ロシア国立交響楽団《シンフォニック・カペレ》~チャイコフスキー三大交響曲

ロシア国立交響楽団(The State Symphony Orchestra of Russia)は1936年創立のロシアを代表するオーケストラである。スヴェトラーノフが1965年~2000年まで音楽監督・首席指揮者として黄金時代を築いた。今回の来演するオーケストラの日本語名が同じであるが、英語名が“State Symphony Capella of Russia”.。
サンクトペテルブルク・フィルやマリインスキー劇場管、モスクワ・フィル、チャイコフスキー響(旧モスクワ放送響)は度々聴きに行っていた.。このオーケストラの公演情報が年明け早々にあった時にはやや躊躇していた。妻が主催者の特別先行販売の案内を受けてチケットをインターネットで申し込むということで、プログラムの「チャイコフスキー第4~6番一挙連続演奏」の魅力もあって付き合うことにした。チケットは異常に早く7ヶ月以上前に届いていた。

昨日のコンサートに出かける前に、ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管による“TCHAIKOVSKY SYMPHONIES NOS 4.5 &6”(パリのサル・プレイエルでのライヴ録音、2010年)のDVDを視聴した。何かほかの事をしながら聴く“ながら”CDより集中度が高くなる。ゲルギエフ&マリインスキー劇場管は2009年に2夜にわたってチャイコフスキー3大交響曲とピアノ協奏曲を演奏したことがあった。
今回のように一晩での連続演奏会は極めて珍しい。どのオーケストラでも実現できるわけではない。

2017年11月10日(金) 18:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ ヴァレリー・ポリャンスキー(Valery Polyansky)
管弦楽/ ロシア国立交響楽団《シンフォニック・カペレ》(State Symphony of Russia)

ポリャンスキーは1949年、モスクワ生まれのロシアの指揮者。モスクワ音楽院でオーケストラと合唱の指揮を学ぶ。大学院の時にロジェストヴェンスキーに師事し、77年からボリショイ劇場でロジェストヴェンスキーのアシスタントを務め、やがて同劇場の指揮者となる。国内外のオーケストラにも客演して、92年にはロシア国立シンフォニー・カペラ(前身はソヴィエト文化省響)首席指揮者に就任。2002年よりスウェーデン・エーテボリ音楽祭首席指揮者、モスクワ音楽院教授。

音楽之友社によると、このオーケストラは1982年にソヴィエト国立文化省交響楽団として発足した。ロジェストヴェンスキーが国内名門オーケストラの中から優れた奏者たちを集め、オーディションで選抜したモスクワ音楽院の若き音楽家たちを加えて、まさに夢のオーケストラを結成したという。モスクワを本拠地にして、演奏活動、録音活動ともに順調なスタートを開始したが、ソ連崩壊によって挫折した。「モスクワ・シンフォニック・カペレ」として活動を続けたが、指揮者のロジェストヴェンスキーが国外へ出てしまった(*ロジェストヴェンスキーは読売日響の名誉指揮者となっているが、同響での活躍も多く、96年に札幌公演も行った)。国の援助も途絶えて、91年頃は解散状態のようだったと言われるが、ゲルギエフを中心とする音楽家たちの努力でロシア政府を動かし、21世紀に入って、ロシア音楽の復興が図られたように思われる。、

2015年の来日公演でロシア国立交響楽団は「チャイコフスキー第4・5・6番連続演奏」を敢行して、全国10公演が大好評を博したという。人気のチャイコフスキーの3交響曲の演奏は魅力的なプログラムであることは間違いないが、一晩での3曲一挙公演は困難である。今回の3曲連続演奏会は貴重な機会となった。

〈Program〉
 チャイコフスキー:交響曲 第4番 ヘ短調 作品36
 チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 作品64
 チャイコフスキー:交響曲 第6番 ロ短調 作品74「悲愴」

チャイコフスキーはマンフレッド交響曲を含めると7曲の交響曲を残している。「第4番」は最も変化に富んだ劇的な作品。第3番までの民族的な表現法に加えて自伝的な標題音楽を重ね合わせることによって、独自の交響曲の様式を確立したように思う。この曲を書いた当時、チャイコフスキーは不幸な結婚に悩み、精神の激動の時期にあった。運命に対して絶望し、奮闘して勝利する様子が描かれている。
ホルンとファゴットが奏でる激しい序奏は「運命」のモチーフ。人間に襲い掛かる運命の動機はこの曲の悲劇性を強調する。曲が展開されると抒情性もくみ取れる。緩徐楽章の第2楽章では悲哀に満ちたオーボエの旋律が印象的だが、クラリネットやファゴットで奏される農民舞曲風の安らぎの調べも心に響く。第3楽章のスケルツォは弦楽器のピッチカートが曲に変化を与えた。憂鬱な気分を吹き飛ばすような荒々しい主題とロシア民謡の旋律による主題。交互に繰り返されて最後に祝祭的な気分のフィナーレ。

ステージ上で楽器の配置の段差が無くて、管楽器奏者の演奏状況が見れなかったのが残念! 座席が1階6列やや上手寄りで弦楽器群に比して管楽器奏者が全く視野に入らなかった(*自分で座席を選べなかった)。シンバルとトライアングルの奏者のみ立って演奏した時に目に入った。管楽器奏者が少なめと思ったが、音量は十分に出ていた。楽器の音色の区別は幸いできていた。
指揮台も無く、ステージ上の台の設置も無しというKitaraでは珍しいステージの状況で、その理由はハッキリとはしなかったが、音楽鑑賞には支障はなく、演奏効果を狙ったのかもしれないと思った。

1曲が45分程度の曲で休憩時間が2回あった(各20分)。2階RB、LBにかなりの空席が見えたが、P席は埋まり、3階席もほぼ埋まっているようで、チャイコフスキーの人気の高さが窺がえた。

チャイコフスキーの曲でも最も人気が高く演奏機会の多い「第5番」。彼は結婚生活の破綻によって、主に西ヨーロッパで生活を始め、第4番から10年あまりを経て第5番を一気に作曲した。「運命」の主題による循環形式を採用して、次々と魅力的なメロディを繰り出し、暗から明へと展開していくドラマティックな構成の曲作り。
第1楽章冒頭のクラリネットの重々しい旋律が運命の主題。4つの楽章に全て現れる。第2楽章はアンダンテ・カンタービレ。弦楽器による導入の後、ホルン独奏による翳りを帯びた鮮やかな旋律は何とも言えない美しさ。第3楽章が幻想的なワルツ。スケルツォでなく、ワルツはベルリオーズが「幻想交響曲」の第2楽章に用いているのを思い出す。第4楽章は輝かしい凱歌と言える終結部で、非常に力強くて雄渾なフィナーレ。

緊張も解けた聴衆からブラヴォーの声が飛び交った。休憩が入って、ホッと一息つくが、聴衆も集中力を保つのが大変だと思う。演奏者がチャイコフスキーの大曲、3曲を続けて演奏するのは体力、精神力も必要で大変なエネルギーを要する。今回の日本ツアー8公演中、東京、福島、札幌、新潟の4公演のようである。木管・金管群の活躍が光った。特に金管奏者の消耗が激しいと想像するが、大健闘である。

チャイコフスキー最後の作品となった「悲愴」に着手したのは亡くなる前年のこと。彼の交響曲の中で最も独創的な内容を持つ作品。ペシミズムが全編を覆っている。彼の最大の支援者であり、理解者でもあったメック夫人からの援助が突然に打ち切られた苦悩と孤独が大きな影を落としているようである。しかし、この曲は多くの人間が持ち合わせている感情を表したものかも知れない。初演が終わって9日後に、チャイコフスキーは亡くなった。
コントラバスとファゴットが暗くて、まるで呻くような旋律を奏でて曲は始まる。低音域の第1主題、チェロと第1ヴァイオリンの甘美だが、哀しみを秘めた第2主題の第1楽章。ロシア民謡が入って間奏曲のようであるが、不安げな暗い印象の第2楽章。第3楽章はスケルツォと行進曲を組み合わせたユニークな楽章、決して明るい気分ではなく、何となく落ち着かない雰囲気。第4楽章は、タイトル通りの重く打ちひしがれた終曲。交響曲の終楽章がこんな遅いテンポの曲も珍しいが、「悲愴」の象徴的な楽章でもある。

第3楽章は力強く閉じられるので、終曲と勘違いして拍手が起こりがちで、チョット心配したが、パラパラとわずかに起きた拍手には気づかなかった。全曲の終了時間は21時35分。永遠の静寂の中に音が消えていき、指揮者の手が下ろされた途端に万雷の拍手とブラヴォーとアンコールの声があちこちの客席から飛び交い、指揮者も何度もカーテンコールに応えた。3時間を要した力強い演奏に感動した聴衆の惜しみない拍手が指揮者とオーケストラ全員に贈られた。

チャイコフスキーの3大交響曲は何度聴いてもその曲の素晴らしさに感動する。帰りの地下鉄の電車の中で妻が旭川から出かけてきた小・中・高と一緒だった女性と出会って思わぬ再会を果していた。市内だけでなく、道内から聴きに来たチャイコフスキー・ファンも数多くいたようである。
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ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

ブロムシュテット指揮ゲヴァントハウス管のKitaraでの演奏は2002年、05年に続き3回目となった。90歳を迎えた偉大なる指揮者ブロムシュテットが今回Kitaraに三度出演する日を昨年から一日千秋の思いで心待ちにしていた。
昨年もバンベルク響を率いての来日公演でベートーヴェンの「運命」と「田園」を熱演する様子を〈クラシック音楽館〉で観ていた。89歳になっても進化を続け毅然とした音楽つくりで演奏に臨み、定番の音楽に新しい命が宿るようで新鮮な気持ちで聴いた。演奏中は勿論だが、インタビューでの話は温かい人柄で作曲家に寄り添っての解釈にも心を惹きつけられていた。私が最も大好きな指揮者である。

Herbert Blomstedtは1927年、スウェーデン人の両親のもとに生まれ、29年に家族と共にスウェーデンに移住。ストックホルム王立音楽院卒業後はザルツブルグに留学し、スイスやアメリカでも学ぶ。1954年にストックホルム・フィルを指揮してデビュー。同年ノールショピング響首席指揮者に就任。55年ザルツブルグ指揮コンクール優勝。その後、オスロ・フィル、デンマーク放送響、スウェーデン放送響の音楽監督を歴任。75~85年にはドレスデン・シュターツカペレ首席指揮者、85-95年サンフランシスコ響音楽監督、96-98年北ドイツ放送響首席指揮者、98-2005年にはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管カぺルマイスター。
ブロムシュテットは現在バンベルク響名誉指揮者、N響桂冠名誉指揮者。
ゲヴァントハウス管在任中に同楽団の演奏水準を一気に引き上げたという評価を得ている。N響にも数多く客演して、モーツァルトやベートーヴェンなどの名曲を通して日本人にも親しまれ、N響名誉指揮者の称号を得ていたが、さらに桂冠名誉指揮者となるほど日本の音楽界に貢献している。プロフィールから判断すると、北欧の音楽を聴く機会が今までにあっても良かった感じがする。
世界のメジャー・オーケストラに客演を重ねているが、今年の1月にもベルリン・フィル定期に客演して「ブラームス:交響曲第1番」を指揮して、インタヴューでブラームスの素晴らしさを熱く語る姿も元気そうで楽しかった。

レオ二ダス・カヴァコス(Leonidas Kavakos)は1967年アテネ生まれの世界的ヴァイオリニスト。85年シベリウス国際コンクール優勝。86年インディアナ国際では竹澤恭子に次いで第2位入賞。80年代後半から国際的な活動を始め、シベリウスのヴァイオリン協奏曲の録音がグラモフォン賞に輝いて、世界の注目を一気に浴びたようである。ギリシャを拠点にしてベルリン・フィルやコンセルトヘボウ管らメジャー・オーケストラにも客演して世界的評価が確立し、2012-13シーズンはベルリン・フィルのアーティスト・イン・レジデンスを務めた。
PMF2016には芸術監督ゲルギエフの指名で急遽Kitaraに登場してブラームスのヴァイオリン協奏曲を弾いた。その様子はPMFオン・デマンドで鑑賞して、彼の情熱的で一味違う名曲の演奏に感動した。今回のKitaraの演奏会は話題の二人の登場で早くから期待を集めていた。

札幌コンサートホール開館20周年 〈Kitaraワールドオーケストラ&合唱シリーズ〉

2017年11月7日(火) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 創立275周年記念ツアープログラム〉
  メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
  ブルックナー:交響曲 第7番 ホ長調 WAB,107 (ノーヴァク版)

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(Gewandhausorchester Leipzig)は1743年にライプツィヒの商人16人が出資してコンサート協会を設立。2018年に創立275周年を迎える世界最初の市民オーケストラ。1781年に500席収容の素晴らしい音響を持つゲヴァントハウス(織物会館)が完成し、オーケストラの本拠地となった(*現在の新ゲヴァントハウスは1981年完成で客席数1905)。1835年にメンデルスゾーンはゲヴァントハウス管の最初の常任指揮者となった。在任中にバッハの「マタイ受難曲」を蘇演して、バッハを復活させた貢献も大である(思い出したが、2008年にゲヴァントハウス管はマタイ受難曲の演奏でもKitaraに来演して聴いたことがある)。メンデルスゾーンは、1843年にはライプツィヒ音楽学校を設立した偉大な足跡も遺している。

このオーケストラが世界初演を行った曲はベートーヴェンのピアノ協奏曲《皇帝》(1811年)、シューベルトの交響曲《ザ・グレイト》(1839年)、シューマンの交響曲《春》(1841年)、メンデルスゾーンの交響曲《スコットランド》(1842年)とヴァイオリン協奏曲ホ短調(1845年)、ブラームスのヴァイオリン協奏曲(1879年)、ブルックナーの交響曲第7番(1884年)などである。
今回の演奏曲は2曲ともゲヴァントハウス管の世界初演曲。

3大ヴァイオリン協奏曲または4大ヴァイオリン協奏曲のひとつ「メンコン」は最も人々に愛されている明るいメロディを持つヴァイオリン協奏曲。技巧的にも難しい曲と言われるが、現今では若い才能が弾きこなし、20歳前後のヴァイオリニストがコンサートで弾くことも多い。昨年1月にイザベル・ファウストが札響定期で若い演奏家とは一味違う演奏を披露した。今回も世界的ヴァイオリニストの演奏に興味を抱いて聴きに来た人が大部分だったと思う。
カヴァコスは50歳を迎えたばかりだが、最近では弾き振りも行っているというヴァイオリニスト。作曲には余り時間を掛けないメンデルスゾーンが6年もかけて完成させた協奏曲。当時のゲヴァントハウスのコンサートマスターに迎えたダヴィットが全面的に協力して作り上げたという曲。この協奏曲は全楽章が切れ目なく続けて演奏される。緊張が途切れない演奏が期待される観点も含め、新しい試みが入っている曲とされる。
優雅で気品に満ち、明快で抒情的な旋律を持つ美しいヴァイオリン曲を第1楽章でのカデンツァでは弱音もホールの3階まで美しく届いた。30分弱の曲を驚異的なテクニックを駆使しながらカヴァコスは最初から最後までホールを埋めた2千人の聴衆の心を掴んで魅了した。
盛大な拍手に応えて、アンコール曲は「J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番より “ガヴォット”」。

休憩時間中に久しぶりにワインでも飲もうかと思ったが、ホワイエには今までに見ないほどの長い列が続いていて諦めた。男子トイレも珍しいほどの混雑ぶりで、人がホワイエにはみ出して列をなしていた。日常のコンサートでは女性客の方が多いと感じているが、昨日は特に男性客が多いようであった。当日券も出たが、結果的に座席は完売して空席が見当たらなかった。

前半から楽器配置に特徴があった。後半に備えての楽器配置に思えた。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの対抗配置は珍しくないが、コントラバスが第1ヴァイオリン横、チェロがほぼ中央、ヴィオラが第2ヴァイオリンの横。木管がやや上手寄り。
ブルックナーはブロムシュテットが得意としていることを知らなかった。2002年の札幌公演で「ブルックナー:交響曲第5番」が演目になっているのを昨日になるまで気づいていなかった。15年前の演奏会で買い求めたぶ厚いブログラムを見て分かった。
ブルックナーが書いた0番を含む11曲の交響曲の中で「第4番」と「第7番」は親しめる曲になっている。クラシック音楽に通な人は比較的ブルックナーを好んでいるようであるが、私自身は苦手である。

昨日は午前中にカラヤン&ベルリンフィルのCD、午後はマゼール&ベルリンフィルのYouTube(*映像なしだが、高音質の録音をヘッドフォンで)、夜はブロムシュテット&ゲヴァントハウス管の生演奏で「第7番」を3時間以上も聴いたことになった。ライヴが1番良かったことは勿論である。
自らオルガニストだった経験を生かしたオルガンのスタイルが感じ取れる壮大な音楽つくり。弦のトレモロによる神秘的な導入と木管の歌謡旋律は民謡的で親しめる。第1楽章の終わりにはティンパニも入って壮大なクライマックス。第2楽章ではワーグナーチューバ4本も加わって重厚なオーケストレーションが展開され、観ていて興味深かった。ワーグナーの死に関連した葬送の音楽の悲しみの表現。ワーグナーチューバとホルン各4本が並んで、他の金管セクションの楽器位置と離れているのにも注目した。
第3楽章は田園風景を思わせる明るい自然描写。第4楽章は第1楽章と同じように3つの主題を中心としたソナタ形式でドラマティックに展開されて雄渾なクライマックスで終わる。
久しぶりに座った3階1列中央からステージ全体を見渡せて特に管楽器の演奏ぶりが見れて良かった。15年前はP席からブロムシュテットの顔の表情を十分に見れ、最近は映像で指揮者の顔は焼き付いているので、後姿だけだったが90歳の凛とした姿で指揮に当たっている様子は感動的であった。
演奏終了後にはブラヴォーの掛け声があちこちから掛かった。オーケストラに対しての拍手でもあったが、90歳の指揮者に対しての感謝と感動の拍手がいつまでも続いた。品の良い紳士のブロムシュテットは、オーケストラの演奏を称え、聴衆への謝意を表すのに楽団員の退席後もステージに出てきて別れの手を振った。

※コンサートガイドによると、今回の日本ツアーはこの後に横浜、東京での4公演がある。サントリーホールの料金が札幌の2倍になっているのに驚いた。主催者のKitara が料金を低めに抑えたのだと想像する。ブロムシュテットが無事に公演を終えて帰国されることを祈りたい。


札響第604回定期演奏会~エリシュカ最後の来日公演

札幌交響楽団と2006年に共演し、08年からは首席客演指揮者を、15年からは名誉指揮者を務めたエリシュカが健康上の理由で本日の公演が最終公演となった。
09年の九州響、N響に客演して《わが祖国》で日本のクラシック音楽界に大反響を巻き起こしたラドミル・エリシュカは札響の存在も全国に轟かせる役割を果した。ドヴォルザーク、スメタナ、ヤナーチェクなどチェコ音楽を広めただけでなく、チャイコフスキー後期三大交響曲、ブラームス交響曲全曲演奏のプロジェクトを行って全曲録音も行われ高い評価を得た。札響のレヴェル向上に多大な貢献を成し遂げ、オーケストラ楽員から尊敬を集め、聴衆の人気が絶大である。三位一体の音楽が毎回展開されているのが特に嬉しい。

札響での共演は今回で24回(42公演)となり、私は18回聴いたことになる。マエストロ尾高がエリシュカを札響に迎えた慧眼は物凄い。エリシュカの公演は毎回大盛況であるが、今回のサヨナラ公演の高まりは例を見ないものとなった。

2017年10月28日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈Program〉
 スメタナ:歌劇「売られた花嫁」序曲
 ドヴォルザーク:チェコ組曲 ニ長調 op.39
 リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」 op.35

チェコ国民楽派の祖として名高いスメタナの作品で人々に最も親しまれている曲が「わが祖国」。「売られた花嫁」のタイトルも有名で序曲を度々耳にすることはあるが、メロディには親しんではいない。スメタナは日本で考えられている以上にチェコでは人気が高いと言う。農家の娘が地主に売られ、相愛の青年によって取り戻される物語。
エリシュカは同じ曲は殆ど取り上げないが、この序曲は今回が3度目である(ただし、定期では今回が初めて)。チェコで如何に人気が高いか分るオペラ。

ドヴォルザークの「チェコ組曲」は今まで聴いたことがない。有名な「スラヴ舞曲集」に続いて作曲したとされ、「弦楽セレナード」に似た雰囲気の作品で、管楽器の活躍が目立った。5曲編成。①前奏曲(牧歌) ②ポルカ ③メヌエット(ソウセツカ舞曲) ④ロマンス ⑤フィナーレ(フリアント)。フィナーレではティンパ二も加わってチェコの民族舞曲のリズムで力強く終わる。管弦楽曲として、ボヘミアの郷土色が濃い作品。20年ほど前に函館、青森での札響演奏歴があるが札幌では初演らしい。チェコ音楽には良い曲がまだまだ沢山あることを知った。

エリシュカの最後の曲は彼が札幌と初共演した時の「シェエラザード」。彼にとって札響との縁を結べた記念すべき曲。エリシュカはヨーロッパでは評価の高い指揮者として認識されているようだが、1989年に起ったビロード革命のためにチェコ国内で指揮者の活動が出来なくなり、指導者の道を歩んだ。当時、札響と共演したチェコの指揮者が意外と多いのに驚く。75歳で出会った札響との演奏で日本では巨匠と呼ばれる指揮活動だったが、残念ながら世界的には注目されていないのは残念である。個人的な感想であるが、ヨーロッパでは日本の後追いはしたくないのかも知れない。いずれにしても、エリシュカの最後の演奏曲はとにかく強烈な印象を残す彼の解釈に基づいた「シェエラザード」で新鮮な曲として聴けた(*前回の札響との共演は聴き逃していた)。

リムスキー=コルサコフはロシア国民楽派の「五人組」のひとり。殆ど独学で音楽を学び、職業は海軍士官で、のちにペテルブルグ音楽院教授を務めた。華麗なオーケストレーションを施した曲を書き、ボロディンなどの未完成曲の補筆でも活躍した。「シェエラザード」は彼が遺した最高傑作。華麗なオーケストラの響きとエキゾチックなメロディで絵巻物のように極彩色の音楽が展開される。ラヴェル同様にオーケストラの魔術師の感じがする。

メータ指揮イスラエル・フィルが1987年に録音したCDで楽しんでいたが、ここ何年も聴いていない。生演奏でこの曲を聴くのも久しぶりである。初めて聴く人々も心から楽しめる音楽。伝統的な作曲技法に囚われずに独創的に書き上げたと思われる魅力的な作品。「アラビアン・ナイト」で知られるストーリーを4楽章構成の曲にした。
①海とシンドバッドの船 ②カランダ―ル王子の物語 ③若き王子と王女 ④バクダッドの祭り、海、青銅の騎士の立つ岩での難破、終曲。王の威圧的な主題に続いてシェエラザードの優美な主題を独奏ヴァイオリンが歌う。この王女の主題が曲全体で流れる。第1曲で航海の様子が巧みに描かれ、第2曲のファゴットが奏でる主題がユーモラス。第4曲では王とシェエラザードの主題がいろいろ変化して現れ、海の情景が荒々しくなって船が難破。コーダに入り田島コンマスの奏でるシェエラザードの主題で曲が閉じられた。

予め“曲の余韻を楽しんでから拍手をお願いします”というアナウンスがあって、間をおいてブラヴォーの嵐。聴き慣れた美しい音楽の後に人々の感動の叫びと嵐のような拍手が続いた。何度ものカーテンコールでエリシュカも感極まった様子。スタンディング・オヴェイションをする人の数が多くなり、指揮者は何度もステージを出入りを繰り返す。楽員が退場した後でも鳴り響く拍手にエリシュカがあちこちに礼をする姿を見て、最後には会場に残っていた全員がスタンディング・オヴェイション!残っていた千人を超える人々の別れを惜しむ様子は正に感動的であった。目頭が熱くなる瞬間を味わった人々が多かったのではないだろうか。

コンサートの前後にホワイエに展示されていた札響でのエリシュカの思い出の写真を見る人が重なり合っていたり、指揮者に伝えるメッセージを書いている人々の列が延々と続いている様子も前代未聞。予想を超える状況に驚くと同時に人々のエリシュカに対する感謝の想いが伝わった。音楽家として人間として札幌に偉大な足跡を残した指揮者を改めて素晴らしいと思った。

※実は2年前の心臓バイパス手術後の昨年2月にカテーテル施術でステントを入れて経過観察のため、昨年10月に続いて、今年も昨日カテーテル検査で1泊入院。今日の午前中に退院したばかり。血液がきれいに流れていると分って一安心。万が一の場合はキャンセルも覚悟していたが、楽観主義で生きているので明日の午後もコンサート鑑賞の予定。コンサートを楽しめるのも健康のお陰である。


 

札響名曲シリーズ2017-18 遠くイタリアを夢見て(指揮/バーメルト)

〈森の響フレンドコンサート〉
 
スイス出身の指揮者、マティアス・バーメルトは過去2回札響定期に登場。札響との初共演が2014年1月、続く2016年1月はヴァイオリニストのイザベル・ファウストと協演して2度目の登場。今回の3度目の共演を前に2018年4月から札幌交響楽団首席指揮者に就任することが決まった。

2017年10月14日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ マティアス・バーメルト(Matthias Bamert)     管弦楽/ 札幌交響楽団

〈Program〉
 チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」
 メンデルスゾーン:交響曲第4番 イ長調 「イタリア」 op/90
 プロコフィエフ:組曲「ロメオとジュリエット」抜粋(バーメルト編)

チャイコフスキーはシェイクスピアに題材を得た管弦楽曲を3曲残しているが、《幻想序曲「ロメオとジュリエット」》は最初に書かれた曲で最も親しまれている。(*他の2曲は《交響的幻想曲「テンペスト」》と《幻想序曲「ハムレット」》。偶々、ドゥダメル指揮シモン・ボリバル響の演奏による3曲入りの輸入盤が手元にあったが耳にしたのは一度だけである)。「ロメオとジュリエット」はゲルギエフ指揮ウィ-ン・フィルのCDに「悲愴」とカップリングされていて何度か聴いたことがある。
チャイコフスキーの初期の傑作とされる「ロメオとジュリエット」は色彩豊かでオーケストレーションがダイナミックである。馴染みのストーリー展開であるが、モンタギュー家とキャプレット家の抗争が巧みに表現され、イングリッシュ・ホルンとヴィオラによる“愛の主題”が歌われる。両家の反目の主題がトゥッテイで奏され、最後に二人の死を悼むティンパニの響き。思っていたより大人数での演奏も観ていて気持ちが高揚した。

メンデルスゾーンが書いた5曲の交響曲の中で最も有名で広く親しまれている「イタリア」。メンデルスゾーンは20歳の頃にヨーロッパ各地を演奏旅行した折の印象を様々な曲に綴っている。その中でもドイツと対照的な明るい風土を持つイタリアが気に入って作曲した「イタリア交響曲」。ナポリなど風光明媚な街を訪れ、明るい陽の光の中で過ごす人々と接して得た色々な印象を基に作曲した。4楽章全体にわたって印象的なメロディが入っていて魅力的な曲。第4楽章はローマ周辺で流行った舞曲「サルタレロ」のリズムで始まり、ナポリの舞曲「タランテラ」のリズムも加わった。楽しい気分のうちにクライマックスへ。
前曲と対照的にオーケストラの編成は意外と小振りであった。

プロコフィエフは1917年ロシア革命勃発でアメリカに亡命して、33年に母国ソ連に戻り、祖国復帰後の初の大作が《バレエ音楽「ロメオとジュリエット」(全曲52曲)》。ボリショイ劇場での初演の機会に恵まれずに、プロコフィエフは演奏会用組曲に編み直し、36年に〈第1番〉7曲、37年に〈第2番〉7曲で初演にこぎつけた。44年に〈第3番〉6曲。
組曲がそのままの形で演奏されることは珍しく、指揮者が様々な形で抜粋することが多いようである。デュトワ指揮N響のCDでは8曲が収録されていて何度か聴いているが、演奏会で聴くのは今回が多分初めてだと思う。
今回はバーメルト抜粋で11曲。「モンタギュー家とキャピュレット家」、「朝の歌」、「少女ジュリエット」、「情景」、「朝の踊り」、「仮面」、「踊り」、「ティボルトの死」、「別れの前のロメオとジュリエット」、「ジュリエットの墓の前のロメオ」、「ジュリエットの死」。
5曲がCDと一致していたが、馴染みのメロディは2・3曲だけだった。
両家の抗争の場面は別にして音楽は抒情的な場面が多くて、粗筋は知っていても、具体的な場面が想像だけで把握しきれなかった。指揮者に目が行くより、ピアノ、チェレスタ、打楽器、管楽器の奏者に注目して音が発する楽器に思わず目が行った。ステージ全体が見渡せる2階正面の席から各奏者の動きが観れたが、静かな音楽が中心の曲の流れに何となく身をゆだねた感じになってしまった。

※バレエとしての初演は38年チェコスロヴァキアのブルノ劇場、祖国での初演は40年レニングラードのキーロフ劇場。
10年ほど前にゲルギエフ指揮マリインスキー劇場キーロフ・オーケストラによるバレエ音楽の全曲のCD2枚を手に入れ、購入時に一度は通して聴いている。バレエの実演で観ないとなかなか充実した鑑賞は出来ない。来年オープンする札幌文化芸術劇場でいつの日かバレエ音楽を鑑賞できる日を待ちたいと思う。

今回の演奏会では次期札響常任指揮者に就任したバーメルトへの歓迎の雰囲気が演奏会の最初から最後まで大ホールに漲っていた。特に演奏終了後のバーメルトに対する態度でオーケストラ楽員を含めて聴衆の盛大な拍手は凄かった。
来シーズンは4月の名曲シリーズ、4月定期、9月定期、1月定期と4回バーメルトは札響の指揮を執る。

アンコール曲は弦楽合奏で「モーツァルト:カッサシオン K.63より “アンダンテ”」。

札響第603回定期演奏会~スッペ&グルダ&ブルックナー(下野&宮田)

指揮者、下野竜也によるユニークな「ウィ-ン・プログラム」。ウィ-ンの音楽でありながら、本流から少し外れたプログラムに却って興味を抱いた。3曲ともに今までにコンサートで聴いたことがない珍しい曲。定期演奏会の選曲として意外ではあるが、個人的には大歓迎であった。下野は15年8月定期に次いでの札響登場。

2017年9月23日(土) 14:00開演 札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/下野 竜也(Tatsuya Shimono)    チェロ/ 宮田 大(Dai Miyata)
ウィ-ンに音楽は踊る
 〈Program〉
  スッペ:喜歌劇「ウィ-ンの朝・昼・晩」序曲
  グルダ:チェロと吹奏楽のための協奏曲
  ブルックナー:交響曲第1番 ハ短調(ウィ-ン版)

スッペ(1819-95)はヨハン・シュトラウス2世と並んでウィ-ン・オペレッタの全盛時代を築いた作曲家。「スペードの女王」、「軽騎兵」などが代表作。
「ウィ-ンの朝・昼・晩」序曲は名高い序曲の一つだそうで、札響演奏歴が8回あって思っていたより人気曲のようだった。定期では初めての演奏曲。壮麗なイントロに続いて軽快なリズミカルな調べが展開され、独奏チェロの活躍があってメロディが目まぐるしく変わってクライマックスを迎える10分程度の楽しい曲。初めて聴く人が多かったと思うが、朝・昼・晩の雰囲気が楽しく表現されていて面白く聴けた。

1曲目が終って、2曲目のステージの準備にかかる合間を利用して、指揮者のトークが入った。4月から広島響の音楽総監督に就任した下野竜也は現代曲や珍しい作品を積極的に紹介する指揮者としても知られる。グルダの紹介とブルックナーの曲の鑑賞の仕方を語った。

グルダ(1930-2000)はウィ-ン出身のピアニスト。バドゥラ=スコダ、デムスと共にウィ-ンの三羽烏と呼ばれた(*スコダとデムスは07年Kitaraに来演)が、グルダは大ピアニストとしての世界的名声を得て突出した存在だった(*グルダ&ウィ-ン・フィル演奏のベートーヴェンの協奏曲のCDが手元にある)。
50年代後半よりグルダはジャズ演奏や作曲、即興演奏も行うなど“異端児”的な方向へ進んだ。同時にベートーヴェンのソナタ全集を2度録音するなどクラシック音楽と共存を図り、新たな音楽芸術を志向したという評価もある。

「チェロと吹奏楽のための協奏曲」は1981年ウィ-ンで作曲された、ウィットに富んだ30分ほどの親しみやすい曲。5曲編成。第1曲「序曲」はリズミカルで活気に満ちた曲。チェロの超絶技巧が目立った。第2曲「牧歌」は管楽器に乗った独奏チェロの旋律が印象的。第3曲は「カデンツァ」でチェロの名技が披露された。第4曲「メヌエット」はフルートとギターの対話も入る幻想的な調べ。第5曲「終曲」は行進曲風でジャズの要素が取り入れられている胸が弾む音楽。

クラシック音楽では珍しくマイクが付けられ、スピーカーもステージの4か所に備えられての演奏。作曲家指定の演奏形態と予め指揮者の説明があった。楽器編成は独奏チェロと管楽器12、打楽器、ギター、コントラバス2(クラシック用とジャズ用が各1)。
最初からオーケストラの音量、特にチェロの響きが強烈で3階の奥まで届いたと思われるサウンド。この種の音楽を好む人には心も躍るような響きだったのではなかろうか。普段は聴き慣れていなくてもKitaraで偶にこんな響きを耳にするのも悪くはないと思った。しかも、音の強弱に変化もあっての珍しい音楽は興味津々であった。
普段のクラシック音楽演奏とは趣の異なる曲が展開され、終曲ではジャズ風の演奏に合わせて帽子をかぶったり、ハチマキをしたりして服装にも工夫が凝らされていた。札響初演。

ソリストのアンコール曲は「バッハ:無伴奏チェロ組曲 第3番より “ブーレ”」。
宮田は4年前に下野指揮読響と共演してのドヴォコンの名演奏が生々しいが、いろんな曲に挑戦している姿が凛々しくて頼もしくもあった。昨年6月のリサイタルも素晴らしかったので、毎年のように聴きたいチェリストである。

ブルックナー(1824-96)の曲は一般のクラシック音楽ファンには好まれていないが、フルトヴェングラー、カラヤン以降の偉大な指揮者たちは好んで指揮していたようである。ブルックナーの名が分かって第4番、第7番を聴き始めたのが1999年のことで、まだ20年も経っていない。第1~9番まで手元にそろったのが2001年、4番を除く第1~5番は購入した時に一度耳にしただけである。
「第1番」はインバル指揮フランクフルト放送響のCD(リンツ版)を今回のコンサートに備えて2回耳にしておいた。それほど敬遠するような曲では無いと感じた。
最近は生演奏で集中して鑑賞していると、オルガンやコラールの響きも感じられ重厚な曲を味わえるようにはなってきていた。昨夜は指揮者のアドヴァイスで“森の中に入った”状況を思い浮かべながら聴いた。やはり聴く回数を増やすとどんな曲もそれなりに少しづつ親しみが湧いてくる。札響初演。

下野竜也は朝比奈隆の下で力をつけ、01年ブサンソン国際コンクール優勝後は06年読響初代正指揮者、13-17年3月まで読響首席客演指揮者を務め、現在は広島響総音楽監督のほか、京都市響首席客演指揮者、京都市芸大教授も務める。まだ40代の俊英指揮者で国際舞台でも活躍しているが、日本の指揮界の牽牛者としての役割も期待されている人材である。今後一層の活躍を期待したい。

東京都交響楽団 札幌特別公演(大野和士指揮)

都響(To・Kyo)として親しまれる東京都交響楽団が創立40周年記念に北海道公演を始めたのが2005年9月。その後、2年に1度の札幌特別公演が続いている。指揮者が05年 金聖響、07年&09年 小泉和裕、11年 レオシュ・スワロフスキー 13年 小林研一郎、15年 下野竜也で、今年は都響音楽監督・大野和士のKitara初登場。

大野和士(Kazushi Ono)は1960年、東京都生まれで日本を代表する世界的指揮者のひとり。87年トスカニーニ国際指揮者コンクールに優勝。クロアチアのザグレブ・フィル音楽監督(90-96)、都響指揮者(90-92)、東京フィル常任指揮者(92-99)、バーデン州立劇場音楽総監督(96-2002)、ベルギー王立歌劇場(モネ劇場)音楽監督(02-08)、フランス国立リヨン歌劇場常任指揮者(08-17)を歴任。15年より都響音楽監督に就任。
これまでミラノ・スカラ座、メトロポリタン歌劇場など欧米の一流の数多の歌劇場に客演、コンサートでもヨーロッパの主要オーケストラに客演して世界的に評価を高めている。ブリュッセル在住。
現在はバルセロナ響音楽監督、東京フィル桂冠指揮者。18年9月に新国立劇場オペラ部門芸術監督に就任予定。

92年に東京フィルを率いて北海道公演札幌特別演奏会を行ったが、今回はそれ以来25年ぶりとなった。

2017年9月18日(月・祝) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 ワーグナー:歌劇『ローエングリン』第3幕への前奏曲
 シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47(ヴァイオリン独奏/パク・へユン)
 サン=サーンス:交響曲第3番 ハ短調 op.78 《オルガン付》(オルガン独奏/室住素子)

ドイツ中世の伝説を基にしたオペラの主人公であるローエングリンは聖杯を守護する騎士。ローエングリンと王女エルザの婚礼が行われる第3幕の前奏曲なので、明るく力強い音楽。ワーグナーの管弦楽作品の中でも演奏機会の多い人気曲。騎士を象徴するホルンを中心にオーケストラ全体が高らかに主題を奏で、高揚した雰囲気に包まれる華やかな堂々とした曲。コンサートの幕開けに相応しい曲であった。

パク・へユン(Hyeyoon Park)は1992年、ソウル生まれの韓国人ヴァイオリニスト。09年ミュンヘン国際音楽コンクールで史上最年少優勝。欧米各地で活躍し、N響、読響、東響、名フィルとも共演。
シベリウスのヴァイオリン協奏曲は4大ヴァイオリン協奏曲に次いで人気が高く、演奏機会も多い。北欧の美しくも厳しい自然を背景に生きる人間や動物の姿を思い浮かべながら聴いてみた。ヴァイオリン独奏と管弦楽が緊張感を漂わせながらスケールの大きな音楽を展開した。ヴァイオリンのカデンツァの深みのある演奏が印象的だった。北欧的な寂しさがあるのが他のヴァイオリン協奏曲と違う感じがして、この曲の特徴かと思った。

北海道にも台風が上陸して人々にも様々な影響を及ぼした。交通機関にも影響が出てコンサート会場に来れなかった人もいたようである。それでも8割以上の客席が埋まっていたのではないだろうか。演奏終了後には満足の意の歓声も上がって、アンコール曲に珍しい曲が演奏された。アンコール曲は「エルガー:性格的練習曲集 op.24より No.5」(*メロディも曲のタイトルも全く知らなかった)。」

室住素子(Motoko Murozumi)は室蘭出身のオルガニスト。東京大学文学部文学部美学芸術科を経て、東京藝術大学音楽学部器楽科(オルガン専攻)卒業、同大学大学院修士課程修了。1989-97年、水戸芸術館音楽部門主任学芸員を務める。都響、新日本フィル、N響など共演多数。昨年9月札響定期で「レ―ガ―:序奏とパッサカリア」を弾いた。

サン=サーンスは5曲の交響曲を作曲した。コンサートで演奏される人気の交響曲は「第3番」。他の交響曲のCDを1・2度は耳にしているがメロディは全く覚えていない。オルガン付の交響曲も演奏会の曲目になるたびに予めCDで聴いている程度である。
「オルガン付」は交響曲という枠の中でオルガンを独奏楽器として用いたユニークな作品。“楽器の王様”と言われるオルガンの持つ音響的な奥行きの深さを利用したオーケストレーションが素晴らしい。今までコンサートで何度か聴いてきたこの曲の醍醐味を今回は一番よく味わえたように思った。その要因の一つは座席である。今回は2階CB2列13番で、ホールの真正面。最近はオーケストラ曲は可能な限り、好んでこの辺りの座席から鑑賞している。Kitaraはどの座席からでも良い音を楽しめるとはいえ、やはり座席の違いで鑑賞の感激度に影響がある。
オーケストラの中でのオルガンの響きも楽しめたほかに、この曲にピアノ連弾が入っているのも今回はじめて分った。聴くだけでなく観ることで演奏者の姿が視界に入る。何回か聴いているとメロディも親しんでくるようになる。今までは漠然と聞いていたが、今回は循環形式が用いられていて主題が繰り返されることにも気が付いた。基本的な音楽の知識が不足しているのは自覚しているのだが、音楽の構造が分かると一層楽しくなるだろうと思った。

オペラもコンサートも指揮する機会が多い海外での経験が伝わってくる大野の指揮ぶり。言葉では具体的に表現できないが、音楽全体に何か柔らかさが伝わってくる感じがした。昨夜の「クラシック音楽館」でレジェンドがテーマでカラヤンのN響初共演が話題になっていた。カラヤンはN響の演奏が縦になっているのに驚いて、全員に後ろを向いて演奏するように指示したそうである。結果的にカラヤンによると演奏が良くなったそうである。池辺晋一郎のこの昔話を聞いて何となく分った気がした。

とにかく演奏終了後の拍手大喝采はオーケストラの演奏に対してのものではあったが、聴衆の称賛は指揮者に向けられていたようであった。アンコール曲は「ドヴォルザーク:スラヴ舞曲集 第1集 第1番」。
マエストロ大野には来年オープンする札幌文化芸術劇場への関わりも同時に期待したいものである。

※都響ガイドを通して3月末に直接に購入していたチケットの受け取りに行列ができていて入場まで20分以上掛かった。行列に並ぶ高校生と偶々会話が弾んだ。都響のホルン首席奏者から指導を受けるキャンプに参加して美幌から札幌に来ていて、今日の演奏会を聴きに来た。5時にはキャンプが行われている時計台に戻るという。都響ホルン首席奏者が旭川出身で私の教え子だと話したら私の名をメモしていた。明るい前向きな高校生と知り合って楽しい時間が過ごせた。

バッティスト―ニ北海道初登場(札響&木下美穂子)

2018年10月札幌文化劇場こけら落とし公演「アイーダ」に先立って、今や世界でカリスマ的に活躍中の若手指揮者アンドレア・バッティスト―ニが札幌文化劇場プレイべントとして札響&木下美穂子と共にKitaraのコンサートに出演した。
 
Battistoni は1987年生まれのイタリアの指揮者。2013年よりフェリーチェ歌劇場の首席客演指揮者に就任。2015年より東京フィルの首席客演指揮者を務めて16年から首席指揮者に就任。ヨーロッパの著名な歌劇場と共に世界的に優れたオーケストラとも共演してセンセーションを巻き起こしている。日本でも「ナブッコ」、「トゥ-ランドット」などのオペラをはじめピアニスト反田恭平などとの共演で話題沸騰中。
木下美穂子(Mihoko Kinoshita)は日本を代表するソプラノ歌手のひとり。2001年に日本音楽コンクール第1位、その後は世界の数々の声楽コンクールで第1位や上位入賞で受賞歴多数。NHKニューイヤー・オペラコンサートなどを通して活躍の様子は目にしている。

2017年9月15日(金) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 ヴェルディ:歌劇「ナブッコ」序曲
 プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より “私のお父さん”
         歌劇「修道女アンジェリカ」より “母もなしに”
         交響的前奏曲
         歌劇「トスカ」より “歌に生き、恋に生き”
         歌劇「蝶々夫人」より “ある晴れた日に”
 ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲
 レスピーギ:交響詩「ローマの松」

関係者からチケットの売れ行きが芳しくない話が耳に入っていたが、当日の会場は9割以上の客が入って満席を思わせるほどで熱気が漂うほどの雰囲気であった。
前半のプログラムはバッティストーニが得意とするヴェルデイのオペラの序曲を挟んで、同じイタリア・オペラの大作曲家プッチーニの有名な4つの歌劇からアリアが各1曲歌われた。

上演される歌劇より「序曲」が親しまれて演奏機会の多い曲で開幕を飾ったが、バッティストーニはダイナミックな指揮ぶりで聴衆の心を一気に掴んだ。オーケストラを自身のタクトで自由自在に操って会場を湧かせた。

木下美穂子は来年10月の「アイーダ」でタイトルロールを歌う予定のソプラノ歌手。深紅のドレスに身を包んだ長身でステージ映えのする木下は第一声から素晴らしい歌声を披露し、アリア「私のお父さん」を表現力豊かに歌い上げた。歌唱後にブラヴォーの声が掛かるほどの美声で鮮やかな印象を残した。他の3曲と比べると馴染み度が薄い「修道女アンジェリカ」からのアリアも国内外で活躍している歌手ならではの歌唱で、感情も込められていた見事な演唱であった。

「交響的前奏曲」の知識は全くなかったが、バッティストーニが好んで取り上げるという抒情性豊かな曲。プッチーニのミラノ音楽院の卒業作品だそうである。

「トスカ」、「蝶々夫人」は最も有名なアリアを含むオペラで、実演や映画などで親しまれている。誰もが耳にしたことのある2曲の「アリア」はやはり身近に楽しめた。期待以上の歌唱で聴衆を魅了した木下が来年の札幌文化芸術劇場のこけら落とし公演で歌う姿が待ち遠しくなった。歌唱終了後の拍手大喝采は何回もカーテンコールが続いて聴衆の満足度が表れていた。

プログラム後半はオーケストラ作品でイタリアの作曲家レスピーギの代表作《ローマ三部作》から「ローマの松」。第1作「ローマの噴水」、第2作「ローマの松」、第3作「ローマの祭り」で3曲中、「ローマの松」が最も芸術的とされて演奏機会も多い。札響でも節目となる祝いの際に演奏されてきた。
《ローマの松》は4楽章構成。第1楽章「ボルゲーゼ荘の松」、公園で子どもたちが遊ぶ姿が描かれ華麗で絢爛たるオーケストレーションがアッという間に終わる。第2楽章「カタコンベ近くの松」、地下墓場から聞こえてくる聖歌の合唱を幻想的に描いた(*楽屋裏からトランペットの響き)。第3楽章「ジャニコロの松」、満月に照らされた南国の静かな夜の描写。第4楽章「アッピア街道の松」、古代ローマの軍隊が夜明けに行進する壮麗な幻想的な場面(*オルガンも加わり、2階の左右からバンダのトランペット各2本、2階中央から2本のトロンボーン、計6本の金管楽器の壮麗で壮大な響きが奏でられた極めて印象的なフィナーレ)。

バッティストーニは楽団員を掌握してオーケストラから思い通りに音を引き出しているように見えた。タクトを大きく使い、腕の動きも最大限に使って表情豊かにダイナミックな指揮ぶりを展開した。非常に個性的でカリスマ性を発揮した姿に強烈な印象を受けた。来年の札幌文化劇場のこけら落とし公演がますます楽しみになるイヴェントであった。

満席に近い聴衆の拍手大喝采だけでなく札響メンバー全員の称賛を受けて、アンコール曲に《ウィリアム・テル「序曲」より“スイス軍の行進”》。
アンコール曲が終っても鳴りやまぬ拍手に、今回のプレイベントの成功と来年のこけら落とし公演に向けての聴衆の期待度の高まりを感じ取った。帰りのホワイエでCDを購入してサイン会に並ぶ人の列ができていた。18年10月7日・8日の2日間公演も成功することは間違いなさそうである。楽しい気分に浸って家路に着けるのは有難いことである。


 

札響名曲シリーズ2017-18 Vol.2 グリーグ&シベリウス(尾高&田部)

【森の響フレンドコンサート】
 新伝説のフィンランディア

2017年9月9日(土)  14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
 
指揮/ 尾高 忠明    ピアノ/ 田部 京子
管弦楽/ 札幌交響楽団

〈Program〉
 グリ―ク:ホルベルク組曲(ホルベアの時代から) op.40
       ピアノ協奏曲 イ短調 op.16
 シベリウス:「カレリア」組曲 op.11
         交響詩「トゥオネラの白鳥」 op.22-2
         交響詩「フィンランディア」 op.26

北欧の人気作曲家の音楽。尾高&札響は2009、2010年にグリーグ&シベリウスの管弦楽曲を各1枚リリースしている。北欧音楽を日本最北のオーケストラが録音して好評を得ているらしい。本日のピアニストは北海道出身で日本を代表する演奏家の一人、田部京子。人気の高い札響名曲シリーズが行われた今日はほぼ満席状態で盛り上がった。

ノルウエー出身のグリーグは同じベルゲン生まれの戯曲作家ホルムベルク(1684-1754)の作品に曲を付けた。ベルゲン市が主催するホルムベルクの生誕200年祭に協力したとされる。彼はカンタータとピアノ組曲を書いた。後にピアノ曲を弦楽合奏版に書き換えて「ホルベルク組曲」となった。(*ホルベルクの名は当時の宗主国デンマークに渡って活躍したので、デンマーク読みで“ホルベア”と表記されることもある。)
古い時代のスタイルで書かれたバロック様式の音楽で5曲から成る。①前奏曲 ②サラバンド ③ガヴォットとミュゼット ④アリア⑤リゴードン。タイトルから曲の印象が浮かぶが、ノルウェーの民俗音楽の香りもあってロマン派らしい曲作りも感じられた。札響の弦楽合奏の響きは安定していて実に美しく味わいがある。

グリ―クのピアノ協奏曲は人気が高くて演奏会でも度々弾かれる。田部京子のピアノを聴くのは今回が6回目。10年夏の札響特別演奏会で会員が選んだ三大ピアノ協奏曲(チャイコフスキー第1番、ラフマニノフ第2番、グリ-グ)から田部が「グリ-グ」を演奏した当時のコンサートの様子は鮮明に脳裏に浮かぶ。
ノルウェー民謡風の旋律が醸し出す北欧的な抒情味あふれる曲は魅力に満ちていた。グリーグの幸福感が躍動感を伴って田部のピアノから伝わってきた。第1楽章のカデンツァは華麗で輝きを放っていた。第2楽章はロマンティックな緩徐楽章で各楽器の織りなす色彩感も見事だった。第3楽章はピアノとオーケストラが華やかに掛け合いながらダイナミックなフィナーレへ。

7年前の時は第1曲目のラフマニノフが聴衆の心を圧倒して、その後の集中度を保つのが困難なほどであったと記憶している。名演奏家がそれなりに演奏しても3曲通して聴衆が集中力を維持するのは難しいことを別の機会にも経験した。田部のグリーグは第2曲目だった。1番人気のチャイコフスキーもラフマニノフの影響を明らかに受けていた。
今回の演奏会の焦点を田部の演奏に当てていた聴衆が多かったと思う。人々の期待に応えた田部の演奏は凄かった。2階3列正面からオーケストラ全体が目に入ってピアニストの手の動きが良く見えて、私自身は夢幻的な世界に誘いこまれたように曲に没入した。とにかく素晴らしい演奏であった。圧倒的な演奏の結果ではあるが、やはり会場が満席状態の時はコンサートは一段と盛り上がる。
演奏終了後の拍手大喝采はしばらく鳴りやまなかったが時間が押していることもあってかアンコール曲は披露されなかった。

尾高はフィンランドに赴いて当地のオーケストラと何度も共演を重ねている上、札響とのシベリウス交響曲ツィクルスを完成してCDもリリースしている。3曲共に名曲であるが、「フィンランディア」を除いては札響の演奏会で聴くのは珍しい。

シベリウスはロシアと隣接するカレリア地方を訪れて民族意識に目覚め、カレリア歴史劇のための音楽を書いた。のちに声楽入りの7曲から3曲を選んで組曲に編んだ。①間奏曲 ②バラード ③行進曲風に。第3曲のメロディが特に親しまれていて耳にする心地よい音楽。
*カレリア地方は第2次世界大戦後にソヴィエト連邦の領土となり、現在はロシア領である。

シベリウスは《カレワラによる4つの伝説曲》(レミンカイネン組曲)を書いたが、その第2曲が「トゥオネラの白鳥」。トゥオネラ川に浮かぶ白鳥の情景が描かれている。演奏時間が8分程度の美しい曲。

「フィンランディア」はフィンランドの音楽的象徴として国歌より名高い曲のようである。ロシアの支配下にあってフィンランド国民を鼓舞する音楽として知られ、現在も演奏機会が多い。人間を勇気づける曲で何回耳にしても力強い魅力的な曲。

尾高&札響のコンビで作り上げる北欧ものは素晴らしい。アンコールに馴染みの弦楽合奏曲「シベリウス:アンダンテ・フェスティーボ」。札響名誉音楽監督とオーケストラの信頼関係が作り上げる北欧の音楽は心深くに届く。



札響第602回定期演奏会(スダーン指揮フランク交響曲&モーツァルト協奏交響曲)

ユベール・スダーン(Hubert Soudant)は1975年の札響定期に客演し前回の札響との共演は2015年1月定期で見事なフランス音楽を聴かせてくれた(フォーレ:組曲“ペレアスとメリザンド”、ラヴェル:“ダフニスとクロエ”第2組曲)。
スダーンは2006年にザルツブルク・モーツァルト管を率いてKitaraに登場してオール・モーツァルト・プログラムを披露してモーツァルト生誕250年を祝った。
今回は「フランク:交響曲」がメイン曲で、もうひとつの話題曲は【プリンシパルズの協奏】とタイトルを付けて札響管楽器首席奏者をソリストにしての「モーツァルト:協奏交響曲」が演奏された。

2017年8月26日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara 大ホール

指揮/ ユベール・スダーン
独奏/  関 美矢子(オーボエ)、三瓶 佳紀(クラリネット)
     坂口 聡(ファゴット)、 山田 圭祐(ホルン)
〈Program〉
 ベートーヴェン:序曲「レオノーレ」第3番 op.72b
 モーツァルト:協奏交響曲 変ホ長調 K.297b(Anh. C14.01)
 フランク:交響曲 ニ短調 

「レオノーレ」序曲は3曲の中で最も壮大で勇ましいが、歌劇「フィデリオ」の序曲としては長すぎることもあってオペラ上演では演奏機会は殆ど無いようである。ただし、オペラの幕間に入れられたりする場面も多いと聴く。この序曲は単独で演奏される機会が多いと思うが札響定期演奏会で聴くのは久しぶりである。この序曲にはフロレスタンの妻レオノーレが男装して名をフィデリオに変えて夫を救い出す歌劇の場面が暗示されるトランペットの響きをはじめ、歌劇から取られている材料が多いといわれる。「序曲」として長い方であるが、ドラマティックな展開で聴きごたえがある。舞台裏から演奏されるバンダトランペットが印象的であった。

協奏交響曲は複数の独奏楽器を持つ交響曲風の楽曲でソロの活躍が目立つ。モーツァルトのこの曲では「オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン」の4つの管楽器がソロとなる協奏交響曲である。協奏曲は通常、外部から独奏者を招くが、協奏交響曲ではソリストにオーケストラの首席奏者を起用する(*PMF2000の札響演奏会ではソリストは4人のウィ-ン・フィル奏者が務めた)。
今回は札響首席奏者がソリストを務めるほど札響の管楽器奏者のレヴェルが高くなっている証左といえよう。4つの管楽器が織りなす魅力的な音色は得も言われぬ美しい響きとなってホールを包んだ。
(*本来の独奏楽器はフルート、オーボエ、ファゴット、ホルンだったが、依頼人がモーツァルトの手稿を失くしたためにモーツァルトが記憶で書き直した。その際にフルートがクラリネットに変わっていたのだが、その理由は不明のままだというエピソードのある曲でもある。この曲の筆写譜は20世紀初頭に発見された。1964年以降の研究でも結論が出ずに「疑作・偽作」を示す番号が付けられて複雑のままである。)

スダーンはオランダ出身であるが、新フランス放送フィル音楽監督(1982-83)などを務め、94年ザルツブルク・モーツァルト管首席指揮者・首席客演指揮者を10年以上務める。彼は99年から東京交響楽団首席客演指揮者に就任し、04年から14年まで音楽監督。現在は東京響桂冠指揮者。90年代より在京オーケストラを一通り指揮して評価を高めて、日本各地のオーケストラの客演指揮も多い。東京響とは相性が良く、同響のレヴェルを一段と押し上げたのではないだろうか。彼はオペラの分野でも話題作を上演し続け、ヨーロッパの歌劇場やオーケストラへの客演も多い。東京では外国人がシェフを務めるオーケストラが多いが、日本のオーケストラの実力向上に果している役割は多大である。

ベーム指揮ベルリン・フィルのCDで何回か聴いたことがある曲だったが、モーツァルトの権威の指揮者が札響のソリストを中心にオーケストラから引き出す音楽に惹きつけられた。4人の顔なじみの奏者がステージの真ん前で演奏する姿も普段と違う雰囲気が出ていて新鮮であった。女性のオーボエ奏者がソリストを務める時の衣装も一段と華やかで彩を添えた。

フランクの「交響曲」は久しく耳にしていない。近年は「ヴァイオリン・ソナタ」は聴く機会が極めて多い。フランク唯一の交響曲は66歳の時に作曲された。亡くなる2年前であった。この交響曲ニ短調は珍しい3楽章構成。しかし、第2楽章の中間部にスケルツォが入っているので、実質的には4楽章の形式を持っているとも言える。

冒頭のヴィオラ、チェロ、コントラバスの低音楽器による序奏で始まるテーマが全曲の循環主題となる重々しい響き。続いて第1ヴァイオリンが奏でる清らかな“希望の動機”。第2主題は全管弦楽による“信仰の動機”で曲の高まりを見せる。第2楽章では
弦楽器のピツィカートとハープの序奏のあとイングリシュ・ホルンの悲しげな調べの第1主題。弦楽器が奏でる第2主題も合わさる。第3楽章は管楽器の総奏のあとファゴットとチェロによる明るい“歓喜の主題”。この第1主題が様々に繰り返されて発展し、第2主題はトランペットが奏でる。その後、第1楽章や第2楽章の主題が組み合わされ、最後は“歓喜の主題”によってフィナーレとなる。

ニ短調からニ長調へと変わる“暗”から“明”への流れが全曲を貫いている感じをスダーンの明解な指揮ぶりから充分に鑑賞できた。フランクの生い立ちも本を読んで知っていたこともあって、曲の中にオルガン奏者としての重厚な響きも感じた気がした。
管楽器首席奏者4人が抜けても、前首席奏者や客演奏者が補ってメイン曲を演奏できるくらいの実力を備えていることは喜ばしい。

演奏終了後に指揮者が楽団員を称える関係にもスダーンと日本人との相性の良さが見て取れた。本拠地を日本にも置いて活躍する姿を確認できて良かった。また、札響と客演する日を楽しみにしたい。

札幌西高等学校管弦楽団第48回定期演奏会

日本の学校教育で合唱や吹奏楽が課外活動で盛んに行われているがオーケストラが高校レヴェルで設立されている学校は稀である。北海道内では札幌西高校だけである。四半世紀前に息子の入学式で札幌西高校のオーケストラの演奏を聴いた。同校の定期演奏会に足を運んだのは今回が初めてである。

札幌西高校オーケストラ部は60年を越える歴史と伝統を誇り、1970年(昭和45年)の第1回定期演奏会以降は毎年1回定期演奏会が開催されてきている。道内の有数の進学校で伝統を守り続ける姿は誠に頼もしい。

2017年8月12日(土) 18:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈PROGRAM〉
 ドヴォルザーク:「スラヴ舞曲第1集」より 第8番
 ハチャトゥリアン:組曲{仮面舞踏会」しt
 ドヴォルジャーク:交響曲 第8番 ト長調 作品88

演奏会の初めに「札幌西高等学校校歌」と「札幌第二中学校校歌」が部長の指揮のもとで演奏された。校歌は本来、オーケストラ用ではないので、盛り上がりに欠ける演奏だったのは止むを得ない。

正式なプログラムが顧問の高橋利夫先生のタクトで始まるとオーケストラは見違えるような音を発した。
スラヴ舞曲は第1集は8曲から成るが、「第8番」はコンサートのアンコール曲としても演奏機会が多く親しまれている。スラヴ舞曲ならではの音楽で色彩感も豊かで活気あるリズムは高揚感を搔き立てた。最初のプログラムに相応しい選曲と思った。

ハチャトゥリアンは当時のグルジア生まれのソ連の作曲家。ロシアの作家レールモントフが書いた戯曲「仮面舞踏会」にハチャトゥリアンが音楽を付けた。帝政ロシアの貴族社会を舞台に嫉妬にかられた夫が妻を殺してしまう悲劇の物語。この劇音楽の中から5曲が組曲として編まれた。
第1曲の「ワルツ」が浅田真央がフィギュア・スケートで使用した曲で一気に有名になり日本だけでなく世界で親しまれるようになった。第2曲ノクターン、第3曲マズルカ、第4曲ロマンス、第5曲ギャロップ。タイトルで曲の展開がある程度判断できる。抒情的で美しいメロディ、ポーランド風の舞曲、悲しいドラマの後で様々な人間模様が時には静かに、時には賑やかにと描かれて華やかなフィナーレとなる。
曲に変化があり、弦楽器、管楽器、打楽器の活躍がそれぞれあって勢いのあるドラマテイックな音楽が繰り広げられた

前半は85名の部員がほぼ全員が参加しての演奏。26名の新入部員を加えてのまとまりのある演奏に顧問の先生の苦労は並大抵でなかった様子がプログラムの中の言葉からも窺がえた。短期間でこれだけの成果を上げるのは大したものである。

後半は馴染みのドヴォルザークの「第8番」。この曲の演奏ではOB・OG5名の協力を得て総勢65名の出演者。在学中の短期間でまとまった演奏に仕上げるのは簡単ではない。顧問の叱咤激励を得ながら苦しい練習を積み重ねてきたことは容易に想像できる。とにかく違和感なく演奏を最初から最後まできちんと聴けた。勉強と両立しながら部活動を行い、この夏休みは最後の仕上げで猛練習したことだろう。
この大曲を届けてくれた高校生を称えたい。プロの道に進む人も中にはいると想像されるが、高校で活動に終止符を打つ者もいるだろう。でも、音楽は何らかの形で彼らと繋がっていくことを確信している。

演奏終了後に会場に集まった1200名以上の聴衆から盛大な拍手が沸き起こった。今年で現役を退く顧問と部長の挨拶に際してはプロや他のアマチュア・オーケストラのコンサートとは少々違った聴衆の応援と感謝の気持ちが広がって感動的であった。
アンコール曲は85名の部員全員で「エルガー:ニム・ロッド」と「ヨーゼフ・シュトラウス:鍛冶屋のポルカ」。

※今回の定期演奏会に際して札幌西高でコントラバス奏者を務めた卒業生が寄稿文を載せていた。彼は高校卒業後イタリアの弦楽器製作所に入学して、卒業後も工房に通って約8年間修業。2012年に帰国して、現在は名古屋で弦楽器の修理工をしているという。彼は今年の初めに西高を訪れて当時の楽器に触れる機会を得た時の感慨も綴っていた。西高オケに出会って現在の自分があると記している。いろんな道で引き続き音楽と関わって人生を歩んでいる人の姿は美しいと思った。

※帰路、Kitaraを出ると通路を戻ってくるレセプショニストと出会った。間もなく友人の姿が目に入ると、ステッキをついていたがコンクリートに躓く瞬間を見て慌てて彼の名を呼んで声を掛けた。彼もすぐ気づいてくれた。伝えてあげたコンサートの情報で、まさかと思っていたら、連日のKitara通い。翌日の西高OBオーケストラの時間も訊かれた。日曜日の教会の話が早く終わったら、また鑑賞に来るとのことだった。オルガニストのフェアウエル・コンサートのチケットは先日買い求めたと言っていた。今月末のソプラノ・リサイタルの招待状の申し出を受けたが東京からの帰りの飛行機の中の時間になるということでお断りした話など、いろいろ話をしてくれた。全盲など感じさせない力強い生き方に刺激を受けつつ、相手の立場で考えることも学んでいる。
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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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