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ルノー・カプソン(vn)&児玉 桃(p)

アルゲリッチ&カプソン兄弟の室内楽公演が確か15年ほど前に札幌であった気がしている。Kitaraでなくて他のホールが会場で二の足を踏んだようであった。その時からカプソン兄弟の名は覚えていた。ベルリン・フィルのデジタルコンサートでルノーの弟ゴーティエのチェロの演奏を視聴したが、ルノーのヴァイオリンを聴いたのは初めてであった。

ルノー・カプソン(Renaud Capuson)は1976年フランス生まれ。世界各地の聴衆を魅了するヴァイオリニスト。97-2000年までアバド指名のマーラー・ユーゲント・オーケストラのコンサートマスターを務め、02年ハイティンク指揮ベルリン・フィルでデビュー。ウィーン・フィル、ボストン響、ロンドン響、パリ管などとも共演。ザルツブルク音楽祭やルツェルン音楽祭などでも活躍。日本ではN響、東京フィルなどに客演。

児玉 桃(Momo Kodama)は1972年、大阪生まれだが、1歳で家族と共にドイツ移住。16歳でパリ国立高等音楽院を卒業して、国際的コンクールで優勝を重ね、91年ミュンヘン国際音楽コンクールで第2位(1位なし)。世界のトップ・オーケストラと共演。1997年Kitaraオープニング・シーリズでフォスター指揮N響で初登場以来、16年の《Kitaraのクリスマス》で井上道義指揮札響と共演してグリ―クのピアノ協奏曲を弾いた。今迄、Kitaraに5回出演でショパン、ベートーヴェンのピアノ・コンチェルトを弾いたが、12年2月札響定期で「メシアン:トゥーランガリラ交響曲」を聴いたのが強く印象に残っている。ドイツ、フランスの伝統を生かした演奏で独自の境地を開いているといわれ、メシアンに力を注いでいるが、武満や細川作品などレパートリーの広いピアニスト。

2018年3月12日(月) 19:00開演  トッパン・ホール
〈program〉
 ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ(遺作)
 フォーレ:ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ長調 Op.13
 メシアン:主題と変奏
 サン=サーンス:ヴァイオリン・ソナタ第1番 ニ短調 Op.75
 ラヴェル:ツィガーヌ

トッパン・ホールには電車を利用する面倒を避けて、ホテルのフロントで地図を書いてもらって徒歩で出かけた。21階建ての「トッパン小石川ビル」の1・2階を使った408席の小ホール。リサイタルで使用頻度の高い評判のホール。

プログラムは全てフランス音楽。ヴァイオリン曲で、全曲の作品がフランスものとは二人ならではのプログラミングだと思った。

ラヴェル(1875-1937)の曲は遺作となっているが、作品の自筆譜の発見が1975年で、ラヴェルが22歳の頃の作品らしい。単一楽章で書かれた色彩感豊かな曲で、色がどんどん変化していく様子が目まぐるしい。

フォーレ(1845-1924)はラヴェルの師匠。1876年作の4楽章構成。第1楽章・第4楽章はエネルギーに満ちた明るい感じで、第2楽章のアンダンテは優しさあふれる美しい旋律、第3楽章のアレグロも心が高揚する感じがした。教え子に伝える基本的な曲の骨組みをラヴェルが独自に発展させて行ったのかと想像してみた。
前半2曲はそれぞれ25分程度。演奏終了後に満席の聴衆からブラヴォーの声が上がった。無駄な空間が無いようなホールで、ステージの演奏家と客席の距離感が絶妙のようであった。

デュオ・リサイタルでは珍しいメシアン(1908-92)の曲。彼が24歳の頃の作品で晩年の現代音楽の特徴はそれほど強烈ではない。22歳ころから教会のオルガニストとして活動を始めていたそうである。主題と5つの変奏が途切れずに続いた。

サンーサーンス(1835-1921)は「フランス国民音楽協会」を創設した作曲家・オルガニスト。才能に恵まれ、あらゆる分野で存在感を発揮したが、ローマ大賞は取れなかった。
曲は2楽章構成だが、2つの楽章がそれぞれ2つの部分に分かれている。交響曲第3番「オルガン付」と同じ構成。新しい形式を模索していた曲作りの時期だったのだろうと思った。

演奏会は馴染みの「ツィガーヌ」で締めくくられた。ロマの音楽をヴァイオリンの派手な技巧で表現した極めて印象的なメロディを持つ曲で最後を飾った。もちろん、万雷の拍手が会場を包んだ。
小柄ではあるが端正な容貌を持ち、ヴァイオリンの艶やかな音色と完璧なテクニックを共有するカプソンの魅力が溢れていた。ピアノの児玉は度々カプソンとも共演して息の合ったコンビで存在感の大きさを示した。

アンコール曲は2曲。①ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ より “第3楽章” ②マスネ:タイスの瞑想曲。
作曲家の流れも解るプログラムに続いて、アンコール曲も全てフランスの作曲家の作品で感服した。
ホテルまでの道順が完全に分ったので、夜道は不安が無く、足取りも軽くて往路より10分ほど早く30分弱でホテルに着いた。


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中木健ニ(チェロ)X松本望(ピアノ)デュオ・リサイタル

中木健ニ(Kenji Nakagi)の名は六花亭札幌本店に「ふきのとうホール」が落成してオープニング・フェスティバルが2015年7月に約1ヶ月間にわたって開催された時のプログラム一覧で知った。25回のコンサートのうち7回聴いたが、彼が出演するコンサートには行っていなかった。中木は東京藝術大学を経て、パリ国立高等音楽院、ベルン音楽大学の両校を首席で卒業。05年ルトスワフスキ国際チェロ・コンクール第1位など受賞歴も多く、10-14年フランス国立ボルドー・アキテーヌ管首席奏者を務める。帰国後、ソロ、室内楽活動やオーケストラへの客演などで活躍を続け、現在は紀尾井ホール室内管弦楽団メンバー、東京藝術大学准教授。

松本望(Nozomi Matsumoto)は私が勤務した高校の卒業生。彼女のクラスを担当したことは3年間なかったが、同じ担当学年の優秀な生徒で顔は覚えていないが名は知っていた。彼女は東京藝術大学の作曲科に進学し、高校合唱部演奏会ではピアノを弾いていた。卒業後も何度か卒業生として合唱部演奏会には出演していた。彼女が作曲した合唱曲が最優秀作品に選ばれたり、彼女の作品が全国合唱音楽コンクールの課題曲になったことは承知していた。「音楽の友」誌で一部の音楽評論家から高い評価を受けて、ピアニストとして活躍している様子も分かっていた。大学院修士課程修了後、パリ国立高等音楽院で学んでいたことは後で知った。パリ音楽院ピアノ伴奏科を首席で卒業し、デュオ、トリオの国際コンクール優勝を重ねた実績は喜ばしい限りである。現在は作曲家・ピアニストとして活動し、国立音大や洗足学園音大で後進の指導にも当たっている。
今回のコンサート開催を知ってチケットは早くから購入していた。

2018年3月7日(水) 7:00PM 開演  ふきのとうホール
〈Program〉
 ベートーヴェン:魔笛の主題による7つの変奏曲 変ホ長調 WoO.46
 メンデルスゾーン:歌曲《歌の翼に》op.34-4(チェロとピアノのための編曲版)
 メンデルゾーン(ピアッティ編):ピアノのための無言歌より《狩人の歌》 op.19-3
 メンデルスゾーン:チェロとピアノのための無言歌 ニ長調 op.109
 R.シュトラウス:チェロとピアノのためのソナタ へ長調 op.6
 ドビュッシー:チェロとピアノのためのソナタ
 フォーレ:チェロとピアノのためのソナタ第2番 ト短調 op.117
 メシアン:世の終わりのための四重奏曲より《イエスの永遠性への賛歌》

ベートーヴェンのチェロ・ソナタのCDはアルゲリッチ&マイスキーの演奏で持っているが、その中に「魔笛の主題による2つの変奏曲」が収録されていた記憶があった。「変奏曲」は購入時に1度聴いたきりだったと思うが、この機会に聴いておいた。歌劇《魔笛》のアリアの主題と変奏曲で生で聴くと素朴さと優しい愛らしさが強く感じられた。

メンデルスゾーンのピアノ曲で知られる有名な「歌の翼に」と「狩人の歌」にチェロが加わっても何の違和感もなく聴けた。「チェロとピアノための無言歌」は初めて耳にした。

前日に聴いたR.シュトラウスのヴァイオリン・ソナタの魅力は素晴らしかった。十数年前までは交響詩や特定のオペラに親しめずに苦手な作曲家に入っていたシュトラウスだったが、近年は彼の才能の豊かさに驚いている方である。チェロ・ソナタもヴァイオリン・ソナタと同様に伝統的な急・緩・急の3楽章構成の曲で、2つの楽器が対等に渡り合う演奏は歌心に溢れて躍動感もあり非常に楽しく聴けた。コンサートのハイライトになった。

ドビュッシーは晩年に6曲のソナタ集を計画したが、完成せず3曲で終わった。第3曲のヴァイオリン・ソナタが彼の最後の作品で何度かコンサートでも聴いているが、第1曲のチェロ・ソナタは今回初めて聴いた。この曲を聴くと、ドビュッシーが現代作曲家であったことがよく判る。今年はドビュッシー没後100年に当たる。人気の作曲家であるが、今まで余り聴く機会のない作品も今後は聴けると良いと思っている。

フォーレはラヴェルを陰から支援し、ラヴェル事件の後にパリ音楽院長を務めたことでも知られるが、彼の生涯は詳しく知らない。彼の小品「夢のあとに」、「エレジー」、「シチリアーノ」などはチェロ名曲集に入っている。彼の美しい旋律が特徴のピアノ曲集は持っているのだが、馴染みのある特定のメロディの曲は残念ながら知らない。今回の曲のメロディも一貫して美しい曲の特徴が出ていた。フォーレはベートーヴェンと同じように難聴に苦しんでいて、この作品も殆ど耳が聞こえない状況で書かれたそうである。彼の生命力の強さと音楽への深い想いを知らされた。

20世紀最大の作曲家のひとりオリヴィエ・メシアンの代表作は昨年12月末のベルリン・フィルの“Late Night”のコンサートで演奏されて、私の記憶に新しい。第二次世界大戦で捕虜となったメシアンはドイツの収容所で音楽を演奏する自由を与えられた。収容所内で知り合った3人の音楽家と知り合い、彼らが演奏できる楽器ヴァイオリン、チェロ、クラリネットとピアノで演奏会を開いた。
曲は8楽章構成。全員合奏のほかにクラリネット独奏、チェロ独奏、ヴァイオリン独奏も入る。「イエスの永遠性への賛歌」は第5楽章で旋律はチェロが担当して、ピアノは一定のリズムで和音を刻む。ピアノが打楽器のような技法で演奏したので12月末のラトルの演奏が印象に残っていた。こういう難しい曲は目で見ながら耳から聴くと、その良さが解る気がした。優しさと神々しさに彩られた音楽が紡がれた。

パリ国立高等音楽院でメシアン夫妻に教えを受けた日本人は多いと思うが、2人が室内楽曲の最後にメシアンを演奏した選曲も十分に理解できた。9日には東京のHakujuホールでも演奏会があるが聴衆の喝采を浴びることは間違いないだろう。特に玄人受けするプログラミングである。

中木は室蘭出身と知って親近感が増した。演奏中は目を閉じて一心に音に集中して楽器を弾き続ける姿は極めて印象的であった。演奏後に、ニコっとする姿も素敵だった。松本も総じて柔らかなタッチで表現力豊かな安定した演奏が印象的だった。R.シュトラウスの演奏では作曲家の力強い将来への憧れと想いがダイナミックに表現されて秀逸であった。いろいろな作曲家に対応できる幅の広い演奏技術を身に着けているのが素人にも分かった。若々しい端正な容姿も魅力的だった。

聴衆の盛大な拍手を受けて、中木が挨拶すると思ったが、地元出身の松本が初めての札幌のコンサートで挨拶して、アンコール曲の演奏があった。ブルッフの曲と聞こえたが、確かでない。

※さっぽろ雪まつり期間中に時計台に来館したフランス人の女性と音楽の話をした時に、演奏会で聴くフランスの作曲家の名を訊かれ、ラヴェルやドビュッシーなどのほかにメシアンの名を挙げたら知らないと言われた。彼の有名な曲「トゥランガリラ交響曲」のことを話しても通じなかった。意外に思ったと同時に、日本で音楽が好きな人でも黛敏郎、武満徹、細川俊夫の名を知らない人がいても不思議ではないと思った。

エマニュエル・パユ(fl)&エリック・ル・サージュ(p) デュオ・リサイタル

札幌コンサートホール開館20周年〈Kitaraワールドソリストシリーズ〉

フルート界のスーパースター、エマニュエル・パユはKitaraで2回フルートリサイタルを開催してきた。2004年10月はエリック・ル・サージュと共演。同年11月にはベルリン・フィル首席奏者として登場。08年12月は無伴奏フルートリサイタルでジョリヴェとテレマンの曲を交互に弾いた(パユ、ピノック&マンソンのトリオでバッハフルートセレクションの予定が単独出演になった。公演がキャンセルにならないで成立したことに感激した当時を思い起こす)。パユのリサイタルは3度目になった。1年前からデジタルコンサートホールで彼の演奏の様子をしょっちゅう見ているのでとても身近な演奏家となっている。
Emmanuel Pahudは1970年ジュネーヴ生まれ。89年にフルートの登竜門、神戸国際コンクール優勝、92年には難関ジュネーヴ国際コンクール優勝。同年ベルリン・フィルに入団し、翌年同団首席奏者に就任。2000年に一時退団し、02年に同団復帰。ベルリン・フィル首席奏者・ソリストとして世界を股にかけて活動。現在のフルート界における世界の第一人者として実力・人気ともに抜群である。Kitara出演は14年2月のベルリン・バロック・ゾリステンとの共演以来となった。

エリック・ル・サージュ(Eric Le Sage)は1964年、フランス生まれの世界的なピアニスト。89年シューマン国際コンクール優勝、90年リーズ国際コンクール第3位など輝かしい実績を誇る。オーケストラとの共演も多く、リサイタルの他に、パユ、メイエ(cl)のパートナーとして室内楽活動も顕著である。

2017年12月5日(火) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program 〉
 モーツァルト:ソナタ 第17番 ハ長調 K.296(原曲:ヴァイオリン・ソナタ)
 シューベルト:「しぼめる花」の主題による序奏と変奏曲 D802
 ドビュッシー:(レンスキ編曲):ビリティス
 フォーレ:シシリエンヌ op.78、 コンクール用小品、 幻想曲 op.79
 プーランク:フルート・ソナタ

モーツァルトのヴァイオリン・ソナタはケッヘル番号を見て演奏会で数度耳にしている曲だと判った。彼の中期までのヴァイオリン・ソナタはフルートとピアノで演奏される機会も多いことを初めて知って興味が沸いた。基本的には同じメロディだが、ピアノとフルートの役割に注目しながら聴いた。モーツァルトが若い学習者のために書いた作品で、明るく生き生きとした曲。

シューベルトは歌曲王として知り、「冬の旅」や「美しき水車小屋の娘」などはKitaraの開館当初にペーター・シュライアーのコンサートで親しんだ。「しぼめる花」は《美しき水車小屋の娘》の第18曲。青年が娘からもらった花に託して失恋の悲しみを歌ったミュラーの詩をシューベルトが気に入って書いたという作品。「しぼめる花」は序奏、主題と7つの変奏から成る。フルート、ピアノともに高度な奏法を要する曲だそうであるが、曲に込められたイメージが鮮やかに表現されていた。

前半の演奏終了後には、歓声も上がった。 いつもより中高生の姿が目立ち、たぶんフランス人と思われる十数人の外国人の姿もあった。P席と3階席は売り出されなかったが、2階もかなりの客席が埋まり軽く1000名を超える聴衆の入りで、フルート奏者パユの人気度が反映しているようだった。

後半はフランスの作曲家の音楽。
ドビュッシーが若い頃には歌曲ばかり書いていた話は知らなかった。彼は詩人ピエール・ルイスが書いた古代ギリシャの情景を詠んだ詩集「ビリティスの歌」がお気に入りだったという。この詩を基にして、ドビュッシーはいくつかの版で曲を書いた、今回の曲はレンスキによるフルートとピアノ用の編曲版。古代ギリシャへの憧憬を描いたドビュッシー独特の繊細で美しい音の世界だった。

フォーレは美しい旋律の気品の高い作品を書いたフランスの大作曲家。チェロやヴァイオリンで弾かれることが多い「夢のあとに」、や「エレジー」、「シシリエンヌ」で親しまれている。最初に耳慣れた名曲「シシリエンヌ」の美しいメロディが流れた。続いて流れた短い曲は、フォーレがパリ音楽院教授時代に試験用に書いた「初見視奏曲」(*1週間前のコンサートでヴァイオリニスト西本が演奏した作品と同じ学生用の作品)。フォーレはフルートやハープのための作品も書いていて、今回はフルートとピアノのための曲。楽譜を渡されて直ぐ演奏する曲として書かれ、今回のタイトルは「コンクール用小品」となっていた。「幻想曲」は必ずしも幻の曲と言うだけでなく、心に浮かんだことを綴って華やかなイメージで彩った曲として聴いた。

プーランクは第一次世界大戦後にパリで結成された「六人組」の作曲家のひとり。近年の演奏会ではピアニストの牛田智大がプーランクの作品を好んで取り上げている。
フルート・ソナタはランパルと作曲家自身のピアノで1957年に初演された。都会で暮らす人の孤独な心を綴った第1楽章、情緒あふれる第2楽章、人生を楽しもうとするが、憂いが帯びるメロディも混ざる第3楽章。このプーランクの曲は13年前の彼らのコンサートでも演奏されたので、フルートの傑作となっているのだろう。

アンコール曲は①「子どもの不思議な角笛」より “ラインの伝説”、 ②「亡き子をしのぶ歌」より “いつも思う”、“子ども達はちょっと出かけただけなのだ”。

拍手大喝采でカーテンコールが何回も繰り返された。帰りのホワイエはサイン会に並ぶ行列ができていて、演奏会の興奮の余韻が漂っていた。やはりパユはフルートの貴公子として放つオーラ、存在感は何か特別なものがある。そのパユを支えるル・サージュの安定感も今や注目の的であるが、やや伴奏に徹していた感は止むを得ないところなのかもしれない。

パユは11月下旬のベルリン・フィル日本公演の直後にリサイタルのツアーを行って、札幌が最後の公演であった。

※神戸国際フルートコンクールは1985年に第1回が開催された。世界への登竜門と位置づけられ、神戸市主催で4年ごとに開催されるフルート単独の国際コンクール。パユは第2回の優勝者。2005年優勝者の小山裕幾は現在フィンランド放送響の首席奏者。2年前には神戸市が補助金打ち切りを決めて、コンクール開催の危機に陥いったが、パユを始めコンクール継続に向けての多くの関係者の努力によって、何とか2017年の第8回大会は無事に開催された。2021年の第9回コンクールは神戸市長が補助金復活を表明して神戸市主催で開催される予定になっている。

上杉春雄(p)&川本嘉子(va)デュオ・リサイタル

Kitara以外のホールでのコンサートの情報は積極的に求めていないので良いコンサートを見逃すことがある。上杉春雄は札幌在住の医師・ピアニストで会場がKitaraの場合は聴くことが多いが、今回は4年ぶりで7回目であった。川本嘉子はKitaraが開館した年に結成されたKitaraホール・カルテット(矢部達哉、川田知子、川本嘉子、金木博幸)のメンバーとして05年ころまでは活動を続けていたと思う。15・6回開催のコンサートのうちで出かけたのは2000年の第6回だけの1度だけであった。まだ、カルテットに親しんでいない時期だったが、当時のステージ上の様子は鮮明に記憶している。
数ヶ月前に二人のコンサートの情報を得て、札響定期のコンサートを振り替えて、彼らのコンサートを聴こうとスケジュールを調整していた。
川本嘉子(Yoshiko Kawamoto)は現在、N響客演首席奏者。小澤、アルゲリッチら世界的音楽家からの信頼も厚く、ソリスト・室内楽奏者として日本を代表するヴィオラ奏者のひとり。

ザ・ルーテルホール クリスマス・チャリティ・コンサート
2017年12月2日(土) 13:30開演  ザ・ルーテルホール

ドイツ・リートの傑作を名手・川本嘉子のヴィオラで聴く 愛と人生の歌!
 〈Program〉
 シューマン:3つの幻想小曲集 作品73
 シューマン:歌曲集「詩人の恋」 作品48 (ヴィオラ&ピアノ版)
 ブラームス:4つの厳粛な歌 作品121(ヴィオラ&ピアノ版)
 ピアソラ:タンゴの歴史、 リベルタンゴ

シューマンの幻想小曲集はピアノ曲として作品12と作品111もあるが、作品番号が違う。彼は“幻想”と言う語を好んで使ったようである。上杉の解説によると、Fantasieは“即興演奏”という意味でも使われるらしい。ふと浮かんだ心の動きをそのまま音楽にしたという解釈もあるとすると納得しやすい。いずれにせよ、この曲ではどちらの意味でも分かる。
ハイネの詩による歌曲集「詩人の恋」はタイトルには馴染んでいて、全16曲の中で2・3曲はピアノ曲としてコンサートでも聴いたことがある。歌曲として聴いた記憶は無い。シューマンは恩師ヴィ―クの娘クララと恋に落ち、ヴィ―クの反対を押し切り、裁判にまで訴えて結婚に至った1940年に歌曲を集中的に書いた。シューベルトが確立したドイツ・リートを発展させ、情感豊かな曲作りをした。愛の喜びと苦しみを綴った歌曲を今回は珍しくヴィオラ&ピアノ版で聴けた。
ヴァイオリンとチェロの間で目立たないといわれるヴィオラが、楽器特有の人間の声に近い音を発揮して、今迄とは一味もふた味も違うヴィオラの良さが伝わってくる演奏に浸れた。ヴァイオリニストからヴィオリストに転向した音楽家のことはよく耳にするが、その理由が分かる演奏であった。ヴィオラ・ソナタを聴く機会が増えれば、なお一層その感を深くするだろう。

クララとのつながりも深かったブラームスは彼女が病に倒れてから曲を書き始め、完成直後にクララは亡くなっていた。その翌年にブラームスも世を去った。テキストは旧約聖書によるもので、「人は死ぬ運命にある」、「死よ、なんと苦いものか、満ち足りた生活を送っている時には。死よ、なんと心地よきものか、貧しい者、弱き者、年老いた者には」など、死生観が描かれている。
曲自体のことも全く知らなかったが、ここでも充実した演奏が聴けた。(*上杉によるプログラムの解説が非常に参考になった)

最後のピアソラは2曲とも演奏会で聴いたことがある。スペインから持ち込まれた舞曲に新しい響きとセンスを加えて、アルゼンチン・タンゴを書いたピアソラの作品群はクラシック音楽会で演奏されることも多くなっている。
上杉はバッハが得意であるようだが、現代曲も含め何でもこなす。川本はヴィオラの曲ではないものばかりを難なく弾きこなしてヴィオラの特徴を出すのだから、やはり凄腕の演奏家である。

彼女は久しぶりに来道し、雪の舞う様に叙情を感じとったらしい。また、ピアノが高音過ぎて、情熱が先走って興奮した状態になったと率直に語った。上杉は何の違和感もなかったと話した。

アンコール曲は①メンデルスゾーン:チェロ・ソナタ ?番 第3楽章 ②ポンセ:エストレリータ(小さな星) ③エルガー:愛の挨拶。

三上亮(Vn)&宮澤むじか(Pf) デュオリサイタル

元札響コンサートマスター(2007-11)の三上亮と札幌在住のピアニスト宮澤むじかによるデュオリサイタル。三上は4年間の札響在籍中にNew Kitara ホールカルテットのメンバーとしても活躍。その後、東京を拠点として自由な音楽活動をしているようである。札幌には14年に〈ヴィルタス・クヮルテットwith宮澤むじか〉のKitara公演を聴く機会を持った。15年にはチェリストとのデュオや室内楽公演も聴いた。デュオとはいえ、リサイタルのような感じでコンサートを聴きに来た。

2017年4月27日(金) 7:00PM開演  ザ・ルーテルホール
〈Program〉
【第一部】
 モーツァルト:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ ホ短調 K.304
  シューベルト=リスト:水の上で歌う 作品72(ピアノ・ソロ:宮澤むじか)
               糸を紡ぐグレートヒェン、  どこへ 
 ミルシテイン:パガニニアーナ(ヴァイオリン・ソロ:三上亮)
【第二部】 
 R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調 作品18

人気のヴァイオリニストと地元のピアニストの共演ということで会場に入った途端ドアーからロビーに通じる空間が人であふれかえっていた。このホールには先月も来ているが整理券を配って番号順に入場させているのは初めてであった。余りに混雑していて、整理券を渡している係の人の姿も見えずに受付近くに行って整理券が必要なことが判った。主催者の要領の悪い対応に少々いらつきを覚えた。2階のホールに入ると間もなく満席状態になった。やはり客席が埋まると気分も高揚する。

モーツァルトの曲は長調が大部分で軽快で明るい曲が多いのが特徴。ヴァイオリン・ソナタで短調の曲は「K304」だけである。この曲は2楽章構成。第1楽章はアレグロで悲しみが漂う陰鬱な感じの曲。謙虚で打ち解けた調べもあり、飾り気のない美しさも感じれた。第2楽章のメヌエットはメランコリーに陥りながらも気品を失わない姿も感じ取れた。巡業ピアニストとして旅をするモーツァルトの心境を思い浮かべながら聴いてみた。この曲はコンサートでもよく耳にするが、演奏前に三上のトークもあってそれを参考にしながら聴けた。

宮澤むじかは現在、札幌コンセルヴァトワール専任講師で実績を積んだピアニスト。今までにコンチェルトや前回のヴィルタス・クヮルテット室内楽公演でも演奏を聴いたことがあるが、非常に堂々とした力強い演奏で印象に残っている。
今回はシューベルト=リストのピアノ曲を3曲続けて演奏した。3曲共に原曲はシューベルトの歌曲。第1曲は初めて聴いたと思う。第2曲は聴く機会の多い曲で、シューベルトはゲーテのファウストに曲をつけた。第3曲の「どこへ?」はキーシンが弾くCDに3分ほどの曲が入っているのに気づいた。有名な曲なのだろうが、メロディには慣れていなかった。
宮澤の演奏は綺麗な歌心に包まれていた。

ミルシテイン(1904-92)はロシア国内でホロヴィッツと組んで演奏会を行っていたヴァイオリンのヴィルトオーソ。グラズノフの協奏曲でデビューし、たまたま彼のこの曲のCDを所有している。「パガニニアーナ」は“パガニーニあれこれ”という意味でミルシテインがパガニーニ作品から聴きどころを集めて編曲した。「24のカプリース」第24番を主題とする変奏など超絶技巧の旋律が次々とメドレーで綴られる曲。1954年頃にアメリカで作曲され、ミルシテインの看板曲になったという。
三上亮は無伴奏ヴァイオリン曲で難曲と思われる高度な技巧を要する曲を凄いスピードで弾き切った。彼のヴァイオリン・ソロを聴いて流石一流のヴァイオリニストで、聴きに来た価値があると思った。

R.シュトラウスが書いた唯一のヴァイオリン・ソナタは先月、漆原啓子のリサイタルでも聴いた。第1楽章は表情豊かにロマンティックでドラマティックな曲が展開される。第2楽章はアンダンテ・カンタービレ。甘美な旋律が面々と歌われる美しい緩徐楽章。第3楽章のフィナーレは情熱的な主題の数々が魅力的なメロディとなって瑞々しく展開された。
三上が昨年より貸与された1628年製のニコロ・アマティを手にして彼の紡ぎだす音も一層輝きを増しているように感じた。

ステージのライトが照り付けて30度を越す中で満席の聴衆に気分も高揚しての熱演。“北海道はいいですね!”と言ってアンコールに2曲。①ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女  ②モンティ:チャルダッシュ。

次回の三上のコンサートに是非来ようと思わせるコンサートだった。帰りにミニ・バー“Old Classic”に立ち寄って珍しいデュ・プレの
映像(1962年)を見て感激した。彼女が17歳当時の白黒の貴重な映像だった。帰る頃にお世話になっている札響くらぶのメンバーに会えて交流できたのも嬉しかった。


川村拓也・佐野峻司(北大医学部学生)ヴァイオリン&ピアノ デュオリサイタル

今回のコンサートを聴いてみようと思った切っ掛けは「川村拓也」の名である。Kitaraで手にするコンサ-トのチラシで目にする名であった。PMF2016のアカデミー生の名簿で北海道大学に学ぶ学生の名があって珍しい経歴のアカデミー・メンバーに注目していた。同じ人物と判明した。ピアニストの名は彼の中学・高校時代から聞いていて、その後の進路は知らなかった。現在、二人とも北大医学部学生と知って、医師と演奏家を目指す頼もしい存在が市内にいることを知って好奇心が沸いた。このチケットを購入して佐野峻司の北大定期演奏会出演を知り、去る5日の北大定期演奏会をも久しぶりで聴くことになったのである。(*チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番の演奏は演奏家を目指すにふさわしい堂々たる輝かしものであった。)

2016年11月25日(金) 午後7時開演  札幌コンサートホールKitara 小ホール

〈Program〉
 フォーレ:子守歌 ニ長調 作品16
 イザイ:無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番 ニ短調 作品27-3「バラード」
 ショーソン:詩曲 作品25
 グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ短調 作品45
 スカルラッティ:ソナタ K.427、L.286
 リスト:パガニーニによる超絶技巧練習集より 第3曲「ラ・カンパネラ」
 ショパン:舟歌 嬰ヘ短調 作品60
  R.シュトラウス:ヴァイオリンソナタ 変ホ長調 作品18

前半4曲、後半4曲のプログラム。予定のプログラムに追加されたフォーレとスカルラッティは小品。

イザイはバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタとパルテイータを範として6つの曲を書いた。15年ぐらい前に加藤知子のCDを買い求めて数回は耳にしていた。「第3番」は単一楽章の短いソナタ。ラプソディックで現代的な曲。演奏会では久しぶりぶりで聴いた。川村は高度な技巧が要求される曲をプロ並の演奏で弾いた。
ショーソンの「詩曲」はオリジナルはオーケストラとヴァイオリン曲。ハイフェッツの演奏で聴き親しんだ。最近のコンサートではピアノ伴奏での演奏で何度か耳にする。
グリーグが書いた3曲のヴァイオリン・ソナタの中で「第3番」が最も魅力的でロマンティックな曲。北欧の自然と民族的な雰囲気が漂う作品。ピアノとヴァイオリンの持つ魅力が対等に表現された曲として美しいメロディに心が惹かれる。

二人ともに3・4歳より楽器を弾き始め本格的な音楽家としての経験を積んでいる。川村はHBCジュニアオーケストラのコンマスを務め、その後は札幌フィルハーモニー管弦楽団に所属して11年にはコンマスに就任。札フィルはここ数年は毎年のように聴いているのでステージ姿は見ていることになる。ソリストとして札響とも共演し、リサイタルやコンチェルトなどでの活躍も多い。学業との両立が難しくなる時期だが、本日の演奏ではプロ級の演奏の力量を示した。

後半のイントロとなったスカルラッティはバッハ、ヘンデルと同じ年生まれのイタリアの作曲家。彼のソナタは単一楽章の小曲。555曲の作品があるので曲の区別がつかない。この曲は1分程度の曲だったがとても力強い演奏。
リストとショパンの曲は言及の必要のないほど人々に親しまれている名曲。それぞれ素晴らし演奏で心を揺さぶられた。佐野峻司はプロとして通用する実力あるピアニストと言える。彼のピアニズムにはぞっこん惚れ込んでファンになった。
学業が疎かにできない時期を迎えて公演は減るかもしれないが、リサイタルを是非聴いてみたいピアニスト。

R.シュトラウス唯一のヴァイオリン・ソナタは14年、大谷康子のKitara初登場のステージで聴いて凄く印象に残ったヴァイオリン曲。R.シュトラウスの作品はこの20年くらいで交響詩を中心に多く聴くようになった。彼は交響詩やオペラなどの壮大な作曲家として知られる。彼のヴァイオリン協奏曲のCDを持っていたが、そこにヴァイオリンソナタがカップリングされていることに長い間気付いていなかった。15年前に手に入れたサラ・チャン&サヴァリッシュのCDだった。どちらかというと、最初はR.シュトラウスは苦手な方だったが、大谷の演奏を聴いて意外と親しみやすい曲だと思い直したのである。その時にも自分が以前聴いたことがあるとは想像もしなかった。
今回のプログラムを見て、ふとCDの棚で見つけたヴァイオリン曲を見つけて約15年ぶりに聴いてみた。

若々しい溌剌としたエネルギーに満ち溢れる曲がピアノの主導的な展開で始まった。ヴァイオリンとピアノが対等な掛け合いを見せるはずだったがピアノの音量がかなり高くヴァイオリンの響きがところどころかすんで聴こえた。
プログラム前半の川村は絶好調だったが、後半は二人の音のバランスが取れていないように感じた。

札幌で活躍中の異色の音楽家のコンサートとあって若い人を中心に幅広い年齢層の客が詰め掛けて9割以上の客席を埋めた。3楽章からなるソナタの知識がなくて、2曲ともに第1楽章の終りで拍手をする人が多かったのは止むを得ないところか、、、

アンコール曲は「ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 第18変奏」。

演奏終了時間が大ホールと小ホールが同じ時間になって、帰路につく公園内が混み合った。中島公園駅に留まった電車内も混んでいていつもと違う様子。何事かと思っていて気付かなかったが、帰宅してテレビで羽生結弦の姿を見て判った。フィギュアスケートのグランプリシリーズ最終戦NHK杯が開催された真駒内から帰宅途中の人々だった。
 



反田恭平(piano)X上野耕平(saxophone)デュオ・コンサート

話題の若手演奏家がKitaraに初登場。反田恭平(Kyohei Sorita)の名は2012年第81回日本音楽コンクールの様子をテレビで見ていた折に知った。当時の彼は高校3年生でピアノ部門優勝に輝いた。昨年Twitterを通して彼の活動ぶりを知った。デビューアルバム「リスト」の発売の情報を得て8月に直ぐ購入したが素晴らしいピアノの音色に感動した。モスクワ音楽院に在学しながら日本ではバッティスト―ニ指揮東京フィルと共演して大反響を呼び起こした。ロシアと日本を行き来しながらコンサートやテレビで大活躍中である。
札幌生まれの反田は未来のヴィルトオーゾとしてKitara Club の情報誌第60号(Winter2015)に紹介された。

上野耕平(Kohei Ueno)の名は知らなかったが、話題沸騰のサキソフォン奏者。2日前の日曜日、NHKEテレ夜の番組〈コンサートプラス〉で演奏を披露した。バッハの「無伴奏フルートのためのパルティ-タ」をサキソフォンで吹いた。ヴァイオリンで馴染みの曲だが管楽器での演奏も味があって良かった。難易度の高そうな舞曲を4曲続けて吹いた。

〈PROGRAM〉
  シューマン:アダージョとアレグロ 変イ長調 作品70(Duo)
 リスト:愛の夢ー3つの夜想曲より 第3番 変イ長調(Piano)
     巡礼の年報 第2年への追加 「ヴェネツィアとナポリ」より 第3曲「タランテラ」
 デザンクロ:プレリュード、カデンツァとフィナーレ(Duo)
  ボノー:ワルツ形式のカプリス(saxophone)
 グラズノフ:サキソフォン協奏曲 変ホ長調(Duo)
 ガーシュイン(長生 淳編曲):ラプソディ・イン・ブルー(Duo)

シューマンのこの曲は室内楽で何度か聴いたことがある。サキソフォンがクラシック音楽に用いられるのは稀である。原曲はホルンとピアノ。
上野は1992年、茨城生まれで東京藝術大学器楽科卒。須川展也に師事。12年前にKitaraで開催された東日本吹奏楽大会に参加したと話した。2014年アドルフ・サックス国際コンクールで第2位。15年の日本フィル9月定期で山田和樹と共演。クラシックサキソフォンの注目度を一気に高めている。

反田はCDで収録されていた「愛の夢 第3番」と「タランテラ」の対照的な曲を演奏。2曲続けて演奏したが超絶技巧を披露する「タランテラ」は聴衆の度肝を抜くような演奏となった。演奏後に一段と大きな歓声が上がった。
彼は関東・関西では人気の高い若手ピアニスト。1月のサントリー公演のチケットは完売。浜離宮朝日ホール8月の3公演も完売となり追加公演も開催された超人気のピアニスト。まだ道内での知名度は高くないようである。今回の公演はKitaraクラブ会員拡大のためにクラシック音楽の裾野を広げている上野耕平に焦点を当てたプログラムになったような感じがした。

リストのピアノ曲以外は反田はピアノ伴奏を担って、主役は上野。サキソフォン・リサイタルの感がしないでもなかった。それは別として素晴らしい演奏会ではあった。サキソフォンの演奏がメインだがピアノにも相当な技量が必要とされる曲。

グラズノフはロシアの偉大な作曲家。一昨日のクラシック音楽館でも「グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲」が演奏された。グラズノフが「サクソフォン協奏曲」も手掛けていたと知って驚いた。

上野は前半のプログラムでは1曲目でテナー・サキソフォンと2曲目にアルトサキソフォンを用いた。後半では大きさの違う3本のサクソフォンを予めステージに運んでいた。3本目の楽器はソプラノで一番小さい楽器。
「ラプソディ・イン・ブルー」はよく知られた名曲で親しまれている楽曲。サキソフォンとピアノで聴く音楽は初めてである。2番目の大きさのアルトサクソフォンを中心にして時折ソプラノやテナーに持ち替えての演奏は圧巻であった。何十回となく聴いていた「ラプソディ・イン・ブルー」でこんなに楽しく面白く聴けたことはない。そういう意味では今回のコンサートは大満足であった。
惜しむらくは反田恭平のピアノ・ソロがもっと聴きたかった。彼のピアノ・リサイタルを心待ちにしたい。

P席とRA、LA席は販売せずに前売券は完売、当日券のみの売り出しで1000名以上の客は入ったと思われる。Kitara会員限定コンサートとして開催された格安料金でのコンサート。これを機会に会員が増えてくれば良いのだが、、、。

コンサート会場は一気に盛り上がって帰りのサイン会に並ぶ行列は凄かった。管楽器関連の賑わいは普段のクラシックコンサートと少々違う賑わいを見せていた。





石川祐支&大平由美子 デュオ・リサイタル

石川祐支(cello)&大平由美子(piano)デュオは2014年9月以来の2年ぶりのリサイタル。前回は重量級のプログラムで少々力みがあった感じがした。今回もベートーヴェンとブラームスのソナタの入るプログラムで重厚感があり、二人は共演を重ねて経験を積んでいて期待できそうである。

2016年11月4日(金) 7:00PM開演 札幌コンサートホールKitara小ホール
 
〈Program〉
 ストラヴィンスキー:イタリア組曲(チェロとピアノ版)
 ベートーヴェン:ピアノとチェロのためのソナタ第2番 ト短調 作品5-2
 ドヴォルザーク:「ボヘミアの森」より “森の静けさ”
 ブラームス:ピアノとチェロのためのソナタ第1番 ホ短調 作品38

ストラヴィンスキー(1882-1971)は〈3大バレエ〉で有名な現代作曲家である。「イタリア組曲」の原曲がバレエ音楽「プルチネッラ」とは知らなかった。アバド指揮ロンドン響による全曲のCDを所有している。管弦楽のための「プルチネッラ組曲」は演奏会で聴いたことがある。室内楽のために5曲から成る「イタリア組曲」として発表されたのが1932年という。
チェロの巨匠ピアティゴルスキーの意向を汲んで書かれたのでチェロ作品として難曲中の難曲と知られているそうである。色々な技巧が駆使されていて石川の演奏は見事で魅力的であった。バレエ音楽の雰囲気もあるが、特に第4曲“タランテラ”での超絶技巧が目を引いた。大変面白い曲として聴けて楽しかった。

ベートーヴェンの「第2番」のCDは持っていない。第3~5番はロストロポーヴィチ&リヒテル、マイスキー&アルゲリッチのCDは持っているのだが、初期の作品は聴いたことがなかった。
曲は2楽章構成。第1楽章がアダージョの長大な序奏と、それに続く流麗なアレグロでスケールが大きい楽章。第2楽章はロンド形式で表情豊かな曲作り。チェロもピアノと対等な役割を担うがピアノ・パートが際立った演奏技巧を披露する曲。第3番以降のチェロ・ソナタと遜色のない曲だと思えた。

ドヴォルザークはピアノ二重奏曲「ボヘミアの森より」6つの描写的小品を書いていて、その後に第5曲「静けさ」をチェロのピアノのための二重奏曲に編曲した。5分余りの曲でドヴォルザークならではの美しい旋律。原曲の第5曲のみカセットかCDで聴いていることが判った。

ブラームスのチェロ・ソナタはデュ・プレ&バレンボイムのCDがあるので今日の午前と午後2回聴いておいた。3回目に耳にした生演奏が、やはり生き生きとした演奏となって聴きごたえが違った。
「第1番」を書き始めたのは29歳の時だったが、この頃は悩み事が多くて作曲が思うように捗らなかったようである。30歳でウィ―ンのジングアカデミーの指揮者に就任したが、満足のいく職でなくて8ヶ月後に辞任した。故郷ハンブルグのフィルハーモニック指揮者を目指したが、実現しなくて悩んでいたらしい。曲の完成は3年後であった。
このソナタからは、若き日のブラームスの心の葛藤や秘めた思い、激情、故郷への郷愁などが綴られている。チェロの物悲し気な旋律が心に響き渡る。チェロとピアノが激しく対立しながら曲を彩る。ブラームスらしいドラマ性を感じさせる曲作りであると思った。

このデュオは人気があって多くの聴衆を集める。演奏終了後には盛大な拍手が送られた。
アンコール曲は「ドヴォルザーク:母の教え給えし歌」。

今回のコンサートはCD発売記念として開催された。終演後のサイン会で多くの客がホワイエに列を作っていた。
石川祐支が札響首席チェロ奏者に就任してから11年、オーケストラのチェロのソロ・パートでも素晴らしい音色を毎回響かせている。札響になくてはならない存在で、他のオーケストラと共演してのコンチェルト演奏、室内楽での活動などで私自身聴く機会が結構ある。
大平由美子はベルリン芸術大学卒業後、2008年に帰国するまでベルリンで幅広く活動していた。彼女のプロフィールを読むといつも私の学生時代を思い出す。当時ラジオを通して歌声を聴いていたドイツ・リートの20世紀伝説の歌手、シュワルツコップやフィッシャー=ディースカウの許で彼女は伴奏法などを学んでいたというからピアノの実力のほどが推し量れる。同時に親近感も沸く。現在は札幌在住で地元の音楽界に多大な貢献をしている。
石川と大平の相性も良いようであり、今後も定期的にデュオが続いていくことを期待する。

※昨年11月4日はピリス&メネセスのデュオ・リサイタルの日であった。私は心臓のバイパス手術を受けた日で翌日までICUで昏睡状態にあり、親戚にチケットを譲って聴いてもらった。医学の進歩は驚くべきもので今では月10回ほどのペースでKitaraに足を運べるほどに健康を取り戻している。音楽は心を安らかにして気を楽にしてくれる。私にとってクラシック音楽は健康の源である。


ウラディーミル&ヴォフカ アシュケナージ ピアノ・デュオ 2016

2014年3月以来のアシュケナージ親子の札幌公演。ウラジーミル・アシュケナージは昨年11月には指揮者として札響定期に登場して鮮烈な印象を残した。2011年に始まった長男ヴォフカとのデュオによる日本公演も定期化しているようである。2年ぶりに聴けるピアノ・デュオを楽しみにしていた。

2016年5月11日(水) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈PROGRAM〉
 グリンカ(リャプノフ編曲):幻想的ワルツ ロ短調
 スメタナ:モルダウ
 ラヴェル:スペイン狂詩曲
 ラフマニノフ:交響的舞曲 op.45
 
グリンカ(1804-57)はロシア国民楽派の祖と仰がれる作曲家。彼の作品は《歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲》しか知らなかった。「幻想的ワルツ」は近代ロシアのワルツの原点として愛好されているという。1939年に作曲されたこの作品の原曲はピアノ独奏曲。今回の2台ピアノ版はロシア国民楽派末期の作曲家・ピアニストによる編曲。7分程度の小品。チャイコフスキーにも影響を与えたことが感じられるイタリアで学んだヨーロッパ音楽の雰囲気があった。

本日演奏の4曲とも〈2台のピアノのための4手版〉で2年前のコンサートでも意外に思ったのだが、2台ピアノ版はごく普通に作曲されていたことを再確認した。当時の音楽界では当たり前のことだったようである。

チェコ国民音楽の祖、スメタナ(1824-84)については書くまでもない。オーストリア支配下の祖国でチェコ独自の音楽を作り上げ、代表作《連作交響詩「わが祖国」》の第2曲「モルダウ」は最も有名な作品として演奏される機会が極めて多い。原曲はオーケストラ曲で、2台ピアノ版はアシュケナージ編曲かなと想像していたら、何とスメタナ自身の作曲というから驚いた。メロディは耳慣れていても違う曲のように聴ける新鮮さがあった。

フランスとスペインの国境近くのバスク地方に生まれたラヴェル(1875-1938)はスペインの異国情緒が漂う独特な曲作りで知られる。スペインの民族音楽をそのまま使うのではなく独自の創造性を出している。彼の大部分の管弦楽曲はピアノ曲からの編曲であり、オリジナルの管弦楽曲にもピアノ版がある。ラヴェルの創作活動の特徴だと思う。「スペイン狂詩曲」はケント・ナガノ指揮ロンドン響とインバル指揮フランス国立管のCDを持っているが、メロディが浮かんでくる程には曲に親しんでいない。1908年完成の曲はラヴェルの最初の本格的なオーケストラのための作品。全体は4曲構成で17分程度の作品。第3曲の「ハバネラ」は1895年に2台ピアノ用に書かれた。残る3曲は1907~08年に先ず2台ピアノ用に書かれたという。本日の演奏は勿論2台ピアノ版による。

ラフマニノフ(1873-1943)の「交響的舞曲」は昨年10月の札響定期で広上淳一指揮による演奏をコンサートで初めて聴いて面白いと思った曲。この作品もピアノ版があるとは知らなかった。亡命したアメリカに滞在中の1940年に先ず2台ピアノ版が完成し、彼の自宅でラフマニノフ自身とホロヴィッツによって私的に初演されたという。オーケストラ版は翌年オーマンディ指揮フィラデルフィア管が初演だそうである。晩年になって悩みから解放されたのか自由な曲作り。若い時の自作の引用もあり、祖国への郷愁も表現されている感じもした。ワルツも幻想的で、ラフマニノフ独特の魅惑的な音楽を楽しめた。

今日は安い席のRAから鑑賞したが上手のピアノでヴォフカが使うiPadの楽譜が目を引いた。2年前にはステージ正面からiPadが見えて面白いと思った。今回は画面も見えて譜めくリストの手の動きも観察できて興味深かかった。

アンコール曲は「シューマン:カノン形式の練習曲」。前半、後半ともに40分程度の演奏。終了時間はいつものコンサートより早めの時間だった。帰りのサイン会には長蛇の列で聴衆の数に比しては多い人の群れはアシュケナージの人気の高さが窺がえた。私自身は12年前にサインをもらっていたこともあって長蛇の列に並ぶのを控えた。3週間程の間を置いてのKitaraでのコンサート。体調も漸く回復して、これからは週2回のペースでコンサートを楽しめそうである。

藤原浜雄(vn)&三上桂子(pf) デュオ

三上桂子プロデュース MOSTLY CHAMBER MUSIC
第17回モ―ストリー・チェンバー・ミュージック

三上桂子という名の音楽家がKitaraで毎年コンサートを開いていることは何となく分っていた。今回は藤原浜雄のヴァイオリンを聴いてみたいと思って2ヶ月ほど前にチケットを購入していた。1994年2月の札響定期にソリストとして出演して「コルンコルド:ヴァイオリン協奏曲」を弾いた記録が手元にある。それ以来、彼のソロは聴いていなかった。

2016年3月9日(水) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

藤原浜雄(Hamao Fujiwara)は1947年神奈川県出身。67年日本音楽コンクール第1位。68年パガニーニ国際第2位、71年エリザべート王妃国際第3位(いずれも当時の日本人最高位)。桐朋学園に学び、ジュリアード音楽院に留学。その後、20年以上アメリカで活躍。92年に帰国して同年11月から2012年3月まで読売日本交響楽団首席ソロ・コンサートマスター。93年より桐朋学園大学院教授、東京音楽大学客員教授。

三上桂子(Katurako Mikami)は札幌市出身。桐朋学園に在学中の1965年日本音楽コンクール第1位。ロン=ティボー国際コンクール特別賞。パリ音楽院、ジュリアード音楽院に学ぶ。カーネギー・ホールでデビュー・リサイタルほかアメリカ各地でソロ、室内楽で活躍。アメリカの大学の夏季講座の講師を長年務め、2000年以降はプラハ、ライプツィヒ、ウィ‐ンの音楽祭や昨年はフランスのニス夏期講習の講師にも招かれて国際的に活躍している。現在、桐朋学園大学名誉教授。

〈Program〉
 シューベルト:華麗なロンド ロ短調 作品70 D895
 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンの為のパルティータ第1番 ロ短調 BWV.1002
 ショパン:バラード第4番 ヘ短調 作品52
 プロコフィエフ:ヴァイオリンとピアノの為のソナタ ヘ短調 お作品80
 サン=サーンス:序奏とロンド・カプリッチオーソ 作品28

シューベルトのヴァイオリン・ソナタの作品は数少ない。このロンドもピアノ曲かヴァイオリン曲か分らなかった。単一楽章ではあるがスケール大きく、ヴァイオリンとピアノが対等に渡り合う古典派の作品。曲想が華やかで、最初から最後まで力強い作品。ピアノの打鍵の速さも含め技巧性が際立ちモーツァルトよりはベートーヴェンを意識した作品のような感じがした。

バッハの「第1番」はアルマンド、クーラント、サラバンド、ブーレという4つの古典舞曲の組み合わせ。第2番や第3番と違って、第1番にはドゥブルが各4曲に付いている。Doubleの意味が今まで解っていなかったが今回“変奏”の意味だと判明した。

ショパンの「バラード第4番」は最近コンサートで取り上げられる機会が多い。内容的にも技巧的にもピアニストが挑戦し甲斐のある曲なのだろう。シューベルトの曲でも目についたが、この曲で思ったより打鍵の速さが目に留まった。馴染みのメロディで心地よく聴けた。

プロコフィエフのヴァイオリン曲は珍しいと思っていたが、先月のDaishin&リフシッツのコンサートで聴いたばかり。デュオでこの曲に取り組むのは大変なのだろうと思った。作曲当時のソ連社会でプロコフィエフが社会主義リアリズムの体制の中で自分の主張を貫き通すことは並大抵で無かったことは容易に想像がつく。作品には陰鬱さ、怒り、恐怖も汲み取れるが、ロマンティックで魅力的な旋律もあらわれる。巧みな曲作りが見て取れる。世界で話題のデュオに比べてオーラは欠けていたが難曲への取り組みからそれなりの成果は感じ取れた。

サン=サーンスがヴァイオリンの名手サラサーテのために書いた作品。初演はサラサーテの独奏と作曲者自身の指揮による管弦楽で行われた。スペイン風の艶やかな曲で気品も漂う作品。ヴァイオリンの名曲として広く親しまれている。玄人受けする本日のプログラムでヴァイオリンの技量が見事に披露された。

日本を代表する名ヴァイオリニストの演奏を堪能した。三上は夫君藤原浜雄に引けを取らないピアニストの力量を存分に発揮した。日本の著名なピアニストの名に彼女の名がないのは長年アメリカに拠点を置いて活躍していたせいなのかもしれないと思った。50年ほど前の日本音コンで優勝した後も二人はたゆまぬ努力を続けている姿が見て取れた。

アンコール曲は2曲。①「チャイコフスキー:憂鬱なセレナード」、 ②「サラサーテ:ザパテアート」。

帰りのエスカレータで“素晴らしかったですね!”と年配のご婦人に声をかけられた。見知らぬ人だったが、“そうでしたね”と応えてタクシー乗り場へと急いだ。本日の聴衆の数は多くなかったが、聴く人の心に響くコンサートであった。
プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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