アレクサンドル・タロー ピアノリサイタル

札幌コンサートホール開館20周年 〈Kitara ワールドソリストシリーズ〉
Alexandore Tharaud Piano Recital

第12代Kitara専属オルガニストの名がジローだったので、タローの名も日本人には親しみやすくて覚えやすい名前である。
アレクサンドル・タローは1968年パリ生まれ。父はバリトン歌手、母はバレリーナ。幼少の頃からバレエを習って芸術的環境の中で育ち、パリ国立高等音楽院に入学。1989年ミュンヘン国際コンクールで第2位入賞。2001年、オルガンのために書かれた作品をモダンピアノで斬新な音楽にした「ラモー作品集」でブレイク。ダンサーとのコラボレーションでピアノ音楽の新境地を広げた。モダンピアノならではの古楽の魅力を伝えるピアニスト。

2018年3月18日(日) 14:00開演
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988

「ゴルトベルク変奏曲」は2000年にグールドのCDを購入して、数回聴いている程度。コンサートで初めて聴いたのは、10年前のKitaraでのセルゲイ・シェプキン、2回目は3年前の小山実稚恵。親しみやすい曲とは違うので、コンサートの前に聴いたりしていても、アリア以外のメロディには馴染んでいない。
この作品は2段鍵盤を持つクラヴィチェンバロのために書かれ、アリアと30の変奏曲と再びアリア、計32曲から成る大曲。グールドの1955年の録音盤の演奏時間は40分程度、2度目の1981年のCDはテンポを遅くした演奏で50分程度。同じピアニストでも、こんなに違うが、今まで聴いたピアニストは60分程度だったと思う。タローの「ゴールトベルク変奏曲」は新しいアイデアが入った新鮮な演奏で世界の話題を集めているらしい。どのように曲が展開されるか興味津々であった。

サラバンド風の装飾豊かな美しい主題と、この主題に基づく低音の変奏が続く。30の変奏曲は2部構成で前半が15曲、後半が15曲。3曲ごとに“舞曲”、“トッカータ風”、“カノン”とキリスト教の三位一体論に基づくアイデアで、数学的にも工夫が凝らされた作品になっている。各ユニットの2曲目が2段鍵盤を駆使した両手の交差が使われる(*1段しかないピアノでの工夫に右手と左手の交差が必要なようであった)。前2回のホールでの演奏の座席はステージに向かって右側だったので、ピアニストの手の動きが見えなかったが、今回はホール中央左側の座席からピアニストの手の交差が良く見えたので、何番目の変奏をしているか分かって非常に良かった。譜めくりストがいたことで変奏の切れ目が解りやすかった。第26変奏の演奏が難易度が凄く高そうなことが観ていて分かった。第29変奏もフィナーレと言えそうな素晴らしい演奏で心に響いた。
音楽の専門的なことが解ると、鑑賞が一層、楽だったのだろうが、とにかく良かった。タローの演奏も舞踏の場面を連想させ、非常に洗練された音色で情感がこもっていた。ことし中に50歳を迎えるとは思えない若さとスタイルの良さも兼ね備えた格好いいピアニストの品格のある新鮮なピアニズムを味わえた。

70分の演奏時間を集中力を保って良い音楽が聴けた。“眠りのための音楽”というより“心の癒しとなる音楽”であった。満席の聴衆が70分間も静聴を続け、ピアニストが鍵盤から手を放して心を開放する瞬間まで見守る姿も大変よかった。
アンコール曲は「スカルラッティ:ピアノ・ソナタ K.141」だったが、左手の弾き方に特徴があって面白いタッチが見れた。

※アレクサンドル・タローは音楽の領域を超えた多彩な活動で注目されている。12年にはスイスでコンサートと並行して写真展を開催。12年のフランス・オーストリア合作映画「AMOUR](愛)ではピアニスト役で出演した。この作品はカンヌ国際映画祭パルム・ドールを獲得し、ゴールデングローヴ賞やアカデミー賞外国語映画賞も受賞している。
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名曲の花束 及川浩治ピアノ・リサイタル 

2016年12月のリサイタル以来、及川のピアノを聴いたのは16回。オーケストラとの共演でコンチェルトを聴きたいと思っていたが
、今回も前回と同様にピアノ名曲のプログラム。今回のタイトル「名曲の花束」は2001年にブルガリア出身のヴァイオリニストと及川が共演したデュエットのタイトル「音楽の花束」を想起した。2000年からCDを集め出した時期でもあったので、コンサート会場で妻が及川浩治のCD、私がミラ・ゲオルギエヴァのCDを購入してサイン会に並んだコンサートを思い出した。

2018年3月3日(土) 13:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 J.S.バッハ(ヘス編):主よ、人の望みの喜びよ
 J.S.バッハ(ブゾーニ編):トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
 シューマン:トロイメライ
 リスト(ブゾーニ編):ラ・カンパネラ
 ベートーヴェン:エリーゼのために、 ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調「熱情」Op.57
 ショパン:ノクターン第16番 変ホ長調 Op.55-2、 バラード第1番 ト短調 Op.23
 リスト:愛の夢 第3番,  死の舞踏 S.525
 
及川は1999年「ショパンの旅」で国内ツアーを大々的に行って脚光を浴びて以来、ほぼ毎年のようにリサイタルを開催している。ショパンに加えてベートーヴェン、リストなどを得意にして、昨年はバッハの「シャコンヌ」に注目した。
今年もオープニングの曲はバッハ。教会カンタータのコラールから有名なメロディで始まった。 2曲目はオルガン曲としてコンサートで最も聴く機会の多い馴染みの曲だが、ピアノ曲として聴くのは初めてのような気がした。
「トロイメライ」、「ラ・カンパネラ」は誰もが耳にしたことのある親しまれたメロディ。
「エリーゼのために」はSP時代から親しまれているベートーヴェンのピアノ曲だがプロのコンサートの曲目として演奏されるのは極めて珍しいように思う。及川自身が「ベートーヴェン:4大ピアノ・ソナタ+エリーゼのために」でプログラムを過去に組んだことがあったと記憶している。やはり「熱情」は聴きごたえのあるソナタ。200年以上も前のピアノでこんな力強い曲を創り出せたものだとつくづく思う。鍵盤の上を這うピアニストの手の素早い動きとテクニックに引き込まれた。

後半のプログラムは及川が最も得意とするショパンとリスト。ノクターン「第16番」と「死の舞踏」はメロディには親しんでいない。「バラード第1番」は私自身の大好きなピアノ曲のひとつ。羽生結弦のフィギュア・スケートの使用曲でになって、知らない人がいないくらいのメロディになった。先月の平昌五輪で1日に10回以上も羽生選手の素晴らしいスケーティングに見惚れながら聴いたメロディは一生記憶にとどまるだろう。
リストのピアノ曲の中で最も有名で親しまれている「愛の夢 第3番」は美しい調べでコンサート定番の小品。「死の舞踏」は昨年8月の田代慎之介のリサイタルで聴いたが、この曲を聴く機会は少ない。生の演奏会で視聴して面白さが伝わる曲。キリスト教聖歌の「怒りの日」を主題とした変奏曲で演奏に超絶技巧が必要な難曲と言われる。抒情的な美しさと厳しい切迫感が漂って楽想の展開が目まぐるしく変化する。15分程度の演奏に目が奪われた。

超絶技巧の演奏終了後に客席からブラヴォーの声も上がって、聴き慣れない曲でも聴衆は率直に感動した様子を伝えた。
及川浩治はデビュー当時はショパンやベートーヴェンの演奏で作曲家の立場から語りを入れながら演奏を進めていた。
本日は演奏後に挨拶をして、アンコール曲の説明を加えながら2曲。①ショパン:ピアノ協奏曲第2番第2楽章(ピアノ独奏版) ②ショパン:ノクターン第20番。

※及川浩治はブルガリア・ソフィア音楽院に学び、ブルガリアとのつながりも深い。1999年10月にはソフィア・ゾリステン&ミラ・ゲオルギエヴァがKitaraで「名曲の花束」のタイトルで演奏会を開いた。2015年11月にはブルガリアでソフィア・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会に出演。同年デビュー20周年を迎えた及川のリサイタルには新たな出発としてプログラム構成にも前回から変化が見られた。今後も「名曲の花束」と銘打ったコンサートが続くかもしれない。まだまだ若さに溢れた演奏ぶりであるが、彼も五十路を越えた。円熟味も兼ね備えた演奏家として活躍が続くことを期待する。
 

           

阪田知樹クリスマス・ピアノリサイタル

Kitaraのコンサート会場でチラシを渡された時に阪田知樹のリサイタルの開催を知った。彼の名は2013年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール(*2009年の優勝者が辻井伸行)で初めて聞いた。オンデマンド・ビデオで予選・ファイナルの模様を何日間か視聴して夢中になった。現在では当たり前になっているが、テキサスのフォートワース開催のコンクールでの演奏を家に居ながら堪能した。阪田はファイナリスト6人に入って19歳で最年少入賞という好成績を残した。
その後、阪田は[ふきのとうホール・ニューイヤーコンサート2016]に来札して、カルテット・アルパとの共演で「モーツァルト:ピアノ協奏曲第12番」を演奏したようである。その時のコンサートがLive Recordingされていて、半年前に、ふきのとうホールからの特典で偶々、手に入った。
今回の会場が隣町の北広島市だった。2年前にKitaraが休館している時に隣町の江別市の会場に出かけたことが一度あったが、地下鉄と列車を利用して会場に足を運んだのは2度目である。

2017年12月24日(日) 14:00開演  北広島市芸術文化ホール(花ホール)
〈Program〉
 J.S.バッハ:フランス組曲 第5番 ト長調 BWV816
 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 Op.110
 ショパン:スケルツォ 第2番 変ロ短調 Op.31
 リスト:クリスマス・ツリー S.186/R.71 より
 ラフマニノフ:晩祷 Op.37 より 第5曲「主宰や今爾の言にしたがい」
         ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 Op.36 (1931年版)

ベートーヴェン、ショパンとラフマニノフのソナタの3曲は比較的に聴き慣れた曲。残りは珍しい曲で、クリスマスに因んだ選曲と思われ、プログラミングに魅力を感じた。

バッハのイギリス組曲やフランス組曲の一部はグールドのCDを持っているが聴くことは偶にしかない。演奏会の曲目として取り上げられないと耳にする機会も少なくなる。フランス組曲第5番とイギリス組曲第6番はアンデルシェフスキを聴きに東京に出かけた6年前に聴いた記憶があった。演奏会当日に曲目変更があって第1曲がフランス組曲第5番になった。聴き慣れたメロディではないが、何となくバッハ独特の特徴が感じ取れていた。今回のコンサートも第1曲が偶然に同じでポーランド出身の世界的ピアニストのことを思い出した。曲の構成はアルマンド、クーラント、サラバンドなどが入っていると思った。

ベートーヴェンの後期のピアノ曲は聴くたびに曲の良さが味わえている。人生の高みに達した作曲家の境地が伝わってくるような曲として聴けた。天国に届くような響きであった。

後半はショパンの最もポピュラーなスケルツォで始まり、クリスマス・イブを直前にした午後のひと時のためにピアニストが選んだリストの珍しい曲を3曲弾いた。クリスマス・ツリー全12曲の中からクリスマス・プレゼント、クリスマス・キャロルなどを綴った。
また、ラフマニノフの曲はロシア正教のミサ曲と演奏後に説明があった。クリスマスの時期に歌われるが、当時は1月6日、7日のあたりだったという。
間を置かずにラフマニノフの「ソナタ第2番」の演奏が始まって、少々戸惑った。久しぶりで耳にする「第2番」だったので、アレッと思っているうちに曲が進んだ。ラフマニノフはピアノ・ソナタを2曲書いているが、第1番は聴いたことがない。余りにも長大な曲で演奏機会が殆ど無いようである。
「第2番」はスラヴ的で抒情味にも溢れ、スケールの大きなピアノ曲。ラフマニノフらしいピアノの活躍ぶりが素晴らしくて、フィナーレも見事で印象的だった。2曲続けての演奏になったのは、ピアニストがラフマニノフの世界に入ってしまって、流れを崩したくなかったと思われた。

阪田知樹は現在、ドイツ・ハノーファー音楽演劇メディア大学修士課程に在籍し、国内外で数多くの指揮者、オーケストラと共演を重ねるほかに、室内楽奏者としても活躍している。昨年のリスト国際ピアノコンクール優勝者。

Kitaraが招聘してほしい音楽家が数多くいるが、いくつかの町が協力して主催する公演が増えると良いと思った。聴衆の拍手喝采に応えて、演奏終了後にプログラムの説明があり、アンコール曲に「シューマン=リスト:献呈」が演奏された。帰りのホワイエでは数多くの人々がCDを購入してサイン会に並んでいた。私自身は最近はCDは買うと切りがないので購入しないように努めている。

北広島市芸術文化ホール運営委員会が今回のコンサートを企画して主催した公演に7割程度の聴衆が集まった。約600席のシューボックス型ホールで2階にバルコニー席がある。広いステージを持ち、ホワイエも十分な広さがあり、クロークも用意されていた。駅を降りて1分程度の便利な場所にあって、快速エアポートを利用すると札幌駅から16分で着く。旭川と稚内の間にある美深という町にも立派なホールがあると聞いている。文化施設を住民が運営して努力している姿も目にできて良かった。






 

カティア・ブニアティシヴィリ ピアノ・リサイタル

世界の俊英ピアニストのひとり、ブニアティシヴィリはクレーメル・トリオのメンバーとして2011年4月6日、Kitaraでチャイコフスキーのピアノ三重奏曲などを演奏する予定になっていた。残念ながら、東日本大震災のためキャンセルになった。その時からピアニストの名を記憶していて、彼女が世界の注目を浴びる演奏家になっていく様子を見守っていた。1年前から札幌公演の情報を得て、今回のリサイタルを楽しみしていた。

札幌コンサートホール開館20周年 〈Kitaraワールドソリストシリーズ〉
Khatia Buniatishvili Piano Recital

2017年11月18日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

ブニアティシヴィリは1987年グルジア(現在のジョージア)生まれ。12歳から本格的な演奏活動を始める。2003年ホロヴィッツ国際コンクールで特別賞、2008年ルービンシュタイン国際ピアノコンクール第3位。同年カーネギーホールにデビュー。その後、プレトニョフ、アシュケナージ、パーヴォ・ヤルヴィ指揮の世界の一流オーケストラと共演するほかに、リサイタルや室内楽で活躍している。

〈Program〉
 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 「熱情」 作品57
 リスト:「ドン・ジョバンニ」の回想
 チャイコフスキー(プレトニョフ編曲):組曲「くるみ割り人形」
 ショパン:バラード 第4番 ヘ短調 作品52
 リスト:スペイン狂詩曲
 リスト(ホロヴィッツ編曲):ハンガリー狂詩曲 第2番 嬰ハ短調

ピアノという楽器の限界を駆使しながら情熱を荒々しく表現したベートーヴェンの最高傑作ともいえるピアノ・ソナタ。バックハウス、シュナーベル、グールド、ホロヴィッツ、ゲルバー、ハイドシェク、ポリーニ、ブーニン、トカレフ、ユンディと10枚を超えるCDが手元にあり、ライヴで聴いたピアニストは数えきれないほど。運命の動機が入り、緊迫感のある第1楽章、情感を湛えた第2楽章、情熱的な嵐が吹く第3楽章。ダイナミックでドラマティックな曲を久しぶりに聴いた。

モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」は序曲は聴く機会が多く、今月2日のグルベローヴァの演奏会で「ドンナ・アンナのアリア」も聴いたばかり(*スロヴァキア、チェコ、ドイツ、スイスなどgruberova.comから毎日私のブログにアクセスしてくるが、グルベローヴァ・ファンの多さに改めて驚く)。
ピアノ編曲版は初めて聴いた。オペラの第2幕、墓地で騎士長の石像がドン・ジョバンニに復讐をほのめかす場面から始まり、美しい二重唱「お手をどうぞ」による変奏などを聴きながら、オペラの場面を何となく思い浮かべた。さすが、リストの曲だと思わせる鍵盤の上を手が走り回る超絶技巧の演奏テクニックに目を奪われた。
演奏中に村上春樹の小説「騎士団長殺し」を思い浮かべる雑念もあった。とにかく面白かった。

プレトニョフ編曲の「くるみ割り人形」は10年前まで4年連続して来演していた若手のニコライ・トカレフのCDが手元にある。「行進曲」、「金平糖の踊り」、「タランテラ」、「間奏曲」、「トレパーク」、「中国の踊り」、「アンダンテ・マエストーソ」の7曲から成る組曲。管弦楽のバレエ音楽を見事にピアノ曲に編曲した作品で、馴染みのメロディに心も弾む。来年10月開館の札幌文化芸術劇場でバレエを観る機会がいつかあると期待も大きくなる。

ブニアティシヴィリはリストとショパンのアルバムをリリースしていて彼らの曲を得意にしているようである。リストとは全く趣の違ったショパンの曲。美しい主題が、次々と変容していくドラマティックで色彩感に富んだ曲。バラード4曲中で「第1番」が最も親しまれていると思うが、「第4番」はショパンの偉大な創造性が示された作品として音楽的に傑作とされているようである。

前半2曲の後に休憩を挟んで後半は4曲。後半はステージを下がらずに弾き続け、最後の2曲はピアニストが最も得意としているリストの作品。
「スペイン狂詩曲」はスティーヴン・ハフと反田恭平のCDがあるが、馴染みの曲にはなっていないので、今回のコンサートの前に聴いてみた。2年前にリリースしたKyohei Soritaの“Liszt”は発売早々に手に入れた。ニューヨーク・スタインウェイCD75(1912年製造)を使用しての演奏は素晴らしくて、何度か繰り返して聴いている。リストはスペイン旅行を行った1845年に「スペインの歌による演奏会用大幻想曲」を完成している。1863年頃、この作品の主題を用いて新たに書かれた曲が「スペイン狂詩曲」。前半ではフォリアと呼ばれる荘重なスペイン舞曲、中間部ではホタ・アラゴネーサ(スペインのアラゴン地方の民謡)が用いられ、最後はフォリアが華麗に再現される。リストの作品の中でも、ひときわ高度な演奏技術が要求されるという難曲をいとも簡単な様子で弾くブニアティシヴィリ。運指の動きがホール中央の座席から見え、ミスタッチがあるかもしれないような速度で何分も弾き続けるピアニスト。凄いと言うほかに言葉が見つからないほどのテクニック。

最後はホロヴィッツ編曲の「ハンガリー狂詩曲第2番」。この曲は演奏会で馴染みのメロディ。ランランとトカレフの弾くCDでもよく聴いた。全19曲のうちで、「第2番」は実に華やかで、聴いていて楽しい。コンサートの最後を飾った曲にブラヴォーの声があちこちから飛び交った。

1ヶ月前にチケット完売となり、演奏終了後の客席を埋めた聴衆盛大な拍手喝采に、ブニアティシヴィリも満足の様子で、次々とアンコール曲を披露して最終的には5曲にもなった。2階バルコニー席からスタンデイング・オヴェ―ションをしている若い客の姿も目に入った。
アンコール曲は①シューベルト(リスト編):セレナード ②リスト:メフィストワルツ第1番 ③ドビュッシー:月の光 ④ヘンデル:メヌエット ⑤ショパン:前奏曲 ホ短調 作品28-4。

外山啓介デビュー10周年記念ピアノ・リサイタル

外山啓介が正式にデビューする前の2005年に毎日新聞社・札幌コンサートホールの主催で《Kitaraのオータムコンサート》が開催されて外山啓介と橘高昌男が出演した。2人は共に札幌出身で日本音楽コンクール・ピアノ部門優勝者(外山は2004年、橘高は1996年)。(*2002年の第1位、鈴木慎崇、2010年の第1位、吉田友昭も札幌出身で札幌のピアノ教育レヴェルの高さがうかがえる)。
その後、2007年に外山啓介デビュー・ピアノリサイタルの全国ツアーが開催された。ツアー前にデビュー・アルバムもリリースされて各地で大反響が巻き起こり、最後の公演地となった札幌のKitara会場も満席で沸きかえった様子が脳裏に浮かぶ。

近年の外山の札幌でのリサイタルは秋に開かれているが、毎年聴き続けていて今回が16回目。13年に書いたブログへのアクセスが今年8月から急激に増えて異常を感じていたが、国内ツアーが秋に断続的に行われていて一過性の状況でないことが判った。

『オール・ショパン・プログラム』は07年、10年、15年に続いて4回目。今回はデビュー・リサイタルとほぼ同じようなプログラム。

2017年10月13日(金)  7:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 ワルツ第1番 「華麗なる大円舞曲」 変ホ長調 op.18
 バラード第1番 ト短調 op.23
 ノクターン第20番 遺作 嬰ハ短調
 幻想即興曲 嬰ハ短調 op.66
 ポロネーズ第7番 「幻想」 変イ長調 op.61
 舟歌 嬰へ長調 op.60
 ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 op.58

「ワルツ第1番」は文字通りに華麗でスケールの大きい曲。19世紀のヨーロッパで最も愛された舞曲で、目まぐるしく回転する踊りを通して、高貴な貴族のイメージが広がる。ポーランドの踊りに由来するポロネーズやマズルカと違って、サロンの舞踏会で展開される娯楽音楽とも言えるような曲。

物語風の詩からイマジネーションを膨らませ美しい旋律で綴った「バラード第1番」をショパンと同じ年のシューマンは他のどの作品よりも好きだったと伝えられている。バラード4曲中で最も親しまれている曲。

「ノクターン第20番」を聴くと映画「戦場のピアニスト」の冒頭場面をいつも思い出す。映画の主人公が放送局でピアノを弾いているとドイツ軍の砲撃が始まる。この時の曲が「ノクターン嬰ハ短調」。2002年のカンヌ国際映画祭で最優秀作品賞を受賞して世界的に話題となった映画の冒頭場面で流れた調べ。(*ドイツ人将校との出会いの場面で弾かれた曲は「バラード第1番」だったと思う)。ピアノ・リサイタルのアンコールピースとして演奏されることが多い曲だが、その調べに常に心が揺さぶられて感動する。

ショパンの4曲の即興曲の中で最初に書かれた「幻想即興曲」は彼の死後に出版されたので「第4番」となり、タイトルもその際に「幻想」と付けられた。曲の中間部の甘美で感傷的な旋律が美しくて最も親しまれている即興曲。

「幻想ポロネーズ」は極めて独創的な作品。ポロネーズの持つ本来の舞踏的な性格は拍子やリズムの一部に残っているが、旋律形式ともに自由に書かれている。旋律は瞑想的で苦渋の雰囲気もあわせて“ファンタジー”となったようである。舞曲を芸術的に高めた作品として評価されている。

バルカロール(舟歌)はヴェネツィアのゴンドラの歌で8分の6拍子である。ショパン唯一の「舟歌」は8分の12拍子で書かれた。ゆったりとした船の動きを表現し、波が揺れるようなリズムや櫂から滴り落ちる水を表すようなメロディが情緒を高めている。名曲として愛されているが、演奏が難しいそうである。

「ピアノ・ソナタ第3番」は雄大な規模と豊かな詩的情緒を湛え、ショパンの最大傑作の一つとされるソナタ。ショパン晩年の代表的な作品。外山は以前ショパン作品の中で最も好きな曲として挙げていた。
4楽章構成。ソナタの伝統的な形式にとらわれずに自由に書き上げた作品。豊かな楽想で変化に富み、曲全体が重厚さに彩られていて美しい。

外山啓介はショパンで鮮烈なデビューを飾って10周年のリサイタルを一応ショパンの集大成の位置づけにしたのだろう。これまでのコンサートでもベートーヴェンやリストを含め他の作曲家の作品も取り上げてきた。それなりに器用なピアニストで繊細で色彩感の豊かな音楽を作り上げてきた印象が強い。ステージ上の礼儀も含めて好感度の高い演奏家である。三十路に入ってより積極的にレパートリーを広げていってほしい。
外山には確かにショパンが似合い聴き手の満足度も高いが、より新しいことに挑戦してもらいたい。

大ホールで1000名以上の聴衆を集め続けるのは大変だが、今回も女性客を中心に結構たくさんの人々がKitaraの客席を埋めた。アンコール曲は①ショパン:ワルツ第2番  ②シューマン=リスト:献呈。







エフゲニ・ボジャノフ ピアノ・リサイタル

ポジャノフの名を初めて耳にしたのは2010年ショパン国際ピアノコンクールの時だった。特異な才能と派手なパフォーマンスで聴衆を魅了して、審査員のアルゲリッチも思わず拍手を贈るハプニングもあって話題を集めたピアニスト。結果的には第4位に終って、彼は授賞式を欠席し、ガラコンサートにも参加しなかった。
1995年第13回ショパン国際ピアノコンクールから5年ごとに札幌で入賞者ガラコンサートが開催されている。2011年1月の入賞者ガラコンサートには第1~3位までの4名が出演したが、ボジャノフは参加しなかった。

Evgeni Bozhanovは1984年ブルガリア出身で数々のコンクールに出場して入賞している。彼のピアニズムは聴衆を興奮の渦に巻き込むもので審査員の意見が割れるらしい。2011年8月にはワルシャワの音楽祭に招かれ、ショパンのピアノ協奏曲を演奏して、リサイタルでは「リスト:メフィスト・ワルツ」を弾いた。同年秋には佐渡裕指揮ベルリン・ドイツ響の日本ツアーのソリストとして12公演に同行して、Kitaraの最終公演で「モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番」を演奏した。

12年の日本ツアーではリサイタルを開催。札幌では新しいヤマハのピアノを持ち込み(*多分ヤマハ札幌支店の協力)、ショパン(舟歌、ソナタ第3番)、シューベルト、ドビュッシー、スクリャービン、リスト(メフィスト・ワルツ第1番)を弾いて、大ホールに集まった聴衆を喜ばせた。(*この時はピアノ学習の子どもたちを含めた親子連れが目立って、コンクールの時にYAMAHAを利用していたポジャノフの期待に応えたのだと思った)。

5年ぶりのKitaraのステージであったが、今回は小ホールの響きの良さもピアニスト自身、味わったのではないだろうか。

2017年9月28日(木) 19:00開演  札幌コンサートホール小ホール
〈Program〉
 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 op.27-2「月光」
           ピアノ・ソナタ 第18番 変ホ長調 op.31-3「狩」
 ラヴェル:ラ・ヴァルス
 シューベルト:ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D.960

プログラムは予定された曲目でボジャノフ自らの簡潔な解説が載っていたので、演奏前に読んでバッグに閉まった。「月光」は何十回も耳にしていて親しみのある曲だが、ピアニストが弾き始めたメロディが違った。予定以外の曲を弾いているのかと思った。しばらく時間が経ってから、「第18番」を演奏しているのではないかっと思った。
実は「第18番」は10年以上前にシュナーベルのベートーヴェン・ソナタ全集の中で一度サラッと耳にしたことはあったが全く記憶になかった。コンサートでも聴いた記憶は無い。前日にSPレコードの録音をCDにした曲を耳にしていたので、その曲の感じから演奏の途中でやっと気が付いた。「狩」は明るい曲想で喜びと幸せに満ちた曲だった。
指を縦にしての打鍵がかなり目立って、この曲の特徴なのかと思ったりした。曲名がハッキリしない曖昧な感じで20分程度が過ぎて集中力が保てなかった。

2曲目の暗い序奏が始まる「月光」の独特なメロディでホット安心して落ち着いた気分になれた。1曲目と対照的な音楽の世界が展開された。フィナーレが素晴らしかった。やはり、この曲は心に染みる度合いが違う。演奏法では曲調が違うので、手や指の動きも前曲とはかなり異なっていた。

前半最後の「ラ・ヴァルス」は管弦楽曲としての演奏機会が多くて、ピアノ曲として聴いた記憶がなかった。ラヴェルはオーケストラ版やピアノ版が数多くあるが、この曲のピアノ版はCDでも所有していなかった。
ラヴェルの見事なオーケストレーションによる「管弦楽のための舞踏詩」に慣れていたが、ピアノソロでの「ラ・ヴァルス」は興味津々! 非常にリズミカルな響きで、実際に踊れる曲ではないがウィ-ン舞踏会のワルツの主題が美しく、バレーに合うような雰囲気が出ていた。ボジャノフは得意の高度な技巧を発揮して実に魅力的な演奏となった。

2・3曲目は続けて演奏されたが、演奏終了後のブラヴォーの声がひと際大きく、期待していたピアニストの演奏に客席も満足の様子であった。

前半終了後の休憩時間にプログラムの演奏順変更のアナウンスがあった。演奏会の開始前に放送すべき録音を失念して事後に流した。お詫びの言葉もなく非常に残念なことであった。客への影響は多大なものがあることを主催者は自覚してほしい。
7年前にスロヴァキア管弦楽団の演奏会でドヴォルジャークの「第9番」の予定演目が突然「第8番」の演奏になってしまったことがあった。その折は、コンサートマスターと事務局の打ち合わせで行き違いがあったらしく、事後の対処は一応適切であった。
一個人の不注意が多くの客に与える影響を改めて認識てほしいものである。

シューベルトの「第21番」は繰り返して言及するまでもないくらいブログに書いてきた。人間の喜びと悲しみが音楽で表現されている。ボジャノフは“シューベルトは長調で悲しみや憂鬱、抑制を表現し、逆に短調で戯れや喜びを表現できる偉大な作曲家”と言っている。前半3曲とは違った趣のあるシューベルトの大曲をそれぞれの個性を持ったピアニストを通して何回も耳にできる機会があるのは嬉しい。

アンコール曲が1曲あったが曲名は不明。盛大な拍手が続いたが、数曲弾くのは体力的にも難しそうな印象を受けた。ただ、前回もそうだったが派手な印象はなく、どちらかといえは非常に個性的で控えめではあった。内なる強さは秘めている印象も受けた。曲ごとに演奏技法を変えて非常に個性豊かな演奏をするピアニストの印象を深くした。

プログラムによると、今回の日本ツアーは大阪、東京、名古屋、鎌倉と続く。

※後記:札幌コンサートホールKitaraの情報によると、ボジャノフのアンコール曲は「ラフマニノフ:サロン小品集 作品10-3「舟歌」。偶々、昨日、クラシック・ソムリエ検定ゴールドクラス過去問題に次のことが書かれているのに気付いたので、ここに書き記しておく。ヴィルヘルム・バックハウスは最後の演奏会の途中で気分が悪くなって中断した曲の作品名が「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第18番」。第3楽章で中断して、その1週間後に亡くなったそうである。(9月30日)

大平由美子ピアノ・リサイタル

大平由美子のピアノ・リサイタルを聴いたのは2010年に続いて2度目ではないかと思う。その間に札響チェロ首席奏者石川祐支とのデュオ・リサイタルは2度ほど聴いてブログに書いたことはある。
彼女は東京藝術大学卒業後はドイツに渡り、ベルリン芸術大学卒業。ベルリン芸術大学で講師を務めながら、20年もヨーロッパ各地で多岐にわたる演奏活動を続けて2008年に帰国。現在は札幌在住で新たな室内楽活動の幅も広げている。

2017年9月8日(金) 7:00PM開演  札幌コンサートホールKitara小ホール
〈Program〉
 J.S.バッハ(ペトリ編):「狩のカンタータ」BWV208より“羊は安らかに草を食み”
 J.S.バッハ(ケンプ編):コラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」BWV659
 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 Op.109
ショパン:舟歌 嬰ホ長調  Op.60
シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960(遺作)

バッハの2曲のタイトルは知っていて2・3回聴いたことはあったが、編曲で聴くと印象が違った。好みの問題だろうが、原曲の方が味わいがあると感じた。ピアニストのプログラム・ノートでの解説は参考になった。“羊は安らかに草を食み”は領民を羊、領主を羊飼いに例えたクリスティアンの善政を讃える歌だという。コラール前奏曲とは教会の礼拝で歌われる讃美歌の導入として演奏されるオルガン曲。

ベートーヴェンの「第30番」は冷静に彼自身の心に問いかけた内省的な曲として知られる。落ち着いた美しいソナタで、特に第3楽章が印象的だった。主題と6つの変奏から成り、最後に主題が奏でられて閉じられた。非常に味わい深い曲として聴けた。

ショパン唯一の「舟歌」はメンデルゾーンが書いた数曲のヴェニスのゴンドラの歌とは異なる趣のあるメロディアスな曲。ただ単なる情景描写ではなく、水の流れが激しくなる描写などではショパンの内面をも表現しているように感じられた。この曲はショパン晩年の傑作として演奏機会も多く親しまれている。曲の素晴らしさにはいつも心を奪われる。前半最後の曲で心地よさに身をゆだねた。

今日の演奏曲目で一番期待していたのがシューベルトの最後のソナタ。5年前にラドゥ・ルプーの演奏でこの曲に魅せられ、3年前には田部、今年の春は小山の演奏で曲の素晴らしさに惹かれた。歌曲王として認識はしていたがシューベルトのピアノ曲の良さが分るようになってまだ数年である。死の2ヶ月前に書いたとは思えない歌心のある見事な魅力あふれるピアノ曲。豊かな詩情だけでなく、孤独感や移り行く心情などが綴られた音楽が気高く、美しく聴く者の心に響き渡った。
大平は7年前のリサイタルで「第19番」を弾いていた。繊細で深みのある落ち着いた演奏ぶりには強い印象を受けていた。今回は彼女の集大成として演奏するのだろうかと予想していた。「第21番」は期待通りの演奏で会場を埋めた聴衆の喝采を浴びた。

ピアニストは40分強の大曲を暗譜で弾くのは大変だったと率直に語った。10年前のKitaraでのリサイタルの後に自宅で手を骨折してベルリンに復帰するのを断念して札幌に留まることになった経緯は初めて知った。結果的に、素晴らしい音響を持つKitaraで演奏する機会が増えたことで現在の喜びに繋がったようで、今後も札幌での演奏を続けていく心構えを力強く話した。
彼女のような経験豊かな実力のある演奏家が地元で活躍してくれることは嬉しいことである。

アンコールに「シューベルト:楽興の時 第3番」と「シューマン:トロイメライ」。帰りのホワイエはサイン会に並ぶ多くの人々でコンサートの余韻が漂っていた。

※Kitaraボランティアは80数名の会員がいてダイレクトメールの発送作業以外の活動も行っているが、編集部は月1回“Symphonia”を発行してKitara Club会員にも配布している。大平由美子さんは10年前から5・6年に亘って編集部の依頼で《ベルリン通信》、《ベルリンの思い出》のタイトルで寄稿していた。今回のコンサートの前に手元に保管してある“Symphonia”に寄せた10回ほどの寄稿文を読み返してみた。「カラヤン チケット争奪戦」や「ベルリンの壁の崩壊」など当時のベルリンの情報を楽しく読んだ記憶が蘇った。1990年前後のベルリンの音楽事情の一端を知れて面白かったが、記憶に残っていない記事も改めて再読できて良かった。学生時代は彼女はシューマンのソナタを得意としていて、歌曲は当時の世界の最高峰の歌手フィッシヤー=ディスカウに習い、彼やシュワルツコップのマスタークラスに出て身近に特別なレッスンを受けていたことも知った。
彼女のコンサートを聴き続ける上でもモティヴェーションが高まる情報であった。

 

田代慎之介ピアノリサイタル

田代慎之介という名のピアニストの名は20年くらい前からコンサート案内で知っていたが、今まで聴く機会が無かった。東京と札幌で定期的にリサイタルを開催し、加えて各地での演奏会、公開講座、録音などで活躍しているようである。

2017年8月29日(火) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール
〈Program〉
 バッハ=ブゾーニ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルテイータ第2番より
             「シャコンヌ」 ニ短調 BWV1004
 ブラームス:自作主題による変奏曲 ニ長調 op.21-1
        ハンガリーの歌による変奏曲 ニ長調 op.21-2
 バルトーク:子供のためにⅠーⅡ ハンガリー民謡編より
 リスト:死の舞踏(「怒りの日」」によるパラフレーズ)

「シャコンヌ」は数年前から原曲よりピアノ曲として毎年何度も耳にする曲。アルバムにしてリリースするピアニストも増えているほどの人気曲。変奏形式の曲が3部から成り、第1、3部はニ短調、第2部はニ長調と初めて知った。ピアノの豊かなハーモニーで崇高な音楽の響きが心を洗ってくれる感じがする。

ブラームスは変奏曲が得意だったようで、《ヘンデル、ハイドン、パガニーニの主題による変奏曲》をそれぞれ遺している。彼はピアノ曲で変奏の巧みさを示していると聞くので、有名な作曲家による変奏曲のほかに、彼のオリジナルの主題による変奏曲があるのは当然だと思った。今までに聴いたことが無かったので予めYouTubeで聴いておいた。
主題と11の変奏から成り、全体的にブラームスらしい穏やかな深みのある音の調べがしたが、第8~10変奏における激しいリズムで楽想が一変した。シューマンの死に動揺し、クララへとの関係にも苦悩した様子が表現されたのだろうか。最後の第11変奏は主題を大きく展開して印象的なフィナーレとなった。

ヴァイオリニストのレメーニを通して知ったと言われるハンガリーの歌を主題に奔放なジプシー音楽が表現された曲。テーマに関連した多彩な変奏で、ブラームスが後に書いた《ハンガリー舞曲集》に繋がったものと類推できた。

バルトークがハンガーリやルーマニアの民俗音楽を収集して、数多くの作品を遺しているが、「子供のために」はタイトルさえ知らなかった。予め、YouTubeで曲の一部を赤松林太郎のピアノ演奏で聴いておいたので曲のイメージは大体つかめた。
プログラム解説によると、「子供のために」は4巻(79曲)中、Ⅰ、Ⅱ巻に収められている全ての曲(40曲)はハンガリー民謡の編曲。
演奏曲は19曲で1曲1分程度で簡潔なピアニズムが美しいハーモニーで彩られている。
田代はリサイタルの全曲を暗譜で弾いたが、全曲40曲から抜粋した19曲を番号順に暗譜で弾くのはプロでも簡単にできることではないのでないかと思った。未だ還暦を迎える年齢ではないようだが、味わい深いピアニズムと合わせて、このピアニストの並々ならぬ研鑽が伝わってきた。

今回のプログラムで楽しみにしていた曲が「死の舞踏」。「死の舞踏」と言えばサン=サーンスの交響詩を連想していたが、実は〈ピアノと管弦楽のための作品〉としてリスト作曲の「死の舞踏」はベレゾフスキー演奏(*ヒュー・ウルフ指揮フィルハーモニア管)のCDを所有している。リストのピアノ協奏曲2曲と一緒に収録されていたので長い間気づいていなかった。昨年ハイメスオーケストラ演奏会で札幌フィルと共演した米国在住の日本人ピアニストがピアノ協奏曲ともいえるこの曲を演奏してとても面白かった。自分でも何処かで聞いたことのある曲の感じはしていたが、ライヴで聴いたのはその時が初めてであった。
また前置きが長くなったが、コンサート当日前にベレゾフスキー(*90年チャイコフスキー国際コンクール優勝者)のCDを聴いた。ピアノ独奏の曲を聴いてみたくなってYouTubeを開いた。偶々、観たのが菅原望(*2012年ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ)演奏の特級二次予選での「死の舞踏」。キーシンがデビューした当時を思わせる容姿のピアニストが繰り広げる魅力的な演奏に心を揺さぶられた。余りにも感動して繰り返して2度観たほどだった。
リストの曲は最高難度の技巧が次々と披露される。手の動きを観ていると興味深さが倍加する。とにかくライヴの前にワクワクが募っていた。

グレゴリオ聖歌「怒りの日(ディエス・イレ)」は死を意味するものとしてロマン派以降の作曲家に多く用いられ、ベルリオーズ、サン=サーンス、ラフマニノフの作品でも使われている。
曲は変奏曲の形はとっているが、テーマの提示や変奏などを含めて既成概念に囚われない自由な発想で展開される。第2変奏と思える箇所ではビックリするような技巧が何度も使われる。「メフィストワルツ第1番」、「ロ短調」など度肝を抜く演奏はリストならではとつくづく魅せられる。
数十年前はリストの超絶技巧曲の演奏は限られたピアニストによって可能であったようだが、現在では20歳前後の若いピアニストが次々と難曲を弾きこなしている。還暦前後のピアニストは演奏可能でも、実際の演奏会でプログラムに入れるのは大変なことだと思う。まずは挑戦したピアニストに敬意を表したい。経験豊富な重厚なピアニズムを味わった後で、迫力に満ち溢れた力強い演奏を聴かせてもらって満足した。

聴衆はピアノが専門の聴衆が多いような気がした。
アンコールに2曲。①リスト:コンソレーション第3番  ②リスト:ラ・カンパネラ
誰にも耳慣れたリストの名曲が会場を和やかにした。

※所有のCDの解説によると、リストが1849年に〈ピアノと管弦楽のための作品〉(死の舞踏「怒りの日」によるパラフレーズ)を作曲した。この曲はTotentanz(死の舞踏) 作品番号S126 R457となっている。その後53年と59年に改訂し、59年に2台ピアノのための曲に編曲。別の書物ではサン=サーンスが74年に作曲した「死の舞踏」をリストは76年にピアノ独奏版に編曲したことになっている。(*この最後の記述はチョット変だと思っている。よくわからないが、サン=サーンスの交響詩と無理やり繋げた印象が残っていた。)
リスト音楽院で研鑽を積んだ田代慎之介によると初稿の最終的な完成年は62年となり、その折にピアノ独奏用と2台ピアノ用も作られ1865年に出版されている。リストはオーケストラ曲をピアノ版に数多く編曲しているが、彼の記述の方が信頼性があるように思う。リストの曲を演奏して東京藝術大学などで教鞭も執っている専門のピアニストの解説に納得した。

反田恭平ピアノ・リサイタル 2017 全国縦断ツアー(札幌公演)

待望のSorita Kyoheiのリサイタル。Soritaが高校在学中の2012年に日本音楽コンクールで優勝した様子を偶々テレビで観ていた。その後、モスクワ音楽院に在学中にホロヴィッツ愛用のピアノを使ってのCD「リスト」が発売され、2年前には購入していた。透明感のある音色で他のCDとは違って生き生きとした響きに気分が高揚した。CDを聴いて興奮するのは珍しいことであった。その頃、Twitterをしていたので彼がロシアと日本を忙しく行き来する様子も分かっていた。
昨年11月Kitara 主催公演でサクソフォン奏者上野耕平とのデュオ・リサイタルがあって、反田恭平もリストの「愛の夢」や「タランテラ」を弾いたが彼のピアノを存分に楽しむまでには至らなかった。 
今回のリサイタルは札幌生まれの彼にとっても家族にとっても念願のリサイタルとなった。チケットは2月中旬から早々に売り出されていて完売となっていた。昨日はコンサートの前に彼のCDを聴いて出かけた。地下鉄を降りた時間帯にはKitaraに向かう人の群れで活気があった。エントランスホールも入場中で人々の期待度も高まっていた。札幌市民にとっても待ち望んでいたリサイタルであったことが演奏中の聴衆の鑑賞態度や帰りのサイン会に並ぶ長蛇の列にも表れていた。

2017年8月3日(木) 7:00PM開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 武満 徹:遮られない休息
 シューベルト:4つの即興曲 D899/op.90
 ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
 リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178

武満のこのピアノ作品は初めて聴く。悲しい調べが静かに響き渡る。抽象的な現代音楽で、3分ほどの2曲の後に“愛の歌”が奏でられた。不規則な音の展開にいろんな心模様を想像して耳を傾けた。

シューベルトは亡くなる前年に「4つの即興曲」 op.90 とop.142の作品を計8曲書いた。シューベルトが気のおもむくままに書いたような曲は「即興曲」として親しまれている。心地よい響きで「楽興の時」と同じように人気の調べに包まれたピアノ曲。
2000人の客が入ると曲の切れ目にパラパラと拍手が起こりがちだが、昨日の公演では一切、それが無かった。聴きなれていない人もいただろうが、聴衆の鑑賞の仕方に感心した。

久しぶりにワインを飲んでホワイエでひと時を過ごした休憩後のフランス音楽は美しいラヴェルのピアノ曲。個性的なリストの大曲を前に色合いの違う作品を演奏して対照性を浮き彫りにした。ここまでの曲は楽譜を見て、自ら譜めくりをしながらの演奏で少々意外であった。何らかの思いがあったと思われる。楽譜に忠実に丁寧に弾いたのであろう。

リストの「ロ短調」をライヴで初めて聴いたと思うコンサートが2006年小山実稚恵の演奏だったが、強烈な印象を与えられた演奏は09年ケマル・ゲキチ。それ以後、それまで聴き慣れていなかった曲をアルゲリッチやリヒテルのCDで親しむようにして何度か聴いた。ライヴの前には必ず数回は耳にしているが、最近では昨年はガジェヴ、紗良・オット、今年5月は牛田と続けてライヴで聴く機会があってそれぞれ素晴らしい演奏だった。
今回は予めオグドン(*イギリスのピアニストで1960年ブゾーニ・コンクール、61年リスト・コンクールに優勝。62年チャイコフスキー・コンクールでアシュケナージと共に優勝。89年に急逝)の演奏(*64年)を予め聴いておいたがCDでも曲の凄さが伝わってきた。

,ヴィルトオーゾ的な華やかさと溢れるファンタジーを盛り込んで、リストが試みた大胆で革新的なソナタの傑作。緩徐楽章的要素も取り入れた構成の変則的なソナタ形式で3部から成る長大な単一楽章。
第1部に「ファウスト風の主題」、「メフィスト風の主題」が出てくるが、人間の二面性の葛藤を描いた表現だろうか。第2部のアンダンテでは美しいメロディ(ファウストの恋の主題か?)とメフィストの音型。第3部の再現部に入って、メフィストの音型が再現され、最後には様々な主題が組み合わさって壮大なコーダで結末を迎える。

今では鑑賞力も高まって曲の理解がかなり深まった。以前はただ漠然と聴いていてピアニストの魔術に魅せられていた感があった。反田は「ロ短調」を楽譜なしで、リストの演奏に没入していた。2月中旬にはチケットを購入していたが、その時点で演奏者の運指が見える1階席が取れずに、1階席最後部の中央ではあるが、指の動きが見えない席だったのが残念であった。リストの集大成ともいえる作品を若くして堂々と弾きこなすピアニストが増えているが、それぞれのピアニズムを発揮しているように思った。
鑑賞が難しい作品だと思うが、聴衆は演奏技術に魅せられるので興味を持続できたようであった。聴衆の集中度は高くて演奏終了後の拍手は一段と大きくなっていた。会場は札幌出身のピアニストへの歓迎と称賛が入り混じった大声援に包まれた。

赤ん坊の頃に札幌を離れたとはいえ祖父母の家に来てKitaraに通い、いつかKitaraのステージにという想いが巡って迎えたソロ・リサイタル(*昨年のデュオ・コンサートの折に本人が話していた)。感慨も一入であったと思う。アンコール曲は2曲で終わりかと思ったら3曲も弾いてくれた。第2曲の「月の光」が余りにも美しくて、今まで何十回も聴いたであろうメロディが一段と美しく心に響いた。
アンコール曲は①ショパン:12の練習曲より「第1番」 ②ドビュッシー:月の光  ③シューマン=リスト:献呈

※反田恭平はロシアに在住して一時ロシアと日本を行き来して音楽活動を行っていた。ロシア音楽を得意としているが、現在は多分パリに移っているとTwitterに書いていたのを記憶している。今回のプログラムにフランス音楽が入っていて、ロシア音楽とは趣の違った曲に集中しているのかなと勝手 に想像した。
弱冠22歳で輝きながら、個性的な活動を続けるピアニストの今後がますます楽しみである。

小山実稚恵 「音の旅」第23回(シューマン、ベートーヴェン、シューベルト)

12年間・24回リサイタルシーリズ2006~2017の最終年に入った。シリーズのスタート前に全演奏曲を決めて一切の変更なしに実施し続けてきた企画力と実行力に敬意を表するばかりである。札幌では回を増すごとに聴衆の関心が増して満席の状態が続いていることは喜ばしい。シューマン没後150年の年に始まった「音の旅」を毎年のように聴き続けて今回が17回目となった。ここ4回ほどは重量感のあるプログラムで非常に聴きごたえのあるコンサートの連続であった。

2017年6月8日(木) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

第23回 祈りを込めて [くすんだ青緑/湿気・さらに奥深くへ]
 シューマン:幻想小曲集 作品12
 ベートーヴェン:ソナタ 第31番 変イ長調 作品110
 シューベルト:ソナタ 第21番 変ロ長調 D960

シューマンの「幻想小曲集」は8曲編成であるが、全曲を聴く機会は殆どない。そういう意味では貴重な機会となった。
①夕べに、②飛翔、③なぜに、④気まぐれ、⑤夜に、⑥寓話、⑦夢のもつれ、⑧歌の終わりに。第1・3曲は静かに、しなやかに歌われ、第2・4曲では躍動感があり、速いテンポ。第7曲は優れたテクニックと爽快なリズム感が味わえた。明暗や動静がはっきりした立体感のある演奏として聴けた。小山の曲の紹介には“クララへのシューマンの想いがファンタジーで羽ばたいた小品集”と書かれていたが、文字通り詩情とファンタジーに満ちた作品だった。

ベートーヴェンの後期3大ソナタは近年の演奏会で聴く機会が多い。ベートーヴェンが到達した心境がうかがえる抒情的で味わい豊かなソナタ。詩情豊かで幻想的な美しさを持つ第1楽章。スケルツォ的な第2楽章。第3楽章は独創的で多彩な表現効果に満ちて壮麗なフィナーレとなって終結した。
さすが、力のこもった堂々たる深みのある演奏に魅了された。小ホールの座席に余りこだわりはないが、やはり正面のやや左で手の動きがよく見える場所は満足感が大きい。演奏終了後にブラヴォーの声も上がったが、声には出さないまでもホールには大きな感動が生まれた。偉大なピアニストが醸し出す瞬間は尊い。

シューベルトは歌曲王としてのイメージが強すぎて「未完成交響曲」や「ます」などを除いて彼の曲には親しむ機会が余り無かった。シューベルトのピアノ曲で「即興曲」や「楽興の時」のメロディには親しんでいたが、ソナタの良さを知ったのは思い返すと紗良・オットの「第17番」の演奏を聴いてからだった。シューベルトに親しむ決定的な瞬間は2012年11月に東京で聴いたラドゥ・ルプー演奏のシューベルト・プログラム。「第21番」は圧巻であった。2014年にKitara で田部京子のリサイタルを聴いた時にはD.960の曲をかなり理解できるようになっていた。

この作品はシューベルトの死の直前に完成された最後のピアノ曲。彼の死(1828年)から10年も経った1839年に出版された遺作。ベートーヴェンが完成させたウィーン式4楽章制(急ー緩ースケルツォー急)のピアノ・ソナタ。アカデミックではあるが、独自の歌が曲中に溢れているシューベルトらしいソナタ。苦悩、優しさ、悲しみなど自己を吐露する気持ちの表現が率直に綴られ、やがて上手く調和して祈りが実って超越の域に達する“さすらい人の旅”が描かれているような気がした。自己の先入観を投入し過ぎたかもしれないが、歌心のある祈りも込められた曲は小山実稚恵の演奏を通してシューベルトの声が聞こえてくるようであった。

※シューベルトはモーツァルトやベートーヴェンのようなピアノの名手だとは伝わっていないが、「歌心」が作曲において極めて重要な要素なのだろうと痛感した。

演奏終了後の万雷の拍手に応えて演奏されたアンコール曲は3曲。①ショパン:ノクターン第21番 ②ショパン:ノクターン第13番
③バッハ:平均律クラヴィーア曲集より第1番。
3曲ともに聴き慣れたメロディの名曲に心も一層癒された。こんなに良い気分に浸って家路に着けたのも嬉しかった。
プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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