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トヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィ-ン 2018 札幌公演

毎年恒例の音楽の都、ウィ-ンからの贈り物となっている室内楽オーケストラの公演。公演開始前に先日のタローのピアノリサイタルの帰路で出会った元Kitaraボランテイアの友人2人と打ち合わせて、本日の公演前にKitaraテラスレストランでランチを一緒にしながら久しぶりの交流を図った。

ウィ-ン・プレミアム・コンサート(WIEN PREMIUM CONCERT)

2018年3月31日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
 〈出演〉フォルクハルト・シュトイデ(Toyota Master Players, Wien芸術監督)、ウィ-ン・フィルメンバー、ウィ-ン国立歌劇場メンバー、ウィ-ン響メンバーを含む管弦楽with安藤赴美子(ソプラノ)。
 〈プログラム〉
  第1部 モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲 K.492、 ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216(ヴァイオリン/Volkhard Steude)、歌劇{フィガロの結婚」より “愛の神よ、安らぎをお与えください”、 “楽しい思い出はどこへ”、 歌劇「ドン・ジョバンニ」より “あの恩知らずは私を裏切り”(ソプラノ/Fumiko Ando)
  第2部 J.シュトラウスⅡ:喜歌劇「くるまば草」序曲 Op.468、 喜歌劇「こうもり」より “侯爵様、あなたのようなお方は”(ソプラノ/Fumiko Ando)、ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「女心」 Op.166、 J.シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」より チャルダッシュ“ふるさとの調べよ”(ソプラノ/Fumiko Ando)、ワルツ「南国のバラ」 Op.388、レハール:喜歌劇「メリー・ウィドウ」より “ヴィリアの歌”(ソプラノ/Fumiko Ando)、ヨーゼフ:シュトラウス:ポルカ:シュネル「憂いもなく」 Op.271
 
コンサートの開幕かアンコールの曲として聴く機会が極めて多い馴染みの歌劇の序曲「フィガロの結婚」でスタート。前半はモーツァルト・プログラム。モーツァルトが書いたヴァイオリン協奏曲5曲の中で、「第3番」は明るい第1・3楽章のアレグロと対照的にアダージョの第2楽章は幻想的な調べ。ヴァイオリン独奏はウィ-ン・フィルのコンサートマスター のフォルクハルト・シュトイデ。彼は2000年トヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィ-ンの日本公演以来、来日を重ねている。今年の《Kitara のニューイヤー》 には弾き振りで初登場して、「ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲」のほかに、ウィ-ンの音楽をプログラムに組んで華やかな新年の雰囲気を演出した。
今日は久しぶりに「モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番」を聴いたが、馴染みの旋律が奏でられて心地よい音楽に浸った。

前半の最後のプログラムはソプラノ独唱。安藤赴美子は札幌出身のソプラノ歌手で、この数年の日本での活躍ぶりが顕著である。2014年、2015年と連続して札響定期に登場。昨年2月の新国立劇場「蝶々夫人」 のタイトルコール役で大絶賛を浴びた。
前半3曲は馴染みのオペラだが、3つのアリアはどれも耳慣れた旋律というわけでもなかった。ただ、安藤の歌声はホールの3階にも響き渡るような堂々たる歌唱で大型ソプラノ歌手の実力を感じさせた。

後半のプログラムはウィ-ン・フィル・ニューイヤーコンサートで演奏されるような曲がずらりと並んだ。ただし、7曲のうちで、馴染みの曲は「侯爵様・・・」、「南国のバラ」、「ヴィリアの歌」の3曲だけ。3曲のアリアでは特に聴衆を感動させるような見事な歌唱で歓声も起こり一段と拍手も大きくて長く続いた。
初めて耳にするような曲も適度に入っていて、結果的には良いプログラムに思えた。チャルダッシュというハンガリーの舞曲が一瞬、意外だと思ったが、オーストリア・ハンガリー帝国の時代を考えれば当たり前と気づいた。何となくウィ-ンの音楽とは違う趣の曲で興味深かった。コンサートはテンポの速い陽気な感じの曲で締められた。

アンコール曲は「ヨハン・シュトラウスⅡ:トリッチ・トラッチ・ポルカ」 。今年のKitaraのニューイヤーでも演奏され“おしゃべりポルカ” で作曲家の妻が飼っていたプードルの名前に由来するとも言われる曲名。楽しい曲で幕となった。
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ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック(ピアノ/ユジャ・ワン)

アメリカのオーケストラはヨーロッパと違って公的援助が無いので運営資金は寄付で賄われている。特別なオーケストラを除いて海外公演はヨーロッパのオーケストラに比して少ない。日本公演が開催されても、東京が中心である。Big Five や Elite Eleven の日本公演が札幌に来ることは最近は稀である。ボストン響、フィラデルフィア管、クリーヴランド管の札幌公演は聴いてるが、シカゴ響とニューヨーク・フィルは聴く機会がない。一度は聴いてみたいと思っていたので、今回は東京で聴くことにした。

NEW YORK PHILHARMONICは創立が1842年でアメリカ最古のオーケストラ。ウィ-ン・フィルと同年創立の歴史を持つが、停滞の時期があって、ワルターが輝きを取り戻してバーンスタインが一気に盛り上げた。音楽監督がメータ、マズア、マゼール、ギルバートに引き継がれ、18年9月からズヴェーデンが音楽監督に就任する。

Jaap Van Zwedenは1960年、オランダ生まれ。ジュリアード音楽院に学び、19歳でロイヤル・コンセルトヘボウ管のコンサートマスターに史上最年少で就任。95年に指揮者に転向し、2005年からオランダ放送響首席指揮者を務め、07年ダラス響音楽監督などを務めているが、世界的名声は今後に期待される指揮者。

2018年3月13日(火) 19:00開演  サントリーホール

開演30分前にカラヤン広場に集まった人々の数は凄くて今までにない盛況ぶりで、開演前から期待が高まっていた。開場は予定通り18:30でチャイムの心地よい響きが鳴り終わって、入場できたのはロビーまでだった。リハーサルが長引いていたのかもしれない。チラシが渡されたがプログラムが入っていなかった。2曲だけの演奏で、曲目は判っていたので不安は無かった。2階のロビーの椅子に座ってエントランスの方を見ていると、いつの間にかホール内に人々がもうすでに入場していた。特別にアナウンスもなかった。

ホールに入って、2階12列22番のホール中央の席から見渡すステージは以前より広くなったように思えたが、これは勘違いのようであった。今迄は2階Cブロック席やRA席で鑑賞していて、ホールがグレード・アップした感を抱いた。より洗練された空間に見えたが、数年ぶりの入場で印象がやや異なった。いずれにしてもサントリーホールは素晴らしいホールである。

〈PROGRAM〉
 ブラームス:ピアノ協奏曲第1番ニ短調 作品15
 ストラヴィンスキー:バレエ「春の祭典」 

ユジャ・ワン(Yuja Wan)は1987年北京生まれ。99年にカナダに移住し、フィラデルフィアのカーティス音楽院に学ぶ。07年、アルゲリッチの代役でデュトワ指揮ボストン響とチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を共演して知名度を上げた。2年後にドイツ・グラモフォンと専属契約を結び、世界の第一線で活躍を続けている。批評家による最高の称賛を受け、カリスマ的才能と魅惑的な容姿で世界を魅了しているピアニスト。

ユジャ・ワンは評判通りの派手な金色の衣装で登場して50分にもわたる大曲jを弾き始める姿も最初から堂に入っていた。
「ピアノ協奏曲第1番」の第1楽章は交響曲の色彩を持った楽章。悲劇的な情熱を秘めた楽章に続いて、第2楽章は祈りの宗教的な情感を湛えている緩徐楽章。第3楽章はエネルギッシュで躍動感に溢れ、壮麗なフィナーレ。
ピアノの技巧が他の有名なピアノ協奏曲と比べてオーケストラとの対話の面で難しさがある曲に思えた。指揮者とピアニストがそれぞれのペースで進んでいるように思えたが素人には細かな面は解らなかった。
1階前方の席からとは違って指揮者の力強い腕の動きも良く見れた。ユジャ・ワンの演奏は人の心を掴む弾き方であった。
演奏終了後の大歓声に応えてアンコール曲が2曲も披露され、コンチェルトとは違う魅力を放った。①シューベルト(リスト編):糸を紡ぐグレイトヒェン ②メンデルスゾーン:無言歌集より“失われた幻影”。

前半終了後にプログラム販売のアナウンスが入った。入場時の販売は混雑を避けて遠慮したと思われた。20分休憩中の男子トイレ前の行列はKitaraでは見たことも無いような長蛇の列だったが、客は整然と並んでいた。
後半のスタートが20時半だったが、「春の祭典」は意外と短くて21時には曲が終了した。
【第1部】 《大地礼賛》 ①序奏 ②春のきざし・乙女たちの踊り ③誘拐 ④春の踊り ⑤敵の都の人々の戯れ ⑥賢者の行列 ⑦大地への口づけ ⑧大地の踊り
【第2部】 《いけにえ》 ①序奏 ②乙女たちの神秘な集い ③いけにえの讃美 ④祖先の呼び出し ⑤祖先の儀式 ⑥いけにえの踊り。

舞台は先史時代のロシア。春の神を鎮める異教の儀式が執り行われている。今年は北海道命名150年に当たるが、先住民アイヌの人たちの儀式にも何か共通したものがあるかもしれないと想像しながら聴いた。この曲を前回Kitaraで聴いたのは5年前の2013年2月サロネン指揮フィルハーモニア管の演奏で強烈な印象を与えられたことを思い出す。その時は管楽器の圧倒的な演奏が印象的であった。
今回は2台のティンパニ、弦楽器群の充実と相まって金管、木管の演奏は一大スペクタクルの様相を呈して圧倒的な迫力があった。ステージいっぱいを埋めた演奏者が繰り出す音楽は壮観であった。
100年前の演奏では観客が大騒ぎになったというが、ある程度の知識を得て聴く《春の祭典》は聴く者の心に圧倒的なスペクタクルとして鑑賞できる。私自身にとっては前回とは違った観点からも味わえた曲となった。
スケールの大きな演奏が得意なズヴェーデンの姿が見れた。ブラヴォーの声が飛ぶ聴衆の盛大な拍手に応えたアンコール曲は[ワーグナー:楽劇《ワルキューレ》より “ワルキューレの騎行”] 。豪快なサウンドでコンサートのフィナーレに相応しい曲で幕となった。

※ニューヨーク・フィルの本拠地は以前はカーネギーホールであったが、1962年からリンカーン・センターに変わった。67年7月にRockfeller Centerと同じく美しい一角のLincoln Centerを訪れた。50年前の日記を読んで当時の様子を再び思い描いた。guided tourでPhilharmonic Hall、New York State Theater、Vivian Beaumont Theaterを見学。収容人数2858のフィルハーモニー・ホールの絵葉書もあった。リンカーン・センターにはいろいろな施設があるが、1966年9月オープンのMetropolitan Opera Houseは上演中で残念ながら見れなかった。ボーモント劇場は5億ドル(1800億円)を寄付した夫人の名が付いていることは記録があるので覚えていることである。6名単位でグループ分けして案内された様子も分かった。Guided Tourの料金$1.50(540円)が少し高いと書いてあった。翌年68年にジュリアード音楽院もリンカーン・センターに移ったようである。懐かしい思い出となって当時が蘇った。

札響名曲シリーズ2017-18 ~輝きと躍動のボレロ~(渡邊一正&中川英二郎)

シーズン5回開催の〈森の響フレンドコンサート〉も今回が2017-2018シーズン最終回。定期演奏会は月2回、年10回開催であるが、この札響名曲シリーズは各1回なので満席状態になるのが普通である。今回はトロンボーンの名手が登場して管楽器の活躍が多いプログラムでいつもより学生の姿が多く目についた。

2018年3月10日(土) 14:00開演  札幌コンサートホール大ホール
指揮/渡邊 一正   トロンボーン/中川 英二郎   管弦楽/札幌交響楽団

渡邊は1966年生まれ、96年から東京フィル指揮者に就任し、15年から東京フィル・レジデント・コンダクター。広島響の正指揮者(1995-2002)を務め、N響、東京フィル、日本フィル、九州響各定期などに出演。サンクトぺテルブルク響へも客演。札響とは1992年に初共演して以来、ほぼ毎年のように札幌や道内各地での演奏会を指揮しているという。私自身が彼の指揮ぶりを観たのは14年に続いて2回目。
中川は日本を代表する世界的トロンボーン奏者。15年札響特別演奏会〈シンフォニック・ブラス2015〉で金聖響と共演。

〈Program〉
 バーンスタイン:「キャンディード」序曲
 シルクレット:トロンボーン協奏曲
 ビゼー:「アルルの女」組曲より5曲
 ラヴェル:ボレロ

2018年はバーンスタイン生誕100年に当たり、PMF2018ではオール・バーンスタイン・プログラムが五嶋みどりも出演して開催予定。札幌ではPMFでバーンスタインの曲目が演奏される機会も多くて人々に親しまれている。
ティンパニーの強打、金管のファンファーレで始まる躍動感に溢れた調べが聴衆の高揚感を掻き立てた。

吹奏楽関係の人にとっては有名な音楽家なのだろうが、初めて耳にする名。プログラム・ノートによれば、ガーシュインの「パリのアメリカ人」を初録音したのがシルクレット(1889-1982)だそうである。彼はクラシックとジャズの垣根を越えて活躍した音楽家で、数々の映画音楽やミュージカルの制作・録音などで活躍したという。
曲は3楽章構成。中川はトロンボーンを自由自在に扱って、聴衆をスペクタクルの音の世界に誘った。当然ながら、ジャズの雰囲気も醸し出された。
演奏終了後に歓声が起こって、聴衆の盛大な拍手に応えてのソリスト・アンコール曲は「チャーチル:いつか王子様が」。

ビゼーは劇音楽《アルルの女》を27曲にして書いたが、のちに「第1組曲」に編曲した。この組曲が大評判になったが、「第2組曲」は
彼の死後に友人のギローによって完成された。2つの組曲はそれぞれ4曲編成。
今回演奏されたのは5曲。「第1組曲」第4曲“カリヨン”+「第2組曲」。鐘の音を模倣した陽気な音楽に続いて、「第2組曲」が“パストラル”(牧歌)、“間奏曲”、“メヌエット”、“ファランドール”。平和な農村に住む男がアルルの女に失恋して、祭りの日に村人がファランドール舞曲を踊って楽しんでいる最中に、高窓から身を投げて命を絶つ悲劇のストーリー。
木管が奏でる情熱的な旋律とタンブリン&太鼓のリズムがクライマックスへと向かう。悲劇が起こっていると想像して聴いている人がどれほどいるであろうか。これは実際に起こった出来事に基づいて書かれた劇と言われている。

ラヴェルの5曲のバレエ音楽の中で最後に書かれて最大の傑作となった「ボレロ」。1990年に観たジョルジュ・ドン&東京バレエ団の舞台が忘れられない。結果的に、このバレエ音楽の実演とフィギュアスケート(*ペアor アイスダンス)のスポーツ大会で曲の魅力にはまって、後にコンサートで音楽を度々聴くようになったように思う。
小太鼓と弦のピッチカートで始まる演奏が延々と続き、フルート・ソロに始まって、普通はクラシックでは使われない楽器も加わって小気味良い美しい旋律がホールに響き渡る。楽器の組み合わせも変わって、音楽が厚みを増して総合奏に至ってフィナーレ。管弦楽の魔術師ならではのオーケストレーションの曲はラヴェルからしか生まれないような作品である。

渡邊一正の名は以前から知っていた。新国立劇場で指揮を重ねて、オペラ、バレエ音楽が得意な様子がうかがえた
万雷の拍手の応えてのアンコール曲も「ハチャトゥリアン:バレエ音楽《ガイーヌ》より第3曲“レズギンカ”」。
今後は札響定期演奏会での出演も期待される。

札響第607回定期演奏会(尾高・札響のオール武満プログラム)

2018年2月24日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
指揮/尾高 忠明(札響名誉音楽監督)   クラリネット/三瓶 佳紀(札響首席奏者)   
ヴァイオリン/アレックス・シオザキ      語り/中井 貴惠(女優・エッセイスト)

〈オール・武満 徹プログラム〉
  「乱・組曲
  ファンタズマ/カントス(クラリネット:Yoshinori Mikame) 
  遠い呼び声の彼方へ !(ヴァイオリン:Alex Shiozaki)  
  弦楽のためのレクイエム
  「系図」-若い人たちのための音楽詩(詩:谷川俊太郎)(語り/Kie Nakai) 

武満 徹(1939-96)は現在、世界で最も演奏される機会の多い日本人作曲家。オーケストラ作品、室内楽作品以外でも幅広いジャンルで作曲活動を行った。日本のオーケストラが海外公演を行う場合に武満や細川作品を入れるのが恒例のようである。今回は尾高指揮の定期演奏会では1976年、2006年に続く3回目の「オール武満」プログラムとなった。

黒沢朗監督の「乱」の映画音楽演奏を武満が札響に依頼した当時の札響音楽監督は岩城宏之(*正指揮者が尾高)で、武満は札響サウンドが最も適切と主張して実現したエピソードが語り継がれている。「乱」の映画音楽が再構成された組曲版。4楽章構成。3管編成で多種多様な打楽器を用いたオーケストラによって「落城の様子や戦いの場面」が力強い、迫力ある演奏で展開された。

「ファンタズマ/カントス」(幻想/歌)はタイトル通り、二つの語はこの曲では同義語。武満は音楽の庭を想定して曲作りをしたようである。世界的なクラリネット奏者のリチャード・ストルツマンとBBCウェールズ響のためにBBCから委嘱されて作曲された。1991年に尾高忠明が同楽団首席指揮者として初演。札響初演は2007年。三瓶は近年ソリストとして札響と共演を重ねているが、この曲でも力演。

「遠い呼び声の彼方へ!」のタイトルの曲には馴染んでいなかった。武満の曲で“水”に因んだピアノ曲などは抒情的な感じで偶々耳にして聴きやすいと思っていたが、オーケストラ曲の良さは概して理解しにくい。この曲の抒情性は何となく感じ取れた。シオザキは現代音楽を中心にニューヨークで幅広い活躍が注目されている若手のヴァイオリニスト。華やかさは無かったのは地味な曲目なのでやむを得ない。

1957年に東京響からの委嘱で作曲した「弦楽のためのレクイエム」は59年に来日したストラヴィンスキーから絶賛されて、武満の出世作となった。海外で演奏される機会が最も多い武満作品と言われ、3年前の内田光子指揮マーラー・チェンバー・オケストラの札幌公演でも演奏された。西欧のレクイエムと特徴が異なる瞑想的な音楽で、作曲家・早坂文雄の死を悼み書かれた鎮魂歌。弦楽合奏曲。

谷川俊太郎の数多くの詩は合唱曲に使われているが、オーケストラに使われているのは初めて知った。谷川の詩集『はだか』より
“Family Tree”。詩は子どもが過去の自分、祖父母、父母、将来の自分を見つめて全て平仮名で書かれた6つの詩を6曲に綴った。
ナレーションの後に演奏が続くと思っていたら、演奏が続く中で語りがあった。札響初演。
ナレーターの中井は《大人と子供のための読みきかせの会》を主宰し、絵本と生の音楽を付けた読み聞かせで人気を博しているという。高音が聞き取りにくい難聴の所為で8割ほどしか聴き取れなかったが、音楽の流れには支障はなかった。落ち着いた朗読で家族の優しい繋がりと子供の観点から綴られた曲に独特の味わいが滲み出ていた。

クラシック音楽の演奏会で日本人作曲家の作品がもっと取り上げられてしかるべきという声もあるが、曲の内容が人々に知られて親しまれている作品が少ないのも事実である。聴衆の盛り上がりを考慮に入れたりすると、その頻度数も限られるのだろう。
今回は弦楽器、管楽器、打楽器奏者も含め客演奏者が25名にも達する大々的な演奏者数になっていたのにも注目した。

新進演奏家育成プロジェクト オーケストラ・シリーズ 第42回札幌

このシリーズの開催を知って3年連続で札幌公演のコンサートを聴いた。平成29年度オーディションで選ばれた5名の新人演奏家が札幌交響楽団と共演した。

2018年2月11日(日・祝) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
  指揮/ 現田 茂夫    管弦楽/ 札幌交響楽団
[1部]
  坂東 由依(ソプラノ)~モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」より 2曲
  佐藤 悠光(ユーフォニアム)~ホロヴィッツ:ユーフォニアム協奏曲
  横山 瑠佳(ピアノ)~ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調
[2部]
  水口 真由(ピアノ)~サン=サーンス:ピアノ協奏曲第5番 へ長調「エジプト風」
  入川  奨(マリンバ)~クレストン:コンチェルティーノ

現田茂夫は現在、神奈川フィル名誉指揮者。86年、オペラ・デビューを飾り、プラハ国立歌劇場の日本公演を指揮、96年より13シーズンに亘って神奈川フィル常任指揮者を務めて、同フィルを飛躍的に向上させた功績が評価されている。国内外のオーケストラに客演を重ねている。オペラとシンフォニーで活躍し、札響とのジルベスターコンサートは2005年より連続して指揮を務めている。04年にオペラ「セビリアの理髪師」で神奈川フィルを率いて来札、12年ジルベスターコンサートで横山(p)、成田(vn)などとKitara で共演した印象的な場面から久しぶりに現田の指揮ぶりを観た。

冊子によると、このプロジェクトのオーケストラ・シリーズが全国6都市(札幌、仙台、名古屋、大阪、広島、福岡)で平成23年度にスタートして7年目。現田は前6回が大阪で、今回が初の札幌担当。札響とは毎年、共演しているので札響団員との意思疎通は充分で、安心して観ていられた。未だ還暦を迎える年齢でもなく、今年10月にオープンする札幌文化劇場でのオペラでの活躍を期待したい指揮者である。夫人の佐藤しのぶの共演も是非実現してもらえれば嬉しい。

モテットは声楽曲の一分野で、モーツァルトはカストラート歌手のために書いたという。ホールに響き渡る坂東の歌声はステージでの経験の豊富さを感じさせた。
ユーフォニアムと言う金管楽器名は10年ほど前に初めて耳にした。チューバを小型にしたような楽器だが、音域が広くて、重厚な響きもあり、柔らかな音も出ている感じ。牧歌的な旋律もあって、佐藤は3楽章構成の聴きごたえのある曲を変化に富んだ演奏で吹きこなした。他の金管楽器には無い魅力を兼ね備えた楽器を演奏する女性奏者の意気込みが伝わってきた。
今回の演目で馴染みの曲はベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番だけであった。一年前にアマチュアのコンサートでも聴いたが、オーケストラが札響だとやはりサウンドが違う。第4楽章ではオーケストラに対抗できる音量も出していた。横山は東京芸大在学中で、九響との共演も経験し、前途有望のピアニストのようである。

サン=サーンスはフランス国民協議会を設立し、偉大な音楽家としての業績を残しているが他の作曲家と比べて評価が高くない。「序奏とロンド・カプリチオーソ」、交響詩「死の舞踏」、「動物の謝肉祭」(特に“白鳥”)が有名な作品で、交響曲ではオルガン付きの「第3番」は演奏機会が多い。「ピアノ協奏曲第5番」は彼のピアニスト・デビュー50周年の祝賀会で初演。世界各地を旅行して、北アフリカも旅した。たぶん、その時の印象を音楽にしたものと思われる。演奏会で聴いた記憶は無いが、Kitara開館当時のPMFでジャン=イヴ・テボーデがピアノリサイタルを開いたので、10年前にEUで発売された彼のピアノ協奏曲2&5を購入していた。今回のコンサートの前に2回ほど聴いてみて、意外と興味が湧く曲だと思った。水口は東京芸大卒業後、札幌で活躍中のピアニスト。
「エジプト風」の第2楽章のアンダンテはナイルのエギゾチックな趣を描いており、第3楽章では2000年のエジプト旅行をしてナイル川を帆船で下った際に歌ったヌピア人の様子を思い浮かべた。北アフリカの雰囲気が楽しめ、ヨーロッパのピアノ曲とは違う味わいがあり、心地よい音が響いた。ピアノを打楽器のように弾く奏法もあって興味深かった。

前4人の演奏家は北海道出身。入川奨(いりかわしょう)は静岡県出身で、現在は札響首席ティンパニ・打楽器奏者。前任者が退団してから、後任が不在だったが、入川が17年1月に正式入団。今では彼の安定したティンパニの響きで、札響での評価も高い。彼のインタビュー記事が札響応援の機関紙「札響くらぶ」に載ったのが昨年7月の79号。札響メンバーのインタビュー記事はくらぶ編集委員のご苦労もあって楽しい読み物になっている。入川がヴァイオリンを習い始めて家族でファミリー・コンサートを楽しみ、中学・高校の吹奏楽部で打楽器にはまって、ソロを目指した経緯が語られた。打楽器奏者から指揮者に転向した音楽家に岩城宏之がいるが、ラトルもそうである。いろんな楽器を弾けても最終的に打楽器を選ぶ人の姿が記事を通して生き生きと伝わってきて強い印象を受けていた。今回のコンサートのチラシを見た時に、馴染みの指揮者は目に入っていたが、写真付きの演奏家で札響楽団員の名には気づかなかった。1月下旬に入って鑑賞しようと決めて聴きに来た。

木琴奏者として平岡養一の名を知っていて、30年ほど前にザ・ルーテルホールで木琴・マリンバ演奏会が開かれて聴いた記憶がある。楽器を譲られた演奏家がステージに数種類の楽器を並べて演奏したと思う。現在では楽器もマリンバと呼ばれ、KitaraではSINSUKEや女性演奏家の室内楽は聴いたことはある。オーケストラの楽器としてマリンバが使われている曲も聴いてはいる。
今回はオーケストラをバックに演奏するマリンバ協奏曲と言える曲。20世紀のニューヨーク出身の作曲家が書いた3楽章構成の15分の曲で、ジャズのようなリズムが入って、リズミカルな音楽。数種類のバチを使っての妙技が楽しめた。

札響名曲シリーズ2017-18 ~田園から運命へ~ (指揮/ポンマー)

2018年2月3日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ マックス・ポンマー    管弦楽/ 札幌交響楽団

ポンマーが初めて札響に客演した時から、お互いに相性が良くて、2015年に首席指揮者に就任してから3シーズンが経過した。2018年3月で任期満了を迎え、81歳の首席指揮者は年齢のこともあり、敢えて契約を更新しなかったようである。自分のすべきことが、このオーケストラで達成できて満足している様子がコンサートやいろいろな記事などでの状況から判断できる。
今回が札響首席指揮者としての最後の演奏会であったが、6日の東京公演も最後の札幌公演と同じプログラムで指揮を執る。

〈Program〉
 ベートーヴェン:交響曲第6番 へ長調 作品68「田園」
           交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」

バッハを中心にドイツ音楽を主に紹介してきたポンマーがベートーヴェンの最高傑作2曲を最後のプログラムに据えた。クラシック音楽ファンのみならず多くの人に最も親しまれている交響曲を選曲したこともあり、地元のオーケストラの首席指揮者として最後の舞台を飾るにふさわしい満席状況の中でコンサートが行われた。

ベートーヴェン・チクルスの場合は別として、奇数番号の交響曲の演奏機会は多いが、偶数番号の演奏機会は非常に少ない。作曲家自身が付けた曲のタイトルは良く知られいて、メロディも親しまれている。派手な曲ではないので指揮者が敬遠しがちなのだろうか。CDでは「運命」と「未完成」がカップリングされたものが、以前は出回っていて、手元にもワルターやC・クライバー指揮のCDがある。演奏会で「田園」と「運命」の組み合わせは珍しいと思った。今シーズンの名曲シリーズの5回券を購入していたので、鑑賞することになった。

「第5番」と「第6番」は同じ頃に完成されて、初演は1808年12月22日ベートーヴェン自身の指揮で行われた。「田園」は自然をこよなく愛したベートーヴェンが5楽章構成で書き上げた。各楽章に標題をつけ、自然描写を試みているが、第5楽章は造物主に対する感謝の歌。第1・2楽章が長めの楽章で聴きごたえがあったが、その後の第3・4楽章がそれぞれ短くて、曲のメリハリを味わえなかった。第3楽章以降はアタッカで切れ目なく演奏された。全体的にはメロディの美しさが鮮やかで、ホルン、フルート、オーボエなどの管楽器が奏でる旋律が楽しかった。
演奏終了後にはブラヴォーの掛け声も飛んで、盛り上がった。

「運命」のタイトルは日本でのみ通用する呼称と言われている。「第5番」の第1楽章の第1主題に“運命のモチーフ”が出てくるが、楽章全体を支配する雰囲気になる。第2楽章は牧歌的であるが、ここにも“運命の動機”が現れる。第3楽章はスケルツォ。第4楽章はアレグロでピッコロ、コントラ・ファゴット、トロンボーンが加わる。(*トロンボーンはベートーヴェンによって初めて交響曲に用いられた楽器と記憶している)。この最終楽章では勝利の喜びが歌われるが、“運命のモチーフ”がここでも出てくる。ミュンシュ指揮ボストン響による演奏をLPで1960年代後半から聴き始めて、ベートーヴェンの交響曲では最高だと思っていた時代もあった「運命」。久しぶりで、良い席から耳にして、改めて曲の良さを味わった。
自分としては、「第6番」より「第5番」の方もが盛り上がったが、演奏終了後に盛大な拍手は沸き起こったが、ブラヴォーの声は上がらなかった。声を上げる人が居合わせなかったのかも知れない。

アンコール曲は「J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番より “アリア”」。

6日のサントリーホールでの演奏はどんな評価を受けるのだろうか。マックス・ポンマーは札響首席指揮者は退任するが、11月・12月の札響定期には客演する予定になっている。

札響第606回定期演奏会(首席指揮者ポンマー最後の定期、共演は小菅優)

~北の自然と管弦楽がとけあう・・・「極北の歌」 札響初演~

ポンマーは札響首席指揮者に就任した最初のシーズンにフィンランドの作曲家、ラウタヴァ―ラ(1928-2016)の曲を定期公演で取り上げた。指揮者は30年ほど前に作曲家と知り合い、彼の交響曲をCDにする仕事を引き受けた。レコーディングにあたって彼と親交を深め、彼の作品が好きになって札響で紹介する機会を持った。作曲家も喜んでくれたそうだが、その吉報を得た後に逝去した。ポンマーは札響首席指揮者を退任する最後の定期演奏会で、北国の自然と深く関わり合うラウタヴァーラの作品を再度、演奏することになった。
Pommerはライプツィヒ出身でライプツイヒ音楽院に学び、小澤と共にカラヤンに師事した経歴を持つ。札響在任中にバッハ、メンデルスゾーン、シューマンなどライプツィヒと深く関わる作曲家やモーツァルト、R.シュトラウス、レ―ガ―の作品を数多く演奏した。3年間の首席指揮者在任中に札幌にバッハの伝統を作り上げたいという強い意志とドイツの音楽を伝えたいという伝道師のような働きをした。

小菅優は1983年、東京生まれ。93年にドイツに渡り、9歳でリサイタルを開き、オーケストラと共演したという。その後、音楽の才能を順調に伸ばしてヨーロッパで大活躍。世界各地の著名なオーケストラと共演を続け、05年にカーネギーホール・デビュー、06年にはザルツブルク音楽祭でリサイタル・デビュー。日本では、05年に自主リサイタルを開催し、サカリ・オラモ指揮フィンランド放送響と全国ツアー。07年4月広上指揮札響定期に初登場して、「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番」を演奏。今回の札響共演は2回目。Kitaraには12年、シェレンベルガー指揮カメラータ・ザルツブルグとの日本ツアーのソリストとして、「モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番」を弾いて以来、6年ぶり3回目の登場。スケールの大きな演奏スタイルだが、繊細さも持ち合わせて、室内楽でも一流演奏家と共演を続けている。2010年から開始した日本でのベートーヴェン「ピアノ・ソナタ全曲演奏会」(全8回)を15年に完結。まだ30代半ばだが、日本を代表するピアニストとして名高い。札幌でリサイタルを聴きたいと願うピアニストである。

2018年1月27日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

 指揮/ マックス・ポンマー(Max Pommer)   ピアノ/ 小菅 優(Yu Kosuge)
〈Program〉
 ラウタヴァーラ:鳥と管弦楽のための協奏曲「極北の歌」(1972)
 モーツァルト:ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491
 メンデルスゾーン:交響曲 第3番 イ短調 op.56 「スコットランド」

鳥の声を素材にした作曲家はメシアンが心に浮かぶが、ラウタヴァーラの音楽には北欧の澄んだ大気と大自然を感じさせるものがある。前回の「交響曲第3番」でも鳥の声を思わせる印象的な場面もあった。「極北の歌」は小鳥の鳴き声と生のオーケストラを共存させた作品。作曲家自身が北極に近い場所で渡り鳥の声を録音したという。録音された何種類もの鳥の声が和声のような響きとなり、オーケストラの演奏と混じり合って一つの音楽となる珍しい試みである。
銅鑼、ハープ、チェレスタも効果的に使われ、管弦楽の響きと調和して北欧の澄んだ空気と大自然の様子が不思議な感じで伝わってきた。

モーツァルトは交響曲も短調作品は2曲だけだが、ピアノ協奏曲も27曲中で短調の曲は2曲のみ。前回、小菅が弾いた「第20番ニ短調」と今回の「第24番ハ短調」は対をなす。予約演奏会のために作曲に追われる環境の中で、モーツァルトは充実した作品を書き続けた。この「ハ短調」の作品もピアノ協奏曲の傑作として知られる。当時の調性感覚を超えた技法で書かれ、美しい旋律が全編を覆う。カデンツァはモーツァルトは書いていないのでピアニストが自由に弾ける。モーツァルトはクラリネットという楽器を曲にあまり使わなかったと記憶しているが、ピアノ協奏曲第22、23,24番にはクラリネットを珍しく用いている。彼の後期3大交響曲(*ポンマーが札響600回定期で演奏)に通ずる内容を持った作品と言えるので、ポンマーが選曲にかかわったのかな(?)と余計なことを考えてしまった。
いずれにしても、緩徐楽章での木管とピアノの対話は美しかった。最終楽章のコーダも力強く、久しぶりで聴く小菅の非の打ちどこるの無いピアニズムに満足した。曲全体を通して、多様なリズム感、繊細な感情や深みのある華やかさなど曲を鮮やかに浮き出させていた。堂々たる演奏であった。ポンマーも満足そうであった。
会場から沸き起こる最大な拍手に応えて、アンコール曲は「メンデルスゾーン:ヴェネツィアの舟歌 第3番」。

※「ピアノ協奏曲第24番」の札響初演が1973年でピアノがラドゥ・ルプーと知ってビックリ。札響定期では76年にペライアが弾いている。前回の定期ではルケシーニが弾いたのは聴いていて記憶していた。特に70年代に海外の演奏家の日本ラッシュがあったようで、札響の記録にも、アルゲリッチ、ホリガー、フレイレ、ゴールウェイ、パールマンなど多くの著名音楽家の名が載っている。

1829年3月、バッハの死後初めて「マタイ受難曲」を再演指揮し、バッハ再評価の口火を切ったメンデルスゾーンはロンドンでの演奏会の後にスコットランドを旅した。その時に序曲「フィンガルの洞窟」と「交響曲第3番」の楽想を得た。番号の付いている交響曲は5曲であるが、「スコットランド」は完成までに13年の歳月を要して楽譜の出版が1842年になり、メンデルゾーン最後の交響曲になった。(*メンデルスゾーンは1843年にライプツィヒ音楽学校を設立。シューマンも作曲とピアノの教授として加わった。)

スコットランド特有の自然・文化を背景に5音音階や民謡的素材を生かしてメンデルゾーンがロマンティックな表現で音楽にしている。スコットランド民謡を素材にして造形された主題は魅力的である。バグパイプ風の感じもするスケルツォ。神秘的な雰囲気も描かれる曲はアタッカで切れ目なして演奏されるのが普通だと思っていたが、最終楽章の前にポンマーは休みを入れた。第4楽章はアレグロ・ヴィヴァチッシモでソナタ形式の終曲。凱歌が奏でられた場面はスコットランドの諸部族の争いの歴史を暗示するものであったようである。フィナーレとして聴きごたえがあった。ある程度イギリスの歴史や民族については知っているつもりだが、スコットランドが1707年までは独立した王国であって、現在もイギリスからの独立を目指しいることと曲が直ぐに繋がらないのが口惜しくもある。

来月3日の札響名曲シリーズにもポンマーは出演するが、首席指揮者としての定期は最後ということで、普段よりもオーケストラの首席・副首席奏者を含め楽団員全員に対する感謝の様子が伝わった。日本人らしい礼儀の正しさも身に着けておられる姿は指揮者としてだけでなく人間としての心の豊かさを感じ取れた。

※日本でイギリス、英国と呼ばれる国の正式名は“The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland”。略してU.K.。
England+Wales=Britain。Britain+Scotoland =Great Britain。Great Britain+Northern Ireland =United Kingdom。イングランドは国の一部で、人を表す語はそれぞれ Englishman, Welshman, Scotsman, Irishman と区別される。BritishはBritain、Great Britainに対応する。スコットランド人に対してEnglishmanという語は適切でない。狭い意味では男性語だが、女性はwomanにすると良い。一例を挙げただけであるが、それそれが英語以外に独特の方言、文化を持つ誇り高い民族である。フットボールの発祥地で現在のWorld Cupでも特別ルールが出来上がっているほどである。ゴルフの聖地がスコットランドであることも有名である。
シェイクスピアの時代のスコットランドは現代とは違って独立国だったのである。知っておいた方が良い知識もまだまだたくさん有ることを今回のコンサートを通して実感した。

北海道交響楽団 第85回演奏会(ショスタコーヴィチ:第11番)

北海道交響楽団の演奏を初めて聴いたのが2001年の第41回演奏会。1950年代から北海道大学交響楽団で活動していた卒業生の要望にも応えて、当時から北大響の指揮者を務めていた川越守が1980年にアマチュア・オーケストラ、北海道交響楽団を創設した。07年からは毎年のように聴いているが、前回の第79回から2年ぶりの演奏会。2016年から定期演奏会が年3回に増えたようである。
昨日、会場に着いてプログラムの最初の曲名を見て衝撃を受けた。道響の音楽監督で、指揮の予定であった川越守氏が昨年12月に逝去されていた。昨年から今回の予定の指揮に2人の名があったので、体調を考慮して予め1曲のみの指揮になるのかも知れないという予想はしていた。16年11月の北大響の指揮が見納めになってしまった。川越氏のご冥福を祈りながら、追悼曲を聴いた。

2018年1月21日(日) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
指揮/中山 耕一
〈プログラム〉
 【追悼演奏】川越守(西田直道・補佐):市民の歌(札幌市民憲章制定1周年記念制定曲)
 ヨゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」 作品235
 チャイコフスキー:バレエ組曲「眠りの森の美女」
 ショスタコーヴィチ:交響曲第11番 ト短調 作品103『1905年』

“わたしたちは、時計台の鐘がなる札幌の市民です”で始まる札幌市民憲章(*1963年制定)の知識はあったが、「市民の歌」があるのは知らなかった。一般公募で川越守作曲の応募作が入選。彼はその後に数多くの作品を書いているが、とりあえず思い出の1作。彼は北大交響楽団を再興し、1960年に第20回定期演奏会を開催したが、その時の演奏会を聴いたのが最初の出会い。彼の突然の死に心の動揺を抑えきれなかったが、その後、落ち着いて感慨深い気持ちになった。

ヨゼフ・シュトラウスはヨハン・シュトラウスⅡの弟。工学が専門で、音楽の道に進むのは好まなかったが、家族のピンチを救うために兄の病気中に代役を務めた。結果的には300曲近くの作品を残した。ウィ-ンフィル・ニューイヤーコンサートで演奏される曲も多いが、「天体の音楽」も有名である。夜空の星の動きを見ながらワルツを踊る光景も何となく浮かぶようである。

チャイコフスキーの三大バレエ音楽は人々に最も親しまれている音楽。「眠りの森の美女」は約3時間の大作が抜粋で組曲となった管弦楽曲。「邪悪な妖精から紡ぎ針に刺されて永遠に眠る呪いをかけられたオーロラ姫が、善良なリラの精の導きで、100年後に、ある国の王子のお陰で目覚めることが出来て、2人は結ばれて幸せに暮らしたという話」
①序奏とリラの精 ②アダージョ ③長靴をはいた猫と白い猫 ④パノラマ ⑤ワルツ。
5曲中のいくつかの美しいメロディは聴き馴染みである。この曲のあたりでは、金管楽器群の演奏の素晴らしさが、際立って、さすが北海道が誇るアマチュア・オケストラの力が遺憾なく発揮されていた。

中山耕一は札幌生まれのフルーティストで、スイスに学んでチューリッヒ高等音楽院を卒業。チューリッヒ・トーンハレ管に客演するなど、ヨーロッパで活動。現在は国内外で演奏活動を行い、札幌市民オーケストラなどで後進の指導に当たっている。道響では93年よりトレーナーとして指導を行っている。
25年もの長きにわたって道響を指導しているので、川越音楽監督の意に沿って指導を続けていることに疑念はない。安心して聴いていられた。指揮・トレーナーとして道響の活動を続けると思われる。

後半は期待の「ショスタコーヴィチ:交響曲第11番」。PMF2004で芸術監督を務めたゲルギエフがピクニック・コンサートで5時開始のPMFオーケストラ演奏会で「チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲」(ヴァイオリン独奏/ズナイダー)と「ショスタコーヴィチ:交響曲第11番」を指揮した。終了時間は7時過ぎで夕闇も迫っていた。当時、新装なった札幌芸術の森・野外ステージでコンサートに集まった総人数は6400人(:*PMF組織委員会の記録による)で演奏終了後の聴衆の拍手大喝采はまさに感動的であった。私を含めて初めて聴いた人が多かったであろうショスタコーヴィチの60分の大曲はこの年の天候に恵まれた暑い夏でPMF2004 を締めくくるにふさわしい感動の場面を作り上げた。当時の様子は今でも脳裏に濃く焼き付いている。

ショスタコーヴィチが生まれたのは1906年。1904年に日露戦争が勃発して、帝政ロシアは社会情勢が緊迫度を増していた。首都ペテルブルグの労働者たちは戦争の重圧と経済情勢に不穏な空気に包まれていた。1905年1月9日は軍隊と民衆が衝突する血の日曜日となった。これがロシア第一次革命の発端となり、ロシア各地に反乱が広がっていった。ロシア帝政末期に起きた事件を題材にショスタコーヴィチは1957年に「第11番」を作曲した。
第1楽章「宮殿前広場」、第2楽章「1月9日」、第3楽章「永遠の記憶」、第4楽章「警鐘」。演奏時間60分の大曲で、曲はアタッカで休みなしに最後まで演奏される。標題から曲の内容が予想できる。場面に応じて、打楽器を含め、いろいろな楽器が活躍する。特に、イングリシュホルンとハープの紡ぐ美しいメロディが印象的だった。第2楽章以降で革命歌が中心的に歌われるが、緩急取り交ぜたリズム感のある演奏で、時間の長さを感じさせない演奏は素晴らしかった。アマチュアで金管の響きにほころびが無いのは凄いことで、帰りにホワイエで出会ったKitaraボランテイアの仲間もオーケストラの技量に感服していた。
川越氏が指揮をしているのと変わらない出来であったのが何よりであった。

聴衆の数は多くなかったが、聴きごたえのある演奏に聴衆から大拍手がいつまでも続いた。アンコール曲は「ムソルグスキー(ショスタコーヴィチ編):歌劇《ホヴァンシチナ》前奏曲 “モスクワ川の夜明け”」。



Kitaraのニューイヤー2018 (ウィ-ン・フィルのシュトイデ登場)

この数年Kitara恒例のNew Year Concertのプログラム後半にウィンナ・ワルツやポルカを取り入れるようになっているが、今年はウィ-ン・フィルのコンサートマスターを務めるフォルクハルト・シュトイデを迎えた。
シュトイデは1971年、ライプツイヒ生まれ。94年にウィーンに移住して、ウィ-ン音楽を身に着け、97年にウィ-ン・フィルに入団して、2000年から第1コンサートマスターを務める。同年より始まったトヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィ-ンのコンマスとして日本公演に連続して参加。02年に結成したシュトイデ弦楽四重奏団を率いて室内楽でも活躍している(*14年にはKitaraでも公演)。札響との共演は16年6月の名曲シリーズでの弾き振りに次いで2度目。彼の演奏を聴くのは12回目。

2018年1月14日(日) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

コンサートマスター・ソロヴァイオリン/Volkhard Steude
管弦楽/札幌交響楽団
〈Program〉
 ウエーバー:歌劇「オベロン」序曲
 ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 作品26
 ヨハン・シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」序曲
 エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ「テープは切られた」 作品45
 ヨーゼフ・シュトラウス:鍛冶屋のポルカ 作品269
 ヨハン・シュトラウスⅡ:トリッチ・トラッチ・ポルカ 作品214
 エドゥアルト、ヨーゼフ、シュトラウスⅡ:射撃のカドリーユ
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「ウィ-ン気質」 作品354
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ロシアの行進曲風幻想曲 作品353
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「美しく青きドナウ」 作品314                

ウエーバーは「魔弾の射手」序曲の演奏機会が多い有名なドイツの作曲家。彼のオペラの名声がイギリスに及んで《オベロン》が書かれた。イギリスでの初演の2ヶ月後に彼は亡くなった。クルト・ザンデルリンク&シュターカペレ・ドレスデンのCDで数回耳にしている程度だが、ロマンにあふれる軽快な明るい曲でオペラの序曲として楽しい。

ブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」は4大ヴァイオリン曲に次ぐ知名度の高い名曲。この2年ほどはKitaraでの演奏機会が驚くほど多い。ヨアヒムの助言を入れて改訂した版はドイツ音楽を中心に考えると、4大ヴァイオリン協奏曲に入る傑作と言われる。ロマンティックな旋律がヴァイオリンに乗せて自由に歌われれ、オーケストラと相まって躍動的で華やかな世界が繰り広げられた。
シュトイデの演奏は非の打ちどころはないようで、演奏終了後には会場のあちこちからブラーヴォの声が力強く上がった。
演奏中はオーケストラへの指示は控えめで、リハーサルでしっかり指導している様子だった。
この曲は何回か聴いたうちで、今回の演奏が最初から最後まで一番心地よく集中できた。シュトイデは6日のオーケストラ・アンサンブル金沢と10日の広島響と曲目は違うが共演を重ねた。札響との共演も2回目でステージの入場の際からオーケストラ楽団員との呼吸が上手くいっているように思えた。
シュトイデはステージに一番先に登場して起立したまま、全員が揃うまで待ってから、会釈をしてコンサートをスタートさせた。私自身が感じた前回のぎこちなさや緊張感が緩和され、極めてスムースに事が運んだ。その後は、ごく自然体での気持ちの良い演奏に繋がったように見えた。
※先日、ブルッフがイギリス最古の「ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニック管弦楽団」(1840年創立)の首席指揮者を務めていたことを知った。ハレ管(1858年創立)が古いのは知っていたが、ロンドン響(1904年創立)より歴史があるのに気づいた。

後半は音楽の都ウィ-ン恒例のニューイヤーコンサートで演奏されるワルツやポルカ。選曲されたプログラムはシュトラウス兄弟3人の曲。
喜歌劇「こうもり」は大晦日の温泉町を舞台に繰り広げられたお洒落な物語。ウィ-ンの人々は年末年始になるとこのオペレッタを楽しむのが恒例になっているようである。「序曲」は日本でも最も親しまれていて、ウィーンの音楽気分を味わう1曲目に相応しい。

シュトラウス一家で作曲に携わらなければならないほどの人気を博した楽団はヨハンの弟を音楽に巻き込むことになった。今回の演奏曲で「テープは切られた」と「ロシアの行進曲風幻想曲」の2曲は初めて聴いた。ロシアにも巡業したことが判るロシアの風土が伝わる曲は通常のヨハンの曲とは違う趣があって興味深かった。
2000曲以上もあると言われるワルツやポルカから比較的に日本でなじみの曲が演奏されたが、新しい曲も聴けて良かった。ウィ-ンフィルのコンサートマスターひとりでも、持っている雰囲気と実力、それに応える楽団員の意気込みでこんなウィ-ン音楽に浸れて、とても楽しかった。指揮者やコンマスやオーケストラの技量を超えたものが、8曲の演奏から伝わってきた。言葉では的確に表現するのは難しいが、本場の音楽家が伝え、その指導に従って音楽を創り出すオーケストラの音楽が新たな感動を引き起こす様を肌で感じた。札響も力演で、とにかく楽しいコンサートであった。
万雷の拍手と歓声に応えて、コンサートの最後は「ヨハン・シュトラウスⅠ:ラデツキー行進曲」。演奏に合わせて、オーディエンスも手拍子を入れながら一緒に楽しんだ。8割以上の客席を埋めた人々も帰路に着く中で喜びを口々に表現していた。

シュトイデは15日~18日まで4日間、続けて本州の4市でリサイタルを開催する予定になっているが、3月31日にはKitaraに帰ってくる。自分のペースで運べるリサイタルと違って、日本のオーケストラと3回も弾き振りで共演する経験は初めてだったと思う。疲労感もあるだろうが、充実感もあったと思いたい。日本人と心も通じあう音楽家として今後の更なる交流を期待したい。

ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団 ニューイヤー・コンサート

Warsaw Philharmonic-The National Orchestra of Polandの創設は1901年。ワルシャワ・フィルはショパン国際ピアノコンクールの本選で伴奏オーケストラを務めていることでも知られる。5年に一度開催のショパン国際ピアノコンクールの入賞者ガラコンサートが日本で定期的に行われている。ワルシャワ・フィルを初めて聴いた1992年以降、今回が11回目だった。海外のオーケストラとして最多である。近年では海外のオーケストラがグローバル化する中でメンバーの大半がポーランド人という特徴を持つオーケストラになっている。

現在の音楽監督はヤツェク・カスプチェク(Jacek Kaspszyk)。彼はメニューインが1984年、ワルシャワに創設したシンフォニア・ヴァルソヴィアを率いて、2008年にKitaraに初登場(*当時のソリストは小山実稚恵)。前回は16年1月、ショパン国際ピアノコンクール入賞者ガラコンサートで再来札。今回が2年ぶり3回目のKitaraのステージ登場。

ピアニストの牛田智大(Tomoharu Ushida)は昨年2月に高関指揮札響と共演して「ショパン・ピアノ協奏曲第2番」を演奏。5月にはデビュー5周年記念リサイタルを開催した。彼は弱冠18歳だが、鋭い感性を発揮して彼独自のピアニズムを披露している。牛田のピアノを聴くのは2013年1月以来5回目。
今回のチケットは昨年6月に先行発売され、7ヶ月前に早々と手に入れていた。

2018年1月8日(月・祝) 3:00PM開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 パデレフスキ:序曲 変ホ長調
 ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11
 ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 作品95「新世界より」 

パデレフスキ(1860-1941)はポーランドのピアニスト・作曲家・政治家。1901年創設のオーケストラのコンサートのプログラムはポーランド作品だけで、ピアノ独奏はパデレフスキ。ピアニストとして世界的名声を築いた彼は、第一次世界大戦中には祖国の独立運動に貢献して、戦後は国民の後押しで独立国ポーランドの初代首相兼外務大臣を兼務。22年に辞任してアメリカに渡り、演奏活動を続けながら祖国を支援。39年、祖国に復帰してポーランド亡命政府の指導者として活動を続けた。ポーランドは2つの大戦に巻き込まれながらも、伝統的な音楽が歴史的に生き続けている国と言えよう。
この有名なピアニストの作品をコンサートで聴くのは珍しい。パデレフスキの名は知っていても、何かの演奏会で彼の小品がアンコール曲として弾かれた記憶が微かにある程度である。
プログラム解説によると、「序曲」は1884年に作曲されたスコアは残っているが、パデレフスキ没後50年の1991年に初演された。民謡風のメロディや快活なリズムが入る10分程度の曲は興味津々であったが親しみやすい音楽で味わい深かった。

ショパンの2つのピアノ協奏曲はワルシャワを去る直前に書かれていた。20歳の時に書かれた瑞々しい作品はショパン自らのピアノ独奏でワルシャワで初演。この「ピアノ協奏曲第1番」の初演後に、ショパンは故国を後にした。
「ピアノ協奏曲第1番」はピアノ・パートが華麗で、曲の魅力に直ぐはまって若い頃は一番魅了されたピアノコンチェルトであった。LPやカーステレオで聴き親しんでいた時代を懐かしく思い出す。今ではコンサートで聴く機会が断然多くなったが、同時にオーケストラがピアノを支える微妙なパートも評価できる聴き方もできるようになった。
ワルシャワ・フィルとショパンの組み合わせは何か独特な雰囲気で曲を聴く気分になる。そういう意味で今回の若い牛田智大との共演は新鮮さを感じた。
ブラヴォーの声も上がる大歓声に応えてソリストのアンコール曲は「プーランク:即興曲第15番 “エディット・ピアフを讃えて”」。この曲は過去のコンサートでも弾いたので、牛田の思い入れのある曲のようである。

「新世界より」も最も耳に親しんでいる曲。どの楽章も聴きごたえがあるが、何と言っても第2楽章のイングリシュホルンが奏でるメロディが美しく心に響く。ワルシャワ・フィルは世界中のどのオーケストラよりもショパンに曲が絞られてしまって、ツアーでは曲目が限定されてしまう。今回はパデレフスキを入れただけでも新しい方向が見えた感じがした。
盛大な拍手に応えたアンコール曲は「ブラームス:ハンガリー舞曲第1番」。新年に集まった7割程度の聴衆は聴き慣れた楽しい曲に心も躍る様子で喜びを表現していた。

2018年に入って初めてのKitaraのコンサートを大いに楽しめて良かった。帰りの混雑するホワイエで偶然、元Kitaraボランテイア3人の元気な姿を久しぶりに目にして嬉しかった。親しくしていた友人と会えるのは特に嬉しいものである。

※今回の国内ツアーは6日~15日まで7公演。26年前の1992年、カジミェシ・コルト指揮ワルシャワ・フィルは11月17日~12月15日まで日本国内23公演。80年に「連帯」のワレサ議長が民主化運動の先頭に立って東ヨーロッパに民主化の波が広がり、89年にポーランドにワレサ大統領が誕生した時代背景を思い起こした。今日では考えられない強行スケジュールでワルシャワ・フィルは日本各地に音楽を届けていた。1990年のショパン国際コンクールは優勝者なしで第2位のケヴィン・ケナーが20公演のソリストを務めた(*当時の第3位が横山幸雄)。ショパン・コンクール入賞者ガラコンサートは1995年に始まり現在まで続いている(*2005年の開催は無し)。
プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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