カメラ―タ・ザルツブルク with 小菅優

 ハンスイェルク・シェレンベルガー(指揮・オーボエ)  カメラ―タ・ザルツブルク with 小菅優(ピアノ)のコンサートが30日Kitara大ホールで行われた。

 カメラ―タ・ザルツブルクは約40名のメンバーが現在20ヶ国以上の国籍からなる室内管弦楽団である。今回のメンバーの半数は女性であった。国際的に活躍する演奏家たちが集まって各国へのツアーを実施して共演を重ねているということである。 Kitaraには初登場でオール・モーツァルト・プログラムであった。

 小菅優は10歳からドイツに在住。コンクール歴は無く、演奏活動だけで早くから国際的に有名になった。十代の時から高い演奏能力が評価されて、世界各地のオーケストラと共演を重ねた。2005年カーネギー・ホールでニューヨーク・デビューを飾り、2006年にはザルツブルク音楽祭でリサイタルを開いてピアニストとして名声を一層高めた。

 2007年4月の札響定期演奏会で札幌に初登場。広上淳一指揮でベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第4番」を弾いた。
 今回は5年振りのKitara出演であった。曲はモーツァルトの「ピアノ協奏曲第20番」。モーツァルトの短調による作品は数少ないものの、この曲は他と違った魅力を持つ。大胆さと繊細さを持ち合わせる小菅らしいメリハリの利いた演奏であった。

 シェレンベルガーは2009年5月の札響との共演に次いで2回目の指揮者・オーボエ奏者としての出演。「オーボエ協奏曲」は吹き振りで世界第一人者のオーボエ奏者としての揺るぎない見事なテクニックを披露。「交響曲第41番《ジュピター》」も丁寧な指揮ぶりでモーツァルト・プログラムを締めくくった。
 彼は20世紀最高のオーボエ奏者であった不滅の巨匠ハインツ・ホリガーの後を継ぐ音楽家として名高いが、指揮者としてのオーラはそれほど発していないようである。

 ベートーヴェンを得意とする小菅優がアンコールにシベリウスの小品「もみの木」を演奏したが、フィンランドの情景を連想させるピアノ曲に感動。
 次回は彼女のリサイタルを是非聴いてみたい。


 
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小山実稚恵 リサイタルシリーズ 「音の旅」 第14回 2012年秋

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 小山実稚恵「音の旅」≪12年間・24回リサイタルシリーズ2006~2017≫は春・秋年2回で12年間に亘る壮大な計画で2006年から始まった。
 
 毎回テーマとカラーを設定して、2006年のスタートの時から12年間の全プログラムが発表されたのは前代未聞で画期的なことである。この壮大なプロジェクトを準備するのに要した時間もさることながら、実践していく決意も並々ならぬものがあると思う。

 私は2006年秋のコンサートから参加した。小山のコンサートは今まで大ホールでしか聴いたことがなかった。彼女くらいの演奏家は大ホールでも集客力が見込めるはずであるが、毎年2回12年間継続して聴いてくれる聴衆のことやコンサートでの演奏家と聴衆の密着度も考慮に入れたプランだったのかもしれない。

 Kitara小ホールは客席数が453席(1階席 343席、2階席 110席)車椅子席6席、2階に補助席20席可能であるが、欲を言えば客席数800席程度の中ホールがあれば理想的だと思うことがままある。

 ところが、2006年の小山のリサイタルではそれまでに味わったことがないくらいの感動を覚えた。
当日のプログラムはメンデルスゾーンの「無言歌集より」、シュ―マンの「ソナタ第2番」、シューマン=リストの「献呈」、リストの「ソナタ ロ短調」であった。ピアニストが奏でる音が心に響き渡り、思いやりに溢れた感情が紡がれ、作品を通してピアニストと聴衆の心まで繋がったような一体感が生まれた。この時にピアノ・リサイタルは小ホールの方が大ホールより良い と初めて意識した。ピアニストと聴衆との一体感が小ホールではどの座席からでも感じとれる。

 演奏会終了後に感想を述べて、彼女の丁寧なサインを貰った。 画像にある通り毎回日付も書いてくれる。 思いやりにあふれた優しい人柄に接すると嬉しくなってしまう。

 第14回のテーマは《夜のしじまに》 カラーは《黒》                          
 
 シューマンの「森の情景」は森の奥深くに入ると闇が広がり、不安を掻き立てる<予言の鳥>のつぶやきが聞こえた気がした。ラヴェルの「夜のギャスパール」は幻想的な散文詩を神秘的で魔性な音の世界で表現した曲としてピアニストには魅力があるようだが技巧的に難曲と言われている。
 ショパンの「ノクターン第13番」は夜の神秘だけでない明るさも含んでいて格調が高い曲。「バラード4番」はメランコリックなワルツの部分が黒とのかかわりなのか? スクリャービンの「ソナタ第9番<黒ミサ>は彼の10曲のソナタの中で最も有名だそうだが、悪魔のような激しさや変化に富むリズム。何かしらシェーンベルクを思わせるシステマティックな曲が不気味な雰囲気を漂わせる。
 
 《黒》の色で漆黒の夜・闇夜への不安がピアノを通して表現された。音を媒介としてこのような印象を受けるのは毎回あるわけではない。今夜は特別な夜になった。

 彼女のリサイタルシリーズは毎年のように聴いており、ここ3年は毎回参加している。小山実稚恵のコンサートは今日で20回目になった。私の聴くピアニストの中で回数は断然トップである。

 2011年の東日本大震災の年には仙台での演奏日程を変更せざるをえなかったり、また途中から北九州市が加わって全国7都市での開催になる過密なスケジュールにもかかわらず岩手・宮城・福島の公共施設などにも音楽を届ける彼女の真摯な姿勢に心を打たれる。
 
 健康に留意しながら、先ずは2017年度までのプロジェクトの成功を祈りたい。

小山実稚恵のコンサート

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 小山実稚恵が1982年チャイコフスキー国際音楽コンクール ピアノ部門第3位、1985年ショパン国際ピアノ・コンクール第4位と日本人として初めて二大国際ピアノコンクールに入賞したことは良く知られている。

 私は85年のショパン・コンクールがテレビ中継された時には夢中になって見た。その時はブーニンに焦点が当たっていた。

 その後、全国各地での演奏活動に携わることになり、札幌では86年「ショパン・ピアノ協奏曲第1番」と89年に「プロコフィエフ・ピアノ協奏曲第3番」で札響と協演。90年日フィルの札幌公演で、指揮者は86年と同じく小林研一郎。

 1992年ヴァイオリニストの加藤知子(1982年のチャイコフスキーコンクールのヴァイオリン部門第2位)とデュオ・リサイタルを札幌で開催した。しばらく札幌では演奏会の機会がなかったようだった。
1999年と2001年のPMFでのN響演奏会にソリストとして久しぶりに出演。99年は高関健と「ショパン・ピアノ協奏曲第2番」、01年はデュトワと「ラフマニノフ・ピアノ協奏曲第2番」を共演。

 国内では東京中心に数多く活動して、海外のオーケストラとの共演も多かったと予想される。個人的にはピアノ・リサイタルを聴く機会がなかったのが残念であったが2006年から毎年2回、12年間で全24回の小山実稚恵ピアノリサイタルシリーズの計画が発表された。札幌を含む全国6都市で開催される壮大なプログラムである。(*現在は北九州も加わって全国7都市)

アリス=紗良・オット ピアノ・リサイタル

アリス=紗良・オットのピアノを初めて聴いたのは、2007年でニコライ・ジャジューラ指揮キエフ国立フィルハーモニー交響楽団との共演でチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」を弾いた時だった。彼女は素晴らしい容姿と瑞々しい鮮やかな演奏で聴衆に強烈な印象を植え付けた。実際、彼女は10歳前後から出場する全ての国際コンクールに優勝し、10代でバイロイト音楽祭に招かれるほどのピアニストとして話題になっていた。

 2009年1月にKitaraで開催されたオーケストラ・アンサンブル金沢 ニューイヤーコンサートでは井上道義と共演し、ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第5番 皇帝」を華やかに演奏した。彼女の演奏は極めて自然で感情を素直に投入し、時には強い打鍵で情熱を鍵盤上で表現した。
 
 紗良・オットはベートーヴェン、リスト、ロシア作品を得意とするらしい。彼女の新鮮であるが重みのある演奏に魅せられ、当日この画像に載せたCDを購入してサインを貰った。ちなみに、このCDはリストの≪超絶技巧練習曲集≫です。

 2011全国公演では1月に来札して「ピアノ・リサイタル」を大ホールで開催した。べートーヴェンの「ピアノ・ソナタ第21番 ワルトシュタイン」、ショパンの「スケルツォ第2番」、「ワルツ 華麗なる円舞曲など5曲」を弾いた。

 2012年5・6月フランクフルト放送交響楽団の来日公演では札幌・名古屋・福岡・東京の各地でソリストとしてリストの「ピアノ協奏曲第1番」をパーボ・ヤルヴィと共演した。勿論、Kitaraでも大歓迎を受けた。彼女は弱冠24歳であるが、今や世界の主要なオーケストラと共演して最も注目されているピアニストの一人と言えよう。

 2012年10月 今回のプログラムはモーツァルト、シューベルト、ムソルグスキーで今迄とは違った作曲家の作品を披露する演奏会であった。
 モーツァルトの「デュポールのメヌエットによる変奏曲」は、有名な「キラキラ星変奏曲」に似たメロディを持つ曲で、とても親しみやすい曲であった。シューベルトの「ピアノ・ソナタ第17番」はコンサートで演奏される機会が少ない。実際に生の演奏に触れると他のシューベルトの後期作品より歌心と情感に満ち溢れた旋律が散りばめられていて親しみのある曲だった。

 後半に弾いたムソルグスキーの「展覧会の絵」は文字通り美術館の絵画を見ながら展開する豪華絢爛のドラマで圧巻だった。彼女の得意とする大胆で華やかなタッチで、ドラマが繰り広げられた。

 今回は今日演奏された曲目の入ったDVDを購入して、オットに感想を述べてサインを貰ってきた。とても心が満たされた気分になって帰路に着いた。
 
 紗良・オットは今日もいつものように素足でステージに登場したが、形に囚われない彼女らしい自然な表現なのかもしれない。
 今度の日本公演も札幌がスタートだったが、残りの9公演が予定通り成功裡に終わることを祈りたい。

 

音楽工房G・M・P’s 音楽の祭典~2012~

 数日前、「ピアノの発表会」に行きませんかと友人に誘われて招待を受けることにした。私が通うKitaraとはレベルが違うという話だったが、会場の名前を聞いて、それなりのコンサートだと思い、昨晩久しぶりにその会場に出かけた。

 会場は「ザ・ルーテルホール」だった。300席ほどの小ホールではあるが音響もよく、開館当初よりスタインウェィのピアノを所有していて独特の雰囲気があり、Kitaraがオープンする前は何回か通っていた。最近では3年前にバロック音楽で有名な寺神戸亮の「復元古楽器で奏でるバッハ」のコンサートを楽しんだのはこのホールだった。

 プログラムはリストの「オーベルマンの谷」、「スペイン狂詩曲」やショパンの「スケルツォ 第2番」、バラキレフの「イスラメイ」など。男女5人の若手のピアニストが出演したが、それなりに経験を積んでいて聞き応えがあった。特にまだ学生の佐藤有馬は溌剌とした演奏で印象に残った。順調に成長してほしい人材である。女性陣は安定した演奏ぶりだったと思う。

 今回のコンサートをプロデュ―スした大楽勝美(だいらく かつみ)は北海道を代表するピアニストで札幌では指導者としても名高い人物である。コンサートの司会でもユーモアのある個性を披露して、後半には連弾ばかり6曲をプログラミングした。楽譜のない曲も2曲自ら譜面作りに成功して連弾に臨んだという話だった。
 
 聴衆に、文字通り、音を楽しんでもらう企画であった。「ウイリアムテル序曲」「セビリアの理髪師」など馴染みの曲を連弾で楽しませた。 6手や8手の連弾は、手の動きがバッチリ見える正面の席だったので大いに楽しめた。(大楽

 STEINWAY & SONS の文字が金色に輝いていて新しいピアノに変わったのかも知れないと思った。又、休憩時に調律が必要なかったのはピアノの性能がそれだけ優れていた故か、これも凄いと感じたのである。

 Kitara小ホールで演奏できるレベルのコンサートであったことは言うまでもない。

札幌コンベンションセンターでのボランティア活動(1)

 2012窒化物半導体国際ワークショップが10月14日から10月19日まで札幌コンベンションセンターで行われた。第1回ワークショップが日本(名古屋)で開かれ、ドイツ、アメリカ、スイスに次いで、日本(札幌)となるから3年に一度開催されていることになる。

 今年は1、000名近くの参加者があったようで、札幌ではかなり大きな国際会議になるが、新聞などでの報道が一切ないのが不思議であった。(昨年の国際学会では天皇陛下の出席もあってメディアの報道はなされた。)ワークショップには比較的に若い大学などの研究者が目立ち、世界各国からの参加者のほうが日本人よりかなり多いように思えた。

 私は国際プラザ札幌に依頼されて15・16・17の3日間のうち16日の午前10時から午後4時までの通訳案内活動に携わった。シティ・インフォメーション・デスクで会議参加者に札幌市内の観光情報など滞在期間中に必要な情報や会場周辺情報を提供する仕事です。

 インフォメーション・デスクの仕事で興味深かった出来事を一例あげてみたいと思う。

 ドイツ人が19日の会議終了後、レンタカーを借りて1週間ほど道内旅行をしたいが、国際免許証をもらうのにはどうしたらよいかと相談しにきました。私は北海道警察本部に電話で問い合わせしてみたらと、同席の国際プラザの職員に話しました。

 彼はノートパソコンで調べて道警と連絡を取った後、紹介されたJAFに電話して、ドイツ語の免許証が3千円の手数料で日本語訳の証明書が発行されることを聞き、その証明書をレンタカーの会社に持参して車を借りれる段取りを手際よくまとめたのでした。

 こんな相談にも「おもてなし」の心でこころよく対応する国際プラザ札幌の職員に改めて感心した次第です。彼はアザロフという名前の人で10才までロシアで育ち、その後に来日して札幌の中学校・高校を卒業して、ニューヨークの大学に進んで、フランスやスイスの大学でも学んだそうです。日本語も堪能で、話し方や心の配り方なども極めて自然で、日本人以上に日本人らしい好青年でした。

 ボランティア同士で学ぶことも多いのですが、今回は違った点から交流ができて良い経験ができました。

 

国際オーボエコンクール・軽井沢

 大賀典雄さんはソニー株式会社の社長・会長を歴任し、声楽家・指揮者としても活動して日本の音楽界に偉大な足跡を残したことは良く知られています。

 1985年に大賀さんが当時ベルリン・フィルの首席オーボエ奏者であったハンスイェルク・シェレンベルガーの協力を得て、日本で国際オーボエ・コンクールを開催した。3年毎に開催されていて、今では世界を代表する3大オーボエ・コンクールの1つに定着しているそうです。
  
 シェレンベルガーは2009年5月にKitara主催のコンサート「きがるにオーケストラ~大作曲家の世界」で札響を指揮してハイドンとベートーヴェンの交響曲を演奏し、モーツァルトの「オーボエ協奏曲」を弾きふりしている。音楽雑誌「音楽の友」にもインタビュー記事が1年近く連載されるほど日本でも知名度が高い音楽家であり、彼は今回のオーボエ・コンクールの審査委員長を務めた。

 第10回国際オーボエコンクール・軽井沢は9月30日~10月8日まで軽井沢大賀ホールで行われた。先週の札響の定期演奏会のプログラムに次のような記事が載っていた。 <速報!> 札響首席オーボエ奏者の金子亜未が第2位(日本人最高位)ならびに聴衆賞である軽井沢町長賞などを受賞!

 札響定期会員である私自身も嬉しい気持ちになって、札響の事務局にお祝いのメールを送って、ブログにも書いてみる気になった次第である。

 
 
 

及川浩治 ピアノ・リサイタル2012

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及川浩治ピアノ・リサイタルがKitara 小ホールで初めて開催されたのは1999年10月のことであった。1999年はショパン没後150年にあたり、「ショパンの旅」というタイトルのコンサート・ツアーが全国規模で開催された年である。ピアノ協奏曲第2番より第2楽章(ピアノ・ソロ)、ピアノソナタ第2番より第3楽章「葬送行進曲」を含めて、全部で17曲が演奏家自身の語りを入れながら演奏されるという画期的な試みの演奏会であった。
 
 2001年5月の大ホールでのリサイタルではベートーヴェンのソナタ「悲愴」「月光」「テンペスト」「熱情」を作曲家の生涯を語りながら感情を込めて演奏した。彼の演奏は作曲家と自分自身を重ね合わせながら、聴衆を惹きつけることとなった。

 その後、1999年のコンサート・ライヴの感動を記憶する及川浩治「ショパンの旅」のCDが発売された折に、彼のサインを貰ったのが10数年前のことである。

 PMF1998のピクニック・コンサートで、佐渡裕指揮札幌交響楽団と協演してベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番 「皇帝」を演奏していたピアニストが及川浩冶であることを後で知った。当時はコンサートのソリストのことは記憶していなかったのである。

 PMF2003ではチェン・ウェンビン指揮PMFオーケストラと協演してチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」も弾いているから、彼は当時すでに八面六臂の活躍をしていたことになる。
 
 彼は1995年にサントリーホールでデビューし、同じ年に佐渡裕指揮ラムルー管でパリ・デビューを飾っているので、1999年の全国ツアーは満を持しての企画だったのだと思う。

 及川浩治のコンサートを聴くのは今回で12回目になる。彼のコンサートはオール・ショパン・プログラム、オール・ベートーヴェン・プログラムが多い。他のピアニストと違って彼独特の世界を持ち、一貫した演奏姿勢を持ち続けている。

 今日の前半のプログラムは珍しくバッハ(編曲もの)、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ「熱情」。
「熱情」は激しい感情を表現して、文字通り「情熱のソナタ」となって、彼自身の演奏を含めて今まで聴いたことがないほどの圧倒的な音量で心を揺さぶられた。ピアニスト自身も聴衆もベートーヴェンの心の叫びを感じているようだった。
 後半のプログラムはドビュッシーの「月の光」「金色の魚」ほか2曲。彼の演奏はドビュッシー特有の美しいメロディを上品で魅力的に表現し聴衆の心を豊かにした。ショパンの「ピアノ・ソナタ第3番」は抒情的な面と第4楽章の熱情的なフィナーレがいつもより印象に残る情熱的な演奏であった。

 体力的にも精神的にも疲れがピークに達したと思われたが、アンコールに応えて「ノクターン20番」。聴衆も万雷の拍手で互いに手を振って別れを惜しんだ。

 前回までの及川のコンサートと比べて聴衆は少なめだったが、子供を含めて若い世代の人が比較的に多くて、満足感あふれる日曜日の午後を過ごした人々の様子がホール全体に感じ取れた。

 

第553回 札幌交響楽団定期演奏会


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今回の札響定演の指揮者は広上淳一で、最近では2007年、2009年に次いでの客演となった。

 広上淳一は20代でキリル・コンドラシン国際青年指揮者コンクールに優勝してからコンセルトへボウ管やロンドン響、バイエルン放送響などヨーロッパの一流オーケストラへの客演で絶賛されスウェーデンのノールショピング交響楽団の首席指揮者(1991~1995)に就任して同団を北欧の名門に育て上げたと評価が高い。北米を含め海外での活躍が目立った。
 国内では日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者(1991~2000)を務めたが、私の印象では国内より海外での活躍の場が多かったようである。2008年から京都市交響楽団の常任指揮者に就任している。

 私が彼のコンサートを初めて聴いたのは2004年9月の日本フィル札幌公演であった。毎年9月に日フィルの北海道公演が開催されていた時期であった。

 2009年12月の札響の定演の《テーマ》は≪ロシア≫であった。
ニコライ・ルガンスキーによるラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」とストラヴィンスキーの「火の鳥」全曲。広上の指揮台での動きが大きく、ダイナミックで色彩豊かな演奏に惹きつけられたことを覚えている。 彼がステージで言った「Kitaraは世界のコンサートホールで十の指に入る」という言葉は今でも強く印象に残っている。

 今回の定演の《テーマ》は≪イタリア≫でベルリオーズの「イタリアのハロルド」。ヴィオラ独奏つき交響曲でヴィオラ独奏は札響首席奏者の廣狩亮。もう一曲はR.シュトラウスの交響的幻想曲「イタリアより」。

 2007年の札響定期でべルリオーズの「幻想交響曲」を広上は演奏しており、ベルリオーズが好みの作曲家なのかもしれない。また、「イタリア」と言えばメンデルスゾーンの交響曲が思い浮かぶが、一般に聴き慣れない曲を定期の曲として選んだのかもしれない。

 「イタリアのハロルド」はヴィオラの独奏曲として知られ、世界一のヴィオラ奏者ユーリ・バシュメットのCDが手元にあるのでコンサートの前に久し振りで聴いてみた。バシュメットはKitaraが開館した1997年の9月に大ホールでコンサートを開いている。

 R.シュトラウスの「イタリアより」は題名も覚えてなかった曲だったが、プログラムで札響初演が1989年10月と知って家で調べてみたら23年前に聴いていたことになっていた。札響演奏歴を必要に応じて知らせてくれるのは私のようなクラシックフアンにとって嬉しいことである。

 本日の「イタリアのハロルド」では広上の指揮はメリハリが効いていてダイナミックで団員も聴衆も惹きつける魔力を持っていた。舞踊的要素を持つ第3楽章ではダンスしながら指揮をしている体の動きは妙技ともいえた。

 ヴィオラ独奏の廣狩は2009年の札響定演の「ドン・キホーテ」でソリストを務めたこともあり、New Kitaraホール・カルテットで経験も積み、堂々たる演奏を披露した。

 23年ぶりに聴いた「イタリアより」は R.シュトラウスの他の曲より難しくなく、明るくて親しみのある曲であり、第4楽章では「フニクリ・フニクラ」のメロディが何度も反復されたが、シュトラウスはナポリを訪れた時にナポリ民謡と勘違いして曲の中にその旋律を取り入れたらしいのです。

 馴染みの薄い曲の演奏会とあって、普段より定期会員席の空きが目立ったが、私にとっては期待以上に楽しめたコンサートになった。

 

ウイ―ンの森 Buhneバーデン市劇場 歌劇「トスカ」

 オーストリアのバーデン市劇場は来日17年になるというが、Kitaraの公演は2008年の「リゴレット」で始まり、2010年「ラ・ボエーム」、2011年「カルメン」に次いで今年の「トスカ」で4回目となる。

 札幌にはオペラ専用の劇場はない。札幌での海外の歌劇場の公演は主として旧北海道厚生年金会館で上演されていた。

 Kitara Mozart Yearとして2006年にプラハ室内歌劇場が「魔笛」を上演してからKitaraでも開催可能なオペラの上演が始まった。オペラ上演に必要な緞帳がないため幕間の舞台の切り替えに工夫がなされたが、2008年の上演では舞台装置の転換を見るのに抵抗感はなく、かえって興味深かった。

 今夜のプッチーニの「トスカ」は大いに楽しめた。トスカ役のソプラノは<歌に生き、恋に生き>る女性を見事に演じた。カヴァラドッシ役のテノールは甘い歌声で包容力のある男性を演じて、二人の息はピッタリ合っていたと思う。
 スカルピア役のバリトンは権力に上り詰めた男の悪役を重みのある迫力あふれる演技で、今日のオペラを一段と魅力あるものにした。彼は20代前半のロシアの学生らしいが、何とも将来を嘱望される歌手である。

 昨年はドミンゴやパヴァロッティが全盛期であった頃のオペラ映画「カルメン」・「トスカ」・「リゴレット」・「オテロ」を鑑賞する機会があった。今年はMETビューイングでグノーの「ファウスト」やマスネの「マノン」を楽しんだ。カウフマンやネトレプコの歌唱力や演技力に圧倒された。実際にニューヨークのメトロポリタン歌劇場に足を運べない人が多くいるので、余り馴染みのない演目の鑑賞の仕方としてビューイングは特に効果的である。

 生の音楽がCDより遥かに良い音楽を楽しむ機会を与えてくれると同じように、目の前で鑑賞するオペラが映画やビューイングより感動を与えてくれることは言うに及ばない。

 ヨーロッパの音楽院では演劇や舞踊も同時に学ぶ学生が多いようであるが、海外のオペラ歌手の優れた表現力はこの点に秘密があるのではないかと思ったりする。

 札幌に一日も早くオペラ専用の劇場ができて、オペラがもっと身近なものになることを望みたい。





札幌時計台でのボランティア活動(3)

 クラシック音楽の分野で2012年はドビュッシーの生誕150周年で、コンサートのプログラムに例年より多くドビュッシーの曲が演奏されている。

 今年は日本の偉大な教育家・思想家であった新渡戸稲造の生誕150周年に当たり、札幌時計台で8月末から10月8日まで記念展が開催された。この機会に時計台でのボランティア活動を通しての新渡戸博士に関するエピソードを二三紹介したいと思う。

 新渡戸稲造は五千円券の肖像になったこともあり子供から大人まで広くその名が知れ渡っているが、彼の業績が具体的にはそれほど知られていない。時計台を訪れた学生に新渡戸博士が日本銀行券の肖像になったことに疑問を呈されたことがある。「武士道」という本を英文で書いてニューヨークでベストセラーになったり、第一次世界大戦後にできた国際連盟の事務次長を勤めあげて国際的に活躍した人物で、それが評価されてお札の肖像になったのでしょうと説明したことがありました。

 カナダの訪問客からはバンクーバーに「新渡戸記念庭園」があることを知らされて改めて博士の国際的な評価を感じ取りました。1960年にブリティッシュ・コロンビア大学のキャンパスに造園され、2009年には天皇・皇后も同庭園を訪れたそうです。

 昨年の台湾旅行で「新渡戸稲造は後藤新平とともに台湾の発展に貢献して、台湾第2の都市である高雄を作り上げた」とガイドが紹介していました。博士が台湾でも足跡を残していることを初めて知りました。
 今年の6月頃、初めて北海道旅行の折に札幌を訪れた高齢の婦人が<祖母から「新渡戸稲造に世話になった」と子供の時からよく話を聞かされていたが、博士とどういう関係か謎なのです。>と私に話しかけてきました。私が台湾での思い出話をしましたら、「謎がやっと解けました。台湾製糖に勤めていたのです。」 長い間、心に引っかかっていたことを取り除けてホッとした様子で、礼を言われ私も嬉しい気持ちになりました。

 今日はたまたま新渡戸稲造博士生誕150周年記念展の最終日でした。アメリカのアイダホ州から来館した人と話が弾んだ。彼の奥さんに新渡戸稲造の「武士道」の本について説明したら、夫がアメリカの剣道の先生へのお土産に英文の"Bushido:The Soul of Japan"を書店で買い求めていたと言った。「武士道」という日本語を知っていて、著者の知識なしで購入していたらしい。良い本を買ったことで喜んでいました。 

 9月1日が新渡戸稲造博士の誕生日で、当日の朝に当番になっていた時計台に着いて、初めて150周年のことを知りました。16・7枚のパネルを読んで新しく吸収できたこともあり、その後、記念展について出会う人に紹介したりもしました。記念展の最終日に当番になったのも偶然でした。新渡戸稲造への興味がますます深まる昨今です。

マリア・マグダレナ・カチョル デビューリサイタル

 第15代 札幌コンサートホール専属オルガニストの札幌でのデビューとなるリサイタルが今日の2時からKitaraで開かれた。
 1998~99シーズンからKitara専属オルガニスト制度がスタートして、毎年ヨーロッパの若いオルガニストが1年間の任期でコンサートや講習会などの活動を行っている。この制度は日本では極めて高い評価を受けており、今迄に東京・京都・新潟などのコンサートホールからも依頼がきて客演している。
 この制度が始まって2012~13シーズンで15年目を迎える。フランス・ハンガリー・スペイン・ベルギー・ドイツ・スロヴァキア出身のオルガニストが今迄に来札している。

 マリア・マグダレナ・カチョルはポーランド出身でヨーロッパの各地の音楽祭にも定期的に出演していて、この9月にKitaraの専属オルガニストに就任して初めてのリサイタルを開いた。

 全部で9人の作曲家の曲を演奏したが、そのうち6人の作曲家の名前を知らなかったのには自分自身でもビックリするほどであった。知っていたのはJ.S.バッハ、フランク、リストだけであった。この3人の作曲家は50年も前から知っていた。オルガン曲に関しては知識が不足しているのは自覚していたが,Kitaraでオルガンのコンサートを聴き始めて以来、ブクステフーデ、ヴィドール、ヴィエルヌ、デュプレ、デュリュフレなどオルガン曲の作曲家の名前に親しんできたが、数知れないほどの作曲家がまだまだ沢山いることを前提にしたほうが良いと思った。

 バッハの「トッカータ、アダージョとフーガ ハ長調 BWV564」はCDを持っていて何度も聴いているが、バッハの曲は即興演奏が多く入るのでオルガニストによって凄く違いがあって、途中までidentifyできないほどであった。3楽章からなる協奏曲のような感じが良く表現されて印象深かった。

 リストの数少ないオルガン曲「コラール{アド・ノス、アド・サルタレム・ウンダム}による幻想曲とフーガ」はまるで管弦楽のようで、Kitaraの良く鳴るオルガン(パイプの本数4976)の特徴が存分に生かされる見事な演奏で、30分もかかる難曲を集中力を切らさずに最後まで大胆に弾き切って聴衆の拍手喝采を浴びた。

 マグダレナも自身の演奏に対しての満足感とKitaraのオルガンの素晴らしさに感動し、演奏が終わって思わず「泣いてしまった」と告白した。何度もオルガンと聴衆に感謝して、アンコールに「ミサ曲」を演奏。「12月のコンサートは皆さんのために演奏する」と言って、最後に"See you in December."と英語であいさつ。

 オルガン演奏だけでなく、彼女の人柄も強い印象を残した演奏会となった。

デジュー・ラーンキ ピアノリサイタル

 デジュー・ラーンキはアンドラ―シュ・シフ、ゾルタン・コチシュとともに「ハンガリーの若手三羽烏」と騒がれた時期があり、1975年に初来日した際には甘いマスクで人気を高めたそうである。

 シフがピアノ界の巨匠と言われるようになり、札幌コンサートホールKitaraのピアノの選定に大きく関わって、Kitaraがオープンした年の1997年の12月には早速ピアノリサイタルを開いた。
 コチシュは順調に国際的に活躍して1983年にはイヴァン・フィッシャーと共にブダペスト祝祭管弦楽団を創設した。やがてハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団(旧ハンガリー国立交響楽団)の音楽監督に就任して2000年には同管を卒いて来日している。
 ラーンキはヨーロッパでの活動は続けたが、一時その活動が日本では伝わらなかったようである。2010年の久々の本格的な日本ツアーでKitaraに初登場した。

 2010年10月、ハイドン、リスト、ラヴェルとシューマンの曲を演奏した。気品のある繊細で抒情的な演奏に魅せられ、ハイドンのソナタの曲が収められたCDを購入した。

 2年ぶりに来札しての今回の公演でも気品に溢れた瑞々しい美しい調べを奏でた。
得意のハイドンのソナタの他に、ドビュッシーの「子供の領分」では愛情に満ち溢れた柔らかなタッチで繊細で微妙な色彩を表現。リストが愛読したダンテの「神曲」という物語をソナタ風に表した作品「巡礼の年報 第2年 イタリアより ダンテを読んで <ソナタ風幻想曲>」は圧巻であった。目にも止まらぬほどの俊敏な指の動きと打鍵の強さは聴くだけでなく見る楽しさもあった。
 予定されたプログラムではリストは後半に用意されていたが、急きょ前半に持ってきたのは休憩時間中に調律する必要の為ではないかと推測した。休憩後の後半のプログラム、シューマンの「クライスレリアーナ」は動と静の感情が交互に現れる曲が特徴でめまぐるしく曲想が変化する面白さが味わえた。

 拍手喝采にもかかわらずアンコールに応じられなかったのは、プログラムに全力を注いで疲れ果ててしまって、もう余力がなかったのだろう。実年齢より10歳は若く見える風貌で、淡々と全曲を弾きこなし何とも言えない詩情を漂わせた。

札幌時計台でのボランティア活動(2)

 一昨日に続いて時計台での活動になった。実は昨日の前橋汀子のコンサートの直後に、Kitaraでも札幌コンサートホールのボランティア活動に従事したんです。Kitara見学ツアー「大ホール舞台裏見学ツアー」で楽屋・ピアノ庫・ホアイエなどの案内役でした。結果的には3日連続のボランティア活動になってしまいました。

 朝9時前に時計台に着くと、すでに来館者がいて「演武場の歴史・札幌農学校・時計塔・時計機械」などにまつわる話を詳しく話すと、ある女性が「来て良かった。昨日飛行機に乗れなくてよかった。」と言葉を発したのです。飛行機の欠航のため予定外の計画で来館したようです。
 
 活動終了間際に、前述の女性から「面白い話を聞いた」と聞き再度訪れた観光客もいました。自分の好きなように自由に活動させてもらっていますが、来館者に喜んでもらえると疲労感など吹き飛びます。
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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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