前橋汀子 アフタヌーン・コンサート

 演奏活動50周年を迎える前橋汀子のコンサートに2年ぶりで出かけた。サントリーホールで毎年開催している同じ趣旨のアフタヌーン・コンサートである。日本の草分けのヴァイオリニストは諏訪根自子や辻久子であった。そのあとに続いた国際的ヴァイオリニストが前橋汀子でないだろうか。

 ピアニストと違ってヴァイオリストの正確な記録は手元にないが、前橋が協演する管弦楽団やピアニストが外国人であることが多かったように思う。
 5年以上前にフランツ・リスト管弦楽団と協演しモーツアルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」を聴いた。2年前にロシアのピアニストとの共演でベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番「春」を中心に聴いたコンサートのプログラムの構成が、今回のプログラムと似ていた。

 今回の共演者ピアニストが日本の若手ピアニストでも名高い松本和将ということもあってチケットを買った。メインのプログラムはベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」。
 松本のピアノは前橋と堂々と渡り合った。
              
 エルガーの「愛のあいさつ」で始まり、「ウイーン奇想曲」などクライスラーの曲が4曲が続き、ベートーヴェンのソナタ以外は小品が演奏され、最後はサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」で締めくくられた。
 年齢を感じさせない迫力のある技巧に秀でた演奏、編曲で弾いた繊細な表現に満ちたドビュッシーやショパンの曲は印象深かった。

 前半の真っ白なドレス、後半の深紅のドレスは女性ならではの華やかなさであった。

 アンコール曲を一気に4曲も、ステージから下がらずに続けて弾いたのは極めて珍しいことであった。(Kitaraの見学ツアーのため楽屋を早く引き渡すためだったようだ)
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札響名曲シリーズ2012-2013 vol.3  ドラマティック オペラ

 演奏会を気軽に楽しみたいという人のために、定期演奏会のほかに今シーズンは5回行われる札響名曲シリーズの3回目。
 今シーズンのテーマは「音楽が紡ぐ物語」で、他の4回は曲目数が3・4曲だが今回は「ドラマティック オペラ」として歌劇の序曲・前奏曲を中心に10曲演奏された。

 指揮は飯森泰次郎。飯森は1997年より東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団常任指揮者を務め、先ごろ同楽団桂冠名誉指揮者となった。札幌交響楽団音楽監督の尾高忠明の後を継いで2012年9月から新国立劇場オペラ部門芸術参与に就任し、2014年9月から同芸術監督に就任が予定されている。70年代からバイロイト音楽祭やドイツの歌劇場で実績を積み重ねて日本のオペラ界では第一人者だろう。
 
 今回のコンサートの前半はイタリアとフランスの作曲家、後半はドイツの作曲家の作品をとりあげた。曲目を見た時に気付かなかったが、ラテンの明るい曲調とドイツの重厚な曲調が極めて対照的で見事なプログラム作りだと改めて感心した。

 ロッシーニの「セヴィリアの理髪師」序曲、ビゼーの「カルメン」第1組曲、ヴェルディの「運命の力」序曲などが前半の曲で、オペラを愛してやまない熱意にあふれた解説を交えての指揮ぶりに聴衆の心を掴んだ。前半だけで1曲5分から10分程度の曲を全部で6曲。団員も気持ちの転換に大曲の演奏よりも集中力が必要だったのではないか。

 休憩後の後半はベートーヴェンの序曲「レオノーレ」第3番、ウエーバーの「魔弾の射手」序曲、ワーグナーの「ローエングリン」第Ⅰ幕への前奏曲、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」前奏曲。前半とは違った重厚で壮大な音づくりで、特にワーグナーを得意とする指揮ぶりが印象に残った。

 アンコール曲は「ローエングリン」第Ⅲ幕への前奏曲。ワーグナーを強く印象づけた。

 個人的に気になったのは解説が少々長すぎた感じがした。でもオペラの楽しさを伝えることには成功したのではないだろうか。

 2013年はワーグナーとヴェルディの生誕200年にあたる。例年よりオペラが注目されるのは間違いない。
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札幌時計台でのボランティア活動(1)

 札幌時計台でボランティア活動を始めてから4年目になる。毎年6月から11月までの観光客が多く来館する時期に活動を依頼されている。私は月平均4回、年20回程度である。外国人対応のために配置されているが、応対の8割は日本人である。ボランティアを始めてから、時計台それ自体について学んだことも多いが、来館者から日本人の礼儀正しさなどを含めて学んだことも多い。

 外国人は世界中から来ているが、アジアが断然多くてヨーロッパや北米からも来館者がいる。 
以前は香港・韓国・台湾から訪れる人が多かったが、今年は随分と減っているようである。

 今日の午前9時~12時半までの当番では、珍しくアルゼンチンの留学生と親しく交流できた。
時計台の建築様式に興味を示して予想もしない質問もしてきて、向学心が旺盛な好感の持てる若者であった。英語で話していたが日本語も理解できることが判り、難しいことでも意思の疎通が十分にとれた。

 また、3・4歳の外国人の幼児に英語で話しかけたが、子供が恥ずかしがっている場面で、2人の男の子の父親がスリランカから来たと答えてくれ、いろいろ話が弾んだ。現在は岐阜在住で北海道は2度目の訪問だが、子供たちを北海道に連れてきたかったとのことだった。母親も遊園地が近くにないか尋ねてきて相談にのってあげた。2階の時計機械の前に私がたまたまいた時に、父親は関心を示していろいろ質問をしてきた。最後に自分の家族への応対と時計台についての説明に感謝の言葉を述べて帰って行った。

 どこの国の人でも同じではあっても、今迄に応対したことがない外国の人とコミュニケーションが図れるのは嬉しいものだ。

 これを機会に札幌時計台についてもブログに書いてみようと思う。
 
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アンドリュー・フォン・オーエン ピアノ・リサイタル

 2010年ベルリン交響楽団のソリストとしてAndrew von Oeyenというピアニストの名前を初めて目にした。ベルリン交響楽団は何度か来札しているが、コンサート会場に足を運ぶ気にはならなかった。ただこの年はチラシでソリストがラフマニノフとベートーヴェンの2つの協奏曲を弾くプログラムに注目したことを覚えている。それから間もなくして同じ名前のソリストが小ホールでリサイタルを開くことを知ってピアニスト名鑑を参照したが、名前が載っていなかったのでそれ以上は気にならずにいた。

 今年のコンサートのチラシでオーエンが16歳でエサ=ペッカ・サロネン指揮のロサンジェルス・フィルと共演してデビューし、最近はサンフランシスコ交響楽団やフィラデルフィア交響楽団などのオーケストラとの共演もあり、多岐にわたる活動実績を知ってチケットを買ってみた。

 プログラムはベートーヴェンのソナタ「悲愴」と「ワルトシュタイン」の2曲、ショパンの「舟歌」・「幻想即興曲」ほか2曲、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァ―ヌ」と「ラ・ヴァルス」の2曲。

 3人の作曲家の特徴が良く解る演奏で、ショパンが特に心に響いた。ベートーヴェンはダイナミックであるが丁寧なタッチ、ショパンの持つ独特な詩のような音の表現、ラヴェルではオーケストラの曲「ラ・ヴァルス」をピアノで難なく弾くテクニックに魅せられた。プログラムの組み方、時間の割り振りなどリサイタルの盛り上げ方がうまい。メリハリの利いた演奏で期待以上のコンサートになって満足した。

 アンコールにショパンの「ノクターン20番」とドビュッシーの「月の光」ともう1曲は題名不明。とても良い気分で家路についた。

 

 
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ユンディ・リの来日公演中止


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 2000年の第14回ショパン国際ピアノコンクールに優勝して世界中で話題を集めて華やかなデビューを飾ったユンディ・リの来日公演が中止になった。尖閣諸島問題で中国政府から日本訪問の中止要請を受けたらしい。日本にはユンディ自ら希望の公式ファンクラブが5・6年前に東京に発足して全国に広がり、来日公演の折に交流イベントが毎回のように企画されているようである。

 ユンディ・リが初めて札幌にきたのが2001年4月、札幌メディアパーク・スピカで公演が行われた。当時は会場がKitaraでないことに不満があったが前年11月のガラ・コンサートに出演できなくて、Kitaraの会場を予約できなかったのだと思う。結果的にはテレビカメラを駆使していろんな角度からピアニストの表情や手の動きなどを見ることができたのでいつもと違った音楽鑑賞が楽しめたのは事実である。この時にコンクールで彼が演奏した曲のCDをすぐ買い求めた。

 2002年8月Kitara初登場。客席は満席。圧倒的な存在感でショパンとリストを弾いた。演奏会終了後のホワイエはCDを買い求めてサインを貰う客の長い列とユンディ・リ(木村拓哉に似た甘い顔)をカメラに収めようとする人々で辺りは少々騒然としていた状況が今でも目に浮かぶ。それぐらいユンディ・リの人気は凄かった。

 その後、彼はショパンとリストを集中的に勉強して、2006年にショパンとリストの「ピアノ協奏曲第1番」で真価を発揮したと音楽評論家の間で評価が高まった。記事中の写真はYundi LiがCDやプログラムに中国語で「李雲廸(由にシンニュウ)」とサインを入れていることがあるので載せてみました。

 3回目の来札はKitara10周年記念コンサートシリーズとして2007年9月にロリーン・マゼール指揮トスカニーニ交響楽団とプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番を演奏した。プロコフィエフの曲で有名なのは3番なのだが、2007年7月にベルリン・フィルハーモニーで小澤征爾指揮ベルリン・フィルとの共演でこの2番でベルリン・フィル・デビューを果たして成功を収めていた。
 当日の札幌のコンサートでもサインを求める列が余りにも長くて、私は後で小澤とユンディの輸入盤CDを店で購入した。そのうちユンディのCDに中国語の直筆のサインをもらい、彼と一言二言でも言葉を交わしたいと思っている。

 4回目の札幌公演はSTV創立50周年記念として2008年1月にあった。今度はリサイタルでショパンやリストのほかにムソルグスキーの「展覧会の絵」が演奏された。繊細で真面目な性格のユンディは焦らずにコツコツと勉強を積み重ねてレパートリーを徐々に増やしている様子が感じ取れた。

 5回目の2009年12月はワレリー・ゲルギエフ指揮マリンスキー劇場管弦楽団と共演でチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」でした。これはKitara が大好きでロンドン交響楽団やマリンスキー劇場管弦楽団と何回も来札公演を行っているゲルギエフが、チャイコフスキー・チクルスと称して2日連続で交響曲4・5・6番とピアノ協奏曲を組み合わせた結果、前々回の意欲的な挑戦的な選曲と違って定番の演奏曲となりました。

 6回目はユンディ・リ ピアノ・リサイタル2010として2010年4月にオール・ショパン・プログラムで開催された。主催会社のチケット販売方法に問題があり、特別先行発売があって最も高いチケットの価格にも関わらず、割り当ての席は演奏者の後姿が見える席で、普段の演奏会なら一番安い席に相当するか、聴衆が少ない時には販売しない席であった。かなり多くの人々が主催会社に抗議の電話をかけたようであった。私自身も納得がいかずに会社の事業部長に40分近くも電話で抗議した。

 コンサートの宣伝のチラシに演奏曲目の案内もなく、当日のプログラムも渡されずに聴衆の中には最後まで曲目も解らずに聴いていた人々が少なからずいたようである。私自身は音楽雑誌を通してプログラムは承知して出かけた。会場でプログラムを購入したが、予定のプログラムと内容が一部変更になっていたが、これは問題ではなかった。
 コンサート会場で当日のプログラムが全く知らせられずに実施された演奏会は後にも先にもこの時だけである。幸いなことにコンサート前日には動揺する気持ちを完全に切り替えてユンディの奏でる繊細で緻密なメロディに集中できて、ノクターンやソナタ第2番を堪能してホールを後にした。

 ユンディの世界に浸る7回目のコンサートが9月26日だったのだが、公演中止となったのは残念至極である。ベートーヴェンの3大ソナタは是非聴いてみたかった。政治と経済の分離はよく叫ばれるが、文化がその巻き添えになるのは堪らない。ユンディも20代の最後と30代の初めを迎える節目の時に一番残念に思っているに違いない。本人の意思でなく国家の介入で文化交流の機会が失われるのは誰しも望むところではない。こういう微妙な時にこそ文化交流を進めるチャンスなのだ。
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世界一と評判の高い札幌コンサートホールKitara

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 札幌コンサートホールKitaraが音楽専用ホールとしてオープンして15周年を迎えた。年間約400件開かれるコンサートに約40万人もの人々が来ています。

 私自身これまで約700回(大ホール600回、小ホール100回)Kitaraでコンサートを楽しんでいます。

 世界中のコンサートホールで音楽を聴いて写真を撮影してきた写真家の木之下晃さんはKitaraが間違いなく世界一の音楽ホールであると言っています。20世紀末までは世界の三大ホールはウイーンの楽友協会大ホール、アムステルダムのコンセルトへボウ、ボストンのシンフォニーホールという定評がありました。今では科学技術の発展により音響効果の優れたホールが世界中に続々と誕生しています。

 Kitaraが世界最高のホールと折紙をつけられる理由は何でしょうか。

Kitaraは都心近くにありながら、中島公園という水と緑に恵まれた自然の中に造られていて、ホールの立地環境が素晴らしいのです。写真でも分かるようにガラス張りの明るく開放的なエントランスホール、公園を臨むバルコニーのある広いホアイエ(foyer)はコンサートへの期待感を膨らませてくれる空間です。

 大ホールの正面にあるパイプオルガンは雄大な大地と針葉樹林という北海道のイメージを取り入れている。ブドウの段々畑のように見えるヴィンヤード型のホールはアリーナ形式で客席(2008席)がステージを取り囲む円形劇場のようになっていてそれぞれの座席からステージが見易く演奏者と聴衆との一体感が生まれやすい。観客相互の顔も見えるため感動を分かち合いやすくなっている。客席は10のブロックに分けられ、各ブロックは壁で隔てられて、音響効果を生み出すために作られたホール内の凹凸の形状にするのに北海道の高い木材加工技術が生かされている。

 ステージの天井の巨大な音響反射板と壁面の反射壁がホールに反射音を生み出し、どの座席でもほぼ同じ音を楽しむことができると言われている。残響時間の点からも、大ホールの素晴らしさが評判になっています。座席の裏に穴が開けられていて、中に音を吸い込む効果のある材料を入れることによって人体とほぼ同じ吸音効果を持たせている。空席時と満席時との残響時間の差を少なくしているのです。Kitara大ホールの残響時間は空席時2.2秒、満席時2.0秒になっている。12年前当時NHK交響楽団の音楽監督であったシャルル・デュトワは「リハーサルと本番で響きの違いが少ないので、音響の良さは日本一」と太鼓判を押しているのも納得です。

 クラシックのコンサートに適した長さの残響時間を得るためには大きな空間容積が必要です。目安として一つの座席あたり10.5立方メートルが必要とされていますが、世界でも名高い東京サントリーホールの10.5立方メートルに対してKitaraは14.34立方メートルあります。天井の高さがサントリーホールの13メートルに対してKitaraは23メートルあるのです。これらの点からも札幌コンサートホールの音響がより優れていることが解ります。
 
 Kitaraのホールの素晴らしさが世界に伝わって,それまでに多くの日本の音楽ホールの音響設計に携わってきた東京の永田音響設計は一躍脚光を浴びることになったようである。

 現在、世界で最も輝いている指揮者の一人であるワレリー・ゲルギエフは10年前Kitaraで初めて指揮をした時に音響の素晴らしさに感動して、永田音響設計に依頼してロシアのサンクトぺテルブルグのマリインスキー劇場の大ホールをKitaraをモデルにして2006年に完成させた話は有名である。

 Kitaraがオープンした1997年7月4日以降2.3年の間に数多くの世界的に有名な指揮者や演奏家が札幌を訪れ、音響の素晴らしさを異口同音に絶賛し、世界中の音楽家の間でその評判が伝わったらしい。Kitaraの評判を聞いて訪れるオーケストラや演奏家に加えてホールの視察に来た人も多く、2001年にはフィンランドのヘルシンキ管弦楽団の演奏時には楽団関係者や当時ロスアンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督のエサ=ペッカ・サロネンも同行していたようである。2003年ロスアンゼルスにWalt Disney Concert Hallが完成し、フィンランドのフィンランディアの大ホールも札幌を視察の後でKitaraを参考にして出来たホールである。

 世界最高の指揮者の一人ロリーン・マゼールは2013年4月のミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の来札でKitara でのコンサートが4度目になるが、2003年に初めてKitaraに来た時、楽屋に入る前にホールの中を時間をかけて全部見て歩いたほどKitaraの施設の素晴らしさに感動したそうです。

 Kitaraを訪れた世界の優れた指揮者や演奏家たちが札幌コンサートホールを世界最良のホールの一つと折紙をつける理由が少しでもお分かり頂けたら嬉しいです。

 最後になりますが、11月にゲルギエフがマリインスキー劇場管弦楽団を率いての来札公演(私自身は6回目)、2013年2月にはサロネンがフィルハーモ二ア管弦楽団とKitaraで初公演なのでシーズン当初から心待ちにしています。




 
 





 
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田部京子ピアノ・リサイタル

 前回、コンサート終了後に人生でサインを初めてもらった人を
イヴァン・フィッシャーと書いたが、それは実際は2回目のことでした。

 初めてサインを貰ったのはピアニストの田部京子さんでした。

 彼女は私と同郷の北海道室蘭市出身であり、
数々の国際ピアノ・コンクールで優勝したり上位入賞を果たし、
国際的にも活躍していたので注目していました。

 1999年11月に札幌コンサートホールKitara小ホールに
初出演ということで早速出かけました。

 シューベルトやシューマンの曲に加えて、現代音楽の
吉松隆の「プレアデス舞曲集」が演奏され、吉松の曲に魅せられて
CDを購入してジャケットにサインをしてもらったのを思い出しました。

田部は華やかな豪華な曲より深い思いを込めた曲を得意にしているようだ。
メンデルスゾーンの「無言歌集」もこの演奏会の折に買い求めた。
私自身の必ずしも好きなジャンルではないが、
何となく彼女のピアノによる歌曲に惹かれたのである。

 2010年夏の札響特別演奏会ではリクエストを募って決まったプログラムで、
3大ピアノ協奏曲の一つグリーグのピアノ協奏曲を担当した。
グリーグは彼女の好きな北欧の作曲家です。

 この数年、田部はカルミナ四重奏団と相性が良いらしく共演している。
札幌でのピアノ五重奏曲の演奏会を期待している人は結構いるのではないだろうか。
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ブタペスト祝祭管弦楽団とイヴァン・フィッシャー

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 札幌コンサートホールでの演奏会終了後に出演者から初めてサインを貰ったのは
イヴァン・フィッシャーからだったと思う。   

 1983年フィッシャーはピアニストのコチシュと共にブタペスト祝祭管弦楽団を創設し、
2000年5月に来道してKitaraで指揮をした。

諏訪内晶子がソリストで 
バルトークの「ヴァイオリン協奏曲第1番」とサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」を演奏した。
 
プログラムの最後はブラームスの「交響曲第1番」であった。

 アンコールにブラームスの「ハンガリー舞曲」から数曲が演奏された。
ハンガリーの巨匠の後を継ぐ際立った音楽のセンスが伝わってくる指揮ぶりに、
心も踊ってCDを買ってサインをしてもらったのを思い出す。
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第552回札響定期演奏会


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 今回の札響定期は小泉和裕指揮で
郷古廉のブラームス:ヴァイオリン協奏曲と
チャイコフスキーの交響曲第5番だった。

 郷古は数年前から注目していた大器で一度聴きたいと思っていた。
五嶋龍などの意気のいい演奏が印象に残っているせいか、
感動させられるところまでには至らなかった。

 チャイコフスキーは先月の尾高のN響の第5番の
感動的な演奏が脳裏にあって、比べるのは無理だったかも知れない。

 九月に入っても続く異常な残暑や夏風邪の影響もあって、
音楽鑑賞で今一つ充実感が湧かないのが気がかりでもある。




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池辺晋一郎と上杉春雄

 池辺晋一郎がしゃれたトークを交えながら音楽談義をしながら、
ピアニストの上杉春雄が格調高い演奏を繰り広げる。

 池辺と上杉がペアを組んで、池辺が作曲家の楽譜を分析しながら、
上杉がピアノで語り始める。時には二人で連弾したり、2台のピアノで演奏する。

 前回はゲストにソプラノの中丸三千絵を迎えて
前2回とは少し違った角度から音楽の深さに切り込んだ。

 今回はヴィオラの藤原真理、メゾ・ソプラノの波多野睦美
を迎えピアノのほかにポジティフ・オルガンも使ってバッハの曲だけを演奏した。

 東日本大震災の傷が癒えぬ中で「バッハの祈りと希望」は人々の心に刻むに相応しい曲だ。
毎年いろいろな作曲家に視点を当てているが、2年後のテーマは何になるだろう。
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シェナ・ウインド・オーケストラ

9月10日にシェナ・ウインド・オーケストラの第4回札幌公演が行なわれた。
前回の金聖響の指揮によるコンサートに続いて私にとって2回目であった。
最近は中学・高校生の吹奏楽への関心が高く各学校での部活動での技術の進境も著しいようである。
前回と違って学生が演奏する曲目としては難しい曲目を用意してさすがプロならではの演奏をした。

世界的に有名なパリ・ギャルド
2001年にKitaraで当時若手のトランペット奏者のナカリャコフと協演で演奏会を開いて
注目を浴びたことを思い出す。

今や日本を代表する吹奏楽団となったシェナ・ウインド・オーケストラは、
今回サキソフォン奏者栄村正吾のソロをフィーチャーして「グラナダ}を演奏した。
呼吸するにも大変な技巧を用いて鼻呼吸で楽器を操ったのは驚嘆に値した。BRAVO!

バーンスタインの「ウエストサイド・スト-リ―」
彼が曲を作った当初の題名は「イーストサイド・ストーリー」であったことを知っているひとは何人いるでしょうか。
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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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