札幌フィルハーモニー管弦楽団第56回定期演奏会

札幌は5月大型連休の頃から比較的好天が続いていたが、運動会が予定されている月末の土日は雨模様が心配される天気予報である。孫は本州にいて直接の関わりはないが青空の下で無事に行事が行われてほしいと願う。

昨年と同様に5月から始まった時計台のボランティア活動で既に4回の活動を終えた。週一度のペースで活動に加わっている。「旧札幌農学校演武場」の建物は明治39年から「札幌市時計台」となっている。演武場設立当初には時計は無く、3年後の1881年(明治14年)から時計は稼働している。現在2階は夜は頻繁にコンサートに利用されて多くの札幌市民にも親しまれているが、「演武場」として使われていた歴史を知らない人が多いようである。来館者の多くは観光客で年間20万人で外国人の来館者が1割強。明治時代に作られた72台の日本の時計機械で現在も稼働しているのは札幌の時計台のみである。マン・パワーで動き続けている時計の存在を目のあたりにして感激する人が大部分である。予想外の知識を得て感謝されることが多い活動でやり甲斐がある。

今月のKitaraでのコンサート鑑賞は6回目。最近10年間の統計を取ってみたら、春150回、夏203回、秋202回、冬158回となっていた。(*秋が断然多いと思っていたが、PMFで夏が多くなっている)。コンサートの開始前には1日中降り続いた雨も止んでいて、中島公園の緑も一層映え、ライラックの紫色の花や橙色のつつじが鮮やかに咲き誇っていた。

2017年5月17日(土) 開演:18:30  札幌コンサートホールKitara大ホール
 〈Program〉
  ウォルトン:戴冠行進曲 「王冠」
  チャイコフスキー:イタリア奇想曲
  ブラームス:交響曲第4番 ホ短調

ウォルトン(1902-83)の名を知ったのは諏訪内晶子のヴァイオリン協奏曲のCDにシベリウスとカップリングされていた十数年前。彼はブリテンと並ぶ20世紀のイギリスの作曲家だと分かった。ハイフェッツからの委嘱を受けて書いたヴァイオリン協奏曲の他にヴィオラ協奏曲、チェロ協奏曲も優れた作品だという。しかし、コンサートで聴いた記憶はない。
ウォルトンは英国王の戴冠式のための行進曲を2曲作曲している。1曲目はジョージ6世の時(1937年)の「王冠」で尾高忠明指揮札響の名曲シリーズ(*エリザベス女王の即位60周年に当たる2012年)、2曲目はエリザべス2世の時(1953年)の「宝玉と王の杖」も尾高&札響で2016年4月の名曲シリーズ。
「王冠」(Crown Imperial)は若々しく気高い王を迎えるに相応しい勇ましい行進曲。ジョージ6世は映画「国王のスピーチ」で話題となったエリザベス女王の父君。5年前に訪れたバッキンガム宮殿前の衛兵の行進の様子も思い浮かべながら聴いた。英国人の勇気、希望、誇りが湧き上がるような曲。金管楽器も多く、大人数での演奏は難しそうであったが、オープニングを飾るに相応しい威勢の良い曲であった。

チャイコフスキーが40歳の頃にイタリアを旅行して書いた「イタリア奇想曲」(Italian Capriccio)。彼が旅行中に耳にしたファンファーレで始まった曲はイタリア滞在中の思い出が“カプリッチョ”(気ままに)綴られた。メロディ・メーカーとしてのチャイコフスキーの魅力が溢れた曲。チャイコフスキーが耳にした民謡の旋律によるイタリア組曲は風土や人々の明るさが横溢している。午前中にYouTubeで広上指揮京都市響の素晴らしい演奏を堪能した。
札フィルのトランペット奏者のファンファーレは見事! 第1曲は緊張もあったのか金管奏者の音が思い切り出ていないように思われたが、それに比べてずっと聴きやすくなっていた。かなりの練習量を積んだのだろうが、迫力が違っていても楽しい雰囲気で聴けた。オーボエの演奏も良かったし弦楽器の響きもまずまずだった。

指揮は板倉雄司。昨年の定期の指揮も担当した様子。北海道教育大学札幌分校卒で同大学院修了。現在は札幌創成高等学校教諭。地元で活躍中で昨年の定期に続いての指揮だそうである。

後半の交響曲は2管編成のオーケストラ。ブラームスが交響曲を本格的に書き始めたのは40歳を過ぎてからで、生涯に4つの交響曲しか作らなかった。しかし、4つの交響曲は全て優れていて演奏機会が多い。特に「第1番」と「第4番」は完成度が高い名作である。
「第4番」は重厚長大な作品。この曲がスタートして札フィルの安定した実力が発揮されたように感じた。弦楽器と管楽器の調和がとれた演奏で前半と見違えるような印象を受けた。聴きなれない吹奏楽的な管弦楽曲の響きと聴きなれた交響曲の落ち着いた響きの違いによる個人的な印象かも知れない。
楽章の流れは今更触れない。フルート独奏のメロディが美しかったが、全体的にバランスのとれた良い演奏のように思った。

プロの演奏会とは違うアマチュアの演奏会の雰囲気と聴衆の年齢層。アマチュアのオーケストラを応援する人々の姿も好ましい。演奏終了後の拍手は盛大であった。
アンコール曲は「ブラームス:ハンガリー舞曲第4番」。

札フィルの演奏を初めて聴いたのが2007年であるが、Kitaraボランテイアが札フィルのチェロ奏者として活躍していることもあって、13年以降聴き続けて、(昨年は都合で聴かなかったが)今回が5回目だった。
職業に従事しながら、あるいは趣味としてオーケストラに所属して音楽を楽しみ、他の人々に音楽を届けることは素晴らしい。簡単にできることではないが、続けてほしい。

※プログラムに札フィルのメンバーの一言が載っていた。チェロ奏者が視覚障がい者のために点字プログラムの作成を続けているという。昨年は同伴者が必要な人が32名参加、点字プログラムは16名分も作ったそうである。楽器演奏のほかにも貴重な活動をしていることを知って心からの敬意を表したい。

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札響第599回定期演奏会(ホリガー指揮ラトヴィア放送合唱団)

昨日は午前中にKitaraボランティアの活動があり、午後はレストランで今年度新加入のボランテイアを迎えての交流会がランチ会形式で開催された。60名の人数は最近では一番多いほうで、午前の活動も含めてお互いに和気あいあいの雰囲気の中で短時間ながらもボランテイア同志の交流が進んだ。
その後、直ぐの定期コンサート鑑賞。今回はオーケストラ演奏より、ホリガー指揮とともに世界的に名高いラトヴィア放送合唱団の共演に注目が集まった。
ホリガーは2015年9月第580回札響定期に続く2度目の指揮者としての来演。前回はオーボエ演奏も聴けて大満足であった。公演での聴衆の感動もさることながら前回の札響を評価して今回の公演に繋がったのだろうと推測できて嬉しい。

2017年5月20日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ ハインツ・ホリガー(Heinz Holliger)
独唱・合唱/ ラトヴィア放送合唱団(Latvian Radio Choir)

〈Program〉
 シューマン:ミサ・サクラ ハ短調 op.147
 マーラー:アダージェット~交響曲第5番より
       夕映えのなかで~無伴奏合唱のための (交響曲第5番よりアダージェット)
       (編曲:ゴットヴァルト、詞:アイフェンドルフ)
 ドビュッシー:海~3つの交響的素描

シューマンの「ミサ」や「レクイエム」は今まで聴いたこともない。ヨーロッパでは当たり前のことでも、宗教音楽などは日本で馴染みでないことは不思議ではない。今演奏会が札響初演。曲は「キリエ」、「グローリア」、「クレド」、「オッフェルトリウム」、「サンクトゥス」「アニュス・デイ」の6章からなう約45分の曲。ソプラノ独唱、テノール、バスの独唱も入った。さすが統制のとれた綺麗な歌声。
合唱団員の構成はソプラノ、アルト、テノール、バス各6名の24名。合唱団の中でソリストを担当できる人材がいることにこの合唱団のレヴェルの高さが表れていると思った。

マーラーの5楽章から成る「交響曲第5番」の第4楽章「アダージェット」は単独でも演奏される機会があって親しまれている。弦楽合奏とハープのみの演奏。抒情と悲しみに満ちた音楽。

このマーラーの名曲がゴッドヴァルトによって合唱曲にアレンジされたものが「夕映えのなかで」という作品。もちろん、今回初めて聴くが無伴奏で歌われると、この合唱団の素晴らしさが良く分かる。10分ほどの合唱曲。マーラーと妻アルマの愛と死を歌った詞に曲をつけたように思われた。演奏終了後にはブラヴォーの声が客席のあちこちから上がった。ブラヴォーの掛け声と万雷の拍手に聴衆の感動の様子がうかがえた。ホリガーも合唱団を北欧の地から呼び寄せて一緒に公演を行ったことが成功して満足そうであった。札響の演奏と合わせてプログラムを組んだのが良かった。
演奏終了後にホリガーが客席からステージに呼び寄せた人物は合唱曲の編曲者だったのではないかと思った。

最後を飾ったドビュッシーの「海」は幅広い音楽を扱えるホリガーのレパートリーの広さを示していた。フランス音楽でも独特な味を伝える印象派のドビュッシーの音楽。ピアノ曲が多い中で彼のオーケストラ作品は少なめである。
3楽章構成の曲。第1楽章「海の上の夜明けから真昼まで」、第2楽章「波の戯れ」、第3楽章「風と海との対話」。19世紀までの管弦楽曲とは違う洗練されたリズムを使って絶妙な雰囲気の曲を書き上げた。色彩感豊かな表現力にうっとりさせられる。最終楽章での風は弦楽器、海は管楽器が奏でていたように想像した。
2004年にラトル指揮ベルリン・フィル札幌公演でこの曲を聴いてから10年以上も経ったが、音楽を聴きながらの想像力は広がっているのを感じる。
初版総譜の表紙に北斎の浮世絵が刷られた話は有名である。先月、訪れた東海道五十三次内の鞠子(丸子)で当時の様子が伝わる店で“とろろ汁”を食べた。百何十年も前から創業している店内に美術作品があって北斎やドビュッシー関連の絵もあったのをこの機会にまた思い出した。

※ラトヴィアは人口200万ぐらいの小国でバルト三国のひとつ。ラトヴィアはヴァイオリンのギドン・クレーメル、指揮者のマリス・ヤンソンス(バイエルン放送響音楽監督)、アンドリス・ネルソンス(ボストン響音楽監督)など世界トップで活躍する音楽家を次々と輩出している。ソプラノ歌手、オポライスのMETでの活躍ぶりは目覚ましい。ラトヴィア合唱団も世界最高の合唱団と言われるほどの高い評価を受けて、21日は武蔵野市民文化会館での公演、25日にはホリガー作曲の作品が上演される東京オペラシティにも出演する。

オーケストラHARUKA第14回演奏会(ショスタコーヴィチ交響曲第5番)

何処から住所を手に入れたのか分らないが主催者から自宅に定期演奏会の案内状が届いたこともあってコンサート当日にチケットを受け取って入場できるように手配しておいた。このオーケストラによる年一回の定期演奏会を聴くのは4年ぶりである。昨年11月に北大交響楽団と共演し、同月にデュオ・リサイタルも聴いたソリストの出演も魅力的だった。

2017年5月6日(土) 13:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ 三河 正典    管弦楽/ オーケストラHARUKA
ピアノ/ 佐野 峻司

〈Program〉
 ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー(ピアノ独奏:佐野峻司)
           パリのアメリカ人
 ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 作品47

ガーシュイン(1898-1937)の代表作2作品は演奏機会が結構多い。アメリカのジャズがふんだんに取り入れられた作品はもう現在ではクラシック音楽の範疇に入る曲となっている。まるで幻想曲風のピアノ協奏曲。
クラリネット・ソロの開始部分が極めて印象的で特別な気分に引き込まれた。クラリネットの上昇グリッサンド(*音階を駆け上がっていく奏法は普通のクラシックには無い奏法らしい)に続いてピアノのカデンツァ。曲はシンフォニックに展開され、全曲にわたってシンコペーションのリズムが出てきて伝統的なクラシック音楽にはない新鮮さが漂った。

佐野は北大医学部5年在学中で、レパートリーの広さがうかがえた。聴衆が期待するアンコール曲は披露されなかったが、その理由が後で判った。(コンサートの後半の大曲にも出演したのである。)

オーケストラのメンバーはプロとアマの混成らしい。前回の印象より管楽器の安定度が増しているように思えた。クラリネット・ソロは素晴らしかったし、オーケストラ全体のバランスが取れていた。

「パリのアメリカ人」はガーシュインがパリを訪れた時の印象を書き綴った。ポピュラー音楽を書き続けていたガーシュインは1924年に書き上げた“Rhapsody in Blue”が成功して、再び委嘱を受けてジャズとクラシッを融合した作品を発表(1928年)。“An American in Paris”のアメリカ人は作曲者自身を指す。ニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団の定期演奏会で初演されたという。

曲はヴァイオリンとオーボエによる「散歩とテーマ」で始まり、その後にタクシーのクラクションの音も聞こえる。トランペットによる哀調を帯びたブルースも歌われて、華やかなクライマックスでフィナーレ。
クラシック音楽では普段は使われない3本のサクソフォン(*アルト、テナー、バリトン)をはじめ管楽器の響きが目立って興味深く聴けた。

ショスタコーヴィチ(1906-75)の15曲の交響曲の中で今まで一番多く耳にしていたのが「第5番」。最近は「第8番」、「第10番」を聴いてショスタコーヴィチの音楽の深さがだんだん分かってきた。
「第5番」はムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルのCD(1973)で何回か聴いていた。最新のCDは佐渡裕指揮ベルリン・フィル・デビューLIVE(2011)。
約50分の大作。ピアノとチェレスタが佐野。(*ピアノが最後部で高いところに配置され、ピアニストの手の動きが見れた。)
4楽章構成。第1楽章からピアノとチェレスタが使われているのを知った。陰鬱な空気に包まれた状況で暮らす人々の姿、闘争が始まりそうな様相が感じられた。第2楽章は諧謔的なスケルツォ。第3楽章は痛切な悲しみを堪えた内省的な緩徐楽章。ショスタコーヴィチの声が聞こえてくるような感じさえした。第4楽章のティンパニの連打が意味するものは聴く者の心に響くが、どう受け止めるかは解釈次第。作曲者は破滅的な結末を予言したのではないか。暗から明へと向かうベートーヴェン流の音楽でカモフラージュしたとも解釈されている。当時のソ連の社会体制の中で生き抜くショスタコーヴィチの苦しかった当時の心境がいろいろと想像される曲ではある。

今日は3曲とも三河の安定したタクトのもとでオーケストラの演奏も素人にとっては充分に満足でき、聴きごたえのある演奏会になった。
アンコール曲は「ショスタコーヴィチ:ジャズ組曲 第2番 より ワルツ」。ショスタコーヴィチがこんなワルツを書いているとは!

Kitaraあ・ら・かると 《きがるにオーケストラ》(大植英次&札響)

2013・2014年に次いで3年ぶりの“Kitaraあ・ら・かると”鑑賞になった。ゴールデンウィークの音楽祭として定着しているが、個人的には魅力あるプログラムではない。大植英次の指揮に魅力があって2年連続して聴いた。大植は昨年に続いて《きがるにオーケストラ》に4回目の出演となった。

2017年5月3日(水・祝) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ 大植英次     管弦楽/ 札幌交響楽団

〈プログラム〉
 リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30より “導入部”
 ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版より) “火の鳥のヴァリエーション”
 伊福部 昭:ゴジラのテーマ
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
 ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)より 3曲
 ジョン・ウィリアムズ:映画「シンドラーのリスト」より “メイン・テーマ”
 バーンスタイン(ハーモン編):組曲「キャンディ-ド」
 レスピーギ:交響詩「ローマの松」より “アッピア街道の松”

オープニングはドイツの大哲学者ニーチェの著作に基づく作品。曲の導入部“日の出”は2分程度で、映画「2001年宇宙の旅」(1968)で人気曲となった。トランペットが吹奏する荘厳な「自然のテーマ」が宇宙の壮大さを感じさせた。大植は北海道の広大さも表現したかったようである。

指揮者は札幌の歴史を調べて今回のコンサートの選曲を行った。札幌の語源はアイヌ語で「乾いた大きな川」を意味する“サッ・ポロ・ベツ”。「乾いた」はストラヴィンスキーの作品に感じられる“dry”な感性。「大きな」は札幌で学生時代を過ごした北海道出身の作曲家・伊福部の“ゴジラ”で北海道の大きさとスケール感を表現。「川」は「ドナウ河」で表した。

ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽の第1作「火の鳥」。組曲は7曲から成る。第3曲が“火の鳥のヴァリエーション”。第5曲“カスチェイ王の悪魔の踊り”、第6曲“子守歌”、第7曲“終曲”の3曲が続けて演奏された。この組曲(1919年版)が演奏曲目になった理由は世界的に知られるようになった札幌味噌ラーメンの創始者が1919年生まれだという。こんな話は初耳である。かなりのこじ付けだが札幌に寄せる指揮者の並々ならぬ想いを感じた。

前半は札幌に視点を当てた曲。演奏時間30分、トーク30分。とうとうと話しまくり、知らない話もあったが、音楽でもっと雄弁に語って欲しいと思ったのが正直な感想。

後半の「シンドラーのリスト」は映画で感動したのが20年も前のことで、音楽は全く印象に残っていなかった。札響コンサートマスター・大平まゆみのヴァイオリン独奏による哀切なメロディを持つオーケストラ演奏を通して戦争の悲惨さ、人種を越えての他人への思いやりなどを感じ取ってもらおうと選曲したようである。作曲者は指揮者の友人でもあるそうである。

バーンスタインは大植英次の師匠。「キャンディ-ド」はPMFを含めて耳にする機会の多い曲で、いつもと少々違う感じのする曲だと思った。後で気づくと編曲版だった。曲には馴染んでいても、ヴォルテールの原作「カンデイ-ド、あるいは楽天主義説」のストーリーは知らなかった。ドイツの片田舎で暮らしていた楽天家の主人公が城を追い出されて、行く先々で様々な苦難を経験した末、故郷の良さを知って生まれ育った土地へ帰る物語。北海道を故郷に持つ幸せを感じ取って欲しいという指揮者の願いが込められた選曲。

最後の曲は「アッピア街道の松」。レスピーギが古代ローマの幻影を追い求めて書いた曲。北海道には松前藩があった。(ほっ)かいどうのまつ(まえはん)---街道の松---から連想した選曲。かなりのこじ付けに笑いを堪えられない発想に驚いた。松がたくさん自生する北海道の自然に着目し、金管楽器のファンファーレで勇壮に閉じられる人気の曲で最後を飾って、聴衆の記憶に届ける印象の深さを狙ったようである。

最初と最後の曲にはオルガンが用いられて札幌コンサートホール専属オルガニストのダヴィデ・マリアーノが出演。「アッピア街道の松」ではバンダで札幌日本大学高等学校吹奏楽部員9名が出演。2階のRB, LB席横からの吹奏で聴衆の喝采を浴びた。

映画音楽や気軽に楽しめる曲が多くて客席には高校生、特に吹奏楽部員らしい生徒がかなり多く目立った。大植の指揮ぶりはダイナミックで聴衆を楽しませる雰囲気を見せたが、トークの準備が大変だったようである。熱意は評価できるが、年月日などあまり意味のない言及も目立った。ドナウ河が流れる20近い国(たぶん17ヶ国)の名を早口で並べ続けたのには感心して舌を巻いた。
最後の曲でコンサートを盛り上げる演出は巧みであった。

聴衆の拍手大喝采に応えてアンコール曲は映画音楽「スターウォーズ」。前半は札幌、後半は北海道に焦点を当てた演奏。アメリカのミネソタやドイツのハノーファーで絶大な人気を集めた熱い心が伝わり、“情熱のマエストロ”と呼ばれる所以が判った気がしたことは確かである。




トヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィーン2017 札幌公演

《ウィーン・プレミアム・コンサート》札幌公演

2000年にトヨタの社会貢献活動の一環として始まったコンサートは日本国内7都市で開催されているが、札幌もその中に入っているのは幸せである。チケットを買い遅れると完売になっていることが度々あって、今年は3ヶ月前に購入していた。ただ、ここ数年は必ずしも満席でない状況が続いている。ステージ後方のP席に客がいなかったことは初めてのような気がした。
しかし、演奏会は年に一度の特別なものとして期待感に溢れた雰囲気の中で始まった。

2017年4月24日(月) 19:00開演  札幌コンサートホール大ホール
〈PROGRAM〉
 ベートーヴェン:「コリオラン」序曲 ハ短調 Op.62
 ハイドン:チェロ協奏曲 第2番 ニ長調 Hob.Ⅶb-2(チェロ:ロベルト・ノージュ)
 モーツァルト:交響曲 第35番 ニ長調 「ハフナー」K.385
 シューベルト:交響曲 第6番 ハ長調 D.589

鮮烈な序曲が開演を彩った。古代ローマの悲劇の英雄コリオラヌスを題材とした芝居「コリオラン」からインスピレーションを得て書いたといわれる「序曲」は実際の舞台上演では演奏される機会は無かったようである。コンサートの演目として単独でしばしば取り上げられている曲。7分ほどの演奏終了後にブラヴォーの声を上げる人もいた。

ハイドンの「チェロ協奏曲」はマイスキーや藤原真理のCDで十年以上前は何度か聴いていた。最近はコンサートで聴く機会もなかった。この曲はハイドンが指導するオーケストラのメンバーのために書かれたといわれる。華々しい演奏効果を持つ曲にするためにヴィルトゥオーゾの腕前を持つチェリストの助言を得て作り上げたようである。
第1楽章は優雅な響きで、終わり近くにカデンツァが入った。第2楽章は美しい調べで静謐な緩徐楽章。溌溂として生気に満ちたフィナーレ。
ウィ-ン・フィルのソロ・チェロ奏者Robert Nagyの苗字はナジとも日本では表記されている。彼は20年前からKitaraのステージには度々登場している。1966年ハンガリー生まれで、09年よりウィ-ン国立芸術大学教授も務めているチェロの名手。PMF2017の教授陣として7月にも来札予定。

ウィーン古典派のハイドンに続くモーツァルトの曲はハフナー家のために書いた華やかな交響曲。後期三大交響曲が余りにも有名で少々陰に隠れていて、それほど演奏機会は多くないがタイトルが付けられていてモーツァルトの交響曲の中でも親しまれている曲ではある。原曲がモーツァルトがハフナー家の祝宴のために創ったセレナードだったことは解説を読んで知った。多楽章のセレナードが4楽章シンフォニーになり、フルートとクラリネットが加わったそうである。
第1楽章が力強く終わった時に曲の終了と勘違いした客が拍手をしたが、コンサートに慣れていないのだから仕方がないだろう。懲りずに次回も会場に足を運んでほしいと思った。

先月の札響定期で「シューベルト:交響曲第5番」を聴いたばかりだが、今回は「シューベルト:交響曲第6番」。聴く機会の少ない曲が演目に入ると個人的には嬉しい。コンサート前日にムーティ指揮ウィーン・フィルのCDで予め聴いておいたが、シューベルトらしいなかなか良い曲だと思った。

シュトイデ率いる室内オーケストラを通して素晴らしい音楽に触れるコンサート。今回はプログラム構成もあってかウィ-ンの香りが漂う雰囲気を満喫した。ブラヴォー、アンコールの声が飛び交い、いつものコンサートとは一味違う会場の興奮の高まりが通じたのか、盛大な拍手に応えて恐らく予定外の「美しく青きドナウ」を演奏してくれた。これには聴衆も大喜びで一段と大きな歓声が沸き起こった。

※例年より少し高めの鑑賞料金のせいもあって、客の入りが8割を切っていたように思えた。“東北復興チャリティとして売り上げの一部が子供たちへの育成支援のために寄付される”コンサートでもあったのだが、オーケストラ・メンバーの意向が届く広報活動がもう一工夫あっても良かったのではないかと思った。








 
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fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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