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ラトルとバレンボイム(p)がバルトークのピアノ協奏曲第1番で共演

1・2月ベルリン・フィル定期公演の出演が予定されていた小澤征爾の海外公演にドクターストップが掛かったり、ズービン・メータの体調不良もあってキャンセルが続いて代役がステージに上がっている。近年は高齢の指揮者の活躍が目立ち、彼らが活躍を続けていることは喜ばしい限りだが、事務局も健康第一にして若手の登用を真剣に考えるべき時期ではないか。若手の優秀な指揮者がどんどん育っていると思う。メータのキャンセルが2回あったが、そのうちの1回にダニエル・バレンボイムの息子ミヒャエルがヴァイオリニストとして出演し、「シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲」を弾いた。ハイフェッツが1940年に依頼された曲を断った経緯があり、前衛的で難曲なようだが、父親設立のウエスト=イースタン・ディヴァン管のコンマスを務めるミヒャエル・バレンボイムが力演した。

私が注目したのは翌週のラトル指揮ダニエル・バレンボイムが共演するプログラムだった。バレンボイムがピアニストとして出演するとは想像もしていなかった。バレンボイムやアシュケナージは大好きなピアニストで彼らのピアノのCDはかなり所有している。バレンボイムがベルリン・シュターカペレを率いてKitaraに登場したのが2005年。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番を弾き振りしてくれた。とにかく嬉しかった忘れられない思い出がある。
70年に彼の妻でチェリストのデュプレと共演したバレンボイム指揮シカゴ響の「ドヴォルザークのチェロ協奏曲」は気に入りのCDだが、数年前に当時の映像付き録音をクラシック・バーで観た時の感激も一入であった。

前置きがかなり長くなったがCDでしか殆ど聴いたことがなかったバレンボイムを映像付きで、顔の表情、鍵盤上の指の動きなどを高画質で観れる期待感は心が踊るほどであった。3月に入ってバレンボイムの出演場面を2度視聴した。 

Berlin Philharmoniker , Sir Simon Rattle (connductor), Daniel Barenboim (piano)
〈Program〉
Antonin Dovorak: Slavonic Dances, op.72
Bela Bartok: Piano Concerto No.1 Sz83
Leos Janacek: Sinfonietta op.60

今回のプログラムはチェコ、モラヴィア、ハンガリーの作品を集めた。Kitaraにはチェコ、ハンガリーのオーケストラの来演が多いのでスラヴ舞曲第1集、第2集各8曲で全16曲のうち数曲が演奏されることは多い。一番多いのは単独でアンコール曲に使われる。
ラトルは第2集、作品72を昨年のジルヴェスターコンサートでも一部取り上げたが、第2集8曲全曲を一気に演奏するのは珍しいと思った。第2集はチェコ以外のスラヴ地域の舞曲を集め、内面的でメランコリックな雰囲気も表現されているようであった。

バルトークのピアノ曲はよく知らなかったが、一年前のデジタル・コンサートで聴いたブロムシュテット&アンドラーシュ・シフによるピアノ協奏曲第3番を思い出した。ピアノが打楽器のような役割を果している印象を受けていた。バルトークは管弦楽作品でも従来にない新しい試みをしたり、打楽器に焦点を当てた作品も書いている。
バレンボイムはブーレーズ指揮べルリン・フィルと1964年にこのピアノ曲で共演してるというが、今回が54年ぶりとのこと。ピアノ演奏は十数年前とは外見もそれほど変わらず堂々とした迫力のある演奏であった。耳を通してだけでなく、演奏者を観ながら聴くデジタル音楽の素晴らしさを堪能した。気に入ると数回視聴できる良さもある。

スメタナやドヴォルザークの作品にはボヘミアの情感と自然が溢れるが、モラヴィア地方に生まれたヤナーチェクには違う風土が感じれられる。ラトルは最後のシーズンにヤナーチェクの「利口な女狐の物語」を取り上げ、今回は「シンフォニエッタ」。シンフォニエッタは“小交響曲”の意味だが、4管編成の大規模なオーケストラ編成。9本のトランペットに加えて、バス・トランペットとチューバが各2本。村上春樹の小説に出てきて、曲が一気に有名なった。管楽器の編成が大変なので、コンサートで聴く機会は少ない。
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ヤンソンスとトリフォノフがシューマンで共演

ダニール・トリフォノフ(Danill Trifonov)がベルリン・フィル・デビューを飾った2016年ジルベスターコンサートを楽しみにしていたが、デジタルコンサートホールでの日本中継は許可が下りずに残念な思いをしていた。2018年1月下旬のベルリン・フィル定期演奏会でヤンソンスとトリフォノフが共演するプログラムを2月に入って2度視聴する機会を持った。

現在、自分が一番聴きたいと思っているピアニストがロシア出身のダニール・トリフォノフである。彼はKitaraのステージには既に2度登場している。1991年生まれのピアニストが2010年ショパン国際コンクールで第3位入賞。11年のルービンシュタイン国際コンクールとチャイコフスキー国際コンクールで共に優勝。彼は11年1月ショパン国際ピアノコンクール入賞者ガラコンサート、12年4月チャイコフスキー国際コンクール優勝者ガラコンサートの日本公演で来札した。アンコール曲の演奏でも作曲活動も行っている才能豊かな雰囲気を感じて魅力が増した。

マリス・ヤンソンス(MARISS JANSONS)は今世紀のクラシック音楽界を牽引している人気の指揮者。現在75歳で指揮台に立つだけでオーラを放つマエストロ。ヤンソンスが1997年ピッツバーグ響の音楽監督に就任した翌年1998年に初の日本ツアーを行い、同じラトヴィア出身のクレーメル(vn)とマイスキー(vc)を同伴した。札幌での共演者はマイスキーでシューマンの協奏曲を聴いたのは忘れもしない曲。交響曲は記憶していなかったが、当時のプログラムで確認してみると「運命」だった。
同じ週にKitaraでラトル指揮バーミンガム市響の演奏会があって、どちらにしようか迷ったものである。やがて、彼ら2人がべルリン・フィルのアバドの後継者となる有力候補に挙がった。
ヤンソンスはその後、2003年にバイエルン放送響音楽監督、04年ロイヤル・コンセルトへボウ管首席指揮者に就任。日本へは2つのオーケストラが交互に隔年で来日公演を開催していた。現在はバイエルン放送響に専念しているが、他のメジャー・オーケストラへの客演機会も多い。マエストロの来札の機会は無くて、ライヴは一度きりである。 テレビ中継では何度か視聴したことはあり、最近では2016年ウィ-ン・フィル・ニューイヤーコンサートで久しぶりにヤンソンスの姿を見れた。16年10月にはKitara で内田&マーラー・チェンバー・オーケストラの「モーツァルトのピアノ協奏曲」を聴いた夜に立ち寄った市内のバーでヤンソンス&バイエルン放送響&内田による「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番」の録画を高音質・大音量でワクワクして聴いたことも忘れられない。

久しぶりに登場したベルリン・フィルの2017年4月定期では、ヤンソンスは「シベリウス:交響曲第1番」、「バルトーク:中国の不思議な役人」を指揮した。予定のプログラム「モーツァルト:交響曲第33番」は変更されて、「ウエーバー:クラリネット協奏曲第1番」(独奏/アンドレアス・オッテンザマー)になっていたが、若き有能なクラリネット奏者の響きが楽しめた。

今回の[ヤンソンスとトリフォノフがシューマンで共演]が私の心を惹きつけていた。20年前にヤンソンス指揮の下でシューマンのチェロ協奏曲を聴き、今回はヤンソンス指揮の下でシューマンのピアノ協奏曲。大好きなミッシャ・マイスキーとダニール・トリフォノフの演奏をマリス・ヤンソンスがつないでくれる想いを勝手に抱いて悦に入っている自分がいた。

Robert Shuman: Piano Concerto in A major, op.54
Anton Bruckner: Symphony No.6 in A major

個人的にはピアノ協奏曲の中でシューマンの作品は最も気に入りの5曲には入る。昨年10月にはラトル&内田のシューマンを09年のアーカイヴで聴いて感銘を受けた。ピアニストが違うとそれぞれの個性が出てきて少々異なる印象を受けるのは当然である。
この曲は最初「ピアノと管弦楽のための幻想曲」として発表され、その後、その幻想曲が第1楽章となり、第2・3楽章が加わってピアノ協奏曲の形になったといわれている。曲は妻のクララに捧げられ、メンデルスゾーン指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管とクララの共演で初演された。
曲はシューマンのクララへの想いが綴られて幻想風に展開され、気分が移り変わるシューマンの心情が読み取れる。2管編成で、室内楽のようにピアノがオーケストラ、特に木管楽器と対話する(*樫本がコンマスを務めたが、マイヤーとオッテンザマーの奏でるメロディの美しさにも感動)。トリフォノフのしなやかな長い手が鍵盤を這うさまに目が吸い込まれてしまう。愛情に包まれた雰囲気が巧みなトリフォノフのピアニズムで綴られていく様は実に美しかった。間奏曲の第2楽章はピアノと弦の対話も印象的で適度なロマンティシズムが表現された。アタッカで入った第3楽章は輝かしさに溢れ、コーダは華麗さを発揮しながらフィナーレとなった。
トリフォノフはゆるぎないテクニックで繊細な表現を遺憾なく流れるようなピアニズムで展開した。曲に込められた心情を淡々と柔らかなタッチで綴る姿には感動さえ覚えた。あごひげや頬ひげをはやしている顔は想像していなかったが、深い音楽性を湛えたトリフォノフの今後はヴィルトオーゾとしての評価をますます高めていくことは間違いなさそうである。
演奏終了後に聴衆からブーケを受け取って弾いたアンコール曲は「ショパン(コルトー編):チェロ・ソナタ 第3楽章」。アンコールに応えて弾く曲も個性的だと思った。

ブルックナーの「第6番」は2014年9月の児玉宏札響定期でコンサートでは初めて耳にしたように思った曲で、めったに聴くことはない。CDで1・2度聴いたぐらいでは分からない。ライヴで聴いた時には集中して聴いているので、それなりに曲の良さを味わったが、親しむまではいかない。
ブルックナーは曲を書いた後に書き直すことが多かったようだが、「第6番」は全4楽章が初演されたのは、作曲家の死後だそうである。その時の指揮者がマーラーで彼の手直しとカットが施されて演奏されたという。
ヤンソンスは今回がベルリン・フィルとのブ共演では初のブルックナーであったのは意外である。シェフを務めていたオーケストラとの共演は数多くあるという。指揮台に立っているだけで存在感のある指揮者。曲の内容は詳しく分からないが、円熟の境地で指揮にあたっている様子であった。年齢的にまだまだ第一線で活躍が期待されるマエストロ。

※ピッツバーグ交響楽団は一時アメリカの6大交響楽団だった時代があって、クレンペラー、ライナー、サーバタ、、スタインバーグ、プレヴィン、マゼールと続いてヤンソンスがシェフを2004年まで務めた。
数年前に50年前の米国留学中にフロリダ州立大学の講堂でスタインバーグ指揮ピッツバーグ響の演奏会を聴いていたことが判った。フロリダの州都タラハッシは当時人口5万人で大学内には5万5千人収容のフットボール競技場もある広大なキャンパスがあり、2つしか州立大学がない州で、フロリダの人口は北海道とほぼ同じ550万人だった(*現在は州の人口も州都の人口も4倍を超えている)。大学は音楽学部もあり、校内で各種のコンサート、バレエ、映画やサーカスも原則無料で楽しめた。有料の場合は1ドル程度。留学中に日記をつけていたのだが、帰国して見直す時間も無かった。2・3年前に大雑把に読み返してみたら記憶が蘇ったことが数多くある。ピッツバーグ響を聴いた記憶はあったが、指揮者がまさか音楽監督だとは想像もしなかった。「レオノーレ序曲第1番」、「幻想交響曲」を聴いたのだが、当時は指揮者のことも、ベルリオーズのことも詳しく知らなかった。曲を聴いて感動する余裕はなかったようだ。

アバド指揮による1994年ベルリン・フィル東京公演

@BerlinPhilJapanからかなりの頻度でメールが届く。デジタル・コンサートホールを視聴していて、英語版のPROGRAMME2017/2018が手元にあるので、必ずしも求めている情報は多くない。年間約40回配信されるシーズン・プログラムも全て視聴しているわけではない。最新のコンサートに関連した過去のコンサートは気が向けば偶に観る。
今回、クラウデイオ・アバドが日本公演を行った時のコンサートが興味を惹いた。アバド指揮ウィ-ン・フィルの演奏会は45年前に札幌で一度聴いた時のことは3年前のブログに書いた。
アバドは当時は39歳でプログラムでの写真は実に若々しい。1986-91年はウィ-ン国立歌劇場の音楽監督を務め、カラヤンの後任として1990年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督に就任して、2002年に辞任。その後はマーラー・ユーゲント・オーケストラ、ルツェルン祝祭管、モーツァルト管などを設立して若手の演奏家を育て上げた。

アバドは2014年1月に逝去したが、その20年前の東京公演の模様がNHKの収録でデジタル・コンサートホールのアーカイヴに入っていた。

公演日/1994年10月14日  会場/サントリーホール
曲目/ ムソルグスキー:はげ山の一夜、 ストラヴィンスキー:《火の鳥》組曲(1919年版)、チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調

ロシアの管弦楽曲3作品のコンサートはロシアの指揮者では珍しくないが、西欧の指揮者では珍しいかなと思った。アバドの十八番のレパートリーであったようである。映像に写るコンサートマスターのスタブラヴァ、フルートのパユ、オーボエのマイヤー、クラリネットのフックス、ホルンのドールの若々しい姿が何とも微笑ましかった。もちろん、オーケストラ全体の演奏が卓越していて魅了されたのは言うまでもない。
はげ山に集まって明け方まで大騒ぎする不気味な魔女たちの姿を描いた「はげ山の一夜」と美しい旋律で物語が綴られるバレエ音楽「火の鳥」は対照的な音楽で楽しめた。チャイコフスキーの人気の「第5番」では第1楽章でクラリネットが奏でる「運命の動機」が全楽章で使われていて印象深い。
アバドの演奏はヴィデオで観る機会が無かったので、記憶に残るヴィデオ・オンデマンドとなった。

ラトル最後のジルベスター・コンサート(独唱はディドナート)

2016年ジルベスターコンサートはデジタル・コンサートホールの登録をしたばかりでダニール・トリフォノフの「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番」の演奏を楽しみしていた。ところが、音楽界の特別の事情があったのだろうが日本への配信は実現しなかった。誠に残念であった。時差の関係で日本では1月1日の深夜開演となる。

昨年の年末から今年の年初めまでは好みのライヴ・コンサート鑑賞が少なくて、かなりの時間をデジタルコンサートなどに費やした。ベルリン・フィルハーモニーで開催された12月の7つのコンサートも見終えた。顔なじみのブロムシュテットとピリスの共演も楽しかった。2000年にブタペスト祝祭管を率いて諏訪内晶子とKitaraに登場したイヴァン・フィッシャーが懐かしかった。当時はCDを集中的に買い求めていた時期で、演奏会で音楽家からサインを貰い始めたが、一番最初にサインを貰ったのがFischerであった。思い出に彼のサインをブログに載せたことがある(*現在、ブログ上のサインがどうなっているかは確かめていない)。

ラトル最後となる2017年ジルベスターコンサートは昨年の経過もあって鑑賞には余り乗り気ではなかったが、MET《ノルマ》で圧倒的な演唱で魅了されたディドナートは今一度、歌曲の歌声を聴いてみたいという思いもあった。

デジタル・コンサートホールは通常は日本時間の午前3時開演になるので、今まではアーカイヴで視聴している。ベルリン・フィルのジルベスター・コンサートを聴くのは全く初めてであった。ステージはイルミネ-ションで飾られ、質素な中にも華やかな雰囲気に包まれていた。
〈Program〉
 ドヴォルザーク:序曲「謝肉祭」op.92、 ストラヴィンスキー:「ミューズを率いるアポロ」より パ・ドゥ・ドゥ、 R.シュトラウス:オーケストラ歌曲集(メゾソプラノ/ディドナート)、 バーンスタイン:「オン・ザ・タウン」より 3つのダンス・エピソード、 ショスタコーヴィチ:「黄金時代」組曲 op.22a

タイトルを初めて聞く曲が多かったが、ダンスのメロディがふんだんに現れて楽しい気分になった。ストラヴィンスキーの曲も夢のような美しい調べ。
リヒャルト・シュトラウスは歌曲をたくさん書いているが、非常に聴きやすい旋律の曲を最も魅力的な声を駆使して、DiDonatoが人々の心に届く素晴らしい歌声を披露した。ただ、聴き惚れるだけであった。
バーンスタイン生誕100年の今年はバーンスタインが書いたいろいろな曲を聴く機会が増えるであろう。“On the Town”はバーンスタイン独特のリズムが心地よくて心も躍るような音楽。ソリストのアンコール曲が入って、「ホワイトハウス・カンタータ」より テイク・ケア・オブ・ディス・ハウス。
ショスタコーヴィチが1930年に書いたバレエ曲も意外な調べで興味深かった。

予想していたより、選曲がダンス曲が中心で、思いもよらないメロディが聴けて楽しかった。肩の凝らない、気持ちが和らぐコンサートであった。
アンコール曲は「ドヴォルザーク:スラヴ舞曲 op.72-2」と「ブラームス・ハンガリー舞曲第1番」。人々に親しまれている名曲で聴衆も大喜びで、いつまでもカーテンコールが続いた。

※Kitaraボランティアの女性1人がウィ-ン・フィル・ニューイヤーコンサートのリハーサルとベルリン・フィルのジルベスターコンサート鑑賞が組み入れられた海外旅行に出かけていたので会場のどこかにいるのだろうと思った。

レイト・ナイトで樫本大進(Vn)とサイモン・ラトル(Pf)が共演

ベルリン・フィルは11月は海外公演が多くて本拠地のコンサートが少なかったが、12月のデジタル・コンサートは7回もあった。今月中旬から4つのコンサートをアーカイヴで聴き始めた。一番注目したのが“Late Night”の特別公演(*10P.M.開演のコンサート)。

[出演者]サイモン・ラトル(ピアノ)、樫本大進(ヴァイオリン)、ルートヴィッヒ・クヴァント(チェロ)、ヴェンツェル・フックス(クラリネット)。
[曲目]ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調
    メシアン:世の終わりのための四重奏曲

2曲の演奏でラトルがピアノを担当するのに驚くと同時に、興味が深まった。年度のプログラムに載っていて、Daishin出演の室内楽を楽しもうという思いで、ピアノ奏者には目が行っていなかった。他の室内楽奏者は顔なじみであった。いざ、コンサートが始まって意外に思ってしまった。でも、ラトルのピアノ演奏に興味津々! 
来年はドビュッシーの没100年にあたるが、彼の死の前年に完成して、ドビュッシー自身の初演によってパリで発表された最後の作品。僅か15分弱の作品だが、ドビュッシーらしい美しい調べの曲であった。樫本の演奏は堂々たるもので、ラトルもベルリン・フィルのシェフとして最後のシーズンを迎えての意欲的な取り組みに心を打たれた。

オリヴィエ・メシアン(1908-92) はフランスを代表する20世紀最大の作曲家のひとり。パリ国立高等音楽院で教えを受けた日本人も数多い。「トゥランガリア交響曲」を演奏会で聴いたことがあるが、現代曲として非常に面白く興味深い作品であった。ピアノ曲も長大な作品があるが親しんではいない。「世の終わりのための四重奏曲」も1時間近くかかる作品で、ミシェル・ベロフがピアノを担当するCDで一度聴いたことがあるだけで作品については詳しくは知らなかった。
フランス語のタイトルが“Quatour pour la fin du temps”(時の終わりのための四重奏曲)。日本語の意訳では「時が世」になっている。8楽章構成で、全てが4重奏にはなってはいない。
①水晶の典礼 ②時の終わりを告げる天使のためのヴォカリース ③鳥たちの深淵 ④間奏曲 ⑤イエスの永遠性への賛美 ⑥7つのラッパのための熱狂の踊り ⑦時の終わりを告げる天使のための虹の繚乱 ⑧イエスの不滅性への賛美。

③はクラリネット独奏、⑤はチェロ独奏が主でピアノも入る、⑥は4重奏で全曲中で最も特徴のある曲、⑧はヴァイオリンの長大な独奏で曲が終結。第5楽章と第8楽章が対比的な感じがした。
ピアノが合奏の中心的な役割をになっているようで、その弾き方も打楽器的な演奏の仕方に思えた。全く初めて聴く感がして観ている面白さも伝わった。
ベルリン・フィル第1コンサートマスターを務めるDaishin Kashimoto、ソロチェロ奏者Lutwig Quandt, ソロ・クラリネット奏者Wenzel Fuchsとこの上ない一流演奏家とともに、Sir Simon Rattleの稀有なピアノ演奏で難しそうな曲を楽しく聴けて良かった。

実は上記の演奏会の前にベルリンフィル・ジャパンからのメールで4年前に開催された《ベルリン・バロック・ゾリステンのクリスマスコンサート(ソリスト:樫本大進)》の案内があった。曲目は「ヴィヴァルディ:四季」。樫本が2010年12月にベルリン・フィル第1コンサートマスターに就任してから、丁度3年が経過した2013年12月12日の公演であった。今や貫禄十分で、ひときわ秀でたソロを披露する様子は、普段オーケストラの一員としてベルリン・フィルを率いているコンマスとは違った華やかさを観れて素晴らしかった。

ベルリン・フィルでの活躍のほかに、樫本は2007年から音楽監督として赤穂・姫路で国際音楽祭「ル・ポン」を主宰している。優れた世界的奏者を招いて室内楽を開いて低料金で地元の住民に音楽の楽しさを伝えている。末永く続けていってほしいと願う。

ラトル指揮ベルリン・フィル日本公演2017に先立ち、東京公演と同じプログラムをデジタル・コンサートホールで鑑賞

2017年11月のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(サイモン・ラトル指揮)アジア・ツアーに先立って、ベルリン・フィルハーモニーで11月3日と4日の2日間、東京公演と同じプログラムが演奏された。シーズン・プログラム(PROGRAMME 2017/2018)には11月のコンサートは一つだけで少ないと思っていた。11月にアジア・ツアーが実施され、香港・中国・韓国・日本の公演があるのに気づいていなかった。
メールに香港公演のプログラムが入っていて、東京公演と同じ2種類のコンサートを視聴できることを知った。定期公演(3日)の視聴を先日済ませていて、今日は4日に行われたフィルハーモニーでの公演を視聴した。今日は3日の公演も再び視聴した。

【ラトルが《ペトルーシュカ》とラフマニノフ「第3番」を指揮】
演奏曲目/ストラヴィンスキー:ペトルーシュカ(1947年版)、チン・ウンスク(陳銀淑):コロス・コルドン(ベルリン・フィル委嘱作品)、ラフマニノフ:交響曲第3番。

「ペトルーシュカ」は当初、ピアノとオーケストラの協奏曲風の作品として構想され、ディアギレフの説得を受けてバレエ音楽として書かれ、1911年に初演された。1947年に楽器編成を縮小して改訂版が出された。ペテルブルグの謝肉祭に起こった人形ペトルーシュカの悲劇を題材にした音楽。ピアノの華々しい活躍があり、ロシア民謡、舞踏曲などの音楽が入った華麗な作品で、CDで聴いていただけでは分らない漠然とした音楽が,今回は生き生きとして伝わってきて非常に楽しめた。映像を見て、ストーリーの場面を把握しながらワクワクした気分で鑑賞した。ラトルも表情豊かな指揮ぶりで、木管、金管各奏者のソロも含めて楽器の特徴的な響きを心から楽しめた。ストラヴィンスキーの曲をこんなに楽しい気分で最初から最後まで聴けたのは今までにないことで、日を変えて2度聴いた。

Unsuk Chinは韓国の若い女性作曲家。曲のタイトルは“古代ギリシャの弦の踊り”の意味。天文学や宇宙論に興味があるというが、陳の演奏時間11分の曲は音響的にはストラヴィンスキーに近い性格の現代曲。韓国で彼女は大歓迎を受けるのは間違いなさそうである。

ラフマニノフの最後の交響曲「第3番」は米国に亡命中の1935・36年の完成で、第2番から30年近くが経っていた。ピアニストとして多忙で絶頂期を迎えていた時期に書かれた作品はラフマニノフ特有のロシア的抒情を湛えながらも、晩年に近い心境も吐露された曲のように思えた。第2番に比べて聴く機会が少ないが、非常に聴きごたえのある作品であった。
ヴァイオリン・ソロでコンマスの樫本が奏でる甘美な旋律、フルートのパユ(*来月5日にKitaraで久しぶりにリサイタルを開く)が歌う旋律も美しい。オーボエのマイヤー、ホルンのドールのソロなどの惚れ惚れする響きも心にしみた。ラフマニノフのオーケストレーションの素晴らしさを満喫した。

【チョ・ソンジンがラトル指揮でベルリン・フィルにデビュー】
演奏曲目/R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」、ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調、ブラームス:交響曲第4番。

シュトラウスはハンガリーの詩人レーナウの叙情詩に基づいて、この曲を書き、理想の女性を求めて女から女へと移り、最後には決闘で傷ついて人生を終える悲劇的な男の姿を描いた。何度も聴いている曲であるが、いつもと違って、より身近な曲として聴けて楽しかった。4日のコンマスはスタブラヴァ、各楽器のソロ担当は前日と違う奏者だった。西欧のオーケストラは東欧と比べて奏者の負担が少なくて済む陣容を整えているのを実感した。

ピアノ奏者に予定されていたラン・ランの代役で2015年ショパン国際ピアノコンクール優勝者Seong-Jin Choがベルリン・フィル初登場。今年の1月にKitaraで感動的なリサイタルで強烈な印象を残したチョ・ソンジンは当然ベルリン・フィルハーモニーのステージに上がっていると思っていたので少々意外であった。急遽の代役で、予定の曲目はChoが15歳から弾き続けているというラベルの協奏曲に変更された。
ラヴェルのスペイン趣味やアメリカのジャズから生まれた独自の幻想味あふれる曲の展開はラヴェルならではの独創的な試みがなされている。楽想が豊かで、色彩感のある表現も見事である。第2楽章は繊細さと華やかさを備えた緩徐楽章。終楽章は力強く煌びやかなフィナーレ。
何度か演奏会で聴いているが、やはり手の動きと顔の表情が明瞭に見れる映像付きで聴く音楽は違う。チョは、まだ23歳だが、貫禄十分で圧倒的な演奏で聴衆の盛大な拍手と歓声を贈られていた。
ベルリン・フィルの日本人第2ヴァイオリニストの伊藤マレーネからのインタヴューを受けて、本拠地をパリからベルリンに移した話も初めて耳にした。フランス音楽を勉強して、その成果をCDでリリースしてもいる。今回の韓国訪問は2度目の凱旋帰国になり熱狂的な歓迎を受けるようであるが、本人は冷静にいつもと変わらぬ演奏を続ける覚悟を語った。

ブラームスの「第4番」は第1番と並ぶ人気の交響曲。「ドン・ファン」と「ブラームス第4番」は前回の日本公演と同一プログラムだそうである。ラトル最後のベルリン・フィル首席指揮者としての最後の来日公演を飾る記念すべきプログラムのようである。
2日間にわたるラトルの指揮ぶりは心なしかいつもより渾身の力のこもった指揮ぶりに思えた。23・24・25日の川崎・東京公演が成功裡に終わることを祈る!

ラトルと内田がピアノ協奏曲で共演(モーツァルト第27番&シューマン)

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督として最後のシーズンを迎えたサー・サイモン・ラトルは「ハイドン:天地創造」で今シーズンのプログラムをスタートした。9月の4種類のコンサートは客演指揮者が担当した。
10月7日のコンサートでは内田光子をソリストに迎えた。内田はベルリン・フィルの“ピアニスト・イン・レジデンス”として10年2月にベートーヴェンのピアノ協奏曲をラトルとの共演で全曲演奏した。今回の「モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番」のライヴに先立って、09年2月のラトル&内田による「シューマン:ピアノ協奏曲」のアーカイヴの案内があった。

シューマンのピアノ協奏曲は暫く演奏会で聴いていないので懐かしくなった。ルービンシュタイン演奏のLPレコードで聴き始め、20年前に手に入れたCDでは当時人気の指揮者アーノンクールが指揮するヨーロッパ室内管&アルゲリッチの演奏を聴き続けて“お気に入りのピアノ協奏曲”になっていた。
直ちに視聴してみると、内田の力強いピアニズムに一気に惹きこまれた。冒頭から幻想の世界に導かれ、ピアニストの表情もいろいろ変化する。シューマンの不安、緊張、暗さも感じ取れるが幸せな気持ちも伝わってくる。ピアノとオーケストラ、特に木管との対話は内田が時には指揮者や木管奏者に目をやりいながら演奏を進める仕草からも、その密度の濃さが読み取れた。迫力に満ちたフィナーレで曲が閉じられ、演奏終了後の聴衆の大歓声も特別のように感じられた。

ホルン奏者、サラ・ウィリスとのインタヴューを通して内田の音楽に対する熱い思いが伝わってきた。シューマンのこの曲の例えようもない美しさに13歳から心を奪われていたと語った。彼女のシューマンへの想いは“first true deep great love”という言葉に表されている。15分以上も雄弁に語る内田の語りから普段のコンサートでは分らないことが知れて興味深かった。

「モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番」は今月の16日に聴いた。モーツァルト最後のピアノ協奏曲で彼自身の独奏で初演されたが
、人前で演奏する最後の曲となった。
内田光子とジェフリー・テイト指揮イギリス室内管による20番台の協奏曲は30年前の録音で全曲を所有している。30年ほど前には“モーツァルト弾き”のピアニストとして名声を得た内田も、現在では当時と演奏が変わっているのは当然ではないかと思う。
日本に生まれ、ウィ-ンで育った内田はモーツァルト、シューベルト、バッハ、ベートーヴェン、シューマン、ショパンは言うまでもなく、ドビュッシーからメシアンや武満などの現代音楽作曲家もレパートリーに入っていて、私の好みではないがシェーンベルクも得意にしている。

2010年にはクリーヴランド管を率いてKitaraで「モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番&27番」を弾き振りして大反響を呼んだ。P席のど真ん中から堪能した当時のコンサートの様子が蘇った。マーラー・チェンバー・オーケストラを率いての「モーツァルト:ピアノ協奏曲第17・19・20・25番」の2日間に亘る弾き振りは丁度一年前のことであった。堂々たる風格を備えたピアニスト・指揮者として活躍している姿は実に頼もしい。

今回のラトル指揮ベルリン・フィルの演奏は上記のコンサートとは違ってピアニスト内田に焦点を当てて視聴した。内田光子はベルリン・フィルとは30年以上も共演しており、モーツァルトの協奏曲をラトルと共演するのは14年2月の「第18番」、16年3月の「第22番」に続いて、今回が3回目のようであった。
「第27番」は音楽の素材は簡素で、それほど情熱的ではないが悟りの境地に達したモーツァルトの味わいのある曲。インタビューで憂いに沈んだメランコリーな雰囲気の世界より、“bittersweet”(ほろ苦い)雰囲気を感じ取ったインタヴューアーが内田に質問を浴びせていた。質問には曲について“almost happy, but not so happy”(殆どハッピーだが、それほど楽しくはない)、“ It has a lot of drama. It has so much melancholy, so much sadness, so much darkness”(ドラマと憂鬱と悲しさと暗さに満ちている曲)と彼女の解釈を述べていた。聞いていて違和感は特に感じなくて、彼女の意図するところは分ったような気がした。曲全体の印象はメランコリーであっても透明な抒情感があり、気品もあって、人生の最後を迎えようとしていた作曲家の心境が綴られている気もした。いずれにしても読み取る解釈は聴き方によって濃度の違いが出るのはむしろ当たり前ではないかと思った。
ラトルと共演が多い理由を訊かれて、“He is a lovely, wonderful musician. 彼は常に新たな角度から楽譜を読み取り、指揮棒を持っても持たなくても、オーケストラをコントロールできる真の優れた指揮者である”と称えて全幅の信頼を置いているようであった。(*インタビューは英語で行われて、字幕がドイツで書かれていた。)

今日はブログを書くに当たって、この2曲を再度、いや今までデジタル・コンサートホールで三度視聴したことになる。どちらも素晴らしい演奏だったが、ピアノ協奏曲を1曲しか書かなかったシューマンの協奏曲に、より魅力を感じたのが正直な感想である。
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ティ-レマンとポリーニがショパンのピアノ協奏曲第1番で共演

2016年1月16日にポリーニがティ-レマン指揮ベルリン・フィルと共演してピアノ協奏曲第1番を弾いた情報を得て早速デジタル・コンサート・ホールを視聴した。
この2人は12年12月のベルリン・フィル演奏会でもモーツァルト協奏曲第21番で共演したという。11年にもシュターツカペレ・ドレスデンとブラームス協奏曲第1番を共演してライヴ・レコーディングを行っている間柄で相性が良いのだろう。

Maurizio Polliniは弱冠18歳で1960年ショパン国際ピアノ・コンクールに優勝。当時の審査委員長を務めた大ピアニストのルービンシュタインから“技巧的には、審査委員の誰よりも上手い”と絶賛された話は語り草として伝わっている。

ショパンのピアノ協奏曲第1番は1968年版ビクターLPレコードで聴き親しんだ。約30年間、レコードが擦り切れるほどまで愛聴した。ピアノはゲーリー・グラフマン(Graffman)で当時アメリカの中堅ピアニストでミュンシュ指揮ボストン響の演奏。99年に購入した最初のショパンのCDが偶々ポリーニ演奏の協奏曲第1番(*パウル・クレツキ指揮フィルハーモニア管)で1960年4月の録音。コンクール直後のロンドンでのライヴ録音でデビュー盤と言える。
今では自宅でこの「第1番」を聴くことは殆どないのでポリーニのCDのことはすっかり忘れていた。「第1番」はルービンシュタイン、ピリス、ツィメルマン、中村紘子、アルゲリッチ、キーシン、ブーニン、ユンディ・リなど12枚もあって、それぞれ数回耳にした程度である。

札幌コンサートホールには世界的に偉大な指揮者、演奏家が相次いで登場しているが、残念ながらポリーニの演奏をライヴで聴いたことが無かったので2012年11月に東京サントリーホールの演奏会に出かけた。ベートーヴェンのピアをノ・ソナタ第28番&第29番を聴いた。演奏会はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番~第32番と現代作曲家の曲を組み合わせて4日間開催された。その頃はポリーニ・パースぺクティヴとして数年間に亘って開催され、2012年は10月23日から11月14日まで室内楽公演も含めて開催された。
私が聴いた日は5割ぐらいの客入りだったが、初めてポリーニの演奏を聴いて胸が高鳴ったのを覚えている。70歳になってステージへの出入りは年齢を感じさせたが、鍵盤に向かった姿はきりりとして彼の真摯な演奏に聴衆は魅了された。緊張感を味わいながらも彼の音楽に集中した瞬間は今でも忘れられない。

今回のデジタル・コンサートホールでの姿はその時以来である。若い時は別にして、近年はショパンとポリーニを繋げて考えることは殆どなかった。特に「ピアノ協奏曲第1番」をポリーニが演奏会で弾くことは無いと思い込んでいた。フィルハーモニーでの聴衆も彼の演奏を大いに楽しんだようだった。カメラも通常のコンチェルトの際のカメラワークと違って、指揮者よりポリーニに焦点を当てていろんな角度から映像に収めていた。その分、たっぷりピアニストの表情や手の動きが見れた。
演奏中にコンサートマスターの樫本大進とスタブラヴァの姿も見え、演奏終了後にポリーニが彼らと握手をする姿も目に出来て良かった。
若手の華やかな演奏とは違って落ち着いた味わいのある演奏を鑑賞できた。1990年から5年ごとにショパン国際ピアノコンクール入賞者のガラ・コンサートを札幌で聴いているので20歳代前後の若いピアニストの演奏は聴き慣れている。ヴィルトオーゾが定期演奏会などで演奏曲目には選曲しそうにもないと思っていたので今回はある意味でとても新鮮だった。

ブログを書く前にポリーニが18歳で演奏した当時のCDを聴いてみた。現在の高品質のヘッドフォンで聴く音質と演奏の様子が見て取れる映像入りの音楽では少々違うとはいえ15年ぶりぐらいとなるCDもなかなか良かった。やはり名盤となっているのだろう。

パールマン&バレンボイムの《ベートヴェン:ヴァイオリン協奏曲》

先月末にベルリン・フィルハーモニーからemailでnewsletterが届いた。1992年2月に本拠地のホールではなく、ジェンダルメンマルクトのシャウスピールハウスで行われた《パールマンとバレンボイム指揮ベルリン・フィルの「ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲」であった。PMFで忙しい最中であったが、映像で観るパールマンとバレンボイムの演奏をワクワクしながら聴いた。

イツァーク・パールマンは1991年9月に元北海道厚生年金開館でリサイタルを聴いた。ドビュッシーやフォーレのヴァイオリン・ソナタを弾いたが、この頃の思い出は余り記憶に残っていない。当時、演奏曲目の知識は全く持ち合わせていなかった。世界的なヴァイオリニストに憧れて聴きに出かけたようである。
Perlmanが98年3月のKitaraでリサイタルを開いた時の様子はかなり鮮明に記憶している。彼は幼少時に小児麻痺になり、下半身不随となるが、障害を克服して演奏家として世界の頂点を極めた。Kitaraでのプログラムはモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスのソナタ。完璧な技巧と艶やかで透き通った音質は表面的にしか音楽が分らない自分でも素晴らしいと感動したものである。
その後、来札の機会が無くて残念に思っていた。

ダニエル・バレンボイムは彼のCDをかなり所有していることもあって、早くからピアニストとしてファンになっていた。彼は今や世界の指揮界のトップに君陣して来日公演も多い。Kitara にはベルリン・シュターツカペレを率いて2005年2月に一度来演しただけである。彼の自信に溢れた堂々たる姿を見たのはその時の1回だけである。当時は「ベート―ヴェン:ピアノ協奏曲第2番」を弾き振りした。彼のピアノ演奏を聴けたのには満足した。交響曲は「マーラー:第5番」だった。今ではマーラーの曲の中で親しんでいる方だが、当時は鑑賞が難しかった。2曲共に余りポピュラーな曲でないこともあって、客の入りが少なかった。世界一流のオーケストラと指揮者を迎えて“もったいない”と思った印象が残っている。

この二人の指揮ぶりと演奏の様子をそれぞれ、20年、12年ぶりに観れて心も躍った。二人ともに現在は70代であるが、この映像では40代で当然ながら若々しく見えた。特にバレンボイムの姿が若々しくて生き生きとした指揮ぶりであった。パールマンの車椅子でのステージの出入りはKitaraでのコンサートの様子が眼前に浮かんだ。
ヴァイオリン協奏曲の中で最も親しまれたメロディを持つ偉大な曲の演奏はアッという間に終わってしまったが、素晴らしい演奏に引き込まれて生演奏を聴いているような感じさえした。

演奏中にはオーボエ奏者アルブレヒト・マイヤー(*試用期間中の来日公演の際に彼の様子を追っていたテレビ番組で彼の名をずっと記憶していて今では首席奏者)の初々しい入団早々の姿、当時の第一コンサートマスター安永徹も目に入って懐かしく思った。

ハイレゾ・ストリームで楽しむ[ラトル指揮《シベリウス交響曲全集》]

PMFコンサート鑑賞もオーケストラ演奏会を2つ残すだけとなったので、その合間にデジタル・コンサートホールを楽しむ余裕ができた。ベルリン・フィルも夏の休暇に入って定期コンサートは無い。
昨日、自主レーベル「ベルリン・フィル・レコーディングズ」のタイトルをハイレゾ・ストリームで聴いた。前衛的作曲家として解釈するラトルの名盤をCDを超える超高音質で楽しんだ。

Sir Simon Rattle は「シベリウスは最もエキサイティングで独創的な作曲家のひとり」と語っている。7つの交響曲にはシベリウスの多様な美しさが込められている。一度に7曲全部を聴いたのは初めてだった。

シべリウスをLPレコードで聴いたのは45年前で「交響曲第5番」と「フィンランディア」。ジョールジュ・プレートル指揮ニュー・フィルハーモニア管の演奏(*プレートルは98年にパリ管を率いてKitaraに出演した時に名を知った。世界的なオペラ指揮者で、コンサート指揮には余り関わっていなくて日本での知名度は低かった。08年のウィ-ン・フィルのニューイヤーコンサートに出演した時はヨーロッパでも驚きをもって報じられた。世界の一流歌劇場で活躍してカラスとの共演も多く、私もオペラ全集に彼が指揮するCDがあるのに気づいたのは10年前)。
CDで聴き始めた頃の2000年にカラヤン指揮ベルリン・フィルの「交響曲第2番とフィンランディア」がシベリウスとの2度目の出会い。実質的にシベリウスの交響曲で一番身近なのはカラヤンの曲に親しんだ以降であった。この年のエジプト旅行の長時間の機内では偶々フィンランドの俊英指揮者ユッカ=ペッカ・サラステの音楽を何度も聴いた。その影響で彼のCDが目に留まり、帰国後にサラステ指揮フィンランド放送響の「交響曲第1番」、「交響曲第5・7番」を続けて聴くようになった。(*サラステとサロネンはほぼ同年代のフィンランド出身の世界的指揮者だが、現在は差がついたようである。)

その後にジョン・バルビローリやコリン・デイヴィスの輸入盤も手にして他の交響曲なども度々耳にした。ヴァイオリン協奏曲はもちろん数枚あり、お気に入りである。
シベリウスの生誕150年を祝う札響演奏会では当時の尾高忠明音楽監督が《シベリウス交響曲シリーズ》を年1回公演で3年掛けて達成した。それぞれ充実した演奏会となり、一気に連続しての公演とは違う味わいのあるツィクルスになっていたことを思い出す。その時のライヴ録音でのCD「第1・3番」、「第4・5番」の2枚のCDは記念に買い求めた。シベリウスが気に入って、その後、デイヴィス指揮ロンドン響の7CDがSONY MUSICから廉価版で発売されていて手にした。

それから2年余りが経ったが、丁度、今までにない新たな聴き方が出来た折に、長くなったが過去を振り返ってみた。

デジタル・コンサートでは音量の素晴らしさを味わうと同時に、演奏者の姿を観ながら鑑賞している。今回は音にだけ集中して聴くことになった。第1番と第2番はやはりフィンランド独立に向けてのフィンランド国民の気持ちに寄り添った音楽であった。シベリウスが40歳~60歳に掛けて作曲した第3番以降は作曲環境がガラリと変わっている。1904年にはヘルシンキでの生活の煩雑さを逃れて別荘を建てて生涯の隠遁生活に入った。第3番を書いたのは1907年で第7番の完成は1924年、29年以降、亡くなる57年まで筆を折ったと言われている。

第3番は内省的で楽章数も3つに減って、楽器編成も小さくなり、シンプルで明解になった。第4番は4楽章構成だが、室内楽的な雰囲気で、作曲家自身は“精神的交響曲”と呼んでいる。第5番はシベリウスの50歳を祝う国を挙げての記念演奏会のために作曲され、シベリウスの指揮で初演が行われた。北欧の壮大な自然を感じさせるスケールの大きさと華やかさを持った曲。第2番とともに人気のある作品。
第6番は宗教的な敬虔さが漂う曲。この曲は殆ど聴いたことがなくて札響演奏会で初めて耳にした感じだった。今回で3回目だろう。第7番は最初の3楽章の構想を変えて単一楽章となり、ほかのCDでもそうなっている。ところが、今回のハイレゾでの案内では4楽章のように配分されていた。①Adagio、②Vivacissimo Adagio、③Allegro molto moderato---Allegro moderato、④Vivace---Presto---Adagio---Largamente molto---Affettuoso。切れ目なく演奏されていたので、一般の楽章とは違うのだろうが、表記の仕方が普通とは違っていたので不思議に思った。いずれにしても第7番は伝統的な交響曲の楽章分割や、テーマのグループ分けや調の関係に従っていない。形式的には新しい試みを行った曲と思われる。

全7曲に北欧の自然が描かれていて、シベリウスらしい美しい旋律が多く、ヴァイオリンが得意な作曲家らしい面も感じ取れた。デジタル・コンサートホールの会員なので無料配信で聴けたが、珍しい体験をした。
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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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