ウィ-ン室内管弦楽団『アイネ・クライネ・ナハトムジ―ク』&『ます』

札幌コンサートホール開館20周年記念に「ウィ-ン室内管弦楽団」の演奏会が2日間に亘って繰り広げられる。第1日はウィ-ン室内管メンバーによるモーニングコンサートとアフタヌーンコンサート。第2日はウィ-ン室内管・コンチェルトの競演。
本日の《アフタヌーンコンサート》と明日の《コンチェルトの競演》を聴くことにしていた。

ウィ-ン室内管弦楽団がKitaraのステージに初めて登場したのが1998年で当時の指揮者はエルンスト・コヴァチッチ(*共演はフルートの工藤重典とハープの安楽真理子)、2度目は3年前でシュテファン・ブラダーが率いてピアニスト牛田智大が共演.。今回が3度目となる。前2回は大ホールで開催されたが、今回は第1日が小ホール、第2日が大ホール。

2017年9月30日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈出演〉シュテファン・ヴラダー&ウィ-ン室内管メンバー5名
〈Program〉
 モーツァルト:セレナード 第13番 ト長調 「アイネ・クライネ・ナハトムジ―ク」K.525
 シューベル、ト:五重奏曲 イ長調 「ます」D667 
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セレナードは小夜曲(さよきょく)とも呼ばれ、「第13番」はモーツァルトの作品の中でも最も有名で親しまれている曲。セレナードはセレナーデ、セレナータとの呼称もあり、狭い意味では元々「夕べに男が恋人の窓の下で奏でる甘美な曲」のこと。ドヴォルザークやチャイコフスキーの弦楽セレナードもよく知られている。
「アイネ・クライネ・ナハトムジ―ク」はドイツ語で“小さな夜の音楽”を意味する。この語はモーツァルトの曲の代名詞と言えるほど人々に知られている。今まで弦楽合奏曲としてI MUSICI(イ・ムジチ合奏団)での演奏を通して親しんできた。今年のPMFウィ-ン演奏会で弦楽五重奏曲(ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1、コントラバス1)として聴いて新鮮な印象を受けたばかりであった。

曲は伸びやかで自由闊達な雰囲気が横溢して実に爽やかこの上ない。

シューベルトのピアノ五重奏曲「ます」は未完成交響曲と同じように若い時から耳にしてきた曲(*と言っても、曲のタイトルと一部のメロディでだけである)。全曲はブレンデル&クリーヴランド弦楽四重奏団の演奏を通して親しんだ。

「ます」(The Trout)は全曲に明るさと爽やかさがあふれ出ている名曲。この曲も人々に親しまれている美しいメロディがあちこちに散りばめられている。
楽器編成に特徴があってピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。通常のピアノ五重奏と異なってヴァイオリンが1本だけで、コントラバスが加わる。曲はまるでピアノ連弾のようで、ピアノと弦楽が対話しているようであった。ピアノが旋律を奏で、弦楽器が応じているようにも思えた。弦楽に低音域のコントラバスが入ることでピアノと好対照をなしていた。生演奏を観ることで、ただ聴くだけでは気づかないことが明らかになって一層楽しく聴けた。

曲は5楽章編成。第4楽章は弦楽器のみの演奏でシューベルトの歌曲《ます》の主題が奏でられた後に5つの変奏が続いた。各楽器の持ち味が生き生きと伝わる変奏が入った。最後の変奏がオリジナルのピアノ伴奏のように思えた。終楽章は活気にあふれたフィナーレ。
オーストリアの地方の美しい情景を思い浮かべながらシューベルトが書き上げた作品は伸びやかで明るく実に爽やかであった。

演奏終了後に客席を埋めた聴衆は拍手大喝采。馴染みの美しい調べで心が豊かになる午後のひと時。休憩なしの1時間の演奏会も偶には良いと思った。
心地よい気分に浸ったコンサートの後は、人混みを避けて陽ざしがさす公園の中を遠回りして帰路に就いた。木々の色も変わる美しい自然を味わいながらプロムナードを楽しんだ。コンサートと同時に豊かな自然に身をゆだねる瞬間もそう容易に手に入るものではないと嬉しくなった。
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Kitara開館20周年 ダネル弦楽四重奏団

〈Kitara弦楽四重奏シリーズ〉

札幌コンサートホールKitaraは1997年7月の開館以来、さまざまな自主企画のコンサートを行ってきている。《弦楽四重奏シリーズ》も重要な企画の一つである。
海外のストリング・カルテットでチェコのプラジャーク・カルテットとベルギーのダネル・カルテットは比較的定期的に来札している弦楽四重奏団である。
ダネル弦楽四重奏団(Quatuor Danel)は2005年に札幌コンサートホールの招聘による初来日を果し、その後、06、07、09、11、13年に続いて今回は4年ぶりのKitara公演になった。Kitaraでは2夜連続公演も多く、今回は『ベートーヴェン カルテットの真髄』と銘打ってオール・ベートーヴェン・プログラムで開かれた。第一夜が〈ラズモフスキー全曲〉、第二夜〈後期の傑作3曲〉。

2017年9月22日(金) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール
〈Program〉
 弦楽四重奏曲 第7番 へ長調 「ラズモフスキー第1番」 作品59-1
 弦楽四重奏曲 第8番 ホ短調 「ラズモフスキー第2番」 作品59-2
 弦楽四重奏曲 第9番 ハ長調 「ラズモフスキー第3番」 作品59-3

ベートーヴェン中期の弦楽四重奏曲のラズモフスキー3曲はハイドンやモーツァルトからの影響を完全に脱した曲作りとされている。すべての要素がベートーヴェン固有の特徴を持つ曲となり、演奏技巧もより高いものが必要とされるようである。
作品59の3曲は当時のウィ-ン駐在のロシア大使、ラズモフスキー伯爵の依頼で作曲された。彼は政治面より芸術文化面で大きな役割を果たした人物で、伯爵邸で弦楽四重奏演奏会が開かれていたことも容易に想像できる。

他のジャンルと比べて弦楽四重奏曲の良さがまだ充分にわかっていないが、この3曲はベートーヴェンの弦楽四重奏曲では親しんでいる方である。カルテットの演奏会でも聴く機会が多い。演奏会の曲目になるたびにスメタナ四重奏団やアルバン・ベルク四重奏団のCDでサラッと耳にしているので慣れ親しんだメロディもある。

「59-1」は規模が雄大で重厚な感じ。弦楽器の演奏だが管楽器などの他の楽器に似た響きも聴き取れる。第4楽章にロシア民謡も入って楽しいフィナーレ。
「59-2」は「第1番」と違って内省的な曲調。第1楽章が何となく暗い雰囲気だが、第3楽章にロシア民謡が使われていて伯爵への心遣いが感じ取れる。終楽章はギャロップ風で軽快なフィナーレ。
「59-3」は3曲中で最も明るい作品。英雄的で堂々とした音楽。第2楽章は暗い雰囲気もあったが情緒が豊かに感じられた。チェロのピッチカートが印象的であった。第3楽章がメヌエット。第4楽章は充実してエネルギッシュな楽章となり輝かしいフィナーレ。前2曲との違いも出ていて、よりシンフォニックな印象を受けた。

今日の演奏では4つの楽器の対話が見事に生き生きと表現されている様が見て取れた。第1ヴァイオリンのダネルのリーダーシップが際立ち、4人の奏者のハーモニーを導き出していると思った。チェロが低音域とピッチカート奏法で魅力を一段と放っていた。地味に思える弦楽四重奏曲の素晴らしさがタップリ味わえた演奏会となった。

今までに無いような拍手大喝采に包まれて演奏が終了したのが9時10分。熱演でアンコール曲は無いかもと思っていたら大声援に応えて2曲の弦楽四重奏曲(*作品18から?)の一部が演奏されるサービスがあった(*アンコール曲名は確かではない)。ある種の感動に包まれた瞬間! Kitara招聘のカルテットならではの特別な配慮を感じたが、聴衆の感動が演奏家に伝わったのだと思った。終了時間が9時半になっていたが、ホワイエはサイン会に並ぶ人で賑わい心地よい雰囲気が漂っていた。

※8月末から前回のダネル弦楽四重奏団演奏会のブログ(13年9月)へのアクセスが多いので不思議に思っていた。その理由が分かった気がした。今回は札幌大谷大学と札幌コンサートホール連携事業で26日にはダネル弦楽四重奏団を迎えて大谷大学で公開講座も開かれることを知った。加えて、前回ブログで「ラヴェル事件」について触れたので興味を持った人がいてアクセス数が急増したのかもしれないと思った。

ふきのとうホール 秋のフェスティバル2017〈プラハへの旅〉 スークピアノ四重奏団&中嶋彰子/バノハ弦楽四重奏団

六花亭札幌本店に《ふきのとうホール》が開館して3年目を迎えている。この素敵な小ホールがオープンした7月には7つのコンサートを聴いた。今、思えばよく7回も聴きに出かけたものである。昨年8月には夏のフェスティバルが3日間開催され、第2日にシューベルトの室内楽を楽しんだ。今年は開催月が9月で秋のフェスティバルとなった。札幌も朝晩は涼しくなって、すっかり秋に入っている。3日間のうちソプラノ歌手中嶋彰子とスークピアノ四重奏団の演奏会を選んだ。

実はヨゼフ・スーク(*ドヴォルザークの曾孫)&堤剛&ダン・タイソンによる〈トリオの夕べ」の演奏会を89年7月、当時の札幌市民会館で聴いた。スーク・トリオのCDで「チャイコフスキー:偉大な芸術家の思い出に」はこのピアノ三重奏団を通して親しんだ。歌手の中嶋の歌はライヴでは一度しか聴いていなかったのでこの機会に是非と思った。

2017年9月2日(土) 16:00開演 ふきのとうホール
〈Program〉
 J.スーク:ピアノ四重奏曲 第1番 イ短調 op.1 (ヨゼフ・スークピアノ四重奏団)
 ドヴォルザーク:ジプシーの歌 op.55 (ソプラノ:中嶋彰子、ピアノ:V.マーハ)
           歌劇「ルサルカ」 op.114より “月に寄せる歌”
 ドヴォルザーク:弦楽六重奏曲 イ長調 op.48
                    (バノハ弦楽四重奏団+スークピアノ四重奏団)

世界的なヴァイオリン奏者だったヨゼフ・スーク(1929-2011)の父Josef Suk(1874-1935)はチェコの作曲家・ヴァイオリニスト。彼はドヴォルザークの孫にあたる。このピアノ四重奏曲はプラハ音楽院でドヴォルザークに学んでいた10代の頃に書かれたそうである。ドヴォルザークやブラームスの影響が感じられるロマン派の情熱的で美しい作品。
作曲家のヨゼフ・スークからその名を取ったピアノ・カルテットは2014年に結成された若手のQuartet。若さに溢れた瑞々しい曲として感じられた。ピアノが加わると音が響き渡り力強さが増す。

中島彰子(Akiko Nakajima)は今月9月号の音楽の友誌の“People”でも紹介されているが、彼女は日本人初となるウィ-ン私立音楽・芸術大学教授に就任。忙しい演奏活動と教育活動を精力的に両立させている様子が分る。8月・9月は日本各地での活動も入ってタイトなスケジュールをこなしている。
歌唱の前にドヴォルザークについての印象をピアニストに確認しながらトークを始めた。ドヴォルザークは汽車の音が好きだったということで「ユモレスク」のメロディを日本人の妻を持つマーハに弾いてもらっていた。彼女は日本語を6ヶ月間勉強して今回の来日に備えたと語った時に聴衆は一瞬驚いた反応を示した。普段の生活でドイツ語や英語ばかりを使っていると、日本語のリスニングに不自由は無くてもスピーキングが思うようにならないからではないかと思った。
3人、集まればチェコ人、ハンガリー人、オーストリア人という話も興味深かった。ジプシーは誇りが高く、ロマンティックで力強い生き方をしているようである。ジプシーの民俗音楽を耳にして歌曲に綴った歌曲集「ジプシーの歌」は7曲から成る。第4曲の「わが母の教え給えし歌」はヴァイオリン曲をはじめ色々な楽器に編曲されて親しまれている馴染みの曲。この曲は涙を誘うメロディであるが、他の曲は全てジプシーの力強く生きる姿が明るく描かれている。プログラムに曲の訳詞が添えられていたので第4曲の日本語訳を参考に書いておく。
 “私の年老いた母が歌を、歌を教えてくれたとき
  不思議なことにいつも、いつも涙を浮かべてた
  そして今、この日に焼けた頬にも涙が落ちる
  私がジプシーの子供たちに遊びや歌を教える時には!”

中嶋が“宝石箱のようなホール”と印象を語った会場に第一声が響き渡った時の歌声は何とも素晴らしくて適当な言葉が見つからないほどであった。彼女の声量は厚みと艶があってKitara小ホールの半分くらいの客席(221席)のどの席でも直接音と反射音が相まって高音も中低音もよく響いた。さすが世界的なソプラノ歌手の歌声は未だ健在で、今までに耳にした日本人歌手でも凄く印象に残る歌声であった。歌詞を参考にして聴けたので、感情も十分に込められているのが分かった。

歌劇《ルサルカ》は3年前のMETビューィングでルネ・フレミングが歌ったアリア「月に寄せる歌」の絶唱が眼前に浮かぶほどの名場面を思い出した。ステージで1曲だけ抒情的な歌唱で感情移入をしながら熱唱した直後の聴衆の盛大な拍手にも全員の感動の様子が伝わっていた。拍手喝采はしばらく鳴りやまなかった。

休憩後の弦楽六重奏曲の演奏は初めて聞くカルテットの名だがチェコの誇る名門だそうである。スークピアノ四重奏団のヴィオラとチェロ奏者が加わったアンサンブル。若手2人とヴェテラン4人の弦楽器の織りなす繊細な音色が自由自在に変化する様にも魅せられた。第3楽章のスラヴ舞曲が激しい曲想となって特に印象に残った。溌溂としたエネルギーが溢れる音楽のあとの終楽章は再び優しい調べでフィナーレ。
35分ほどの演奏でアンコール曲はないかもと思ったが、アンコールに第3楽章の一部を再び演奏してくれた。

2015年7月1ヶ月に亘って行われた《ふきのとうオープニング・フェスティバル》での演奏の一部が抜粋され3枚の記念CDとなった。2016年のニューイヤーコンサート「モーツァルトの愉しみ」(出演/カルテット・アルパ&阪田知樹)と2016年8月夏のフェスティバル「ヴィヴァルディの奇跡」(曲目/「四季」、出演/日下紗矢子&神戸市室内合奏団)の3種類のライヴ・録音のCDを今までのチケット6枚と交換して手に入って嬉しかった。



エマーソン弦楽四重奏団の思い出

先日(8月20日)の「クラシック音楽館」で【究極の対話】《弦楽四重奏の世界》が放映された。「アルデッティ弦楽四重奏団」と「エマーソン弦楽四重奏団」のグループ名に惹かれて2時間番組を視聴した。
初めてエマーソン弦楽四重奏団の演奏会を札幌で聴いたのが25年前(92年)のことで「ベートーヴェンのラズモフスキー3曲」。メンバーの若々しい姿が好印象だった。99年にはKitaraにも登場してベートーヴェン、ショスタコーヴィチ、シューベルトを聴かせてくれた。同じメンバー構成で当時の演奏の様子も比較的に鮮明に記憶している。

クラシック音楽のジャンルではカルテットやクインテットは馴染んでいないほうだが、その後、Kitaraホール・カルテットも結成され聴く機会は増えてきた。ジュリアード弦楽四重奏団、スメタナ四重奏団、ハーゲン四重奏団、ボロディン四重奏団、アルバン・ベルク四重奏団、東京クヮルテットなどの演奏でCDは2・30枚ほどは持っている。

弦楽四重奏曲は未だ鑑賞のコツを理解していないこともあって、感動を味わう場面が少なくなっている。弦楽器奏者がそれぞれ主張しあって4人で音楽をまとめ上げる様子に演奏家としての醍醐味があるようである。

1974年結成のアルデッティ弦楽四重奏団は「バルトーク弦楽四重奏曲第3番」を弾いた。このカルテットは現代音楽に特化したグループで、作曲家との共同作業で演奏に臨むのが特徴とアルデッティは語った。日本の温泉を訪れて日本の独特な文化に接しながら、インタヴューにも応じて何曲か演奏を行った。メンバーは現代曲は演奏家にとって作曲家の意図を聞けるので楽な音楽つくりになると口々に述べていた。
他の演奏曲は「リゲティ:第2番」、「細川俊夫:沈黙の花」(*華道家の父から受継いだ伝統を表現した曲で98年世界初演)。

1973年結成のクロノス・クヮルテットの変幻自在な演奏、1992年結成の日本のモルゴーア・クヮルテットの演奏もあった。対話を重視しながら変貌を遂げる弦楽四重奏団を紹介した後は世界最高のクヮルテットとして歴史に名を刻んだALBAN BERG Quartett(2005年Kitara来演)による弦楽四重奏の王道となるハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの曲の一部の演奏。

番組の最後を飾ったのが1976年結成のEmerson String Quartet。アメリカの偉大な思想家の名前を付けた四重奏団もメンバーが変わって、ヴィオラ奏者だけが当時と同じようであった。20年も経つと眼鏡をかけて一見では分らなかった。演奏曲はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第11番「厳粛」。一瞬アレ?と思ったが「セリオーソ」と同じこと。当日、聴いていて最も馴染みのメロディが出てきてホッとした気持ちになった。
第1ヴァイオリン奏者は“最初はとぐろを巻いたネジのような印象で始まるが、厳粛な曲がスピードが上がって素早いフィナーレとなる。この曲はベートーヴェンの後期作品に向けての実験的な作品だった”と話したのが印象に残った。「玄人のための作品」と語るメンバーもいた。
とにかく、過去とつなげる良い思い出の番組となった。

以前、諏訪内晶子が現代曲の練習をしている際に壁にぶつかって、思い切って存命中の作曲家に相談したことがあると語っていた。パーヴォ・ヤルヴィも作曲家の意図を楽譜だけでなく本人の話で確認できるので、古典派やロマン派の過去の時代の作曲家よりも現代音楽のほうが解釈が遥かに楽であると語っていた。
ところが、私にとっては現代曲の良さはなかなか分らない。最低限の音楽の知識が無いと無理なのだろうか。どんな音楽でも聴く耳はあると思うが、楽しみには必ずしも繋がらない。





PMFウィ-ン演奏会2017

ここ数年【PMFウィーン演奏会】は期間中に同じプログラムで2日間にわたって開催されていたが、今回は「PMFウィーン弦楽四重奏演奏会」と「PMFウィーン演奏会」の2種類のコンサートが用意された。従来は弦楽四重奏曲だけだったので、今回は2重奏も入った演奏会を選んだ。

昨日の午前中はKitaraでのボランティア活動を午前中だけにして、夜のコンサートに備えた。昨年あたりから、午前、午後、夜と続く日程をこなすのが大変になってきたので、無理なスケジュールはできるだけ組まないようにしている。

2017年7月14日(金) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈ARTISTS〉PMFウィ-ン(ウィ-ン・フィルハーモニー管弦楽団メンバー)
  キュッヒル(violin)、フロシャウアー(violin)、オクセンホーファー(viola),、ノージュ(cello)、ブラーデラー(double bass)(*キュッヒルは前ウィ-ン・フィルのコンサートマスター、オクセンホーファーは前ウィ-ン・フィル奏者。PMFにはキュッヒルが10回目、オクセンホーファーは15回目、フロシャウアーは5回目で近年は連続して参加、ノージュは初参加。ロベルト・ノージュは今年のトヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィ-ンでソリストを務めた。

〈PROGRAM〉
 ハイドン:弦楽四重奏曲 ニ長調 作品76-5「ラルゴ」
 モーツァルト:セレナード 第13番 ト長調 K.525「アイネ・クライネ・ナハト・ムジ―ク」
 ロッシーニ:チェロとコントラバスのための二重奏曲 ニ長調
 ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲 第14番 変イ長調 作品105

ハイドン(1732-1809)は生涯に多くの弦楽四重奏曲を遺した。弦楽四重奏曲のホーボーケン番号は83まであるが、偽作と判明した作品もあってハイドンが書いた弦楽四重奏曲は全68曲とされている。その作品の多さには驚くばかりである。PMFウイーンは毎年のようにハイドンの曲を演奏している。ハイドンの弦楽四重奏曲の中で家で耳にするのは「雲雀」と「皇帝」だけである。
1797年に6曲セットで書かれた彼の最後の弦楽四重奏曲集は作品番号が76。作品76の第3番が「皇帝」。第5番が「ラルゴ」である。エルデーディ伯爵に贈られた作品76は〈エルデーディ四重奏曲〉の通称がある。
第5番は第2楽章がラルゴ・カンタービレで曲の美しさが際立ち「ラルゴ」と呼ばれる。当時の宮廷で華やかに着飾った貴族たちの前で演奏された様子が目に浮かんだ。

モーツァルト(1756-91)の室内楽で最も親しまれて有名な曲が“Eine kleine Nachtmusik”。今回はコントラバスを含む弦楽五重奏曲として演奏された。チェロとコントラバスは同じパートを受け持つので、印象がセレナードというより弦楽四重奏に近い。しかし、コントラバスの響きが曲の魅力を増して、オーケストラ曲と思い違いをするくらいの曲になっている。馴染みのメロディが最初から最後まで続いて心も躍る気分であった。

ロッシーニ(1792-1868)はイタリアのオペラ作曲家として数々のヒット作を遺した。彼のオペラの作品は人気が高い。コンサートでは彼のオペラ作品の「序曲」が演奏される機会が多い。「序曲集」のCDを所有していて、時々聴く。PMF2017ではもうすでに編曲版ではあるが、彼の音楽を聴けた。
ところが、昨日の室内楽作品には驚いた。ロッシーニが32歳の時に書いた作品が、1968年に作品の献呈先で発見されるまで埋もれていたという。しかも、チェロとコントラバスという珍しい低音楽器の組み合わせ。第1楽章アレグロ、第2楽章アンダンテ、第3楽章アレグロの面白い曲で大いに楽しめた。ロッシーニならではの変化のある曲作りで、楽器の弾き方にも技巧が凝らされていて観ていても興味深かった。15分程度の作品。

ドヴォルザーク(1841-1904)は92年にナショナル音楽院院長就任のためアメリカに渡り、滞在中の93年に「新世界交響曲」と「弦楽四重奏曲第12番アメリカ」を書いて喝采を浴びた。95年に「チェロ協奏曲」を置き土産にし、音楽院との契約を破棄してアメリカを去った。プラハに戻って直ぐ書き上げた作品が「弦楽四重奏曲第14番」。
同じ年にもう1曲書いた記録があるが、実質的にこれが最後の弦楽四重奏曲で96年以降は交響詩とオペラ以外には目立った作品は書いていない。故郷に戻って、落ち着いた環境の中で作曲した様子がうかがえるようであった。約35分の曲。

PMF2017の2回のPMF演奏会は毎年チケットが完売で人気の演奏会。2階のバルコニー席も熱心な聴衆で埋まっていた。前半の3曲が終わった時点で、アカデミー生に用意されていた1階後方2列の席は殆ど空いた状態になったようである。勿体ない気がしたが止むを得ない。ただ残念だったのは通路に散らかっていたプログラムの紙。(*午前中のKitaraボランティア活動の際に、アーテイストが使用するエレベーター内がゴミだらけという話を耳にした。掃除担当の人たちからの情報らしい)。後半のスタート直前にスタッフが片付けたらしいが、こんな状況を初めて目にして嫌な感じがした。一部の国の人の行動であるが、音楽だけでなく日本のマナーも学んで欲しいと思った。

後半の曲を鑑賞するのに気持ちを入れ替えるのに少々時間を要した。

全曲が終って拍手の嵐。アカデミー生の大部分が帰っていて、嬌声は無かったが、アンコール曲にハープも加わって「J.シュトラウスⅡ:春の声」(*ハープ奏者はラディスラフ・パップ。Pappはウィーン国立歌劇場のハープ奏者及びウィ-ン・フィル常任ハープ客演ハープ奏者)。1曲で終わりかと思っていたら、2曲目に「観光列車」。この曲も聴いたことのある馴染みの曲で、オープニング・コンサートでも演奏されていたが、その時は曲名が分らなかった。ギャロップで非常にリズム感のある楽しい曲。前回のキュッヒルさんの楽しい仕草が再現された。会場に笑いが広がった。特にステージを下がって出ていく動作に思わず自分も笑いが止まらなかった。とても愉快だった。非常に素晴らしい雰囲気のうちに今年のPMFウィ-ンとPMFベルリンによる演奏会も終わった。

今回は妻と一緒に出掛けたので、帰りのエントランスホールで、妻と知り合いの元Kitaraボランティアの友人2人と会う機会を作った。ひとりは昨日に続いて帰路も地下鉄の札幌駅まで一緒で、コンサートのスケジュールの話で盛り上がった。





 

PMFベルリン演奏会2017

【PMFベルリン】はベルリン・フィルの管楽器奏者たちの豪華メンバー。今シーズンはKitara2公演が同じプログラムで10日、13日の2日間にわたって開催された。

2017年7月13日(木) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈ARTISTS〉PMF ベルリン(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団メンバー)
 ブラウ(flute)、ケリー(oboe),、バーダー(clarinet)、シュバイゲルト(basson)、ウィリス(horn)、ヴェレンツェイ(trumpet)、ソレンセン(trombone) (*7名のうち、ブラウは前べルリン・フィル首席奏者)
 佐久間晃子(piano)
〈PROGRAM〉
 J.S.バッハ(マリー・クレール・アラン編):カンタータ第205番からアリア
                                [トランペットとピアノ]
 ダンツィ:木管五重奏曲 ト短調 作品56 第2番
 シューマン(ソレンセン編):ロマンス 作品28から第2曲[トロンボーンとピアノ]
 J.ウイリアムズ:何人に対しても悪意を抱かず(映画「リンカーン」から)
                                [トランペットとピアノ]
 ロッシーニ(シェーファー編):歌劇「チェネレントラによるハルモニームジ―クから
                       “シンフォニア” 他4曲  [木管五重奏曲版]
 シューマン(ソレンセン編):歌曲集「詩人の恋」 作品48から
                      “美しい五月に” 他4曲 [トロンボーンとピアノ]
 ボザ:木管五重奏のためのスケルツォ 作品48
 イベール:木管五重奏のための3つ小品
 
木管楽器奏者5名と金管楽器奏者2名のベルリン・フィル・メンバーで曲を編成すると自ずから演奏曲が限定される。知らない曲が多いのは気にならなく、却って興味度が増した。
1月からデジタル・コンサート・ホールで演奏会をもう20回ほど観ているので、演奏者の姿がテレビを通してではなく目の前で見れるのが何とも嬉しかった。今までは特定のメンバーしか、顔と名前が一致しなかったが、今回は全員のメンバーが分かった。演奏の素晴らしさは言うまでもないが、アーティストをより身近な存在に受け取れるのが特別な嬉しさであった。木管楽器奏者のハーモニーは素晴らしくて惚れ惚れする演奏だった。

作曲家名で知らなかったのはボザ(1905-91)だけ。イタリア人とフランス人の両親のもとに生まれ、ほぼ全てのジャンルに作品と遺したという。コンサートの最後から2番目の曲だったが、他の曲とは趣の違う曲で変化があって面白かった。

第1曲目のオルガニストのアランの編曲は何回か聴いていたオルガンとトランペットのコンサートを思い起こさせた。鍵盤楽器とトランペットの相性の良さを感じた。前半のコンサートのスタートに相応しい優しい響きの音楽だと思った。

ダンツィ(1763-1826)はドイツの作曲家で「木管五重奏」が代表作と言われる。2年前のPMFベルリンで彼の別の作品を聴いたのを覚えている。4楽章から成る曲は抒情味あふれる曲で心地よく聴けた。

シューマンの曲を集中的に聴きだして10年にもなっていない。CDは交響曲、ピアノ曲、室内楽などまとめて所有している。今回のプログラムに入っていた「ロマンス」第2曲がピアノ曲にあった(*一度耳にしただけで覚えていない)。この機会に約4分の曲を聴いてみたが、クララへの甘美な儚い夢が香る抒情的な曲。トロンボーン用に編曲したソレンセン自らの演奏は凄く良かった。ピアノ曲をトロンボーン曲に編曲するアイディアが凄いと思った。ごく自然な味わいのある曲になっていた。

J.ウィリアムズ(1932ー )は映画音楽「スター・ウォーズ」で名高い。スピルバーグ監督による2012年のアメリカ映画「リンカーン」は観なかったので、初めて耳にするメロディ。トランペットの響きが印象的な演奏だった。

ロッシーニのオペラ「チェネレントラ」はシンデレラの物語。ロッシ―ニならではの美しいメロディに満ちたオペラの中から5曲が木管五重奏曲版として演奏された。 “シンフォニア”、“わが女系の後継ぎたちー何か分らぬ甘美なものが”、“ご主人様、一言だけ”、“そう、僕は誓って彼女を見つけ出す”、“終曲”。
オペラからの抜粋で特に曲の連続性はないが、全曲の演奏が終わるまで拍手は起こらないで聴衆は静聴していた。それぞれの曲に盛り上がりがあるので、先日の野外コンサートでは1曲ごとに拍手が起きたのとは対照的であった。

シューマンの歌曲集のCDは持っていないが、「ミルテの花」、「リーダークライス」、「詩人の恋」などの一部の歌曲が収められたものがある。「詩人の恋」は16曲から成る。第1曲“美しい五月に”、第7曲“恨みはしない”の2曲が入っていたので聴いておいた。
1940年、クララと結婚できたシューマンの〈歌曲の年〉に書かれた130余りの歌曲のなかで傑作とされる。愛の喜び、失恋、回想の流れで描かれている。歌詞はハイネ。
“美しい五月に”、“ばらに、百合に、鳩に、太陽”、“心を潜めよう” “恨みはしない”、“恋人の歌を聞くとき”。1曲が1・2分程度の短い曲。明るい季節への複雑な想いを綴った第1曲と、恋人の裏切りへの切なくやるせない想いを歌った第7曲の2曲は特にCDについていた歌詞を読んでいたので演奏を聴く参考になった。
ロマンチストのシューマンならではの作品が意外な編曲で聴いて味わい深かった。

イベール(1890-1962)はパリ生まれの作曲家。日本建国2600年記念奉祝曲の依頼を受けて「祝典序曲」を作曲したことでも知られる。ローマ大賞を受けてイタリアに留学。交響組曲「寄港地」が彼の代表作。吹奏楽でも人気の作曲家のようである。
フランスの作曲家特有の洒落たセンスが音楽にも表れていた。

各曲の終了後の外国人聴衆(アカデミー・メンバー)の反応が日本人と違うのはいつもと同じである。外国人のアカデミー・メンバーが鑑賞していると、指導している教授陣に対する称賛の表し方が一段と強い。口笛も飛んだり、歓声の上げ方も日本人のおとなしさとは違う。特に陽気なホルン奏者のサラ・ウィリスの個性に彼らは敏感に反応する。

全ての演奏が終って、サラは“拍手有難うございます。PMFはとても大切な音楽祭です”と日本語で挨拶して、アンコール曲に「ディーク:ホラ・スタッカート」を演奏。“盛大な拍手を頂ければ、私の日本語が上達したことになる”と言って拍手を煽る仕草。最後に馴染みの曲「アヴレウ:ティコティコ」を3人のパーカッション担当のアカデミー生を加えて演奏。嬌声や珍しく手拍子の拍手が起るなか楽しい雰囲気のうちにPMFベルリン演奏会が締めくくられた。

オリジナル楽器で聴くブラームス(佐藤俊介X鈴木秀美Xスーアン・チャイ)演奏会

先月末の朝日新聞で浜離宮朝日ホール主催による室内楽コンサートの広告が目に入った。出演者と演奏曲目を見て札幌でも開催されたら良いのにと思っていた。先月27日のKitara小ホールで開かれた《クァルテット・エクセルシオ札幌定期演奏会》の会場で渡されたチラシに札幌でも東京と同じ演奏会があることを知った。7月はもう9回のコンサート鑑賞の予定が入っているが、当日は空いているので是非チケットを手に入れようと思った。
入場料に使用できる六花亭ポイントカードを妻から借りて近くにある支店で購入できた。店員の対応も感じが良くて、現金を使わないで済んで非常に得をした気分になった。

2017年7月4日(火) 午後7時開演  六花亭札幌本店 ふきのとうホール
〈出演〉佐藤俊介(Vn)、鈴木秀美(Vc)、スーアン・チャイ(フォルテピアノ)
〈曲目〉ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 op.100
            チェロ・ソナタ第1番 ホ短調 op.38
            ハンガリー舞曲より(抜粋) 3曲
            ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調 op.101  

佐藤俊介(Shunsuke Sato)は1984年、東京生まれ。モダン、バロックの双方の楽器を弾きこなす世界的に有名なヴァイオリニスト。2歳からヴァイオリンを始め、4歳の時に父親の米国留学に伴って渡米し、カーティス音楽院教授に師事したあと、ジュリアード音楽院のプレ・カレッジでドロシー・ディレイと川崎雅夫に師事。10歳でフィラデルフィア管にデビュー。ボルティモア響、ナショナル響、シアトル響などと共演。2002年のディレイの死後、03年パリ移住。、パリ市芸術大学やエコール・ノルマル音楽院の特別奨学生に選ばれてジェラール・ブーレの下で更なる研鑽を積む。10年J.S.バッハ国際コンクールで第2位。13年よりアムステルダム音楽院古楽科教授。古楽のオーケストラのコンサート・マスターを務め、オランダ・バッハ教会の次期音楽監督に就任予定。オランダ在住で、国内オーケストラとの共演も多い。現在はヨーロッパを中心に活躍中で、日本に滞在中はソリスト、室内楽奏者として活動。

鈴木秀美(Hidemi Suzuki)は1957年、神戸生まれ。79年第48回日本音楽コンクールに優勝し、その後ハーグ王立音楽院でアンナー・ビルスマに師事。パリの第1回国際バロック・チェロ・コンクールで第1位。「18世紀オーケストラ」や「ラ・プティット・バンド」のメンバーを務め、兄の鈴木雅明が率いるBCJで創立以来、2014年まで首席ソロ奏者を務めた。チェリスト自身が創設した「リベラ・クラシカ」(*ハイドンの交響曲CDを何枚か所有)の指揮者としても活躍し、ヴェトナム、オーストラリア、ポーランド、オランダなどでも客演。13年、山形響首席客演指揮者に就任。現在、東京藝術大学非常勤講師、東京音楽大学客員教授として後進の指導にも当たる。

スーアン・チャイ(Shuann Chai)は中国出身の演奏家。ボストンのニューイングランド音楽院とオランダのハーグ王立音楽院に学ぶ。モダン・ピアノとヒストリカル・ピアノの双方の楽器の活動で注目を浴びている。最近ではオランダやパリの教会でベートーヴェンのリサイタルを開いている。中国、台湾、スコットランド、アメリカなどの音楽院や大学でマスター・クラスを開催。2013-14年シーズンの大部分はベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏に打ち込む。現在、ハーグ王立音楽院客員講師。(*音楽雑誌「ぶらあぼ」によると佐藤俊介の奥様という。)

午前中にブラームスのヴァイオリン・ソナタ第2番をはじめ、ピアノ四重奏曲やピアノ五重奏曲、チェロ・ソナタ、チェロとヴァイオリンのための協奏曲など手元にあったモダン楽器でのCDをたっぷり聴いて、バロック楽器との違いを把握しようとした。ブラームスがピアノを得意にしていたことを改めて認識することにもなった。

今回のコンサートは今までにない自由席で会場にはいつもより早めに出かけた。長い間、待ち望んだ佐藤俊介のコンサートでもあったので気持ちが高揚していた。

コンサートの開始前に鈴木秀美がステージに登場して、ステージのピアノについて話した。ブラームスが愛用していたピアノでブラームス博物館に展示されていたこともある1871年製の同型のウィーン式ピアノ。当時のピアノを日本の江森ピアノが購入して、彼の工房から借り出してきたとのこと。ブラームス時代のピアノで、まさにオリジナル楽器のヴァイオリン、チェロを含めて、曲が作られた当時の様子を優れた音楽家の演奏で楽しめる趣向になった。外観が黒でなく木製のピアノから受ける感じもいつものコンサートとの違いを浮きだたせた。

1曲目は今では“My favourites”となったヴァイオリン・ソナタ。第1番「雨の歌」は先日の千住真理子のストラデヴァリウスで聴いたばかり。今回はバロック・ヴァイオリンで聴く「第2番」。曲の規模も雰囲気も第1番に似ていて抒情的で美しいメロディが心に響く。2009年に寺神戸亮がバロック・ヴァイオリンやヴィオラ・ダ・ガンバを用いて弾いたバッハの曲の印象とは全然違った。モダン楽器で弾いているような感じがしたのが率直な印象。佐藤の演奏は生き生きとして柔らかく艶やかな演奏でロマンティックな気分に浸り、聴き惚れてしまった。
ピアノとも非常に良く調和していて素晴らしかった。ブラームスをオリジナル楽器で聴いて何の違和感もなかった。ブラームスの時代に使われていた弦は羊の腸をよじったガット弦だから、現在使われているスティール及びナイロン弦ではない。演奏技法も違うが、響く音に違いがあるのは何となく判っていた。

2曲目のチェロ・ソナタはデュ・プレ&バレンボイムのCD(68年録音の輸入盤)で時折聴くがモダン楽器による演奏だと思う。鈴木秀美のバッハの無伴奏チェロ全曲演奏会が二夜連続で2001年Kitaraで開かれた。多分、古楽器だったのだろうが、当時は意識していなかった。ブラームスの曲ではやはり、古楽器とモダン楽器の違いが出ていた。チェロの音が弱く、ピアノの綺麗な音が勝っている感じがした。
演奏終了後にブラヴォーの声を上げる人もいたので、コンサートの受け取りは人それぞれである。素晴らしい演奏には変わりがなくても、人々の鑑賞力には違いがあるのは当然と思った。

ハンガリー舞曲から抜粋されて演奏された3曲は「第1番」、「第14番」、「第2番」。ハンガリー舞曲21曲の原曲はピアノ連弾用。20歳ころから作られた曲は1872年にはピアノ曲編曲版が書かれ、ブラームス自身が管弦楽用に編曲した曲もある。ヴァイオリン曲への編曲版も親しまれているが、「第12番」は初めて聴いた。ハンガーリ舞曲は心を浮き立させる曲で楽しかった。

ピアノ曲は大好きだが、2台ピアノのための曲やピアノ三重奏曲にはそれほど親しんでいない。これらの曲は多くの作曲家が作品を遺しているらしい。ここニ三年はピアノ三重奏曲の演奏会が市内のあちこちで開かれるようになった。曲にタイトルが付いているベートーヴェン、チャイコフスキー、ドヴォルジャークのピアノ三重奏曲は知っていても、今回のブラームスの「ピアノ三重奏曲」は聴くのが初めてだった。
ブラームスはピアノ三重奏曲を3曲書いているが、今回の「第3番」はヴァイオリン・ソナタ第2番、チェロ・ソナタ第1番と同じ1886年に書かれた曲。当時のブラームスが慣れ親しんでいたシュトライヒャーピアノの馴染んだ音色が出ている作品と思われる。
第1楽章がアレグロで始まる力強い調べ、第2楽章はプレストでヴァイオリンは弱音器を付けて演奏され、文字通り全楽章とは違う対照的な低い音。第3楽章はアンダンテの緩徐楽章で美しい旋律、最終楽章はアレグロで動きのある激しいリズム。20分程度の曲で、ヴァイオリン・ソナタやチェロ・ソナタと趣が異なる曲で聴きなれないと今一歩良さが分からないと感じた。

演奏会終了後のサイン会に備えて、休憩中に佐藤俊介のCDを2枚購入した。話題を呼んだパガニーニとイザイの無伴奏曲は他のヴァィオリニストのCDを所有しているので、「テレマン:ヴァイオリンのための12の幻想曲」と「preludes(佐藤卓史とデュオの名曲集)」を手に入れた。佐藤俊介と佐藤卓史がデュオで7・8年ぐらい前に札幌市内の奥井理ギャラリーでコンサートを開いたことがあったが、その時は聴き逃した。いずれKitaraに来演すると思っていた。ピアニストは日本に本拠地を移してKitaraで聴く機会があったが、ヴァイオリニストは本拠地がオランダで一時的に帰国しても東京中心で札幌での演奏機会が無かった。念願のコンサートが聴けて凄く嬉しくなっていた。しばらく買わないようにしていたCDは一度に2枚も求めることになった。

サイン会に現れたチェリストと16年前のリサイタルやバッハ・コレギウム・ジャパンの話ができた。ヴァイオリニストはtelemannのCDに注目して、2枚も買ってくれたことに嬉しそうに快くサインをしてくれた。ピアニストにも英語で挨拶して場所を後にした。テーブルにはサインペンが用意してあったので、彼らのCDは買わなかったがプログラムにでもサインをもらえば良かったと後悔した。



           

クァルテット・エクセルシオ 第10回札幌定期演奏会

昨年11月22日、クァルテット・エクセルシオ第9回札幌定期演奏会のブログを書いた折に記事ランキングで第1位になっていたのには驚いた。自分では不得意なジャンルなので記述がそれほど興味深い記事を書いたつもりはない。弦楽四重奏曲は特定の曲に親しむようになったとはいえ、他のジャンルに比べて親しみの度合いは少ない。聴く曲も限られている。今回の演奏会の演目は珍しい。CDでも全く聴いたことのない曲ばかりのコンサートは初めてのような気がする。

午前中は月1回の定期検査で通院。血液検査の結果はまずまずの結果が続いているが、脊柱管狭窄症に起因する足の痺れが気になる状況は依然として消えない。一応コンサートに通える状況に安堵はしている。

2017年6月27日(火) 19時開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈PROGRAM〉
 ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第2番 ト長調 作品18-2 
 シューベルト:弦楽四重奏曲 第11番 ホ長調 D353
 ブラームス:弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 作品51-2 

ベートーヴェンは17曲の弦楽四重奏曲を遺している。第7番以降のCDは手元にあり、演奏会でも聴く機会がよくあるが、1800年に書かれた初期の6曲から成る作品18は初めて聴いた。30歳の頃に一気に書かれた6曲。
第2番は「挨拶」というタイトルが付いている。宮廷で紳士が淑女に挨拶する姿も想像された。アレグロの第1楽章とアダージョ・カンタービレの第2楽章の対比が印象的。第3楽章はスでケルツォ、第4楽章はチェロが歌い始めて魅力的なメロディが展開された。
ハイドンやモーツァルトの影響を受けたと思われる明るい軽快な感じの曲。ベートーヴェンの中期・後期の作品とは明らかに異なる作品で面白かった。

シューベルトの第13番「ロザムンデ」と第14番「死と乙女」はCDを所有していて曲に親しんでいるメロディもあるが、20歳ごろまでの作品はウィーン古典派の影響が強いとされ、今までのコンサートでも耳にする機会は多くない。ロマン的傾向が強くなり始めた1815年(18歳)に書かれた「第9番」はPMFウィ-ン演奏会で聴いた記憶はある。「第11番」は1816年の作品とされる。小学校教員だったこの頃、シューベルトの器楽作品創作はそれまでの家庭やサロンで楽しむ曲から変化する過渡期の作品に当たるようである。「ロザムンデ」や「死と乙女」の曲の魅力に比して迫力に乏しく曲の良さが伝わらなかった。

ブラームスの室内楽曲で「弦楽六重奏曲」、「ピアノ四重奏曲」のCDは所有していて数回耳にしている。「ピアノ五重奏曲」は近藤嘉宏&クァルテット・エクセルシオによるCDを一昨年のコンサートの折に購入してサイン入りのCDもある。ところが、弦楽四重奏曲のCDは一枚も持っていない。ブラームスが40歳を過ぎてから書いて遺した作品で偶々縁が無かった。今ではピアノ曲の魅力が勝っている。

プログラムの解説を読んで、“自由だが孤独だ”というブラームスのモットーの雰囲気を感じながら曲を聴いた。長大な第1楽章に続くアンダンテ・モデラートの静かで情熱的な第2楽章、メヌエット風の第3楽章、第1ヴァイオリンが主導する情熱的なチャールダッシュ舞曲風の終楽章。45分も続く大曲だが、曲の魅力が分かるには至らなった。

弦楽四重奏曲は他のジャンルの曲と違って心に安らぎを覚える良さがあるのは間違いないが、作曲家の内なる声を聞きとるには繰り返して曲を聴く必要があるように思った。

個人的には心に強く響く演奏会ではなかったが、聴衆の反応は悪くはなかった。曲ごとに盛大な拍手が沸き起こって、アンコール曲の演奏が予想されたが、アンコール曲は無かった。
女性奏者3名の涼しげで爽やかな青いドレス姿は印象的だった。






 

池辺晋一郎&上杉春雄ジョイント・コンサート(ゲスト:小林沙羅)

作曲家・池辺晋一郎と医師兼ピアニスト・上杉春雄のジョイント・コンサートがKitaraで始まったのが2006年である。その後、この二人のジョイント・コンサートは2年ごとに開催されていた。06年のコンサートⅠがモーツァルト、08年のⅡがベートーヴェン、10年のⅢがシューマンの作品。一人の作曲家の作品が池辺・上杉のほかにゲストを入れて演奏された。東日本大震災後の12年は池辺が総合プロデュース&トークで藤原真理、波多野睦美、上杉春雄の出演でバッハの曲で被災者への“祈りと希望”というタイトルのコンサートとして開催。
今回は間が空いて5年ぶりのジョイント・コンサート。《フランス音楽の魅力》。

2017年4月15日(土) 1:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

【第1部】「これもフランス音楽!?から、これぞフランス音楽!まで」
  マショー(池辺編):ノートルダム・ミサ曲より    クープラン:恋のナイチンゲール
  ロワイエ:めまい        ラモー:ガヴォットと変奏
【第2部】「ザ・フランス音楽百花繚乱」
  アーン:クロリスに    デュパルク:悲しき歌、旅へのいざない
  フォーレ:夢のあとに (以上4曲 ソプラノ:小林沙羅)
  ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女、 映像第1集より「水の反映」(ピアノ:上杉)
  ラヴェル:水の戯れ(ピアノ:上杉)、 「マ・メール・ロワ」より 3曲(ピアノ:池辺・上杉)     
  グノー:宝石の歌 (ソプラノ:小林沙羅) 

第1部は“教会や王侯貴族のためのフランス音楽”
 マショー(1300頃ー1377)は聖職者・作曲家・詩人で中世の怪人と呼ばれる人物。オリジナルは全6曲から成る合唱曲。曲中の“キリエ”を池辺晋一郎が編曲した2台ピアノ版「ノートルダム・ファンタジー」で池辺と上杉の共演。
 クープラン(1668-1733)はラヴェルを通して親しんでいる作曲家名。クープラン家のうち最も有名なフランソワはフランス・バロック音楽を代表する人物。鍵盤楽器の名手であったフランソワの「クラブサン曲集」の1曲。愛らしい調べ。
 ロワン(1705-55)はイタリア生まれだがフランスでバッハと同時代に活躍した。エネルギッシュな音楽。
 ラモー(1683-1764)はバッハの陰に隠れていたが近代音楽の父と呼ばれていたこともあってか名前は知っていた。鍵盤音楽の大家だがオペラも作曲したそうである。舞曲で華やかな印象とともに何となく品の良い調べ。

4人の曲を聴くのは初めてだったが、曲はドイツのオルガン曲とは違うシャレたフランス風の音楽に思えた。コンサートは池辺の勧めで地元のピアニスト上杉の司会で進行。大学の作曲コースでフランス楽派を専攻した池辺のトークで新しい知識を得た。

第2部はフォーレ、ドビュッシー、ラヴェルたちがひと時代を築いた“市民のフランス音楽”
 小林沙羅がKitaraのステージに初登場して歌曲を4曲、続けて熱唱。透明で伸びやかな歌声で聴衆を魅了。彼女は東京藝術大学大学院終了後、2006年に国内デビュー。2010年にウィーンとローマで研鑽を積み、2012年にソフィア国立歌劇場でオペラ・デビュー。近年はオペラ以外での活躍も目立ち、多くの国内オーケストラとの共演でコンサートソリストとしての活動も多い。映画、ミュージカル、テレビなど多方面での幅広い活動が注目されている人気のソプラノ歌手。
今回のKitara 初出演でフランス歌曲も勉強してきたと初々しく語った。

フランスの作曲家は19世紀に入ってベルリオーズ、サン=サーンス、ビゼーなどが活躍したが、ドイツ・オーストリアと比べると後世に残る作曲家は少ない感がある。フォーレがフランス近代音楽の先陣を切った。「夢のあとに」はチェロの曲として耳にすることが多いと思うが、歌曲で聴けたのは新鮮だった。
ドビュッシーやラヴェルについては言及するまでもない。上杉春雄のリサイタルはデビュー15周年と25周年の2回聴いた。2013年のリサイタルは感動的なリサイタルで、医師とピアニストの両立を図っている高度なレヴェルの演奏がいまだ記憶に残る。近年はピアニストの活動が増えている様子。水の音と水面の輝きをイメージした曲がそれぞれ違う美しさで聴きとれた見事な演奏に心癒された。上杉は近年はバッハを得意としているようだが、どんな音楽でもカバーできる正にプロフェッショナル。

「マ・メール・ロワ」より“眠れる森の美女のパヴァーヌ”、“バゴタの女王レドロネット”、“妖精の園”の3曲。ピアノ連弾でメルヘンの世界が繰り広げられた。音楽ではマ・メール・ロワ、文学ではマザー・グースとして広く知られている。フランス語と英語の違いで池辺の説明もあった。

最後の曲はグノー(1818-93):歌劇「ファウスト」より“宝石の歌”。華やかな衣装でステージに登場した小林が得意とするオペラのアリアを披露。歌曲とは違った演唱にウットリ! 若い純真な娘が虚栄心を垣間見せながら無邪気に喜ぶ場面が描かれた。
コンサートの最後を飾るにふさわしいアリアで聴衆を湧かせた。

アンコールに「サティ:ジュ・ドゥ・ヴュ(あなたが大好き)」。ピアノのイントロで始まり、ピアノ・ソロと思わせたが、曲の感じでソプラノが入ると思った。下手のドアーが開いていて小林が歌いながらステージの真ん中に。なかなかシャレた演出だった。拍手大喝采でフィナーレ。

※Kitara のホールから外に出ると、目の不自由な人がレセプショニストに手を引かれて歩いている姿が目に入った。先月も同じ状況があった時に思ったことを直ぐに実行に移した。レセプショニストと別れた時に、彼に話しかけて帰路を共にした。地下鉄大通り駅で彼が降車するまでご一緒した。ごく自然に行動でき、帰路にいろいろ音楽の話などができて良かった。見ているだけでなくて助けになることを自然にできたことを嬉しく思った。


BUNYA TRIO Concert Vol.4 (ピアノ・トリオ)

30年ほど札幌交響楽団チェロ奏者として活躍していた文屋治実(BUNYA Harumitsu)は以前からチェリストとして幅広い活動を展開してきた。リサイタルや室内楽のコンサートを毎年開催して、92年から現代チェロ音楽コンサートを年1回開催し、現在まで20世紀以降に作曲された90曲以上の現代音楽を演奏していることは「音楽の友」でも高く評価されている。彼は14年7月に札響を退団して、チェリストしての活動のほかに指揮者・文筆家としても活躍している。
つい先年“BUNYA TRIO”が結成されてピアノ三重奏曲の演奏会が開かれることになって注目していた。日程が折り合わずに聴く機会を逸していて今回やっと聴けた。

2017年3月28日(火) 19:00開演  ザ・ルーテルホール
 
〈Program〉
 モーツァルト:ピアノ三重奏曲 第5番 ハ長調 K.548
 トゥリーナ:ピアノ三重奏のための幻想曲 「環」 Op.91
 ラフマニノフ:ピアノ三重奏曲 第2番 ニ短調 作品9 「悲しみの三重奏曲」

『ピアノ三重奏曲』として最も有名な曲としてベートーヴェンの「大公」、ドヴォルジャークの「ドゥムキー」、チャイコフスキーの「偉大な芸術家の思い出」は名曲として親しんでいる。コンサートでピアノ三重奏曲を聴く機会は多くない。カルテットに比べてピアノ・トリオは室内楽として今までは少なかった。強い関心を持ち始めたのはここ一二年である。池辺晋一郎によると、ベートーヴェン11曲、ハイドン45曲、モーツァルト7曲、シューマン3曲、ブラームス3曲、メンデルスゾーン2曲、シベリウス4曲、ラフマニノフ2曲、ショスタコーヴィチ2曲、サン=サーンス2曲、ショパン、フォーレ、ドビュッシーが各1曲。
自分であまり意識していなかったがショパン、メンデルスゾーン、フォーレ、ラヴェル、スメタナも名演奏家のオイストラフやチョ・キョンファなどのCDに入っていた。

BUNYA TRIOのメンバーは文屋のほかは、札響のヴァイオリニスト岡部亜希子、井関楽器講師の新堀聡子。それぞれ緑と赤の色鮮やかなドレスに身を包んだ女性二人は容姿端麗な演奏家。もちろん文屋がトリオ結成で選んだ共演者で相当に腕の立つソリスト。岡部は2009年に札響入団で13年にはソロ・アルバムをリリース。ピアニストの新堀は札響メンバーを中心として様々な楽器奏者のピアノ伴奏で活躍し、オーケストラとの共演でラフマニフを演奏するなど経験豊富な実力派ピアニスト。

1788年完成の「ピアノ三重奏曲」はモーツァルトの後期三大交響曲のころの作品。歌劇《フィガロの結婚》の「もう飛ぶまいぞこの蝶々」のアリアに似たメロディで始まる第1楽章はこの曲を聴く親しみを倍加させた。チェロを室内楽器として用い、3つの楽器を対等に扱う工夫がされている感じを受けた。ハ長調でモーツァルトらしい軽快で明るい溌溂とした曲。

トゥリーナ(1882-1949)は初めて耳にする名。セヴィーリャ生まれでマドリ-ドで音楽を学び、パリに留学してフランクやドビュッシーの影響を受けたという。パリ滞在中にスペインの大御所アルベニスと知り合い、アンダルシア地方のスペイン音楽の興隆を諭されて親友のファリャと一緒に帰国。アンダルシア地方の民俗音楽に影響を受けた作品を発表し、その後マドリード音楽院教授に就任。
この作品はスペイン内乱が始まった1936年に書かれた。「夜明け」「昼」「黄昏」の3楽章構成。モーツァルトとはガラッと変わった暗い雰囲気で始まる曲に現代曲の響きを感じた。同時に当時のスペイン内乱の頃の一日の様子が見事に描かれていた。日中の賑やかなスペインの街中の人々の動きも感じられた。不安の中で生活する人々が翌日以降の無事を願う気持ちも読み取れるようであった。10分余りの曲に、フランコ政権が独裁政治を行った当時のスペインの時代背景がうかがえた。
フランコの死後、トゥリーナの作品が演奏される機会が殆ど無くなってしまったが、最近になって彼の作品が再評価されて世界中で演奏機会が増えてきているとされる。 ユニークな曲で興味をそそられた。

ラフマニノフが20歳の1893年にチャイコフスキーが亡くなった。ロシアでは偉大な芸術家の死を悼むために「ピアノ三重奏曲」を書くのが慣習になっていたらしい。チャイコフスキーはルービンシテインの死を悼んで「偉大な芸術家の思い出」を作曲した。
ラフマニノフは室内楽曲はあまり書いていない。この「ピアノ三重奏曲第2番」は現在3つの版が残されているそうだが、今回演奏されたのは1907年の第二版の楽譜。55分の大曲で第1・2楽章は長大。文字通り悲しみに満ちた鎮魂の調べ。
ラフマニノフはモスクワ音楽院在学中の試験で書いた「前奏曲」がチャイコフスキーに気に入られてプラスが4つもついた最高点を与えられていた。崇拝する恩師だったと想像される。終楽章まで悲劇的雰囲気を帯びた調べが綴られた。全体的にピアノの比重が大きく打鍵が強烈な感情移入が表れていた。ピアノ演奏も超絶技巧を含む難曲と思われたが、ヴァイオリンとチェロが地味な役割で曲を支えバランスを取りながら室内楽曲の体はなしていた。
 
演奏終了後にはブラヴォーの声もあがった。室内楽シリーズを毎回聴きに来るファンもいると思ったが、私も次回もぜひ聴きに来ようと思うほど良い演奏会であった。
演奏者は激しい感情表現に疲れたであろうが、アンコール曲に心和む「ラフマニノフ:ヴォカリーズ」。

※「ピアノ・トリオ」という言葉で思い出した。来月中旬にKitaraに数年ぶりに登場する池辺晋一郎が「音楽の友」2016年5月号に書いた記事が印象に残っている。
楽譜の符号でpはピアノと誰もが分かる。ppが「ピアニッシモ」と分かる確率も低くないだろう。pppとなると音楽を専門的に学習している人以外にとっては難しい。私も分からなかった。正解は「ピアニッシシモ」、または「ピアノピアニッシモ」。池辺は高校時代の音楽のペーパーテストでうっかりいして「ピアノトリオ」と答えたという。当時の音楽教師の声楽家が余りにおかしい答えに〇をつけたという。その音楽の大家と亡くなるまで付き合いのあった池辺は高校時代の話を持ち出されて“キミは高校時代からおかしな奴だったぞ”と言われたそうである。頓智が効き駄洒落が得意で話好きな池辺にまつわるエピソード。

※昨日は私が78歳を迎えた誕生日。コンサートに出かけるので少し早めに祝いの夕食を済ませて出かけた。コンサートの帰りにクラシック・バーに立ち寄った。店に入るとテレビにカラヤンの映像。カラヤン&ベルリン・フィルのCDは多く持っているが、映像で観たことはない。マスターが「チャイコフスキーの第5番」をかけてくれた。1973年10月の演奏。映像で見れるようになったのはつい最近のことらしい。当時のカラヤンのダイナミックな指揮ぶりに見惚れた。カメラワークが現在のデジタルコンサートでのものとは違っていた。ベルリン・フィルハーモニーのP席から撮った場面、弦楽器奏者、木管楽器奏者をまとめて映す方法、聴衆の姿も映るがカラヤンが中心となる映像つくり。ホール内が異常に明るくて特別な工夫で当時の演奏会の模様を再現したようであった。
誕生日の贈り物をもらった良い気分に浸れた。忘れ難い思い出に残る誕生日になった。
プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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