新進演奏家育成プロジェクト オーケストラ・シリーズ 第42回札幌

このシリーズの開催を知って3年連続で札幌公演のコンサートを聴いた。平成29年度オーディションで選ばれた5名の新人演奏家が札幌交響楽団と共演した。

2018年2月11日(日・祝) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
  指揮/ 現田 茂夫    管弦楽/ 札幌交響楽団
[1部]
  坂東 由依(ソプラノ)~モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」より 2曲
  佐藤 悠光(ユーフォニアム)~ホロヴィッツ:ユーフォニアム協奏曲
  横山 瑠佳(ピアノ)~ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調
[2部]
  水口 真由(ピアノ)~サン=サーンス:ピアノ協奏曲第5番 へ長調「エジプト風」
  入川  奨(マリンバ)~クレストン:コンチェルティーノ

現田茂夫は現在、神奈川フィル名誉指揮者。86年、オペラ・デビューを飾り、プラハ国立歌劇場の日本公演を指揮、96年より13シーズンに亘って神奈川フィル常任指揮者を務めて、同フィルを飛躍的に向上させた功績が評価されている。国内外のオーケストラに客演を重ねている。オペラとシンフォニーで活躍し、札響とのジルベスターコンサートは2005年より連続して指揮を務めている。04年にオペラ「セビリアの理髪師」で神奈川フィルを率いて来札、12年ジルベスターコンサートで横山(p)、成田(vn)などとKitara で共演した印象的な場面から久しぶりに現田の指揮ぶりを観た。

冊子によると、このプロジェクトのオーケストラ・シリーズが全国6都市(札幌、仙台、名古屋、大阪、広島、福岡)で平成23年度にスタートして7年目。現田は前6回が大阪で、今回が初の札幌担当。札響とは毎年、共演しているので札響団員との意思疎通は充分で、安心して観ていられた。未だ還暦を迎える年齢でもなく、今年10月にオープンする札幌文化劇場でのオペラでの活躍を期待したい指揮者である。夫人の佐藤しのぶの共演も是非実現してもらえれば嬉しい。

モテットは声楽曲の一分野で、モーツァルトはカストラート歌手のために書いたという。ホールに響き渡る坂東の歌声はステージでの経験の豊富さを感じさせた。
ユーフォニアムと言う金管楽器名は10年ほど前に初めて耳にした。チューバを小型にしたような楽器だが、音域が広くて、重厚な響きもあり、柔らかな音も出ている感じ。牧歌的な旋律もあって、佐藤は3楽章構成の聴きごたえのある曲を変化に富んだ演奏で吹きこなした。他の金管楽器には無い魅力を兼ね備えた楽器を演奏する女性奏者の意気込みが伝わってきた。
今回の演目で馴染みの曲はベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番だけであった。一年前にアマチュアのコンサートでも聴いたが、オーケストラが札響だとやはりサウンドが違う。第4楽章ではオーケストラに対抗できる音量も出していた。横山は東京芸大在学中で、九響との共演も経験し、前途有望のピアニストのようである。

サン=サーンスはフランス国民協議会を設立し、偉大な音楽家としての業績を残しているが他の作曲家と比べて評価が高くない。「序奏とロンド・カプリチオーソ」、交響詩「死の舞踏」、「動物の謝肉祭」(特に“白鳥”)が有名な作品で、交響曲ではオルガン付きの「第3番」は演奏機会が多い。「ピアノ協奏曲第5番」は彼のピアニスト・デビュー50周年の祝賀会で初演。世界各地を旅行して、北アフリカも旅した。たぶん、その時の印象を音楽にしたものと思われる。演奏会で聴いた記憶は無いが、Kitara開館当時のPMFでジャン=イヴ・テボーデがピアノリサイタルを開いたので、10年前にEUで発売された彼のピアノ協奏曲2&5を購入していた。今回のコンサートの前に2回ほど聴いてみて、意外と興味が湧く曲だと思った。水口は東京芸大卒業後、札幌で活躍中のピアニスト。
「エジプト風」の第2楽章のアンダンテはナイルのエギゾチックな趣を描いており、第3楽章では2000年のエジプト旅行をしてナイル川を帆船で下った際に歌ったヌピア人の様子を思い浮かべた。北アフリカの雰囲気が楽しめ、ヨーロッパのピアノ曲とは違う味わいがあり、心地よい音が響いた。ピアノを打楽器のように弾く奏法もあって興味深かった。

前4人の演奏家は北海道出身。入川奨(いりかわしょう)は静岡県出身で、現在は札響首席ティンパニ・打楽器奏者。前任者が退団してから、後任が不在だったが、入川が17年1月に正式入団。今では彼の安定したティンパニの響きで、札響での評価も高い。彼のインタビュー記事が札響応援の機関紙「札響くらぶ」に載ったのが昨年7月の79号。札響メンバーのインタビュー記事はくらぶ編集委員のご苦労もあって楽しい読み物になっている。入川がヴァイオリンを習い始めて家族でファミリー・コンサートを楽しみ、中学・高校の吹奏楽部で打楽器にはまって、ソロを目指した経緯が語られた。打楽器奏者から指揮者に転向した音楽家に岩城宏之がいるが、ラトルもそうである。いろんな楽器を弾けても最終的に打楽器を選ぶ人の姿が記事を通して生き生きと伝わってきて強い印象を受けていた。今回のコンサートのチラシを見た時に、馴染みの指揮者は目に入っていたが、写真付きの演奏家で札響楽団員の名には気づかなかった。1月下旬に入って鑑賞しようと決めて聴きに来た。

木琴奏者として平岡養一の名を知っていて、30年ほど前にザ・ルーテルホールで木琴・マリンバ演奏会が開かれて聴いた記憶がある。楽器を譲られた演奏家がステージに数種類の楽器を並べて演奏したと思う。現在では楽器もマリンバと呼ばれ、KitaraではSINSUKEや女性演奏家の室内楽は聴いたことはある。オーケストラの楽器としてマリンバが使われている曲も聴いてはいる。
今回はオーケストラをバックに演奏するマリンバ協奏曲と言える曲。20世紀のニューヨーク出身の作曲家が書いた3楽章構成の15分の曲で、ジャズのようなリズムが入って、リズミカルな音楽。数種類のバチを使っての妙技が楽しめた。

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札響名曲シリーズ2017-18 ~田園から運命へ~ (指揮/ポンマー)

2018年2月3日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ マックス・ポンマー    管弦楽/ 札幌交響楽団

ポンマーが初めて札響に客演した時から、お互いに相性が良くて、2015年に首席指揮者に就任してから3シーズンが経過した。2018年3月で任期満了を迎え、81歳の首席指揮者は年齢のこともあり、敢えて契約を更新しなかったようである。自分のすべきことが、このオーケストラで達成できて満足している様子がコンサートやいろいろな記事などでの状況から判断できる。
今回が札響首席指揮者としての最後の演奏会であったが、6日の東京公演も最後の札幌公演と同じプログラムで指揮を執る。

〈Program〉
 ベートーヴェン:交響曲第6番 へ長調 作品68「田園」
           交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」

バッハを中心にドイツ音楽を主に紹介してきたポンマーがベートーヴェンの最高傑作2曲を最後のプログラムに据えた。クラシック音楽ファンのみならず多くの人に最も親しまれている交響曲を選曲したこともあり、地元のオーケストラの首席指揮者として最後の舞台を飾るにふさわしい満席状況の中でコンサートが行われた。

ベートーヴェン・チクルスの場合は別として、奇数番号の交響曲の演奏機会は多いが、偶数番号の演奏機会は非常に少ない。作曲家自身が付けた曲のタイトルは良く知られいて、メロディも親しまれている。派手な曲ではないので指揮者が敬遠しがちなのだろうか。CDでは「運命」と「未完成」がカップリングされたものが、以前は出回っていて、手元にもワルターやC・クライバー指揮のCDがある。演奏会で「田園」と「運命」の組み合わせは珍しいと思った。今シーズンの名曲シリーズの5回券を購入していたので、鑑賞することになった。

「第5番」と「第6番」は同じ頃に完成されて、初演は1808年12月22日ベートーヴェン自身の指揮で行われた。「田園」は自然をこよなく愛したベートーヴェンが5楽章構成で書き上げた。各楽章に標題をつけ、自然描写を試みているが、第5楽章は造物主に対する感謝の歌。第1・2楽章が長めの楽章で聴きごたえがあったが、その後の第3・4楽章がそれぞれ短くて、曲のメリハリを味わえなかった。第3楽章以降はアタッカで切れ目なく演奏された。全体的にはメロディの美しさが鮮やかで、ホルン、フルート、オーボエなどの管楽器が奏でる旋律が楽しかった。
演奏終了後にはブラヴォーの掛け声も飛んで、盛り上がった。

「運命」のタイトルは日本でのみ通用する呼称と言われている。「第5番」の第1楽章の第1主題に“運命のモチーフ”が出てくるが、楽章全体を支配する雰囲気になる。第2楽章は牧歌的であるが、ここにも“運命の動機”が現れる。第3楽章はスケルツォ。第4楽章はアレグロでピッコロ、コントラ・ファゴット、トロンボーンが加わる。(*トロンボーンはベートーヴェンによって初めて交響曲に用いられた楽器と記憶している)。この最終楽章では勝利の喜びが歌われるが、“運命のモチーフ”がここでも出てくる。ミュンシュ指揮ボストン響による演奏をLPで1960年代後半から聴き始めて、ベートーヴェンの交響曲では最高だと思っていた時代もあった「運命」。久しぶりで、良い席から耳にして、改めて曲の良さを味わった。
自分としては、「第6番」より「第5番」の方もが盛り上がったが、演奏終了後に盛大な拍手は沸き起こったが、ブラヴォーの声は上がらなかった。声を上げる人が居合わせなかったのかも知れない。

アンコール曲は「J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番より “アリア”」。

6日のサントリーホールでの演奏はどんな評価を受けるのだろうか。マックス・ポンマーは札響首席指揮者は退任するが、11月・12月の札響定期には客演する予定になっている。

札響第606回定期演奏会(首席指揮者ポンマー最後の定期、共演は小菅優)

~北の自然と管弦楽がとけあう・・・「極北の歌」 札響初演~

ポンマーは札響首席指揮者に就任した最初のシーズンにフィンランドの作曲家、ラウタヴァ―ラ(1928-2016)の曲を定期公演で取り上げた。指揮者は30年ほど前に作曲家と知り合い、彼の交響曲をCDにする仕事を引き受けた。レコーディングにあたって彼と親交を深め、彼の作品が好きになって札響で紹介する機会を持った。作曲家も喜んでくれたそうだが、その吉報を得た後に逝去した。ポンマーは札響首席指揮者を退任する最後の定期演奏会で、北国の自然と深く関わり合うラウタヴァーラの作品を再度、演奏することになった。
Pommerはライプツィヒ出身でライプツイヒ音楽院に学び、小澤と共にカラヤンに師事した経歴を持つ。札響在任中にバッハ、メンデルスゾーン、シューマンなどライプツィヒと深く関わる作曲家やモーツァルト、R.シュトラウス、レ―ガ―の作品を数多く演奏した。3年間の首席指揮者在任中に札幌にバッハの伝統を作り上げたいという強い意志とドイツの音楽を伝えたいという伝道師のような働きをした。

小菅優は1983年、東京生まれ。93年にドイツに渡り、9歳でリサイタルを開き、オーケストラと共演したという。その後、音楽の才能を順調に伸ばしてヨーロッパで大活躍。世界各地の著名なオーケストラと共演を続け、05年にカーネギーホール・デビュー、06年にはザルツブルク音楽祭でリサイタル・デビュー。日本では、05年に自主リサイタルを開催し、サカリ・オラモ指揮フィンランド放送響と全国ツアー。07年4月広上指揮札響定期に初登場して、「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番」を演奏。今回の札響共演は2回目。Kitaraには12年、シェレンベルガー指揮カメラータ・ザルツブルグとの日本ツアーのソリストとして、「モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番」を弾いて以来、6年ぶり3回目の登場。スケールの大きな演奏スタイルだが、繊細さも持ち合わせて、室内楽でも一流演奏家と共演を続けている。2010年から開始した日本でのベートーヴェン「ピアノ・ソナタ全曲演奏会」(全8回)を15年に完結。まだ30代半ばだが、日本を代表するピアニストとして名高い。札幌でリサイタルを聴きたいと願うピアニストである。

2018年1月27日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

 指揮/ マックス・ポンマー(Max Pommer)   ピアノ/ 小菅 優(Yu Kosuge)
〈Program〉
 ラウタヴァーラ:鳥と管弦楽のための協奏曲「極北の歌」(1972)
 モーツァルト:ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491
 メンデルスゾーン:交響曲 第3番 イ短調 op.56 「スコットランド」

鳥の声を素材にした作曲家はメシアンが心に浮かぶが、ラウタヴァーラの音楽には北欧の澄んだ大気と大自然を感じさせるものがある。前回の「交響曲第3番」でも鳥の声を思わせる印象的な場面もあった。「極北の歌」は小鳥の鳴き声と生のオーケストラを共存させた作品。作曲家自身が北極に近い場所で渡り鳥の声を録音したという。録音された何種類もの鳥の声が和声のような響きとなり、オーケストラの演奏と混じり合って一つの音楽となる珍しい試みである。
銅鑼、ハープ、チェレスタも効果的に使われ、管弦楽の響きと調和して北欧の澄んだ空気と大自然の様子が不思議な感じで伝わってきた。

モーツァルトは交響曲も短調作品は2曲だけだが、ピアノ協奏曲も27曲中で短調の曲は2曲のみ。前回、小菅が弾いた「第20番ニ短調」と今回の「第24番ハ短調」は対をなす。予約演奏会のために作曲に追われる環境の中で、モーツァルトは充実した作品を書き続けた。この「ハ短調」の作品もピアノ協奏曲の傑作として知られる。当時の調性感覚を超えた技法で書かれ、美しい旋律が全編を覆う。カデンツァはモーツァルトは書いていないのでピアニストが自由に弾ける。モーツァルトはクラリネットという楽器を曲にあまり使わなかったと記憶しているが、ピアノ協奏曲第22、23,24番にはクラリネットを珍しく用いている。彼の後期3大交響曲(*ポンマーが札響600回定期で演奏)に通ずる内容を持った作品と言えるので、ポンマーが選曲にかかわったのかな(?)と余計なことを考えてしまった。
いずれにしても、緩徐楽章での木管とピアノの対話は美しかった。最終楽章のコーダも力強く、久しぶりで聴く小菅の非の打ちどこるの無いピアニズムに満足した。曲全体を通して、多様なリズム感、繊細な感情や深みのある華やかさなど曲を鮮やかに浮き出させていた。堂々たる演奏であった。ポンマーも満足そうであった。
会場から沸き起こる最大な拍手に応えて、アンコール曲は「メンデルスゾーン:ヴェネツィアの舟歌 第3番」。

※「ピアノ協奏曲第24番」の札響初演が1973年でピアノがラドゥ・ルプーと知ってビックリ。札響定期では76年にペライアが弾いている。前回の定期ではルケシーニが弾いたのは聴いていて記憶していた。特に70年代に海外の演奏家の日本ラッシュがあったようで、札響の記録にも、アルゲリッチ、ホリガー、フレイレ、ゴールウェイ、パールマンなど多くの著名音楽家の名が載っている。

1829年3月、バッハの死後初めて「マタイ受難曲」を再演指揮し、バッハ再評価の口火を切ったメンデルスゾーンはロンドンでの演奏会の後にスコットランドを旅した。その時に序曲「フィンガルの洞窟」と「交響曲第3番」の楽想を得た。番号の付いている交響曲は5曲であるが、「スコットランド」は完成までに13年の歳月を要して楽譜の出版が1842年になり、メンデルゾーン最後の交響曲になった。(*メンデルスゾーンは1843年にライプツィヒ音楽学校を設立。シューマンも作曲とピアノの教授として加わった。)

スコットランド特有の自然・文化を背景に5音音階や民謡的素材を生かしてメンデルゾーンがロマンティックな表現で音楽にしている。スコットランド民謡を素材にして造形された主題は魅力的である。バグパイプ風の感じもするスケルツォ。神秘的な雰囲気も描かれる曲はアタッカで切れ目なして演奏されるのが普通だと思っていたが、最終楽章の前にポンマーは休みを入れた。第4楽章はアレグロ・ヴィヴァチッシモでソナタ形式の終曲。凱歌が奏でられた場面はスコットランドの諸部族の争いの歴史を暗示するものであったようである。フィナーレとして聴きごたえがあった。ある程度イギリスの歴史や民族については知っているつもりだが、スコットランドが1707年までは独立した王国であって、現在もイギリスからの独立を目指しいることと曲が直ぐに繋がらないのが口惜しくもある。

来月3日の札響名曲シリーズにもポンマーは出演するが、首席指揮者としての定期は最後ということで、普段よりもオーケストラの首席・副首席奏者を含め楽団員全員に対する感謝の様子が伝わった。日本人らしい礼儀の正しさも身に着けておられる姿は指揮者としてだけでなく人間としての心の豊かさを感じ取れた。

※日本でイギリス、英国と呼ばれる国の正式名は“The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland”。略してU.K.。
England+Wales=Britain。Britain+Scotoland =Great Britain。Great Britain+Northern Ireland =United Kingdom。イングランドは国の一部で、人を表す語はそれぞれ Englishman, Welshman, Scotsman, Irishman と区別される。BritishはBritain、Great Britainに対応する。スコットランド人に対してEnglishmanという語は適切でない。狭い意味では男性語だが、女性はwomanにすると良い。一例を挙げただけであるが、それそれが英語以外に独特の方言、文化を持つ誇り高い民族である。フットボールの発祥地で現在のWorld Cupでも特別ルールが出来上がっているほどである。ゴルフの聖地がスコットランドであることも有名である。
シェイクスピアの時代のスコットランドは現代とは違って独立国だったのである。知っておいた方が良い知識もまだまだたくさん有ることを今回のコンサートを通して実感した。

北海道交響楽団 第85回演奏会(ショスタコーヴィチ:第11番)

北海道交響楽団の演奏を初めて聴いたのが2001年の第41回演奏会。1950年代から北海道大学交響楽団で活動していた卒業生の要望にも応えて、当時から北大響の指揮者を務めていた川越守が1980年にアマチュア・オーケストラ、北海道交響楽団を創設した。07年からは毎年のように聴いているが、前回の第79回から2年ぶりの演奏会。2016年から定期演奏会が年3回に増えたようである。
昨日、会場に着いてプログラムの最初の曲名を見て衝撃を受けた。道響の音楽監督で、指揮の予定であった川越守氏が昨年12月に逝去されていた。昨年から今回の予定の指揮に2人の名があったので、体調を考慮して予め1曲のみの指揮になるのかも知れないという予想はしていた。16年11月の北大響の指揮が見納めになってしまった。川越氏のご冥福を祈りながら、追悼曲を聴いた。

2018年1月21日(日) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
指揮/中山 耕一
〈プログラム〉
 【追悼演奏】川越守(西田直道・補佐):市民の歌(札幌市民憲章制定1周年記念制定曲)
 ヨゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」 作品235
 チャイコフスキー:バレエ組曲「眠りの森の美女」
 ショスタコーヴィチ:交響曲第11番 ト短調 作品103『1905年』

“わたしたちは、時計台の鐘がなる札幌の市民です”で始まる札幌市民憲章(*1963年制定)の知識はあったが、「市民の歌」があるのは知らなかった。一般公募で川越守作曲の応募作が入選。彼はその後に数多くの作品を書いているが、とりあえず思い出の1作。彼は北大交響楽団を再興し、1960年に第20回定期演奏会を開催したが、その時の演奏会を聴いたのが最初の出会い。彼の突然の死に心の動揺を抑えきれなかったが、その後、落ち着いて感慨深い気持ちになった。

ヨゼフ・シュトラウスはヨハン・シュトラウスⅡの弟。工学が専門で、音楽の道に進むのは好まなかったが、家族のピンチを救うために兄の病気中に代役を務めた。結果的には300曲近くの作品を残した。ウィ-ンフィル・ニューイヤーコンサートで演奏される曲も多いが、「天体の音楽」も有名である。夜空の星の動きを見ながらワルツを踊る光景も何となく浮かぶようである。

チャイコフスキーの三大バレエ音楽は人々に最も親しまれている音楽。「眠りの森の美女」は約3時間の大作が抜粋で組曲となった管弦楽曲。「邪悪な妖精から紡ぎ針に刺されて永遠に眠る呪いをかけられたオーロラ姫が、善良なリラの精の導きで、100年後に、ある国の王子のお陰で目覚めることが出来て、2人は結ばれて幸せに暮らしたという話」
①序奏とリラの精 ②アダージョ ③長靴をはいた猫と白い猫 ④パノラマ ⑤ワルツ。
5曲中のいくつかの美しいメロディは聴き馴染みである。この曲のあたりでは、金管楽器群の演奏の素晴らしさが、際立って、さすが北海道が誇るアマチュア・オケストラの力が遺憾なく発揮されていた。

中山耕一は札幌生まれのフルーティストで、スイスに学んでチューリッヒ高等音楽院を卒業。チューリッヒ・トーンハレ管に客演するなど、ヨーロッパで活動。現在は国内外で演奏活動を行い、札幌市民オーケストラなどで後進の指導に当たっている。道響では93年よりトレーナーとして指導を行っている。
25年もの長きにわたって道響を指導しているので、川越音楽監督の意に沿って指導を続けていることに疑念はない。安心して聴いていられた。指揮・トレーナーとして道響の活動を続けると思われる。

後半は期待の「ショスタコーヴィチ:交響曲第11番」。PMF2004で芸術監督を務めたゲルギエフがピクニック・コンサートで5時開始のPMFオーケストラ演奏会で「チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲」(ヴァイオリン独奏/ズナイダー)と「ショスタコーヴィチ:交響曲第11番」を指揮した。終了時間は7時過ぎで夕闇も迫っていた。当時、新装なった札幌芸術の森・野外ステージでコンサートに集まった総人数は6400人(:*PMF組織委員会の記録による)で演奏終了後の聴衆の拍手大喝采はまさに感動的であった。私を含めて初めて聴いた人が多かったであろうショスタコーヴィチの60分の大曲はこの年の天候に恵まれた暑い夏でPMF2004 を締めくくるにふさわしい感動の場面を作り上げた。当時の様子は今でも脳裏に濃く焼き付いている。

ショスタコーヴィチが生まれたのは1906年。1904年に日露戦争が勃発して、帝政ロシアは社会情勢が緊迫度を増していた。首都ペテルブルグの労働者たちは戦争の重圧と経済情勢に不穏な空気に包まれていた。1905年1月9日は軍隊と民衆が衝突する血の日曜日となった。これがロシア第一次革命の発端となり、ロシア各地に反乱が広がっていった。ロシア帝政末期に起きた事件を題材にショスタコーヴィチは1957年に「第11番」を作曲した。
第1楽章「宮殿前広場」、第2楽章「1月9日」、第3楽章「永遠の記憶」、第4楽章「警鐘」。演奏時間60分の大曲で、曲はアタッカで休みなしに最後まで演奏される。標題から曲の内容が予想できる。場面に応じて、打楽器を含め、いろいろな楽器が活躍する。特に、イングリシュホルンとハープの紡ぐ美しいメロディが印象的だった。第2楽章以降で革命歌が中心的に歌われるが、緩急取り交ぜたリズム感のある演奏で、時間の長さを感じさせない演奏は素晴らしかった。アマチュアで金管の響きにほころびが無いのは凄いことで、帰りにホワイエで出会ったKitaraボランテイアの仲間もオーケストラの技量に感服していた。
川越氏が指揮をしているのと変わらない出来であったのが何よりであった。

聴衆の数は多くなかったが、聴きごたえのある演奏に聴衆から大拍手がいつまでも続いた。アンコール曲は「ムソルグスキー(ショスタコーヴィチ編):歌劇《ホヴァンシチナ》前奏曲 “モスクワ川の夜明け”」。



Kitaraのニューイヤー2018 (ウィ-ン・フィルのシュトイデ登場)

この数年Kitara恒例のNew Year Concertのプログラム後半にウィンナ・ワルツやポルカを取り入れるようになっているが、今年はウィ-ン・フィルのコンサートマスターを務めるフォルクハルト・シュトイデを迎えた。
シュトイデは1971年、ライプツイヒ生まれ。94年にウィーンに移住して、ウィ-ン音楽を身に着け、97年にウィ-ン・フィルに入団して、2000年から第1コンサートマスターを務める。同年より始まったトヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィ-ンのコンマスとして日本公演に連続して参加。02年に結成したシュトイデ弦楽四重奏団を率いて室内楽でも活躍している(*14年にはKitaraでも公演)。札響との共演は16年6月の名曲シリーズでの弾き振りに次いで2度目。彼の演奏を聴くのは12回目。

2018年1月14日(日) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

コンサートマスター・ソロヴァイオリン/Volkhard Steude
管弦楽/札幌交響楽団
〈Program〉
 ウエーバー:歌劇「オベロン」序曲
 ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 作品26
 ヨハン・シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」序曲
 エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ「テープは切られた」 作品45
 ヨーゼフ・シュトラウス:鍛冶屋のポルカ 作品269
 ヨハン・シュトラウスⅡ:トリッチ・トラッチ・ポルカ 作品214
 エドゥアルト、ヨーゼフ、シュトラウスⅡ:射撃のカドリーユ
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「ウィ-ン気質」 作品354
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ロシアの行進曲風幻想曲 作品353
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「美しく青きドナウ」 作品314                

ウエーバーは「魔弾の射手」序曲の演奏機会が多い有名なドイツの作曲家。彼のオペラの名声がイギリスに及んで《オベロン》が書かれた。イギリスでの初演の2ヶ月後に彼は亡くなった。クルト・ザンデルリンク&シュターカペレ・ドレスデンのCDで数回耳にしている程度だが、ロマンにあふれる軽快な明るい曲でオペラの序曲として楽しい。

ブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」は4大ヴァイオリン曲に次ぐ知名度の高い名曲。この2年ほどはKitaraでの演奏機会が驚くほど多い。ヨアヒムの助言を入れて改訂した版はドイツ音楽を中心に考えると、4大ヴァイオリン協奏曲に入る傑作と言われる。ロマンティックな旋律がヴァイオリンに乗せて自由に歌われれ、オーケストラと相まって躍動的で華やかな世界が繰り広げられた。
シュトイデの演奏は非の打ちどころはないようで、演奏終了後には会場のあちこちからブラーヴォの声が力強く上がった。
演奏中はオーケストラへの指示は控えめで、リハーサルでしっかり指導している様子だった。
この曲は何回か聴いたうちで、今回の演奏が最初から最後まで一番心地よく集中できた。シュトイデは6日のオーケストラ・アンサンブル金沢と10日の広島響と曲目は違うが共演を重ねた。札響との共演も2回目でステージの入場の際からオーケストラ楽団員との呼吸が上手くいっているように思えた。
シュトイデはステージに一番先に登場して起立したまま、全員が揃うまで待ってから、会釈をしてコンサートをスタートさせた。私自身が感じた前回のぎこちなさや緊張感が緩和され、極めてスムースに事が運んだ。その後は、ごく自然体での気持ちの良い演奏に繋がったように見えた。
※先日、ブルッフがイギリス最古の「ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニック管弦楽団」(1840年創立)の首席指揮者を務めていたことを知った。ハレ管(1858年創立)が古いのは知っていたが、ロンドン響(1904年創立)より歴史があるのに気づいた。

後半は音楽の都ウィ-ン恒例のニューイヤーコンサートで演奏されるワルツやポルカ。選曲されたプログラムはシュトラウス兄弟3人の曲。
喜歌劇「こうもり」は大晦日の温泉町を舞台に繰り広げられたお洒落な物語。ウィ-ンの人々は年末年始になるとこのオペレッタを楽しむのが恒例になっているようである。「序曲」は日本でも最も親しまれていて、ウィーンの音楽気分を味わう1曲目に相応しい。

シュトラウス一家で作曲に携わらなければならないほどの人気を博した楽団はヨハンの弟を音楽に巻き込むことになった。今回の演奏曲で「テープは切られた」と「ロシアの行進曲風幻想曲」の2曲は初めて聴いた。ロシアにも巡業したことが判るロシアの風土が伝わる曲は通常のヨハンの曲とは違う趣があって興味深かった。
2000曲以上もあると言われるワルツやポルカから比較的に日本でなじみの曲が演奏されたが、新しい曲も聴けて良かった。ウィ-ンフィルのコンサートマスターひとりでも、持っている雰囲気と実力、それに応える楽団員の意気込みでこんなウィ-ン音楽に浸れて、とても楽しかった。指揮者やコンマスやオーケストラの技量を超えたものが、8曲の演奏から伝わってきた。言葉では的確に表現するのは難しいが、本場の音楽家が伝え、その指導に従って音楽を創り出すオーケストラの音楽が新たな感動を引き起こす様を肌で感じた。札響も力演で、とにかく楽しいコンサートであった。
万雷の拍手と歓声に応えて、コンサートの最後は「ヨハン・シュトラウスⅠ:ラデツキー行進曲」。演奏に合わせて、オーディエンスも手拍子を入れながら一緒に楽しんだ。8割以上の客席を埋めた人々も帰路に着く中で喜びを口々に表現していた。

シュトイデは15日~18日まで4日間、続けて本州の4市でリサイタルを開催する予定になっているが、3月31日にはKitaraに帰ってくる。自分のペースで運べるリサイタルと違って、日本のオーケストラと3回も弾き振りで共演する経験は初めてだったと思う。疲労感もあるだろうが、充実感もあったと思いたい。日本人と心も通じあう音楽家として今後の更なる交流を期待したい。

ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団 ニューイヤー・コンサート

Warsaw Philharmonic-The National Orchestra of Polandの創設は1901年。ワルシャワ・フィルはショパン国際ピアノコンクールの本選で伴奏オーケストラを務めていることでも知られる。5年に一度開催のショパン国際ピアノコンクールの入賞者ガラコンサートが日本で定期的に行われている。ワルシャワ・フィルを初めて聴いた1992年以降、今回が11回目だった。海外のオーケストラとして最多である。近年では海外のオーケストラがグローバル化する中でメンバーの大半がポーランド人という特徴を持つオーケストラになっている。

現在の音楽監督はヤツェク・カスプチェク(Jacek Kaspszyk)。彼はメニューインが1984年、ワルシャワに創設したシンフォニア・ヴァルソヴィアを率いて、2008年にKitaraに初登場(*当時のソリストは小山実稚恵)。前回は16年1月、ショパン国際ピアノコンクール入賞者ガラコンサートで再来札。今回が2年ぶり3回目のKitaraのステージ登場。

ピアニストの牛田智大(Tomoharu Ushida)は昨年2月に高関指揮札響と共演して「ショパン・ピアノ協奏曲第2番」を演奏。5月にはデビュー5周年記念リサイタルを開催した。彼は弱冠18歳だが、鋭い感性を発揮して彼独自のピアニズムを披露している。牛田のピアノを聴くのは2013年1月以来5回目。
今回のチケットは昨年6月に先行発売され、7ヶ月前に早々と手に入れていた。

2018年1月8日(月・祝) 3:00PM開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 パデレフスキ:序曲 変ホ長調
 ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11
 ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 作品95「新世界より」 

パデレフスキ(1860-1941)はポーランドのピアニスト・作曲家・政治家。1901年創設のオーケストラのコンサートのプログラムはポーランド作品だけで、ピアノ独奏はパデレフスキ。ピアニストとして世界的名声を築いた彼は、第一次世界大戦中には祖国の独立運動に貢献して、戦後は国民の後押しで独立国ポーランドの初代首相兼外務大臣を兼務。22年に辞任してアメリカに渡り、演奏活動を続けながら祖国を支援。39年、祖国に復帰してポーランド亡命政府の指導者として活動を続けた。ポーランドは2つの大戦に巻き込まれながらも、伝統的な音楽が歴史的に生き続けている国と言えよう。
この有名なピアニストの作品をコンサートで聴くのは珍しい。パデレフスキの名は知っていても、何かの演奏会で彼の小品がアンコール曲として弾かれた記憶が微かにある程度である。
プログラム解説によると、「序曲」は1884年に作曲されたスコアは残っているが、パデレフスキ没後50年の1991年に初演された。民謡風のメロディや快活なリズムが入る10分程度の曲は興味津々であったが親しみやすい音楽で味わい深かった。

ショパンの2つのピアノ協奏曲はワルシャワを去る直前に書かれていた。20歳の時に書かれた瑞々しい作品はショパン自らのピアノ独奏でワルシャワで初演。この「ピアノ協奏曲第1番」の初演後に、ショパンは故国を後にした。
「ピアノ協奏曲第1番」はピアノ・パートが華麗で、曲の魅力に直ぐはまって若い頃は一番魅了されたピアノコンチェルトであった。LPやカーステレオで聴き親しんでいた時代を懐かしく思い出す。今ではコンサートで聴く機会が断然多くなったが、同時にオーケストラがピアノを支える微妙なパートも評価できる聴き方もできるようになった。
ワルシャワ・フィルとショパンの組み合わせは何か独特な雰囲気で曲を聴く気分になる。そういう意味で今回の若い牛田智大との共演は新鮮さを感じた。
ブラヴォーの声も上がる大歓声に応えてソリストのアンコール曲は「プーランク:即興曲第15番 “エディット・ピアフを讃えて”」。この曲は過去のコンサートでも弾いたので、牛田の思い入れのある曲のようである。

「新世界より」も最も耳に親しんでいる曲。どの楽章も聴きごたえがあるが、何と言っても第2楽章のイングリシュホルンが奏でるメロディが美しく心に響く。ワルシャワ・フィルは世界中のどのオーケストラよりもショパンに曲が絞られてしまって、ツアーでは曲目が限定されてしまう。今回はパデレフスキを入れただけでも新しい方向が見えた感じがした。
盛大な拍手に応えたアンコール曲は「ブラームス:ハンガリー舞曲第1番」。新年に集まった7割程度の聴衆は聴き慣れた楽しい曲に心も躍る様子で喜びを表現していた。

2018年に入って初めてのKitaraのコンサートを大いに楽しめて良かった。帰りの混雑するホワイエで偶然、元Kitaraボランテイア3人の元気な姿を久しぶりに目にして嬉しかった。親しくしていた友人と会えるのは特に嬉しいものである。

※今回の国内ツアーは6日~15日まで7公演。26年前の1992年、カジミェシ・コルト指揮ワルシャワ・フィルは11月17日~12月15日まで日本国内23公演。80年に「連帯」のワレサ議長が民主化運動の先頭に立って東ヨーロッパに民主化の波が広がり、89年にポーランドにワレサ大統領が誕生した時代背景を思い起こした。今日では考えられない強行スケジュールでワルシャワ・フィルは日本各地に音楽を届けていた。1990年のショパン国際コンクールは優勝者なしで第2位のケヴィン・ケナーが20公演のソリストを務めた(*当時の第3位が横山幸雄)。ショパン・コンクール入賞者ガラコンサートは1995年に始まり現在まで続いている(*2005年の開催は無し)。

ウィ-ン・フィル ニュー・イヤー・コンサート2018

ウィ-ン・フィルのニュー・イヤー・コンサートは毎年聴いているわけではないが、今年はリッカルド・ムーティが登場するので最初から最後まで聴いた。
ワルツやポルカが十数曲演奏されるが、聴き慣れている曲は数曲で初めて聴く曲が多い。今年はイタリア色が濃い選曲で、イタリア出身のムーティらしい明るく気品のある曲が目立つ感じがした。聴き慣れた名曲は「雷鳴と電光」のポルカシュネルやワルツ「南国のバラ」。イタリアのバラが一面に咲いている宮殿の庭園の中でバレエも繰り広げられた。

今回興味深かったのは1918年のハプスブルク帝国が崩壊した年から100年を経たウィ-ン・フィルの歴史を顧みる選曲。第一次世界大戦後、労働者のためのコンサートの観点に立ち、ウィ-ン・フィル主催の舞踏会や録音などの活動を通して、新しいオーケストラの転換期となった百年。ウィ-ンの建築家、オット・ワグナーの没後100年にも当たるという。ウィ-ン・フィルは人々の不安を解消し、希望を与える演奏会を目指した。
それぞれの思いが込められた歴史のつながりも振り返った曲が演奏された。解説が字幕に書かれていて参考になった。

NHKの担当アナウンサーのほかに、ウィ-ン・フィルのチェロ奏者、へーデンボルク・直樹とバレリーナ橋本清香もコンサート直前と休憩時間中のトークに参加した。直樹は今回は降り番で来年が出番だそうである。兄のへーデンボルク・和樹がヴァイオリン奏者としてコンサートに加わった。彼らのことは昨年の「音楽の友」11月号で名前を初めて知った。一番下の弟のピアニストを加えて3人で“へーデンボルク・トリオ”を組んで昨年、日本デビュー。今年のウィ-ン・フィル日本公演には2人の兄弟も加わり、トリオの室内楽公演も予定されているそうである(*3人はスウェーデン人ヴァイオリニストの父、日本人ピアニストの母の下でザルツブルグで生まれ育った)。
休憩時間中にウィ-ン・フィルの楽団長で、PMFウィ-ンで馴染みのメンバーのフロシャウアーさんが日本語で日本の視聴者に挨拶して親日家の一面を見せた。

ウィ-ン・フィルの軽やかな演奏はいつもと変わらないが、今年はイタリアの雰囲気も感じられる一層明るいコンサートとなった。
ムーティは1971年ザルツブルク音楽祭でウィ-ン・フィルと初共演以来、500回も共演を重ねている巨匠指揮者。
ムーティがPMFに初登場したのが2007年、札幌芸術の森での開会式と記念演奏では、その姿はカラフルな服装によって一段とカッコ良かった。Kitaraでは黒の燕尾服だった。メインの演奏曲は「シューベルト:ザ・グレイト」で強烈な印象を残した。翌年にはウィ-ン・フィル札幌公演で《ロッシーニ:歌劇「セミラーミデ」序曲》、《チャイコフスキー:交響曲第5番》などを演奏。
当時から見ると格好の良さは感じても、当然ながら老けて見えた。ウィ-ン・フィル・ニュー・イヤー・コンサートには5回目の登場だったそうである。まだまだ現役としての活躍が期待される。
演奏中、今年のKitaraのニューイヤーに登場するコンサートマスターのシュトイデやPMFウイーンのチェロ奏者ノージュなどの顔なじみの姿も目に入った。トヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィ-ンで来札するメンバーもいるだろう。以前より女性メンバーが少し増えたように思った。
例年と同じくプログラムの最後はワルツ「美しく青きドナウ」で締められた。アンコール曲も恒例の「ラデツキー行進曲」。華やかな雰囲気の裡にコンサートが終った。

※小澤征爾がNew Year's Concertに出演したのが2002年で、その当時はCDも早々に手に入れたものだ。16年も経ってしまった。正月気分が抜けきらないうちに久しぶりに聴いてみようかなと思う。来年はティーレマンが指揮者に決まっているそうである。
ウィ-ン・フィルは毎年来日公演を行っているが、ライヴ公演を聴いたのは1973年、1997年、2008年の3回だけ。Kitaraが開館した年の公演が一番印象に残っている。

エッシェンバッハ指揮 N響“第9”演奏会

Eテレで今迄気づいていていなかった大晦日恒例の『N響の第9』を聴いた。指揮がエッシェンバッハだったことと年末のテレビ番組が興味の湧くものが他に無かったからである。もちろん、一年の最後を「第九」で終えようと思ったからでもある。

エッシェンバッハをライヴで初めて聴いたのが1991年。1990年にスタートしたPacific Music Festival(PMF)がバーンスタインの急逝でウィ-ン・フィルのメンバーを中心として引き継ぐこととなった。芸術監督にマイケル・ティルソン・トーマス(ロンドン響首席指揮者)とクリストフ・エッシェンバッハ(ヒューストン響音楽監督)が就任した。この年に《ヒューストン交響楽団演奏会》で初めてエッシェンバッハの指揮ぶりを見た(*バーンスタイン:交響曲第1番「エレミア」を聴いたことになっているが、歌手のルートヴィヒが出演したのは記憶している)。彼はM・T.・トーマスと共に芸術監督を長く務めた。93、94、96、97,98年とPMFで活躍して、2000年5月にはハンブルク北ドイツ放送響(現NDRエルブ・フィルハーモニー管)を率いてKitaraに来演し「シューマン:交響曲2番」を演奏。09年のPMF20周年にバーンスタイン思い出の「シューマン:交響曲第2番」でPMFオーケストラを指揮したのは今なお印象深い。エッシェンバッハは世界のメジャーオーケストラのパリ管やフィラデルフィア管の音楽監督を務めたが、10年に要職を辞した。ワシントン・ナショナル響の音楽監督に就任していたが、現在はたぶん自由な立場でタクトを振っているのではないだろうか。

エッシェンバッハは昨年11月にN響に客演してブラームスの全交響曲を指揮した。N響客演コンサートマスターに就任したキュッヒルが出演した演奏会でもあったので、12月3日の〈クラシック音楽館〉で「ブラームス:交響曲第4番・第1番」を聴いて、ドイツの香りを満喫した。
この時に年末の〈N響第9〉の情報を得た。年末の〈N響第9〉は22、23.24、26日の4日間がNHKホール、27日は特別プログラムも含めてサントーリーホールが会場で計5回も公演が行われた。指揮者、オーケストラ楽団員、合唱団員、ソリストたちは大変なエネルギーを使って強行日程をこなした。

大晦日のEテレ番組で【N響“第9”演奏会】が録画中継された(*22日公演)。
指揮/クリストフ・エッシェンバッハ   管弦楽/NHK交響楽団
ソリスト/市原 愛(S)、加納悦子(Ms)、福井 敬(T)、 甲斐栄次郎(Br)
合唱/東京オペラシンガーズ

演奏前にエッシェンバッハは「第9」へのパッションを熱く語った。リハーサルで指揮者が話す内容を楽団員が直ぐに理解して、曲の演奏に臨んでくれるので、彼はオーケストラが紡ぐハーモニーに満足そうであった。オーケストラのレヴェルの高さは世界のトップクラスにあると話した。日本人が考えている以上に、現在の日本のオーケストラのレヴェルは世界のトップクラスの水準にあると言われている。特にN響はパーヴォ・ヤルヴィも世界のトップテンに入るオーケストラと認識しているようである。

エッシェンバッハは「第9」を幻想的な音楽と位置づけ、第3楽章は正に「天使の音楽」と捉えて指揮に当たった。エッシェンバッハはピアニストして常に歌うような演奏を心がけていたこともあり、指揮においてもオーケストラを歌わせるのが巧みなようである。特に第4楽章では指揮者、オーケストララ、ソリスト、合唱が一体となった音楽であった。
指揮者の放つオーラはやはり凄いもので、創り出される音楽はドイツ音楽の色彩がいちだんと濃厚になって響き渡った。ドイツ音楽の大きさを改めて感じた。

短期間に連続して5回も同じ曲を演奏する場合には、全く同じ演奏にはならないのではないかと思う。基本的には同じ調べでも、演奏に少々の違いが出てくる方が自然なのではないだろうか。機械とは違うのだから、人間が演奏する味が出てきて当然だと思う。指揮者も全く同じ演奏になっていないと想像するが、果たしてどうなのだろう?
同じ「第9」でも年末と他の時期では気分が違うのは当たり前になっている。

Kitaraのクリスマス2017(高関&清水)

札響正指揮者を長年務めた高関健のKitara登場は2月の名曲シリーズ以来である。現在は東京シテイ・フィル常任指揮者として同フィルのレヴェルを一段と高めている様子であり、今年4月にはサンクトぺテルブルク・フィル定期に2回目の登場を果して大絶賛を博したことは喜ばしい限りである。また、京都市響常任客演指揮者も兼任しながら、藝大フィルハーモニア管首席指揮者を務めて後進の指導に当たっている活躍ぶりは実に頼もしい。
清水和音は昨年7月札響定期に客演して尾高忠明指揮の下で「尾高惇忠:ピアノ協奏曲」を弾いた。清水の札響出演で強烈な印象を残したコンサートは彼のデビュー30周年記念として開催された2011年《札響夏の特別演奏会》のプログラム、〈オール・ラフマニノフ・コンチェルト〉は驚異的な演奏で忘れ難いコンサートとなっている。《Kitaraのクリスマス》には5年ぶりの再登場。前回は「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番」を演奏した。指揮の広上とのトークで“同じ曲でもリハーサルと本番では同じ演奏にはならない”と互いに語ったことが印象に残っている。

[札幌コンサートホール開館20周年] Kitaraのクリスマス

2017年12月23日(土・祝) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
指揮/高関 健   ピアノ/清水 和音  管弦楽/札幌交響楽団
【プログラム】
 グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
 チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番 変ロ長調 作品23(ピアノ/清水和音)
 バーンスタイン:「キャンディード」序曲、 
           「ウエスト・サイド物語」より “シンフォニック・ダンス”
 アンダーソン:そりすべり、 クリスマス・フェスティバル

グリンカはロシア国民音楽の祖。「五人組」やチャイコフスキーに大きな影響を与えた。オペラのタイトルは有名であるが、観たことはない。「序曲」は聴く機会が多くて、その明るい活気に満ちあふれた音楽は人々に親しまれている。

チャイコフスキーは3曲のピアノ協奏曲を書いているが、「第1番」は数多あるピアノ協奏曲の中でも最も人気の高い曲のベスト3に入る曲。2010年に札響ファンが選んだリクエスト曲で第1位となり、清水和音が札響と演奏した曲である。
清水が20歳の時にロン・ティボー国際コンクールピアノ部門で優勝した記事が新聞に載った1981年から36年も経った。彼がKitaraのステージに初めて立った2001年以来、彼の演奏を聴いたのは今回で7回目だった。14年からリサイタル・シリーズを年2回5年計画で開催し、昨年からは年6回の室内楽シリーズも始めている。現在、油の乗り切った時期を迎えているようである。

「第1番」は何度聴いてもロマンティックで美しい旋律は聴く者の心を虜にする。ピアノのカデンツァも素晴らしいが、木管楽器の奏でる牧歌的旋律も美しく、ウクライナ民謡も取り入れられて、全楽章が魅力的で聴いていて冗漫になるところがない。オーケストラとピアノの対話も生き生きとしている。チャイコフスキーのメロディ・メーカーとしての魅力満載の曲である。清水和音のヴィルトゥオーゾとしてのピアニズムが伝わってくる演奏を楽しんだ。
ソリストのアンコール曲は「ショパン:ノクターン第5番 作品15-2」。

後半プログラムの最初の2曲は来年バーンスタイン生誕100年を迎える前祝いの選曲だろう。高関は1982年にタングルウッド音楽祭でバーンスタインの指導を受けた。その音楽祭でバーンスタインが演奏した曲の中から2曲を選んだという。バーンスタインの曲はPMFで演奏される機会が多くある。今年のPMFでも「シンフォニック・ダンス」を聴いた。

「キャンディード」はヴォルテールの小説に基づくコミック・オペレッタだが、詳しいストーリーは知らない。楽天主義のキャンディードが恋人を追い求めて大冒険をする物語だという。「序曲」は何度も耳にしている曲で、楽天的で行動派の若者のイメージが湧いてくる楽しい音楽。

悲劇的なミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」は「ロミオとジュリエット」をニューヨークに舞台を変えて書かれた。バーンスタインが育った地区のイースト・サイド・ストーリーとして20歳の頃に書かれたが、映画化される時代にはイーストサイド地区が、国連ビルが建つ再開発地域になっていて、当時の面影を残すウエスト・サイド・ストーリーにタイトルを変えたという伝記を読んだ記憶がある。いずれにしても、アカデミー賞を受賞した映画が世界的に話題となり、音楽も有名になった。
北米と南米のダンスリズムの対比でバーンスタイン節と呼ばれる独特の作曲技法で書かれたが、原曲の管弦楽編曲を担当した彼の友人2人が管弦楽用の組曲を作った。原曲は9曲の舞踊組曲で、カットされて数曲だけが演奏されることもある。
今回の「シンフォニック・ダンス」は9曲。①プロローグ ②どこかに ③スケルツォ ④マンボ ⑤チャチャ ⑥出会いの場面 ⑦クール~フーガ ⑧決闘 ⑨フィナーレ。第4曲「マンボ」で指揮者の合図で聴衆が“マンボ”と掛け声を出す場面が2度あり、面白かった。
高関が実際にバーンスタインがボストン響を指揮するコンサートを聴いているのは財産だと思った。聴く方の心構えも何となく違うような雰囲気があった。札響メンバーにも何らかの前向きな反応があったのではないだろうか。

2008年にPMFオーケストラ演奏会[バーンスタイン生誕90年ガラ・コンサート]が開催され、当日のプログラムは「オール・バーンスタイン・プログラム」だった。3名の指揮者が出演して、マエストロ尾高が「シンフォニック・ダンス」全曲を指揮し、ルイス・ビアヴァが「キャンディード」序曲を指揮した。10年前の様子を懐かしく思い出した。「不安の時代」のピアノ演奏中に携帯音が鳴って、その音を小曽根が直ぐ即興で曲に取り入れた出来事があったことも併せて思い出した。

大ホールを飾りつけした職員の苦労が生きるクリスマスの音楽は照明の効果もあって楽しい雰囲気で展開された。内容は例年と殆ど同じ。最後はオーケストラの演奏に続いて、聴衆の斉唱で「きよしこの夜」。9割程度の客の入りで、家族で楽しんでいる姿も見られた。今年のKitaraでのコンサート鑑賞は今日が最終回。明るい気分でKitaraの会場を後にできたのは何よりだった。

札響の第9(2017) 広上淳一

「第九」は年末に聴いて、年度の締めにしたいという気持ちを未だに拭えない。以前は札響でも文字通り年末に「第9」を演奏していた。いろいろ事情があって、近年は12月でも10日と20日の間である。上旬では気分が乗らなくて鑑賞しない年もあった。今年はどうしようかと思っていたが、ソリストの中村恵里と甲斐栄次郎に魅力を感じてチケットを購入した。

2017年12月16日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/広上 淳一
独唱/ 中村 恵理(ソプラノ)、中島 郁子(メゾソプラノ)
    吉田 博之(テノール)、甲斐 栄次郎(バリトン)
合唱/札響合唱団、札幌放送合唱団、札幌大谷大学合唱団
合唱指揮/長内 勲
管弦楽/ 札幌交響楽団

〈Program〉
 モーツァルト:交響曲第9番 ハ長調 K.73
 ベートーヴェン:交響曲第9番 ニ短調 op.125「合唱付き」

めったに演奏される機会のないモーツァルトの「第9番」はCDで予め聴いてみたが、メロディは印象に残らない。13歳の頃に書かれた、アレグロ、アンダンテ、メヌエット、アレグロから成る4楽章構成。
10分強の演奏の後で直ぐ、休憩。無理して小品を加える必要はないという感じがしている。指揮者はそれなりに工夫して、アイデアを出しているようである。今回はある意味で、面白い選曲であるが、「第九」だけで十分という思いは消えない。

「第九」については改めて書くまでもない。芸術のすべてが盛り込まれたような曲はベートーヴェンの集大成となり、彼は交響曲に合唱が組み込まれる先駆者となった。第1楽章から第3楽章までも素晴らしいが、圧巻は何と言っても第4楽章。

中村恵理は16年にKitaraでリサイタル、甲斐栄次郎は15年の〈札響の第9〉に出演して彼らの歌声を聴くのは2回目だった。甲斐はウィーン国立歌劇場の専属ソリスト歌手を10年間、中村はバイエルン国立歌劇場の専属ソリスト歌手を6年間務めて、それぞれ本拠地を日本に移した。中島、吉田の名は耳にしたように思うが、オーケストラのソリストとして来演したことがあるかどうかの記憶は定かでない。日本の第一線で活躍するソロ歌手が出演し、合唱も札響合唱団およそ90名に加えて、約50名の応援を得て、140名ほどの編成。独唱と合唱が相まって、ベートーヴェン独特の迫力ある音楽がホール全体に広がった。

広上の個性的な指揮ぶりも9割以上の聴衆を集めた会場を拍手の渦に巻き込んだ。たぶん、明日も大観衆がKitara大ホールの客席を埋めるだろう。「第九」は日本人に最も好まれる交響曲として輝き続ける。


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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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