札響名曲シリーズ2017-18 遠くイタリアを夢見て(指揮/バーメルト)

〈森の響フレンドコンサート〉
 
スイス出身の指揮者、マティアス・バーメルトは過去2回札響定期に登場。札響との初共演が2014年1月、続く2016年1月はヴァイオリニストのイザベル・ファウストと協演して2度目の登場。今回の3度目の共演を前に2018年4月から札幌交響楽団首席指揮者に就任することが決まった。

2017年10月14日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ マティアス・バーメルト(Matthias Bamert)     管弦楽/ 札幌交響楽団

〈Program〉
 チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」
 メンデルスゾーン:交響曲第4番 イ長調 「イタリア」 op/90
 プロコフィエフ:組曲「ロメオとジュリエット」抜粋(バーメルト編)

チャイコフスキーはシェイクスピアに題材を得た管弦楽曲を3曲残しているが、《幻想序曲「ロメオとジュリエット」》は最初に書かれた曲で最も親しまれている。(*他の2曲は《交響的幻想曲「テンペスト」》と《幻想序曲「ハムレット」》。偶々、ドゥダメル指揮シモン・ボリバル響の演奏による3曲入りの輸入盤が手元にあったが耳にしたのは一度だけである)。「ロメオとジュリエット」はゲルギエフ指揮ウィ-ン・フィルのCDに「悲愴」とカップリングされていて何度か聴いたことがある。
チャイコフスキーの初期の傑作とされる「ロメオとジュリエット」は色彩豊かでオーケストレーションがダイナミックである。馴染みのストーリー展開であるが、モンタギュー家とキャプレット家の抗争が巧みに表現され、イングリッシュ・ホルンとヴィオラによる“愛の主題”が歌われる。両家の反目の主題がトゥッテイで奏され、最後に二人の死を悼むティンパニの響き。思っていたより大人数での演奏も観ていて気持ちが高揚した。

メンデルスゾーンが書いた5曲の交響曲の中で最も有名で広く親しまれている「イタリア」。メンデルスゾーンは20歳の頃にヨーロッパ各地を演奏旅行した折の印象を様々な曲に綴っている。その中でもドイツと対照的な明るい風土を持つイタリアが気に入って作曲した「イタリア交響曲」。ナポリなど風光明媚な街を訪れ、明るい陽の光の中で過ごす人々と接して得た色々な印象を基に作曲した。4楽章全体にわたって印象的なメロディが入っていて魅力的な曲。第4楽章はローマ周辺で流行った舞曲「サルタレロ」のリズムで始まり、ナポリの舞曲「タランテラ」のリズムも加わった。楽しい気分のうちにクライマックスへ。
前曲と対照的にオーケストラの編成は意外と小振りであった。

プロコフィエフは1917年ロシア革命勃発でアメリカに亡命して、33年に母国ソ連に戻り、祖国復帰後の初の大作が《バレエ音楽「ロメオとジュリエット」(全曲52曲)》。ボリショイ劇場での初演の機会に恵まれずに、プロコフィエフは演奏会用組曲に編み直し、36年に〈第1番〉7曲、37年に〈第2番〉7曲で初演にこぎつけた。44年に〈第3番〉6曲。
組曲がそのままの形で演奏されることは珍しく、指揮者が様々な形で抜粋することが多いようである。デュトワ指揮N響のCDでは8曲が収録されていて何度か聴いているが、演奏会で聴くのは今回が多分初めてだと思う。
今回はバーメルト抜粋で11曲。「モンタギュー家とキャピュレット家」、「朝の歌」、「少女ジュリエット」、「情景」、「朝の踊り」、「仮面」、「踊り」、「ティボルトの死」、「別れの前のロメオとジュリエット」、「ジュリエットの墓の前のロメオ」、「ジュリエットの死」。
5曲がCDと一致していたが、馴染みのメロディは2・3曲だけだった。
両家の抗争の場面は別にして音楽は抒情的な場面が多くて、粗筋は知っていても、具体的な場面が想像だけで把握しきれなかった。指揮者に目が行くより、ピアノ、チェレスタ、打楽器、管楽器の奏者に注目して音が発する楽器に思わず目が行った。ステージ全体が見渡せる2階正面の席から各奏者の動きが観れたが、静かな音楽が中心の曲の流れに何となく身をゆだねた感じになってしまった。

※バレエとしての初演は38年チェコスロヴァキアのブルノ劇場、祖国での初演は40年レニングラードのキーロフ劇場。
10年ほど前にゲルギエフ指揮マリインスキー劇場キーロフ・オーケストラによるバレエ音楽の全曲のCD2枚を手に入れ、購入時に一度は通して聴いている。バレエの実演で観ないとなかなか充実した鑑賞は出来ない。来年オープンする札幌文化芸術劇場でいつの日かバレエ音楽を鑑賞できる日を待ちたいと思う。

今回の演奏会では次期札響常任指揮者に就任したバーメルトへの歓迎の雰囲気が演奏会の最初から最後まで大ホールに漲っていた。特に演奏終了後のバーメルトに対する態度でオーケストラ楽員を含めて聴衆の盛大な拍手は凄かった。
来シーズンは4月の名曲シリーズ、4月定期、9月定期、1月定期と4回バーメルトは札響の指揮を執る。

アンコール曲は弦楽合奏で「モーツァルト:カッサシオン K.63より “アンダンテ”」。
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札響第603回定期演奏会~スッペ&グルダ&ブルックナー(下野&宮田)

指揮者、下野竜也によるユニークな「ウィ-ン・プログラム」。ウィ-ンの音楽でありながら、本流から少し外れたプログラムに却って興味を抱いた。3曲ともに今までにコンサートで聴いたことがない珍しい曲。定期演奏会の選曲として意外ではあるが、個人的には大歓迎であった。下野は15年8月定期に次いでの札響登場。

2017年9月23日(土) 14:00開演 札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/下野 竜也(Tatsuya Shimono)    チェロ/ 宮田 大(Dai Miyata)
ウィ-ンに音楽は踊る
 〈Program〉
  スッペ:喜歌劇「ウィ-ンの朝・昼・晩」序曲
  グルダ:チェロと吹奏楽のための協奏曲
  ブルックナー:交響曲第1番 ハ短調(ウィ-ン版)

スッペ(1819-95)はヨハン・シュトラウス2世と並んでウィ-ン・オペレッタの全盛時代を築いた作曲家。「スペードの女王」、「軽騎兵」などが代表作。
「ウィ-ンの朝・昼・晩」序曲は名高い序曲の一つだそうで、札響演奏歴が8回あって思っていたより人気曲のようだった。定期では初めての演奏曲。壮麗なイントロに続いて軽快なリズミカルな調べが展開され、独奏チェロの活躍があってメロディが目まぐるしく変わってクライマックスを迎える10分程度の楽しい曲。初めて聴く人が多かったと思うが、朝・昼・晩の雰囲気が楽しく表現されていて面白く聴けた。

1曲目が終って、2曲目のステージの準備にかかる合間を利用して、指揮者のトークが入った。4月から広島響の音楽総監督に就任した下野竜也は現代曲や珍しい作品を積極的に紹介する指揮者としても知られる。グルダの紹介とブルックナーの曲の鑑賞の仕方を語った。

グルダ(1930-2000)はウィ-ン出身のピアニスト。バドゥラ=スコダ、デムスと共にウィ-ンの三羽烏と呼ばれた(*スコダとデムスは07年Kitaraに来演)が、グルダは大ピアニストとしての世界的名声を得て突出した存在だった(*グルダ&ウィ-ン・フィル演奏のベートーヴェンの協奏曲のCDが手元にある)。
50年代後半よりグルダはジャズ演奏や作曲、即興演奏も行うなど“異端児”的な方向へ進んだ。同時にベートーヴェンのソナタ全集を2度録音するなどクラシック音楽と共存を図り、新たな音楽芸術を志向したという評価もある。

「チェロと吹奏楽のための協奏曲は1981年ウィ-ンで作曲された、ウィットに富んだ30分ほどの親しみやすい曲。5曲編成。第1曲「序曲」はリズミカルで活気に満ちた曲。チェロの超絶技巧が目立った。第2曲「牧歌」は管楽器に乗った独奏チェロの旋律が印象的。第3曲は「カデンツァ」でチェロの名技が披露された。第4曲「メヌエット」はフルートとギターの対話も入る幻想的な調べ。第5曲「終曲」は行進曲風でジャズの要素が取り入れられている胸が弾む音楽。

クラシック音楽では珍しくマイクが付けられ、スピーカーもステージの4か所に備えられての演奏。作曲家指定の演奏形態と予め指揮者の説明があった。楽器編成は独奏チェロと管楽器12、打楽器、ギター、コントラバス2(クラシック用とジャズ用が各1)。
最初からオーケストラの音量、特にチェロの響きが強烈で3階の奥まで届いたと思われるサウンド。この種の音楽を好む人には心も躍るような響きだったのではなかろうか。普段は聴き慣れていなくてもKitaraで偶にこんな響きを耳にするのも悪くはないと思った。しかも、音の強弱に変化もあっての珍しい音楽は興味津々であった。
普段のクラシック音楽演奏とは趣の異なる曲が展開され、終曲ではジャズ風の演奏に合わせて帽子をかぶったり、ハチマキをしたりして服装にも工夫が凝らされていた。札響初演。

ソリストのアンコール曲は「バッハ:無伴奏チェロ組曲 第3番より “ブーレ”。
宮田は4年前に下野指揮読響と共演してのドヴォコンの名演奏が生々しいが、いろんな曲に挑戦している姿が凛々しくて頼もしくもあった。昨年6月のリサイタルも素晴らしかったので、毎年のように聴きたいチェリストである。

ブルックナー(1824-96)の曲は一般のクラシック音楽ファンには好まれていないが、フルトヴェングラー、カラヤン以降の偉大な指揮者たちは好んで指揮していたようである。ブルックナーの名が分かって第4番、第7番を聴き始めたのが1999年のことで、まだ20年も経っていない。第1~9番まで手元にそろったのが2001年、4番を除く第1~5番は購入した時に一度耳にしただけである。
「第1番」はインバル指揮フランクフルト放送響のCD(リンツ版)を今回のコンサートに備えて2回耳にしておいた。それほど敬遠するような曲では無いと感じた。
最近は生演奏で集中して鑑賞していると、オルガンやコラールの響きも感じられ重厚な曲を味わえるようにはなってきていた。昨夜は指揮者のアドヴァイスで“森の中に入った”状況を思い浮かべながら聴いた。やはり聴く回数を増やすとどんな曲もそれなりに少しづつ親しみが湧いてくる。札響初演。

下野竜也は朝比奈隆の下で力をつけ、01年ブサンソン国際コンクール優勝後は06年読響初代正指揮者、13-17年3月まで読響首席客演指揮者を務め、現在は広島響総音楽監督のほか、京都市響首席客演指揮者、京都市芸大教授も務める。まだ40代の俊英指揮者で国際舞台でも活躍しているが、日本の指揮界の牽牛者としての役割も期待されている人材である。今後一層の活躍を期待したい。

東京都交響楽団 札幌特別公演(大野和士指揮)

都響(To・Kyo)として親しまれる東京都交響楽団が創立40周年記念に北海道公演を始めたのが2005年9月。その後、2年に1度の札幌特別公演が続いている。指揮者が05年 金聖響、07年&09年 小泉和裕、11年 レオシュ・スワロフスキー 13年 小林研一郎、15年 下野竜也で、今年は都響音楽監督・大野和士のKitara初登場。

大野和士(Kazushi Ono)は1960年、東京都生まれで日本を代表する世界的指揮者のひとり。87年トスカニーニ国際指揮者コンクールに優勝。クロアチアのザグレブ・フィル音楽監督(90-96)、都響指揮者(90-92)、東京フィル常任指揮者(92-99)、バーデン州立劇場音楽総監督(96-2002)、ベルギー王立歌劇場(モネ劇場)音楽監督(02-08)、フランス国立リヨン歌劇場常任指揮者(08-17)を歴任。15年より都響音楽監督に就任。
これまでミラノ・スカラ座、メトロポリタン歌劇場など欧米の一流の数多の歌劇場に客演、コンサートでもヨーロッパの主要オーケストラに客演して世界的に評価を高めている。ブリュッセル在住。
現在はバルセロナ響音楽監督、東京フィル桂冠指揮者。18年9月に新国立劇場オペラ部門芸術監督に就任予定。

92年に東京フィルを率いて北海道公演札幌特別演奏会を行ったが、今回はそれ以来25年ぶりとなった。

2017年9月18日(月・祝) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 ワーグナー:歌劇『ローエングリン』第3幕への前奏曲
 シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47(ヴァイオリン独奏/パク・へユン)
 サン=サーンス:交響曲第3番 ハ短調 op.78 《オルガン付》(オルガン独奏/室住素子)

ドイツ中世の伝説を基にしたオペラの主人公であるローエングリンは聖杯を守護する騎士。ローエングリンと王女エルザの婚礼が行われる第3幕の前奏曲なので、明るく力強い音楽。ワーグナーの管弦楽作品の中でも演奏機会の多い人気曲。騎士を象徴するホルンを中心にオーケストラ全体が高らかに主題を奏で、高揚した雰囲気に包まれる華やかな堂々とした曲。コンサートの幕開けに相応しい曲であった。

パク・へユン(Hyeyoon Park)は1992年、ソウル生まれの韓国人ヴァイオリニスト。09年ミュンヘン国際音楽コンクールで史上最年少優勝。欧米各地で活躍し、N響、読響、東響、名フィルとも共演。
シベリウスのヴァイオリン協奏曲は4大ヴァイオリン協奏曲に次いで人気が高く、演奏機会も多い。北欧の美しくも厳しい自然を背景に生きる人間や動物の姿を思い浮かべながら聴いてみた。ヴァイオリン独奏と管弦楽が緊張感を漂わせながらスケールの大きな音楽を展開した。ヴァイオリンのカデンツァの深みのある演奏が印象的だった。北欧的な寂しさがあるのが他のヴァイオリン協奏曲と違う感じがして、この曲の特徴かと思った。

北海道にも台風が上陸して人々にも様々な影響を及ぼした。交通機関にも影響が出てコンサート会場に来れなかった人もいたようである。それでも8割以上の客席が埋まっていたのではないだろうか。演奏終了後には満足の意の歓声も上がって、アンコール曲に珍しい曲が演奏された。アンコール曲は「エルガー:性格的練習曲集 op.24より No.5」(*メロディも曲のタイトルも全く知らなかった)。」

室住素子(Motoko Murozumi)は室蘭出身のオルガニスト。東京大学文学部文学部美学芸術科を経て、東京藝術大学音楽学部器楽科(オルガン専攻)卒業、同大学大学院修士課程修了。1989-97年、水戸芸術館音楽部門主任学芸員を務める。都響、新日本フィル、N響など共演多数。昨年9月札響定期で「レ―ガ―:序奏とパッサカリア」を弾いた。

サン=サーンスは5曲の交響曲を作曲した。コンサートで演奏される人気の交響曲は「第3番」。他の交響曲のCDを1・2度は耳にしているがメロディは全く覚えていない。オルガン付の交響曲も演奏会の曲目になるたびに予めCDで聴いている程度である。
「オルガン付」は交響曲という枠の中でオルガンを独奏楽器として用いたユニークな作品。“楽器の王様”と言われるオルガンの持つ音響的な奥行きの深さを利用したオーケストレーションが素晴らしい。今までコンサートで何度か聴いてきたこの曲の醍醐味を今回は一番よく味わえたように思った。その要因の一つは座席である。今回は2階CB2列13番で、ホールの真正面。最近はオーケストラ曲は可能な限り、好んでこの辺りの座席から鑑賞している。Kitaraはどの座席からでも良い音を楽しめるとはいえ、やはり座席の違いで鑑賞の感激度に影響がある。
オーケストラの中でのオルガンの響きも楽しめたほかに、この曲にピアノ連弾が入っているのも今回はじめて分った。聴くだけでなく観ることで演奏者の姿が視界に入る。何回か聴いているとメロディも親しんでくるようになる。今までは漠然と聞いていたが、今回は循環形式が用いられていて主題が繰り返されることにも気が付いた。基本的な音楽の知識が不足しているのは自覚しているのだが、音楽の構造が分かると一層楽しくなるだろうと思った。

オペラもコンサートも指揮する機会が多い海外での経験が伝わってくる大野の指揮ぶり。言葉では具体的に表現できないが、音楽全体に何か柔らかさが伝わってくる感じがした。昨夜の「クラシック音楽館」でレジェンドがテーマでカラヤンのN響初共演が話題になっていた。カラヤンはN響の演奏が縦になっているのに驚いて、全員に後ろを向いて演奏するように指示したそうである。結果的にカラヤンによると演奏が良くなったそうである。池辺晋一郎のこの昔話を聞いて何となく分った気がした。

とにかく演奏終了後の拍手大喝采はオーケストラの演奏に対してのものではあったが、聴衆の称賛は指揮者に向けられていたようであった。アンコール曲は「ドヴォルザーク:スラヴ舞曲集 第1集 第1番」。
マエストロ大野には来年オープンする札幌文化芸術劇場への関わりも同時に期待したいものである。

※都響ガイドを通して3月末に直接に購入していたチケットの受け取りに行列ができていて入場まで20分以上掛かった。行列に並ぶ高校生と偶々会話が弾んだ。都響のホルン首席奏者から指導を受けるキャンプに参加して美幌から札幌に来ていて、今日の演奏会を聴きに来た。5時にはキャンプが行われている時計台に戻るという。都響ホルン首席奏者が旭川出身で私の教え子だと話したら私の名をメモしていた。明るい前向きな高校生と知り合って楽しい時間が過ごせた。

バッティスト―ニ北海道初登場(札響&木下美穂子)

2018年10月札幌文化劇場こけら落とし公演「アイーダ」に先立って、今や世界でカリスマ的に活躍中の若手指揮者アンドレア・バッティスト―ニが札幌文化劇場プレイべントとして札響&木下美穂子と共にKitaraのコンサートに出演した。
 
Battistoni は1987年生まれのイタリアの指揮者。2013年よりフェリーチェ歌劇場の首席客演指揮者に就任。2015年より東京フィルの首席客演指揮者を務めて16年から首席指揮者に就任。ヨーロッパの著名な歌劇場と共に世界的に優れたオーケストラとも共演してセンセーションを巻き起こしている。日本でも「ナブッコ」、「トゥ-ランドット」などのオペラをはじめピアニスト反田恭平などとの共演で話題沸騰中。
木下美穂子(Mihoko Kinoshita)は日本を代表するソプラノ歌手のひとり。2001年に日本音楽コンクール第1位、その後は世界の数々の声楽コンクールで第1位や上位入賞で受賞歴多数。NHKニューイヤー・オペラコンサートなどを通して活躍の様子は目にしている。

2017年9月15日(金) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 ヴェルディ:歌劇「ナブッコ」序曲
 プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より “私のお父さん”
         歌劇「修道女アンジェリカ」より “母もなしに”
         交響的前奏曲
         歌劇「トスカ」より “歌に生き、恋に生き”
         歌劇「蝶々夫人」より “ある晴れた日に”
 ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲
 レスピーギ:交響詩「ローマの松」

関係者からチケットの売れ行きが芳しくない話が耳に入っていたが、当日の会場は9割以上の客が入って満席を思わせるほどで熱気が漂うほどの雰囲気であった。
前半のプログラムはバッティストーニが得意とするヴェルデイのオペラの序曲を挟んで、同じイタリア・オペラの大作曲家プッチーニの有名な4つの歌劇からアリアが各1曲歌われた。

上演される歌劇より「序曲」が親しまれて演奏機会の多い曲で開幕を飾ったが、バッティストーニはダイナミックな指揮ぶりで聴衆の心を一気に掴んだ。オーケストラを自身のタクトで自由自在に操って会場を湧かせた。

木下美穂子は来年10月の「アイーダ」でタイトルロールを歌う予定のソプラノ歌手。深紅のドレスに身を包んだ長身でステージ映えのする木下は第一声から素晴らしい歌声を披露し、アリア「私のお父さん」を表現力豊かに歌い上げた。歌唱後にブラヴォーの声が掛かるほどの美声で鮮やかな印象を残した。他の3曲と比べると馴染み度が薄い「修道女アンジェリカ」からのアリアも国内外で活躍している歌手ならではの歌唱で、感情も込められていた見事な演唱であった。

「交響的前奏曲」の知識は全くなかったが、バッティストーニが好んで取り上げるという抒情性豊かな曲。プッチーニのミラノ音楽院の卒業作品だそうである。

「トスカ」、「蝶々夫人」は最も有名なアリアを含むオペラで、実演や映画などで親しまれている。誰もが耳にしたことのある2曲の「アリア」はやはり身近に楽しめた。期待以上の歌唱で聴衆を魅了した木下が来年の札幌文化芸術劇場のこけら落とし公演で歌う姿が待ち遠しくなった。歌唱終了後の拍手大喝采は何回もカーテンコールが続いて聴衆の満足度が表れていた。

プログラム後半はオーケストラ作品でイタリアの作曲家レスピーギの代表作《ローマ三部作》から「ローマの松」。第1作「ローマの噴水」、第2作「ローマの松」、第3作「ローマの祭り」で3曲中、「ローマの松」が最も芸術的とされて演奏機会も多い。札響でも節目となる祝いの際に演奏されてきた。
《ローマの松》は4楽章構成。第1楽章「ボルゲーゼ荘の松」、公園で子どもたちが遊ぶ姿が描かれ華麗で絢爛たるオーケストレーションがアッという間に終わる。第2楽章「カタコンベ近くの松」、地下墓場から聞こえてくる聖歌の合唱を幻想的に描いた(*楽屋裏からトランペットの響き)。第3楽章「ジャニコロの松」、満月に照らされた南国の静かな夜の描写。第4楽章「アッピア街道の松」、古代ローマの軍隊が夜明けに行進する壮麗な幻想的な場面(*オルガンも加わり、2階の左右からバンダのトランペット各2本、2階中央から2本のトロンボーン、計6本の金管楽器の壮麗で壮大な響きが奏でられた極めて印象的なフィナーレ)。

バッティストーニは楽団員を掌握してオーケストラから思い通りに音を引き出しているように見えた。タクトを大きく使い、腕の動きも最大限に使って表情豊かにダイナミックな指揮ぶりを展開した。非常に個性的でカリスマ性を発揮した姿に強烈な印象を受けた。来年の札幌文化劇場のこけら落とし公演がますます楽しみになるイヴェントであった。

満席に近い聴衆の拍手大喝采だけでなく札響メンバー全員の称賛を受けて、アンコール曲に《ウィリアム・テル「序曲」より“スイス軍の行進”》。
アンコール曲が終っても鳴りやまぬ拍手に、今回のプレイベントの成功と来年のこけら落とし公演に向けての聴衆の期待度の高まりを感じ取った。帰りのホワイエでCDを購入してサイン会に並ぶ人の列ができていた。18年10月7日・8日の2日間公演も成功することは間違いなさそうである。楽しい気分に浸って家路に着けるのは有難いことである。


 

札響名曲シリーズ2017-18 Vol.2 グリーグ&シベリウス(尾高&田部)

【森の響フレンドコンサート】
 新伝説のフィンランディア

2017年9月9日(土)  14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
 
指揮/ 尾高 忠明    ピアノ/ 田部 京子
管弦楽/ 札幌交響楽団

〈Program〉
 グリ―ク:ホルベルク組曲(ホルベアの時代から) op.40
       ピアノ協奏曲 イ短調 op.16
 シベリウス:「カレリア」組曲 op.11
         交響詩「トゥオネラの白鳥」 op.22-2
         交響詩「フィンランディア」 op.26

北欧の人気作曲家の音楽。尾高&札響は2009、2010年にグリーグ&シベリウスの管弦楽曲を各1枚リリースしている。北欧音楽を日本最北のオーケストラが録音して好評を得ているらしい。本日のピアニストは北海道出身で日本を代表する演奏家の一人、田部京子。人気の高い札響名曲シリーズが行われた今日はほぼ満席状態で盛り上がった。

ノルウエー出身のグリーグは同じベルゲン生まれの戯曲作家ホルムベルク(1684-1754)の作品に曲を付けた。ベルゲン市が主催するホルムベルクの生誕200年祭に協力したとされる。彼はカンタータとピアノ組曲を書いた。後にピアノ曲を弦楽合奏版に書き換えて「ホルベルク組曲」となった。(*ホルベルクの名は当時の宗主国デンマークに渡って活躍したので、デンマーク読みで“ホルベア”と表記されることもある。)
古い時代のスタイルで書かれたバロック様式の音楽で5曲から成る。①前奏曲 ②サラバンド ③ガヴォットとミュゼット ④アリア⑤リゴードン。タイトルから曲の印象が浮かぶが、ノルウェーの民俗音楽の香りもあってロマン派らしい曲作りも感じられた。札響の弦楽合奏の響きは安定していて実に美しく味わいがある。

グリ―クのピアノ協奏曲は人気が高くて演奏会でも度々弾かれる。田部京子のピアノを聴くのは今回が6回目。10年夏の札響特別演奏会で会員が選んだ三大ピアノ協奏曲(チャイコフスキー第1番、ラフマニノフ第2番、グリ-グ)から田部が「グリ-グ」を演奏した当時のコンサートの様子は鮮明に脳裏に浮かぶ。
ノルウェー民謡風の旋律が醸し出す北欧的な抒情味あふれる曲は魅力に満ちていた。グリーグの幸福感が躍動感を伴って田部のピアノから伝わってきた。第1楽章のカデンツァは華麗で輝きを放っていた。第2楽章はロマンティックな緩徐楽章で各楽器の織りなす色彩感も見事だった。第3楽章はピアノとオーケストラが華やかに掛け合いながらダイナミックなフィナーレへ。

7年前の時は第1曲目のラフマニノフが聴衆の心を圧倒して、その後の集中度を保つのが困難なほどであったと記憶している。名演奏家がそれなりに演奏しても3曲通して聴衆が集中力を維持するのは難しいことを別の機会にも経験した。田部のグリーグは第2曲目だった。1番人気のチャイコフスキーもラフマニノフの影響を明らかに受けていた。
今回の演奏会の焦点を田部の演奏に当てていた聴衆が多かったと思う。人々の期待に応えた田部の演奏は凄かった。2階3列正面からオーケストラ全体が目に入ってピアニストの手の動きが良く見えて、私自身は夢幻的な世界に誘いこまれたように曲に没入した。とにかく素晴らしい演奏であった。圧倒的な演奏の結果ではあるが、やはり会場が満席状態の時はコンサートは一段と盛り上がる。
演奏終了後の拍手大喝采はしばらく鳴りやまなかったが時間が押していることもあってかアンコール曲は披露されなかった。

尾高はフィンランドに赴いて当地のオーケストラと何度も共演を重ねている上、札響とのシベリウス交響曲ツィクルスを完成してCDもリリースしている。3曲共に名曲であるが、「フィンランディア」を除いては札響の演奏会で聴くのは珍しい。

シベリウスはロシアと隣接するカレリア地方を訪れて民族意識に目覚め、カレリア歴史劇のための音楽を書いた。のちに声楽入りの7曲から3曲を選んで組曲に編んだ。①間奏曲 ②バラード ③行進曲風に。第3曲のメロディが特に親しまれていて耳にする心地よい音楽。
*カレリア地方は第2次世界大戦後にソヴィエト連邦の領土となり、現在はロシア領である。

シベリウスは《カレワラによる4つの伝説曲》(レミンカイネン組曲)を書いたが、その第2曲が「トゥオネラの白鳥」。トゥオネラ川に浮かぶ白鳥の情景が描かれている。演奏時間が8分程度の美しい曲。

「フィンランディア」はフィンランドの音楽的象徴として国歌より名高い曲のようである。ロシアの支配下にあってフィンランド国民を鼓舞する音楽として知られ、現在も演奏機会が多い。人間を勇気づける曲で何回耳にしても力強い魅力的な曲。

尾高&札響のコンビで作り上げる北欧ものは素晴らしい。アンコールに馴染みの弦楽合奏曲「シベリウス:アンダンテ・フェスティーボ」。札響名誉音楽監督とオーケストラの信頼関係が作り上げる北欧の音楽は心深くに届く。



札響第602回定期演奏会(スダーン指揮フランク交響曲&モーツァルト協奏交響曲)

ユベール・スダーン(Hubert Soudant)は1975年の札響定期に客演し前回の札響との共演は2015年1月定期で見事なフランス音楽を聴かせてくれた(フォーレ:組曲“ペレアスとメリザンド”、ラヴェル:“ダフニスとクロエ”第2組曲)。
スダーンは2006年にザルツブルク・モーツァルト管を率いてKitaraに登場してオール・モーツァルト・プログラムを披露してモーツァルト生誕250年を祝った。
今回は「フランク:交響曲」がメイン曲で、もうひとつの話題曲は【プリンシパルズの協奏】とタイトルを付けて札響管楽器首席奏者をソリストにしての「モーツァルト:協奏交響曲」が演奏された。

2017年8月26日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara 大ホール

指揮/ ユベール・スダーン
独奏/  関 美矢子(オーボエ)、三瓶 佳紀(クラリネット)
     坂口 聡(ファゴット)、 山田 圭祐(ホルン)
〈Program〉
 ベートーヴェン:序曲「レオノーレ」第3番 op.72b
 モーツァルト:協奏交響曲 変ホ長調 K.297b(Anh. C14.01)
 フランク:交響曲 ニ短調 

「レオノーレ」序曲は3曲の中で最も壮大で勇ましいが、歌劇「フィデリオ」の序曲としては長すぎることもあってオペラ上演では演奏機会は殆ど無いようである。ただし、オペラの幕間に入れられたりする場面も多いと聴く。この序曲は単独で演奏される機会が多いと思うが札響定期演奏会で聴くのは久しぶりである。この序曲にはフロレスタンの妻レオノーレが男装して名をフィデリオに変えて夫を救い出す歌劇の場面が暗示されるトランペットの響きをはじめ、歌劇から取られている材料が多いといわれる。「序曲」として長い方であるが、ドラマティックな展開で聴きごたえがある。舞台裏から演奏されるバンダトランペットが印象的であった。

協奏交響曲は複数の独奏楽器を持つ交響曲風の楽曲でソロの活躍が目立つ。モーツァルトのこの曲では「オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン」の4つの管楽器がソロとなる協奏交響曲である。協奏曲は通常、外部から独奏者を招くが、協奏交響曲ではソリストにオーケストラの首席奏者を起用する(*PMF2000の札響演奏会ではソリストは4人のウィ-ン・フィル奏者が務めた)。
今回は札響首席奏者がソリストを務めるほど札響の管楽器奏者のレヴェルが高くなっている証左といえよう。4つの管楽器が織りなす魅力的な音色は得も言われぬ美しい響きとなってホールを包んだ。
(*本来の独奏楽器はフルート、オーボエ、ファゴット、ホルンだったが、依頼人がモーツァルトの手稿を失くしたためにモーツァルトが記憶で書き直した。その際にフルートがクラリネットに変わっていたのだが、その理由は不明のままだというエピソードのある曲でもある。この曲の筆写譜は20世紀初頭に発見された。1964年以降の研究でも結論が出ずに「疑作・偽作」を示す番号が付けられて複雑のままである。)

スダーンはオランダ出身であるが、新フランス放送フィル音楽監督(1982-83)などを務め、94年ザルツブルク・モーツァルト管首席指揮者・首席客演指揮者を10年以上務める。彼は99年から東京交響楽団首席客演指揮者に就任し、04年から14年まで音楽監督。現在は東京響桂冠指揮者。90年代より在京オーケストラを一通り指揮して評価を高めて、日本各地のオーケストラの客演指揮も多い。東京響とは相性が良く、同響のレヴェルを一段と押し上げたのではないだろうか。彼はオペラの分野でも話題作を上演し続け、ヨーロッパの歌劇場やオーケストラへの客演も多い。東京では外国人がシェフを務めるオーケストラが多いが、日本のオーケストラの実力向上に果している役割は多大である。

ベーム指揮ベルリン・フィルのCDで何回か聴いたことがある曲だったが、モーツァルトの権威の指揮者が札響のソリストを中心にオーケストラから引き出す音楽に惹きつけられた。4人の顔なじみの奏者がステージの真ん前で演奏する姿も普段と違う雰囲気が出ていて新鮮であった。女性のオーボエ奏者がソリストを務める時の衣装も一段と華やかで彩を添えた。

フランクの「交響曲」は久しく耳にしていない。近年は「ヴァイオリン・ソナタ」は聴く機会が極めて多い。フランク唯一の交響曲は66歳の時に作曲された。亡くなる2年前であった。この交響曲ニ短調は珍しい3楽章構成。しかし、第2楽章の中間部にスケルツォが入っているので、実質的には4楽章の形式を持っているとも言える。

冒頭のヴィオラ、チェロ、コントラバスの低音楽器による序奏で始まるテーマが全曲の循環主題となる重々しい響き。続いて第1ヴァイオリンが奏でる清らかな“希望の動機”。第2主題は全管弦楽による“信仰の動機”で曲の高まりを見せる。第2楽章では
弦楽器のピツィカートとハープの序奏のあとイングリシュ・ホルンの悲しげな調べの第1主題。弦楽器が奏でる第2主題も合わさる。第3楽章は管楽器の総奏のあとファゴットとチェロによる明るい“歓喜の主題”。この第1主題が様々に繰り返されて発展し、第2主題はトランペットが奏でる。その後、第1楽章や第2楽章の主題が組み合わされ、最後は“歓喜の主題”によってフィナーレとなる。

ニ短調からニ長調へと変わる“暗”から“明”への流れが全曲を貫いている感じをスダーンの明解な指揮ぶりから充分に鑑賞できた。フランクの生い立ちも本を読んで知っていたこともあって、曲の中にオルガン奏者としての重厚な響きも感じた気がした。
管楽器首席奏者4人が抜けても、前首席奏者や客演奏者が補ってメイン曲を演奏できるくらいの実力を備えていることは喜ばしい。

演奏終了後に指揮者が楽団員を称える関係にもスダーンと日本人との相性の良さが見て取れた。本拠地を日本にも置いて活躍する姿を確認できて良かった。また、札響と客演する日を楽しみにしたい。

札幌西高等学校管弦楽団第48回定期演奏会

日本の学校教育で合唱や吹奏楽が課外活動で盛んに行われているがオーケストラが高校レヴェルで設立されている学校は稀である。北海道内では札幌西高校だけである。四半世紀前に息子の入学式で札幌西高校のオーケストラの演奏を聴いた。同校の定期演奏会に足を運んだのは今回が初めてである。

札幌西高校オーケストラ部は60年を越える歴史と伝統を誇り、1970年(昭和45年)の第1回定期演奏会以降は毎年1回定期演奏会が開催されてきている。道内の有数の進学校で伝統を守り続ける姿は誠に頼もしい。

2017年8月12日(土) 18:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈PROGRAM〉
 ドヴォルザーク:「スラヴ舞曲第1集」より 第8番
 ハチャトゥリアン:組曲{仮面舞踏会」しt
 ドヴォルジャーク:交響曲 第8番 ト長調 作品88

演奏会の初めに「札幌西高等学校校歌」と「札幌第二中学校校歌」が部長の指揮のもとで演奏された。校歌は本来、オーケストラ用ではないので、盛り上がりに欠ける演奏だったのは止むを得ない。

正式なプログラムが顧問の高橋利夫先生のタクトで始まるとオーケストラは見違えるような音を発した。
スラヴ舞曲は第1集は8曲から成るが、「第8番」はコンサートのアンコール曲としても演奏機会が多く親しまれている。スラヴ舞曲ならではの音楽で色彩感も豊かで活気あるリズムは高揚感を搔き立てた。最初のプログラムに相応しい選曲と思った。

ハチャトゥリアンは当時のグルジア生まれのソ連の作曲家。ロシアの作家レールモントフが書いた戯曲「仮面舞踏会」にハチャトゥリアンが音楽を付けた。帝政ロシアの貴族社会を舞台に嫉妬にかられた夫が妻を殺してしまう悲劇の物語。この劇音楽の中から5曲が組曲として編まれた。
第1曲の「ワルツ」が浅田真央がフィギュア・スケートで使用した曲で一気に有名になり日本だけでなく世界で親しまれるようになった。第2曲ノクターン、第3曲マズルカ、第4曲ロマンス、第5曲ギャロップ。タイトルで曲の展開がある程度判断できる。抒情的で美しいメロディ、ポーランド風の舞曲、悲しいドラマの後で様々な人間模様が時には静かに、時には賑やかにと描かれて華やかなフィナーレとなる。
曲に変化があり、弦楽器、管楽器、打楽器の活躍がそれぞれあって勢いのあるドラマテイックな音楽が繰り広げられた

前半は85名の部員がほぼ全員が参加しての演奏。26名の新入部員を加えてのまとまりのある演奏に顧問の先生の苦労は並大抵でなかった様子がプログラムの中の言葉からも窺がえた。短期間でこれだけの成果を上げるのは大したものである。

後半は馴染みのドヴォルザークの「第8番」。この曲の演奏ではOB・OG5名の協力を得て総勢65名の出演者。在学中の短期間でまとまった演奏に仕上げるのは簡単ではない。顧問の叱咤激励を得ながら苦しい練習を積み重ねてきたことは容易に想像できる。とにかく違和感なく演奏を最初から最後まできちんと聴けた。勉強と両立しながら部活動を行い、この夏休みは最後の仕上げで猛練習したことだろう。
この大曲を届けてくれた高校生を称えたい。プロの道に進む人も中にはいると想像されるが、高校で活動に終止符を打つ者もいるだろう。でも、音楽は何らかの形で彼らと繋がっていくことを確信している。

演奏終了後に会場に集まった1200名以上の聴衆から盛大な拍手が沸き起こった。今年で現役を退く顧問と部長の挨拶に際してはプロや他のアマチュア・オーケストラのコンサートとは少々違った聴衆の応援と感謝の気持ちが広がって感動的であった。
アンコール曲は85名の部員全員で「エルガー:ニム・ロッド」と「ヨーゼフ・シュトラウス:鍛冶屋のポルカ」。

※今回の定期演奏会に際して札幌西高でコントラバス奏者を務めた卒業生が寄稿文を載せていた。彼は高校卒業後イタリアの弦楽器製作所に入学して、卒業後も工房に通って約8年間修業。2012年に帰国して、現在は名古屋で弦楽器の修理工をしているという。彼は今年の初めに西高を訪れて当時の楽器に触れる機会を得た時の感慨も綴っていた。西高オケに出会って現在の自分があると記している。いろんな道で引き続き音楽と関わって人生を歩んでいる人の姿は美しいと思った。

※帰路、Kitaraを出ると通路を戻ってくるレセプショニストと出会った。間もなく友人の姿が目に入ると、ステッキをついていたがコンクリートに躓く瞬間を見て慌てて彼の名を呼んで声を掛けた。彼もすぐ気づいてくれた。伝えてあげたコンサートの情報で、まさかと思っていたら、連日のKitara通い。翌日の西高OBオーケストラの時間も訊かれた。日曜日の教会の話が早く終わったら、また鑑賞に来るとのことだった。オルガニストのフェアウエル・コンサートのチケットは先日買い求めたと言っていた。今月末のソプラノ・リサイタルの招待状の申し出を受けたが東京からの帰りの飛行機の中の時間になるということでお断りした話など、いろいろ話をしてくれた。全盲など感じさせない力強い生き方に刺激を受けつつ、相手の立場で考えることも学んでいる。

HBCジュニアオーケストラ2017サマーコンサート

コンサートのチケットは通常3ヶ月~6ヶ月前から購入している。鑑賞予定でも、全席自由席の大ホールのコンサートは早くても1ヶ月前くらいに手にする。8月のチケットは3回分だけで、今月はスケジュールに余裕があった。例年なら行かないような演奏会を3つ追加した。中高生が中心のアマチュアオーケストラを今日、明日と続けて鑑賞することになった。

2017年8月11日(金・祝) 開演15:00  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/阿部 博光  ヴァイオリン/森田 昌弘

HBCジュニアオーケストラは1964年創立で、小学4年生から高校3年生までが入団対象。今回の出演者113名中、小学生1割、中学生3割、高校生5割、OB・OG1割。
北海道放送(HBC)が創設して、札幌市内だけでなく道内各地で演奏。札幌の姉妹都市の米国ポートランドやロシア・ノボシビルスクに親善公演旅行を実施している。近年では07年にウィ-ン楽友協会、チェコ海外演奏旅行、12年に再びウィ-ン楽友協会を含む海外演奏旅行を行った。15年の「北海道文化賞」に続いて16年には文化庁から「地域文化功労者表彰」を受賞。

このオーケストラのことは知っていたがコンサートに来たのは今回が初めてである。5年前のジルベスター・コンサートで札幌出身のヴァイオリニスト成田達輝がHBCジュニアオーケストラに入っていてKitaraのステージに上がっていたがそれ以来初めての大ホールのステージと語っていたのを懐かしく思い出した。

〈Program〉
 ドヴォルザーク:スラヴ舞曲集 作品46から第1番
 ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26
 ワーグナー:楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー』から第1幕への前奏曲
 チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 作品64

指揮の阿部博光は東京藝術大学在学中より日本フィル首席フルート奏者を務め、1995年北海道教育大学岩見沢校助教授に就任。札幌でリサイタルや室内楽コンサートを開催。97年HBCジュニアオーケストラ常任指揮者に就任。札幌音楽家協議会オーケストラの指揮者を務めていて、度々彼の指揮は観たことがある。彼は札幌音楽界の重鎮として活躍中だが、ジュニアオーケストラに20年も関わっていたことは知らなかった。
小ホールで30名程度の室内オーケストラを指揮している時と違って100名程度のオーケストラを指揮している様子は段違いである。オーケストラ全体を掌握して体全体を大きく使っての小気味の良い指揮ぶりは力強い印象を残した。

ヴァイオリンの森田昌弘は現在、NHK響次席奏者。大ホールに来てプログラムを読んで初めて知った。HBCジュニアオーケストラには小学3年時より入団し、卒団まで10年間在籍。桐朋学園大学在学中に在京オーケストラのゲスト・アシスタント・コンサートマスターなどを務め、室内楽メンバーとしても活動し、卒業後の1995年にN響入団。
04年のHBCジュニアオーケストラ創立40周年サマーコンサートではチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏。

ブルッフのヴァイオリン協奏曲はPMFで素晴らしい演奏を聴いたばかりの曲。ジュニアオーケストラをバックにしての演奏と比べる方が無理と言えよう。森田は勿論オーケストラの健闘を称えていた。

前半3曲に比して、後半のチャイコフスキーはメンバーの練習量の多さと曲の持つ壮大さのためかも知れないが、その響きは十分に聴きごたえがあった。特に管楽器の響きが優れていた印象を受けた。オーケストラの練習日は普段は日曜日だけということだが吹奏楽部に所属するとか個人での練習で経験豊富な高校生が多くいるように見えた。
聴き慣れたメロディが多くて人気のオーケストラ曲の演奏終了後には盛大な拍手大喝采が沸き起こった。中高校生や出演者の家族と思われる人々の姿も目立って、P席を除く客席は8割ほどの客の入り。1400名ぐらいは入っていたのではないか。

アンコールに「エルガー:威風堂々第1番」。鳴りやまぬ拍手喝采に応えて、アンコール曲の最後のパートを再演奏。演奏機会が多くて得意な演目と思えた。管楽器が40本もあると迫力が違う感を強くした。

Kitaraの外に出ると、レセプショニストに手を引かれた目の不自由な友人と出会った。彼女のサポートを引き継いで彼に話しかけ、地下鉄大通り駅まで同行した。彼はアマチュアの演奏会にも結構、来ている様子で今日のアンコール曲は毎回恒例の演奏曲だと言った。ヴァイオリニストの名を口にしたら、N響のヴァイオリニストと知って驚いていた。
明日の札幌西高オーケストラの演奏会を話題にしたら、“いい話を聞いた”と言った。演奏会情報を100%得ているわけでは無いらしい。この面でも援助できることがあれば良いかもしれないと思った。

PMF GALAコンサート2017(ゲルギエフ指揮「ザ・グレイト」他)

PMF GALA コンサートが2012年にスタートしてから6年目に入った。ガラ・コンサートにはPMFオーケストラ・Cプログラムが含まれるが、以前は独立していた。Cプログラムも2公演で会場はKitaraと芸術の森。必ず、どちらかには参加していた。14年と15年は両方に出かけていた。昨年は事情があって両方のコンサートに行かなかった。その後、PMFオン・デマンドでプログラムCがハイビジョン映像でストリーミング配信されて幸い楽しむことができた。何よりもカヴァコスの演奏を聴き逃したのが残念に思っていたので、何とか気持ちが晴れた。

2017年7月29日(土) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
【第1部】
①モーツァルト:エクスルターテ・ユピラーテK.165から“アレグロ”、“アレルヤ”
 〈出演〉天羽明恵(ソプラノ)、ダニエル・マツカワ(指揮)、PMFオーケストラ

ガラ・コンサートが始まった当初から司会(MC)はソプラノ歌手の天羽(Amou)が務めている。歌のタイトルには「踊れ、歌え」のような意味があるらしい。“アレルヤ”は1937年のアメリカ映画「オーケストラの少女」で歌われたらしい。天羽自身は詳しく知らないと話したが、映画のタイトルから当時のフィラデルフィア管弦楽団指揮者レオポルド・ストコフスキー(1882-1977)のことを思い出した。彼は映画に出演していたが、指揮棒を使わないで両手の指を使って指揮する指揮者として有名であった。学生時代(たぶん1960年)に札幌狸小路の名画座で鑑賞した記憶がある。曲が馴染みだったわけではないが、何となく親しみを感じる音楽だった。天羽の歌の上手さは言うまでもない。

日系アメリカ人のMatsukawaはフィラデルフィア管の首席ファゴット奏者でPMFには2001年以降17回目の参加。09年から指揮活動も活発に展開している。司会の天羽がマツカワに日本語でインタヴュー。マツカワは“モーツァルトを聴くとIQが高くなる”と真面目に持論を語った。

②モーツァルト:弦楽五重奏曲第5番 ニ長調 K.593 から第1・4楽章
 〈出演〉ライナー・キュッヒル(ヴァイオリンⅠ)、伊藤瑳紀(ヴァイオリンⅡ)、
       Nayoung Kim (violaⅠ)、 Zhongkun Lu(violaⅡ)、Ryan Donohue(cello)

2年前にもアカデミー生と室内楽を演奏したキュッヒルは今年も楽しそうに一緒に演奏していた。共演のアカデミー・メンバーにとっては一生の財産になることであろうことは疑いない。天羽もそんな印象を話していた。
キュッヒルは前半のファカルテイの活動を終えた後も、PMFに関わって帯広や苫小牧での演奏活動を行い、司会者のインタビューに日本語で答えて来年のバーンスタイン生誕100年にもPMFに参加すると力強く話した。多分、PMF30周年の再来年も来札が続きそうである。

③ヴォーカル・アカデミーによるオペラ・アリア
 〈出演〉黒田詩織(ソプラノ)、アンナ・ミガロス(ソプラノ)、サミュエル・ヒンクル(バリトン)、チョンファ・キム(バリトン)、PMFピアニスト岩淵慶子
今年のヴォーカル・アカデミー生は4名。 担当教授はイタリア出身で世界の一流歌劇場で活躍したガブリエラ・トッチで2015年以降3回目の参加。日本公演でのマリオ・デル・モナコとの共演に触れて天羽が興奮した様子でTucciを紹介していた。彼女ははイタリア語の通訳を介して札幌の素晴らしさを語った。
 〈曲目〉ベッリーニ:歌劇『清教徒』から「ああ、永遠にお前を失ってしまった」(Samuel Hinkle)
      プッチーニ:歌劇『ボエーム』から「あなたの愛の呼ぶ声に」(Anna Migallos)
プッチーニ:歌劇『トゥ-ランドット』から「お聞きください、王子様」(Shiori Kuroda)
ヴェルデイ:歌劇『マクベス』から「あわれみも、誉れも、愛も」(Chonghwa Kim)

4人ともに歌の持ち味を生かして、それぞれ素晴らしい歌声を披露した。フィリピンとアメリカの国籍を持つマガロスは体躯を生かした堂々たる歌声が印象に残った。韓国のバリトンも恵まれた体躯で難曲と思われる変化のあるアリアを圧倒的な熱唱で聴衆を魅了して一段と大きな喝采を浴びた。

④PMF賛歌~ジュピター~(ホルスト/田中・カレン編、井上項一作詞)
 〈出演〉ワレリー・ゲルギエフ(指揮)、PMFオーケストラ、札幌大谷大学合唱団

恒例の聴衆を巻き込んでのPMF賛歌の斉唱は6回目ともなると慣れてきている人が多くなった。このプログラムはそれなりに充実感が湧くが、第1部が時間厳守で余計なトークが減ってスムーズに流れたとはいえ、GALA・CONCERTの内容は少しマンネリ化した感は否めない。

【第2部】
 〈演奏曲目〉
  ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲(ドレスデン版)
  ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26
          (ヴァイオリン独奏:ダニエル・ロザコヴィッチ)
  シューベルト:交響曲 第8番 ハ長調 D.944 「ザ・グレイト」

歌劇『タンホイザー』は13世紀の初頭ワルトブルクの城を背景に騎士タンホイザーと城主の娘エリザベートの悲恋物語。愛の女神ヴェーヌスと清純な女性の間で揺れるタンホイザーの精神的葛藤とお互いの激しい愛の闘争。「序曲」ではこの物語の内容が描かれる。
「巡礼の合唱」として名高い聖歌で始まるが耳にする機会が多く親しまれているメロディが次々と出てくる。夜の世界の狂乱と朝の巡礼の聖歌の響きが対照的である。この序曲のメロディは有名でもコンサートで近年耳にしたのは第12代Kitara専属オルガニストのオルガン演奏を通してであった。トロンボーン3本の勇壮な音を含めて久しぶりに壮大なオーケストラ曲を楽しめた。

ブルッフ(1838-1920)は19世紀後半を代表するドイツの作曲家のひとりであるが、現在では演奏機会の多い曲として「ヴァイオリン協奏曲第1番」と「スコットランド幻想曲」が有名である。「ヴァイオリン協奏曲第1番」はPMF2013でレーピンが同曲を演奏した。今回の演奏で日本デビューを飾った弱冠16歳のロザコヴィッチは聴衆全員の耳を虜にした。曲全体のメロディが生き生きとして美しい。カデンツァにも若いエネルギーがほとばしる。彼の奏でる音がまるで歌のような優しさでホールに広がった。
Daniel Rozakovichは2001年ストックホルム生まれ。10年にスピヴァコフ指揮モスクワ・ヴィルトオージ室内管と共演というから天才児。以降、王立ストックホルム管、モスクワ・フィルなどヨーロッパ全域のオーケストラと共演を重ね、ヴェンゲーロフやギトリスと室内楽でも共演している様子は驚くばかりである。
演奏終了後の割れんばかりの聴衆の拍手に応えてアンコール曲に「バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番より“アルマンド”を弾いた。ゲルギエフが2年前と同じようにステージ下手で彼の演奏を聴いていたのが印象的でもあった。

※今回初めてロザコヴィッチの名を耳にしたが、ゲルギエフの様子を見ていて思い出した。ゲルギエフはソ連時代の1987年にレ-ピンとキーシンを西側諸国に先駆けて日本に彼らをデビューさせた。彼らは共に1971年生まれで当時15歳であった。Kitaraにもロシアの若手をどんどん連れてきていたことを思い出した。ロザコヴィッチはスウェーデン生まれであるがロシアとのつながりが深いのは彼のプロフィールから判る。優れた音楽家を日本に次々と紹介してくれることは嬉しい。

昨日のメイン・プログラムはシューベルトの第8番。「ザ・グレイト」をPMFで聴くのは10のきょうそう年ぶりのことで、前回はムーティがKitaraに初登場した2007年だった。ゲルギエフはロンドン響、マリインスキー劇場管を率いて何度もKitaraに登場してロシアものを演奏し続けていたが、近年は必ずしも拘っていない。現在はミュンヘン・フィルの首席指揮者も兼任していて、あらゆる曲を指揮しているのは当然であろう。彼はマリインスキー劇場でコンサート、オペラ、バレエに全て対応している。トランス・シベリア芸術祭にも関わっていて、来年オープンする札幌文化芸術劇場にも将来出演することも期待できる指揮者である。彼は世界を股にかけて八面六臂の活躍をしていた時期もあったが、指揮界ではカリスマ性を持つ偉大なマエストロとの評価が高い。

シューベルトの集大成となった「The Great」は文字通り偉大な交響曲と実感して、最近は聴いていて惚れ惚れする気分になるお気に入りの曲になっている。
第1楽章アンダンテはホルン2本で始まるノーブルな感じのイントロが気分を高揚させる。クロアチア民謡に由来するらしい調べも印象的。第2楽章アンダンテ・コン・モートはオーボエが奏でるメロディが歌謡的で実に美しい。第3楽章スケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェはオーボエ、フルートなど管楽器の美しい響きが心を踊らす。長大なスケルツォとなっているが、シューベルトが亡くなる直前に完成された曲として4楽章がほぼ同じ長さで各楽章が念入りに描かれた巧みな構成力がうかがえる。第4楽章は壮麗で華やかな終楽章。オーボエ(*サンフランシスコ響首席イゾドフ演奏)の美しさがここでも際立ったが、トロンボーンが全曲で使われているのも目立って印象に残った。リズム感のある歌謡性に富んだ曲作りは歌曲に優れた作品を数多く書いたシューベルトならではの歌心に満ちたオーケストラ曲になっていた。曲が終わって“GREAT”と心で叫んだ。満足のいく席から、演奏者の姿も視線に入れながら曲を堪能した。

ゲルギエフのタクトは第1部最後の「PMF賛歌」からオーラを放っていたが、第2部の全3曲で期待通りの指揮ぶりだった。身体全体を使ってのダイナミックなタクトもエネルギッシュで疲れを知らない超人的な指揮者ぶりを遺憾なく発揮していたのは良かった。

昨日の座席は2階CB3列15番。ステージ全体が見渡せ各奏者の動きが判って曲の醍醐味を味わえた。友人は予め隣り合わせのチケットを購入していたが、当日は偶然にKitaraボランティアが隣り合う席になり休憩時間中に話ができて良い交流となった。彼とはホワイエで今までに何十回も会っているが大ホールで座席が隣り合う確率は極めて低く珍しいことだと思って一層楽しくて思い出に残るコンサートになった。

今年は7回PMFのコンサートに通って楽しんだ。天候に恵まれれば本日のピクニックコンサートに出かけるつもりはしていたが、無理はしないことにした。会場で録画中継をしていたが、たぶん昨年と同様にPMFオン・デマンドで10月初旬にはパソコンで観れるのではと予想している。今頃、ピクニックコンサートで演奏中だろう。今日はアカデミー・メンバーだけで演奏しているはずだが、続く川崎・東京公演で有終の美を飾ってほしい。

PMFオーケストラ演奏会・プログラムB(メルクル&PMFコンダクティング・アカデミー)

PMF前半のウィ-ン・フィル、ベルリンフィル教授陣のアカデミー・メンバー指導が終わって、後半の指導はアメリカの教授陣が担当し始めた。オーケストラ・アカデミー・メンバーは90名であるが、他にコンダクティング・アカデミー・メンバーが3名選出されている。3人の指導は準・メルクルが行った。その成果の発表が23日のプログラムBで行われた。

2017年7月23日(日) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈出演者〉 準・メルクル、PMFコンダクティング・アカデミー(指揮)
       PMFアメリカ(アメリカの主要オーケストラのメンバー12名) 
       PMFオーケストラ
〈PROGRAM〉
 リスト:交響詩「レ・プレリュード」(指揮:柳澤 謙)(日本・USA)
 ドビュッシー:管弦楽のための「映像」から「イベリア」(指揮:Su-Han Yang)(台湾)
 R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」(指揮:Dawid Runtz)(ポ-ランド) 
 バルトーク:管弦楽のための協奏曲(指揮:準・メルクル、PMFアメリカも参加)

先週のプログラムAに加えてプログラムBもPMF首席指揮者のメルクルがオーケストラを指導、前半の3曲はメルクルから個人指導を受けたアカデミー生が指揮の舞台に立った。

リストは交響詩の分野の先駆者として知られているが、「前奏曲」以外の交響詩は殆ど知らない。カラヤン&ベルリン・フィルのCDで聴くのみである。かなり以前に演奏会で聴いた記憶はある。「人生は死への前奏曲」として曲が綴られ、ドラマティックな展開で華やかなフィナーレとなり、演奏終了後にはブラヴォーの声も上がった。多分、親しい日本の友人たちの声援のように思えた。
出だしは緊張もあったのか、指揮もやや単調で金管楽器奏者も調子に乗りきれないようだった。次第にリズムを取り戻して後半はダイナミックな演奏を引き出した印象を受けた。

ドビュッシーには「映像」というピアノ作品が2集あるが、第3集に管弦楽作品があるのは初めて知った。「海」、「牧神の午後への前奏曲」、「夜想曲」以外で耳に出来て大変良かった。ドビュッシー独特の印象派音楽の世界に浸った。ピアノ曲より現代音楽の作曲家としての色彩の強い新しい試みの工夫がなされていて非常に興味深かった。打楽器やチェレスタの多用も興味を引いた。
安心して観ていられる指揮ぶりで新鮮な曲を楽しんだ。

交響詩を数多く書き残したリヒャルト・シュトラウス(*フランスのイベール同様に日本の紀元2600年奉祝記念にドイツ代表として作品を書いたことでも知られる偉大な作曲家)が最初に書いた交響詩「ドン・ファン」。ハンガリーの詩人レーナウの叙情詩に基づく曲。理想の女性を追い求めて女から女へと遍歴を続けて、最後には決闘に傷つき人生を終える悲劇の男性の物語。
ステージに登場した時点からオーケストラを自分のペースに引き込んだような指揮者。非常に手慣れた格好の良い指揮ぶりが最初から最後まで魅力的であった。演奏機会も多く、聴きなれたメロディも多かったが、20分近い曲が終るのが早く感じた。

指揮者も演奏者も全て若々しい音楽家の姿は生き生きとしていた。プロの演奏家のコンサートとは違う若さに満ち溢れたエネルギーを頼もしく思った。
札響の定期演奏会では必ずしも満足のいく最高の座席ではないので、PMFオーケストラ演奏会では自分が望む最高の座席(2階CB1-3列中央)から鑑賞している。Kitaraは一般的にはどの座席からでも音楽が楽しめる音響を備えているとはいえ、オーケストラ鑑賞ではステージ上の奏者が全て見渡せて、音を奏でる奏者が直ぐ判る座席は観る楽しみが増える。奏者の直接音が直ぐ伝わり、演奏の様子もより生き生きと伝わる。オーケストラの迫力ある音楽を楽しむのに最近、好んでいる座席である。(*指揮者に注目する時には廉価だということもあって、以前はP席を好んで買い求めた)。

バルトークはハンガリーが生んだ最も有名な現代音楽作曲家で現今の世界中の演奏会で取り上げられる作品も数多い。1940年、バルトークは第ニ次世界大戦中にハンガリーからアメリカに亡命した。ハンガリーからアメリカに亡命して大成した指揮者は数多いが、彼はアメリカでは無名で作曲活動はストップしてしまった。彼は友人たちの尽力でボストン響のための新作を依頼され、1943年にこのユニークな作品を白血病の病床にありながら3ヶ月足らずで書き上げた。
「協奏曲」は独奏楽器とオーケストラによる作品というのが通例であるが、バルトークのこの作品では独奏者はオーケストラ全体を指す。様々な楽器にスポットが当てられるので、CDで聴いていてもある程度分るが、ライヴで観ていると極めて楽しい。

曲は5楽章構成。「序章」、「対の遊び」、「悲歌」、「中断された間奏曲」、「終曲」。
メルクル指揮でオーケストラにPMFアメリカの教授陣が加わった(*ハープはウィ-ン国立歌劇場のパップがプログラムAに続いてプログラムBにも参加)。アカデミー生が登場する前にPMF初参加の教授を含むファカルテイ数名がステージに現れて準備を始めて彼らの意気込みを感じた。ファゴット奏者のソロをアカデミー生が務めるのがこの時点で分った(*フィラデルフィア管首席のマツカワは昨年もソロをアカデミー生に担当させていたのを思い出した)。
第1楽章では金管楽器のカノンが楽しい。第2楽章では同種の管楽器が「対」になって音楽が進められた。ファゴット2本、オーボエ2本、クラリネット2本、フルート2本、トランペット2本が次々と対になって演奏される様子は観ていて非常に面白かった。曲想もユーモラスだった。第3楽章はエレジーで夜の音楽。第4楽章には民謡風の旋律が奏でられるが、ショスタコーヴィチの交響曲がバロディ化されるところも出てくる。第5楽章は、オーケストラのトッティで派手なフィナーレとなって勇壮であった。
打楽器、管楽器の活躍で色彩感あふれる音楽が展開されて聴きごたえのある楽しい曲。金管楽器が13本もあると迫力がある。現代音楽でこのような興味深い曲を作り上げたバルトークの偉大さを改めて感じた。

一昨年は札響で、昨年は名古屋フィルでライヴで聴いていてこの曲の良さを味わっているのであるが、まだまだ鑑賞力が足りずに
いた。オーケストラの各楽器担当の細かい観察ができて新たな発見をしたところもあった。
準・メルクルが指揮台に上がり、曲の要所をPMFアメリカが占めるので当然ながら曲が引き締まった、演奏終了後の鳴りやまぬ拍手とカーテンコールにメルクルも最後はコンマスの手を取って一緒に退場した。

2階CB最前列の席で鑑賞することは多くはない。その恩恵に浴した友人と妻にもオーケストラの醍醐味を味わってもらった。ホールを出ても公園内は暑い陽ざしが照りつけていたので、普段は通らない木陰が多い道を通って地下鉄駅に向かった。いつも同じ道を歩いているが、やはり女性の感覚は違うようである。ボートが行きかう菖蒲池の周りにはブルーのアジサイのほかに見慣れないピンクのアジサイの花を見つけた。周りの自然をもっと楽しむ余裕も生活の中に取り入れることも大切と気づいた。

夕食を取るには早い時間だったが、食事の準備も大変な妻のことを考えて外食をして帰宅した。自分は料理が出来ずに、食事の後片付けをするくらいなので偶にはと思って休養日にしてあげた。




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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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