オルガン・ウィンターコンサート 2017 ~ハンガリーからの贈りもの~

毎年恒例のKitara主催のオルガン・ウィンターコンサート。さっぽろ雪まつりの期間中に開催されている。数年前からは地下鉄中島公園駅とKitaraを結ぶ道がスノーキャンドルで灯される「ゆきあかり街道」となっている。オルガンを楽しんだ後はロマンティックな雰囲気を味わえる通りとなる。このコンサートは毎年のように聴いているが、昨年は脊柱管狭窄症による歩行困難でチケットを無駄にした。
今年は2000年9月から1年間、第3代札幌コンサートホール専属オルガニストを務めたハンガリー出身のファッサン・ラスロがリサイタルを行った。彼が出演したコンサートは03年に2回、04、08年に続いて今回が5度目だと思う。
昨日までにチケットは完売していて当日券はなし。広いエントランス・ホールは入場を待つ人々で長蛇の列をなしていた。

2017年2月11日(土) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈Program〉
J.S.バッハ:トッカータ、アダージョとフーガ ハ長調 BWV564
モーツァルト(サットマリー編):教会ソナタ第17番 ハ長調 K.336
メンデルスゾーン:オルガン・ソナタ ハ短調 作品65-2
ワーグナー(リスト編):歌劇《タンホイザー》より 「巡礼の合唱」
リスト(ファッサン編):チャールダーシュ・オプティスネ
バルトーク(ファッサン編):15のハンガリー農民の歌より 「古い舞曲」
アンタルフィー=ジロシュ:黒人霊歌によるスケッチ
ファッサン:「雪の降るまちを」による即興演奏

Fassangは1973年、ブタペスト生まれ。98年にリスト音楽院を卒業後、パリ高等音楽院に学ぶ。2000年から1年間の滞日のあと、数々のコンクールの受賞歴を誇る。02年カルガリ国際オルガンコンクールの即興部門で優勝、04年シャルトル国際コンクール優勝。リスト音楽院教授としての活動とともに国際コンクールの審査やコンサートで国際的に活動している。14年よりパリ国立高等音楽院でも教鞭を執る。

500円で休憩なし1時間の昼間のコンサートは家族連れや若者が目立った。雪まつりで来札した観光客と思われる人々の姿もあった。ワンコインで気軽に楽しめるオルガン・コンサートのチケットが完売になることは偶々ある。本日のプログラムも興味をそそるものではあった。巧みなプログラミングで変化に富む曲が用意されたいた。

前半3曲は3人の作曲家によるソナタ作品。
バッハが書いた250曲ほどのオルガン曲のうちで、「BWV565」は歴代の専属オルガニストが就任時の最初のコンサートで演奏する曲で毎年耳にする最も有名な曲。本日の演奏曲「BWV564」はイタリア協奏曲様式の影響を受けて書かれた3楽章構成の作品で、コンサートでも度々演奏されて親しまれている。
今日は2階中央席が満席で、オルガニストの手と足が見える2階RA席に座った。「トッカータ」が先ず手鍵盤の演奏で始まり、直ぐ足鍵盤による演奏がかなり長く続いた。力強い超絶技巧の演奏を興味深く観察できてラッキーだと感じた。「アダージョ」では抒情的な旋律が歌われ、続いて躍動的な「フーガ」でフィナーレ。約15分の曲中、第2曲のあとで拍手が起こったが止むを得ない。

モーツァルトは教会ソナタ」というジャンルの作品を何曲か書いているという。本日の作品は弦楽器とオルガンで演奏されるものを、ハンガリーのオルガニストがオルガン独奏曲に編曲したそうである。
続いて、バッハの作品の再評価に貢献したメンデルゾーンがバッハに敬意を表して書いたオルガン曲。ファッサン・ラスロの解説によると、最終楽章のフーガはバッハの作品に似て、小さな流れで始まった川がやがて大海に到達するかのように構成されている。

後半はハンガリー出身の偉大なピアニスト・作曲家リストとバルトークの作品を中心に構成。

「タンホイザー」はワーグナーのオーケストラ作品で親しまれている。リストがピアノ曲用に編曲した「巡礼の合唱」をオルガン曲として聴くのは今回が2回目であるが、力強い曲が柔らかい音で始まり、最後には音が消えていくような瞬間を聴き入った。

「チャールダーシュ」はハンガリーの民俗舞曲として知られ、モンティのヴァイオリン曲が有名である。“固執したチャールダーシュ”の意味をもつ「チャールダーシュ・オプスティネ」はモチーフが何度も繰り返される。昨年11月に他界したハンガリーが生んだ偉大なピアニストで指揮者としても活躍したゾルタン・コチシュのピアノ演奏をファッサンは子どもの頃にLPレコードで熱心に聴いていたという。コチシュを偲んでオルガニスト自身の編曲で演奏された。

バルトークはハンガリーの偉大な作曲家で、ハンガリー人はバルトークの民俗音楽なして育っているとは考えられないほどである。彼の管弦楽作品や弦楽四重奏曲がKitaraでは演奏される機会は多い。民俗楽器で演奏される農民の歌に親しむ環境で育ったファッサンがピアン作品をオルガン曲に編曲してハンガリーの民俗音楽文化を広げる意欲を感じた。

※Kitara3代目専属オルガニストはラスロと記憶していた。ファッサンと言う名はハッキリ記憶していなかった。やっと気づいて思い出した。ハンガリーでは日本と同じように名前は姓が先で名が後にくる。バルトーク・べーラがハンガリーでの名前。欧米式の影響でベーラ・バルトークと日本語で書かれていることもある。

アンタルフィー=ジロシュは初めて耳にする名。バルトークと同時期にリスト音楽院で学び、オルガンのヴィルトゥオーゾで即興演奏家・作曲家として活躍したという。リスト音楽院教授、ハンガリーの大聖堂のオルガニストを務めた後にアメリカに移住。
黒人霊歌とジャズ風の曲を聴きながらアメリカ人の作曲のように思えて非常に聴きやすい曲になっていた。後で解説を読んで成程と思った。ファッサンはリスト音楽院オルガン教授の前任者のひとりとして彼を偲んで演奏した。
この種のオルガン演奏は世代を超えて人々の心に染み入る音楽として聴けてとても新鮮だった。

※ハンガリーで育ち、アメリカに移住して世界的な指揮者として活躍したジョージ・セル、ユージン・オーマンデイ、ゲオルグ・ショルティ、フリッツ・ライナーなど偉大な指揮者の名が浮かんでハンガリーの音楽界が一時代を築いたことに思いを致した。

最後の曲はファッサン得意の即興演奏。彼がKitaraで収録したオルガンCD「バッハ&リスト オルガン名曲選」にも即興演奏も含まれていた。また、その後のKitara出演時にも即興演奏を行っていた。日本で愛唱される「雪の降るまちを」をテーマに、自由自在にKitaraのオルガンを操って日本らしい情緒溢れるメロディを奏でた。

最初から最後まで暗譜で弾き切った。変化に富んだプログラムで聴衆を惹きつけ、ブラヴォーの声が上がるほどに魅力的な演奏であった。経験を積んでパリ国立高等音楽院でも指導者を務めるほどのオルガニストになっていることが頷ける素晴らしいコンサートであった。

最後にマイクを手にメモ用紙を見ながら日本語で挨拶して拍手を浴びた。アンコール曲は「ジャズ即興演奏」。

多くの人が苦労して作った「ゆきあかり街道」に火が灯っていたが、4時過ぎの時間では周囲が明るすぎて人々が注目するイヴェントにならなかったのは残念であった。まつりを盛り上げる雰囲気が空回りでは企画した人たちの努力が実らず気の毒であった。
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ダヴィデ・マリアーノ デビューリサイタル(Kitara専属オルガ二スト)

2016年10月8日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

第18代札幌コンサートホール専属オルガニストは今回初めてイタリアから赴任する。札幌市は毎年1人若手のオルガニストをヨーロッパから招いている。これまではフランス人が多かったが昨年はアメリカから初めてオルガニストを迎えた。
ダヴィデ・マリアーノ(Davide Mariano)は1988年、イタリア生まれ。イタリア、ウィ―ンの音楽院に学び、オルガンとチェンバロの修士号取得。2008年以降の国際コンクールで優秀な成績を収めている。2015年にパリ高等音楽院でミシェル・プヴァ―ル、オリヴィエ・ラトリ―らに師事。16年、アーテイスト・ディプロマ・オブ・オルガンを取得。これまでに、ウィ―ン楽友協会大ホールやマドリード国立音楽堂をはじめ欧米やアジア各国でコンサートを行うほか、ヨーロッパ各地の音楽祭に出演。

〈Program〉
 J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
 クープラン:「修道院のためのミサ」より ティエルス・アン・タイユ
 ヴィヴァルディ(J.S.バッハ編):協奏曲 イ短調 BWV593
 モーツァルト:アンダンテ ヘ長調 K.616
 J.S.バッハ:前奏曲とフーガ ト長調 BWV541
 ヴィドール:オルガン交響曲 第6番 ト短調 作品42-2より 第1・4楽章
 ヴィエルヌ:幻想的小品集より 即興曲 作品54-2
 ボッシ:スケルツォ ト短調 作品49-2
 ギルマン:オルガン・ソナタ第1番 ニ短調 作品42より 第3楽章

前半5曲は18世紀までのオルガン音楽。「バッハ:トッカータとフーガ」は最も有名なオルガン曲。Kitaraでオルガンを聴き始めてからCDやコンサートで何十回も聴いている。オルガン曲を聴いてすぐタイトルが分るのはこの曲ぐらいである。自由な即興演奏は何度聴いても親しみが湧いて飽きない。

バッハはヴィヴァルディの協奏曲をオルガンとチェンバロのための作品に編曲している。「ニ短調 BWV596」が第15代オルガニスト、カチョルのCDに収録されていた。

「モーツァルト:アンダンテ」は自動オルガンのための曲で、数年前に第5代メルツォーバとカチョルの連弾で聴いたことがある。

「バッハ:前奏曲とフーガ ト長調」は求職中の長男ヴィルヘルム・フリーデマンのために写譜してオーディションに備えさせた曲と言われる。息子は幸いドレスデンの教会オルガニストの職を得て12年間つとめた。この曲はイタリア風の明るい曲調で演奏技法も凝らされオルガン曲として優れていると思った。

演奏終了後にブラヴォーの声が上がるぐらいに聴衆を魅了する素晴らしい演奏であった。譜めくりストを置かずに演奏したのでRA.席に座った人はオルガニストの手元、足元がハッキリ見えて良かったと思う。(以前RA席に座って手鍵盤、足鍵盤が見えたが近年は譜めくりストがいる場合が多くて2階席や3階席から鑑賞している。今後はオルガン・ソロの場合にはRA席かLA席に座ってみる気になった。) 前半が終って解りやすいオルガン音楽を楽しめた。

後半は19世紀以降のオルガン音楽。ヴィドール、ヴィエルヌは第10代以降のオルガニストの演奏会を通して彼らの名を知るようになった。「ヴィドール:オルガン交響曲第6番」は今までに演奏会で2・3度聴いたことがある。
「オルガン交響曲第6番」はオルガン制作技術の発展によって大規模なオルガン音楽として書かれた。1878年パリ万博に際して作建設された宮殿の公共コンサートホールでヴィドール自身が初演した曲。「第1楽章 アレグロ」は足鍵盤も頻繁に使われた壮大な演奏となった。
「第4楽章 カンタービレ」はオーボエやトランペットの音色で奏でられる美しいメロディ。第1楽章と比べて響きが対照的であった。19世紀のオルガン音楽がオーケストラの交響曲のように作られていることを実感した。

第1楽章と第4楽章の間に「ヴィエルヌ:幻想小品集より “即興曲”」が演奏された。ヴィエルヌはヴィドールの弟子で印象主義の作曲家。ヴィエルヌの作品はドビュッシーのピアノ曲のオルガン版のように叙景的な特徴がある。ヴィエルヌの曲はCDでしばしば聴いている。Kitara専属オルガニストの日本語サポート活動を通して知り合った3人のオルガニスト(第10代シルヴァン・エリ、第11代シンディ・カスティーヨ、第12代ローラン=シプリアン・ジロー)がリリースしたCDの中に「ヴィエルヌの幻想小品集」より数曲が収録されている。“太陽の賛歌”、“月の光”、“ライン川で”など。今日のコンサートの前にヴィエルヌの曲を再び聴いてみた。オルガン曲に親しむと同時に彼等との交流を思い出す機会ともなっている。

ボッシとギルマンは初めて聞く名前。ボッシはヴィドールやヴィエルヌと同時代のイタリアの作曲家。フランスの作曲家のスケルツォに影響を受けたボッシはイタリア的要素を「スケルツォ」作品として多く残した。彼は演奏旅行でイタリアのオルガン楽曲を世界に広めたコンサート・オルガニストであった。明るいイタリアの雰囲気を感じさせる曲であった。
ギルマンは1878年パリ万博の際に宮殿のコンサートで「オルガン・ソナタ第1番」を初演。「第3楽章 フィナーレ」は合唱のようなオルガンの大音響で演奏された。本日のコンサートのフィナーレを飾るにふさわしい華々しい曲となった。

オルガン・コンサートはその時によって客の入りが違うが今日は多い方だったと思う。プログラミングが巧みでオルガン曲に慣れていない人でも充分に楽しめるコンサートであった。私自身の好みもあるが今日のコンサートは大満足であった。例年2回ほどのオルガン曲の鑑賞を増やしても良いと思えた。
マリアーノは“アンコール曲にバッハの小フーガを演奏します。楽しんでください。”と日本語で挨拶して聴衆に好印象を与えた。アンコール曲はニ短調の「トッカータとフーガ」と並んで有名な作品で、マリー=クレール・アランのCDで聴いている曲だと分かった。



Kitaraのバースディ 19th Anniversary (オルガン・コンサート)

新旧専属オルガ二ストの共演で祝うKitaraの開館記念日

2016年7月9日(土) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

出演/ ジョン・ウォルトハウゼン(第17代)、 ローラン=シプリアン・ジロー(第12代)

〈Program〉
 J.S.バッハ:前奏曲とフーガ ロ短調 BWV544、 白岩優拓(北海道作曲者協会):BIRTH Ⅲ~オルガンソロのための~、  ボナル:バスクの風景より “朝のベオルギーの谷”、 フランク:3つの小品より 「英雄的小品」 ロ短調
                        以上の演奏/ John Walthausen

 バリエ:オルガンのための3つの小品 作品7より “行進曲”、 ルフェビュール=ヴェリ:演奏会用ボレロ ト短調 作品166、 J.S.バッハ(ヴィドール編曲):フルートとチェンバロのためのソナタ第2番 変ホ長調 BWV1031より “シチリアーナ”、 ボネ:大オルガンのための12の小品より “風景” 作品10-9、 ギルマン:演奏会用小品 作品24
                         以上の演奏/ Laurent - Cypyien Giraud

メルケル:4手のためのオルガン・ソナタ ニ短調 作品30より Ⅰ.アレグロ・モデラート
 モーツァルト:幻想曲 ヘ短調 K.608                            
                             連弾

オルガン・ソロの作曲家で知っている名はバッハ、フランク、ヴィドールだけ。フランク(1822-90)はパリ音楽院在学中にオルガン曲の才能が充分に評価されなかったが、後にパリ音楽院教授となって偉大な足跡を残した。彼のヴァイオリン・ソナタはコンサートで演奏曲目になることが多い有名な作品。今までもオルガン・リサイタルでフランクの作品を聴く機会があったが、今回演奏された「英雄的小品」は迫力ある曲調と抒情的な旋律が組み合わさった極めてドラマティックなオルガン曲で強く印象に残った。1878年のパリ万国博覧会でフランク自身のオルガン演奏で初演されたそうである。フランクはオルガ二ストとしても名を馳せた。

北海道の新進作曲家の作品は理解が難しかった。曲に様々な技巧が施された作品らしいが音楽の知識が足りないためか、曲の良さを解らずに想像力も働かないうちに終った。

ローラン=シプリアン・ジローは1982年、フランス・ニース生まれ。09年9月~10年8月、第12代札幌コンサートホール専属オルガニストを務めた。現在、ニ―スのノートルダム教会堂専属オルガ二スト。ラジオのパーソナリティーとしても活躍中。

「演奏会用ボレロ」は聴いていると思わず身体が浮き立つほどの魅力にあふれたダイナミックな曲。ヴィドールがバッハの器楽曲を編曲した曲集《バッハの思い出》の中の1曲「シチリアーナ」も魅力的な音楽だった。

1曲が4・5分程度の小品4曲の後に演奏された最後のソロ「演奏会用小品」は15分程度の交響的形式の作品。“コンサートのための”作品は卓越した演奏テクニックが散りばめられて聴く者を惹きつける。
後半のプログラムでオルガンコンサートも盛り上がった。ジローさんは在任中と比べて聴衆を喜ばせるプログラミングも一段と巧みになったようである。

連弾の前に2人のオルガ二ストが日本語で挨拶して一層会場が和やかな雰囲気になった。
モーツァルトの珍しいオルガン曲である〈自動オルガンのための「幻想曲」〉は数年前にKitara専属オルガ二ストの女性2人が演奏した記憶がある。
盛大な拍手に応えてのアンコール曲は「ワグナー:ワルキューレの騎行」。聴き慣れたメロディが繰り返して出てきて客も大喜び。コンサートも大いに盛り上がって無事終了した。

第17代オルガ二ストのCD発売初日でサイン会があって人々が列に並んでいた。ホワイエにジローさんの姿が見えて近寄ると彼が私に気づいた。“お久しぶりです”と言って握手を求めてきた。6年ぶりの懐かしい再会であった。

※実はジローさんがKitara専属オルガ二スト在任中に私はKitaraボランティアとして彼の日本語サポート活動に携わっていた。一年間に十数回、彼に日本語を教えていた。彼の言語習得能力は目覚ましく簡単な日本語では物足りなくて結構高度なレベルで学んでいた。平仮名、片仮名はすぐに覚え漢字も平易な漢字は覚えた。日本の文化として47文字から成る「いろは歌」にも触れた。今、思い出しても懐かしい。“色は匂へど散りぬるをわが世誰ぞ常ならむ有為の奥山今日越えて浅き夢見し酔ひもせず”を英語に訳して説明するために私自身も勉強したものだ。仮名が漢字の楷書体から草書体への変換で作られたことも具体的にいくつかの例で学習したことを懐かしく思い出している。毎月1回は会っていたので彼からも様々な刺激を受けていて思い返すと懐かしいことが沢山ある。教えることで自分も学んでいたのである。
コンサートがある度に過去と現在を結び付けてブログに綴っている。脳を活性化させる一助にもなっていると思って続けている。

オルガン・サマー ナイト・コンサート

タイトルは “Organ Summer Night Concert” となっていても北海道は春の時期。ネーミングはピンとこないが2月のウインター・コンサートは聴き逃したので、夕方ワン・コインで楽しめるオルガン・コンサートを聴いてみることにして先週チケットを買った。ウォルトハウゼンが昨年9月Kitara専属オルガニストに就任して開いたデビュー・リサイタルを聴いて以来である。5月末から1日おきにKitaraに通っていることになる。

2016年6月4日(土) 18:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

出演/ ジョン・ウォルトハウゼン(第17代札幌コンサートホールKitara専属オルガニスト)

〈Program〉
 ヴィエルヌ:幻想的小品集より “月の光” 作品53-5
 ラフマニノフ(ヴィエルヌ編曲):前奏曲 嬰ハ短調 作品3-2
 ポーレ:ラウス
 デュリュフレ:オルガン組曲 作品5

ヴィエルヌ(1870-1937)というフランスの作曲家の名は10年ぐらい前に知った。2007年4月から2008年3月まで《世界オルガン名曲シリーズ10人のオルガニスト》という画期的なコンサートがオルガン音楽に親しむ切っ掛けになった。歴代10人のオルガニストによるリサイタルは全て聴いた。コンサートを通してバッハ以外に初めて聞く名の作曲家が多かった。ヴィエルヌの「幻想的小品集」より何曲か演奏されることもあった。

2007年4月からKitaraボランティア活動を始めた。同年9月から第10代~第12代まで3人の専属オルガニストに日本語を教える活動も加わってオルガン鑑賞の機会が増えた。彼らがそれぞれ作ったCDには「ヴィエルヌ:幻想的小品集」の一部が収録されている。その後のオルガン・コンサートでこの曲目の演奏があるような時には予め耳にしている。
「幻想的小品集」は各6曲から成る6巻全24曲。彼らのCDには作品53は5曲が入っている。第5曲「月の光」はべート―ヴェンとドビュッシーの曲を連想させる。月の光はロマンティックで夢見心地に誘われるような曲。ウォルトハウゼンが今日のコンサートに寄せたメッセージからも選曲の意図がうかがえた。作品53で他は4分程度の小品だが、この第5曲は約10分。

ヴィエルヌはオルガン奏者としても世界各地でコンサートを開催した。彼は同年代のラフマニノフの有名なピアノ曲として知られる前奏曲「鐘」をオルガン曲に編曲した。原曲の素晴らしさがオルガン曲で表現された。

ポーレ(1962- )は現代作曲家で彼の作品は世界各地で演奏されているというが、初めて耳にした現代音楽はリズムが不安定であり曲の理解が難しかった。
 
デュリュフレ(1902-86)のオルガン組曲は「前奏曲」、「シシリエンヌ」、「トッカータ」の3曲から成る。シチリア島の民族舞踊から生まれた“シシリエンヌ” という古い舞曲形式の曲はピアノ曲やヴァイオリン曲として聴くことが多い。(*シシリエンヌはフランス語で“シチリア―ノ”、“シチリアーナ”というイタリア語で呼ばれることもある。) 第11代の専属オルガ二ストが収録したCDにこの曲が入っていてコンサートの前に久しぶりに聴いてみた。
第1曲、第2曲の落ち着いた優しい雰囲気の曲の後に力強い伝統的な形式の「トッカータ」が続いた。前2曲とは対照的な荒々しい迫力あるフィナーレの曲。デリュフレはオルガン奏者・作曲家として名高いが、このオルガン組曲はとても聴きごたえがあった。

開演が午後6時に始まる正味45分間のコンサートは今日では珍しいが、結果的に人々が集まりやすいコンサートになったようである。〈10人のオルガ二スト〉でチケットが完売になった時も2・3回あったが、オルガン・コンサートで1500名程度の客が集まるのは度々あることではない。今日は両親と子供の親子連れの姿も目立った。45分程度は子供も飽きずに鑑賞できる適当な時間で父親も土曜午後6時の開演時間は都合が良いのだろうと思った。

今回のコンサートは個人的には過去のオルガ二ストたちとの出会いを思い出す機会にもなって良かった。

ミシェル・ブヴァ―ル オルガンリサイタル

〈Kitaraワールドソリストシリーズ〉

Kitara初のオルガンリサイタルは1997年7月12日の札幌コンサートホールオープン記念コンサート。札幌の姉妹都市ミュンヘンから世界的なオルガニスト、エドガー・クラップを迎えて行なわれた。大ホールの正面に設置された全長およそ12メートルのパイプオルガン。外観は木枠に大きな針葉樹林のように86本のパイプが並び、トランペット管116本が観客席に向かって中央部分から突き出ている。この日に巨大なオルガンからオーケストラのように奏でられた音楽を耳にした喜びは私の心に強烈な印象を残した。
その後、ジリアン・ウィーア、マリー=クレール・アラン、ミシェル・シャプイ、オリヴィエ・ラトリー、トン・コープマンなど海外の著名なオルガニストが次々とKitaraに登場した。当時は彼らの名前も初めて耳にするぐらいでオルガンに対する知識は殆ど無に等しかった。
毎年ヨーロッパの優れた若手オルガニストを招くKitara専属オルガニスト制度が1998年に始まったお陰でオルガンに親しむ機会が増えた。98~99年には「オルガンの仕組みと音楽」、「バッハのオルガン音楽」と題したオルガン入門講座にも参加した。マリー=クレール・アランのバッハ:オルガン名曲集を聴き出したのもこの頃で今でも時々耳にする。
2000年以降、それまで年2回くらいだったオルガン鑑賞がKitaraボランティア活動を始めた2007年から急に増え始めた。オルガニストに日本語を教える活動が入ってオルガンをより身近に感じるようになったのだと思う。歴代の専属オルガニストたちが学んだパリ国立高等音楽院についても知識が増え、日本に派遣するオルガニストの選考にオリヴィエ・ラトリ―が深く関わっていることも知るようになった。

今回のコンサートを機にミシェル・ブヴァ―ルの名を初めて知って、彼の業績を知り得た。

2016年4月16日(土) 14:00開演 札幌コンサートホールKitara大ホール

出演/ ミシェル・ブヴァ―ル、  宇山=ブヴァ―ル 康子

Michel Bouvardは1995年、パリ国立高等音楽院教授に就任して世界中から集まる若手オルガニストの指導にあたり、演奏家としても25ヶ国以上で千回を超えるコンサートを行っているフランス・オルガン界の巨匠。2010年からヴェルサイユ宮殿のオルガニスト。(*4名の宮殿首席オルガニストのひとり)
夫人のYasuko Uyama=Bouvardは京都出身。東京藝術大学卒業後、パリ国立高等音楽院に学ぶ。オルガンとクラヴサンの国際コンクールで2度優勝。ソロ・室内楽ともに活躍中。現在、トゥ―ルーズ地方音楽院教授、サン・ピエール教会のオルガン奏者。

〈プログラム〉 
 J.S.バッハ(イゾワール編曲):4台のチェンバロのための協奏曲 イ短調 BWV1065
 シャルパンティエ:「テ・デウム」への前奏曲
 デュモン:前奏曲 第3番、第7番、第10番、第14番
 クープラン:教区のミサより グランジュの奉献唱 
        クラヴサン曲集 第3巻 第15組曲より  
              「ショワジのミュゼット」、「居酒屋のミュゼット」
 モーツァルト:ディヴェルティメント第9番 変ロ長調 K.240
 メンデルスゾーン(スミッツ編曲):厳格な変奏曲 ニ短調 作品54
 デュプレ:行列と連祷 作品19-2
 J.ブヴァ―ル:バスク地方のノエルによる変奏曲
 J.アラン:連祷 JA119
 デュリュフレ:アランの名による前奏曲とフーガ 作品7

10分ほどのバッハの曲はヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集『調和の霊感』を原曲にして書かれた作品。よく耳にする「トッカータとフーガ」とはちょっと違った感じがしたのは当然だろう。

今日のプログラミングが絶妙と思ったのは演奏終了後の感想である。最初の曲が《バッハの音楽》、2曲目から5曲目までが《ヴェルサイユのフランス音楽》、前半最後の曲がモーツァルトがヴェルサイユ宮殿に関わるもの。休憩後の後半5曲が《ロマン派、交響楽派、ポスト交響楽派》とサブタイトルがつけられていた。

ルイ14世によって始まったヴェルサイユ時代は1682年~1789年。デュモンはルイ14世の教会音楽監督としてシャンソンを基にオルガン曲を書いた。4曲とも3手による演奏。シャルパンティエは初期のヴェルサイユ楽派を代表する作曲家で多くの教会音楽を残した。原曲はオラトリオで「前奏曲」は祝祭的な行事などで流されて親しまれているという。いろいろな編曲があるが、本日は3手のオルガンによる演奏。
上記の作曲家の名は馴染みでないが、クープランはラヴェル作曲のピアノ曲「クープランの墓」で人々に知られている。1678年に注文しされ1710年に出来上がったオルガンをヴェルサイユ宮殿王室礼拝堂で披露演奏したのがフランソワ・クープラン(1668-1733)。「奉献唱」はオルガン独奏。オルガン・ミサの歴史の中で頂点に立つ傑作と言われる。(*ヴェルサイユ宮殿ではルイ14世が自ら選出した4人のオルガニストが春夏秋冬を交代で務めることになっていた。)クープランが残したクラヴサンによる曲は連弾。

モーツァルトのデヴェルティメントは18世紀中ごろに流行った嬉遊曲でアンサンブルのための自由な形式の比較的に短い曲。K.240 はザルツブルク大司教のための食卓音楽だったそうで極めて軽やかで楽しい曲。楽器編成がオーボエ2、ファゴット2、ホルン2の木管6重奏曲を4手によるオルガンのための編曲で演奏された。
モーツァルトは7歳の時にルイ15世の御前演奏をして以来何度かヴェルサイユ宮殿を訪れた。宮殿のオルガニストにとの王の誘いを断ったエピソードが伝わっている。フランス革命後に長年閉じられていた王室礼拝堂のオルガンの修復が行われた後のオルガニストに就任したのがミシェル・シャプイだった。シャプイの後任がミシェル・ブヴァ―ルである。モーツァルトの曲を演奏した理由が判明して曲の楽しさと合わせて面白かった。軽やかで心も癒される演奏は極めて楽しかった。

後半のプログラムは全てオルガン・ソロ。5人の作曲家で馴染みでないのはJ.ブヴァ―ルだけ。彼はミシェルの祖父で、バスク地方のクリスマスの主題と4つの変奏曲は親しみやすい曲作りに思えた。デュプレとアランの曲はタイトルが難しくて曲のイメージが掴めないが、高度な技術で流れるようなリズム感ある演奏。ジャン・アランは第二次世界大戦中に29歳の若さで戦死したが、パリ音楽院時代に多くの作品を残した。彼は20世紀の世界最高のオルガニストとして有名なマリー=クレールの兄としても知られる。

メンデルスゾーンはバッハのマタイ受難曲の復活演奏を行なって19世紀にバッハ音楽復興に寄与したことでの選曲かなと思った。原曲はピアノ独奏曲で数年前に曲名を知った。主題と17の変奏曲とコーダから成る15分弱の曲で本日の演奏曲で一番長い。

最後のデュリュフレの曲は若くして戦死したアランを追悼する曲で今までの演奏会でも聴いたことがある。専門的にはよく解らないがアラン(Alain)の名を音名変換して得られる音列(ラレララファ)を使って書かれているという。

Kitaraのオルガンは演奏家が望む音を出せるオルガンとして評価が高い。ブヴァ―ルはやたらに高音をドラマティックに鳴らさずに、大音量は効果的に使ったのはわずかで、細かい音も単音でなくて滑らかに流れるような和音となって心地よくホールに響き渡った。彼が紡ぐ音はまさに絶妙で聴く者の心に深く響いてきた。今まで50回以上は聴き続けたオルガン演奏会でこんな風に感じたのは初めてかもしれない。演奏終了後には他の聴衆の反応からも感動の様子が伝わってきた。オルガン演奏会では聴衆は静かに耳を傾けていて盛大な拍手があっても、歓声が上がることは経験したことが無かったと思うが、今日は歓声が上がった。

ブヴァ―ルはマイクを手にして英語であいさつ。“日本語を話せなくてすいません。Kitaraのオルガンを演奏できて嬉しく思います。”と話し、続けてアンコールのソロのクリスマス曲と2曲目のYasukoとの連弾曲を紹介して演奏。
アンコール曲は「J.ブヴァ―ル:フランスのノエル」と「ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 四季 冬より “ラルゴ”」

※Kitaraのオルガンはフランスのケルン社が2年の歳月をかけて制作して、同社の社長で製作者のダニエル・ケルンが自らKitaraでの設置と整音作業を4ヶ月にわたって行った。彼の父親アルフレッドはシュヴァイツァー博士と交流があり、博士の励ましによって会社を設立した話が伝わっている。シュヴァイツァー博士はノーベル平和賞受賞の医師として知らぬ人がないほどの偉人であるが、彼がオルガにストだったことはあまり知られていない。その点で昨年のKitaraギャラリーでのシュヴァイツァー展は良い企画だったと思う。(*彼は30歳まで学問と芸術に生きて、その後に医学を学んで奉仕の道に進む決意をした。)シュヴァィツァーは医師の資格をとってからアフリカでの医療奉仕活動に従事して、お金が必要になるとヨーロッパでオルガニストとして演奏活動を行なって得た収入を病院での活動につぎ込んでいたといわれる。彼は当時プロのオルガニストでもあった。

※昨日と今日は3ヶ月ぶりにKitaraボランティアとしてダイレクトメールの活動に参加した。ボランティア同士で作業をしながらお互いに話をしたり聞いたりして気分転換が図れた。今日の午前中の作業が早く終了して、午後のコンサートが始まるまで時間が充分にあったので中島公園内にある北海道立文学館を訪ねた。館内に他に観覧者がいなくて落ち着いて時間をかけて数年前とは違う展示物を読んだ。北海道出身の作家たちの名に親しみを覚えたり、前回までに気づかなかった情報も得れて思ったより充実した時間が過ごせた。午後のコンサートで今までにない楽しみ方が出来たのは一日の流れが好結果を生んだような気がした。









 

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ウォルトハウゼン デビューリサイタル(Kitara新専属オルガニスト)

札幌コンサートホールKitaraは2015年2月16日から4ヶ月間は改修工事のため休館となったため毎年9月から1年間に亘って活動するヨーロッパの若手オルガニストを招いていたプログラムを昨年の秋は招待を取りやめていた。今年の秋から新しい専属オルガニストを招く制度が再開された。今回は初めてアメリカ出身のオルガニストが専属オルガニストとなる。

第17代札幌コンサートホール専属オルガニスト 
ジョン・ウォルトハウゼン デビューリサイタル

2015年9月20日(日) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

John Walthausenは1991年、ニューヨーク生まれ。オーバリン大学でオルガンとチェンバロを学ぶ。2011年、パリ国立音楽院に入学してオルガンをオリヴィエ・ラトリー、ミシェル・ブヴァ―ルに師事。13年、最優秀の成績で修士課程を修了。欧米の各都市でリサイタルを開催し、国際オルガン・コンクールでも第1位を獲得。数多くの音楽祭にも招かれている。
現在は現代作曲家の作品を広く研究して演奏を行っている。

〈プログラム〉
 ブルーンズ(1665-97):前奏曲 ト長調
 J.S.バッハ(1685-1750):コラール「おお汚れなき神の子羊」 BWV656
                  (ライプツヒ・コラール集より)
 ヴィヴァルディ(1678-1741)(J.S.バッハ編):協奏曲 ニ短調 BWV596
 ローランド(1989- ):わたしの夢はただひとつの名を持ち
 ヴィエルヌ(1870-1937):オルガン交響曲第3番 嬰へ短調 作品28

名を初めて聞くブル-ンズはブクステフーデに師事したデンマーク出身のオルガニスト。31歳で亡くなり、生涯で遺したオルガン作品は4曲だけだった。最初に演奏されたのは5つの部分から構成された7分程度の曲。足鍵盤で2つの音を両足で同時に弾く奏法が珍しかった。

1曲目が終わって日本語で挨拶して聴衆の拍手を浴びた。
バッハのコラール集で何曲かメロディに親しんでいるものはあるが、この曲は馴染みではなかった。

ヴィヴァルディのオーケストラ作品は力強さ、華麗な演奏技術、和声の明瞭さでバッハの時代に人気があった。バッハはオーケストラでなくてもヴィヴァルディの作品が楽しめるように多くの楽曲をオルガンやチェンバロ用に編曲した。「協奏曲ニ短調」は力強い演奏であった。この曲は人気があるのか、第15代Kitara専属オルガニストのマリア・マグダレナ・カチョルがCDに収録しているのに帰宅してから気付いた。後日、聴いてみようと思う。

ウォルトハウゼンが好きな作曲家は“J.S.バッハと現代の作曲家”だそう。今回のリサイタルで彼の友人でもあるローランの作品を紹介した。ローランはフランスの作曲家で、彼が18歳の時に作曲した初めてのオルガン作品。最初から何とも独特な音の展開にビックリ。音楽祭のコンクールで特別賞を受賞した作品という。
曲を聴いた第一印象は“ニューヨークをバックグラウンドにする音楽はヨーロッパの教会音楽を基にした音楽とは土台が違う”というもの。後でプログラムの解説を読んでヨーロッパ出身の作曲家の作品と知って2度ビックリ。変な先入観は役立たずと思い知らされた。次回以降の現代の作曲家の作品を耳にする楽しみが増すことになった。

ヴィエルヌはバッハに次いでKitara専属オルガニストが演奏会やCDでその作品を多く演奏している作曲家。「幻想的小品集」と「オルガン交響曲」が特に有名な作品である。「オルガン交響曲第3番」は大曲で5楽章構成。情熱的で緊張感に満ちた作品。母親を亡くした悲しみや第一次世界大戦後の混乱に対する不安の他に、未来への希望などが表現されている。「楽器の女王」と呼ばれるオルガンを使って、管楽器を含むオーケストラの様々な音色を作り出すヴィエルヌの魅力を堪能した。

アンコール曲に「クープラン:修道院のためのミサより  テノールをティエルスで」を演奏した。

ここ1週間ボランティア活動やコンサート鑑賞で休む暇もなくて疲労感を覚えていた。体調も万全でないせいもあって鑑賞能力が低下していた感じ。そんな訳でいつものパッションが欠けていたのか演奏会に今ひとつ物足りなさを感じ取った。

オルガニストは9月1日に来札してから3週間足らずで初のコンサート開催。本人にとっては準備が大変だっただろうと思った。アメリカのオルガン音楽の紹介と日本文化に高い関心を寄せている。来日以来、何事にも意欲的に取り組んでいる様子。18日のKitara ボランティアの活動日に挨拶に現れて女性群からイケメンぶりが話題になった。ここ数年は30歳前後のオルガニストが来日していたが、久しぶりに若手のオルガニスト。ボランティアとオルガニストの交流意欲が一層高まる年になりそうである。

オルガン ウィンターコンサート

札幌雪まつり期間中にKitara Organ Winter Concert が恒例のオルガンコンサートとして例年開催されている。

2014年2月8日(日)15:00開演 札幌コンサートホールKitara大ホール
 
出演/ モニカ・メルツォ―ヴァ(第5代札幌コンサート専属オルガニスト)

Monica Melcovaは1974年スロヴァキア生まれ。94年スロヴァキアの音楽院を経て、99年ウィ-ン国立音楽大学で音楽修士号を取得。同年パリ高等音楽院でオリヴィエ・ラトリーに師事。国際コンクールで数々の賞を受賞。2002年札幌コンサートホールKitara専属オルガニストに就任。サントリーホールはじめ国内の主要なホールなどでの演奏活動を積極的に展開。帰国後03~11年は教会オルガニストを務め、06-11年は音楽院にて教鞭をとるなど幅広い活動を行っている。リサイタルの他にヨーロッパや日本でのマスタークラスも担当している。
彼女のオルガン演奏をKitaraで聴いたのは04年、07年、11年、13年に続いて今回が5回目である。13年のウィンターコンサートの模様をブログで書いた時に予想以上のアクセスがあったのは日本での知名度が高かったためと思われる。
 
〈プログラム〉
 ポワヴァン:オルガン曲集より
 J.S.バッハ:フーガ ト短調 BWV578 「小フーガ」
         シューブラ―・コラール集より「ただ神の摂理に任す者」BWV647
         トッカータとフーガ ヘ長調 BWV540
 モニカ・メルツォ―ヴァ:即興演奏
 フォーレ(パイパー編曲):パヴァ―ヌ 作品50
 ヴィエルヌ:幻想的小品集より 「ウェストミンスターの鐘」 作品54-6

ボワヴァン(1649年頃-1706)はその名を初めて聞くフランスのオルガニスト。彼が残したオルガン曲集から5曲が続けて演奏された。フルートやトランペットなどの音色をもつフランスのバロック様式の作品らしいが、バッハとは違う色彩の曲。

バッハ(1685-1750)の「小フーガ」は美しくて親しみ易い旋律を主題とした4声部のフーガ。繰り返して登場するので耳慣れている。ニ短調の「トッカータとフーガ」と同じくらい有名な曲。
シュ―ブラ―・コラール集はバッハの弟子のシューブラ―が出版したためにその名で呼ばれる。全6曲(BWV645~650)から成るコラール集の第4曲がオルガン曲に編曲された作品。マリー=クレール・アランのCDでも聴いて親しんでいるが、第1曲「目覚めよ、と呼ぶ声あり」が度々コンサートで演奏されて、聴く機会が最も多い。
ヘ長調の「トッカータとフーガ」はバッハのオルガン曲の中で最も成熟した作品のひとつとされる。

モニカ・メルツォーヴァは現在スペイン在住でバスク地方の音楽院で即興演奏を担当している。ヨーロッパや日本でのマスター・クラスも行っていて即興演奏も得意である。今回はNHK朝のテレビ小説のテーマ曲「中島みゆき:麦の唄」による即興演奏を披露した。客席を埋めた聴衆誰もが知る曲を主題にしての即興演奏は丁度テレビ小説の舞台が北海道ということもありタイミングも良く彼女の知日ぶりがうかがえた。

フォーレ(1845-1924)の「パヴァ―ヌ」はオリジナルはピアノ曲で、列になって踊るスペインの宮廷のゆったりとした舞踊曲。合唱付きの管弦楽版の方がよく知られている。オルガン曲に編曲した作品も美しい音色で素晴らしい。

ヴィエルヌ(1870-1937)の「幻想的小品集」は4つの組曲が入る作品51-54.。彼の小品集の作曲によって《コンサートのためのオルガン音楽》が普及したと言われる。Kitaraの歴代のオルガニストも彼の小品集を好んで演奏している。この作品は交響楽的な響きを持つフランス製の大型オルガンのために書かれ、ロンドンのオルガン制作者に献呈された。
「ウエストミンスターの鐘」は作品54の第6曲。1929年パリ・ノートルダム大聖堂でヴィエルヌによって初演された。
「ウエストミンスターの鐘」は日本では学校のチャイムのメロディとして知られている。授業の開始時と終了時に鳴る“キーンコーンカーンコーン”。どのくらいの聴衆がこのメロディに気付いたが知りたいものである。(尚、この曲は昨年8月にオクタヴィアン・ソニエがフェアウエル・コンサートで演奏した。)

メルツォ―ヴァは適切な箇所で日本語で挨拶したり、曲の説明を入れた。アンコール曲の説明は英語でなされた。
「スカルラッティ:ソナタ ヘ長調K.466」、「スロヴァキアのポピュラーソングによる即興演奏」。
聴衆の反応を見ながら、アンコール曲を演奏する配慮なども好感が持てた。

ステージに置いたスクリーンで常時オルガン演奏の模様が映されていたのは大変良かった。手鍵盤や足鍵盤を使う様が見て取れた。また、プログラムを見なくても、演奏前にスクリーンに演目が映し出されるのは効果的であった。「トッカータとフーガ」で足鍵盤だけを使っている場面が数分間も続いた場面は画像がハッキリ見えて良かった。(女性奏者は足鍵盤の演奏ではかなり力が必要とされることを痛感した。)

1時間の充実したコンサート。雪まつり期間中の開催で孫を連れた客や観光客も目立った。3階まで埋めた客で1600名ほどの客の入り。オルガンコンサートとしては大入りと言える。生憎の雨模様で中島公園内の「ゆきあかり街道」は楽しめなかったが、コンサート開催に向けての主催者Kitara事務局の取り組み方が良くて全体として近年のウインターコンサートとして素晴らしかったと思う。

演奏終了後の聴衆の満足度も大。 メルツォ―ヴァのCDを今まで購入していなかったので、今回は買うつもりでいた。サイン会に並んでいつものように感想を英語で述べてCDにサインをして貰った。(“CDを買わなくてもサインはもらえます”と言って、オルガニストとの交流をすすめる案内も良かった。)終了後の1階ホアイエは賑わっていてコンサートの余韻が漂っていた。

クリスマス オルガンコンサート

Kitara恒例のクリスマス オルガンコンサートを聴くのは久しぶりである。今年はホルンの名手バボラークが出演して例年のオルガンと合唱のプログラムに彩りを添える楽しみなプログラム。

2014年12月14日(日) 17:00開演 札幌コンサートホール Kitara大ホール

ホルン/ ラデク・バボラーク
オルガン/ アレシュ・バールタ
指揮/大木秀一   合唱/ 北海道札幌旭丘高等学校合唱部

ラデク・バボラーク(Radek Baborak)は1976年、チェコ生まれ。ミュンヘン国際コンクール優勝。これまでチェコ・フィル、ミュンヘン・フィル、バンベルク響、ベルリン・フィルのソロ・ホルン奏者を歴任。ベルリン・フィル首席奏者を辞任して、チェコ・シンフォニエッタを創設して、より自由な演奏活動を行なっている。水戸室内管など日本での活動も相変わらずで、近年は指揮者としての活躍も目覚ましく、昨年のPMFの室内楽でも指揮活動が目立った。

アレシュ・バールタ(Alesh Barta)は1960年、チェコ生まれ。ブルノ音楽院、プラハ芸術アカデミーで学ぶ。82年、ブルックナー国際オルガンコンクール優勝。83年、リスト国際オルガンコンクール第2位。84年、「プラハの春」国際音楽オルガンコンクールで圧倒的第1位を獲得して、海外での活躍の舞台を広げた。リサイタル活動の他にチェコ・フィル等のオーケストラとも共演。95年からプラハ放送響の専属ソリストに就任。

〈PROGRAM〉
★ホルンとオルガン
  J.S.バッハ:コラール「われらが神はかたき砦」BWV720
         アリア「汝、わがそばにあらば」BWV508
         コラール「目覚めよ、と呼ぶ声あり」BWV645
  ブラウン:無伴奏ホルンのための12の前奏曲より 第7番、第8番、第11番 [ホルンソロ]
  リスト:バッハの名による前奏曲とフーガ S.260 [オルガン ソロ]
  ブルックナー(ボク編):交響曲第7番 ホ長調 作品107より 第2楽章アダージョ
  ボク:ホルンとオルガンのためのマニフィカト(新作委嘱)
  サン=サーンス:ホルンとオルガンのためのアンダンテ ヘ長調
  ボク:夢見るクリスマス・キャロル
 ★合唱とオルガン
  クリスマス・キャロル/森友紀編:もろびとこぞりて、信長貴富編:オー・ホーリー・ナイト
  フランク:天使の糧
  カッチーニ/江上孝則編:アヴェ・マリア
  ラター:エンジェルズ・キャロル

バッハのオルガン曲には“コラール”と銘打った小品が沢山ある。最も有名なコラールの1曲が「目覚めよ、と呼ぶ声あり」で演奏される機会も多くて、メロディも耳に馴染んでいる。ホルンとオルガンの共演は勿論はじめてだった。
ブラウン(1922-2014)の名も曲も初めて耳にする。彼はドイツ生まれだが、イスラエル育ちで、バボラークとの繋がりが深い作曲家であったと言う。バボラークの特殊才能を生かしての作品なのだろう。
リストがオルガン曲として残した有名な曲。今までかなりオルガン曲の生演奏を聴いてきたが、運指の速さが想像できないほど凄かった。目では見れなかったが、正に超絶技巧を要する曲で印象に残った。教会音楽というより演奏会用音楽なのではないだろうか。
ブルックナーは苦手な作曲家の一人。彼の交響曲で第4番と第7番だけは比較的に親しみ易い曲。カラヤン指揮ベルリン・フィルのCDで偶に聴くが、めったに聴かない。今日に備えて「第7番第2楽章」だけきいてみたが、このアダージョが聴いていてとても心地良かった。マーラーの「第5番」のアダージョと同じように親しめて新鮮な感じがした。今回は20分ほどの楽章が編曲されて10分ほどの曲になって演奏されたが、原曲の良さは余り感じ取れなかった。それでもブルックナーを聴き直す切っ掛けになるかも知れない演奏曲になったので良かった。バールタはブルックナーとリストが得意なようである。

バボラークの演奏は何度耳にしても素晴らしい。ホルンからどうやってあのような綺麗な音が生まれるのか不思議なほどである。

前半最後のブックナーの編曲を手がけたミロシュ・ボク(1968- )はチェコの作曲家で、指揮者・ピアニストとしても活躍していると言う。バボラークが結成した〈チェコ・ホルン・コーラス〉のためにブルックナーの声楽作品を編曲したり、バボラークのためにも編曲や作曲活動を行っているとの事。今回の演奏会で披露される委嘱新作「マニフィカト」もバボラークならではの試みだと思う。
サン=サーンス(1835-1921)は作曲家としてだけでなく、教会オルガニストを務め、ピアノの名手でもあり文学や数学にも秀でる才能の持ち主として知られた。この作品は1835年頃に書かれたらしいが、譜面が1980年代に再発見されたと言う。まだ演奏も録音の機会も珍しい曲。
昔から親しまれているクリスマス・キャロルは全8曲からなるオーケストラ作品であるが、ボクがホルンとオルガンのために編曲した。

前半が終わって18時。休憩20分。後半の「ホルンとオルガン」のプログラムが30分弱。「合唱とオルガン」のプログラムが始まったのが18時50分。

今年はクリスマスコンサートの飾りが大ホールには無かったが、合唱が始まると同時に照明器具を使ってステ―ジ横の壁にステンドグラスが描かれ教会内の雰囲気が広がった。日本で最も優秀な高校合唱部の一つとして実績のある北海道旭丘高等学校合唱部が出演。
クリスマス時期に歌われる名曲の中から5曲を披露した。フランク作曲の讃美歌がソプラノのソロと合唱で歌われた。ソリストの透明感のある美声は素晴らしかった。合唱曲も静かにクリスマスを祝う雰囲気が醸し出されてホールに優しく広がった。さすが全国で注目される合唱部の面目躍如の歌声。今回は1・2年生だけの出演ということだっだが、音楽専門の顧問の指導力もあって、見事で高度な合唱を聴かせてもらった。
アンコール・ピースは「きよしこの夜」。照明の演出で夜空に満天の星が輝く中で、空まで届きそうな優しい歌声が響き渡った。とても清々しい気分になった。
合唱部員全員が退場するまで拍手を続ける観客の姿に満足の様子と合唱部員への称賛の気持ちが読み取れた。

大ホールのホアイエでは出演者のCDを買ってサイン会に並ぶ人々の列が延々と続いていた。
17時開演で大ホールを埋めるのは難しい。前半で席を立つ人や、合唱が始まる前に帰った人は素晴らしいクリスマスの歌の響きを聴き逃して勿体ない気がした。クリスマスのコンサートは土日開催では15時開演の方が客が多く入ると思う。

*バボラーク&バールタ デュオ・リサイタルが12月8日に水戸芸術館コンサートホールで開かれ、Kitaraとほぼ同様のコンサートがあった。12月16日には東京芸術劇場でパイプオルガンコンサートがあり二人が共演する予定。

オルガン名曲コンサート (ジャン=フィリップ・メルカールト)

例年10月は札幌コンサートホール新専属オルガニストがKitaraでデビュー・リサイタルを開催してきた。2015年2月16日から6月16日までKitaraが休館することになるために、14年9月~15年8月の期間は専属オルガニストは不在となる。その間は他のオルガニストが恒例のオルガン・コンサートに出演することになる。
この秋のコンサートは第6代専属オルガニストとして活躍したメルカールトが出演する。

2014年10月4日(土) 14:00開演  札幌コンサートホール Kitara大ホール

〈プログラム〉
 フォーレ(メルカールト編曲):組曲「ペレアストとメリザンド」 作品80
 サン=サーンス(ルメア編曲):死の舞踏 作品40
 ドビュッシー(メルカールト編曲):牧神の午後への前奏曲
 フランク(メルカールト編曲):交響曲 ニ短調

ジャン=フィリップ・メルカールト(Jean-Philippe Merckaert)は1980年、ベルギー生まれ。00年にパリ国立高等音楽院に入学し、オルガンをオリヴィエ・ラトリーに師事。05年、同音楽院をプリミエ・プリを得て卒業。在学中の03年、札幌コンサートホール第6代専属オルガニストに就任。任期中、日本各地でソロリサイタルやオーケストラとの共演を行ない、オルガン教育にも携わった。08年、ブリュッセル王立音楽院にて修士号を取得。07年、ドイツ・フライベルクのジルバーマン国際音楽コンクール第2位。09年、ブルージュ国際古楽コンクールオルガン部門第2位。
11年4月~14年3月まで所沢市民文化センター・ミューズ第2代ホールオルガニストを務めた。07年から活動拠点を日本に移して、サントリーホール、東京オペラシティ、横浜みなとみらいホール、京都コンサートホールなど国内主要ホールに出演。現在、栃木県・那須野が原ハーモニーホールオルガニストを務めている。

メルカールトはKitaraではメルケールと呼ばれていた。(ベルギーの北半分のフランダース地方ではオランダ語、南半分のワロン地方ではフランス語が話されている。 07年までKitaraでは彼の名をフランス語読みにしていた。所沢ミューズでオランダ語読みになったので、Kitaraでも11年以降の出演の際はオランダ語読みになったと思われる。)
私は彼が出演するコンサートを初めて聴いたのが03年のクリスマス・オルガンコンサート、04年のオルガンフェスティヴァルとKitaraのバースディ、07年のリサイタルの4回。ドイツ、フランスの作曲家の他にベルギーの作曲家の曲も取り上げ、協奏曲の演奏も行うなど意欲的なプログラミングが目立った。

今回はオーケストラの編曲ものばかりのプログラムで期待大であった。作曲法も学び、オルガンという楽器の可能性を広げる活動で、有名なオーケストラ曲を自らオルガン曲に編曲して演奏する能力は誰しも出来ることではない。Kitaraのオルガンの特徴を生かした曲の選定がうかがえた。

日本在住で日本語も不自由しないのか、上手で丁寧な日本語で挨拶。3年ぶりのKitara出演で今回のコンサートを楽しみにしていたとのこと。挨拶の内容から日本の聴衆の求めているものを充分に知っている様子であった。聴衆の再三の拍手を浴び、プログラムを告げて演奏開始。

メーテルリンクの戯曲「ぺレアスとメリザンド」はオペラになっているが、その抜粋による管弦楽組曲としても知られている。「前奏曲」、「糸を紡ぐ女」、「シシリエンヌ」、「メリザンドの死」の4曲が演奏された。3曲目が何回か聴いたことのある馴染みのメロディだった。フォーレはオルガニストでもあったせいか、オルガン曲にもアレンジしやすかったらしい。

交響詩「死の舞踏」は真夜中に骸骨たちが現れて踊る情景が描かれ、夜明けに墓に戻って静寂になるストーリー。原曲は知らないが、オルガン編曲はとても面白かった。

ドビュッシーがマラルメの詩「牧神の午後」にインスピレーションを得て作曲し、当時は大きな反響を呼んだ作品。甘美なまでに美しい音色に満ち溢れ、印象派の絵画を思わせる色彩感で幻想的な雰囲気を持つ管弦楽曲。あまりにも有名な原曲をオルガン曲に編曲して良さを出すのは難しかったように思った。

前半3曲はそれぞれ10分前後の曲で、全体的に楽しめた。譜めくりすとをメルカールトの妻であるオルガニストの徳岡めぐみが務めた。オーケストラ曲の編曲には沢山の音色を使うので、レジストレーションを記録するメモリーが足りなくなって準備が大変だった様子。休憩時間に後半のプログラムのために音色を記録しなおす作業を強いられたらしい。アシスタントを務めた妻の裏方の仕事も評価される演奏会。(*Kitara「オルゲル新聞」からの情報による)
譜面をめくる作業は通常オルガニストの右側で行われるが、今日は時折左側からも行っていた。オルガニストの手鍵盤や足鍵盤の使い方を演奏中に観たい場合にRA席のオルガンに一番近い席に座る客には行き届いた配慮だった。(左側から譜めくりしていた理由は知らないが、、、。オルガン演奏会でRA席を選んで困惑している客をよく見かける。)

後半はベルギー出身のフランクの唯一の交響曲。通常の交響曲とは趣の違う曲。交響曲には珍しい3楽章構成。フランクは長年オルガニストを務めてオルガンの名手であっただけに、オルガン的技法が壮麗な響きに現れている。
今まで生演奏で聴いたこともあるが、今日のオルガン編曲の方が感動しやすい曲に感じられた。40分を越える大曲の編曲であったが、編曲作業にかなりの時間を要したと思われる。今回のコンサートのメイン曲となった。

アンコール曲に「サン=サーンス:組曲「動物の謝肉祭」より第13曲「白鳥」。「白鳥」は独立したチェロの作品として演奏されることが多い馴染みの曲。このような名曲をオルガン曲にすると、オルガン演奏会に足を運ぶ人も増えるのではないかと常日頃思っている。今日は客の入りは良かった方である。

演奏終了後ホアイエでメルカールトのCDを買ってサインを貰った。サイン会ではいつものように感想を述べたが、丁寧にフル・ネームでサインしてくれた。デビューから10年も経つが若くて爽やかな印象は変わらなかった。最後に“I hope you will come back.”と言うと“Me,too.”と答えてくれた。後方に思ったより多くの人がサイン会の列に並んでいた。

オクタヴィアン・ソニエ フェアウェル オルガンリサイタル

Kitara第16代専属オルガニスト、オクタヴィアン・ソニエの1年間の任期の締めくくりとなるサヨナラ公演。

2014年8月24日(日) 14:00開演 札幌コンサートホール Kitara大ホール

〈プログラム〉
 メシアン:永遠の教会の出現、 天上の宴
 J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
 ヴィヴァルディ(J.S.バッハ編曲):協奏曲 ニ短調 BWV596
 J.S.バッハ:トリオ・ソナタ 第6番 ト長調 BWV530より 第1楽章
 ヘンデル(ギュー編曲):オルガン協奏曲 ニ短調 作品7-4 HWV309より 第2楽章
 メシアン:キリストの昇天
 デュリュフレ:オルガン組曲 作品5
 ヴィエルヌ:幻想的小品集より 「ウェストミンスターの鐘」 作品54-6

オクタヴィアンは昨年9月の専属オルガニスト就任以来、東京・京都でのコンサート・ホールや道内の教会での演奏会を含めてこの1年間で30以上ものコンサートに出演してエネルギッシュな活動を続けてきた。本日が文字通りのサヨナラ公演。

13年10月のデビューリサイタルではメシアンの曲で締めたが、今日はメシアンの曲から始まった。
メシアン(1908-92)は2008年の生誕100年記念で「トゥ-ランガリラ交響曲」など彼の曲を聴く機会が増えた。鑑賞が難しい作曲家と思っていたが、この2つのオルガン曲は意外と心に沁みた。
パリ音楽院でメシアンの教えを受けた加古隆が数年前にパリを訪れ、メシアンが弾いていたノートルダム大寺院のオルガンに耳を傾けるテレビ番組を見た。その時の教会のイメージを目を閉じながらオクタヴィアンの演奏に聴き入った。普段のKitaraのオルガンと違った聴き方が出来た。現代のオルガンの持つ音量や演奏者の高度な演奏技法とはあまり関係のない宗教音楽が美しく流れた。 純粋で清楚な温かい響きがした。

打って変って、最も馴染みのあるオルガン曲である「バッハ:トッカータとフーガBWV565」は今まで何十回と聴いてきた演奏で一番印象に残った。前2曲と対照的な演奏となったので、なおさらこの曲がダイナミックで新鮮に感じられたのだと思う。

ヴィヴァルディ(1684-1741)からイタリア音楽の影響を受けたバッハ(1685-1750)のこの編曲は明るい雰囲気でヴィヴァルディらしさがあると感じた。何となく聴いたことがあると思ったら、この曲は第15代の専属オルガニストのマグダレナ・カチョルが録音したCDに入っていた。

休憩直後の2曲はオルガン曲としては大曲になると思う。

メシアンの「キリストの昇天」はその一部を聴いたことがあるが全曲は初めてである。オクタヴィアンの解説によると、この曲集は元々オーケストラのために書かれたものがオルガン用に編曲されたと言う。この曲は何度か聴かないと良さが伝わってこないと感じた。

デュリュフレ(1902-86)の名はオルガン曲は好みではなくても判るほどになった。何度か彼の小品は演奏会で耳にしている。《オルガン組曲 作品5》は彼の最も有名な作品のひとつだそうである。「前奏曲」、「シチリアーナ」、「トッカータ」の3つの楽章から成る。ドラマティックで緊張感に満ちた「前奏曲」に続いて、清らかな旋律で詩情豊かな「シチリアーナ」。最後の「トッカータ」は技巧的で非常に力強い主題が足鍵盤で演奏された。
第11代の専属オルガニストのシンディ・カスティーヨが「シチリアーナ」の楽章をCDに録音していた。オルガン曲は詳しくないので手元のCDで演奏会前後に聴いて親しむようにしている。

ヴィエルヌ(1870-1937)の名もKitaraでオルガン曲を聴いて知った。彼は小品を多く作曲しているためか、オルガンリサイタルで演奏されたり歴代の専属オルガニストがCDに好んで録音している。
「幻想的小品集」は4つの組曲がある。作品51~54。オクタヴィアンによると、彼の小品集の作曲によって「コンサートのためのオルガン音楽」が普及したそうである。
「ウェストミンスターの鐘」は作品54の終曲である。ヴィエルヌはチャイムのメロディをモチーフとして作曲した。荘厳で力強い作品になっている。
日本で学校などで放送されている「キーンコーンカーンコーン」のチャイムのメロディとして知られている。(ウエストミンスターの鐘は日本では学校のチャイムとして始業、終業のチャイムとして親しまれ、今日でも使っている学校があるのではないか。)
 
演奏終了後に日本語で丁寧な挨拶があり、彼のオルガン伴奏に合わせて聴衆が「金子詔一:今日の日はさようなら」を歌った。日本のメロディと歌詞が気に入って日本の聴衆と一緒に音楽を楽しみたいと思ったようである。「今日の日はさようなら またあう日まで」の最後の歌詞に想いを込めたのではないだろうか。

アンコールとして上記の曲を最後にした方が良かったと思ったが、最後のアンコール曲として「モーツァルト:アンダンテ ヘ長調 K.616」を演奏した。この曲は〈自動オルガンのための〉曲として作られた。誰でも耳にした曲としてそのメロディが親しまれている。自動オルガンのため長々と続いた感があったのが少々気にかかった。本人にとっては時間がまだまだ欲しい演奏会だったのだろう。終演時間が16時半近くになっていた。彼のCDを購入しようかと思ったが、時間的余裕がなかったので別の機会にすることにした。多分、サイン会に多くの人が並んだのではないかと思った。5、6年前にKitaraボランティアとして演奏会当日にサイン会を開いたらどうかと提案したことがあった。

異文化に接し、日本語、日本の数々の文化を積極的に吸収した意欲的な日本でのこの1年間はオクタヴィアンにとって掛け替えのない経験になったことに祝意を表したい。 きっとKitaraに帰ってこれるだろうし、帰ってきてほしいと願う。

***ロンドンにあるウェストミンスター宮殿(英国国会議事堂)に付属する時計塔(ビッグ・ベン)が奏でるメロディが「ウェストミンスターの鐘」。時計塔は1859年に創設され、正式名は“Clock Tower”。通称“Big Ben”として親しまれている。ビッグ・ベンは中にある鐘の名前であるが、現在では時計塔全体、時計本体の名称として知られている。2012年6月にエリザベス2世の在位60周年を記念して、同年9月に時計塔の正式名が“Elizabeth Tower”に改称された。ただ「エリザベス・タワー」が正式名になったとは言え、長年に亘ってロンドン市民に親しまれてきている「ビッグ・ベン」の愛称が変わらないかも知れない。
「札幌市時計台」(旧札幌農学校演武場)でボランティア活動に携わって6年目になる。札幌市時計台の時計は米国ボストン市ハワード社製で1881年に設置された。133年を経た現在も、重り巻き上げ方式で正確に時を刻んでいる。明治時代に創設された唯一の日本最古の塔時計である。
上記の「クロック・タワー」の正式名を知らなかったイギリス人も、現在では「エリザベス・タワー」と呼ぶ人が増えていると思う。今後、定着するかどうかはわからない。今月、ボランティア活動でたまたま話題が時計塔に及んだ時に初耳だという人が多かったのでここで言及してみた。






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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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