ウォルフガング・サヴァリッシュの逝去

世界的指揮者 ウォルフガング・サヴァリッシュ(Wolfgang Sawallisch)   2月22日逝去。享年89歳。
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 第2次大戦後のドイツを代表する指揮者で、歌劇場から音楽人生をスタートして1957年には当時としては史上最年少の指揮者としてバイロイト音楽祭にデビュー。71年からはバイエルン州立歌劇場の音楽監督、82~92年は音楽総監督を務め同歌劇場の水準を飛躍的に向上させたと言われる。93~2003年にはフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督を務めた。
 NHK交響楽団には64年初客演してから毎年のように客演を続け、N響がドイツ音楽を得意とする上で多大な貢献を果たしたと評価され同団の桂冠名誉指揮者となった。日本の音楽ファンにとって最も身近なマエストロであった。06年に引退するまでN響の演奏会のほか海外のオーケストラの日本公演でも活躍した。

 私は88年12月13日 北海道厚生年金会館で行われたバイエルン国立歌劇場1988年日本公演を聴いていた。この年は特別コンサートとしてサントリーホールでワーグナー「ガラ・コンサート」やベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」の他に、大阪・名古屋・東京・横浜・札幌でベートーヴェン「交響曲第9番」。
 ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン国立管弦楽団、バイエルン国立歌劇場合唱団(Staatsは日本語では〈国立〉、〈州立〉同じ)、他にソリスト4名。25年も前のことで具体的なことはほとんど覚えていない。

 サヴァリッシュがフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督に就任した93年の日本公演でも幸い聴く機会があった。前回の公演では1階最後方のA席で聴いたが、この時はS席で聴いたと思う。Kitaraが開館した1997年からコンサートなどの半券はアルバムに貼って漏れなく記録してあるが、それ以前のチケットの半券などは必ずしも保管・整理をきちんとしていなかった。今回は2回ともA4版サイズ変形の立派なプログラムが出てきたので判ったのだが、それまでは自分はサヴァリッシュをフィラデルフィア管との繋がりで実演を聴いたのは1回だけと思っていた。この時のプログラムによると曲目はシューベルトの「未完成」、R.シュトラウスの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」とドヴォルザークの「新世界より」であった。
 話は逸れるが、89年の小沢征爾指揮のロンドン交響楽団の公演はS席18.000円だったので、フィラデルフィア管の時も同じくらいしたと思う。この数年いつも思うのだが、20年以上前と比べて、コンサートのチケット代は高くはなっていない。ウイーン・フィル、ベルリン・フィルなどを別とすれば、むしろ安くなっている。いくら満席になってもチケット代だけで興行が成立しているわけではない。海外オーケストラの演奏会はスポンサーが付かないと赤字になる。今でもS席は高いので私自身もKitaraではP席やRA席を購入することが多い。

 マエストロ・サヴァリッシュはN響アワーで何度も聴いて親しみを感じていた。この後、手元にあるCDを聴いたり、札幌公演の時の、今ではあまり目にすることのない当時の立派なプログラムを読みながら今世紀の偉大な指揮者を偲んでみようと思う。

追記: サヴァリッシュが作り出す音楽は伝統に基づく安定感のある重厚で端正なものであると思っていたが、彼の人柄も温厚で誠実であったことが判る。当時のプログラムに掲載されていたN響事務局の方の文章からも、マエストロの人物像が浮かび上がる。そこで書かれているエピソードを紹介する。
「指揮者はエネルギー源として大いに食べ、大いに飲み、汗をかくのが普通であるが、N響の午前・午後に行われる練習時間でマエストロは絶対に昼食をとらなかったし、水も飲まなかった。昼食をとらない理由は《食事をすると暫くは脳の神経が鈍くなって、百人のオーケストラを指揮できなくなる》。水を飲まないのは汗をかかないためで礼儀と心得ているらしい。
サヴァリッシュはミュンヘンから来日する時は決まってニュー・デリーやバンコック、香港などに4~5泊して、時差を徐々に馴らしてから日本へ来た。日本到着と同時に体と頭をフル回転させようという周到な用意からであった。
ホールのステージで照明や空調温度、舞台の配置などでアーティストからいろいろ細かい注文が出るが、サヴァリッシュは指示や要望を出しても無理な要求はせずに文句を言わないし、トラブルを起こさなかった。マエストロは偉大な芸術家であると同時に深い常識を備えたインテリ・紳士なのである。」
 





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上野 真 ピアノリサイタル

ヤマハ創業125周年記念特別企画
 上野 真 ピアノリサイタル

 創業年1887年。創業者・山葉寅楠は武家の出自。
ヤマハピアノの生産台数は1960年代後半にはスタインウェイに追いついたくらいに世界に普及したようだ。しかし、コンサートホールで使われるグランドピアノは今でも断然スタインウェイが群を抜いているのが現状ではないだろうか。1998年第11回チャイコフスキー国際コンクールの優勝者・デニス・マツ―エフはヤマハのピアノを使用して話題となり、99年3月にKitaraでリサイタルを開催した。この時には多くのヤマハの関係者やヤマハ音楽教室の子供たちが会場に来ていたことが珍しい光景として記憶にある。2002年の同コンクールのピアノ部門では上原彩子が女性初、日本人初の優勝者になり、2大会連続でYAMAHAが制覇したことでヤマハピアノの優秀性が世界に知れ渡った。

 ヤマハはフラグシップモデルの開発の一大プロジェクトにより、67年に「CF」が誕生して、CFシリーズが始まり、91年「CFⅢS」、96年「New CFⅢS」、2000年には「NewCFⅢ(2000)」への改良を重ねて、世界のコンクールでの公式ピアノとしての実績を積み重ねていった。2010年には「CFX」を開発した。2010年の第16回ショパン国際ピアノコンクールでは優勝者のユリアンナ・アヴデーエワと第4位のエフゲニー・ポジャノフが「CFX」を使用した。コンサート・ピアノとしての揺るぎない評価は定着したのではないかと思う。
 残念ながら日本の優れたコンサートホールに最新のヤマハのピアノが常備されていない。アヴデーエワは優勝を成し遂げた直後と2011年の来日のコンサートではスタインウェイを使用している。ヤマハの協力がないと最新のピアノの使用がどうも難しいらしい。第16回のショパン・コンクールで第4位のエフゲニー・ポジャノフが昨年5月に来日してリサイタルを開催した時には「CFX」で弾いた。コンクールでヤマハを使ったことは知っていたが、Kitaraでヤマハのピアノを見た時には意外な感じがした。ヤマハが[主催・協力]したコンサートではなかったが、何らかの形で支援したのではないかと思った。ホアイエでピアノを習っていそうな子供たちの姿がいつもより多く目にして不思議だった訳が判った。

 上野真ピアノリサイタルを聴きに行った理由はヤマハとは関係なく、彼が私の故郷である北海道室蘭市出身のピアニストだったからである。同じ室蘭出身のピアニスト田部京子とは同年代であるが、彼は16歳で単身渡米し、バーンスタインも学んだカーティス音楽院とザルツブルクのモーツァルテウム音楽院に各4年間学び、海外の数々のコンクールで受賞しながらリサイタルの他に室内楽でも演奏活動を展開。2005年には上限の年齢制限のない第1回リヒテル国際ピアノコンクールに出場して第2位入賞。(ちなみに20世紀のピアノ界を代表する逸材で現代のリストと称されたリヒテルはYamahaを愛用したピアニストとして知られる)。現在は京都市立芸術大学准教授をしながら、リサイタルや協奏曲の演奏会を国内だけでなく、近年ではロシア、ノルウエー、フランス、オーストリア、メキシコなど海外でも開催している。国内ではやや地味な存在であるが、海外での活動での方が存在感のあるピアニストらしい。

 本日のプログラム。
  ドビュッシー:前奏曲集 第2巻
  ベートーヴェン:ピアノソナタ 第21番「ワルトシュタイン」
  ショパン:舟歌 、 アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ

 ドビュッシーの前奏曲集第2巻は第1巻と共に12曲から成り、ショパンの前奏曲24曲を念頭において構成されたのだろう。前奏曲集第1巻の第8曲「亜麻色の髪の乙女」があまりにも有名で、他の曲はあまり馴染みがない。どれも印象的でドビュッシーならではの変化に富んだ美しい音が奏でられる。思いのほか強いタッチでの力強いリズム感のある透明な響き。「CWX」が紡ぐ音の素晴らしさを満喫。

 ベートーヴェンの≪ワルトシュタイン≫。実は1820年制作のフォルテピアノで上野自身が2010年4月4日の“ピアノ調律の日”記念コンサートでこの曲を〈かでる2・7ホール〉に於いて弾いたのである。その時を懐かしく思い出して聴いたのだが、音の響きの圧倒的な違いを感じた。ベートーヴェンにこのようなピアノで弾かせてあげたいと一瞬思ったほどの美しい音の調べ。ベートーヴェンも当時の楽器制作者と競いながら新しい曲作りをして今日のピアノに近い音の出る楽器の発展に尽くしたことに想いを馳せた。

 ショパンのピアノ曲の美しさは例えようもない。ヴェネツィアのゴンドラ漕ぎの歌に由来するといわれている≪舟歌≫は軽快な曲だがどこか感傷やもの悲しさを持っている。やはり名曲の一つである。
 管弦楽とピアノのためのポロネーズの部分は1831年に完成された。1834年にピアノ独奏のためのアンダンテ・スピアナート(「滑らかな」という意味)が序奏として追加された。アンダンテ・スピアナートはショパンらしい抒情的な曲想でポロネーズを一層美しく響かせる序奏になっている。この曲は今日ではピアノ独奏曲として演奏されることが多いようだ。

 今日の演奏会が始まる前と休憩時間中に2回調律師がピアノの調律作業をしていた。聴衆に「CFX」のピアノの素晴らしさを伝えたい仕事ぶり。ポジャノフの演奏の時には彼の特異な才気と派手なパフォーマンスで魅力はあったが、これほどの素晴らしい響きのピアノで弾いたという実感はなかった。
 ピアノリサイタルでは珍しいと思うが、上野はプログラムの最初から最後まで“譜めくりすと”を脇に置いて譜面を見ながらの演奏であった。暗譜で弾けるのであろうが、大学で楽譜に従って忠実に演奏する大切さを学生に指導していることの表れかもしれないと勝手に想像した。08年にイリーナ・メジューエワが譜面台に楽譜を置いて丁寧な演奏をしたことを思い出した。勿論、コンクールの審査員であったダン・タイ・ソンから最高の賛辞を貰えるピアニストだから当然の演奏とも言えようが、今夜の素晴らしい演奏の一因は「CFX」にあったことは間違いない。
 チラシ等での宣伝は目にしなかったせいもあってか、空席がやや目立った。ヤマハ関係の客やピアノを習っている小・中・高の児童、生徒が結構多くて若い人たちが比較的に多く聴きに来ていた。前半終了後に帰った人たちは多分招待客かなと推測したが、後半の素晴らしい表現力豊かなピアニストの演奏を聴き逃してもったいないと感じた。聴衆も親しみのあるベートーヴェンとショパンの曲を堪能して盛り上がった。

 アンコール曲はリストの「巡礼の年 第2年《イタリア》より ペトラルカのソネット第104番」とドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」。1曲目のアンコール曲は初めて聴いたかなと思ったら所有しているCDに曲があった。
 新しくなったコンサート・グランドピアノ「CFX」を使用しての上野真(Makoto Ueno)のリサイタルは期待以上に楽しめた。

 

北海道交響楽団 第71回演奏会

北海道交響楽団 (1980年創立)は北海道内最大級(4管編成)のアマチュア・オーケストラ。81年以来、これまでに70回の定期演奏会、9回のトヨタ・コミュニティ・コンサートを開催している。自主公演の他に、いろいろな演奏活動を積極的に展開している。

 私は2001年9月の第41回演奏会(ドヴォルジャーク:チェロ協奏曲、スメタナ:連作交響詩「わが祖国」)を初めて聴いた。その後、03、07、08年に各1回聴く機会を持った。注目したのはブルックナー、ニールセン、ヴォ―ン・ウイリアムズのような、それほどポピュラーでない作曲家の交響曲を取り上げていたことだった。07年、リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」を聴いた時、素人の耳にはその演奏レヴェルがプロのオーケストラとさほど違うようには聴こえなかった。演奏会開催までの1曲の練習時間の多さがプロとの差を縮めているのではないかと思った。そんなわけで、その後、10、11年には各2回聴いた。

 今回の演奏会は2年ぶりである。
曲目は ラヴェル:道化師のの歌、マーラー:交響曲第7番「の歌」
 指揮:川越 守(Mamoru Kawagoe)

「道化師の朝の歌」はラヴェルのピアノ組曲《鏡》の第4曲が原曲。ラヴェル自身が管弦楽曲版に編曲。小曲ながら大編成管弦楽曲で多種の打楽器が使われ、スペイン風のメロディがラヴェル独特の軽快なリズムと色彩感を持って表現された。迫力ある演奏で楽しかった。この曲はスペイン宮廷のの行事で奏でられた音楽。マーラーの「の歌」を意識して選曲したと思われる。

 マーラーの7番は難曲として知られ彼の交響曲のなかでも演奏機会が少ない曲のようである。1994年PMFでマイケル・ティルソン・トーマス指揮ロンドン交響楽団が札幌芸術の森野外ステージで北海道初演(翌日旭川で公演)。札幌交響楽団の初演が1998年だそうで、つい2年前の11年3月の高関健指揮の札響は2回目ということだったらしい。05年2月バレンボイム指揮ベルリン・シュタ―カペレが私がKitaraで生演奏で聴いた最初の演奏会だったらしい。ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第2番」の弾き振りの方に注目して、マーラーの第7番の演奏は当時さほど注目していなかった。世界のバレンボイムのKitara初登場なのに客の入りの少なさに驚いた記憶だけは残っている。今回このような演奏機会の少ない難曲にアマチュアのオーケストラが取り組んだ意欲に敬意を表したい。

 曲は5楽章あって第2楽章と第4楽章が≪Nachtmusik≫(夜曲)とタイトルが付いている。夜鳴き鶯が鳴き、動物たちの森での行進を思わせる情景。セレナードやスケルツォの形を取りながらパロディの感じもある。第4楽章は今まで交響曲には使われたことがないギターとマンドリンが加わってセレナードの雰囲気だが、何となく不気味な暗さも漂う。第5楽章は突然に夜が昼に変わった様子。いきなり派手なティンパ二―に導かれてファンファーレが登場してカーニバル状態。輝かしい勝利感と異様なパロディ性。4楽章までとの曲のつながりが見えてこなくてよく解らないが、第1楽章のメロディが繰り返して所々に出てくる。テノール・ホルン、マンドリン、ギターの他に多くの打楽器で色彩感あふれる曲ではあった。

 マーラーの演奏で名高い東京都響のインバルがフランクフルト響と録音したCDを何回か聴いているが、やはりかなり聴き込まないと理解し難い。ただ単純に各楽章を聴いている分には何の違和感もない。あまり考え込まないと面白くもさえある。作家の村上春樹と指揮者の小沢征爾が二人の対談の中でマーラーの音楽と第7番の難解さについて言及していた著書のことを思い出した。

 札響の定期演奏会ではSS席が手に入らないが、このようなアマチュアの演奏会で1階の中央の最も良い席から最高の音響で各楽器奏者の演奏の様子を見れてCDでは絶対に得れない満足感を味わった。ただ一つ残念だったことは、前列の女性同士が最初の曲の演奏中に2度も周囲に聞こえる声で会話を交わしたのにはビックリしました(出演者に友人を見つけた様子)。マーラーの曲が始まっても会話をされたら困るので、休憩時間中にマナーを守るように注意をせざるを得ませんでした(私自身は全く初めてのこと)。「スイマセン」と言って、マーラーの80分近い大曲の演奏時間中は幸いマナーは守ってくれました。

 今晩はいつもの彼らの演奏会より聴衆の数は少なかったが、楽団が難曲に挑戦する姿勢は称賛に値する。川越守氏は北海道大学交響楽団の指揮者としても知られるが、50年以上前の演奏会で一二度聴いたことがある。今でも北大交響楽団の演奏会に偶に出かけるが、彼が2つのアマチュアの交響楽団の指揮者として長年に亘って活躍している姿には感動さえ覚える。演奏終了後にコメントで指揮者は一応何とか合格点を上げていた。彼の主張ではベートーヴェンのは交響曲で、マーラーのは交響曲ではなく、この第7番は器楽大合奏曲と捉えているようであった。いつものユーモア溢れるトークで独特の見解を述べながら、アンコール曲にヨハン・シュトラウスⅡ世:ワルツ「春の声」を演奏。まだまだ健在で今後一層の活躍が期待される。
 

New Kitara ホールカルテット 6th Concert

 弦楽四重奏曲を毎年のようにコンサートで聴けるようになったのは札幌コンサートホールKitaraができたお蔭である。Kitaraが開館する前の1994年に〈かでる2・7ホール〉でEMERSON STRING QUARTETの演奏を聴く機会があった。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲Nos.7~9であった。そのエマーソン弦楽四重奏団がKitaraに初出演したのが1999年5月25日で演奏曲目はべートーヴェンの第11番、ショスタコーヴィチの第3番、シューベルトの第14番。今日のコンサートのプログラムとはショスタコーヴィチの曲番号が違うだけである。というわけで今日のコンサートは何となく楽しみが増えた。

 ≪Kitaraホールカルテット≫という弦楽四重奏団はKitaraのレジデント・カルテットとして日本を代表する若手弦楽器奏者4人(矢部達也(vn),川田知子(vn),川本嘉子(va),金木博幸(vc)が結成。毎年春・秋の2回、定期的にコンサートを開催。私は1999年5月に2nd Concertを聴いた。その後、メンバーの交替もあったが2007年6月の19th Concertまで続き、何回か聴いたものである。

 2001年6月イタリア弦楽四重奏団、2002年3月東京クヮルテット&ザビーネ・マイヤー、2003年7月PMFウイーン弦楽四重奏団などの演奏会で室内楽に親しむ機会も多くなった。札幌コンサートホールは{Kitara弦楽四重奏シリーズ}の企画を充実させ海外のカルテットも定期的に出演するようになった。プラジャーク弦楽四重奏団ダネル弦楽四重奏団などは何度も来札して公演を行っている。日本人が結成した「ロータスカルテット」の活躍もますます期待される。

 2005年5月のアルバン・ベルク弦楽四重奏団のKitara大ホールでの演奏は未だ記憶がなまなましい。世界最高のカルテットの登場で、その時の演奏曲であるシューベルトの「死と乙女」は何となく今でも音が伝わってくる感じ。チョット大袈裟になるがそのくらいのインパクトがあった。

 PMF弦楽四重奏コースで東京クヮルテットが果たした功績は大である。PMFの期間中に行われた東京クヮルテットの演奏会、特に2012年の最後の大ホールでの演奏会は演奏家と聴衆が一体となって盛り上がり感動的であった。アンコール曲に弾いてくれたウェーベルンの「弦楽四重奏のための緩徐楽章」(記憶が正しければ)は2002年のプログラムに同じような曲名が載っていた。ウェーベルンはシェ―ンベルクと同様に現代音楽の作曲家で理解が難しいと思い込んでいたので、このような抒情的な美しい曲と似たような曲を10年前に聴いたとは思いもよりませんでした。中途半端な知識で先入観を持ってしまっていたことの戒めになりました。とにかくこの時に聴いたアンコール曲はウェーベルンをとても身近に感じるくらいの美しい曲でした。2013年6月で解散ということで世界的なカルテットがAlban Berg Quartetとともに消え去るのは寂しい気がします。
  
 2010年6月New Kitaraホールカルテット Debut Concertが開催され、2011年の3rd Concertに続いて、第2ヴァイオリンの交替があって新しくスタートした2012年7月の5th Concertを聴きました。

 New Kitaraホールカルテットのメンバー
  伊藤亮太郎(vn), 大森潤子(vn), 廣狩亮(va), 石川祐支(vc)    
     (札幌交響楽団コンサートマスターと首席奏者)
今日のプログラム:
  ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」
  ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第11番
  シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」

 ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全16曲あるなかで初期の作品はあまり聴いていないが、中期の7番以降はCDもあり偶に聴く。特に演奏会の曲目に入っていれば予め聴いて出かける。「セリオーソ」は{真面目な}、{厳粛な}という意味で曲の性格を暗示している。情熱的で重々しい楽章で始まり、第3楽章は“serioso”の指示のある舞曲風のリズムのある独特な楽章。最終楽章で軽快な調べが激しいクライマックスへと向かう。 
 New Kitaraホールカルテットでは第1と第2ヴァイオリンが交替で担当する。ベートーヴェンは大森が第1ヴァイオリンで力強くリーダーシップを取り、結成当初からのメンバーであるかのように安定感のある見事な演奏ぶりで前回よりも好感度が上がった。綺麗なドレスの舞台衣装で登場したこともあって華やかさが増した。

 ショスタコーヴィチはべ-トーヴェンに比肩しうる15曲の弦楽四重奏を作曲している。所有のCDをチェックしてみたら、偶然エマーソン弦楽四重奏団によるNos.3.8.11だった。最初に書いた14年前の彼らの演奏は殆ど記憶にないが、今晩のコンサートでのプログラムの類似に気付いて驚くとともに面白いとも思った。11番は50年ほど前の作品。短い7つの楽章が切れ目なく演奏される。第6・7楽章が全体の半分を占める。全体として静かで意味深長な音楽。古典派音楽と比べると親しむのが難しい。

 シューベルトは短い生涯の間に弦楽四重奏曲を15曲も残している。ハイドンやモーツァルトの影響を受けた作品が多くて、シューベルトの創造性が明確な作品が後期の3曲(13,14,15番)と言われている。
 「死と乙女」の名はこの曲の第2楽章の主題である歌曲《死と乙女》からとられた。死のイメージが強く暗示された曲。絶望や死を連想させる暗い響きは第2楽章だけでなく4楽章全体にわたる。1823年から健康を害して将来に絶望感を抱いていた当時のシューベルトの心境を描いているようだ。
 重々しい耳に親しんだ旋律が現れ聴き慣れた調べ、悲壮感の漂う抒情的な旋律。勇壮な感じさえする旋律もあり力強いフィナーレへ。 

 ショスタコ―ヴィチとシューベルトの曲は伊藤が第1ヴァイオリン。「死と乙女」は約40分の大曲とあって伊藤や石川は汗をハンカチで拭きながらの熱演。アンコール曲はハイドンの弦楽四重奏曲第39番「鳥」。New Kitaraホールカルテットは各奏者の幅広いフアン層もあって毎回満席に近い客の入りで盛況。レジデント・カルテットとして地元と密着した強みがこのカルテットにはある。ソリスト、室内楽奏者としての活動が札幌交響楽団の音作りにも役立っているものと確信した。今回は半年ぶりに聴いた弦楽四重奏曲のコンサート。どんな素晴らしいカルテットによるCDより生の演奏が心に響くのを毎回実感する。



オルガン ウインター コンサート

Kitara ORGAN WINTER CONCERT 

 毎年、札幌の雪まつりの期間中にオルガンウインターコンサートが開かれている。有名な札幌の雪まつりとあって本州や外国からの聴衆も見かける。ワンコインコンサートとして札幌市民には馴染みのコンサートである。今シーズンの第15代札幌コンサートホール専属オルガニストと約10年前の第5代専属オルガニストとの共演のコンサート。
 
プログラム。
 
J.S.バッハ:前奏曲とフーガ 変ホ長調 BWV552
マッテル:“若い娘”による幻想曲
   (以上、演奏 モニカ・メルツォ―ヴァ(Monica Melcova) 

J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
M.スジンスキ:カプリッチョ Op.36c
ペータース:アリア Op.51
P.コシュロー:交響的スケルツォ
   (以上、演奏 マリア・マグダレナ・カチョル(Maria Magdalena Kaczor) )

ベートーヴェン:「笛時計のための5曲」よりアダージョWoO.331(4手編曲版)
    (連弾)

 パイプオルガンの音色を初めて耳にしたのが中学3年(1953年)の修学旅行で訪れた仙台の東北学院大学でした。中学の英語の先生の母校だったので松島に行く途中で旅行日程に入ったのだと思う。詳しいことは覚えていないが、オルガンの音色と設置されていた場所の様子は鮮明に記憶している。
 Kitaraがオープンした1997年7月4日から毎年定期的にオルガンを聴く機会がある。当初はエドガー・クラップ、ジリアン・ウイーア、トン・コープマンなどのオルガン・リサイタルが物珍しかった。今ではデビュー・リサイタル、クリスマス・オルガンコンサート、オルガンウインターコンサート等はすっかり定着したコンサートになりました。今迄でとても良かった企画は2007~2008シーズンの「世界オルガン名曲シリーズ 10人のオルガニスト」でした。1シーズンで歴代オルガニスト10人全員のコンサートを堪能しました。
 
 歴代のオルガニストの共演は魅力的です。今日のコンサートも素敵でした。馴染みのあるオルガン作曲家はバッハだけでしたが、それが却ってとても新鮮でした。
 モニカのバッハの曲は彼女が2002年にデビュー・リサイタルで弾いた思い出の曲であると日本語の挨拶で話していましたが、12~15分の長さの曲は2曲とも聴きごたえがありました。彼女の演奏は04,07,11年に続いて聴いたことになりました。譜面をめくる人がオルガニストの横に立ち続けている状態だったので演奏者の鍵盤を弾く様子が見れなかったのが少々残念でした。
 マグダレナは黒の服でなくて雪を連想させる白いジャケットと赤いスカートで登場しましたが素敵でした。勿論、演奏曲目もバッハの「トッカータとフーガ BWV565」で一段と盛り上がりました。今日はオルガニストの手や足の動きが見える席で鑑賞しましたので初めて聴く作曲家の変化に富んだ曲を十分に楽しみました。4段の手鍵盤や足鍵盤の使い方が見えて一層興味深い鑑賞となりました。
 ベートーヴェンの機械仕掛けオルガンのための作品は美しい旋律にあふれ、ピアノと管楽器の合奏を思わせる連弾は意外性のあるオルガン曲で素晴らしかった。

 モニカのアンコール曲はスカルラッティの「ソナタK159」、マグダレナのアンコール曲はバッハの「最愛のイエス我らここにあり」。2曲ともに心の奥深くに優しく広がる曲。
 
 今までウインターコンサートは正午開始だったが、昨年から「中島公園のゆきあかり」の行事との関連も考えてか午後3時開始となった。日曜日で札幌雪まつりの期間中ということもあってか観光客の姿もあり、客席もかなり埋まってコンサートが盛り上がった感じを受けた。
 
IMG_0805 (300x225) キャンドルが灯る雪あかりの中島公園。
Kitaraで演奏した音楽家が宿泊するホテルが奥に見える。

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 スノーランタンやペットボトルランタン1.000個が輝く中島公園の「彩の広場」。
2枚の写真は前日のコンサート(2/9)の夕方5時半ごろ撮影。

札響名曲シリーズ 2012~2013 第5回

森の響フレンドコンサート≪札響名曲シリーズ2012~2013》
 音楽を紡ぐ物語 vol.5   パリで結ぶエピローグ

指揮:高関健  ヴァイオリン:山根一仁
 
 高関健は2003年に札幌交響楽団正指揮者に就任し、2012年3月に退任するまで札響に多大な貢献をした。私自身この25年間で尾高音楽監督に次いで聴く機会の多い指揮者であった。若い時にカラヤンの助手を務めた経験が彼のその後の指揮者としての人生に多大な影響を与えたようである。
国際指揮者コンクール優勝などでキャリアを重ね30歳の頃に日本フィルで国内デビュー。86~90年広島交響楽団常任指揮者・音楽監督、94~2000年新日本フィル正指揮者、93~2008年群馬交響楽団音楽監督などをを歴任した。特に群馬交響楽団の演奏水準を高めた功績は全国に知られている。ウイーン響、ベルリン・ドイツ響、ケルン放送響など海外メジャー・オーケストラへの客演も多い。
 2011年8月に札響の練習見学会とその後の15分間程度の指揮者トークコーナーで、彼の人間性の一端を改めて知る機会があった。楽団員と共に音楽を作り上げる姿勢が一貫している。楽団員に対する指示も「お願いします」という丁寧な言葉で相対しており、彼らに対する言葉使いには常に気を付けていると述べていた。仲間としての楽団員へのレスペクトが良い音楽を作る基本姿勢であるらしい。勿論、緻密な構築で思い通りの響きをオーケストラから引き出している。
今回は札響正指揮者退任後、5月の定期に続く札響客演指揮である。

 ヴァイオリン独奏の山根一仁は昨年1月オーケストラ・アンサンブル金沢ニューイヤーコンサートに次いで2度目のKitara登場。話題の指揮者、山田和樹との共演でワックスマン「カルメン幻想曲」、マスネ「タイスの瞑想曲」、サラサーテの「ツゴイネルワイゼン」を弾いてスケールの大きい華やかな演奏を披露した。札幌出身で地元の期待が高まる演奏会になった。

 近年、日本人の十代ヴァイオリニストの活躍が目覚ましい。ドロシー・ディレイに指導を受けた五嶋みどり、諏訪内晶子など数多くの日本の名ヴァイオリニスト、ザハール・ブロンに教えを受けた樫本大進、庄司紗矢香、川久保賜紀や神尾真由子。名伯楽と師弟関係にある日本人の指導体制も充実しているようである。成田達輝、郷古廉なども十代から注目され、彼らの活躍も軌道に乗ってきている。
山根一仁(1995年生)は2010年の日本音楽コンクールで26年ぶりの中学生での1位。彼はショスタコーヴィチを弾いての優勝というから驚嘆する。このコンクールの上位3人が15~16歳だった。2位の城戸カレン(1994年生)、3位の毛利文香(1994年生)。
 佐渡裕は2011年「スーパーキッズ・オーケストラ」を率いてパリ公演を行ったが、ソリストとして辻井伸行と共に周防亮介(1995生)を伴っている。
 昨年12月にザハール・ブロンのマスタークラスが東京文化会館で行われ、受講生発表コンサートで千葉水晶(16歳)、服部百音(12歳)、寺内詩織(22歳)が優秀賞に選ばれた記事が「音楽の友」2月号に載っていた。上記の十代ヴァイオリニストの名がやがて多くの人々の注目を集める日も遠くないかもしれない。

 今日の演奏会のプログラム。
  オネゲル:交響的断章 第1番「パシフィック」
  ラロ:スペイン交響曲
  ベルリオーズ:劇的交響曲「ロメオとジュリエット」より(管弦楽曲抜粋)

 オネゲルの作品の英語名は“Symphonic Movement”なので「交響的楽章」と呼ばれるのが普通で、所有しているオネゲルのCDも日本語名は同じだったが、「断章」はいささか腑に落ちない訳語だと感じた。曲のタイトルは「アメリカ大陸横断用急行列車の名称。SLの〈シュッ・シュッ・ポッポ〉の擬音が入り機関車の様子が伝わり、心理的興奮も掻き立てられた。1924年クーセヴィッキー指揮によりパリ・オペラ座で初演。

 ラロの「スペイン交響曲」はヴァイオリン協奏曲でありながら「交響曲」と名が付いているが、ヴァイオリンがヴィルトゥオーゾ的協奏曲ではなく、独奏ヴァイオリンとオーケストラが有機的にからみあう構成の作品ということを強調しようとして、シンフォニーとしたと考えられている。曲は5楽章全体に亘ってスペインの原色的色彩が濃厚に満ち溢れている。当時のヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリニストのサラサーテに献呈され、1875年パリのシャトレー座でサラサーテの独奏で行われた。
 山根はダイナミックな変化と原色的色彩感に満ちたドラマティックな第1楽章から思い切りの良い演奏であった。第4楽章の緩徐楽章ではセンチメンタルな美しい旋律を奏でた。最終楽章はフィナーレに相応しい絢爛豪華な楽章。17歳の細身の体ながら堂々として迫力ある演奏を表情豊かに軽々と展開して見せた。
 指揮者の話によると、2010年の日本音楽コンクールの受賞者コンサートで高関がたまたま指揮を担当した時に強い印象を受け、山根が札幌出身ということもあって今回のソリストに指名したとのことであった。山根はアンコールに応えてバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティ―タ第2番第1楽章」を弾いた。厳かに奏でられ荘重な雰囲気の漂う楽章で、レパートリーの広さを印象づけた。

 「シェークスピアの喜劇・悲劇」をプロローグとしてチャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」で幕を開けた一連の名曲シリーズ2012~2013≪音楽を紡ぐ物語≫は、最後に「パリで結ぶエピローグ」としてベルリオーズの劇的交響曲「ロメオとジュリエット」で幕を閉じる。高関健の見事な選曲と言えよう。

 ベルリオーズ「劇的交響曲」の原曲は合唱や独唱を伴うオラトリオやカンタータの要素と、交響曲の形式を組み合わせた作品だそうです。手持ちの輸入盤CDでシャルル・ミュンシュ指揮の「ロメオとジュリエット」の“Scene d'amour”の収録曲だけしか知らないが、この〈愛の情景〉の場面は美しい旋律に溢れて美しい曲である。
 この曲が作曲された時のエピソードがCDに英文で書かれていたので紹介しておきたい。ベルリオーズは1827年にパリでイギリスの劇団の上演による「ロメオとジュリエット」を観た時に、劇に感激すると同時に主演女優に恋をしてしまった。劇場を出るときにはその劇のための曲を作って、ジュリエットと結婚しようと心に決めていた。彼の思いは実を結んだが順序が逆だった。1833年にそのアイルランドの女優と結婚できたが、生計を立てるのに苦労して曲は作れなかった。1838年12月パガニーニがベルリオーズの「イタリアのハロルド」の演奏に感動して、オーケストラのメンバーがまだステージに残っている時にステージに上がってベルリオーズの前に膝まづいて彼の手にキスをした。その時パガニーニは2万フランの銀行小切手を入れて感謝の言葉を述べた手紙をベルリオーズに手渡した。そのお蔭で彼はお金の心配をせずに作曲に専念でき、曲は1839年に完成してパリ音楽院でベルリオーズ自身の指揮で初演された。

 高関は丁寧で緻密に構築された曲の解釈で、バランスの良い響きをオーケストラから引き出す指揮者。彼が指揮する時の楽器配置は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが向き合う対抗配置。今日の最後の曲では打楽器奏者が6人。高関の札響との演奏会も今回で一区切り。来シーズンの札響への客演は無い予定。
 アンコール曲はベルリオーズの《劇的物語》「ファウストの却罰」より≪ラコッツイ行進曲≫。ハンガリーの民俗的色彩を湛えた魅力あふれる行進曲。高関は身体全体を使った極めて大きな動きで勇壮な曲を指揮した。印象深い締めくくりの演奏であった。

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さっぽろ雪まつリ~大通り公園の大雪像「豊平館」。中島公園に立つ国指定の重要文化財。明治天皇の北海道行幸に際して1880年(明治13年)に建造された日本最古の純洋式木造ホテル建築。
 


 

エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団

Philharmonia Orchestra conducted by Esa-Pekka Salonen

Fantastic! Gorgeous! I have never had such an impressive, wonderful performance as tonight's Salonen and Philharmonia gave us at Sapporo Concert Hall Kitara.

エサ=ペッカ・サロネンは私が札幌での彼の公演を長い間待ち望んでいた指揮者である。世界で名を成している指揮者はほとんどKitaraに登場している。サロネンはフィンランドではセーゲルスタムに続く後期世代の指揮者としてサラステとともに期待されていた。ロスアンジェルス・フィルの音楽監督(1992~2009)としてオーケストラを全米のトップ・レベルに押し上げた。
 50歳を迎えた絶頂期に作曲家としての活動に専念できる環境を求めて、以前から信頼関係にあったイギリスのフィルハーモニア管の首席指揮者となり今回の来日公演の運びとなった。

 フィルハーモニア管は戦後の1945年にレコーディング専用のオーケストラとして創立。カラヤンとともに多くの録音を行った。定期公演などの活動も増えクレンペラーが1959年終身指揮者となって大きな芸術的な成果を上げたと言われている。オーケストラは一時解散されてニュー・フィルハーモニア管となった時期もあったが、1977年に元のフィルハーモニア管に戻りムーティ、シノーポリ、ドホナー二が後を継いで発展していった。アシュケナージやラトルがフィルハーモニア管との録音を契機に大きく飛躍していったというから、このオーケストラが世界で果してきた役割は大きなものがある。私もフィルハーモニア管やニュー・フィルハーモニア管演奏のCDを少なからず持っているので、以前違うオーケストラかと思っていた時があった。
 2008年にサロネンが首席指揮者に就任し、今回の日本公演となった。岩国、西宮、札幌、名古屋、東京、横浜の6都市8公演。

本日のプログラム。
 ベートーヴェン:劇付随音楽「シュテファン王」序曲、 交響曲 第7番、
 ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

 札幌ではKitara15周年を祝い1813年初演の「交響曲第7番」、1913年初演の「春の祭典」がプログラミングされたが、サロネンが特別に選曲した。(それぞれ100周年、200周年にあたる記念作品)

 コンサートの最初に「シュテファン王」序曲が演奏されたが、ベートーヴェンがハンガリーの新ドイツ劇場の杮落としのために依頼されて作曲し1812年に演奏されたことで200周年の祝いの曲にもなる。華やかな祝典を祝う曲で軽快な序曲であった。初めて聴く曲かと思ったが、何となく馴染みのある感じがしたので、帰宅後に調べてみたらベートーヴェンの序曲集の輸入盤のCDに曲があった。
 
 今日の演奏会ではステージの上手にチェロが配置されていたのが目をひいた。チェロの美しい低音を充分に引き出す狙いか。第1ヴァイオリン奏者やチェロ奏者に身体全体を向けて指揮をしたりして、サロネンは僅か7分ばかりの曲にも最初からいろいろな豊かな表情の指揮ぶりであった。

 ベートーヴェンの「交響曲第7番」はこの20年ほど日本でもテレビや映画で取り上げられ最近では演奏会で取り上げられる機会の多い曲になっている。ビックリする程の人気ぶりである。今晩聴いた「第7番」は今迄何十回と聴いてきた中で最高の演奏であった。 最初から最後までサロネンの指揮ぶりを中心に観ていたが、それぞれの楽器のグループに呼びかけるタクトや柔らかい手の動き。躍動感に溢れる指揮の様子は完全に私の心を掴んで夢中にさせた。サロネンは知的でどちらかと言えば穏やかな指揮ぶりを思い描いていた。だが、動的で、積極的で、情熱的であり、表情豊かで実にエネルギッシュな指揮者であった。
 この名曲の説明はするまでもないが、今回の名演で気が付いたことがある。指揮者が第2楽章だけ指揮棒を使わなかったこと。指揮棒を使う指揮者と使わない指揮者がいるが、楽章でも使い分けをする場面は初めて見ました。単純で同音反復の美しい楽章の第2楽章は手の動きだけで充分だったのでしょう。第4楽章の熱狂的なフィナーレは聴きごたえがあってこの曲を盛り上げる効果的な演奏であった。

 ストラヴィンスキーはサロネンの最も得意とする分野の作曲家である。
バレエ音楽「春の祭典」がピエール・モント―の指揮とニジンスキーの振付によって、1913年5月20日にパリのシャンゼリゼ劇場で初演された時には聴衆の間で大騒ぎになった話は有名である。聴衆の野次や口笛はオーケストラの音を消すほどで指揮者が聴衆に最後まで聴いてほしいと叫んだ話が伝わっている。それから100年、今では現代音楽の古典として名曲になっている。

 古代ロシアの春の儀式の情景を描いた作品。高音域のファゴットで始まる自然の目覚めの描写が極めて印象的。春を待つ乙女たちの踊り、熱狂的な大地の踊り。生贄の乙女を選ぶ神秘的な踊り。金管の強烈な響きで祖先の霊が呼び出されて儀式が盛り上がり、最後に生贄の乙女の踊りでフィナーレ。
 
 楽器編成で特徴的なのは木管・金管が各20人ぐらいで合わせて40数人の大編成。ホルン奏者だけでも10人ぐらい。いろいろな珍しい打楽器を担当する打楽器奏者も6人。管楽器でこれほどの大編成のオーケストラはKitaraでは初体験。何度か「春の祭典」は聴いたことがあるが今回ほどの圧倒的な音量を持つ素晴らしい演奏で今迄経験したことのない感動を味わった。
 サロネンの指揮もベートーヴェンの曲の指揮法とは違って鋭角的な体の動きも加わり、ストラヴィンスキーの曲にあった指揮ぶりでこの点でも深い感銘を受けた。大曲を2曲も演奏し終わった後で、聴衆の大歓声と拍手がしばらく止まなかった。全精力を使った様子でアンコール曲はなかった。楽団員の大部分がステージを去ったあとに、サロネンがステージに姿を見せてまだ残っていた多くの聴衆に感謝のお辞儀。

 大曲2曲とも素晴らしい演奏で久しぶりというか、こんな大きな感動と100%に近い満足感は初めて味わった。暫くの間、興奮が収まらなかった。こんなことも珍しい。1997年10月10日のウイーン・フィルは3階の奥で聴いて弦楽器の美しさに感動したが、今日は1階の前方やや左のS席で弦楽器と管楽器のハーモニー、特に管楽器の圧倒的な素晴らしい音の響きに魅せられた。サロネンとフィルハーモニア管は期待以上で大満足。エサ=ペッカ・サロネンは現代最高の指揮者の一人であることを身を持って体験した。

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今年のさっぽろ雪まつりの大雪像~この春オープンの新歌舞伎座。
(吹雪の悪天候の日[2/7]で映像が鮮明でなかった)
 

第556回札幌交響楽団定期演奏会

Sapporo Symphony Orchestra The 556th Subscription Concert (Feb.2013)

指揮: レイフ・セーゲルスタム (Leif Segerstam)
ピアノ: 萩原 麻末 (Mami Hagiwara)

レイフ・セーゲルスタムはフィンランドの指揮者・作曲家
2001年9月 ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団を率いてKitaraに初登場。
フィンランドの国民的作曲家シべリウスの名曲を演奏。
   交響詩「フィンランディア」、 組曲「カレリア」、 交響曲第2番 他。

 当時から堂々たる体躯で真っ白な髪と顎鬚をはやして独特な風貌をしていたので特に記憶に残っていた。
彼は1995年~2007年まで12年間ヘルシンキ・フィルの首席指揮者を務め、現在は名誉指揮者。現在はフリ―となって世界各国で活動しており、読売日本交響楽団にはたびたび客演している。今回の来日でも読響と定期も含めて3回、大阪フィルと2回、札響と2回公演を行うスケジュール。

 今回の札響定期の演奏曲目:
  ブラームス: 悲劇的序曲
  グリーグ: ピアノ協奏曲
  セーゲルスタム: 交響曲第245番 ”Eye light high lites"(June 2011)
  R.シュトラウス: 交響詩「死と変容」

 ≪悲劇的序曲≫は、いわゆる演奏会用序曲で特定の劇のための付随音楽として書かれた作品ではない。
ブラームスは当時委嘱されていた「大学祝典序曲」(明るい陽気な曲)を作曲していた時に、自分の憂鬱な気持ちを表わすために悲劇の序曲を書くことになったようである。私はCDでこの曲を結構よく聴くが木管楽器の美しい旋律もあって悲劇的な感じはしない。

 グリ―グの≪ピアノ協奏曲≫は2010年ジュネーヴ国際コンクール優勝で話題の萩原麻末が札響初登場で弾く曲として期待していた会員も多かったと思う。
 ドラマティックなメロディで始まる印象深い第1楽章は、萩原の華麗なカデンツァが響き渡る。第2楽章の緩徐楽章は北欧的ロマンティックな情緒をたたえ甘美な夢幻の世界に引き込まれる。第3楽章でピアノとオーケストラが多彩で華やかな掛け合いをしながら壮大なフィナーレへ。
ノルウェー民謡風の旋律が醸し出す北欧的な抒情美は瑞々しい。民族色豊かな絵画的美しさも萩原麻末の堂々たる演奏で味わえた気がして久しぶりの満足感に浸った。
 
アンコールに応えて「子犬のワルツ」。数日前にアンコール曲に牛田智大が弾いて彼にはピッタリの選曲だと思ったが、彼女の選曲としては個人的に意外感が先だった。勿論、親しみのある曲ではあったが。

 セーゲルスタムの作曲数は2001年時点では交響曲35曲、弦楽四重奏曲28曲、ヴァイオリン曲10曲、ピアノ曲3曲となっていたが、これまでに交響曲が260曲にも達したというから彼の創作力に驚嘆。
読響でも自作自演を重ね、今回の札響での「245番」は世界初演という記念すべき公演。

 曲は大音響で始まるが、何を表現しようとしているのかさっぱり解らない。珍しい打楽器、ピアノ2台(1台はセーゲルスタム、もう1台は長尾洋史)が全楽器とともに指揮者なしで20分も演奏された。
 作曲家自身の曲目解説には「心眼が音楽の光を浴び、その光が音を選んで五線紙に音符を記させる。」というようなことが書かれている。この曲は指揮者なしでの演奏が指示されており、曲のつなぎの箇所ではセ―ゲルスタムやコンサートマスター、管楽器奏者が起立して合図しあって演奏していた。
 ピアノがステージの上手と下手に各1台、2階中央1番奥の席から真正面にステージが見渡せるので、各楽器のパートを観察したりしながら退屈せずに鑑賞できた。とにかく聴き慣れないと難しい。

 曲の途中に席を立ち去る人もなく静かに聴き入り、終ると盛大な拍手をする姿は外国の演奏家から称賛される日本人に特徴的な音楽鑑賞の表れかなと思った。

 最後に「死と変容」。 CDでたまに聴くが鑑賞の集中度がたりないのか、親しみのある曲にはなかなかならない。死の宣告を思わせる動機と死に直面しながら過去を回想する病人の幻想。死との闘争と生への執着。R.シュトラウス自身の体験を通して作曲し、初演にあたって指揮をした様子を思い浮かべながら生演奏を聴いているうちにこの曲の良さがわかったような気がした。

 セーゲルスタムはサンタクロースを彷彿とさせる風貌の持ち主。巨体を揺すって指揮台に上がり椅子に腰掛けながらの指揮であったが、腕を広げるだけで大きな広がりを見せる。ステージ全体にオーラが出ている感じがしてホールにもその雰囲気が伝わってきた。何と言っても貫録十分で存在感がある。

 *昨年6月に札響に入団したばかりのコントラバス奏者が入団前に読響に客演してセーゲルスタムの交響曲を演奏した経験が今回の札響演奏会で生きて自信を深める結果になったのではと思いました。今後の彼の活躍を祈ります。(彼とは先月14日の札響ニューイヤーパーティで知り合いました)
 

 



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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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