。演奏会当日になってやっと判った。彼の死後、出版社たちはこの無言歌と、同じく1845年のチェロとピアノのための作品との間に相関関係があることを発見し、「無言歌」Op.109と名付けたそうである。5分ほどのチェロの小品であるが、チェロの奏でる抒情的な旋律をピアノが明るく支える感じの曲であった。

 チェロ・ソナタとして有名なブラームスの第1番。チェロの名曲であってもピアノ曲ほど聴く機会がないのでこの曲もデュ・プレとバレンボイムによる演奏のCDを事前に何回も聴いてみた。チェロとピアノが対等に対話しながら曲を盛り上げている。チェロの低音域が頻繁に使われおり、特に第1楽章のチェロの冒頭の最低弦から歌われる哀愁漂う旋律は印象的である。ハンガリー舞曲に似た旋律も現れるが、優しい子守歌を想起させるメロディも奏でられる。この上ない重厚なチェロの魅力を堪能できた。ピリスが毎回使うヤマハのピアノ。同じヤマハでも最新のYAMAHA CFX(多分)の奏でる音は素晴らしい。特に高音の響きが美しい。このピアノがこの曲の魅力を一段と際立たせたと思った。

 アンコールに応えて、バッハ:「パストラレ」とカザルス/カタロニア民謡:「鳥の歌」。
「鳥の歌」は久しぶりに耳にしたが直ぐに曲名が判った。パブロ・カザルスによるチェロのための小品。〈カタロニア人の心の痛みを表したもの〉と言われる曲。ピアノのトリルが哀しみを見事に体現して聴く者の心を揺さぶる感動的なフィナーレになった。

 ピリスは1970年以来、芸術が人生、社会、学校に与える影響を研究して、1999年ポルトガルに芸術研究センターを設立したが、その後、彼女は活動をスペインやブラジルにも拡げている。

 尚、ピリスは今月14日に東京のヤマハホールで札幌と同じプログラムでの演奏会を開催。18日は東京のすみだトリフォ二―ホールで別なプログラムでメネセスとのデュオ・リサイタル。ベルナルト・ハイティング指揮ロンドン交響楽団と共演で3日(大阪)と9日(東京)にモーツァルトのピアノ協奏曲第17番、7日(東京)と10日(横浜)にベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番をそれぞれ演奏。

ニコライ・トカレフ札幌公演の期待

 ロシアの若き巨匠と呼ばれ日本全国で百数十回も公演活動を展開したピアニスト、ニコライ・トカレフが今年5月に4年ぶりに日本公演を行う。今のところ、東京・熊本・福岡の3公演だけのようである。

 ニコライ・トカレフ(Nikolai Tokarev)は1983年、モスクワ生まれ。両親が音楽家で、有名なグネーシン音楽学校で学ぶ(1990~2001)。6歳の時にモスクワのソロ・コンサートでデビューと英文で紹介されている記述もあるが、日本でのプロフィールでは1995年、11歳の時スクリャービン記念ホールのリサイタルでデビューとなっている。いずれにしても神童として話題になる。日本では1997年東京・紀尾井ホールでデビュー以来ほぼ毎年来日して2005年には通算で公演が100回を超えた。日本のオーケストラとも共演している。

 トカレフのリサイタルを初めて聴いたのは2004年3月、札幌コンサートホールKitaraの大ホールだった。リスト、ショパン、ラフマニノフの名曲を繊細なタッチで、時には強靭なピア二ズムで堂々と弾く姿は聴衆に極めて鮮烈な印象を残した。

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 画像は演奏会終了後にその日演奏された曲目が一部収録されているCDを購入してサインを貰った時のものである。英語で感想を述べて握手を求められた時の彼の握力の強さに大変ビックリした。その折の手の感触は今でも忘れられない。その瞬間、こんな握力があるから強い打鍵が可能なのだと思った。

 2005年3月のリサイタルのプログラムはバッハ=ブゾーニ、バッハ=ラフマニノフ、ベートーヴェンの「ワルトシュタイン」とショパン名曲集。

 2006年3月のリサイタルのプログラムはベートーヴェンの「熱情」、シューベルトの「楽興の時」、ショパンの「スケルツォ第2番」他、シューマンやリストの小品、最後にリムスキー=コルサコフの「シェエラザード」のピアノ編曲版。

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 上記のCDにはこの日に演奏された「熱情」と リムスキー=コルサコフ(クルサーノフ編曲)の演奏会用幻想曲「シェエラザード」が収録されていた。このピアノ曲は04年のトカレフのリサイタルの際にも演奏されて注目していた。(トカレフのためにモスクワの作曲家クルサーノフが編曲したというかなりの難曲で、NHK-FMの番組でも放送されて好評を博したと後で知った。)演奏会当日は私の誕生日でもあり、ダイナミックな律動感あふれる演奏に感動して、2度目のサインを貰う結果となった。

 2007年はトカレフの日本デビュー10周年記念として6月に開催された。この時は≪笑顔の魅力的な美少年≫が短髪で顔の周囲に髭を生やした精悍な青年に変身して登場した。モーツァルトのピアノ・ソナタK.533, ショパンの「ピアノ・ソナタ第2番」、シューマンの「子供の情景」がメインプログラム。最後の2曲はトカレフが取り組む新しい方向の一端を示すプログラム。ムソルグスキー(フドレイ編曲)の「禿山の一夜」、ローゼンブラッドの「パガニーニの主題による変奏曲」。ローゼンブラッドは聞いたこともない名前だったが、その後トカレフが演奏する機会が多い作曲家のようである。

 札幌でのトカレフの公演はその後ない。08、09年に日本での公演はあったが回数が減ったらしい。彼は04~06年まで英国のマンチェスター王立音楽院、その後ドイツのロバート・シューマン音楽院で学んだ。その間ヨーロッパのいろいろな音楽祭に出演し、06年にはゲザ・アンダ国際コンクールで2位となり聴衆賞を獲得している。今更コンクールに出場しなくても立派な実績を作っているのだが、コンサートに追い回される音楽活動の見直しを行っていたのかもしれない。チューリッヒ・トーンハレ管、BBCフィルハーモニックなど多くのオーケストラと共演したり、09年にはショパンとグリーグの「ピアノ協奏曲」のライブ録音、10年にはチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」のCDを出しているので音楽活動は順調なようである。
 毎年のように来日していたので、途切れるとイベントを主催する団体もスケジュールを組み難くなるのだろうが、現在29歳の若き巨匠として期待されているトカレフが来日する折には公演箇所が全国的になることを望みたい。08年以降の情報が余りなかったので、彼の消息が気になっていた。今年の日本公演のニュースを知って一応ホッとしたのである。




第557回札幌交響楽団定期演奏会 と 尾高忠明

Sapporo Symphony Orchestra The 557th Subscription Concert
シベリウス交響曲シリーズ vol.1
 
 再来年の2015年はシベリウスの生誕150年に当たる。それを記念して札幌交響楽団音楽監督の尾高忠明はシベリウスの交響曲全7曲を演奏するプロジェクトを立ち上げた。
 尾高忠明(1947年生まれ)は1971年、NHK交響楽団を指揮してデビュー。東京フィル常任指揮者(74~91、現桂冠指揮者)、札幌交響楽団正指揮者(81~86)、BBCウエールズ・ナショナル交響楽団首席指揮者(87~95、現桂冠指揮者)、読売日本交響楽団常任指揮者(92~98、現名誉客演指揮者)などを歴任。98年から札幌交響楽団のミュージック・アドヴァイザー/常任指揮者に就任、04年以降は音楽監督のポストに在る。現在、他に新国立劇場オペラ芸術監督、NHK交響楽団正指揮者、メルボルン交響楽団首席指揮者など多くの任もある。国内外でのオーケストラの客演指揮にも当たり、八面六臂の活躍ぶりである。
 尾高はその的確なバトン・テクニック、ウイーンで培われた音楽的教養と温厚な人柄で楽団員の信望も厚く、札響定期会員にも人気がある。エルガーやブリテンのような英国の作曲家を札響だけでなくN響を通しても日本中に広く紹介しており、他の日本人指揮者の追随を許さない。88年、尾高はBBCウエールズ響を振ってロンドンの夏の名物「プロムス」にデビュー。マーラーの5番で大成功を収めて英国だけでなく欧州でも評判になった。当時の報道でBBCウエールズ響の本拠地カーディフは知名度が上がった。札響も01、11年にカーディフを含む英国の都市を訪れて公演を行った。マエストロ尾高は札響と共演で武満、ドヴォルザーク、エルガー、シベリウス等の作品をレコーディングしており、昨年はベートーヴェン交響曲全集をリリースしている。英国、フィンランド、オーストラリアには毎年のように客演指揮活動に出かけている他に東京藝術大学でも後進の指導に当たっており、その精力的な活動ぶりには頭が下がる。
 97年英国エリザベス女王より大英勲章CBEを授与される栄誉を受けた。

 本日の演奏曲目:交響詩「フィンランディア」、 交響曲第3番 ハ長調、
         交響曲第1番 ホ短調
 
 シベリウス(1865~1957)は2歳で父を亡くし母方の祖母のもとに引き取られて育った。伯母の影響で10歳前後に作曲を始めるようになった。彼がその生涯を音楽に向けるようになったのは、14歳の年にヴァイオリンを買ってもらったことであった。学校のオーケストラに入ってアンサンブルを楽しみ、家庭では姉・弟とピアノトリオを組んで音楽に親しんだ。20歳の年にはヘルシンキ大学法科に入学し、同時にヘルシンキ音楽院にも学んだ。翌年大学を中退して、音楽に専念する決意をした。
 ヘルシンキ音楽院を卒業して、1889年ベルリンに留学中に自国の伝承芸術を素材として作品を書くことの重要さを悟ったようである。これが後に民俗的作風の作曲家となる拠り所となった。1892年母校ヘルシンキ音楽院(現シベリウス音楽院)の教授になった。結婚して、生活も楽であったが教育に時間を割く時間が多くて作曲する時間が取れない悩みを抱えるようになった。
 1897年にフィンランドの議会はシベリウスに終身年金を贈ることを議決した。シベリウスの音楽活動がフィンランドの民族精神の高揚に貢献したと認められたのである。教職の時間を減らして、作曲に時間を注ぐことが可能になった。こうして大曲を書く時間が生まれて、1899年純器楽曲用の「交響曲第1番」が完成した。
 ≪交響曲第1番≫はドイツ・ロマン派とロシア国民楽派の影響を濃厚に現し、控えめにフィンランド色が盛られている。
 第1楽章はクラリネットが瞑想的な旋律を奏でる序奏で始まる。第1ヴァイオリンの雄大な旋律とオーボエが歌う対照的な旋律。 第2楽章は牧歌的なメロディで始まる。クラリネットが奏でる美しい旋律。ヴァイオリンに合わせて4本のホルンが歌う旋律。第3楽章は男性的な荒々しい表情のスケルツォ。甘美な旋律も奏でられる。第4楽章は「幻想曲風に」と指定されたフィナーレ。序奏でクラリネットの旋律の回想。劇的な性格の強い楽章。短調の曲でもあり、最終楽章ではチャイコフスキーの音楽に何となく似た感じを受けたがプログラムの最後を締めくくるフィナーレとして良かったのではないか。
 
 ≪フィンランディア≫はシベリウスの作品では最も演奏される機会が多く、日本でも人気が高い有名な曲。帝政ロシアの圧政を暗示するような序奏に始まり、やがて幾多の困難を乗り越えて祖国の勝利を謳歌するような輝かしいクライマックスへ。オーケストラの力感がフルに引き出された力強い名曲。フィンランド国の象徴の曲で「シべりウス交響曲シリーズ」の幕開けに相応しい曲であった。
 フィンランド人は自国のことを「スオミ Suomi(1000の湖の国という意味)」と呼んでいるので、この曲も国内では「スオミ」とよばれることもあった。曲名だけ変えてロシア当局の目を逃れて演奏したこともあった歴史的なエピソードのある曲。

 シベリウスは1900年ヘルシンキ管弦楽団と一緒に外国での演奏旅行で自作(第1交響曲、フィンランディア等)の指揮を行って、彼の名声は国際的なものとなった。



 上記の画像はフィンランド、ヤルヴェンバーの山荘「アイノラ」。1904年、シベリウスは39歳の時それまでのヘルシンキ生活に終止符をうって、ヘルシンキから30キロほど離れた湖に面し、もみや樺の林に囲まれた地に山荘風の家を建て移り住んだ。山荘は夫人の名前をとって「アイノラ」と名付けられ、ここで数々の作品が生まれた。シベリウスは残りの生涯をこの山荘で過ごした。

 この山荘「アイノラ」に入った後、「交響曲第3番」に着手して1907年に完成した。9月、ヘルシンキでシベリウス自身の指揮により初演。この作品はシベリウスの全7曲の交響曲中、最も演奏頻度の少ない曲だが、内容的には初めてシベリウス独自の特徴を出すことができたと言われる。
 ≪交響曲第3番≫は第1番、第2番と違って交響詩風のロマン的幻想が後退して古典的凝縮性が見られ内省的になっている。楽章が3つなのもシンフォニーではユニークである。
 第1楽章はチェロとコントラバスのみが奏でるピッチカート奏法での静かで潜在的エネルギーに満ちた主題。続くトランペットとトロンボーン、その後に続くホルンと木管楽器が歌う旋律。チェロが第2主題の旋律を奏で、ファゴット、クラリネット、オーボエが第2主題を悲しげに歌う。第1主題も現れ緊張感が高まる。讃美歌のような調べ。コンサートで初めて聴く曲に耳も眼も皿のようにして集中。CDを予め聴いて出かけたが、どの楽器がどんな音を出すのかに通常の鑑賞態度より関心大。CDより美しい音の広がりを感じた。第2楽章でもチェロとコントラバスのピッチカート奏法が見られたが、低音弦楽器の心地よい響きを楽しんだ。スローなダンス音楽のリズムと内省的な静けさ。フィンランドの真冬の短い昼間の情景を思い浮かべた。最終楽章はスケルツォの要素を部分的に持っている(通常4楽章の交響曲が3楽章になった理由が判る)。静かだが凄く速い動きの楽章。曲は勝利の讃歌へと進み力強く終結。

 今回の演奏会が札響初演。3月1日、2日の2日間の演奏のあと、5日に東京のサントリーホールで同じプログラムで演奏会が開かれる予定。珍しい曲目なので多くの聴衆を集めるかもしれない。今日の札幌は3月弥生とは言え強風の吹雪模様で真冬並みの悪天候。定期会員のS席はあちこちに空席が目立ったが、RA,LA,P席がここ数回のうちでは一般客が多かったのは札幌フィンランド協会や北欧関係の音楽活動の裾野の広さかなという印象を受けた。来年のこの時期にシリーズの2回目が開催される。
 
 


 



プロフィール

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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