HTB・朝日 シルベスターコンサート  と 横山幸雄

HTB・朝日SILVESTER CONCERT
  
 ジルヴェスターとはドイツ語で大晦日のことである。ジルベスタ―・コンサートはニュー・イヤー・コンサートと共に年の変わり目をコンサートで迎える音楽の都ウイーンの恒例行事として今では世界的にも知れ渡っている。日本でも毎年各地でこのようなコンサートが開かれるようになった。日本ではサントリーホールが本格的にこのようなコンサートを定着させた最初のホールではないだろうか。公共のホールが12月31日や1月2・3日にコンサートを主催するのは難しい。

 札幌コンサートホールKitaraは開館した1997年に初めてのジルヴェスターコンサートを開催している。
私はその翌年のコンサートに妻と一緒に出かけた。9:00PM開場、10:00PM開演。カウントダウンで新年を迎えた。終演が元旦・午前0時半頃だった。指揮が服部克久であったというのは記憶していたが、その時の曲目は覚えていない。当時のプログラムを見ると、演奏は1998ジルベスター・オーケストラ(東響コンサートマスター 小森谷巧)となっていて、バラエティに富んだプログラム編成であった。

 今回は横山幸雄と成田達輝が出演するとあって14年振りに聴くこととなった。
指揮の現田茂夫は2004年に錦織健プロデュ―スオペラ「セビリアの理髪師」で神奈川フィルハーモニー管弦楽団と協演(北海道厚生年金会館)して以来2度目。2005年からジルベスタ―コンサートの指揮者として活動を続け今年で8年目になるそうです。日本のプリマドンナの第一人者として名高い佐藤しのぶの夫君でもある。私にとって実質的に初めて指揮ぶりを見る機会であった。

 横山幸雄は今回で9回目。1995年12月の北海道公演(根室、網走、旭川、滝川、札幌、小樽)でピアノ・リサイタルを開き、札幌サンプラザホールで私が初めて聴いたことになっているが記憶がほとんど無いのが悔しい。
その後、2000年12月Kitara小ホールでリサイタルがあった時にCD2枚を購入してサインも貰っているが、CDのことは良く覚えているのにコンサートの印象が曖昧なのが自分でも不思議でならない。
 2002年1月イルジ・ピエロフラーヴェク指揮プラハ・フィルハーモニー管弦楽団と協演。ショパンのピアノ協奏曲第1番を演奏している。2003年3月のピアノ・リサイタルは大ホールで開かれ'Yukio Plays Yokoyama'というタイトルがついた演奏会で自作の曲の演奏の他にベートーヴェンの「熱情」、ショパンの「バラード第3番」、リストの「ラ・カンパネラ」などを演奏したのは記憶に残っている。
 
 その後、彼が札幌での演奏会を開く機会がなかったので、作曲活動や大学での教育活動に忙しくてピアニストとしての活動が中断しているのかなと思っていた。たまたま来札する機会がなかったらしい。
 09年1月札響定期のソリストとして飯森泰次郎指揮で伊福部昭:「ピアノと管弦楽のためのリトミカ・オステリナータ」を演奏。地味な曲で残念ながら強烈な印象は受けなかった。
 09年7月のピアノ・リサイタルは彼が指導した辻井伸行の国際コンクールの優勝の年に彼が勤める大学の関連でKitara小ホールでオール・ショパン・プログラムで開かれた。
 
 何と言っても横山が真価を発揮したのが10年7月に行われた札響の夏の特別演奏会であった。≪札響リクエストコンサート~3大ピアノ協奏曲≫としてチャイコフスキー第1番、ラフマニノフ第2番、グリーグの上位3曲が3人のピアニストによって演奏された。
 当日は前半にリクエストが2番目に多かったラフマニノフを「横山幸雄」、後半にリクエスト第3位のグリーグを「田部京子」、リクエスト第1位のチャイコフスキーを「清水和音」が弾いた。前半のラフマニノフの横山の演奏に聴衆は完全に呑み込まれてしまったのである。興奮は冷めやらずにラフマニノフの余韻が残されたまま休憩後のプログラムに入っていった。二人のピアニストにはチョット気の毒な状況になったことを今でも思い出す。もちろん田部、清水の演奏にも聴衆は満足してこの演奏会は大成功を収めたのである。

 2011年8月は假屋崎省吾x横山幸雄「ピアノと花の華麗なる世界」として札幌市民ホールで開催されたコンサートに出かけた時には女性客が多くてビックリ。1階席前方の周囲は女性ばかりで少々違和感があった。横山のピアノよりも假屋崎フアンが主な客層だったのである。戸惑いはしたがオール・ショパン・プログラムには満足して楽しんだ。

 横山幸雄は2011年5月3日に行ったショパン・ピアノ・ソロ全212曲コンサートでは18時間に及ぶ全曲暗譜演奏という信じられないほどの偉業を成し遂げた。この数年札幌での活動も増えてきたがKitaraでの本格的なピアノ・リサイタルを是非聴いて彼の音楽の魅力に浸りたいと常々思っている。

 大晦日のプログラムはヴェルディ(2013年は生誕200年)の歌劇「アイーダ」より≪凱旋行進曲≫という威勢の良い曲で現田茂夫指揮札幌交響楽団の演奏でスタートした。 アイーダ演奏用のトランペットの凄く長い楽器も珍しく興味を惹いた。観る演奏ならではの楽しみである。 
 続いてブリテン(2013年は生誕100年)の「マチネミュージカルより 行進曲」が演奏されたが多分初めて耳にする曲。次にお馴染みのバーンスタイン:≪「キャンディ―ド」序曲≫。
 現田は在り来たりの黒のタキシードではなく、品の良いグレーのタキシードを着用していて好感が持てた。

 ゲストのゴスペルシンガーで北海道・十勝出身のKiKiが60名のクワィアを率いて、Worship Melodyを披露。彼女は乳癌を患いながら抗がん剤治療を求めず3度の手術で10年も癌と闘いながら命を賭けて全国で公演を続けているそうです。悲壮感はないが彼女の生き様から勇気を得ている人もいるのではないか。フル・オーケストラをバックにKitara初出演とあって彼女にとっても生きる力が一層湧いてきたのではと願う。

 プログラム2部はチャイコフスキー:歌劇「エフゲニー・オネーギン」よりポロネーズで始まる。管弦楽は札響。96年のPMFで演奏会形式で観た歌劇だが、予想に反して極めて華々しい音楽。今日のコンサートにふさわしい曲。現田はオペラの指揮が豊富でそれほど派手な指揮ぶりでなく、どちらかと言えば控えめな指揮ぶり。8年目とあって気心の知れた指揮になっているのだろう。

 いよいよヴァイオリニスト成田達輝の登場。ステージに登場するや否や指揮者やコンサートマスターと握手。先日の読売日響でのステージでのマナーの反省の表れかなと思った。初々しい印象。ベートーヴェン:ロマンス第2番、 サラサーテ:ツゴイネルワイゼン。「ロマンス」は爽やかな歌にあふれた詩的リリシズムの世界が表現され、サラサーテのジプシーの音楽のメロディは野性味がにじみ出て超絶技巧が発揮されていた。対照的な選曲で、今日の成田の演奏は大変素晴らしく感動的なものになった。演奏直後に聴衆から称賛の溜息がもれ盛大な拍手が起こって印象的であった。日本のヴァイオリン界期待の大器であることは間違いない。

 今日の最後のゲストは横山幸雄。 チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番第1楽章。横山は真っ赤なジャケットで登場して先ず観客の目を奪った。ピアノを弾き始めた途端に彼の華やかな世界に聴衆を引きずり込んだ。彼の演奏には華がある。時間の関係で20分ほどの第1楽章だけで終ったのが何となく物足りなかったが、これはコンサートの企画担当者の問題なので止むを得なかった。

 大晦日の最後の曲はワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第一幕への前奏曲。ワーグナーもヴェルディと同じく2013年が生誕200年。札響がワーグナーの曲で最も祝典的で華やかな曲を演奏して2012年の幕を閉じた。
 
 2012年23時59分50秒から会場を埋めた聴衆とゲスト全員が加わってカウントダウンが始まった。10、9.8.7、、3、2、1.舞台の裾から爆竹が上がり歓声が起こり、拍手。一斉に「おめでとうございます」の声。

 2013年新年の曲はKikiの歌う“You raise me up.” パガニーニ:24のカプリ―ス第1番(成田達輝)、
リスト:ラ・カンパネラ(横山幸雄)、ヴィエニャフスキ:華麗なるポロネーズ(成田・横山)、
ヨハン・シュトラウスⅠ世:ラデツキー行進曲(現田・札幌交響楽団)でフィナーレ。
 
 司会者によるとアンコールのヴィエニャフスキの曲は前日の練習が終わってタクシーで帰る際に横山が成田に声をかけて実現したもので予定していたものではなかったそうである。成田が嬉しそうに楽譜を持って現れ、曲が終ると成田が横山に抱き着いて感激をあらわにしていた様子(彼らはパリ高等音楽院の先輩・後輩の関係)は見ていて微笑ましくもあった。成田は先日の読売日響の時とは違って人間性豊かな表情を見せてヴァイオリンの技術面はもとより好感度がより一層増した。

 帰り際エントランスホールでお祝いのお屠蘇を飲んでチョットした正月気分を味わった。
前回はジルヴェスター・コンサートはもう結構と思ったが、今回のようなコンサートなら又来てみようかなと思うぐらい楽しい時間を過ごした。

Happy New Year









 
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2012年 私のコンサート トップ・テン

My Ten Best Concerts in 2012
 
 2012年1月~12月までの1年間で80回聴いたコンサートで最も印象に残って感動したコンサートを10選んでみました。下線部分は特に素晴らしい印象を受けた演奏家や曲目です。

ヤクブ・フルシャ指揮プラハ・フィルハーモニア管弦楽団(3月8日 Kitara)
  ホルン:ラデク・バボラーク
  曲目: モーツアルト:ホルン協奏曲第1番、第3番」、 ドヴォルザーク:交響曲第9番 他。

チャイコフスキー国際コンクール優勝者ガラ・コンサート(4月30日 Kitara)
  アンドレイ・ヤコヴレフ指揮 モスクワ交響楽団
  曲目: チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン:セルゲイ・トガージン)
              ロココの主題による変奏曲(チェロ:ナレク・アフナジャリン)
              ピアノ協奏曲第1番(ピアノ:ダニール・トリフォノフ

パーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送交響楽団(5月31日 Kitara)
  曲目: リスト:ピアノ協奏曲第1番(ピアノ:アリス=沙良・オット)
      マーラー:交響曲第5番 他。

PMFホストシティ・オーケストラ 札幌交響楽団演奏会(7月12日 Kitara)
  指揮: ファビオ・ルイジ  
  曲目: モーツァルト:フルート協奏曲第1番(フルート:カール・ハインツ・シュッツ)
      ブラームス:交響曲第4番 他。

PMF東京クヮルテット演奏会(7月13日 Kitara)
  曲目: ハイドン:弦楽四重奏曲第74番
      ドビュッシー:弦楽四重奏曲        
      ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第9番「ラズモフスキー第3番」

NHK交響楽団北海道公演(8月24日 Kitara)
  指揮: 尾高忠明
  曲目: チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番(ピアノ:小山実稚恵)
               交響曲第5番  他。

ポリーニ・パースぺクティヴ 2012 (11月7日 サントリーホール)
  曲目: ラッヘンマン:弦楽四重奏曲第3番「グりド≪叫び≫」(ジャック四重奏団)
     ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第28番、第29番「ハンマークラヴィーア」
               (ピアノ:マウリツィオ・ポリーニ)

ラドゥ・ルプー ピアノ・リサイタル(11月8日 東京オペラシティ コンサートホール)
  曲目: シューベルト:16のドイツ舞曲 D783
               4つの即興曲 D935
               ピアノ・ソナタ第21番
ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団(11月16日 Kitara)
  曲目: ブラームス:交響曲第2番
      べルリオーズ:幻想交響曲

読売日本交響楽団 創立50周年記念公演 ≪三大協奏曲≫ (12月6日 Kitara )
  指揮: 下野竜也
  曲目: メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調(ヴァイオリン:成田達輝)
      ドヴォルザーク:チェロ協奏曲(チェロ:宮田大)
      チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番(ピアノ:辻井伸行)


 

Kitaraのクリスマス

 Kitara Christmas Concert はパイプオルガンが奏でる美しい旋律の曲で始まった。
ステ―ジの天井はクリスマス用の飾り付けがされて雰囲気を盛り上げていた。

 曲目は J.S.バッハ(デュリュフレ編曲):コラール「主よ、人の望みの喜びよ」
          オルガン/マリア・マグダレナ・カチョル
  バッハのコラールはKitaraではオルガン用編曲の演奏をよく聴くが、ピアノ用や管弦楽用編曲などでも親しまれている。
 以下、コンサートは広上淳一指揮札幌交響楽団による演奏。

  マスカー二:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より 間奏曲
 
 この間奏曲は柔らかな響きの美しい調べで名曲になっているが、今回はオルガンも加わって管弦楽を上回るような音がホールに響き渡り珍しい演奏となって印象深かった。

  ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番    ピアノ:清水 和音 
 清水和音は昨年7月デビュー30周年記念としてラフマニノフのピアノ協奏曲全曲を高関健指揮札響と協演した。第1番~第4番まで一気に演奏する離れ業を50歳になる前に実現させて聴衆を圧倒した。一緒に聴いた妻は終わって「疲れた」と一言。私は最後まで集中力が途切れず鑑賞できて忘れられない演奏会となった。一回の演奏会で続けて4曲もカバーするのは初めてで今後もそうあることではない。この演奏会にはピアニストの外山啓介も聴衆のなかにいた。 
 清水は札響とは縁があるのか2007年と2010年にもチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を協演している。

 彼がKitaraに初登場したのが2001年11月、小ホールでの「ベートーヴェン~ピアノ作品連続演奏会 第2回 清水和音」。第1回は2001年10月 園田高弘(故人)。とても良い企画のコンサートだと思ったがその後の演奏会を聴く機会を逃したのが残念であった。

 ラフマニノフの第2番は鐘の音のような雄大なピアノのソロで始まり、抒情味豊かでロマンティックな緩徐楽章は映画のテーマにもなった美しい旋律に溢れている。第3楽章の終わりはラフマニノフ自身のピアノの技巧を存分に発揮した壮麗な調べが響き渡る。ラフマニノフの音楽はチャイコフスキーに繋がるものがある。清水の得意とするロマンティシズムが漂う音楽が見事に表現されてこの上ない満足感を得られた。

 演奏後の司会者のインタヴューに応えて子供たちへのアドヴァイスとして「自分の好きなことを一生懸命やること」をすすめていた。清水自身はピアニストとして成功を収めたとはいえ必ずしも幸せな人生を送ってきたわけではないらしい。自分の好きなことを追求していれば違う面でもっと満足のいく結果を得る自信があるようなことを述べていた。

 広上淳一は指揮棒は使わず、指や手、腕を巧みに駆使して相変わらずダイナミックな指揮ぶりで、今回はすぐ近くのRA席から見ていたので顔の表情も含めて指揮の様子をたっぷり鑑賞できた。指揮者を観察するにはSS席よりP席やRA席の方が自分にとっては改めて都合が良いことを確認した次第である。
 
 広上と清水は大の親友だそうだが、司会者に広上のことを訊かれて、清水は「指揮台にいる時の広上は最高!」と答えた時には思わず会場に笑いが起こった。独奏者と指揮者の関係で「打ち合わせと違うことが本番で起こるから音楽は楽しい」と言ったピアニストの言葉にも含蓄があった。

 休憩後のプログラムは
  バーンスタイン:「ウエスト・サイド・ストーリー」よりシンフォニック・ダンス 
 前日のブログにも書いたが、この作品はバーンスタインの代表作。彼が学生時代に作曲したニューヨークの当時の若者の姿の一面を生々しく描いている。新しい音楽のジャンルとしても画期的なものである。
 広上は自分の持つ個性的な指揮ぶりを存分に発揮して見せた。時には自らダンスを楽しむしぐさを見せたり、聴衆に顔を向けて「マンボ」と一緒に歌うように仕向けたりして極めてドラマティックな指揮ぶりであった。ウインド・オーケストラでは演奏が難しい曲も取り上げ、やはりオーケストラならではの感動的な演奏となったのである。

 最後のプログラムは アンダーソン: そりすべり
              クリスマス・フェスティバル 
 フィナーレとしてクリスマスを彩る名曲がいろいろ入った曲が綴られ、一番最後にオルガンも加わって
素晴らしいフィナーレ!
 
 「きよしこの夜」を満席に近かった聴衆の合唱で幕を閉じた。

 私は「クリスマス・オルガン・コンサート」を聴きに来ることの方が多く、「Kitaraのクリスマス」は2010年以来だが、今日は久しぶりに楽しいクリスマス・コンサートになった。帰り道も軽やかな足取りで家路についた。

                

 
  




  

バーンスタインの"West Side Story"の裏話

 バーンスタインの"West Side Story" は彼が作曲した中で最も有名な曲になっている。
1990年にスタートしたPacific Music FestivalでもPMFオーケストラが
「ウエストサイド・ストーリー」から≪シンフォニック・ダンス≫を演奏した。
2008年のPMFはバーンスタインの生誕90年にあたり、Gala Concert celebrating the 90th anniversary of the birth of Maestro Leonard Bernstein が開催された。 「オール・バーンスタイン・プログラム」で 'Symphonic Dances' from "West Side Story"も演奏されたのは記憶に新しい。

 去る9月10日の札幌公演でもシェナ・ウインド・オーケストラが「ウエストサイド・ストーリー」から≪シンフォニック・ダンス≫を演奏した。
 この時のブログで、私は「バーンスタインが曲を作った当初の題名は《イーストサイド・ストーリー》であったことを知っている人は何人いるでしょうか」と書きました。

 機会があれば新たなブログで書いてみようと思っていたのです。
たまたま明日23日の"Kitara のクリスマス"での演奏曲目に入っていたのでこのタイミングにしました。

 2008年にバーンスタインの伝記を読みました。500ページ以上の分厚い本でバーンスタインの身近にいた人の書物でしたが、残念なことに著者の名前を覚えていません。
 彼の本によるとバーンスタインは19歳~20歳の時に"East Side Story"という曲を作りましたが、話題にはならなかった。それから20年ぐらい経ってから、ブロードウェイでミュージカルとして上演されることになりました。ブロードウェイでの初演は1957年でバーンスタインが39歳の時でした。
 
 当時はニューヨークのマンハッタンのイーストサイドと呼ばれていた地域は1945年以降に国連ビルが建つなどして都市開発が行われて周囲の環境が20年前とは様変わりしていた。(私も1967年にニュ―ヨークに1週間滞在していたのでこの本に書かれている事情は直ちに理解できました。)
 そんなわけで舞台状況に合うウエストサイドの地域がバーンスタインが作曲しようとした場面にピッタリということで、ミュージカルの題名が"West Side Story"に変えられたそうです。

 この事実を知った時に「これ本当の話?」と疑って読み返したのを覚えています。1967年当時はイーストサイドはイタリア系やプエルトリコ系の貧しいアメリカ人が住む地域ではなくなっていたのです。ハドソン川沿いのウエストサイドは依然としてあちこちに古いビルがあってミュージカルや映画(1961年、ジョージ・チャキリス主演)の場面に合う状況でした。

 尚、バーンスタインは1960年にミュージカル中のいくつかの曲を集めて編曲してオーケストラのための演奏会組曲「ウエストサイド・ストーリー」からの≪シンフォニック・ダンス≫を作りました。この曲がしばしばオーケストラのレパートリーとして演奏されているのです。
 

鮫島有美子(ソプラノ)/ 愛の讃歌~岩谷時子の世界~

 今夜はソプラノ歌手、鮫島有美子のコンサート。

 1990年1月に北海道厚生年金会館で行われたニュー・イヤー・コンサートで鮫島はウイーン・フォルクス・オパーのメンバーと協演。レハールの「メリー・ウィドウ」より≪ウイリアの歌≫、J,シュトラウスⅡ世の「ウイーン気質」より≪酒・女・歌≫、≪ハンガリー万歳≫などを歌い、アンサンブルが≪メリー・ウイドウ「序曲」≫などを演奏。
ウイーンで毎年正月に開かれていて風物詩となっているニュー・イヤー・コンサートを札幌市民にその香りを届けてくれました。
 
 1991年2月には夫君のヘルムート・ドイチェ(Helmut Deutsch)(ピアノ・指揮)が卒いるヴィルトオーゾ・カンマ―・アンサンブル・ジャパンと協演。 《美しき日本の歌》を札幌市民会館で披露した。

 札幌にはその後何回も訪れているが、私が彼女の歌声を聴くのは多分20年ぶりでKitaraでは初めてになる。
 
 鮫島有美子は東京芸大を卒業した後ベルリン音楽大学に留学。ドイツの歌劇場の専属歌手として活躍。
1990年の紅白歌合戦に出場。ウイーン在住で、90年代には日本で頻繁にコンサートを開催。最近ではオペラ≪夕鶴≫などオペラへの出演やリサイタル・ツアーの他、宮川彬良とのコラボレーションなど活動の幅を広げている。日本の歌の良さを広める活動が特に目立つ。

 今夜のコンサートのタイトルは 愛の讃歌岩谷時子の世界
 
 クラシックの枠に囚われない構成・演出で普段のコンサートとは違っていた。 ピアノ、ベース、アコーディオン、パーカッションと3名のコーラスの編成。
ザ・ピーナッツの「ウナ・セラデイ・東京」、「恋のバカンス」は学生時代にヒットした曲で懐かしかったし、ピンキーとキラーズの「恋の季節」は当時とほぼ同じ振付で歌って面白かった。岸洋子の「夜明けの歌」の歌唱力は流石だった。 
 
 プログラムの前半は岩谷時子作詞のヒット曲でポップスが中心だったが、元歌を歌った歌手のイメージが強すぎるせいか、原曲の歌手の歌がベストという感じは否めなかった。これはテレビでたまに聴く歌謡曲についてもいつも持つ印象である。

 プログラムの後半はシャンソンを岩谷時子訳で越路吹雪が歌った曲で構成された。鮫島はシャンソンもかなり歌い込んでいる様子で、シャンソンの雰囲気がとてもよく出ていた。しかし、越路のあの圧倒的な声量には及ばないと思った。後半の最初に岩谷時子作詞・宮川彬良作曲の「眠られぬ夜の長恨歌」は作詞者の慟哭が聴く者の心に響き、作曲家がピアノ演奏で伝える迫力に心を揺さぶられた。今日一番の収穫。

 アンコールに今日のコンサートのタイトルになった≪愛の讃歌≫(Hymne a l'amour)。

 
 私が通うコンサートはクラシックだが音楽は日本の歌謡曲も含めてジャズやロックも一応聞きはする。ポール・アンカ、ニール・セダカ、アンディ・ウイリアムズ、ドリス・デイなど当時の歌手名や曲の一部が頭に浮かんでくる時もある。好んで聴くことはしないが今では名曲になったビートルズのCDは持っていて、たまに"Yesterday"を聴くと名曲だと思って口ずさむこともある。

 かっては会合などでフランク永井の「君恋し」をアカペラで歌って十八番にしていたこともあったが、現在スナックのカラオケで歌う曲は美川憲一の「柳ケ瀬ブルース」や千昌夫の「夕焼け雲」である。といってもここ暫くは歌うことはめったにない。
 
 



2012年のコンサートを振り返って

 2012年も間もなく幕を閉じる時期になりました。
12月前半にブーニン、五嶋龍、オピッツ、読売日響三大協奏曲・三大交響曲、ベルリン古楽、札響定期と続いて今はチョット一息ついたところ。今年のボランティア活動も終わって何となくホッとした気持ち。まだコンサートは3回あるが、いずれも気持ちを楽にしてゆったりとした気分で楽しむコンサートばかり。

 札幌コンサートホールKitaraが出来てから月に平均4回は通っていたが、たまたま5年前に回数を数えてみたら年間60回以上コンサートに通っていた。
 2012年は80回になる。今年がピークで多分来年から少しずつ減っていくだろう。経済的にも体力的にも続かなくなりそうだ。クラシック音楽が最大の趣味だが映画も年に40本ほど見る。歌舞伎、狂言、能などの日本の伝統芸能も年に1回は鑑賞する。スポーツも好きなのだが、厚別競技場や札幌ドームに通う回数が極端に減ってしまった。今年は一度もドームに足を運ばなかった。スポーツ観戦はもっぱらテレビになってしまった。

 私も後1・2年で後期高齢者になるが、今年はKitaraにコンサートを聴きに来る人の高齢化が急激に進んだ感じがした。杖を利用したり、見るからに歩く速度が遅い人が増えたようです。観察の角度を変えれば、不自由であっても外に出て楽しむ機会を持っていると思えばいいのでしょう。配偶者(大部分は夫)を支える人の姿を目にすると微笑ましい場面もあります。

 とにかく、何をするにも健康が第一であることを痛感して余生を過ごしたいと思う昨今です。

80回のコンサートの内容 
 オーケストラ 40回 (ピアノ協奏曲 10回、ヴァイオリン協奏曲 9回、ヴォーカル 3回
                ヴィオラ・チェロ・クラリネット各2回、ホルン・チューバ各1回
                の共演を含む)
 ピアノ・リサイタル 19回
 室内楽演奏会、ソプラノ・テノール等独唱会 各5回
 オルガン・リサイタル、ヴァイオリン・リサイタル 各4回
 オペラ  2回
 ギター・リサイタル 1回

第555回札幌交響楽団定期演奏会

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 いつもは昼公演を聴いているが今回は振替えで昨日の夜公演を聴いた

 アレクサンダー・シェリー(Alexander Shelly)という指揮者の名は聞いたことがなかったのでWikipediaで検索してみた。当初ロストロポーヴィチやシュタルケルのマスタークラスを受けるくらいのチェリストで、2003年のValery Gergiev が卒いるWorld Orchestra for Peaceのメンバーとしてツアーで活躍していた履歴を持つ。
 2005年の第8回リーズ指揮者コンクールで優勝してその才能を高く評価され、フィルハーモニア管やバーミンガム市響などで客演。20代後半でヨーロッパの数多くの一流オーケストラで客演指揮者として活躍。特に私の目を引いたのは来年11月パーヴォ・ヤルヴィ指揮で来札するドイツ・カンマ―フィルハーモニー・ブレーメンとの客演である。2009~12年の客演活動を見ると今迄、日本で知られていないのが不思議なくらいである。
 ヨーロッパだけでなくアジア、オーストラリア、南米、北米での幅広い活躍ぶりが目立つ。2012~13年はライプツィヒ・ゲバントハウス管、ベルリン・ドイツ響、オランダ放送フィル管など世界でもメジャーとされるオーケストラと共演。17年までドイツ・ニュルンベルク響の首席指揮者。
 
 今回の札響出演が初来日。
彼が選んだ曲目は パリー:ブラームスに寄せる哀歌
         ニールセン:クラリネット協奏曲
         ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調

 札響が初演となる珍しい曲が2曲。 私は素人なのでパリ―という作曲家の名は聞いたことがなかった。
ブラームスが亡くなった1897年に作曲された文字通り「ブラームスを哀悼するエレジー」。
 
 ニールセンはデンマークが生んだ最も有名な作曲家。2007年10月にアマチュアの北海道交響楽団が定期演奏会でニールセンの交響曲第4番≪不滅≫を演奏した。アマが定演で取り上げる曲として珍しく演奏の出来もよかったので印象に残っている。
 クラリネット奏者のセバスチャン・マンツ(Sebastian Manz)は2008年、22歳でミュンヘン国際コンクール・クラリネット部門で40年間第1位なしの大会で優勝。10~11年シュトゥットガルト放送響ソロ・クラリネット奏者に就任。ソリストとしてミュンヘン・フィル、ドレスデン・フィル、ニュルンベルク響と協演。
11月29日から12月16日までの日本公演では札響のほか広島響、ロータス・カルテットと共演、リサイタルなど9公演を行う。
 ≪クラリネット協奏曲≫は弦楽器の他にはファゴット2本、ホルン2本と小太鼓だけという極めて珍しい楽器編成。 
コントラバスとヴィオラの超低音の重い響きで曲が始まったのが印象的であった。
その後クラリネットがオーケストラをバックにソロで自由自在に驚くほどの超絶技巧で聴衆を魅了。
マンツが40年間第1位が出なかったミュンヘン国際コンクールのクラリネット部門で優勝を果たしたことが解ったような気がした。師のザビーネ・マイヤー(Sabine Meyer)を凌ぐほどのテクニックには驚嘆。
 ストルツマン(Richard Stolzman)やシュミ―ドル(Peter Schmidle)を越えるクラリネット奏者に成長することが期待できる人材ではないかと思った。
 アンコールに応えてストラヴィンスキーの「クラリネットのための小品」から第1・第2楽章。日本語で懸命に紹介しようとする姿勢に好感を持った。

 ≪ブラームスの交響曲第1番≫は着想から完成まで20年も費やしたことでも知られる。古典の価値を尊重して伝統を重んじ、ベートーヴェンの遺産を受け継いで発展させるために時間を要した大曲と言える。私はホルンの響きがこだまする美しい旋律が入る第4楽章が大好きである。 ベートーヴェンの第九の「歓喜の歌」との類似性のある賛歌風の調べ{第1主題}、ヴァイオリンのしなやかな旋律{第2主題}、第1主題と第2主題の再現と融合が心地よく心に響く。
 
 シェリーは長身で端正な顔立ちで格好良く、指揮ぶりは派手ではない。長めの指揮棒を柔らかい身のこなしで振り、無理のない体の動き。もう少し力を注いでも良いのではという感じも受けた。2階正面後方の席で彼の顔の表情が読み取れないのが心残りであった。

 指揮者に関心が強い場合にはP席を選ぶことが多いので、今回はP席かRA席にすればよかったと思った。指揮者の情報を得たのがコンサートの前日だったので残念なことをした。 

 今回の尾高音楽監督の起用でシェリーが第2のエリシュカになるかもと一瞬思ったが、いずれにしても日本の音楽界に英国の新鋭指揮者を紹介する機会にはなったと期待する。彼は33歳とまだ若いので数年後に日本で話題になる指揮者になる予感はする。



 



 

ベルリン古楽アカデミー・オーケストラ (Akademie fur Alte Musik Berlin)2012

ベルリン古楽アカデミー・オーケストラは、Kitaraワールドオーケストラ&オペラシリーズとして2010年2月に続き今回は2回目のKitara出演である。

 札幌コンサートホールKitara は今年開館15周年を迎えたが、開館以来、主催公演に古楽のコンサートを取り入れ独自性を出してきた。
 
 ベルリン古楽アカデミー・オーケストラは1982年、旧東ベルリンのさまざまなオーケストラの若い団員によって古楽専門のオーケストラとして創立されて30年。ドイツ統一後にはヨーロッパ各地で定期的に公演し、今では世界の国々で公演活動を行っている。

 前回の札幌公演では「≪ブランデンブルク協奏曲≫全曲演奏会」を開催して注目を浴びた。2000年の日蘭交流400年オランダ・イヤーとバッハ没後250年を記念して、トン・コープマン(指揮・チェンバロ)とアムステルダム・バロック管弦楽団による「ブランデンブルク協奏曲」全曲演奏会が開かれたが、それ以来となる画期的なコンサートであった。

2012年1月にはフライブルク・バロック・オーケストラがJ.S.バッハの「管弦楽組曲」全曲演奏会があった。全曲演奏会はそんなに簡単には聴く機会がないのでこれらのコンサートは特に記憶に残る。

 今回のベルリン古楽アカデミー(メンバー13名のうち数名は若手)のプログラムは後期バロック時代の3人の作曲家の曲からなる。
 
テレマン:組曲「ミュゼット」
       4つのヴァイオリンのための協奏曲
ヴィヴァルディ:協奏曲第11番 RV565 (合奏協奏曲集「調和の霊感」より)  
J.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 BWV1041
         チェンバロ協奏曲 第5番 BWV1056
         2つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV1043

 バッハとヴィヴァルディは有名で誰でも知っているが、テレマンは余り知られていない。私もエマニュエル・パユのフルート・リサイタルの曲で初めてその名を記憶しているだけである。
 テレマンは生前はバッハより高い名声を得ていたそうである。組曲はフランス、イタリア、ドイツの舞曲を集めた曲。 ヴァイオリン曲は4本のヴァイオリンだけで演奏される珍しい編成で軽快な曲。
テレマンの曲の印象は快活で軽快だが,バッハのと比べると単調な感じ。

 ヴィヴァルディの作品は「四季」が最も有名であるが、本日の協奏曲はヴァイオリンとチェロのための協奏曲。華麗で鮮やかな独奏パートと弦楽合奏との協奏は曲を惹きたてた。

 バッハの≪ヴァイオリン協奏曲第1番≫はヴィヴァルディの協奏曲に似た雰囲気の曲。力強い総奏で始まり、独奏が快活なリズムに乗り合奏と交互に現れる。独奏が哀愁を帯びた旋律を歌いあげたり、総奏が明るい気分を奏でたりして曲が変化に富む。
 バッハのチェンバロ協奏曲は8曲あるが、すべてが旧作のいろいろな楽器のための協奏曲からの編曲。バッハは現在でいう公務員の職に就いていて、当時は他の音楽活動でも忙しく新しい曲を作る暇がなかったらしい。「チェンバロ協奏曲第5番」は若い頃に書いたヴァイオリン協奏曲が原曲と言われる。
 鍵盤楽器のピアノで演奏される際には「ピアノ協奏曲」として現在は演奏されている。私はLPでこの「ピアノ協奏曲第5番」を持っていたのに今夜気が付いた。ペラィアから「バッハのピアノ協奏曲第1・2・4番」CDにサインを貰ったエピソードは先日のブログNo.42でも書いた。
 ≪2つのヴァイオリンのための協奏曲≫も演奏される機会の多い曲。2台のヴァイオリンが対話するかのように優美でロマンティックな旋律を奏でる。第3楽章では活気に満ち、溌剌とした気分で徐々に高揚し、最後はクライマックスを全合奏でフィナーレ。
 久しぶりにバロック音楽を堪能した。

 ヴィヴァルディの代表作「調和の霊感」からバッハは多くを学んだといわれる。独奏と合奏が交互に現れる形式を取り入れて、バッハ独自の優れた技法で曲を豊かにしている。協奏でなく競奏がバロック時代のコンチェルトの意味だというのが、ヴィヴァルディの影響を受けて沢山の名曲を生み出したバッハの音楽を聴くと、この二字の語の違いがよく理解できる。

 Kitaraワールドオーケストラ&オペラシリーズは2012-13は4回実施される。今シーズンはPremium Ticket 2012を購入した。それぞれS席の単券を購入するより高額なのですが、いろいろな特典がついていて、私が一番魅力を感じて購入した理由は各公演でCD or DVDをプレゼントされることです。今までカラス出演の「トスカ」の全曲」CD, 2010年パリのサル・プレイエルでのMARINSKY Tchaikovsky Symphonies Nos 4,5&6 VALERY GERGIEV のDVDをプレゼントされました。とても利用価値の高いものです。
 最終回になる来年2月のサロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団のコンサートもプレゼントと共に楽しみ。
 
 今回はベルリン古楽オーケストラ演奏のCDが予想通りにプレゼントされたのですが、作品が意外でした。中身を見るとジャケットがドイツ語で書かれていてフリードリッヒ大王のCDかなと一瞬思ったのですが、よく見ると裏に英文も出ていました。今年はフリードリッヒ大王の生誕300年に当り、大王の政治・軍事面の威光が歴史に名を残しているが、大王の住む宮廷で多くの音楽が作られ大王自身がフルーティストでフルート・ソナタを作曲するほど音楽の才能にも恵まれていた。宮廷が18世紀のベルリンの音楽の中心になって音楽の発展に寄与していたことがうかがえる。CDには5曲入っているが、作曲家で名が判るのはフリードリッヒ大王とJ.S.バッハの弟カール・フィリップ・エマニュエル・バッハだけである。後程ゆっくり聴いてみたいと思う。







 



読売日本交響楽団 創立50周年記念事業《三大交響曲》 in 札幌 第2夜

 読売日本交響楽団は1962年4月に創設され2012年で50周年を迎えた。創立30周年の折には札幌と旭川でも特別演奏会が開かれた。小林研一郎指揮で演奏曲目はグリンカの《歌劇「ルスランとリュドミーラ」序曲》、ベートーヴェンの《交響曲第3番「英雄」》と堀米ゆず子がソリストを務めたチャイコフスキー《ヴァイオリン協奏曲》。
(ヴァイオリニスト堀米ゆず子は去る8月、ドイツのフランクフルト空港で愛器のグァルネリ・デル・ジェズを税関に押収された事件で記憶している人も多いと思う。愛器は10月中旬にはベルギーの自宅に無事に戻った。)

 読売日響は比較的に新しいオーケストラである。日本では1911年創設の「東京フィルハーモニー交響楽団」が1番古い。NHK交響楽団の創設は1926年である。他のオ―ケストラは戦後の創設で、群馬(1945)、東京(1946)、大阪フィル(1947)、九州(1953)、京都市(1956)、日本フィル(1956)、札幌(1961)などである。
 
 ちなみに世界最古のオーケストラは1548年創立のドイツの「シュターツカペレ・ドレスデン」(=ドレスデン国立歌劇場管弦楽団)。「ライプツィヒ・ゲバントハウス管弦楽団」は1743年。「ウィ―ン・フィル」は1842年。「ベルリン・フィル」は1882年。「ロイヤル・コンセルトへボウ」は1888年。歴史の浅いアメリカでも「ニューヨーク・フィル」は1842年。ボストン(1888)、シカゴ(1891)、フィラデルフィア(1900)などオーケストラは古い歴史を持っている。
 逆に短い年月のうちに日本がオーケストラ、コンサートホールや音楽家の側面では西欧に追いついて今日のレヴェルに達したのは驚嘆すべきことなのだろう。あとはフィルハーモニー(音楽愛好)の心が国民の間に広まっていく課題が残されている。
 
 前置きがいつものように長くなった。

今日は第2夜三大交響曲の公演。昨日は協奏曲ばかり3曲で指揮の下野はソリストの引き立て役に徹した。

 今日のプログラムは ドヴォルザーク:交響曲第9番 ≪新世界から≫
           シューベルト:交響曲第7番 ≪未完成≫
           ベートーヴェン:交響曲第5番 ≪運命≫

 3曲とも交響曲の超定番。特に≪運命≫と≪未完成≫は50数年前からクラシック音楽を聴き始めた時の自分の原点と言える曲。私は音楽は大好きでも讀譜力が無いが、この2曲は何百回も聴いているので、音を"produce" できなくても"recognize"できるぐらい親しんでいる交響曲である。
 
 最初の曲≪新世界から≫はチェコ、スロヴァキア、ハンガリーなどの東欧のオーケストラが来札した際の公演の曲目になり、日本のオーケストラも演奏する機会が断然多い。ドヴォルザークが自由の国アメリカに入国する際の期待感は下野のドラマティックな指揮ぶりで印象づけられる。 第2楽章でのイングりッシュ・ホルンのノスタルジックな旋律は日本人の心に奥深く響き渡る。第3、4楽章のボヘミアの民族舞曲風の旋律はドヴォルザークの故郷に想いを馳せる心が伝わる。第4楽章は第1・2・3楽章の主題も再現され力強いフィナーレ。
下野竜也はメリハリの利いた動きで指揮者の意向が楽団員にも観客にも伝わりやすい指揮ぶり。

 シューベルトの「未完成」は元8番としてよく聴いたが、最近では現8番の「ザ・グレイト」の方が聴く機会が多い。≪未完成≫は久しぶりに懐かしい想いで聴いたが、やはり名曲である。ロマンティックな気分に浸った。下野の指揮も軽やかな曲の流れに合わせて無駄な体の動きがない。
 
 「ジャジャジャジャ―ン」と言えば誰でも判るほど知られた曲の出だしで始まる≪運命≫。苦悩を通して歓喜に至るまでの人間の姿は感動的である。ベートーヴェンは凄いと再認識させられる。下野のタクトを使っての巧みな手や腕の動きがよく見える席で集中力を保って曲を鑑賞できた。曲が終わった瞬間に満足感が体中に広がった。
 
 私は演奏会がある場合はその日の演奏曲目をCDで聴いてから出かけるのを習慣にしているが、今回は忙しかったのと、超定番の曲ばかりということもあって、全然聴かないで出かけた。結果的に、そのことが期待以上に定番の曲に新鮮さを感じ取れて感動できたのかなと思う。

 最後に、読響月刊オーケストラ12月号掲載の楽団員名簿を20年前と比較すると、約80名中25名の名前が一致した。およそ3分の1の団員が残って読響の伝統ある音を引き継いでいるのではないかと推測した次第である。
  
 下野竜也は2013年4月からシルヴァン・カンブルランの後を継いで読売日本交響楽団首席指揮者に就任予定。今後の読売交響楽団の更なる発展を祈りたい。





 

読売日本交響楽団 創立50周年記念事業《三大協奏曲》 in 札幌

 今日12月6日と明日12月7日に読売日本交響楽団創立50周年記念事業としてもっとクラシックを《三大交響曲》&《三大協奏曲》連続公演 in 札幌が開幕。

 読売日響はたびたび北海道公演を行っているが、私は92年・93年・99年の小林研一郎指揮と 04年沼尻竜典指揮のコンサート以来になる。

 6日は第1夜として三大協奏曲 指揮は下野竜也
下野竜也は06年読売日響正指揮者に就任して以降、目覚ましい活躍ぶりで日本の指揮界のトップに躍り出た。若手指揮者の中でも群を抜く存在で今や中堅として国内のオーケストラの客演も多いが、09年にはチェコ・フィルに客演するなど海外でも活躍の場を広げている。
 
今日のプログラムは メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調
           ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調
           チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調
 
 ヴァイオリンの成田達輝は15歳で東京音楽コンクール優勝、2010年ロン=ティボ―国際コンクール第2位、12年エリザベ-ト王妃国際コンクール第2位と輝かしい実績を上げている。札幌出身ということで更に親近感が湧く期待の星である。

 メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は三大ヴァイオリン協奏曲の一つで、幸福感に溢れた伸びやかな曲を若手が弾くと一層輝やかしさが増す。成田達輝は長身で格好よくて、ステージでの動作も華がある。度胸もあって鮮やかな演奏であったが、演奏終了後コンサートマスターに感謝の意を表す握手を求めなかったのは緊張して上がっていたのだろうと思った。

 *ベートーヴェンやブラームスの場合は必ずしも「二長調」と付け加えなくてもよいが、メンデルスゾーンの場合は必ず「ホ短調」と示すのはメンデルスゾーンは「ニ短調」の作品もあるからです。

 チェロの宮田大は2009年ロストロボーヴィチ国際コンクールで日本人として初の優勝。小沢征爾が体調が充分でなく公演キャンセルを余儀なくされる状況で、水戸室内管弦樂団の定期演奏会では小澤が無理を押してタクトを振ったほど、宮田大は世界での活躍が期待される日本の逸材である。その演奏会の模様がNHKのEテレで放送されて全国的にも話題となった。
 
 ドヴォルザークの≪チェロ協奏曲≫はアメリカ滞在中に曲の大部分が作られたが、故国ボヘミアへの想いや情熱に満ち溢れた作品であり、最も有名なチェロ協奏曲として知られる。
 宮田大の奏でるチェロ特有の極めて美しい旋律がKitaraのホールに朗々と響き渡る瞬間は今迄に経験したことのないほどの至福の時であった。S席の1階中央の席で聴いたこともあって音響が一層素晴らしく、ソリストの表情の変化も手に取るように見れたこともあって感無量だった。演奏後の聴衆の反応も凄かった。皆が感動している様子が互いに伝わってきた。


 辻井伸行は今や知らない人がいない程の有名人で近頃のコンサートはチケットがすぐ完売になる人気者である。私が初めて辻井伸行のコンサートを聴いたのは08年2月であった。
 ヴァイオリニスト五嶋龍と同じ年齢で境遇は違うがテレビの特別番組で注目を浴び、07年12月末から08年3月始めにかけて「デビューアルバム発売記念辻井伸行ピアノ・リサイタル」として全国ツアーを行った。その時はショパンの≪幻想曲≫、≪子守歌≫、≪舟歌≫、≪スケルツォ第2番≫、ベートーヴェンの≪月光≫, ≪熱情≫、ラヴェルの≪水の戯れ≫、リストの≪ハンガリー狂詩曲第2番≫や辻井の自作の曲を披露して即興演奏も試みた。幅広いレパートリーで将来性のあるピアニストの印象を受けた。

 09年6月ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール優勝の後の日本での爆発的な人気は述べるまでもない。09年10年札幌でのリサイタルでは、ベートーヴェンの≪悲愴≫、≪熱情≫やショパンの≪バラード第1番≫、≪アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ≫などを演奏して満席の客の期待に応えた。

 辻井伸行日本ツアー2011~12では12年1月に札幌公演を行ない、モーツァルトの≪きらきら星変奏曲≫、≪ピアノ・ソナタ第10番≫、ベートーヴェンの≪テンペスト≫、≪ワルトシュタイン≫を演奏してレパートリーを更に広げた。

 今日の辻井は休憩後のプログラムの後半に満を持して登場したが、時間は20時40分頃になっていた。
チャイコフスキーの≪ピアノ協奏曲第1番≫はピアノ曲の中でも特にポピュラーな作品である。雄大で豪壮な旋律で始まりウクライナ民謡の抒情的な曲風も表れ、舞曲風の活発さと優美なメロディのコントラストは魅力的で壮大なフィナーレで終わった。私自身は残念なことに集中力が途切れてしまい、聴き慣れた曲や演奏者への慣れがあったのか最初から最後までコンセントレーションが維持できなかった。

 辻井の演奏に聴衆から万雷の拍手が贈られ、彼は何度もステージに登場して感謝の礼を重ねた。
最後に若いソリスト3人が勢揃いしてステージに現れ、拍手と歓声がしばらく止まなかった。

ゲルハルト・オピッツ ピアノ・リサイタル

 今年の12月の前半は私の気に入りのコンサートが続く。1日~7日までの1週間で5日間Kitaraに通うことになる。今日はオピッツが4年ぶりに札幌を訪れる。
 
 ゲルハルト・オピッツ(Gerhard Oppitz)は第2次世界大戦後に芸術家を目指す環境が無くなった国で、戦後生まれのドイツ・ピアノ界の巨匠と言われる。ウイルヘルム・ケンプからベートーヴェンの曲について学び、ケンプの後継と呼ばれる存在になった。

 2008年12月に開いたKitaraでのリサイタルではベートーヴェンの4大ピアノ・ソナタとして「悲愴」、「月光」、「テンペスト」と「熱情」を弾いた。オピッツは2005年~08年にわたり、ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ」全曲演奏会を東京で企画して大成功を収めた。このベートーヴェン・チクルスの企画が大きな反響を呼び、日本ツアーの開催にも繋がったのではないだろうか。満席に近い客の入りだったと記憶しているが、私は3階の中央の席から鑑賞した。音も良く響き、手の動きも観察できて、何度も聴き慣れた曲に満足して聴き入った。

 今日は4年ぶりのオピッツのリサイタルで、プログラムの前半は、シューマン:子供の情景 作品15、
シューベルト:即興曲集 作品142、D935
 
 30曲のピアノ小品から13曲を選んでまとめられたのが「子供の情景」である。クララへの手紙によると、当初は12曲で構成される予定であったが、追加された1曲が《トロイメライ》だそうである。13曲の中で最も有名な曲として親しまれ、子供の夢がいっぱい詰まった可愛い曲でヴァイオリン等いろんな楽器用に編曲されている。自分の子供時代を思い出したり、シューマンとクララの穏やかで幸せな瞬間に想いを馳せたりしながら聴いた。

 シューベルトの「4つの即興曲」は素朴で、独特のリズムのある軽快な旋律があちこちに出てくる。詩情豊かな即興性のある曲で聴いていて軽やかな気分になった。

 後半は、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第8番「悲愴」、
                ピアノ・ソナタ 第23番「熱情」。

 「悲愴」はパセティックな重々しい調べの後に苦悩に満ちた表情も見られるが、第3楽章では「悲愴」とは言ってもリズムの美しい哀感に満ちた旋律が溢れ出る。「熱情」は情熱的で激しい感情の吐露、生々しい高揚感が迫力のある演奏で表現される。
 オピッツの圧倒的な存在感が際立ったベートーヴェンの演奏に聴衆も魅了された。
 
 4年前のコンサートではアンコール曲はなかったが、今夜はアンコールに応えて1曲演奏してくれた。
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第17番≪テンペスト≫第3楽章

 今回は3階やP席を売り出さず2階席も空席が目立ったが、オピッツ・ファンの皆が最後には彼の演奏に酔いしれた。
 オピッツは12月2日に大阪のザ・シンフォニーホールで4年前の札幌と同じベートーヴェンの4大ソナタ、12月12日と27日に東京のオペラシティ・コンサートホールで≪シューベルト連続演奏会≫第5回と第6回を各々別のプログラムで開催する。15日にはソリストとして東京都交響楽団と共演する。[音楽の友のコンサート・ガイドによる]
 まだ還暦前とは言え、彼のエネルギッシュな活動には敬服する。 

追記: 日本のピアニスト近藤嘉宏はドイツ留学中、ミュンヘン国立音楽大学でオピッツに師事していた。彼は日本デビューを果たす前にミュンヘン交響楽団と共演している。         

五嶋 龍 ヴァイオリン・リサイタル 2012 札幌公演

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 画像は2006年6月27日札幌公演の直後の7月東京公演の際にサントリーホールで録音されて発売されたCDのジャケットである。収録曲はツアーで演奏されたプログラムと同じだったので、当日の興奮を時々思い起こしながら聴く機会があるライヴCDである。当日のプログラムはイザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番、R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ、ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番、武満 徹:悲歌、ラヴェル:ツィガーヌ。アンコール曲はサラサーテ:ツゴイネルワイゼンでCDにも入っていた。

 五嶋龍は7歳の時にPMFで佐渡裕指揮PMFオーケストラと共演してデビュー。テレビのドキュメント番組で10年もの間その後の活躍ぶりが報道され五嶋みどりの弟としても一層注目の的になっていた。
 満を持してのコンサート・ツアーが始まり、当時はチケットも手に入りにくい状況になっていた。たまたま私のワイフがパソコンでイープラスを通してチケットを手に入れた。発売早々各地で売り切れとなっていた。演奏会当日は満席でコンサートが盛り上がる雰囲気が整っていた。会場で買い求めたプログラムも五嶋龍の人となりを知る上でも興味深いものであった。人々が期待した通りの活気に満ち溢れたコンサートになった。

 あの日から6年という時間が経過した。その間、彼はハーバード大学で学業と演奏活動を見事に両立させてきた。学業も抜群で並みの文武両道という表現では表せない程の天才ぶりだが、彼は自分自身を努力家と分析している。

 2012年ジャパン・ツアーも全国12公演であるが、今回の札幌公演も全席完売。
昨日のブーニンのリサイタルの客入りは6割程度。安い席は満席状態だったが高額の2階席後方のCBやRB,LBはガラガラ。それでもKitara のホールはステージを囲むアリーナ型なのでそれほど空席が目立つ状況ではなかった。17時開演という不便な時間帯や12月2.6・7日の全席完売の公演の影響もあったかも知れない。
とにかく、聴衆も演奏者と共にコンサートの成功の鍵をある程度握っているので、客の入りはコンサートの盛り上がりと関係があると思っている。そんな訳でエントランスホールで全席完売と知って先ずは安心した次第。

 今日の曲目はプロコフィエフ: ヴァイオリン・ソナタ第1番
          パガニーニ:「うつろな心」による序奏と変奏曲
          ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第2番
          ラヴェル:ツィガーヌ

 いわゆるポピュラーな曲はラヴェルだけ。
 パガニーニの曲はヴァイオリン独奏のための無伴奏の曲で、パガニーニがヴァイオリンを自由自在に操って表現する極めて技巧のいる曲をRyuは軽々と楽しそうに演奏。ジャズやロックも楽しむ彼らしい演奏。他のヴァイオリニストには演奏できそうにもない表現力で聴衆の心を掴んだ。
 プロコフィエフはベートーヴェンと対照的な曲風でその組み合わせが面白いと思った。
 ラヴェルの「ツィガーヌ」はジプシーを意味するタイトルで超絶技巧を要する弾き方で最後を締めくくった。6年前の演奏より技巧度が凄みを増して強烈な印象を与えられた。
  
 ピアノは前回と同じピアニストでマイケル・ドゥセク(Michael Dussek)。
 五嶋龍はアンコールに3曲もサービスして満員の聴衆の期待に応えてくれた。3曲とも親しまれている曲でマスネ:「タイスの瞑想曲」、ヴィエ二ヤフスキ:「モスクワの思い出」、クライスラー:「美しきロスマリン」。
 3曲目の演奏前に RYU GOTO は日本語で「こんにちは!今日はご来聴本当に有難うございました」と大変元気な溌剌とした挨拶をしたが、これも印象的であった。
 大学を卒業したので今後は公演回数も増えそうである。来年4月にロリン・マゼール指揮のミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団との札幌公演が予定され、そのチケットも既に購入している。マゼールの申し出で、Ryuが7歳の時にPMFで弾いた「パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番」と曲も決まっている。今からワクワク!!!














 

スタニスラフ・ブーニン ピアノ・リサイタル 「幻想」

 1989年1月7日が私が初めてブーニンのリサイタルを聴いた日であった。その日は昭和天皇が逝去した日で、中止になるかも知れないと思って主催者に電話をして確認をしてから会場の旧北海道厚生年金会館に出かけた。

 演奏会に先立って当日の「プログラムの最初にショパンのソナタ第2番の第3楽章《 葬送行進曲》が演奏されるので終了後に拍手をしないでください」との放送があった。満席の聴衆は厳粛な気持ちで曲に身を投じ天皇の冥福を祈った。

 演奏曲目はシューベルトの「ピアノ・ソナタ第13番 D664」、あとは全曲ショパン。「夜想曲第20番」、「ポロネーズ第1番」、「練習曲 作品25より第1番、第12番」など。85年のコンクールのテレビ中継で味わった興奮を目の当たりにして嬉しかったものである。

 それから10年ほど経った98年3月に再び彼のリサイタルをKitara大ホールで聴いた。バッハの「イギリス組曲第1番」、ベートーヴェンの「ソナタ第17番《テンペスト》、予定されていたショパンの「12の練習曲Op.10」に変わってシューマンの「クライスレリアーナ」。1月末予定のコンサートが体調を崩して延期になっていたが、無事に体調が回復して何よりだった。当日はブーニンのサイン入りのメッセージが入場者に配られた。格好いいサインがしてあった。

 2001年11月は全国8都市で公演。
Stanislav Bunin with Warsaw Philharmonic The National Orchestra of Poland
演奏曲目は勿論、Chopin: Piano Concertos Nos.1&2
普通のコンサートでは珍しい大判のプログラムが販売されていて購入したが、それによると、ブーニンは1999~2001の3年間に亘ってショパン・チクルスを世界の多くの国々で開催し、3年間で100回以上のショパン・コンサートを行ったそうである。ロシアでは一度も「チクルス」は開けなかったのが残念そうであった。
 やはり、オーケストラと共演のピアノ協奏曲は実に華麗であった。ブーニンも一層のオーラを放って輝いていた。

 彼の札幌でのコンサートに毎回行っているわけではない。
05年11月は彼のデビュー20周年記念《オール・ショパン・リサイタル》
プログラムは「スケルツォ第2番」、「ワルツ第5番」、「バラード第4番」、「幻想ポロネーズ」他。

 07年11月もピアノ・リサイタル。
ベートーヴェンの「ソナタ第8番≪悲愴≫」、「ソナタ第23番≪熱情≫」他。
93年にバッハやベートーヴェンのレコーディングを精力的に行った成果の発表の機会であったが、ベートーヴェンをコンサートの曲目にするのに葛藤があって時間を要したようだ。

 10年はショパン生誕200年に当たり《オール・ショパン・プログラム》。
「ポロネーズ第3番、第4番」、「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」。
「ノクターン第4番」、「ソナタ・第2番≪葬送≫」。
ソナタ第2番と第3番が予定されていたがプログラム変更でチョット残念だった。
 何となくブーニンにしては盛り上がりに欠けたコンサートの印象を受け、結果的にアンコールにも応えてもらえなかった。

 ブーニンは10年の頃 "FAZIOLI"(ファツィオーリ)というイタリア製のピアノが気に入って夢中になっていた様子。「スタインウェイに気が乗らなかったのかな?」というのは私の勝手な思い込みだったのだろう。
  話は横に逸れるがアルド・チッコリーニが〈ファツィオーリを弾く〉という宣伝でKitara大ホールにピアノを持ち込んで演奏を披露したのが03年と05年のことであった。 ファツィオーリは10年のショパン・コンクールから公式ピアノになって今や完全にピアノの名器となっている。

 2012年12月1日 スタニスラフ・ブーニン ピアノ・リサイタル「幻想」が札幌で開催された。
プログラムは ショパン:幻想曲 へ短調、 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番「月光」、
         ショパン:幻想即興曲、   シューマン:クライスレりアーナ(8つの幻想曲)。
 予想通り予定のプログラムに変更があったが、半年も前にプログラムを作らされる音楽家にとっては止むを得ない事情があるのはむしろ当然だろう。ブーニンの責任ではないことは言うまでもない。

 ベートーヴェンの「月光」も≪幻想ソナタ≫と言えるし、特に「クライスレりアーナ」をFantasiaとして聴くと非常に理解しやすい。シューマンがクララと恋に落ちた時の心情と重ね合わせて聴くと、まさにファンタジーである。今迄とは違った角度から曲を鑑賞できて嬉しい発見をしたような感じ。

 ショパンの優雅さや抒情性はたっぷり味わえたし、ベートーヴェンも夕闇せまる冬の空を連想して幻想的な雰囲気を自ら作り出しながら心地良い音楽に耳を傾けることができた。

 ブーニンも今日は気分も良さそうで、アンコールに応えてショパンの「ワルツ第9番≪別れのワルツ≫」。

 プログラムを読むとブーニンは1993年の北海道南西沖地震の際には、ピアノを持参して奥尻島でコンサートを開き、そのピアノを小学校に寄贈したとある。最近では東日本大震災による遺児救済のためやユニセフのチャリティ・コンサートを積極的に実施している。プログラムは一見中身が充実していないと思ったが耳寄りな記事があって買って損はしなかった。


 






 
 

ブーニン優勝の第11回ショパン国際ピアノコンクール(1985)

 1985年に開催された第11回ショパン国際ピアノコンクールの模様がNHKのドキュメンタリーで放送された。
ワルシャワのフィルハーモニーホールで第1次予選、第2次予選、第3次予選の結果がボードに発表される度ごとにテレビ番組制作者のリストに上がったピアニストの表情を追いながら取材がなされた。
 この年は参加者124名のうち日本人参加者26名と国別でも断然多くて日本の存在がクローズアップされた。コンクールの公式ピアノとして、従来のスタインウェイとベーゼンドルファーに加え、ヤマハとカワイが正式に指定された記念すべき年でもあった。
 このコンクールでは最初から私はテレビ中継を逃さずに見ていたが、第1次予選からスタニスラフ・ブーニンの演奏が圧倒的でブーニン旋風が起こっていた。地元ポーランドの20歳のコンクール参加者が古いアップライト・ピアノで練習していることに同情した日本の関係者がグランド・ピアノを貸してあげた話を未だ鮮明に覚えている。(このピアニストは3位に入賞した)。

 このコンクールのファイナリストとして本選に残ったのは6名で、ショパンのピアノ協奏曲第1番か第2番のどちらかを選んで演奏した様子は今でも眼前に浮かぶくらいである。審査の結果は以下の通りであった。
 
 第1位 スタニスラフ・ブーニン (旧ソ連)
 第2位 マルク・ラフォレ  (フランス)
 第3位 クシシュトフ・ヤブウォンスキ (ポーランド)
 第4位 小山実稚恵 (日本)
 第5位 ジャン=マルク・ルイサダ (フランス)
 第6位 タチアナ・ピカイゼン (旧ソ連)

 ブーニンの初来日ではブーニン・シンドロームといわれる現象が起きて熱狂的なファンが続出したが、その後バッシングを受ける事態もあった。彼は祖国に利用されることを嫌って母と共に当時の西ドイツに移住、現在ドイツと日本に居を構えて音楽活動をしている様子である。 
日本に年に数ヶ月滞在することもあって幸い日本で彼のコンサートを聴く機会は多い。

 ブーニンの札幌での初演奏は1986年7月藤学園講堂でのリサイタル。
 
上記入賞者3名は札響との定期演奏会で共演している。
 1986年7月 小山実稚恵(ショパン:ピアノ協奏曲第1番)
 1986年12月 マルク・ラフォレ(ショパン:ピアノ協奏曲第2番)
   *私は1986年に札幌に在住していなかったので聴いていない。
 1988年6月 ジャン=マルク・ルイサダ (曲名は不明、多分ファリャの曲) 
 1993年11月 ジャン=マルク・ルイサダ (ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番)
 
 クシシュトフ・ヤブウォンスキは1989年7月旧札幌市民会館でピアノ・リサイタル(カワイコンサート89)
2009年5月にはショパン没後160年記念としてオール・ショパン・プログラムでKitara大ホールで演奏。

 ルイサダは他に1989年11月に教育文化会館大ホールでピアノ特別演奏会を開いて
ブラームスやシュ―マンの小品とショパンの「アンダンテスピアナートと華麗な大ポロネーズ」を演奏した。
彼は毎年日本で演奏会を開いているが来年久し振りに来札する。 
11月モーツァルトの「ピアノ協奏曲第20番」で札響と共演予定であり、今から楽しみである。

第11回のショパン・コンクール入賞者ほど国際的に活躍しているのは極めて珍しい状況であると常々感じている。


プロフィール

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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