ヴィットーリオ・グリゴーロ主演のMET《トスカ》

プッチーニは「ヴェズリモ・オペラ」として代表的なイタリアの作曲家。「ボエーム」、「トスカ」、「蝶々夫人」などの悲劇的オペラで聴く者の心を打つドラマで後世に残る作品を遺した。作品の中の名アリアも親しまれている。
海外歌劇場の札幌公演を都合のつく折に旭川から聴きに来ていたのが1970年代だった。当時はモーツァルトやビゼーの作品が多かったと思う。札幌に転勤してからは北海道二期会の珍しい演目のオペラ公演で度々会場に足を運んだ方である。北海道芸協の配慮で海外のオペラ・バレエを2000年代まで低料金で楽しめたのは忘れられない。

2011年に札幌オペラ映画愛好会のお陰でドミンゴとパヴァロッティが主演した映画会が年4回上映されたことがあった。《トスカ》はドミンゴ主演で本格的に味わえるオペラ映画(1976年)であった。その後、Kitara の大ホールを会場にして2012年10月ウィ-ン・バーデン市劇場のオペラが上演された。《トスカ》を1階7列で生のオペラの迫力を十分に楽してめ、特別にKitaraから「カラス主演サバータ指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団のCD」をもらった。
この時のライヴは舞台装置も簡素で限られた条件の下で開催されたが、結構満足できるものであった。

7年ほど前からMETビューングでタイトルにも馴染んでいなかったオペラを鑑賞するようになった。5年前にMETで「トスカ」の上演があったが、その際は鑑賞しなかった。今回は主演のカヴァラドッシ役がグリゴーロなので鑑賞予定に入れていた。Kitaraや時計台のボランテイア活動が続いていて日程の調整が大変だったが無理をした。

ヴィットーリオ・グリゴーロは3年前の《ホフマン物語》で彼の甘い魅力的なテノールの歌唱と演唱に惹きつけられていた。カウフマンに継ぐお気に入りのテノール歌手になっていた。

METビューイング第4作 プッチーニ《トスカ》  新演出
指揮/エマニュエル・ヴィヨーム  演出/デイヴィッド・マクヴィカー
出演/ソニア・ヨンチェヴァ、 ヴィット-リオ・グリゴーロ、 ジェリコ・ルチッチ

全3幕。イタリア語上演。上映時間3時間(休憩2回)

時代と場所/1800年、ナポレオン時代のローマ
主役となる登場人物 3名(歌姫:トスカ、画家/カヴァラドッシ、警視総監/スカルピア)
【簡単なストーリー】
『第1幕、教会』 トスカと画家は恋人同士。画家が教会で絵を描いていると、脱獄した政治犯が同志の画家のもとにやって来る。画家は彼を別荘にかくまうことにする。スカルピアが教会に来て、画家の恋人トスカの嫉妬心を利用して隠れ家を突き止める。
『第2幕、警視総監の執務室』 カヴァラドッシが逮捕されて政治犯が拷問される様子をトスカに見せて、スカルピアは老獪な悪だくみを意図してトスカを誘惑する。トスカは窮地に追い込まれてスカルピアをナイフで刺殺する。
『第3幕、城の屋上』 星が輝く夜明け頃に屋上に連れ出されたカヴァラドッシはトスカに別れの手紙を書く。第2幕でトスカは恋人と自分の通行許可証を発行してもらうことを条件にしてスカルピアに身を任せる決意をしていた。屋上で恋人に会ったトスカは見せかけの銃殺の予定だと話すが、銃を何発も打たれたカヴァラドッシは息絶えていた。トスカは城壁から身を投げ自ら命を絶った。

予定の指揮者や出演者の変更が相次いだためか、全体的にはもうひとつ物足りない感じがした。オーケストラの盛り上げが不足した感じ。第1幕での少年少女を交えた合唱は素晴らしくて、全幕での舞台装置を含めて海外と日本での違いを痛切に感じた。

主役3人は好演。テノールのグリゴーロには最初から最後まで甘いマスクと歌声で魅了されたが、何といっても第3幕の「星は光りぬ」は申し分のない感動的なアリアであった。この名アリアは何度か耳にしているが、オペラの場面で最高の音響で聴けたこともあって今までにない感動を覚えた。ニューヨークの聴衆も従来とは違う反応を示して拍手歓声が長く続いた。グリゴーロはステージでの演技も若い情熱的な芸術家・社会改革派の味を出していた。

ソニア・ヨンチェヴァは彗星の如く現れたように思えたMETの花形。今シーズン「第6作 ラ・ボエーム」、「第9作 ルイザ・ミラー」にも主役で出演が予定されている。マリア・カラスなど歴代の歌姫が演じた情熱の女性を美しい美声で好演した。第2幕で歌った「歌に生き、恋に生き」も見事な歌唱となった。第6・9作は制作発表時から決まっていたようである。今回の第4作は当初、カウフマンとオポライスの主演の予定だったらしい。トスカ役もカヴァラドッシ役もヨンチェバ、グリゴーロにとって初めてだったようである。2人は今回が初めての共演ではなくて、インタビューでグリゴーロはヨーロッパのコンサートで既に共演していて顔見知りだったという。二重唱の場面もあって良かったが、前述の2曲のアリアが大喝采を浴びていた。

第1・2幕でこれ以上ないという悪役を演じたジェリコ・ルチッチは代役としての出演。ヴェテランでスカルピア役を何度か経験しているらしく見事な演唱。

グリゴーロは「ホフマン物語」の後に日本公演のリサイタルがあって日本でも大人気のテノール歌手というのが納得できた。

※「歌に生き、恋に生き」の対訳(対訳者:永竹由幸)
歌に生き、恋に生き、決して他の人に悪いことなんかしてませんでした! 多くの可哀そうな人たちに会いました。そのたびにそっと内緒で助けてあげてきました。いつも心から神を信じて、祭壇にお祈りを捧げました。それなのに神様、この苦しみの時に、どうして、どうして、どうして私にこんな仕打ちをなさるのです? 聖母様のマントに宝石を寄進し、私の歌を、星に、天に捧げ、天はその歌に優しく微笑んで下さったではないですか。それなのに、この苦しみの時に どうして、どうして、神よ、ああ! どうして私にこんな仕打ちをなさるのですか?
※「星は光りぬ」or「星は輝き」の対訳(対訳者:戸口幸策)
星は輝き・・・大地は香り…菜園の戸が軋んで…足が軽やかに砂地に触れた。いい匂いをさせた彼女が入って来て、私の胸に倒れかかった。ああ、甘い口づけ、悩ましい愛撫、そのあいだに私は、震えながら、美しい姿をその覆いから引き出していた!
私の愛の夢は永久に消え・・・時は去り、私は絶望して死ぬ! 今ほど人生をいとおしんだことはない!
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第61回NHKニューイヤーオペラコンサート2018

昨年末の24日を最後にライヴでコンサートを聴く機会がないと少々ストレスがたまる。次回の8日までデジタルコンサートやNHKのEテレなどの音楽番組で間を持たせている。
昨夜は恒例のNHK New Year Opera Concertが開催されたが、私が聴くのは4年ぶりで2回目だと思う。60年も前から開催されていたとはビックリである。

2018年1月3日(水) 19:00開演  NHKホール
指揮/沼尻 竜典   管弦楽/東京フィルハーモニー交響楽団

第1部 モーツァルト・ファンタジー
 モーツァルトの7大オペラを組み合わせながら、人間の愛をファンタジーで構成
 「魔笛」、「フィガロの結婚」、「後宮からの誘拐」、「皇帝ティートの慈悲」、「ドン・ジョバンニ」、「イドメネオ」、「コジ・ファン・トゥッテ」から アリア、二重唱、合唱。 それぞれのオペラの登場人物の愛を描き、語りを挟みながら何となくまとまったストーリーに仕立てあげた脚色はさすがであった。オペラの楽しさが伝わってくる演出。語りは井上芳雄。
出演は黒田博、砂川涼子、林美智子、櫻田亮などの日本の代表的なオペラ歌手。

第2部 没後150年のロッシーニ
 ロッシーニの作と伝えられたが、のちに偽作と判明した「猫の二重唱」は初めて聴く曲。非常にコケティッシュな歌唱で面白かった(歌唱/小林沙羅、市原愛)。
 約40作ものオペラ作曲の後に書いた歌曲2曲。「フィレンツェの花売り娘」(幸田浩子)、「踊り」(村上敏明)は2曲とも聴きごたえのある歌唱だった。(ピアノ/山田武彦)
 オペラの作品ではカウンターテナーとして話題の藤木大地が「タンクレディ」から アリアを歌った。大学時代はテノールだったが、世界的なカウンターテナーとして活躍中で、彼の特徴のある歌声を聴けて良かった。

第3部 ヴェルデイ、プッチーニ、ワーグナー
 ヴェルディの《椿姫》から「乾杯の歌」が藤田卓也と幸田浩子の二人と合唱団による賑やかで馴染みの歌。「さようなら、過ぎ去った日よ」のアリアは中村恵理の演唱で感情が揺さぶられる圧倒的で感動的なものであった。さすが、バイエルン国立歌劇場の専属ソリスト歌手として活躍した人の演唱だった。歌劇の流れの中で歌うのと、前後のつながりが無くて突然歌う曲の違いの難しさは素人でもわかる。そこを超えて感情を投入して歌うのはまさにプロ中のプロであると思った。表現力が豊かで実にドラマティックな演唱であった。、(*日本語では「椿姫」だが、イタリア語では「La Traviata」(道を外した女)。
《ドン・カルロ》から「ヴェールの歌」はアリアと女性合唱、《トロヴァトーレ》からはアリアと男声合唱の舞台も対照的で見事だった。

プッチーニは《ボエーム》から二重唱、《トスカ》から「歌に生き、愛に生き」(大村博美)の有名なアリアで会場の大拍手を浴びていた。

ワーグナーは《ニュルンベルクのマイスタージンガー》からフィナーレ。日本のテノールの第一人者、福井敬とバス歌手の妻屋秀和
による輝かしい歌唱に合唱団が加わる見事なフィナーレの場面。

歌手が約20名、新国立劇場合唱団、二期会合唱団、びわこ声楽アンサンブル、藤原歌劇団合唱部の4団体も加わっての華やかな舞台であった。
コンサートの最後は《こうもり》からの曲で出演者がシャンペン・グラスを片手に持ちながら葡萄酒の歌で乾杯! 盛大なコンサートが幕を閉じた。


METライブビューイング2017-18 第2作 モーツァルト《魔笛》

2011年からMET Live Viewingを鑑賞しているが、実演を観たことがことのないオペラを中心に鑑賞計画を立てている。今回の「魔笛」は2001年にチェコ国立ブルノ歌劇場オペラ(*旧北海道厚生年金会館で総勢180名の公演)とKitara Mozart Yearの2006年にプラハ室内歌劇場公演で2回実演を観たこともあって、どうしようかと思っていた.。引越し公演では難しい豪華な舞台と世界的歌手出演のオペラはライブビューイングであっても観ようと決めた。

《魔笛》はドイツ語で《Die Zauberflote》(魔法の笛or魔法のフルート)。モーツァルトの生涯最後の年に作曲され、死の僅か2ヶ月余り前に初演されたモーツァルトの最高傑作オペラのひとつ。

指揮/ジェームズ・レヴァイン、演出/ジュリー・ティモア、出演/ルネ・パーペ、マルクス・ヴェルバ、キャスリン・ルイック、ゴルダ・シュルツ、チャールズ・カストロノヴォ
舞台は架空の時代のエジプト。全2幕。ドイツ語上演。

[あらすじ] 王子タミーノが大蛇に襲われて気を失ったが、夜の女王の3人の侍女に救われる。たまたま通りかかった鳥刺しパパゲーノが自分が助けたと嘘をつき、彼女たちに口に錠をかけられてしまう。夜の女王がは王子にザラストロスに捕らわれた娘のパミーナを救出してほしいと頼む。魔法の笛を受けたタミーノと同じく魔法の鈴を受けたパパゲーノの二人はザラストロスの神殿に向かう。美しいパミーナと出会ったタミーノはお互いに運命の人と感じる。悪人は夜の女王と悟ることになる。
ザラストロスは3つの試練を課すが、二人は力を合わせて魔法の笛の力で試練を乗り越える。パパゲーノも恋人を得ようと試練に立ち向かって脱落するが、魔法の鈴のお陰でパパゲーナに出会い恋に落ちる。いきさつを知った夜の女王が復讐のために侍女達と神殿に乗り込むが、雷鳴に打たれて闇の底に落ちる。ザラストロスに後継者と認められたタミーノとパミーナは祝福を受けて、すべての人がイシス神とオシリス神を讃えて幕となる。

全編が恋と冒険の愉快なメルヘンの世界。後半に登場したザラストロ役のルネ・パーペはパス歌手としてMETのヴェテラン。役どころからも絶大な存在感を発揮していた。鳥刺しパパゲーノのマルクス・ヴェルバの名は10月末のデジタルコンサートホールの時に知った。ヤニック・ネゼ=セガン指揮ベルリン・フィルでブラームスのドイツ・レクイエムにバリトン歌手として出演していた。リートとオペラでは全く違う役を見事に熱演していた。劇中での愉快な狂言回しも巧みで、もちろん有名なアリアも楽しく聴けた。このオペラの最大の主役はこの二人だった。
歌としては「夜の女王」のアリアがこのオペラで最も華やかで聴きどころがあると思う。コロラトゥーラ・ソプラノ歌手ルイックが担当した。出番が少なくて、強烈な印象が少々不足していた。特徴のある衣装ではあったが、もう少し気品のある衣装でも良かったのではと思った。
タミーノ役のカストロノヴォは全編を通して出番は多かったが、歌手としてより役者としての印象度が強かった(過度のメーキャップが気になった)。勿論、若々しい明るい声のテノールは良かったのだが・・・。パミーナ役のシュルツが歌うアリアもあったが、それほど鮮烈な印象は受けなかった。 
初めて観るオペラと違って、このオペラのハイライトはオペラ全集に入っていることもあって、アリアや二重唱は何度か耳にして親しんでいる(*1964年のCDではシュワルツコップやルートヴィヒが侍女役で歌っているのに気づいて、その端役に驚いた)。

今回のオペラでは6頭のクマの動物が操り人形姿で踊ったり、何羽もの鳥の形を頭につけて登場したりする姿もあってメルヘンの世界が楽しく描かれる演出も面白かった。3人の可愛い少年の登場も魔法の物語に彩を添えていた。合唱団を含めて登場人物が
多いのもMETならではである。
ドラマティックな歌声で、物語も劇的に変化する人間ドラマの方に慣れてしまっている自分があって、感動を味わうところまでは行かなかった。私の反応を聞いて、妻も鑑賞するかどうか決めるようである。彼女もすっかりMETにはまっている。上映時間が前回は20分、今回も40分ずれて終了した。シアターに入る直前に知らされるのは不便である。次回以降は鑑賞前に映画館に確認が必要になった。

※指揮のレヴァインに対するリンカーン・センターの観客の声援ぶりは凄いと思ったが、最近のマスコミを賑わしたトラブルが今後にどう影響するか心配である。

METライブビューイング2017-18 第1作 ベッリーニ《ノルマ》

ベルカント・オペラの3人の作曲家ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニの中で今まで一度もオペラを鑑賞する機会のなかったベッリーニの作品は観てみたいと思っていた。彼の代表作「ノルマ」と「夢遊病の女」はオペラの一部がマリア・カラスのCDに収録され、オペラのタイトルは知っていても内容は殆ど知らないでいた。コンサートで日本の代表的なソプラノ歌手・森麻季が取り上げていたことはあった。近年、再評価が一段と高まっているオペラ作曲家のようである。
「ベル・カント」というイタリア語は美しい歌い方の意味で単純な言葉だが、ベルカント唱法は主にソプラノやテノールの歌唱についての呼称のように思う。
ベッリーニ(1801-1835)は歌手が感情を込めて歌う美しい旋律を書き、ヴェルデイへの道を切り開いたオペラ作曲家として知られる。

今シーズン第1作 ベッリーニ《ノルマ》
指揮/カルロ・リッツィ  演出/デイヴィッド・マクヴィカー
出演/サンドラ・ラドヴァノフスキー、ジョイス・ディドナート、ジョセフ・カレーヤ、マシュー・ローズ
全2幕  イタリア語上演  上映時間:3時間27分(休憩1回)

[あらすじ] 紀元前50年ごろ(*シーザー、クレオパトラの時代)、ローマ帝国の支配下にあったガリア地方(*現在の北イタリア、フランス)ではドルイド教と呼ばれる宗教が信じられていた。ドルイド教の尼僧長(巫女)ノルマは神に仕える身でありながら、ローマ帝国の将軍ポッリオーネと恋に落ち、2人の子どもをもうけていた。将軍はノルマに飽きて、若い巫女のアダルジーザに心を移していた。禁断の愛に悩んでいたノルマは、同じく恋の悩みを持つアダルジーザの相談に乗っていたが、相手が同じポッリオーネと知った途端に彼の不実を激しくなじる。
ローマとの戦いが始まり、将軍が恋人に会いに神殿に忍び込んで、人々に捕えられて来る。元に戻るなら、命は助けるというノルマの言葉を彼は拒否する。怒りに燃えたノルマは全員を招集して、一人の巫女を生贄にすると宣言する。しかし、ノルマが口にしたのは自分の名前だった。今までの罪を告白して、子どもの命乞いをするノルマを見て、ポッリオーネは改心する。人々に用意させた火刑台(かけいだい)にノルマが向かうシーンで幕。

信仰の証として暮らす人々の地が森なので、舞台装置が立派で、5面舞台を持つ大掛かりな装置を持つMETならではの工夫もあったが、森の場面で全体が暗めになっていた。舞台装置の凄さが伝わってこなかった。
今回のオペラで圧倒的な存在感を放ったのが3人の歌手陣。タイトルロールを歌ったラドヴァノフスキーは「ロベルト・デヴェリュー」でのエリザベス一世役が凄い演唱で強烈な印象を与えられていた。METに200回出演の大歌手だが、名を知ったのは昨年が初めてだった。ソプラノ最難関の役と言われるノルマはカラスの得意役であったが、名高いソプラノ歌手が誰でもこなせる役ではないらしい。第1幕で歌われる有名なアリア「清らかな女神よ」は“神はまだ争いは望まぬと告げ、月の女神に平和を祈る”。素晴らしい心を打つアリアで極めて印象的であった。ラドヴァノフスキーは全編を通して、女として、母として、指導者として生きる姿を好演。

ディドナートは最も人気の高いメゾ・ソプラノ歌手として有名で、MET出演も多いが、METビューイングで観るのは今回が初めてだった。少し前にベルリン・フィルと共演している様子を見たが、今回の歌唱力と演技力には感動した。METの看板メゾとして活躍しているが、オペラだけでなく、コンサートにも出演していることで彼女の実力のほどが分かる。コロラトゥーラの技術も凄いが、同時に強い感情を湛えた表現力が凄い。ポッリオーネとの「愛の二重唱」も素晴らしかったが、ノルマとアダルジーザがお互いの友情を確認して歌う有名な美しい二重唱は特に心に響いた。同じ旋律でも、感情は別であるのが伝わってくるのは2人の歌手のヴェテランの味なのだろう。純真さと献身的な心を見事に表現したディドナートに魅了された。

主役3人のうちのポッリオーネは身勝手な振る舞いを続け最後に改心するが、歌唱力と堂々とした姿で異彩を放った。カレーヤの高音は凄く魅力的で、特に「愛の二重唱」や「恋の修羅場の三重唱」は聴かせどころであった。

多くの人々が歌う合唱にも迫力はあったが、歌手陣の大健闘が光るオペラであった。

ここ数年は妻もオペラが大好きになって、今シーズンも3枚セットのムビチケカードを購入して鑑賞の予定だった。スケジュールの調整がつかなくて、今回は断念しようかと思っていたらしい。私の感想を聞いて、明日午後3時のコンサート鑑賞の前にMETの予定を組むようである。METビューイングは1週間上映なので、自分の都合の良い日を選べるのが、普通のコンサートと違う便利なところである。

METライブビューイング2016-17 第10作《R.シュトラウス:ばらの騎士》

216-17シーズン最後のMET作品《ばらの騎士》は見逃すまいと思っていた。ニューヨークのリンカンセンターの前に立ってカメラを回したのが1967年7月でメトロポリタン歌劇場(MET)が移転した年だった。内部には入れなかったが、METライヴビューイングの度に毎回目にするリンカンセンターの光景に50年前を懐かしく思い出して今回は特に感慨一入であった。

タイトルの「ばらの騎士」はウィーンの貴族が婚約の申し込みに際して立てる使者のことで、婚約の印として銀のバラの花を届けることからの呼称。
リヒャルト・シュトラウスのオペラはオーケストラの役割が伴奏にとどまることが多かった19世紀前半のイタリア・オペラでのものと違って、極めて複雑なものになっている。
物語の舞台はハプスブルク王朝時代の末期で第一世界大戦前のウィーン。台本はオーストリアの文豪、ホフマンスタール。R.シュトラウスが書いたオペラはモーツァルト風のオペラで、プロットは「フィガロの結婚」に似ている。新演出。ドイツ語上演。3幕。上映時間:4時間20分(休憩2回)。

【第1幕】ヴェルデンベルク侯爵夫人の寝室。 元帥夫人は夫の留守中に年下の愛人(17歳2ヶ月)であるオクタヴィアン伯爵と逢引きをした。翌朝、従兄のオックス男爵が貴族になったばかりの家の娘ゾフィーと婚約したので薔薇の騎士を務める青年を推薦してほしいと頼みに来た。オクタヴィアンは慌てて小間使いに女装し、男爵と顔を合わす。皆が帰ってから元帥夫人は憂鬱になる。

【第2幕】新興貴族ファーニナルの邸宅。 結納の日に薔薇の騎士が銀のバラを届けに来る。ゾフィは下品な振る舞いを続ける初老の男爵に幻滅し、オクタヴィアンに助けを求める。2人の間に恋が芽生える。オクタヴィアンがゾフィのために剣を抜いて男爵と争いになる騒動が起こる。その後、男爵は小間使いから来た逢引きの手紙を見て機嫌を直す。

【第3幕】娼婦の館。 密会の場所にやってきた男爵は小間使いを口説く。オクタヴィアンが男爵を懲らしめようと策略を用意していた。騒ぎが大きくなって、警官や軍人、ゾフィー、彼女の父や元帥夫人までやって来て、男爵は事の真相がわかる。元帥夫人はオクタヴィアンとゾフィの愛を知り、身を引く決意をして二人を祝福して去る。

元帥夫人役のルネ・フレミングはアメリカが生んだスター歌姫。91年のMETデビュー以来、同歌劇の看板プリマとして君臨。14年「ルサルカ」、15年「メリー・ウィドウ」を観た。膨大なレパートリーを誇り、リリック・ソプラノとして艶のある美しい歌声は衰えていないが、今回で元帥夫人役は最後にするようである。高貴で気品のある役は彼女のはまり役だった。

オクタヴィアン役のエリーナ・ガランチャはラトヴィア出身のメゾ・ソプラノ歌手としてソプラノのネトレプコと並び称される美貌と歌唱力を兼ね備えたスター歌手。14年「マスネ:ウェルテル」、15年「ドニゼッティ:ロベルト・デヴュリュー」で魅力的な歌手として記憶していた。ズボン役も風貌から全然違和感は無いが、オクタヴィアン役は丁度17年2ヶ月にもなる今回でピリオドを打つつもりのようである。

フレミングとガランチャの2大スターの組み合わせは大成功だと思った。オペラのタイトルと2大スター歌手の出演が魅力的で今回は観客が凄く多かった。

ゾフィ役のエリン・モーリーもリリック・ソプラノで高音が得意なようで初々しい個性的な演唱で堂々としていた。オックス男爵役のギュンター・グロイスペックはバスの低音で難しい役をこなすヴェテラン歌手のようであった。マシュ・ボレンザーニがイタリアの名歌手カルーソーのような素晴らしい歌声で登場したが、その後にMETビューィングの案内役を務めた。テノールのアリアを突然はさんでイタリアのオペラを揶揄するような場面となり、シュトラウスのイタリア・オペラに対する偏見のようなものが垣間見えた。

オーケストラは随所でシュトラウスらしい官能的で色彩的な音楽も入ったが、全体的にモーツァルトのような軽妙で透明な音楽で楽しめた。ウィーンナー・ワルツが流れる場面はウィーンの雰囲気が出て心地良く聴ける。指揮のセバスティアン・バイグレの名は知らなかったが、1961年ドイツ出身の指揮者で2000年にMETに登場し、07年にバイロイト音楽祭にデビューを果たしており、オペラ指揮者として名高いようである。今回の指揮ではセリフを伴う曲で歌手に合わせる演奏に気を配る場面が多くて大変なようであった。

アリアは無かったが、自分の想いを独自に歌う三重唱は光った。「ばらの騎士の三重唱」として知られるようで印象的な場面であった。自己所有のオペラ全集に収録されているR.シュトラウスのオペラは「ばらの騎士」(*1971年バーンスタイン指揮ウィー・フィルの録音)と「サロメ」。改めて「ばらの騎士」の注目の高さが分かった。

※オペラを鑑賞したのが昨日、今日の午前中は時計台のボランテイア活動。初めて活動に参加した若い女性と一緒だったが、インドネシアの家族や関西のご婦人グループに感謝され、それぞれカメラに収まって気持ちの良い半日を過ごした。明日・明後日とKitaraのボランティア活動が続く。結構、忙しいスケジュールを作っているが、これも身体が動けるから出来ることで、やり甲斐を感じながら活動を続けている。コンサート鑑賞も月末に4回ある。












METライブビューイング2016-17 第8作《モーツァルト:イドメネオ》

モーツァルトの序曲集に《イドメネオ》が入っていて何度か「序曲」は聴いているが、メロディには親しんではいない。今までコンサートで演目になった記憶もない。オペラのタイトルを知ってはいてもストーリーは全く知らない。そんなわけで今回はこのオペラ鑑賞を予め日程に入れていた。

指揮/ ジェイムズ・レヴァイン   演出/ ジャン=ピエール・ポネル
出演/ マシュー・ポレンザーニ、 アリス・クート、 エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー、 ネイディ-ン・シエラ

全3幕。舞台はトロイア戦争後のクレタ島。イタリア語上演。
クレタ王イドメネオの息子イダマンテは戦争に負けて囚われの身となっているトロイア王女イリアを密かに愛している。クレタに逃れているアルゴスの王女エレットラもイダマンテを愛している。
戦争からの帰路で海で嵐に巻き込まれたイドメネオは海神ネプチューンに助けてもらう代償として、帰還して最初に出会った人間を生贄にして差し出す約束をした。その人物が自分の息子だった。
イドメネオの家臣アルバーチェが王の遭難を告げ、人々は悲しみに沈む。
イダマンテはトロイアの捕虜たちに自由を与えると告げ、イリアに愛を告白する。捕虜の解放に反対するエレットラはイダマンテとイリアの2人を見て嫉妬と復讐の念に燃える。
アルバーチェは王から事の次第を聞いてイダマンテとエレットラを一緒にアルゴスに行かせて海神の鎮まりを待つ策を取る。王の命に従って船出しようとすると嵐が起こって怪獣が現れる。怪獣を退治しに赴くイダマンテ。自分を避ける父の想いが解らない息子。怪獣退治に成功して勝利の合唱の中を帰還したイダマンテはイドメネオの真意を知り、潔く死を決意する。イリアが身代わりを申し出る。海神の像が動いて、神の声で「イドメネオは退位して、イダマンテがイリアを王妃にして即位するように」告げる。人々の喜びの合唱で幕を閉じる。

歌手で名を知っていたのはイドメネオ役のポレンザーニのみ。5年前のMET《愛の妙薬》で聴いて印象に残っていた。悩める王を見事な演唱で表現したMETのスター的存在。
メゾソプラノのクートはズボン役を主に得意とする歌手だそうである。余り違和感は無かったが、主役のズボン役は今まで観たオペラでは無かった。慣れていないせいか女性の配役の方が良かった気はした。
イリア役のシエラは純真無垢な可愛らしい王女として歌唱力も演技も初々しい新進ソプラノ歌手。フロリダ出身だそうだが、今後の活躍が期待される。
エレットラ役のヒーヴァーはとても個性的で卓越した表現力でドラマティックな演唱を繰り広げ異彩を放っていた。
本日の上映は個々の歌手のアリアは良かったが場面の展開に変化がなくてやや盛り上がりに欠けた。

休憩2回を挟んで4時間半。正味200分の大作。指揮者レヴァインとオーケストラピットの映像が普段より多かった。40年以上にわたる音楽監督を昨年で退任したレヴァインに対する敬意を感じた。レヴァインもすっかり健康を回復した様子だった。今回の特別映像はいつもより興味深く、特にレヴァインの1988年当時の《ナクソス島のアリアドネ》上演に際してオーケストラや歌手の指導の様子が放映された。凄く印象に残って良かった。ジェシー・ノーマンとキャスリン・バトルの往年の大歌手の素晴らしい歌声が聴けて感動した。オペラ上演に向けてレヴァインがピアノを弾いて彼らと話し合いながら音楽つくりをしている姿は信じられないような光景で宝物の映像のように思った。




METライブビューイング2016-17第5作グノー《ロメオとジュリエット》

MET2011-12シーズンで上演された《ファウスト》(カウフマン主演)に次ぐグノー作品。前回は文豪ゲーテの作品のオペラ化。シェクスピア没後400年のシーズン中の本作のMET上演はタイムリーな企画だろう。原作は文学作品としてだけでなく演劇、映画などを通してストーリーを知らない人がいないくらい有名である。“Romeo and Juliet”はコンサートではチャイコフスキーの「幻想序曲」、プロコフィエフの「バレエ音楽」で聴くこともある。オペラ作品として観るのは初めてでないかと思う。メトロポリタン歌劇場(MET)では11年ぶりの新制作上演という。
最高の人気と実力を兼ね備えたディアナ・ダムラウとヴィットリオ・グリゴーロという二人の花形歌手の主演とあって観ることにした。グリゴーロは2年前の《ホフマン物語》で魅力的な演唱を披露した。ダムラウの演唱を聴くのは今回が初めてであった。

バートレット・シャーの新演出による初演は2008年にザルツブルク音楽祭で行われ、スカラ座でも上演済み。日本の劇場と違ってヨーロッパの歌劇場やMETは舞台の奥行きがある。バルコニーを含む三層構造の建物を囲む中庭を中心にした舞台装置で小道具を効果的に使用していた。舞台転換を大々的に行わずに全5幕の出し物を休憩1回を挟んで前後半の2幕ものにした。結果的に歌手たちを中心にしたドラマが展開された印象が強く浮き出た。
18世紀、イタリア・ヴェローナの舞台設定。フランス語上演。

大物二人の共演が何といっても素晴らしかった。最初から最後まで情熱的な演唱。ティーンエイジャーとしての役柄に不自然さを感じさせない堂々たる舞台。若さ溢れるロマンティックな場面から、意志を強く持ち愛を貫く若者の姿を二人ともに見事に演じきった。アリアをはじめ愛の二重唱などでの息のあった歌唱は圧倒的でドラマに迫真性があった。3時間近い上演で声量も衰えない熱演、熱唱の舞台に感動した。

グリゴーロは前回も良かったが今回の方が気に入った。ダムラウはインタヴューで「“椿姫のヴィオレッタ”より“ジュリエット”が好き」と答えて今回の初演を楽しんでいる様子だった。

指揮を行ったノセダは1964年生のイタリアの指揮者。97年マリインスキー劇場管首席客演指揮者、02年英国マンチェスターのBBCフィル首席指揮者、07年トリノ王立劇場音楽監督にも就任。MET、スカラ座、ロイヤル・オペラなど欧米の大劇場でも活躍し、世界のメジャー・オーケストラへの客演も多い世界的な指揮者。N響への出演もあり、テレビ中継でも見たことのある馴染みの顔を久しぶりに見た。

プロローグが管弦楽による激しい嵐を思わせる序奏で始まり、キャプレット家とモンターギュー家の憎しみを連想させた。合唱が悲劇のあらましを説明したのも興味深かった。オーケストラは毎回そうだが、ノセダが歌手たちを引き立てる役目に徹していた。オペラのフィナーレが原作と違っていた。最後に二人で会話をしながら、“神様、私たちをお許しください”と言って一緒に息絶えたシーンはとても印象的な場面となった。



METライブビューイング2016-17 第4作 ヴェルディ《ナブッコ》

ヴェルディは26作のオペラを遺した。ヴェルディのオペラは圧倒的に上演回数が多いと思う。《椿姫》、《リゴレット》、《アイーダ》などは海外歌劇場の札幌公演をライヴで見たことがあるが、ほんの数作にしか親しむ機会がない。《ナブッコ》は「序曲」をコンサートで数回聴いたことがあっても、オペラの内容は全く知らなかった。今回はドミンゴが出演するとあって是が非でも観ようと計画していた。
所有しているオペラ全集のCDに《ナブッコ》は「行け、わが思いよ、黄金の翼にのって」の合唱曲のみが収録されていた。今回あらためて耳にしてみた。美しい旋律の曲で、イタリアでは第2の国歌と呼ばれるほど親しまれているようである。

《NABUCCO》 紀元前6世紀のエルサレムとバビロニアの闘いを主題にした物語。全4幕(第1・2幕80分、第3・4幕66分)。上映時間3時間5分(休憩1回)。イタリア語上演。
 
〈ストーリー〉神殿に集まった人々がナブッコが率いるバビロニア軍の来襲におびえている。ナブッコには二人の娘がいる。神官ザッカーリアはナブッコの娘、フェネーナを人質に取ってバビロニア軍を撃退しようとする。フェネーナを愛するエルサレム王の甥イズマエーレは彼女を救い、味方の怒りを買う。フェネーナの姉、アビガイッレはイズマエーレを愛していたが、彼に拒絶されて復讐を誓う。古文書を見つけて自分が奴隷の娘と知ったアビガイッレは復讐心に燃え、王位を狙う。エルサレムを征服したナブッコ王は神を自称して怒れる神の雷に打たれ狂乱する。やがてアビガイッレに王座を奪われてしまう。アビガイッレは妹を死刑にしようとするが正気に戻ったナブッコが助け出し、王の地位を取り戻す。ナブッコはヘブライ人たちを故郷に返し、アビガイッレは改心して毒を飲んで死ぬ。ナブッコは王の中の王と讃えられる。

指揮はジェイムズ・レヴァイン。レヴァインは1973年にメトロポリタン歌劇場の首席指揮者に就任。75年から40年以上も同歌劇場の音楽監督に任にあった。病気のため音楽監督は辞任したが同歌劇場での指揮活動は続けて絶大な人気を誇る。
METビューイングでオーケストラ・ピットをカメラが追う場面は多くないが、今回はレヴァインに焦点を当てたカメラ・ワークが目立った。車椅子用の特別な指揮台が用意されていて、明るく力強い指揮ぶりが何度も映像となった。観客の拍手と声援が一段と大きかったが、レヴァインに対する歌劇場と観衆の評価と人気の高さがうかがえた。病気に打ち勝ち不自由な体を押して指揮にあたるレヴァインへの敬意の表れには好感を持った。

プラシド・ドミンゴは伝説の世界三大テノールとしてオペラ界の黄金時代を築いた。2011年に彼が主演の歌劇《トスカ》(1976)、《カルメン》(1981)、《オテロ》(1983)の映画を特別鑑賞会で楽しめたのは忘れ難い思い出である。
75歳で往年のテナーではなくバリトンで活躍を続けているが、今回は一応テナーだろうか(?)。柔軟な演唱で後半で一層の存在感を発揮していたと思った。立派な舞台装置で何段もの段を上り下りする演技も大変だろうと推し量った。現役で活躍を続ける偉大さへの称賛がオペラハウスに詰めかけた聴衆の喝采にも表れていた。

アビガイッレ役を演じたモナスティルスカは2012-13シーズンに《アイーダ》のタイトルロールでMETデビュー。強靭な声と卓越した劇的な表現力に秀でた現代を代表するドラマティック・ソプラノ歌手。前回1度聴いただけだが強烈な印象を受けていた。ステージでの存在感は新人当時から異彩を放っていた。今回も凄い迫力で圧倒的な演唱だった。

モナスティルスカと同じウクライナ出身のパス歌手でザッカリア役のベロセルスキーは2011年のナブッコでMETデビュー。METヴェルディ上演では欠かせない旧東側の代表。フェネーナとイズマエーレをそれぞれ演じたバートンとトーマスも米国出身のメゾ・ソプラノとテノールの歌い手として将来性のある歌手。(*ザッカリアが歌う“祈りのアリア”が心を打った。)

個々の歌手が素晴らしいのは毎回のことだが、今回は特に合唱曲が心に響いた。第3幕第2場の冒頭で歌われる「行け、わが思いよ、黄金の翼にのって」(*5分程度の合唱曲)は敵に捕らえられたエルサレムの人々が懐かしい故郷をしのび、しみじみと歌う曲。感動した聴衆のアンコールの叫び声に応えて信じがたいことが起こった。レヴァインのタクトで直ちにアンコール曲として繰り返して歌われた。今まで何十本か観てきたオペラで同じ歌が文字通りアンコールされたのは初めて観た。感動的な場面であった。(*この合唱曲が初演された当時はイタリアはオーストリアの支配下にあって、人々はこの歌にイタリア統一の理想を重ね合わせたようである。)

レヴァインとドミンゴは45年にわたる共演でつながりが深いのが印象に残った。

METビューイングを観るようになって5・6年たつが、この2・3年は妻も観るようになった。1作品1週間1日1回の上映で今まで妻と一緒に鑑賞したことがない。お互いに都合の良い日に鑑賞しているのでスケジュールを無理に合わせていない。今日は偶々、結果的に一緒になった。妻は直前に、予めチケットを買っているが、私は当日の朝にチケットを購入して鑑賞する。偶に一緒に鑑賞するのも悪くはない。

METライブビューイング2016-17 第1作《トリスタンとイゾルデ》

ワーグナーのオペラはMETビューイングで《パルジハル》を観ただけで、殆ど親しんでいない。管弦楽曲集として有名な歌劇・楽劇の「序曲」や「前奏曲」などの音楽はCDで耳にする程度である。
《楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死》はマゼール指揮ベルリン・フィル、レヴァイン指揮メトロポリン・オーケストラによる演奏で聴いている。今回はオペラ全集ワーグナーのDISC3枚に収録されていたバーンスタイン指揮バイエルン放送響withベーレンスの「愛の死」を聴いてみた。

今シーズン第1作《ワーグナー:トリスタンとイゾルデ》の札幌での上映がいよいよスタート。5時間余りの長時間鑑賞はスケジュールを調整してチケットは一昨日購入しておいた。
指揮/サイモン・ラトル、演出/マリウシュ・トレリンスキ。全3幕、 ドイツ語上演。究極の恋愛物語として知られるワーグナーの傑作オペラ。

〔ストーリー〕
アイルランドの王女イゾルデはコーンウォールの王マルケと結婚することになり船に乗っている。彼女を迎えに来たのがマルケ王の甥、トリスタン。かって自分の婚約者を殺したトリスタンには復讐心を抱いていたが、イゾルデは彼を介抱したことがあって二人の間に恋が芽生えた。会ってよそよそしい態度をとるトリスタンに傷ついたイゾルデは侍女ブランゲーネに毒薬を用意させ二人で飲もうとする。しかし侍女が盃に入れたのは媚薬であった。飲み終わった二人の愛は激しく燃え上がり、コーンウォ―ルでも密会が続いて、王の知るところとなる。王の家臣と喧嘩となり銃で重傷を負ったトリスタンは自分の領地に移される。イゾルデを待ち続けたトリスタンは彼女の到着を待たずして亡くなる。ブランゲーネから媚薬の話を聞いたマルケ王が二人の結婚を許そうとして船で駆けつけるが、イゾルデはトリスタンの遺骸の上で息絶える。二人の愛は死によって成就することとなる。

全3幕。《トリスタンとイゾルデ》の中で最も有名なのが「前奏曲」で第1幕が開く前に演奏される。オーケストラ・ピットの映像はなかったが、ラトル指揮による素晴らしい演奏はオペラ上演の期待感を一層高めた。

昨シーズン第10作《エレクトラ》で主演を務めた二ーナ・ステンメの名演には心を奪われていた。衝撃的なギリシャ悲劇で表情豊かな演技力と歌唱力を見せたドラマティック・ソプラノのステンメは最高のディ―バの一人として評価が高い。犬のような生活を送りながら復讐の時を待つ王女の壮絶な復讐劇を演じた場面が今も眼前に浮かぶ。前回の6月に続くステンメの名演を再び目にした。イゾルデは彼女が100回以上も演じた「十八番」ともいえるはまり役とされる。トリスタン役のスチュアート・スケルトンのテノールも素晴らしかった。(*立派な体躯だが、もう少し身体を絞った方が好感度が上がる気がした)。開幕から閉幕まで舞台上での二人の熱演は聴衆の心を掴み、特に二重唱は圧巻であった。

マルケ王役のルネ・バーペは以前のMETビューイングで聴いたことがあるバス歌手でワグナーの歌い手として名高いそうである。ブランゲーネ役のグバノヴァも堂々とステンメと張り合ったメゾ・ソプラノ。
今回のオペラの立役者はもう一人、サイモン・ラトル。第2・3幕の開幕では聴衆から一段と大きな拍手を浴びていた。歌手との呼吸をうまくとりながらオーケストラから素晴らしい音を引き出すラトルはさすが世界の名音楽監督。。

タイトルは良く知られているが、内容は余り知られていないストーリーのオペラ。初日で結構な客の入りであった。5年前からMETビューィングを観だして、近年は年に5・6作は観ている。妻も私の刺激を受けて、書道などで忙しいスケジュールを縫って現在は私と同じ回数は鑑賞している。自分の都合の良い日を選んで鑑賞しているので、今まで一度も一緒に鑑賞したことがないのも不思議ではある。

METライブビューイング2015-16 第9作 ドニゼッティ《ロベルト・デヴェリュ-》

ドニゼッティのオペラ作品は《愛に妙薬》と《ランメルモールのルチア》をMETライブビューイングで観たことがあるが、《ロベルト・デヴェリュー》は今シーズンのMETビューイングの作品発表時にオペラのタイトルを初めて耳にした。ロッシーニと同時代のイタリアのオペラ作曲家ということも改めて知ったくらいである。ロッシーニはオペラの序曲を通して昔から名前が知られていた。ドニゼッティの名はオペラ歌手のCDを通して「人知れぬ涙」のアリアで作曲家名を知るようになった程度である。

18世紀、ナポリで興ったオペラがヨーロッパ中に広まったが、文化的中心地としてのイメージはイタリアだったようである。「オペラの本場はイタリア」と言われるように、18世紀のヨーロッパではイタリアがオペラの本場だった。オペラの作曲家はイタリア人という固定観念があって、モーツァルトはイタリア人でないことで二流と見做されることもあったらしい。実質的にはモーツァルトがナポリ派のオペラを完成して発展させた。イタリアはオペラの中心ではなくなったが、19世紀に入ってロッシーニが活躍して、彼の影響を受けてドニゼッティのベルカント・オペラも生まれたそうである。

《ロベルト・デヴェリュ-》は今回がMET初演で新演出。イタリア語上演。上映時間は3時間4分。第1・2幕96分、第3幕46分。エリザべス1世の最晩年を描いた作品。女王の悲恋をオペラ化した壮絶な復讐のストーリー。

16世紀、ロンドン。女王エリザべッタの恋人ロベルト・デヴェリューは反乱鎮圧のためにアイルランドに派遣される。しかし、彼は女王の命令に反して反乱軍と和解したために反逆罪で捕えられてしまう。デヴェリューと恋人同士だったサラがノッティンガム公爵と結婚させられていた。サラと再会して心がひかれた二人は女王の嫉妬を懸念して別れる決意をする。女王は恋人を救おうとするが、デヴェリューの心変わりの証拠を握って激怒する。復讐心に燃えたエリザべッタは彼を処刑する英国議会の議長ノッティンガム公爵の決定書の到着を待って署名する。処刑の瞬間を目前に女王の心は揺れる。ロンドン塔内に収監されている恋人から彼に贈った指輪が届いたら愛の証として処刑中止の命令を出そうとしていたが、時すでに遅かった。

女王エリザべッタ役を熱演したラドヴァノフスキーはMET出演200回を迎えた大歌手のようである。最初から最後まで大部分怒りに溢れ高音域で威厳のある姿で歌い続ける姿は歌唱力、演技力ともに素晴らしい。心の痛みや自尊心を巧みに表現していた。年老いて歩くのも不自由な身でありながら復讐心に炎がついた恐ろしいまでの女心で歌い上げる。その堂々たる演唱は物凄い迫力で全幕を通して続いた。
サラ役のガランチャは今まで何回か聴いたラトヴィア出身の人気の高いメゾ・ソプラノ歌手。美しい誰からも愛される人柄の役を懸命に演じた。高音域のベルカント唱法で“のどを痛めないように”と気を付けていたようである。
デヴェリュー役のポランザーニは以前聴いたことのある歌手(*多分《ランメルモールのルチア》)だったと思うが、ベルカント唱法での魅力的な歌声の持ち主。地位のため、愛のため、友人のためにと好人物だが3人の登場人物の板挟みになって誤解される役回りだった。イリノイ州出身のアメリカ人歌手ではないかと思った。
グヴィエチェンはポーランド出身と聞いて思い出したが《エフゲニー・オネーギン》で観た。彼の演技力、歌唱力は共に安定している。特に、友人を救おうとして女王を懸命に説得したが、妻の不貞の証拠を見て復讐心が燃え上がった時からの演唱に凄みがあった。

4人共にベルカント唱法のイタリア・オペラで主役と言える贅沢なキャストはMETならではである。お互いの息があって、合唱も素晴らしかった。聴きなれた有名なアリアは無いオペラのようであるが、聴かせどころが沢山あって、観客が歌唱の終わりに拍手をしやすい場面が多くてホールが盛り上がっているようであった。オーケストラもドラマティックな演奏が多くて魅力的だった。指揮はベニーニ、演出はマクヴィカー。舞台は一見豪華だが、場の展開で大きな変化はなく奥行きの広さを巧みに生かした演出。室内楽的雰囲気のようだった。

※男女の三角関係を描いたオペラの定番だが、女王の復讐のストーリーにいささか驚きを禁じ得なかった。先日、アカデミー賞監督賞、主演男優賞、撮影賞を獲得したアメリカ映画「レヴェナント」を観たが、壮絶な復讐劇だった。“復讐”の恐ろしさが人間の中に潜んでいる一面を日本で起きる最近の事件と重ねあってしまった。自制心が効かないような精神状態に陥って事件が起きる現代の世も恐ろしく感じる。人という漢字の作りの支え合う大切さが身に染みる。
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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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